赴任の理由

俺と先輩が話していると保安員の一人がマキ姉ちゃんを連れて来た。

「艦長、少尉の制服をお持ちしました」

「あ、マキ姉ちゃんはこっちにいたんだ」

「艦長、今は仕事中ですので」

「あ、すまん、マキ室長。カリン少尉、こちらはこの艦の運行を管理してくれているマキ室長だ。私の育った孤児院の先輩で、良きお姉さんだったんでな。気が抜けるとどうしても昔の名残が出てしまう。見苦しい所を見せて申し訳ない」

「いえ、艦長。できれば私にも常に部下のように扱ってください。でないと士気にかかわります」

「大丈夫だと思うがな。この艦はそういった気遣いから一番遠くにあるから。まあ、一応心に留めておきます。いや、心に留めておく……で良いかな」

「艦長、台なしです」

ちょうど先ほどの保安員が三人分のお茶を持ってきたので、その場で茶を飲みながら少し話した。

俺もマキ姉ちゃんも宇宙軍での出世組であるカリン先輩が何故こちらにまわされてきたのかが気になっていた。

当然俺らの疑問に先輩は気づいていたので、説明してくれた。

彼女の説明からは、まず一つには、彼女と殿下はかなり親しい間柄で、ご学友といわれる友人同士だった。

殿下はかなり以前から、そう殿下が高等学校時代からこの国の行く末にかなり危機感を持っていたと教えてくれた。

その頃からよく二人で話していたことの一つに、広域刑事警察機構の構想があった。

貴族の腐敗から海賊退治にわたる幅広い司法機関の必要性を常に考えていたという。

その殿下がついにその組織を作ったので、友人として参加したいと考えていたから自ら志願して出向してきたと教えてくれた。

しかし、自ら望んでも早々組織の壁は越えられるものじゃない。

まして先輩はいわゆる落ちこぼれや下賤の出ではない。

先輩はなかなか言い出しにくそうにやっとの思いで教えてくれたのが、この広域刑事警察機構の組織だが、既に政争の種になっているという。

貴族や、各政府機関、それに軍で新たな組織を傘下に収めようと躍起になっているとか。

当然殿下もそういった動きを理解しており、できうる限り排除しているそうだが、いつまで排除できるか分からないと聞いているそうだ。

その一つに軍からの影響力がある。

宇宙軍としてもコーストガードのように自らの傘下に置きたいと考えていたようだが、現状ではできていない。

殿下が王室の力を借りて今のところ排除に成功している。

しかし諦めの悪い軍の一部に先輩の血縁がいた。

先輩は子爵家のご令嬢で、その父親は軍の中央の役人でもある。

その父親からの打診で先輩は二つ返事でこの企みに参加したと教えてくれた。

そんなきな臭いことまで教えてくれなくともと思ったのだが、これは友人でもある殿下にも話したことだからと笑って教えてくれたのが印象的だった。

先輩の話から殿下が抱える問題が見えてきた。

殿下の道楽と捉えられていた組織だがその有用性を示せば示すほど外野からの邪魔が入るようだ。

難しい話は殿下たちに任すしかない。

俺は自分の仕事をするしかない。

翌日に全員を集めて新たなメンバーを紹介してからニホニウムを出発した。

初めて先輩の仕事を見たのだが、先輩は同期一番の出世頭だけあって仕事ぶりは半端なかった。

とにかく時間を見つけては艦載機を飛ばして訓練を課していく。

また自分でも艦載機の後ろに乗って直接指示なども出してパイロットの技量の確認とその向上を目指していた。

それだけでも凄いと思うのに、更に格納庫では整備士と一緒になって機体の整備にも立ち会い、その整備に要する時間などの確認に余念がない。

流石に俺でもあそこまで鬼畜な訓練を課さないが、先輩には一切の妥協がない。

それも、端から見ていても無駄も無理もない。

もうこれは神業だとしか言いようがない。

どうもここに来るまでに配属されていた第二艦隊内の艦載機機動部隊の航空作戦参謀部にいろいろと思うところがあったようだ。

彼女の能力を活かしきれなかったのだろう。

それも就任わずかの士官ではやむを得なかっただろうが、自由になれば自分の思うところに従っていろいろとやりたかったのだろうか。


ともあれ、先輩は小惑星帯の傍までずっと訓練をしていた。

例によって小惑星帯の直前で、艦内レベルを準戦に引き上げるので、ここで訓練は終わる。

警戒しながら小惑星帯をレニウム星域に向けて進んでいく。

確かに小惑星帯にあるのだから直線航路でレニウム星域に進める場所など簡単に見つけられるわけはない。

今我々が知っている航路は通常の航路として定期便などに使われている場所しかない。

しかし、今では海賊の隠れ航路の存在は単なる噂ではなく、現実味を帯びたものになってきている。

絶対に通常の航路以外にも航路として使える場所がある筈。

俺らがニホニウムに来てからずっと探していたが、海賊たちとの邂逅かいこうなどを考えると、どうも今いる場所は的外れではなさそうなのだ。

本艦に近づいて来る小惑星や隕石などを避けながら艦を進めていく。

艦内レベルは準戦にあるが、隕石などが飛び交う小惑星帯内では、安全のために艦載機や内火艇を使って露払いならぬ前方警戒をさせている。

艦載機ではパイロットに負担がかかるので、主に内火艇を使い、かつての臨検小隊の部下でベテランに当たる下士官に数名の部下を付けて探査をさせている。

艦載機は内火艇の乗員交代のために『シュンミン』に戻るときの警戒に出している。

本来ならば内火艇は機動隊傘下にあるが、今は機動隊員もいないので、カリン先輩に艦載機と一緒に管理を任せている。

そのカリン先輩が最初に発見したものが問題だった。

カリン先輩は搭載機管制指令用のコンソールパネルで、艦載機や内火艇に搭載されている各種センサー類のデータをリアルタイムで監視していた。

『シュンミン』の艦橋の艦載機司令席には、艦載機や内火艇に搭載されているレーダーを始め赤外線、紫外線センサーや光学式カメラの映像をパイロットと同期して監視できるシステムが構築されている。

艦載機司令は哨戒に出した艦載機パイロットが見落としたものも『シュンミン』の艦橋で監視していれば発見できるようになっている。

少しでも怪しげなものを見つければパイロットに無線で再調査を命じている。

その再調査で、宇宙空間を漂う宇宙船を見つけた。

正確に言うと今の段階では宇宙船の可能性のある人工物を見つけたのだ。

そう、漂っているのだ。

俺はカスミに命じて『シュンミン』のセンサー類を駆使して再調査を命じたが、結果は先輩の出したものと変わらない。

はっきり言って今はよく分からない。

「副長」

「ハイ、見つけた以上調査は必要ですね」

「カオリ。救難信号は」

「いえ、あの船からは何も出ておりません」

「副長、『シュンミン』をあの船に近づけてくれ。搭載機艦管制官、悪いが内火艇を戻してくれ。あの船に乗り込む」

俺は、難破船を法律に基づいて処理しないといけない責任があるが、それ以上にあの船が気になる。

普通なら、まずこんな宙域で難破なんかすればまず絶望的で、船内は悲惨な状態が予見できるが、どうもそれだけに留まらないような気がしてならない。

「副長、悪いが一緒に乗り込むぞ」

「え??

そうだよな。

まずありえない命令だ。

この場合、副長に臨検隊を指揮させれば艦長である俺は艦に残る。

俺が臨検隊を指揮するようなら副長が艦を預かるのが普通だ。

だが俺が下した命令はそのどちらでもない。

これが最初の海賊との遭遇時には俺も考えなくはなかったが、幸いなことに今の『シュンミン』には頼りになる先輩がいる。

俺が次に命じたのがまさにこれだ。

「私が臨検中でのこの艦の指揮をカリン少尉に預ける。副長、経験豊富な連中で臨検隊を組織してくれ。パワースーツを着て、後部格納庫に集合だ」

『シュンミン』はもう目視で漂流中の船を監視できるまで近づいている。

今、後部格納庫に十五名からなる臨検隊が俺の前で整列して待っている。

俺の最初の職場である臨検小隊から士官下士官を中心に十名、それに殿下から預かっている保安要員から五名の構成だ。

「これから乗り込む難破船は、とにかく怪しい。何があるか分からないが、どんな状況でも冷静に対処してほしい」

俺は集まった隊員たちをゆっくり見渡した。

皆はいつもの陽気さを引っ込め真剣なまなざしで俺を見ている。

「よし、乗り込むぞ」

俺が操縦する内火艇で目の前の難破船に乗り込んで行った。

臨検のマニュアル通り、後部にあるハッチを無理やりこじ開けて内火艇ごと乗り込んで行った。

「艦長。トラップの可能性は」

「捨てきれないな。カスミ、最初にそれの確認だ」

まあできることをするだけだ。

後はご遺体がなければいいが……。

「船体にはそれらしき跡はないですが、分かりませんね。覚悟はしておいた方がいいでしょう」

「なら臨検の開始だ。カスミは艦橋に行ってトラップの確認だ。マリアは機関部に副長は艦内の制圧を頼む」

「艦長は?」

「船長室に向かうとするよ」