
収穫祭が終わると、少しずつ日々の仕事が落ち着いてきた。畑の世話をはじめとした農作業が大幅に減り、収穫された作物は加工が進み、特産品のハーブの生産量も減る。保存食の確保など冬へ向けた準備も順調に進んでいった。
やらなければならない仕事は減るばかりだ。
時間に余裕ができたのはわたし達だけじゃない。冬の準備が終わりつつある今、領内の全員が思い思いに過ごすことも増えてきている。わたしはそれを
食堂に行くと、スティーナとアリアの二人が席について、トゥルーズと共にケーキを食べていた。
「おや、サンドラ様も来たのかい? 今日はドライフルーツの入ったパウンドケーキだよ」
「
「……森の中で見つけたので作ってみた。今日はここにいる全員分で売り切れだから貴重」
紅茶の香りが満ちた室内で、美味しそうにケーキを食べるスティーナとアリア。トゥルーズはすぐにわたし達の分のケーキを準備にかかる。
彼女達三人は年齢が近いこともあって仲が良く、三人一緒に集まっていることが多い。誰かがクアリアの町へ行くことがあれば買い物を頼んだり、服や日用品の話で盛り上がっている場面も見たことがある。
「いやー、思った以上にいい冬を迎えられそうでよかったよ。下手をすれば帝都にいる時より快適そうだしね」
「……ゆっくりと過ごせそう」
わたしが席について紅茶とケーキが用意されると、雑談が始まった。パウンドケーキは口の中に絶妙な甘みと酸味が広がる良い出来だった。ほんの少し、ハーブのような風味があるのは隠し味に使ったものだろう。
「雪はともかく寒さが少し心配だけれど、時間はあると思うの。みんな、いい機会だからゆっくり休んでね」
「サンドラ様もですよー。あ、でも
「……アルマス様が言うには聖竜領の冬は雪が少ないけれど寒いらしいから。暖房は大切」
なんでも、聖竜領は氷結山脈から吹き下ろす風で冬の空気はとても冷たいらしい。その代わり、雪雲が氷結山脈で
「時間のあるうちに皆で薪割りをしとこうかね。いくらあっても困らないしね。サンドラ様も運動がてらにどうだい?」
「いいですね。お嬢様も執務が増えたので運動不足が気になっていたところでした」
リーラの言うとおり、たしかに最近はペンを持つ時間が増えてきた。せっかくこの地に来て少し体力がついたのだし、体を動かす習慣はつけておきたい。
「そうね。アルマスに暖房の魔法をかけてもらおうと思っていたのだけれど、少しくらい、薪割りをするのもいいかもしれないわね」
暖房の魔法、という言葉にスティーナ達が動きを止めた。
真剣な顔で、最年長にして三人のリーダーであるスティーナが問いかけてくる。
「サンドラ様。もしかして、暖房の魔法をかけてもらえば、暖炉とかを使わずに一冬快適に過ごせるのかい?」
「まあ、そうなるわね。一応、お金は払うことにしているけれど」
アルマスなら一冬持続する暖房の魔法を簡単に用意できる。それなりの代金は払うつもりだけれど、十分に価値のある買い物だ。
「
「……サンドラ様。食堂がいつも暖かければ皆が快適に過ごせると思う。だから魔法をかける予算の確保を検討してほしい」
「あ、ずるいですよ、トゥルーズ。私も快適な職場が欲しいですー」
「アリアの職場は外だからさすがに無理なんじゃないかねぇ……」
にわかに湧き上がった話題に、三人が騒ぎ出した。暖炉は管理も手間だし、気持ちはわかる。
「外はともかく、アルマス様なら屋敷全体に暖房の魔法をかけてくれそうに思いますが」
「そうね。あんまり寒いようなら、検討しようかしら」
実のところ暖房や冷房の魔法は真面目に代金を計算すると、薪代の方が圧倒的に安いくらいの価値あるものだ。アルマスにはそれを説明した上でかなり少ない金額でやってもらっているのでちょっと申し訳ない気持ちもある。
とはいえ、快適な生活がとても魅力的なのもまた事実。
「後でアルマスに相談してみるわ。検討に値することだと思うもの」
「ありがたいねぇ。ところでサンドラ様はどんなことをして過ごすつもりなんだい? ずっと忙しかったし、息抜きくらいするんだろう?」
スティーナの問いかけに、わたしはずっと楽しみにしていた予定を語る。
「そうね。東都から学術書と論文を取り寄せて読もうかと思っているわ。ここで仕事をしていると、最近の事情に疎くなってしまうから」
リーラ以外の三人が、ちょっと驚いた様子でわたしの顔を見た。
「なにかおかしなことを言ったかしら?」
「いや、勉強熱心だなと思ったのさ」
「ですねー。私も頑張らないとー」
「……料理の研究でもしようかな」
今のはわたしの向上心からくる発言じゃなくて、本当にただの趣味なのだけれど。
「学問はお嬢様のご趣味ですから。無理に話を合わせる必要はないですよ」
そうリーラが付け加えたら、三人は納得してくれたようだった。この年頃の女の子としては、変わった趣味だという自覚はある。
「お嬢様、有意義な時間を過ごせるといいですね」
母様が生きている時、帝都で穏やかに暮らしていた頃を思い出させる優しい声音でリーラが言ってくれた。
温かい紅茶の入ったカップを手に、わたしは自然と笑みを浮かべながら返す。
「ええ、皆で少しのんびりしましょう」
スローライフ、わたしの今の目標。この冬は予行演習のようなものだ。
これからの日々を楽しみにしながら、ケーキの最後のひとかけらを口に入れるのだった。