始まる殿下の戦い

その後、明日の予定について簡単に打ち合わせて、それぞれの仕事場に向かった。

俺は明日の出航に備えて、シュンミンの外観から順番に点検していき、最後に機関部の点検を始めた。

「あれ~、艦長。珍しいね、こんなところで」

「バカ言え、出航前には来ているだろう」

「え、出航するの」

「明日な、それまでに問題を起こすなよ」

機関主任のマリアとバカ話をしながら簡単に点検していく。

全ての点検を済ませて艦橋に入ると、いつものごとく忙しくしている。

ラーニやカスミそれにカオリが航行ルートの確認やら各種のシミュレートやらを就学隊員に教えながら自分たちの作業をしている。

俺に気づいたメーリカ姉さんが慣例にならい全員に声を掛ける。

「艦長入室」

全員が一斉に手を止めて敬礼をしてくる。

はっきり言って面倒くさい。

こんな習慣は止めたいのだが、そうもいかない。

俺も答礼して、仕事の続きを促した。


翌日になり、船に殿下をお迎えした。

殿下付きの『百合分隊』と王室保安部からの王室警護隊を連れて艦にやってくる。

俺はこちらにいる保安要員の『百合部隊』を連れてホールにて待つ。

「お待ちしておりました殿下。艦橋にご案内します」

殿下を艦橋に案内して、準備を整えたら出航だ。

殿下のお言葉を艦橋から全乗員に伝えて、船をニホニウムに向け出航させた。

此度の殿下の移動は行幸としてニホニウム政府にあらかじめ伝えてある。

なので、俺らは待たされることなく宇宙港の一番良い場所に案内された。

正直ここに降ろされると面倒なのだが、殿下だけでも降ろしてドックに向かいたい。

『シュンミン』の着陸と同時にチューブが渡されてお偉いさんたちが待つ場所に殿下が降りていった。

この地を管理している公爵は殿下から見て大叔父に当たる方で、大歓迎の様子だ。

本心は面倒ごとだと思っていても……公爵本人は思わなくとも部下や寄子の貴族たちは煩わしく思っているだろう。

それだけ貴族連中は中央政府の介入を嫌う。

ここはまだ中央政府の監督エリアなので、そこまで風当りは強くはないと思われるが、それでも、既得権益を荒らされると思う連中は少なからずいる。

俺には関係ないが、ここからは殿下の王室外交が始まる。

宇宙港での一連の歓迎行事が済むと殿下たち一行は行政府の有るエリアに連れて行かれた。

俺らは、あらかじめ事務所を通してドックに移動することを伝えてあるので、ここで案内人を待つ。

案内人と一緒にマーガレットさんがやってきた。

案内人は待っていたから別段問題はないが、その後に付いてくるマーガレットさんには嫌な予感しかない。

「ブルース艦長。またお会いしましたね」

ここに来た案内人とは、この船のテスト航海のたびに世話になった人だ。

「ええ、お久しぶりとはいかないうちに戻ってきました」

「どこか修理でも」

「いえ、艦載機の改造ですよ」

「そうですか、ここからならすぐですからね。早速始めましょうか」

「お待ちください」

俺と案内人との会話に異を唱えた人がいた。

そう、一緒に来たマーガレットさんだ。

「すみません、艦長。殿下がお呼びですので、艦長は私とご一緒願えますか」

「殿下からの呼び出しなら無視はできませんね。お急ぎの用ですか」

「ええ」

「メーリカ副長。私はマーガレットさんと一緒に出掛ける。艦の指揮を頼む」

「指揮権を預かりました。行ってらっしゃい、艦長」

俺はメーリカ姉さんに指揮権を預けてから、殿下の女官であるマーガレットさんに付いて艦から出た。

宇宙港のロビーではフェルマンさん以下殿下が集めた組織のキーマンが集まっている。

俺は直接話をしたことのない人ばかりだが、顔だけは見たことがあった。

訝しがる俺を見たフェルマンさんがこの場を仕切りながら教えてくれる。

「艦長、良かった。ここでお会いできて本当に良かった」

「何か緊急事態でも」

「いや、緊急と言えば言えなくもないが、私たちの想定外のことになっている」

「想定外?」

そこで、簡単に身内を集めてフェルマンさんが説明してくれた。

ここは首都宙域にあるイットリウム星域なので、地元への説明は簡単に済ませるつもりだったのだが、せっかく組織の首脳がいるので、挨拶がてらパーティーに招待するというのだ。

その席で、この新たな取り組みの意義について集まる皆に説明してほしいという話だ。

しかし、我々はまだその件について認識が統一されたか確認していない。

挨拶すらしていない人もいるのだ。……俺のことだが。

そこで、この宇宙港の会議室を使って、この後催されるパーティー対策をしようというのだ。

俺はそのまま宇宙港ロビーの傍の会議室に連れて行かれた。

まず会議室で、全員の自己紹介からだ。

個別には知り合いなどいるのだが、それはここにいる全員にも言えることだ。

一人ずつフェルマンさんが音頭を取りながら自己紹介を始める。

はっきり言って、こういうのは大の苦手だ。

引きこもりではなかったが、それでも引っ込み思案気味の幼少期を過ごした俺は、未だにこういった社交面でのスキルは身に付けていない。

流石に殿下の座乗艦の艦長である俺にこういったケースはこれから増えることはあれなくなることはないことくらいは理解している。

苦手ながらも内輪ということもあり、どうにか自己紹介を終えた。

ここで改めて紹介されたのは以下の通りだ。


情報室長:ジェームス・バカラン

国内にいくつかある諜報機関のまとめ役で、王室諜報部出身。

スパイの持つイメージをそのまま、名前以外は全く印象が残っていない人だった。


捜査室長:トムソン・コロンビア

辺境に近いニーム星域の準惑星の警察に勤務していたたたき上げの警官であり、フェルマンさんがスカウトしてきたらしい。

なんでも捜査の鬼とも言われていたとか。

彼の持つ雰囲気は気の良いおじさんといった感じなのだが、検挙実績はもの凄いとか。

貴族連中も多数捕まえていたとかで、かなり貴族社会では煙たがれた存在になり、どこかに左遷されそうになっていたのをすかさずにスカウトして連れて来たとフェルマンさんが教えてくれた。


機動隊長:アイス・キール

彼は平民出身の最前線兵士の出だ。

バトルアックスを使った戦闘では彼に敵う者はいないくらいの猛者と言える存在で、下士官まで出世していた。

また、部下の育成と現場での指揮能力の高さは折り紙付きであるがゆえに、出る釘は打たれるの喩えじゃないが、出来損ないの貴族の子弟に目を付けられて死地に送られる寸前に王室の強権を使ってスカウトしたという話だ。

はっきり言って、イケメン。リア充は死ねというレベル。

甘いマスクで優しい雰囲気を漂わす癖に戦闘では無類の強さを示す化け物。

部隊内ではそういう話が聞こえてくるという。


保安室長:バージニア・スタンレー

アラサーの美人。

戦闘でも、殿下の身の回りのお世話でも僅かな隙もない完璧超人のひとり。

あの『百合の園』出身者で、俺の船にもローテーションで保安員を回してくれる。

今回紹介されたのはこの四人で、今回殿下が立ち上げた広域刑事警察機構設立準備室の実働部隊の要だ。

情報室長と保安室長は王室から連れて来ているが、それ以外のスカウト組ははっきり言ってはみ出し者、いらない者の扱いを受けたある意味問題児ばかりだ。

それでいてその実績能力は折り紙付きだと。

これは見る人が見れば貴族社会に対して喧嘩を売るような布陣だ。

ああ、だから俺なのか。

そこに、取るに足りない出来損ないの俺が入ることで、貴族連中にあらぬ疑念を持たせないという訳か。

自分で言うのもなんだが、自信を持って言えるが俺は彼らと比べるべくもなく見劣りするぞ。

しかも、キーマンの中ではかなり重要な位置づけとなる座乗艦の艦長だ。

しかし、この人たちに交じってパーティーなんか地獄でしかない。

そんなことを考えているとフェルマンさんが俺に構わず話を進める。

「一応の紹介が終わったので本題に入りますが、私どもの予定では首都星域を離れた時から始めるつもりでしたので、それが前倒しになったとお考え下さい」

そう切り出してから、話を進めてきた。

そう、ここでは簡単に挨拶だけして王国内の他の宙域を回る予定になっていた。

次の予定地であるレニウム星域に向かう艦内できちんと対策を取るつもりだったようだ。

次のレニウムは王国唯一の友好国であるアミン公国への玄関口でもあり、治安はすこぶる良い。

というか、軍の第二艦隊の母港を置いて治安を必死に維持している星域だ。

なので、最初の訪問地としては妥当だと考えていたようだ。

殿下のこの取り組みは、一部ではその必要性を理解している人もいるが、ほとんどの貴族連中は殿下の始めた道楽程度にしか考えていない。

はっきり言って貴族が治める地域への王室からの干渉を良くは思っていないから、貴族政治の場面では一種の戦場となるのだそうだ。

その戦場へのデビューが早まったという話だった。

この王室外交、貴族政治の場において殿下の道楽と思われようが、必要に応じて我らが現地の捜査部門への指揮命令系統を得る大事な布石なのだそうだ。

なので、この戦場での失敗は許されない。

我ら殿下の配下に不和があってはいけないそうだ。

そこで、ここでは方針などのすり合わせを行い、くだらない貴族連中に付け入る隙を決して見せてはいけないと釘を刺された。