フリーバと出会ってから数日、ハーブの世話と土木工事の日々を過ごす中、昼食中に俺の感覚に引っかかるものがあった。聖竜領は聖竜様の領地ゆえ、けんぞくである俺も大きな異常は感知できる。

 異常の起きた箇所は北、氷結山脈。その原因は魔物だ。

 この感覚は何度か経験があり、放っておくと魔物が聖竜領まで下りてくることがある。

 ほぼ同じ時に、聖竜様も俺に声をかけてきた。内容は『氷結山脈の魔物が騒いでおる』というもの。こうなったらすぐに動くべきだと判断した俺は、作業用のゴーレムを造り置きしてから、屋敷に向かった。

「まさか、同行者が二人もいるとはな……」

「聖竜様のお告げと聞いては動かずにおれません。にんも病人もいませんし」

「畑仕事よりお役に立てそうなので」

 そこでサンドラに事情を説明したら、たまたま近くにいたルゼとマイアがついてくることになったのである。

 二人とも完全に興味本位だ。

「言っておくが。遊びじゃないんだぞ。魔物との遭遇も考えられる」

「望むところです! 剣の振るいがいがあるというもの!」

「森に入る前に撃退しなければなりませんね」

 それぞれが剣と弓に手を触れて言う。マイアは元帝国五剣の直弟子、その実力はイグリア帝国でも屈指だ。ルゼもエルフのわかおさな上に野外活動が趣味というだけあって、弓の扱いにけている。同行者として実力的には申し分ない。

「ルゼのおかげで道ができてるのは感謝だな」

 俺は氷結山脈までの道を歩きながら言う。

 今、歩いているのは踏み固められた地面でも、積もった落ち葉の上でもない。植物がけたかのように作られた道の上に、短く伸びた草、その上に倒木などを利用して作られた板の道がある。

 これはエルフの道といって、エルフが植物に魔法をかけて作ったものだ。植物を操り、森の中に自分達の利用しやすい環境を作る、エルフにしかできない魔法である。

 俺の家やエルフの村、ハーブ畑の周辺なども既にこの道になっている。魔法をかけて大体十日ほどで完成したのには驚いた。

「氷結山脈とは将来行き来することになると思い、事前に道を作っておいてよかったです」

 ルゼは森中を探索しながら、主立った場所に魔法をかけて道を作っているそうだ。

 氷結山脈もその一つで、細いが歩きやすい道が一本延びている。

「こうして歩きやすくなっても氷結山脈までは二日。ちょっと遠いですね」

「二日でも大分早いと思うがな」

 二人とも旅慣れているだけあって、移動は迅速だった。俺達は氷結山脈のふもとまで野営をしつつ順調に移動できた。道中で魔物との遭遇はなし。まだ山から下りてきていないらしい。

 出発から二日後、エルフの道は終わり、氷結山脈の麓といえる場所に俺達は到着した。

 この辺りは木々が多いが、少し上に登ると、ごつごつした山肌き出しの場所になる。夏の日差しもあり、あまり快適な場所ではない。

「しかし、氷結山脈の魔物になにかあったのでしょうか? いつもどおりに見えるのですが」

 ルゼの言うように、氷結山脈はいつもと変わらず、真夏でも山頂付近に雪をのせた高い峰を俺達に見せている。

「魔物が下りてくることはたまにあるんだ。原因といってもな……ん?」

 氷結山脈に近づいたおかげで俺は詳しい状態が把握できた。

 魔物の気配がする。思ったとおりだ。

 すぐにつえを取り出して、周辺の気配を詳しく探る。

 魔物の魔力が四つ。場所は上空。ここから少し北側、かなり近い。

「アルマス様……?」

「魔物がいる。あっちだ……」

 俺がそう言うと、同行している二人が武器を構え無言でついてきた。


      


 山の裾を駆け抜けると、それはすぐに見つかった。

 木々の生えていない岩山のようなところに、魔物の影がある。

 赤い羽毛に覆われた巨鳥。ほむらどりと呼ばれる、氷結山脈でよく見かける魔物だ。

 翼を広げれば人間よりも大きく、性格は凶暴。爪は鋭く、羽の一部が魔力を帯びていて下手に触れると火傷やけどのように皮膚がただれる。

 この魔物は山脈内の中型の動物を補食する。油断すると人間も容赦なく攻撃する危険な魔物だ。

「数は四匹ですか。剣が届きませんね。ルゼ殿、弓で射落として……」

「ええ、二人とも、こちらが落としたらとどめを」

「見える範囲の奴が全部だな。なら、問題ない」

 杖の先に魔力で光をともし、魔法陣を描く。焔鳥は動きが速いので厄介だが、まだこちらに気づいていない今なら奇襲できる。

 今回用意するのは魔力で作った矢だ。火や水といった属性は乗せず、純粋な破壊力と速度だけを重視した魔法を作る。

 魔法陣はすぐに組み上がった。

「『輝ける矢』よ……行け!」

 魔法が発動する。

 完成したのは人ひとり分ほどの細長い矢が十数本。むしろやりといってもよいものだ。

 魔力でできたそれは瞬時に俺達の前から消えて、焔鳥の群れに向けて殺到する。

「グェッ」

 魔物のくぐもった悲鳴が俺達のいるところまで響いてきた。

 視線の先には光の槍に貫かれて岩山から落下する焔鳥が四匹。

「よし、命中だな。……『ぜろ!』」

 俺が杖を掲げて叫ぶと、光の槍が瞬時に形を変えた。

 焔鳥の内側から、無数の小さな光の矢が生えた。

「命中したあと内側から破壊する魔法だ。体力のある魔物には有効だぞ」

…………だぞ、と言われましても。真似できません。今のは」

「……私と戦った時はあんな魔法を使いませんでしたよね。……手加減されていた?」

 ルゼがぼうぜんとし、マイアが落ち込んでいた。

「しかしなんとまあ、あっさり片付いてしまいましたね」

「魔物相手に苦戦してもいいことはないよ……ん、なにかいるな。これは人か?」

 ルゼに答えつつ、崖の上の魔力を探ると、もう一つ小さな反応があることに気づいた。

 非常に小さい。人間のようだが、小さすぎる。これは怪我人なのでは?

「どうやら、あの焔鳥は人間を襲っていたらしい。助けてくるよ、ルゼ、その後は頼む」

「人? 怪我人ですね!」

 俺は返事をせずに、高い身体能力と魔法を駆使して、険しい崖を一気に駆け上がる。

 崖の上にはすぐに辿たどり着いた。

 木々の生えていない岩山。隠れる場所は豊富だが、道といえるものが存在しない場所だ。

 周囲に焔鳥の気配はない。

 そして、大きめの岩の陰に、小柄な人影が一つ。

「……ドワーフ?」

 そこにいたのはドワーフの女性だった。

 濃茶の短めの強い癖毛、黒い瞳。身長的には人間の子供にしか見えないが、一目でそうでないとわかる、しっかりした体つき。

 かつて何度か見たことがある。ドワーフに間違いない。

「大丈夫か、助けに来たぞ」

 返事はなかった。

 大きなリュックを横に置き、右手で押さえた左肩の出血がひどい。全身傷だらけで、危険な状態だ。

「待っていろ。ここには医者がいる、すぐ治療するからな」

 ルゼがいてくれてよかった。すぐに診てもらおう。

「悪いが抱きかかえるぞ」

 同意を待たずに、ドワーフの女性を抱きかかえる。人間の子供より重いが、それでも軽いものだ。

「少し揺れるが、ここを駆け下りる。我慢してくれ」

「う……………………

 俺の言葉に反応があった。

 ドワーフは弱々しく言葉を紡ぐ。

「……大丈夫。あてくしは重くないんで、軽いです……。そこは間違えないで……です」

 変なうわごとをつぶやいたのを危険だと判断した俺は、一気に崖を飛び降りた。

 崖下で待っているルゼに、抱きかかえたドワーフの女性を診せる。

「ドワーフがなぜここに……いえ、それよりも衰弱が激しいですね。意識はありますか? 水と薬がありますが飲めそうですか?」

「……水……飲みたいです……」

 もうろうとしているようだが、なんとか聞こえる声で返事があった。それを聞いて、ルゼは手早く荷物の中から水や薬草を取り出しはじめる。

「アルマス殿、その子をこちらへ」

 見ればマイアが地面に毛布を敷いてくれていた。俺はそっと、ドワーフをそこに置く。

「魔物にやられた傷もあるな。回復魔法でふさいでいいか?」

「お願いします。それから水と薬をあげます。マイア、念のため周囲の警戒を」

「まかせてください!」

 元気よく答えるなり、マイアが剣を抜いて見晴らしのいい少し高い場所に陣取った。

 俺は手早くドワーフに回復魔法をかける。傷はみるみる塞がり、呼吸が少し落ち着いた。だが、顔色は悪い。

「アルマス様、失礼します」

 そう言って隣にやってきたルゼが、水袋から少しずつ水を飲ませる。反応は薄いが、ドワーフはしっかりと水を飲み込んだ。

「聖竜領で採れた薬草から作った薬です。体に力を取り戻し、体調を整える効能があります」

 そう言って小さな瓶に入った緑色の丸薬をドワーフの口に入れる。聖竜領の森で採れるハーブや薬草は強い効果を発揮する。きっとよく効くだろう。

「う……草の匂いがするです……」

「我慢してくださいね。大丈夫、貴方あなたは助かりますから」

 意識があるのか怪しいが、薬の味に不満を述べたドワーフに、ルゼが穏やかな口調で言う。

 薬の効果か、しばらくするとドワーフは穏やかな寝息を立てはじめた。顔色はまだ悪いが、すぐさま命がどうこうという状態ではなさそうだ。

「しばらくしたら、この子を領主の屋敷に運びましょう」

「そうだな。……しかし、なんでまた氷結山脈から?」

 氷結山脈の向こうにはドワーフの王国がある。だが、簡単に歩いて抜けてこられるほど氷結山脈は甘い場所ではない。

「わけありのドワーフか……」

 これが何かの前触れか、ただの事故なのか、この場では結論の出しようがなかった。


      


 あの後、傷ついたドワーフを急いで領主の屋敷へ運び込んだ。

 氷結山脈から屋敷まで歩いて二日。ルゼがいてくれて助かった。彼女に面倒を見てもらいながら、俺とマイアが交代でドワーフを背負って運んだ。

 屋敷に到着し、リーラが着替えをさせて、空いていた部屋に寝かすと、一日でドワーフは目を覚ました。

 ドワーフは大人になっても人間の子供よりちょっと大きいくらいの種族だが、大変頑丈だ。人間やエルフだったら、あの過酷な氷結山脈を一人で踏破なんてとてもできないだろう。

「うぅ……死ぬかと思ったです……」

「さすがはドワーフ、頑丈だな」

 体調が回復し受け答えもできそうなので、氷結山脈へ向かった面々にサンドラとリーラを加えて詳しい事情を聞くところである。

「傷は塞がっていますが、疲労や目に見えない怪我が心配です。頭痛や目眩めまい、他に違和感を感じるところはありますか?」

「いえ、大丈夫です。むしろどこも痛くないおかげでぐっすり眠れました。ただ、服の胸のあたりが苦しいです」

 ルゼの質問にドワーフはよどみなく答えた。あと、俺の隣にいたサンドラが暗い顔でうつむいた。体格的にサンドラの服がちょうどよかったので着せたのだがな……。

「ドワーフは君と同じくらいの背丈で成人する。気にするな」

「お嬢様はそのままでも十分美しいですよ……」

「……優しくされると逆に傷つくわね」

 俺とリーラが励ましたがあまり意味はないようだった。

 それよりも大事なのは、ベッドに寝かされているドワーフだ。色々と聞かなくてはいけない。

「えっと、ここは聖竜領という場所であっていますか?」

「そうですよ。私はルゼ。あちらが聖竜領の領主、サンドラ様です」

…………!? あ、ありがとうございますです! 助けていただいた上に治療まで。魔物の群れに襲われた時はもう終わりだと思ったです……っ」

 ベッドから跳ね起きて頭をこすりつけんばかりの勢いで礼を言うドワーフ。

 サンドラが前に出て、微笑を浮かべつつ応対を始める。

「はじめまして。ドワーフのお客様。わたしが領主のサンドラ・エヴェリーナよ」

「ド、ドーレスと申します。北方ドワーフ王国からやってきたしがない商人でございます。なんとお礼を言っていいものかです……」

 ものすごく腰が低いな。商人とはいえここまでは珍しい。

「お礼なら、そこにいるアルマス、それとルゼとマイアに言うことね」

 サンドラに促されて俺も前に出る。

「アルマスだ。聖竜領で魔法士……のようなことをしている。そちらのエルフがルゼで、よろいを着ているのがマイアだ」

「おおっ、あなたがうわさの聖竜領の賢者様ですね! そちらのお二方も、ご迷惑をおかけして申し訳ないです……」

 俺が軽く二人を紹介すると、ドーレスはもう一度深く頭を下げた。

「ここで採れたハーブのお茶です。飲みながらアルマス様の質問に答えてください」

 リーラが大きめのカップにハーブティーをれてドーレスに手渡した。実に手際が良い。

「いくつか聞きたいことがある。……なんであんな場所にいた」

 だいぶ元気そうなので一番気になっていることを質問する。

 色々と不可解なこともあり、この質問は周囲に止められなかった。話し合いでも聖竜様と俺の意見を尊重するということが事前に決められている。

「……このお茶、噂どおり凄いですね。頭がはっきりしてきます」

 驚きながら言ったドーレスは、ゆっくりと話をしはじめる。

「あてくしは……事情があって北のドワーフ王国を追い出されたです。あ、誓って言うですが、悪いことはしてないです! 友達を助けるために、ドワーフの慣習をいくつか破っただけです!」

「友人のためとはいえ、それはなかなか凄いな……」

 ドワーフは伝統を重んじる種族だ。大抵、慣習を破るなんて思いもよらないことだと聞く。ドーレスのやったことは相当だ。

「と、とても大切な友達。親友を助けるためだったです! それで先走って、慣習を破ってしまい、罰として氷結山脈の山中に放り出されたですが……」

 ドワーフが慣習を破ったらどうなるか、知らないはずはない。うそでないなら、その友人というのはよほど大切な存在なのだろう。

「友のために命を懸けたか……。その覚悟は嫌いじゃない。しかし、よく生きていたな」

 罰としても氷結山脈に置いていかれるなんて危険すぎないか。命に関わる。

「放り出されるっていっても、死ぬほど危険というわけではないです。ドワーフは山に慣れてるですし、氷結山脈の浅いところに置いてかれて、適当なところに出て去っていくのが倣いの罰です」

「つまり、死ぬような厳しい罰ではないということね」

 サンドラの言葉にドーレスはこくりとうなずく。

「予定では二日もすれば知り合いが助けてくれるはずでした。でもあてくし、悪いことはしてない自信があるし納得してなかったので、自分の足で歩くことにしたです。それで、合流地点の山小屋に書き置きをして、氷結山脈を抜ける道へ入ったです」

「氷結山脈を北から南に抜けるのは相当危険で、これまで誰もここに来たことがないんだが……」

 そう言うと、ドーレスが申し訳なさそうな顔をした。

「荷物に魔物避けもあったですし、行商で旅慣れてるんで、行けると思ったです。なにより、このハーブティーの噂も聞いてたです。聖竜領というイグリア帝国の新しい領地のハーブが凄いと。それと、ウイルド領の兵隊を追い返したとも……」

「やはり、それなりの噂になっているか……」

 先ほど、俺のことも知っているようだったしな。俺と聖竜領のことが帝国内に広まりつつあると認識したほうがよさそうだ。

「ウイルド領のことを聞いたのは十日前のことです。あてくしは帝国東部をよく旅するのですが、聖竜領のことは風の噂で聞いた程度です」

「話はわかったが、どうしたものだろうか?」

 俺は室内の全員の顔を見た。

 サンドラ、リーラ、ルゼ、それぞれがあきれを通り越して驚いている。

 こいつ、凄いな、と。

 多少自信があったとはいえ、氷結山脈は交易の経路として挙がるような場所じゃない。

 四三六年間、あそこを通ってくる者など一人もいなかった。

「では、ドーレス。あなたは望みどおり聖竜領にやってこれたわけだけれど、どうしたいのかしら」

 沈黙を破ったのはサンドラだった。ちょっとだけ顔に警戒心が出ている。追放されるようなドワーフということで若干の不信感があるようだ。

「は、はい。噂を聞いて、これはきっと大きな商売になると思ったです。あのウイルド領を打ち負かす新興領地なんて凄いことです!」

「つまり、あなたはここで商売をしたいということね」

「はいです。あ、そうだ、あてくしの言葉おかしいですか? 共通語、頑張って覚えたですが! あと、荷物は?」

 ドワーフの多くは自分達の言葉であるドワーフ語を話す。癖の強い言葉だからか、共通語を覚えたドワーフは聞き取りにくい言葉遣いになることが多い。

「大丈夫。れいな言葉よ。荷物も無事だけれど……どうしたものかしらね」

 サンドラが悩ましげに言う。ドーレスの荷物は無事で、申し訳ないが中身を確認したところ、彼女が商人だという予測はついていた。しかし、今は別の問題が発生している。

「なにか問題があるですか?」

 げんな顔のドーレスに対し俺は再び前に出る。

「お前が氷結山脈を通った影響で、魔物がここらに近寄っている」

「え、すすすすすすいません! よりによって氷結山脈の魔物をあてくしが! ど、どうおびすれば……」

 顔を真っ青にして慌てるドーレス。氷結山脈の魔物は強くて凶暴だと知っていれば無理もない。

 とはいえ普段は山の上の方にいるし、俺と聖竜様がいるため聖竜領にはまず近づいてこない。

 ドーレスはく魔物をやり過ごしながらここまで来たようだが、少数の魔物が聖竜領の付近まで移動してしまった。魔物はものによっては感覚がかなり鋭い。聖竜領の人やエルフの存在に気づくかもしれない。

「魔物は俺達で退治できるから心配はいらない。だが、今後氷結山脈を通ることは許さない」

「た、退治できるんですか? 焔鳥やあおくまなんかがたくさんいると思うんですが」

 蒼熊というのは氷結山脈の生態系で頂点近くにいる魔物だ。全身が透き通ったあおいろの毛に覆われた大きな熊で、『嵐の時代』の戦い慣れした部隊でも、手こずる相手である。

「魔物は問題ない。ここの戦力だけでどうにでもなる」

 幸い、ここには俺がいる。一人でいくらでも対処可能だ。一応訓練も兼ねて、マイアにも手伝ってもらうつもりだが。

「あ、あの、お願いがあるです。罪滅ぼしにもならないかもですが……魔物の素材をあてくしに買い取らせてください!」

「魔物の素材か……高く売れるのか?」

 魔物は体内で高い魔力を循環させている特殊な動物だ。そのためか強力な個体は体内で特殊な石を生成したりするし、爪や毛皮が高い価値を持つことは俺の生きた時代にもあった。

 俺の疑問にサンドラが頷く。

「ええ、高級品ね。取り扱っているのは専門の商会になるので、付き合いがあるかが大切なのだけれど。……ドーレス。あなたは魔物の素材を取り扱える商人なの?」

「お、お金と経験はそれなりにあるです。手に入った魔物の素材を保管してもらえれば、足繁くここに通って取引させてもらいたいです! あ、あとできる限りのことはします!」

「どう思う、サンドラ?」

「そうね……。ドワーフなら師の知り合いとかいるのかしら? あとは、色々と情報を仕入れてもらうとか」

「そのくらいならいくらでもやるです! 任せてください! まさかこんな迷惑をかけるとは思わなかったです!」

 物凄くぺこぺこしている。うーむ、これは商人としての計算なのか、誠意なのか……。俺には判断がつかないな。

 考えていたら脳裏に聖竜様の声が響いた。

『なあ、ワシが見ていいかのう』

『良い考えですね。お願いしても?』

 聖竜様は、相手の心を読み取る能力を持っている。聖竜領では『聖竜の試し』と呼ばれ、これまで信用できる相手か見定めるために何度かやってもらったことがある。

 非常にありがたく、確実な手法だ。

 もし聖竜様がドーレスを気に入らなければ、回復次第出ていってもらうとしよう。

「お前を信用するかどうかは聖竜様がお決めになる。お前が嘘をついてないか調べてもいいか?」

「は? それくらいならもちろん。ひぃぃぅっ」

 怪訝な顔のドーレスの全身がいきなり光った。これは、聖竜様が現世に干渉しているあかしである。暖かくもややまぶしい光を放った自分の姿を見て、ドーレスがおびえる。

「あ……み、見られてるですぅぅぅ」

 微妙な悲鳴をあげること数十秒。『聖竜の試し』は終わった。

『うん。こやつに裏はないぞい。自分の友人のために行動して、ちょっとやりすぎてしまったようじゃな。真面目で誠実。友人思い。商人としてはそれなりに成功しておる』

 そうか、本当だったか。やりすぎたのはよくないが、きっと大切な相手なのだろう。妹のために全てを捨ててこの場にいる身としては、少し親近感が湧くな。

「聖竜様はお前を見た。そして認めた。ドーレス、お前を誠実な商人として認めよう」

「あ、ありがとうございますです……」

 俺が厳かに言うと、呆然としながらもドーレスはお礼を言った。何が起きたのかわかっていないようだ。

 その様子を見て、サンドラはあんした様子で話しはじめた。

「聖竜様が認めたならば大丈夫ね。ドワーフの商人ドーレス。領主として一つ提案があるのだけれど、聖竜領の商会に所属してみないかしら?」

「追放されて行く当てもないので願ったりかなったりですが。商会があるですか?」

 噂で聞いたこともないですけど、という風にドーレスが言った。当然だ、俺も今、初めて聞いた。

「実は今、あなたと話していて思いついたの。聖竜領にダニー・ダンという商人がいるのだけれど、これから商売を広げていく上で人手が足りないと話していてね。そこで、もういっそ商会を作って、手伝ってもらうほうが手っ取り早いと思ったの」

 ダン夫妻は宿が完成すればそちらで手一杯になる。その際の人手としてドーレスは理想的だということか。聖竜様のお墨付きもあることだし、悪くない判断だ。

「どちらにしろ行くところがないんだろう? これから伸びそうな場所に投資するのも商人の才覚じゃないのか?」

「は、はいっ! そのとおりなので誠心誠意務めますです……ところで今の光はなんだったです?」

 俺が問いかけると、ドーレスは激しく頷いて了承した。聖竜様とこの領地については後で説明するとしよう。

「それは後で説明するわ。今後の商売のことも含めてね。よろしく、ドーレス」

「はいです。サンドラ様」

 ドーレスと握手をするサンドラは少し大人びて見える優しい雰囲気があった。

『サンドラ、少し領主としての貫禄が出てきましたね』

『うむ、頼もしくなったのう』

 俺と聖竜様はひそかに彼女の成長に感心するのだった。


      


 ドーレスが目覚めた翌日から、魔物退治が始まった。俺はこういった危険は早めに取り除く主義なのである。

 そんなわけで、俺の日常はちょっと忙しくなった。

 まずは早朝、ロイ先生の用意した魔法陣を使ってゴーレムを大量に造った。仕事が長引いた場合、しばらく手を貸せない可能性もあるためだ。

 それが終わったら、魔物退治の準備を済ませたマイアを伴っての魔物退治に出発だ。

 そこからは、氷結山脈においての戦いの日々だ。現地で野営しながらの魔物狩りである。

 氷結山脈での仕事が続くこと五日。

 早くも魔物退治は終盤にさしかかっていた。

「凄いです。毎日あんなに魔物を見つけるのも退治するのも凄いです」

「聖竜様が教えてくれるし、近くにいれば俺にもわかるからな。それに、戦力もある」

 感心しながら見学するドーレス。回復の早かった彼女は三日目あたりから魔物狩りに合流した。

 時刻は早朝、目の前では蒼い体毛の熊と戦うマイアがいる。その手に握るのは魔法で光り輝く長剣。この期間だけ俺が武器を魔法で強化したのだ。

 蒼熊の方はなかなか大物で、立ち上がって威嚇する姿はとても大きい。通常、剣士一人で挑んでいい相手ではない。

 おそらく、これがドーレスを追いかけて聖竜領に近づいた最後の魔物だ。

「実際に目にしても信じられませんです。アルマス様の強さもですが、まさか帝国五剣の直弟子までいるなんて」

 ドーレスがやってきた理由は現地で解体したほうが高価な素材を選別しやすいのと、純粋な好奇心によるもののようだ。

 旅慣れていることと、荷物持ちが必要ということで俺は同行を許した。実際、足手まといにはなっていない。

「でも……相手は蒼熊なんですが、本当に大丈夫なんですか?」

 ドーレスの問いももっともだ。マイアの立ち向かう魔物は体格が倍ではきかない。腕の一振りで人間の上半身など跡形もなくなる化け物だ。

「ああ、大丈夫だ。見ていろ」

 俺がそう言った直後、にらみ合いが続いていた状況が動いた。

 その巨体から信じられない俊敏さでマイアに突撃する蒼熊。

 普通の人間ならそのまま吹き飛ばされて絶命するであろう一撃だ。

 だが、マイアは違う。

「はぁあっ!」

 鋭い声と共に横に跳躍して突撃を回避。

 すれ違いざまに長剣で足を切り裂くのも忘れない。

 蒼熊の毛皮は厚く頑丈だが、俺の魔法で強化された剣と彼女の技術が上回った。

 蒼熊の後ろ足から赤黒い血が一気に噴き出す。

「グオォォォォオ!」

「もらいましたっ!」

 威嚇するようにたけびを上げる蒼熊目掛けて、飛び上がったマイアの剣がいっせん

「すごっ……です」

 ドーレスがその光景に率直な感想を漏らす。

 マイアの剣は見事に蒼熊の首を切り落としていた。

「見事だ。さすがは元帝国五剣の直弟子」

「いえ、武器が良いからです。……アルマス殿、この魔法、ずっと武器にかけられませんか?」

「駄目だ。今だけだ」

 俺が言うとマイアはあからさまにがっかりした。この魔物退治の間、普通の長剣じゃ不便だと思って剣に魔法をかけたのだが、癖になってしまったか。

「ドーレス、出番だ。解体して素材を用意する。手伝ってくれ」

「はいです! 蒼熊は貴重だし、高いですよー」

 そう言って、実に楽しそうにドーレスはナイフ片手に素材を採取する作業を始めるのだった。


      


 蒼熊を倒してから二日後、俺達は領主の屋敷への道を歩いていた。

 氷結山脈から聖竜領までは時間がかかる。荷物が増えて歩きにくくなったのも原因だ。

「だからですね。この辺りの洞窟とか、あるいは地面に穴を掘って、魔法で作った氷を置いておくんです。そこに魔物の素材を保管して置いてもらえると助かりますです」

「いっそのこと魔法で温度を下げ続けることもできるぞ?」

「さらっと凄いことを言うですね。ドワーフ王国では氷で冷やしてたですけど。あ、いっそ魔法で凍るくらい寒い部屋を作れるなら長く保管できそうです」

「いいな。食材の長期保存もできそうだな。トゥルーズも喜ぶかもしれない。すぐに相談しよう」

 のんびり歩きながら、俺はドーレスと共に退治した魔物の素材をどう保管するか話していた。

 魔物の素材は爪や牙もあれば、肉や毛皮もある。とにかく低温で保管しておけば、ドーレスがその都度選別して売りに行ってくれるらしい。

 これまで退治した魔物は俺が魔法で凍らせたりして保存してあるので、屋敷の近くに保管場所を作り次第、順次移動するとしよう。

「ドーレス殿はこのままいくと聖竜領の商品を売り歩く行商人になりそうですねぇ」

 横で会話を聞いていたマイアがそんなことを言うと、ドーレスが表情を明るくした。

「それはいいかもですね。ダンさんもそういう手伝いを欲しがっていましたです」

「確かに、宿ができればダン夫妻は動きが取りにくくなるだろうしな」

 魔物退治という想定外の仕事が必要になったが、聖竜領の開拓は順調だ。

 ダン夫妻が経営予定の宿兼雑貨店兼酒場の建築は順調に進んでいる。完成すれば三階建ての大きな建物になる予定だ。冬までにはある程度形になるだろう。

 聖竜領内の道の整備の方は予定どおり冬が来る前に工事が完了するとのこと。

 畑では夏野菜やハーブの収穫も始まっている。森のハーブ畑で採れたものは、俺が育てたものほど劇的な効果はないが、十分な出来だった。

 屋敷の中にあった食料庫には食材が増えて、トゥルーズがうれしそうに微笑ほほえんでいた。それに伴って保管の問題も出てきていたので、先ほどのドーレスの話は興味深い。

 今は半地下になっている調理場近くの保管庫に傷みやすいものを保管しているので、良さそうなら氷を大量生産するか魔法をかけて長期保存できるようにしてみよう。

「サンドラの思いつきでダン商会を作ることになったが、なんとかなりそうでよかったよ」

 聖竜領の商会を作る話は早速進められている。なんでもイグリア帝国の機関に登録する必要があるそうで、サンドラとダニー・ダンがクアリアに行って作業をしている。クアリア領主スルホが力になってくれるおかげで、そちらも順調だ。

「ご迷惑をおかけした分は全力で恩返しするです。ここは面白い商材が多いので、商人としては嬉しい限りです」

 ドーレスについては聖竜様に認められたのが大きかった。

 しばらく聖竜領に滞在した後、領内の特産品を広めたり、情報を集めたりと行商で活躍することになるだろう。

「ところでドーレス殿。行商に出た時に、私に良さそうな剣があったら確保してきてくださいね」

「それと人材、鍛冶師だな」

「わかっておりますです。しばらくはこの辺りで商売して、そのうちこっそりドワーフ王国の方に入るです。そこで知り合いに声をかけて戻ってくるです。時期的に冬くらいになるですね」

 先の予定を楽しく話しながら森を進み、春の初めに比べてすっかりにぎやかになった領主の屋敷の方へ俺達は帰るのだった。