艦長の地上事務所

そう言われて奥の扉を開けると中には、大きな事務机が窓を背に置かれており、手前に簡単な応接スペースがある造りだった。

これって俺が第三巡回戦隊の事務所に案内された時に通された戦隊司令の部屋よりも立派だぞ。

まずくないかな。

「ナオ君が何を心配しているかは、そのお顔に書いてあるわね。でも大丈夫よ。ここは殿下のお城だし、部外者なんかはここまで来ないから、他から何か言われることはないわね。安心して使ってね」

そんな会話中に扉をノックする音が聞こえた。

「何かしら?」

「ナオ艦長にお客様です」

言ったそばから早速の客だ。

「誰かな?」

俺が訪問者を訪ねると、既に扉を開けてサーダー主任が入ってきた。

「すまんね、取り込み中か?」

「いえ、大丈夫ですが何か御用ですか、サーダー主任」

「ああ、実は頼みたいことがあってな」

「依頼ですか。私にできることなら協力しますが、何でしょうか?」

この人はうちのマリアに近いものを持っているように感じる。

なにせ、一緒にテスト航海をしていた筈なのに、結局航海中は一回も艦橋に顔を出さずにいたし、ほとんど会話らしいことはしていない。

というより、一週間あの狭い艦内にあって、ほとんど会うことすらなかった。

マリアたちが言うには現場ではよく見掛けるし、所かまわず質問してきたとも言っていたが、自分の研究が絡むと前後左右が全く見えない御仁のようだ。

その人からの改まっての依頼となると、これって絶対面倒ごとだ。

俺は未だに殉職を諦めてはいないが、面倒ごとに巻き込まれるのは全力で避けたい。

幸い隣にはマキ姉ちゃんがいるし、うまく面倒をマキ姉ちゃんに丸投げしたい。

「一つは、君たちがどこから航宙魚雷を調達しているかということだ。あれって、この国で作らなくなってから暫く経つだろう。普通なら入手困難な武器だよな。差し支えなければ教えてほしい」

この人一つめと言ったよ。

依頼というのは沢山あるのか。

それこそ全力で逃げるぞ。

……

でも、今聞かれていることの返答だけならすぐにでもできるので、さっさと答えて終わりにしよう。

「ええ、この艦の改造してくれた解体ドックから分けてもらいました」

隣にいたマキ姉ちゃんが俺の代わりに答えてくれた。

「いや~ね~。あの魚雷は使えるよ。レーダーが使えないエリアでもしっかり飛ばせるし、武器としての機能はいささかも衰えていないしね。うちでも研究したくて、まとまった数が欲しいのだけれど、安く入手できないかな」

「できるとは思いますが、魚雷を運ぶのはどうしますか。向こうは発送なんかしませんよ。勝手に持っていけって感じですから」

「しかし、それだと困るよな。民間なんかで魚雷の移動はできないしな。できれば君たちに頼めないのか」

「私の判断ではお答えしかねかねます。殿下にお話をされたらどうでしょうか。殿下の指示があればあの艦を動かすことができますし、何より一度ドックに行って、先ほど指摘された殿下用の席を準備しませんといけないでしょうから」

「それもそうだな。ではもう一度殿下に会って話を……」

「あらあら、何のことかしらサーダー主任」

そう言いながら殿下がこの部屋に入ってきた。

それを見た全員が一斉にその場で立ち上がり、固まった。

「ごめんなさいね。私のことを話しているのが聞こえたもので、それで何のことかしらサーダー主任」

殿下の問いにサーダー主任は答えた。

自分の研究のために乗艦の協力が欲しいことを。

ただ単に航宙魚雷を手に入れても、実験ができない。

宇宙空間でいろいろとテストできなければ何の役にも立たないので、是非とも協力が欲しいと必死になって頼んでいる。

「いいのではないかしら、どう思いますかフェルマン」

殿下の後ろから付いてきたフェルマンさんに殿下が聞いている。

「そうですね、先ほど出た艦載機の件もありますし、造船研究所とは仲良くなるのも手ですね。どうでしょうか、こちらから共同で研究するプロジェクトを立ち上げては。そうですね、はじめは航宙魚雷の運用の見直しなんかをテーマにすればよいかと」

「予算は大丈夫ですかね。今までもかなり使ってきましたし、無尽蔵には予算は使えませんよね」

「ええ、ですからここは民間にも協力を求めるということで。こちらでの調査では『シュンミン』を改造したドックは信頼ができますよ。なにより、研究に必要な魚雷を非常に安価で供給してくれるんですよね、艦長」

「ええ、今積んでいる魚雷はドック側の希望もあり、一ゴールドで買っております。なんでも処理をしなければならない魚雷が多数あり、その処理の協力をするという名目だそうです」

「名目でなく、本当に処理に困っていました。こちらで全部引き取ると言っても喜んで差し出すでしょう」

「それは嬉しいですね。でもそうなると、保管場所に問題が」

「ええ、ですから、必要な分だけ買ってきました。しかし、所属も変わりましたし、これからはどうなるのでしょうか。この艦の運用にかかる費用はどの程度が出せるのでしょうか」

マキ姉ちゃんがいずれ問題になる艦のランニングコストをいきなり聞いている。

そういえば、ここはまだ組織作りの最中で、そういった通常発生するいろいろな問題などについてまで手が回っていなさそうだ。

マキ姉ちゃんの質問に殿下に代わりフェルマンさんが教えてくれた。

あまり嬉しい情報ではなかった。

初年度は組織立ち上げのための費用として王宮予備費から四百億ゴールドが出されたが、それも人の引き抜きやら事務所経費など諸々で消えていく。

まだまだ人を連れて来なければならないのにかなり使っており、正直予算面での余裕がなさそうという話だ。

実は、この四百億ゴールドの予算は前に俺たちが鹵獲ろかくした航宙フリゲート艦の修理費のために出した六百億ゴールドの残りで、王宮としては予備費千億ゴールドを計上していたが、諸々の事情から減額されたとか。

そこに目を付けた殿下がほとんど無理やり取ってきてこの組織を立ち上げたとか。

なので、来年以降の予算の目処はたっていない。

この組織がきちんと功績をあげて準備室から正式な政府機関に昇格しないと、下手をするとこれ以上の予算は出ないこともあるとも言っている。

殿下は、すぐにでも実績が出せる筈と思っており、全く心配はしていないが、周りの人たちはさぞ胃の痛む話だろう。

そういう意味でも、フェルマンさんなどは費用についてはかなりシビアに見ている。

そこで目についたのが俺たちとの付き合いのあるドックだ。

あそこの費用は異常だ。

いくら中古を使うと言ってもかかる費用が政府で使う他よりも格段に安い。

フェルマンさんの感覚では五分から一割くらいで済んでいる感じのようだ。

今殿下たちがこの部屋に来たのも『シュンミン』の殿下の席の改造についてできるだけ費用を掛けたくない気持ちから打診するためだった。

過去の武器とはいえハイテクだった航宙魚雷が一本一ゴールドで賄えるのなら、現物支給で操船研究所に恩を売ってもいいと考えている。

『シュンミン』を使っての各種テストについても、こちらで運用する合間なら乗組員の習熟訓練を兼ねられるので一石二鳥を狙える。

その上、余って使い道が不明だとは言え、最新鋭の艦載機をただで手に入れられるというのだ。

確かにしたたかな人たちだ。

俺は高貴な方たちはもっと鷹揚おうような人とばかり思っていたが、結構お金に厳しい……もとい、しっかりした考えを持っていると、認識を改めた。

いろいろと話し合いの結果、俺らは明日再びイットリウム星系のニホニウムにあるドックに向かうことになった。

なぜか、『シュンミン』の船足が速いこともあってか殿下をお乗せしての訪問だ。

大丈夫なのか、保安要員だっていないのにと思ったが、殿下のお言葉は『構わない』の一言だった。

俺の上司でもある殿下は、俺の常識では測れない御方のようだ。

昨日の報告を聞いて、その後に相談した次の日に件のドックに行こうとするか。

王族だぞ。

だいたい王族の行幸となるとそれこそ一年も前から準備するのも普通だろうに、話した翌日に移動って何だよ。

いくら俺の艦で数時間の距離とはいえ、そんなのありかよ。

だいたい俺の艦の問題点としての乗員の不足もあるのにもかかわらずだ。

結局俺は殿下に引きずられるかのようにニホニウムに戻っていく。

首都のダイヤモンドから異次元航行を使っても数時間かかる距離だ。

高速艇での通常航行ならば半日を要す距離で、ちょっとそこらにお買い物じゃないだろうに、今俺は殿下を乗せてニホニウムに向かった。