艦長の料理を殿下に

『シュンミン』は早朝出航したので、途中で昼になるが、そういえば食事の用意をする兵もいないと問題になっていた。

そろそろ昼になるがどうしよう。

俺らだけなら構わず何もしないという選択肢もあるが……。

殿下は俺の後ろに座って俺らの操艦の様子を大人しく見ている。

殿下用の席は当然ないが、ゲストシートに不満を言わずに座っている。

まあ、この席はゲストでもある程度の地位のある人用で、普通なら艦橋のあちこちにあるエマージェンシーシートを出して座るのだ。

現にフェルマンさんなどはその席を出して座っている。

女官のマーガレットさんは、今はここにはいない。

多分、殿下用に用意したあの部屋にいる筈なのを思い出した。

俺はメーリカ姉さんに艦橋の指揮を任せて、そのマーガレットさんを探しに行った。

部屋の扉をノックして中に入れてもらい、相談を始めた。

「マーガレットさん。こんなことを相談して申し訳ありませんが、殿下の昼食はそちらで準備されておりますでしょうか」

「いえ、そのようなものは準備しておりません。殿下は皆さまと同じものをご所望です」

「え? でも、まさか簡易食という訳には……」

「ありえません。そんな無礼は許される筈はありえませんよ、艦長」

「となると……」

「殿下は、艦長の御作りになる料理を楽しみにしておりました。今回は作らないのですか」

「え? 前に、かなり文句を言われたので……」

「あれ、私の聞いていたのとは違いますね。殿下もフェルマンも艦長たち乗組員に対して申し訳ないと言っておりました。当然食事の重要性は理解していた筈なのに、その手配ができていなかったとおっしゃっておりました。なんでも料理のできる人を探しているのだとか」

「ありがたいことですね。では、私が作るようにしましょう」

「あの~、こんなことを言ってもいいか分かりませんが、大丈夫なのでしょうか、その……船の操縦は」

「ああ、大丈夫ですよ。敵と戦っている訳ではありませんし、その危険も少ない首都宙域ですから。今副長のメーリカ少尉に指揮を任せております。では、私は厨房に向かうとしましょう」

「あの、私は何かお手伝いをしましょうか」

「マーガレットさんは料理をするのですか」

「いえ、お恥ずかしい話、城では料理人もおりますし、料理する機会が少なくて」

「そうですか、暇なら見ているだけでもいいですよ。この船には孤児院出身者も多くいますし、あいつらは慣れておりますから。しかし、そんなのを殿下にお出ししても良いかどうか……」

「それこそ気にしすぎですよ。フォード船長の『美味しかった』という話を聞いて殿下は楽しみにしております」

結局俺はマーガレットさんの言葉を信じて、前に手伝ってもらった就学隊員を捕まえて兵士食堂に併設してある厨房に向かった。

前の時は六十人ばかりだったのだが、今回はそれよりも三十人ばかり増えたので、百人分の食事を用意した。

あいつら女性なのに大飯食らいが多いのだ。

今回は、殿下が乗るというので、殿下付きの護衛といっても前に来た時にいた厳つい王室警護隊でなく、女性ばかりで構成されている部隊の兵士が三十人乗り込んでいる。

とりあえず日帰りを想定しているので、後から来た連中には部屋を割り振っていないが、もし必要になっても問題ない。

この船には百二十名はゆうに泊まれる部屋がある。

できた料理をマーガレットさんに毒見をしてもらい殿下に持って行ってもらった。

まずは殿下に食べてもらわないと他の者が食べられない。

俺は後の面倒を就学隊員に任せて艦橋に戻った。

俺が艦橋に戻ると殿下は既に部屋に戻って食事を始めたと聞いた。

「艦長、殿下がお待ちですよ」

「へ?」

「食事をご一緒したいそうです」

「分かりました」

艦橋に戻った俺をマーガレットさんが呼びに来る。

俺はメーリカ姉さんに交代で食事を取るように命じてから殿下の部屋に向かった。

自分が指揮する艦なのに、この部屋だけはどうしても慣れない。

艦長室もやたらに豪華なので落ち着かないが、ここはそれ以上に豪華な造りだ。

王族が過ごすには申し分ないのだろうが、そんな部屋が何故作られたのか疑問だ。

あいつら絶対に趣味の世界で作った筈だ。

結果論から言うとあいつらのファインプレーといえるが、俺は手放しであいつらを評価できない。

そんなことを考えながら部屋に入った。

「艦長、艦橋は大丈夫ですか」

「ええ、大丈夫です。何よりここは艦橋に一番近い部屋ですので、何かあっても艦橋から怒鳴れば声が届きます。あ、届きませんね。そういえばここって、部屋をスイートルーム仕様で作られていましたね。防音対策は万全でした。しかし、緊急の艦内放送は入りますから全く問題はありません」

「なら安心してお食事がとれますわね。一人で食べるのは味気なくてお誘いしました」

「ありがとうございます。大変光栄です。しかし、自分で作ったものですので気恥ずかしさはあります」

こんな感じの会話で会食が始まった。

マーガレットさんがお茶を入れてくれるので、本当に優雅な気持ちで食事がとれた。

「ごちそうさまでした。本当に美味しかった。艦長は料理がお上手なのね」

「いや、孤児院出身はだいたいこんなものですよ。自分のことだけでなく、幼い子の面倒を見ないといけませんからね。みんな自分のできることをやるんで自然に覚えます」

「そうなんですか、でも艦長だけに料理を作らせるわけにはいきませんよね。できるだけ早く人を探しますから待っていてくださいね」

ちょうどその時に艦橋から通信が入る。

「艦長、間もなくニホニウムの管制圏内に入ります。艦橋にお越しください」

「分かった、すぐ行く」

「では、艦橋に戻りましょうか」

殿下が俺にそう言ってくるが、流石にこれはまずい。

宇宙港に入るならば通信だけなので問題ないが、ドック入りするので案内人が乗り込んでくる。

流石に事情の知らない案内人のいるところに殿下を御連れするわけにはいかない。

「殿下、すみませんがこれからドックに入渠にゅうきょするまでこの部屋に留まってはくれませんか」

「どうしてですの」

「ハイ、これからドック入りまで、このエリア担当の案内人が乗り込んできます。殿下の安全のためというよりも、いらぬ混乱を避けるためにご協力ください」

「そういうことでしたら分かりました。艦長の操艦ぶりを見られないのは残念ですが、ここで大人しくしております」

「ご協力感謝します」

俺は部屋を出て艦橋に向かった。

艦橋に着くと俺はフェルマンさんに事情を話してフェルマンさんはどうするかを聞いた。

「分かりました。殿下の護衛兵士は殿下の部屋を中心に集めますが、私はここに残ります。正直ここの案内人を見てみたいと思います」

「そういうことでしたら、分かりました。……カオリ、管制に通信を」

「了解しました」

その後はいつものやり取りを経て案内人が乗り込んできた。

前にも何度かお願いしていた人だったが、流石に今回は驚いていた。

船が綺麗になっていたのと、何より人が多い、それも女性ばかりなのに驚いていた。

そういえば前は三十人ばかりだったが、今度はその三倍以上いるのにこの比率は変わっていない。

サーダー主任とフェルマンさんぐらいしか男がいなかった。

あ、就学隊員は男性というより男子だな。

その男子は半数いるから、全く女性の園という訳ではないが、それでもその女性比率の高さに今更ながら驚いた。

無事にドック入りして案内人も出て行ったので、俺はドックの社長に連絡を取った。

殿下を船の外に出すわけにはいかない。

社長の方も初めからこちらに来るつもりのようで、俺の連絡と行き違いになったが、この際問題ない。

俺はフェルマンさんに了解を取ったうえで、社長を連れて殿下の部屋に向かった。

俺はこの社長を紹介する目的で、ここに来ていたが、この時までも、このままこの社長を殿下の前に連れて行ってもいいのか正直自信が持てない。

俺の中で、今回はマリアと一緒でないのが救いだと、呪文のように唱えていた。

「殿下、ここの社長をお連れしました」

俺が扉の前で殿下に入室の許可を取る。

その後の面会は実にスムーズ。

俺の心配は杞憂に終わった。

この人、やればできるんじゃん。

俺の時とで対応に差が出ているが、一介の士官と王族とで差を設けるのは当たり前だ。

しかし、この人は絶対にこのような余所行きの対応ができない人だと思ったのに、裏切られた気持ちだった。