執務室で書類にペンを走らせていると、心が落ち着いていることに気がついた。

 考えてみれば、穏やかな心持ちになったのは久しぶりだ。

 デジレ姉様との一件の間も屋敷で執務をしていたけれど、状況が気になってどこか上の空だった。

 色々と片付いて、日常生活に戻って三日。

 ようやく、いつもの感覚に戻ったということだろう。

「お嬢様。お茶を準備しましょうか?」

「ええ、リーラの分もね」

 書類整理を済ませたリーラが手早くハーブティーをれはじめる。いつもどおりの手早さだ。その姿勢にも、動きにも無駄がない。

 彼女はエヴェリーナ家の誇る戦闘メイド。今回はアルマスと共にちょうほう活動で快適とはいえない野外にずっといたというのに、まるで疲れを感じさせない仕事ぶりだ。

「リーラ、あなたも少し休んでいいのよ?」

「ご心配なく。こうして適時休憩をとっておりますので」

 笑みを浮かべながらわたしの前にカップを置くと、リーラも自分の分を用意して近くに着席した。

「さすがに今回は心配したのよ。アルマスが一緒とはいえ、ずっと外だったし」

「訓練を積んでいますので、問題はありませんでした。なにより、アルマス様の実力がすさまじいものでしたので」

「リーラから見ても、アルマスってすごいの?」

「もちろんです。私は戦闘メイドとして一通りの訓練を受けておりますが、アルマス様のそれは激しい実戦に根ざしたものです。……端的に言うと練度と経験が違います」

 言いながらカップに口をつけるリーラの表情が消えていた。これは、彼女が真剣に物を言う時の特徴だ。

「アルマス様は『嵐の時代』の戦場にいた方ですから。私達とは経験のみならず戦いに対する心構えからして違う、そう感じました」

「たしかに、ごくたまにだけれど、価値観の違いを感じることはあるわ」

 現代に残る『嵐の時代』の話はどれも悲惨で陰惨だ。それを生きたアルマスがわたし達にはない価値観に基づいた発想をすることは別におかしなことではない。

 普段は楽しそうにご飯を食べたり、畑の世話をしている彼だが、悲しい光景を何度も見てきたのは間違いないのだ。

「多少価値観は違いますが、優しく穏やかな方だと思います」

「そうね。できれば、昔を思い出させるようなことはさせたくないわ」

 彼の目的はスローライフ。妹が帰ってきた時に、この地でゆっくりのどかに暮らしていくことだ。頼りになるとはいえ、危険なことをさせるのは心苦しい。

「リーラ、手紙を書くわ。多分、これから増えると思う」

「情報収集を始めるのですね?」

 ずっと一緒にいてくれる戦闘メイドは、わたしの意図を的確にんでくれた。

「ええ、実家が相手では先手を打つのは難しいけれど、兆候に気づくくらいにはなりたいの」

 帝国東部の辺境に住まうわたしが、帝都の情勢を知る手段は限られる。

 クアリア領主のスルホ兄様、その婚約者にして第二副帝の娘であるシュルビア姉様。東部で権力があり、以前の小競り合いで情報のやり取りを約束したウイルド領の領主ヤイラン。

 今のところ、確実な情報源になってくれそうなのはその三人だけ。これまで以上に頻繁に手紙のやり取りをして、小さなことでも何かあれば教えてもらうようにしよう。

「私の方でも知り合いに頼んでみましょう。多少ですが、帝都に同業のがありますので」

「いいの? リーラは同業の人と連絡は取り合わないと思ってた」

 戦闘メイドは帝国内にごく少数しかいない上に、それぞれの個性が強く、横のつながりも弱い。昔、リーラも「なるべく連絡をとりたくありません」と言っていた。

「必要なことですから。お嬢様の助けになるなら、何でも致しますよ」

 軽く笑みを浮かべながら言い、便せんを取り出すと文字を書きだすリーラ。彼女の文字はとてもれいな上、整然としている。まるで、魔法具でも使ったかのように崩れない。

 これから、帝国東部で実家からの圧力を跳ね返せるようになるために、どのように動くべきか。

 脳裏でそんなことを検討しつつ、三枚目の手紙を途中まで書いたところで、執務室の扉がノックされた。

「どうぞ」

 開いた扉の向こうからやってきたのはトゥルーズだった。

 窓の外の日差しを見て、昼近いことに今更気づく。

「……お昼ご飯、できてるよ。二人とも疲れているだろうから、今日は疲労回復のハーブをふんだんに使ってみた」

「それはいいわね。楽しみ」

 いつものように物静かで穏やかな口調で言う料理人にわたしは明るく返す。彼女の料理はここでの楽しみの一つだ。

「もう少しで書き終えるから、これが終わってからでいいかしら?」

「……アルマス様も待ってるよ。今日もサンドラ様達とお昼を一緒にとりたいって、少し前から席についてる」

「これで三日連続ですね」

 エヴェリーナ家とのあれこれで、トゥルーズの料理を何度か食べ逃したからか、帰ってきてからのアルマスは頻繁にお昼にやってくる。そして、必ずわたし達と一緒に食事の席につくのだ。

「……多分、サンドラ様とリーラさんを心配してるんだと思う。大変だったから」

 トゥルーズの言うとおりだ。彼は優しい。実家と事を構えることになったわたし達に気を使っているのだろう。

「リーラ、すぐ昼食ね」

「承知致しました」

 わたしがペンを置き、席を立つと、リーラが素速く横に来た。

 その様子を見て室外に出たトゥルーズを追いかけて、廊下へ出る。

「……三日前、サンドラ様をねぎらうために毎日デザートを作ると言ったのも関係あるかもしれない」

 一緒に歩きながら、ぽつりとこぼすトゥルーズ。

 気を使っているのも、デザート目当てなのも、どちらも彼の本音だろう。

 わたしとリーラは目を合わせると、軽く笑い合うのだった。