結局、領地会議は夜遅くまで続き、一段落したところで全員の雑談が始まった。しばらくするとトゥルーズが夜食を運んできて軽いうたげになった。全員集まって話す機会は意外と少ないから息抜きもかねてと判断したのだろう、サンドラもそれをとがめなかった。

 最終的にスティーナが酒瓶を取りに行こうとしたところで、全員が泥沼の展開を感じ取り解散となったが楽しい時間だった。

 俺は屋敷に泊まっていくよう薦められたが、それを断り帰宅した。

 最近は新築の我が家で寝るのがお気に入りなのである。

「……朝だな」

 いつもどおり、俺は自分の感覚を頼りに目を覚ます。

 室内は窓を閉めているのもあって暗い。窓ガラスを発注してあるが工事はまだ先だ。幸い、俺の体内時計はとても正確なので朝目覚めるのは造作もない。

「今日も暑そうだな……」

 相変わらず夏の日々が続く聖竜領だが、俺の部屋は魔法で室温を一定に保っているため快適だ。

 暑さ寒さといった環境に強い竜の体であっても、過ごしやすいというのは大切なことなのである。むしろ、魔法とはこういった日々の生活を便利にすることこそが本領だとすら俺は思っている。

 ベッドから起き上がると、すぐに魔法で光球を生み出して天井近くに浮かべる。

 魔法でお湯を沸かし、茶をれて、テーブルでまったりとした時間を過ごす。

 しばらく朝のひとときを楽しんでから、日課の畑の世話だ。慣れているのと毎日の作業を欠かさないおかげですぐに終わった。

 さて、次は何をしようか。実は今日は時間に余裕がある。

 ロイ先生と明日から予定されている工事の打ち合わせでもしようか、あるいは魔法草の生育状況についてアリアと話すか。

 室内で二度目のお茶を飲みながら、そんなことを考えていると、頭の中に聖竜様の声が響いた。

『おはよう、アルマス。爽やかな朝じゃな』

『おはようございます。何か用件ですね?』

 聖竜様のことだ、わざわざ俺が一仕事終えるまで待っていてくれたのだろう。急ぎでない時はそういう気の利かせ方をしてくれる竜だ。

『うむ。すまんが南へ行ってくれんかの。森の向こうの荒野じゃ。確認してほしいことがある』

『南の荒野ですか。俺一人で構いませんか?』

 聖竜領の南の森の向こうには何もない荒野が広がっている。さらに南下するとそこそこ険しい山々があり、それを超えなければ人里には辿たどり着けない。

 距離も結構あり、我が家のある森から荒野までは普通の人なら歩いて二日はかかる。

『うむ。時間をかけることもないし、他の者が必要でもない。軽く走ってくれんかの?』

『承知しました。ちょっと行ってみましょう』

 お茶を飲み終えた俺は立ち上がり、聖竜様の次元に保管されている白と青のローブを羽織った。

 物があまり置かれていない棚から一枚の紙を取り出し、外に出る。引っ越し祝いのおかげで少しは物が置かれているが、俺の部屋は物が少なく殺風景だ。掃除の手間をなくすための知恵である。家事が苦手ならば、極力やらなくていい状況を作れば散らかりにくい。

 外に出ると熱気が全身を包み込んだ。暑い日はまだ続きそうだ。

「竜になってよかったのは、環境の変化に強いことだな」

 今の俺は多少温度が上下したくらいでは活動に支障はない。

 夏や冬など極端な気温の時には非常にありがたいことである。

 俺は玄関扉の中央に後から取り付けた小さな掲示板に、先ほどの紙を小さなくぎで打ち付ける。

 そこには『外出中。ちょっと出かけてます。アルマス』と書いてある。

 これは、俺が意外と家にいないことが多いのでスティーナが伝言用に作ってくれた掲示板である。

「これでよし」

『自分から不在を知らせるのは不用心じゃないかのう』

られるものもありませんから』

 我が家に貴重品は存在しない。

 収穫した魔法草は領主の屋敷の倉庫だし、俺が稼いだ金はローブやつえと共に聖竜様の次元に保管されている。

 家の中には物がほとんどないのでさぞ盗みがない物件だろう。

 何より、今の聖竜領は全員顔見知り、盗みを働く者などいないし、もし外部からそんなやからがやってきても聖竜様が教えてくれる。

「それじゃあ、行くとするか。南に行くのは久しぶりだな」

 誰へともなしにつぶやくと、俺は熱気を振り払うように南に向かって一気に駆け出した。

 普通の人なら二日かかる道も、俺がちょっと本気を出して走れば半日もかからない。


      


 家を出て全力で道なき道を走ること数時間。

 森の密度は徐々に薄くなり、俺は荒野へと足を踏み入れた。

 目の前に広がるのはわずかばかりの草と茶色い起伏のある大地。

 何もない砂漠よりはマシ程度の光景だ。

『アルマス、もう少し東じゃ。川がある』

『川? ああ、なるほど。聖竜領から流れ込んでいるんですね』

『うむ。そうしたら川沿いに進むがよい』

 聖竜様の指示どおり、東に向かって走る。

 川はすぐに見つかった。今年の春に俺が領内でよみがえらせた流れは、南下するうちに大きくなり、水量を増してこの荒野を貫いていた。

 見れば、水場の周りだけ他よりも大きな植物が群生している。

「まさかこんな変化が起きているとは。気づきませんでした」

『ゆるやかじゃが、この地に生命が戻っておるようじゃな。アルマス、もっと南じゃ。そこを見てから説明をするのじゃ』

『わかりました。近くになったら教えてください』

 俺は川沿いにさらに南下を開始。勢いよく駆けると一時間もしないうちに聖竜様の見たかったものが正体を現した。

 そこには川からの流れが注いでできた大きな池があった。

 いや、そろそろ湖と言えそうな、そのくらいの規模だ。

『うむ。やはりこうなっておったか。昔、ここには大きな湖があってのう。周りには緑が生い茂る、豊かな地じゃった。『嵐の時代』で世界中の魔力が乱れてひどい有様になってしまったのじゃ』

『つまり、かつての姿に戻っていると?』

『うむ。しかし、時間がちすぎておる。このままではいかんじゃろう』

 この世界には竜脈とも呼ばれる巨大な魔力のうねりがあり、自然環境へ多大な影響を及ぼしている。その中で、川は巨大な魔力の流れだ。突然できたこの池を放っておくと、周囲に良くない影響を及ぼす可能性がある。

 こういった自然環境を整えることこそ、聖竜様のけんぞくである俺の役目だ。

『理解しました。しかしこの水、南にまっすぐ向かってますけど、そっち方面に迷惑かけないでしょうか?』

 はるか南に見える山の向こうには人里があるはずだ。うっかり水害とか発生しないか心配だ。

『地下にあったものが地上に出ただけだから大丈夫じゃ。さらに念のため、ワシらが手を加えるわけじゃからな。ほれ、用意せい』

『わかりました。では……』

 俺は杖を出し、地面に突き立てる。

 意識を集中すると、すぐに聖竜様の強大な気配が近づいてきた。

 聖竜様の眷属である俺は強大な能力を与えられている。山や川、植物、大地、それらを流れる膨大な魔力を操ることで地形の操作、調整を行えるのだ。

 俺一人ではそれほど広い範囲を操れないが、世界を創りし六大竜である聖竜様の力を借りることで、広大な領域に能力を行使することができる。

 聖竜様の力を受け、手に持った杖が激しく青白い輝きで明滅する。俺の目も、いつも以上に黄金に輝いているはずだ。

 全身に満ちるばくだいな魔力はゴーレムなら軽く何十万体も造れそうな、人間やエルフでは考えられない領域の量になっている。

 この状態ならば、広大な聖竜領南部の大地を整えられる。

『準備できました。いきます』

『うむ。慎重にの』

 聖竜様の言葉を受けて、俺は大地に突き立てた杖に力を込める。

 その瞬間、地面に莫大な魔力が走った。

 池や荒野のそこかしこが魔力で明滅し、ところによっては形を変えていく。川が生き物のようにうねり、流れによって削られていた池の岸辺が緩やかに整えられていく。

 俺の力は遥か彼方かなた、魔力の流れが途切れていた荒野全体に行き渡っていく。

 群生していた植物に影響はない。むしろ、環境が良くなって元気になるだろう。

 おそらく、聖竜領の屋敷の辺りまですさまじい地鳴りが聞こえているはずだ。そういえば、サンドラに事前連絡をしていなかった。後で謝ろう。

『よし、完了じゃ。春にはれいな湖と草原ができているじゃろう』

 程なくして作業を終えると聖竜様はそんなことを言った。今は草木の少ない荒野の水たまりのような場所だが、冬を越えれば良い水辺として利用できるはずだ。

『湖と草原ですか。それは楽しみですね』

 人間だった頃、湖の周りに金持ちの別荘が立ち並ぶ場所を訪れたことがある。戦争中だったので半壊していた。平時ならば良い場所だったろうにと残念な気持ちになったのを思い出す。

 周囲が草原なら家畜も放てるかもしれないし、これは聖竜領にとって良いことをしたな。

『しかしここ、ちょっと遠いですね。俺が様子を見に来るにしても頻繁に来るのは難しそうです』

 ここまで俺の足で走って往復した場合、朝出発でも帰りは夕方くらいになるだろう。それなりに忙しい現状の聖竜領では細かく面倒を見られる自信がない。

『ふむ。長いこと荒野じゃったし、管理人が必要かのう。別の眷属でも呼ぶとするかの』

『俺以外にも眷属なんていましたか?』

 聖竜様の眷属は俺一人だと聞いている。四三六年間、何度かそういう会話もあった。

『ワシではなく、別の竜の眷属じゃよ。どんな竜が来るか楽しみじゃのう』

 なんだか聖竜様はうれしそうだ。他の六大竜に会ったことのない俺には、どんな眷属が来るか想像もつかないが、この方ほど信頼できる竜はこの世界に他にいない。おかしな眷属が来ることはまずないだろう。

『では、聖竜様のお心のままに。じゃ、帰りますね。サンドラに報告しないと』

『今思ったんじゃが、説明なしに行動したから怒られないかのう?』

『驚きはしているでしょうけど、怒りはしないと思いますよ。これで三回目ですし』

 それにサンドラは聖竜領の領主をしていくうちに大分性格に余裕が出てきた。器が大きくなったというか、慣れたというか、そんな感じだ。このことは驚くだろうが、すぐに受け入れるはず。

『あの子がたくましく成長してくれて、ワシは嬉しいのじゃ』

 どこか慈しむような口調で言う聖竜様の声を聞きつつ、俺は帰路につくのだった。


      


 南部で一仕事した翌日、俺はいつもどおり起床して、畑仕事を片付けた。生育状態は順調、問題なしだ。その後、次の仕事を片付けるべく、聖竜領の中心にある広場へと向かう。

「おはようございます。アルマス様」

 到着するとロイ先生がすでに待っていた。その向こうにはクアリアからやってきた職人達がいる。先日の領地会議で決まった領内の道を工事するための人員である。サンドラの方で事前に手回ししてあって、早くも数名が派遣されてきたのだ。

「おはよう、ロイ先生。早いな」

「現場の皆さんが待っていますから。ところで昨日はどちらに?」

「……ちょっと南へな。後でサンドラに話すよ」

 そうですか、とロイ先生はうなずくとそれ以上追及してこなかった。

 昨日俺が南部で何かやったことを確信している顔だった。地鳴りがここまで聞こえただろうから、聖竜領の者なら俺の仕業だとわかっているだろう。

「よし、先に仕事を片付けてしまおう。今日のゴーレムの数は?」

「四体ほどですね。地面を掘り返すものを造ります。岩は広場にある分を使いましょう」

「わかった。早めに石畳になるゴーレム用の岩を運んだほうがいいな。何か急用が発生することもあるかもしれない」

 以前あったウイルド領との小競り合いのように、予期しない出来事というものは発生する。そのために日々の仕事でも先手を打っておきたい。

「そうですね。ルゼさん達が岩場を見つけてくれてますから、そちらを使いましょう。明日までに魔法陣を増やしておきます」

 ローブからゴーレム製造の魔法陣を取り出しながらロイ先生は了解してくれた。相変わらず彼は仕事も頭の回転も早い。これで人並みの魔力さえあれば万全な魔法士だ。

「では、やるとしようか」

 聖竜領の中心地にある広場。そこを囲むように置かれた岩石に向かってロイ先生が魔法陣を貼り付けると、俺は杖を取り出してゴーレム製造の魔法を行使した。


      


「思ったより遅かったわね、アルマス。そろそろ会いに行こうかと思っていたわ」

「すまない。仕事を片付けていた……」

 屋敷の執務室に行くと、胸の前で両手を組んだサンドラが待ち受けていた。

 半眼でこちらを見ながら、そのままへいたんな口調で言葉を続ける。

「昨日の地鳴りについて説明してもらえるのよね?」

 怒っているかな? そう思い、後ろに控えているリーラに視線を向けると、彼女は軽く頷いた。

「お茶の準備を致します。アルマス様、ご安心ください。お嬢様は怒ってなどおりませんので。先に仕事を優先されたので意地悪してみただけなのです」

「報告にはもう少し早く来てほしかったくらいかな。でも、非常事態ならすぐ教えてくれるだろうから、差し迫ったことではないと思っているわ」

「……正解だ。ちゃんと説明しよう」

 打ち合わせ用の机の上にリーラが手早くお茶を用意してくれたので着席する。

 今日のお茶は俺の作ったけんぞくじるしではなく、森の畑で採れた普通のものだ。何度も飲んでいるうちに香りの違いがわかってきた。

「聖竜様のお告げがあって、南部に行ってきた。ここから川が南に流れ込んだおかげで、環境が変わってきている。なんでも昔は草原と湖だったそうだよ。昨日の地鳴りは、昔のような姿に戻るように調整した時のものだな」

…………

 俺が一気に語ると、サンドラは無言で癖毛を触りはじめ、リーラは無表情のまま外を眺めだした。

「なにか問題でも?」

「いえ、なんだか久しぶりにあなたらしい行動をされたから少し驚いただけなの。つまり、今すぐにどうこうはないということね?」

「ああ、春くらいになれば立派な草原と湖ができるだろう。そのために別の竜の眷属が来る予定だ」

「待って。今聞き捨てならない単語が聞こえたんだけれど。竜の眷属が増えるの? それはアルマスみたいな人なの?」

 最後の方に含みを感じたが、俺は気にせず話を続ける。たしかに驚いても無理のないことだ。

「聖竜領の南部は広い上にこれまで荒野だったからな、管理する竜がいたほうがいいという聖竜様の判断だ。聖竜様以外の六大竜の眷属が遣わされてくる」

「あの、どのような眷属の方がいらっしゃるのでしょうか?」

 さすがに気になったのだろう、こちらの方を見てリーラが言った。

「今のところわからない。六大竜は『嵐の時代』以降、聖竜様以外はほぼ休眠しているんだ。起きている竜次第ということになるな」

 世界中で不作が続き、戦乱が起きた『嵐の時代』。その原因は大地を流れる魔力、竜脈に異常が起きたことだ。六大竜はそれを数百年かけて正しい形に戻し、今は聖竜様を除いて休んでいる。

「……そう、どんな竜の眷属が来るかはわからないのね」

「心配なのか?」

「正直、少しね。竜の眷属は強い力を持っているから、くやっていけるか気にならないと言えばうそになるかな」

『そこは信頼してくれと言うしかないのう』

「聖竜の判断を信じよ、と聖竜様はおっしゃっているな」

 突如聞こえてきた聖竜様の声をそのまま伝えると、サンドラは少し考えてから軽く微笑ほほえんだ。

「そうね。聖竜様はいつもわたし達を助けてくれるもの。よろしくお願いしますと伝えてくれる、アルマス」

 どうやら納得してくれたらしい。さすがは聖竜様だ。

「でも、南部が使えるようになるなら、どうなっているのか知っておく必要があるわね」

「たしかに、俺もちゃんと把握していない場所だしな。ここは調査に行ってもらおう」

 幸い、聖竜領には地図作りを専門にしている者達がいる。しかも腕利きだ。南部に魔物はいないので、安全に調査できるだろう。

「さっそく、ルゼとマイアに事情を話しましょう」


      


 翌日の早朝、俺の前にはルゼとマイアが聖竜領南部への旅支度を調えて立っていた。

 見送りは俺とサンドラとリーラだ。説明するなりすぐ出発すると言い出してこうなった。

 聖竜領に来たはいいが仕事が今ひとつないマイアと、エルフのわかおさと医者の仕事に比較的余裕があり好奇心全開のルゼ。双方の意見と予定が一致した結果である。

「では、行ってまいります! 聖竜領南部にアルマス殿以外が足を踏み入れるのは我々が初めてとのこと。光栄です!」

「とても楽しみです。できるだけ長く探索を続けたいのですが……」

「いや、それはやめてくれ。ルゼは若長と医者としての役割があるだろう?」

 俺がそう言うと、ルゼは悪戯いたずらっぽく微笑んだ。

「冗談です。六日後には一度戻って参ります。とりあえずは手始めといった調査ですから」

「それで頼むよ。南部に魔物はいないから二人なら危険もないだろう」

 元帝国五剣の直弟子であるマイアは剣の達人だし、エルフの若長であるルゼは弓に秀でている。野生の獣程度なら問題にならない。

「このゴーレムは七日ほどもつように魔力を込めておいた。自由に使ってくれ」

 今回、二人には俺が造った特別製のストーンゴーレムが同行する。手が大きく、頭が平たい。やろうと思えば乗ることだって可能だ。それに、重くて大きいゴーレムが一往復すればある程度踏み固められた道ができることも期待できる。

「二人とも気をつけてね。もし病人が出たら、アルマスが知らせに行くから」

「はい。知らせがないように願っております」

 サンドラの言葉に、ルゼが正直に返した。たしかにそのとおりだ、皆が元気なのが一番だ。

「なにか問題があればすぐに戻ってきてくれ。腕は立つといっても過信しないようにな」

「それはもちろん! 身に染みております!」

 マイアが朗らかな笑顔で答えると、自然と全員が明るい雰囲気になった。

「それでは、行ってまいります」

「六日後に戻りますので!」

 和やかな雰囲気を残して、二人と一体は南に向かっていった。

 南部が今後どうなるかはわからないが、これもまた聖竜領の開拓の新たな一歩だ。


      


 ルゼとマイアが南部へ調査に出てから五日ほど経った。二人がいない聖竜領では領内の道と宿の建設といった工事が予定どおり進んでいる。忙しくも穏やかな日々。大きなトラブルもなく仕事が進むのは良いことである。

「アルマスの家はいつも涼しくていいわね」

「そうですね。正直、うらやましいです」

「二人とも妙によく来るようになったと思ったら。やはりそれか……」

 相変わらず外では夏の日差しが厳しい日中、俺の家にサンドラとリーラが訪ねてきた。

 俺が家に冷房の魔法をかけていることが知られてから、こういう日は多い。たまにここで仕事をしていく日もある。

 ちなみに今日は仕事ではなく、プライベートな訪問だ。

 こういう時、いつもはお茶を淹れると後ろに立っているリーラも着席し、三人で雑談をすることが多い。

「仕方ないじゃないの。ここなら汗をかかないし、作業がはかどるんだもの。……いくら出せば屋敷にも魔法をかけてくれる? わたしの部屋と執務室だけでいいから。お金はあるのよ」

 完全になりり構っていない発言だった。

 聖竜領の夏は夜になれば比較的涼しいが、それでも暑いものは暑いのだ。

「元々これは日常生活を快適にするための魔法なんで構わないが……」

「一回で何日も継続できるのはアルマスだけとロイ先生に聞いたわ。竜の魔力ってすごいのね」

 どうやら色々と話を聞いたらしいな。実際、この手の魔法は人間の魔法士では持続性に難があって使い勝手が悪い。ロイ先生に頼んだらすぐ倒れてしまうだろう。

「わかった。暑さで倒れたりされたら事だしな、今度屋敷に魔法をかけにいくよ」

「やった。聞いたわね、リーラ」

「はい。確かに。ただ、お嬢様の私室の分は自費でお願いしますね」

「う、わかってるわよ」

 プライベートな時間だからか、リーラもサンドラに遠慮がない。サンドラが領主になる前はいつもこんな感じだったのだろうか。

「ちょっとだけ仕事の話をしてもいいかしら。一つ懸念があるの。エヴェリーナ家のことよ」

「実家の方で動きがあるのか?」

「聖竜領は短期間で成果をあげすぎたの。エヴェリーナ家はどこかで情報を拾うと思う」

 エヴェリーナ家。イグリア帝国内では伯爵の地位にある、サンドラの実家だ。

 サンドラは母親が亡くなった後、父が新たに迎えた女性とその家族によって、家から出る選択を迫られた。

 理由は彼女の優秀さだ。十三歳にして飛び級を繰り返して学業を修めた彼女は、新しい家族にとって頼もしい身内ではなく、自分達の地位を脅かす敵に見えたようだ。

 思い出すのも嫌なようでサンドラは詳しく語らないが、新しい母と義理の兄と姉は表に裏に手を回し、サンドラが命の危険を感じるほど追い詰めた。いつの間にか周囲に味方はほとんどいなくなり、家にいるのも難しくなっていたという。

 彼女を魔境と呼ばれていた聖竜領へと向かわせたのは、そんな状況ゆえだ。

「春から夏の間で、やったことといえば、スルホの婚約者シュルビアの治療と、ウイルド領との小競り合いだな」

 シュルビアは第二副帝、聖竜領のある帝国東部を治める人物の娘で、ウイルド領はちょっとしたことで他領地に兵士を出すことで地域全体を困らせていた。

「特に後者が大きいわね。帝国東部で好き放題していたウイルドを、実力で返り討ちにしたことはすぐに広まったと思うの。それと、アルマスの育てたハーブも評判になるだろうし」

 竜である俺が育てたハーブは通常では考えられないくらいの効用が表れる。ちょっとした魔法のポーション並みだ。また俺が育てたハーブで作った獣けのポプリは効果が抜群で、クアリアの農家にとても感謝されている。

 どちらも春が終わる頃には隣町から帝国内の各地に販売されている品だ。入手は難しくない。

 エヴェリーナ家の者にとっては、いなくなったはずの娘が辺境の地で驚くべき速度で力を蓄えているように見えるだろう。

 そして、後ろ暗いことをした者達は、力を得た相手からのふくしゅうを恐れるのが常だ。たとえ、こちらにその気がなくとも、警戒して何らかの行動を起こすだろうことは想像に難くない。

「サンドラが言うなら向こうが何かしてくると考えたほうがいいな。方法はわからないが」

「人を送り込むくらいはしてくると思うの。わたしの立場はそのままに、実権を握るためになにかの工作をするとか……」

 ありそうな話だ。サンドラはまだ十三歳。付け入る理由はいくらでも作れるだろう。

 不安なのは、相手がどんな手を打ってくるかわからないことだ。未知のものほど怖いものはない。

「情報を集めるくらいしか対策はないな。実家の方にそういうはないのか?」

 サンドラとリーラは共に首を振った。二人とも、追放同然でここに来た身だからな。

「この件は俺以外の者にも相談したほうがいい。皆、協力してくれるだろう」

「そうね。みんな、わたしについてきてくれた人達だものね」

 そう言うと、サンドラの表情が少し柔らかくなった。

 おそらく、彼女の中でもそうすべきだと結論が出ていたのだろう。ただ、領地の皆を頼ることになる決断に後押しが欲しかったんだ。

「ありがとうございます。こうしてお嬢様と同じ立場で話してくださる方は貴重ですので」

 すっきりした顔のサンドラを見て安心したのか、リーラが頭を下げた。

 彼女はいつも敬愛する主人を心配している。

「話くらいならいくらでも聞くよ。俺だって世話になっている身だからな」

 真面目に話し込んでしまったので、少し場を和らげる話題でも提供できないかと思った時だった。

『アルマス、話もいい感じに一段落したようなので報告じゃ。南に竜が来たぞい』

『は?』

『だから竜じゃ。南まで管理するのは大変じゃろうから対処すると話したじゃろう? 運良く水竜と連絡がついての、若手の眷属を遣わせてくれたみたいじゃ』

『つまり、俺以外の竜がここに来ると? いつです?』

 あまりにも急な話だ。俺の表情の変化に気づいたサンドラ達が堅い表情でこちらを見ている。

『実は、もう来ておる。というか、ルゼとマイアが発見して、慌ててこの家に向かっておる』

『はあ? なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!?

『いや、なんか仕事で忙しそうじゃったし。実害ないからいいかなーと思ってのう』

 せめて一言言ってください。聖竜様。

「アルマス、どうしたの? 聖竜様がなにか?」

「ああ、実はな……」

 事情を話そうとした瞬間、ノックもなしに家のドアが勢いよく開かれた。

 その向こうにいたのは、南に行っていたルゼとマイアだ。

「ア、アルマス様! 竜です! 竜が南の湖に!!

「本物! 本物でしたよ! 結構大きいです!」

 二人とも、見たことがないほど慌てていた。というか、恐怖で顔が引きつっている。二人が出発して五日、予定では帰ってくるまであと一日余裕がある。きっとくだんの眷属を見てから、全力でここまで走ってきたのだろう。

「一応、俺も竜なんだがな……」

 とはいえ見た目は人間の俺と、おとぎ話などで語られる巨体を持つ竜を目撃したのとでは反応が違って当然だ。

「とりあえず中に入ってくれ。事情を説明するよ」

 どうやら、一仕事片付けなければならないようだ。


      


 ルゼとマイアを落ち着かせ、室内に招いてから、俺は速やかに事情を説明した。

 南にやってきたのは聖竜様が水竜に頼んで派遣してもらった眷属だ。水竜はその名のとおり、水と親しい。湖も含めた南の管理にはうってつけということでお願いしたらしい。

 そうしたら、思ったよりも早く到着したようだ。これは俺も聖竜様も予想外のことである。

 その場で話し合った俺達は、とりあえず眷属を直接見に行くことにした。

「サンドラも来るのは構わないが、仕事はいいのか?」

「南を管理するために聖竜様が他の六大竜に頼んで派遣してもらった眷属なのでしょう? 聖竜領の領主として挨拶しなければならないわ。それに、前から南は確認しておくべきだと思っていたの」

 普通なら竜の近くに戦闘能力のない領主を向かわせるなど正気の沙汰ではないのだが、ここは聖竜領だ。やってきた竜の安全性は保証されている。

「可能性としては低いが、荒っぽい性格ということもあるんだぞ?」

 聖竜様が交渉した以上、扱いにくい性格の竜が来るとは考えにくいが、予想外ということもある。

「それこそアルマスがなんとかしてくれるのでしょ?」

「たしかに、なんとかできるな」

 昔、聖竜様に聞いたことがあるのだが、六大竜は複数の眷属を持つことが普通らしい。役割ごとに分けて用意するのだそうだ。

 俺は特殊で、聖竜様のたった一人の眷属であるため非常に強い力を与えられている。

 並の眷属相手なら、まずどうにかなる。

 何より、ここは聖竜様のお膝元だ。最悪、何とでもできるだろう。

「南への地形はこの前少し整えたが、まだ道はない。皆でゆっくり歩いて二日だな。休息込みで往復で五日はかかる。仕事の引き継ぎは大丈夫なのか?」

「ええ、ロイ先生にお願いしてある。今の工事を続けつつ、問題が起きたらとりあえず保留ね」

「わかった。ロイ先生なら大丈夫だろう」

 聖竜領にやってきた当初、クアリア領主の婚約者を治療するため、俺とサンドラがこの地を離れた時、ロイ先生が領主代行をやってくれた。穏やかで優秀な彼なら、周囲と協力して上手くやってくれるはずだ。

「では、南部に向かうのはここにいる全員でいいな」

 今回一緒に行くのは俺とサンドラとリーラ、それとルゼとマイアだ。二人にはどうせなら最後まで関わってもらおうということになった。

「一目散に逃げてきてしまいましたが、安全な竜だと知っていれば接触しましたのに……」

 ルゼが残念そうにそう漏らす。好奇心の強い彼女らしいが、逃げたのは良い判断だ。六大竜や眷属以外の、野生に存在する普通の竜はどうもうな性格の個体も多く、接触は非常に危険だからだ。

「二人が見たのはできつつある湖の中、首の長い竜で間違いないな」

「はい。とても大きな、この領地で造るストーンゴーレムの倍はありました。背中に翼はないように見えましたが、それ以上詳しくはわかりません。……さすがに竜殺しに挑戦する気にはなれませんでしたね」

 マイアがうっかり斬りかからなくてよかった。同時にそれは、彼女が力試しをしようとも思わないくらいの強大な存在がやってきたということでもある。

「では、出発は明日の朝だ。二人は戻ってすぐになるが、問題ないか?」

 ルゼとマイアは特に文句も言わずに頷く。疲れているだろうから休んでもらってもよかったのだが、自分達の見た存在を確認したいという好奇心がうずいているのも確かなようだ。

『ちなみに聖竜様、どんな性格の竜が来たか本当に知らないんですか?』

『うむ。一応、水竜からは穏やかな者を寄越したと聞いておるがのう。ほら、どうせなら実際に会って確かめたほうがいいじゃろ。その方が楽しいし』

 もう少し詳細な情報をもらってほしいところだが、俺はその言葉を飲み込んだ。

 もし何かあったら、この上司に責任をとってもらおう。


      


 南への旅は順調だった。サンドラにとって馬車を使わない徒歩の旅は久しぶりだが、聖竜領での半年あまりの生活が彼女を強くしていた。

 ルゼやマイアといった旅慣れた人間には及ばないが、おかげで余裕のある道行きになった。事前にゴーレムが歩いたおかげで簡単な道もできていて、歩きやすいのもいい。

 家を出発して二日後、予定どおり規模を大きくしつつある湖に俺達は到着した。

「なんか、思ったよりもでかくなってるな」

「はい。この前私達が見た時よりも大分大きいです……数日でこの拡大とは……」

 俺の言葉にルゼが困惑しながら反応した。

 先日見た時は大きな池程度だったはずの場所が、今では立派な湖と言える規模になっていた。対岸まで船が必要なくらいの広さだ。水も深く、澄んでいる。

 川から流れ込む水量だけではこうはいかない。こうなるよう環境を整えた者がいる。

『アルマス、来るぞい』

『そのようですね』

 聖竜様が教えてくれたのと同時、それは姿を現した。

 大きな影が湖の向こうからこちらに向かって、水の中をゆっくりとやってくる。

 人間が縦に三人重なったくらいの高さはあるだろうか。長い首を持ち、水面から半分ほど出ている胴は丸っこい。

 うろこの色は水色。わかりやすく、水にまう竜の特徴をしている。

「お嬢様、念のため、私の後ろに」

「ええ。アルマス、お願いね」

「ああ、任せてくれ」

 少し緊張感の伴った会話をしているうちに、水竜の眷属は目の前までやってきた。

 水上を音もなく目の前まで移動してきた竜は、ゆっくりと首をもたげて俺達を見下ろす。

「なんか、想像よりいかつくないな……」

『かわいい顔しとるのう』

 それが水竜の眷属を見た俺と聖竜様の最初の感想だった。

 首の先についている顔の形状はトカゲを思わせる竜のもの。だが、鱗が細かいのか全体的につるんとした印象をしている上に、目が大きくクリクリしている。

 巨体に反してちょっと愛らしい顔をしている水竜だ。

「こんにちは。アルマスさま」

 水竜の眷属は子供のような高い声で言うと、ゆっくりと頭を俺の目の前まで下げてきた。

 言語はイグリア帝国の共通語で、声は普通に口から出ている。巨体から発声されるからか、しゃべった時、空気が震えるのが伝わってきた。

「ああ、こんにちは。俺のことを知っているのか?」

「水竜様がおしえてくれた。聖竜様のつよい眷属。アルマスさま。へんじん、シスコン」

「待て。その情報はどこを経由して伝えられた」

『不思議じゃなぁ……』

 犯人はわかった。後で抗議しよう。

「まあいいか……。さて、お前に名前はあるのか?」

「ある。フリーバだよ。水竜様のもっとも小さな眷属で、この湖から土地をみるのがしごと」

 やはり既に水竜から仕事も与えられ、作業をしているわけだな。最も小さな眷属ということは、若手にこの仕事を与えたのは間違いないようだ。

「水竜の眷属フリーバよ。ここにいるのは聖竜領の領主サンドラだ。俺達と共にこの地を治めている。仲良くしてくれるか?」

「知ってる。サンドラ、かわいい、かわいそう。協力するよ」

 そう言うとフリーバはサンドラの眼前に頭を持っていく。

 リーラの後ろに隠れていたサンドラは一瞬ちゅうちょした後、一歩前へ出た。

「聖竜領の領主サンドラ・エヴェリーナよ。水竜様の眷属フリーバ。わたし達と一緒に、この地で暮らしてくれるかしら?」

「うん。色々聞いてる。ここ、たのしい。おいしいもの、おおい」

「うわっ……」

 嬉しそうな様子でフリーバが頭をすり寄せてきて、サンドラは軽く後ずさった。

「……えっと、これからよろしくね」

 慌てつつも害意がないことを察した彼女は、そっとフリーバの頭をでた。

『事前に話を通しておいてくれたのはありがたいですが。どんな話をしたんですか?』

『できる限りのことじゃよ。人間の生活を近くで見られる面白い場所じゃと話したら、若くて好奇心の強い者を寄越してくれたのじゃ』

 なるほど。それでこの人選、いや竜選か。

 見た感じ、フリーバは若い竜だが素直そうだ。湖をあっという間に綺麗に作り上げたのを見るに土地を管理する能力は申し分ない。

「人間のおはなし、聞きたい。サンドラ、他の人、しょうかいして」

「わかったわ。どんな話がいいかしら?」

「……今日はここで一泊だな」

 大きな新たな住民とサンドラが友好を深めはじめたのを見て、とりあえず俺は安心したのだった。それはそれとして、俺をどう紹介したのかは後で聖竜様に問い詰めるつもりだが。俺のことを他の竜に話す時、まずシスコンの説明から始めてたりするんだろうか。もっと言いようがあると思うんだが。


      


 水竜の若き眷属フリーバとの会話は数時間も続いた。さすがにサンドラ一人では相手をしきれないので途中からリーラにルゼとマイアも加わり、ひたすら話をし続けた。

 どうもフリーバは人間と会って話すのが初めてのようで、とにかく質問攻めだった。

 日が傾いてきたあたりで全員に疲れが見えてきたので、俺が間に入って止めるとフリーバは納得してくれた。

「おもしろい話ありがとう。疲れさせてごめん。これ、のんで」

 そう言うと、フリーバの眼前で魔力が輝き、一瞬で水の球が生み出された。

 淡い輝きを放つ不思議な水はふわふわと浮遊し、サンドラの前までやってくる。

 俺はすかさず荷物の中から鍋を取り出すと、水をその中に入れた。

「元気のでる水。ぼくも寝る。またあした」

 そう言うと、フリーバは名残惜しそうに湖の向こう側に消えていった。

 夜になってしまったので俺達はその場にテントを張り、野営をすることにした。

 こんな時もメイド服を着ているリーラが手際よく煮炊きを始め、料理の準備をする。

 一番質問に答えて疲れていたサンドラは、き火と料理の様子を眺めながらフリーバの残した水をゆっくり味わっていた。

「凄い。疲れが取れていく……」

「水竜の眷属は水だけでなくいやしもつかさどるからな。その力の一端だろう。もちろん、依存性も毒性もないから安心してくれ」

「さすがにもう疑わないわ。これ、アルマスのハーブと組み合わせると凄い効果になりそうね」

 確かにそうだ。また新たな眷属印が生み出されてしまうかもしれないな。

「想像以上に穏やかな竜で安心しました。お嬢様に向かっていった時は肝を冷やしましたが」

 鍋に具材を入れながら、リーラが大きく息を吐く。

「聖竜様が話をつけているとはいえ、正直、あれは怖いからな」

 フリーバは若い竜だが人間から見ればあまりにも巨大だ。大きいというのはそのまま強さに直結する要素でもあるし、恐怖を覚えないはずがない。

「聖竜様に続いて水竜様の眷属に会うことになるとは思いませんでした。他の六大竜の眷属とも、そのうちお会いできるのでしょうか?」

 うきうきした様子でルゼが言ってくる。

 そうだな。せっかくだから、そのあたりの説明もしておくか。

「実を言うと、聖竜様以外の六大竜は、現在休眠期にある。今回、水竜と接触できたのはたまたまだ。これは『嵐の時代』に力を使いすぎた影響だそうだ」

 火竜、水竜、風竜、地竜、そして邪竜。この五つの竜は『嵐の時代』を乗り越えるのに力を使いすぎた。今は寝たり起きたりを数十年単位で繰り返している。

『実は水竜の奴も半分寝てたみたいで心配だったんじゃがなぁ。よかったよかった』

『たった今知る衝撃の事実ですよ。結構行き当たりばったりですね』

『い、一応大丈夫そうじゃからお主にも伝えたんじゃよ。事情も聞いてくれたし、水竜もうらやましがっておったぞ。起きてたら来たかもしれん』

 よかった。六大竜の一つが直接来ていたら、何か想像もつかないことを起こしそうだ。聖竜様からして予想できないことをするからな……。

「聖竜様が来ているのね。わたし達のやり取りに問題はなかったかしら」

「聖竜様は満足している。サンドラの対応も丁寧だったしな」

 金色に輝く俺の目を見て気づいたらしいサンドラが不安げにしていたのでそう伝えておく。今発覚した事実は俺の胸の中にだけしまっておこう。

「ねぇ、アルマス。どうして聖竜様だけ起きているのか聞いていいかしら? 『嵐の時代』は六大竜にとっても過酷だったのでしょう?」

「それは簡単な話だ。単純に、聖竜様は最年長で、最も強いからだ」

 聖竜様は六大竜で一番最初に生まれ、一番強い力を持ち、その能力も魔力の循環や調節に特化している。だから、自然現象に関わるそれぞれの得意分野を持つ他の竜よりも幅広い力があるとは本人の談だ。

「なるほど。では、アルマス様の実力も眷属の中ではかなり強いということですね!」

「おそらくな。試したことがないからわからないし、俺は竜といっても特殊な眷属だと聞かされているよ」

 マイアの発言には言葉を濁して答えておく。

 自分以外の眷属と会ったのはフリーバが初めてだし、自分の実力というのも今ひとつわからない。

 見た感じの印象では、フリーバ相手なら負ける気がしないのはたしかだ。

「ここにいたのがアルマス様でよかったかもしれません。昨年の春、最初に出会ったのがあのような大きな竜でしたら、皆でクアリアに逃げ込んでいたでしょう」

 完成した料理を器に移しながら、リーラがにこやかにそう言った。

「そうね。ほんと、アルマスでよかったわ」

 フリーバの作った水を飲み終えたサンドラがしみじみとそう呟いた。


      


 翌朝、テントを片付けて帰り支度を始めた俺達の前に、再びフリーバが現れた。

 それも昨日とは比べものにならない姿で。

「おはよう。アルマスさま、サンドラ、リーラ、ルゼ、マイア」

 フリーバは、大型犬くらいの大きさになっていた。

 顔の形状は昨日とほぼ同じだ。

 首は短くなり、胴は丸く。肌の質感も鱗というより皮膚に近くなっている。

 なんというか、昔、本で読んだ、アザラシという海の生き物に近い外観になっている。

 驚くほど小さくなったフリーバは、俺達の前で浮かんでいた。

 手足の形状はヒレに近く、翼のように空を飛べそうにないのに浮かんでいる。

 竜の翼は魔法が宿り、羽ばたく力とは別の理屈で空を飛ぶ。おそらくその応用だ。

「フリーバ、その姿はどうした……」

 全員を代表して俺が問いかけると、フリーバは目をくりくりさせながら楽しそうに答えを返す。

「大きいからだ、みんな驚く。だから、小さくなった。ぼく、聖竜領の畑を見たい。トゥルーズのごはん食べたい」

 大きかった時と似たような声でフリーバが語る。この姿だと空気が震えないから話しやすいな。

 どうやら、フリーバは聖竜領をその目で見たいようだ。

「ここの管理はいいのか?」

「だいじょぶ。何かあったら大きくなって飛んでもどれる」

 丸っこい胴体を上向かせて言われた。どうやら胸を張っているらしい。

「サンドラ、領地まで一緒に連れていっていいかな? 本人も希望しているし」

「そうね。一度、わたし達の生活を見てもらうのは良いことだと思うの。……可愛かわいくなったわね、フリーバ。大きい時も可愛かったけれど」

「ありがと。サンドラ」

 サンドラに頭をでられて、フリーバは嬉しそうにその場で跳ね回った。


      


 フリーバを加えて聖竜領に帰った俺達は、そのまま領主の屋敷へと向かうことにした。途中、ルゼとマイアはエルフ村の様子見と地図作りのために別れたが、全員無事の帰還である。

「領内とはいえ、五日も離れて帰ってくるとちょっと安心するわね」

「野営するのは久しぶりだったから疲れただろう。少し休んだらどうだ?」

「ええ、でもフリーバの出してくれる水のおかげで思ったよりも疲れていないのよね」

「油断は禁物です。お嬢様には今日は早めに眠っていただきます。また寝込まれては大変ですから」

 元気そうに振る舞うサンドラに、リーラがきっぱりと言った。聖竜領に来たばかりの頃、サンドラが一度寝込んでいるのを彼女は今でも気にしているのだ。

「リーラの言うとおりだな。……ん、どこに行くんだ、フリーバ?」

 屋敷の入り口に向かっていた俺達だが、フリーバが突然進路を変えた。

「こっちに誰かいるよ。なんだろう!」

 つぶらな瞳で楽しそうに言いながら、屋敷の敷地内、ちゅうぼうの外にあたる敷地に向かっていった。

「トゥルーズがなにかしているのか?」

「そういえば、そろそろ鶏が届くはずだったわね」

 なるほど、それか。

 先日の領地会議で決まった鶏小屋の建設は、スティーナのところで働く元護衛の二人によって手早く完成した。その後、俺達が南部に行っている間にクアリアから鶏が届いて飼育が始まる手はずになっていた。

「おや、スティーナもいるのか」

 屋敷の裏手に回ると、そこにいたのはスティーナとトゥルーズの二人だった。

 彼女達の後ろには人間の背の高さくらいの鶏小屋がある。敷地が広く取られ、鶏達が外に出てしまわないよう、細かい柵で屋外用の運動場まで仕切られた立派なものだ。すでに小屋には鶏が放たれ、与えられたえさをついばんだりと自由に過ごしていた。

「おや、おかえり。アルマス様、サンドラ様。あたしは弟子の仕事を確認に来たのさ。これなら合格だね。あの二人は今は別の仕事に……って、なんだいその浮いてるのは!?

 いつもどおり明るい調子で教えてくれたスティーナが、近づいてきたフリーバを見て驚き叫んだ。

「話をしていた水竜の眷属だ。名をフリーバという」

「……眷属。凄い、浮かんでる」

 鶏達に餌をやっていたトゥルーズがじっとフリーバを見つめた。

「こんにちは。フリーバだよ。南のかんりがしごとだよ」

「……こんにちは。私はトゥルーズ。あっちはスティーナ」

「知ってる。トゥルーズ、おいしい料理つくってくれる!」

 そう言うなり、フリーバはトゥルーズに体を寄せて、そのまま腕の中に収まった。とても嬉しそうだ。

「驚いたね。眷属っていうからアルマス様みたいな人が増えるんだと思ってたんだけど」

「聖竜様に聞いたことがあるんだが、人間の姿をした眷属は珍しいそうだよ。フリーバのような姿が普通だそうだ」

「へぇ、こんなに小さくても立派な眷属なんだねぇ」

「体の大きさを変えることができるみたいなの。南部で会った時はもっと大きかったわ」

「おおきいと、人間の里だとめいわくだからね!」

 自分の話題に、トゥルーズに抱かれたフリーバが胸を張って言った。

「フリーバは基本的に南部にいるが、たまにこうして来ることもあると思う。仲良くしてくれ」

「……わかった。仲良くする。抱き心地もいいし」

 腕に抱いたフリーバを見るトゥルーズは満ち足りた笑顔をしている。気に入ったらしい。

「なんだか可愛い眷属が来てくれてあたしも嬉しいよ。仲良くしようね」

 トゥルーズは手を出すと、フリーバが出したヒレのような前足と握手をする。

「すんなり受け入れられたな。俺の時は皆、もう少し警戒していたものだが」

「アルマスに続いて二人目だし。……可愛いって強いわね」

 やはりそれか。見ればスティーナもフリーバの頭を撫でたりしている。まるで犬でも相手にしているかのようだ。

「……フリーバは人間の食べ物は平気? 駄目なものはある?」

「なんでも食べるよ! なんなら、そこの鶏もまるのみできるよ!」

…………

 トゥルーズの表情が固まった。

 まあ、本来の姿は巨大な竜なので、大きさ的に食べてもおかしな話ではない。眷属なので大地の魔力で生きていくのが基本だとは思うが。

「フリーバ、鶏をまるみするよりも、トゥルーズの料理の方がしいぞ。その体の大きさなら人間用の食事を楽しめるだろう」

「そうだ! ぼくはトゥルーズの料理がたのしみで来たんだよ!」

 ねだるように上目遣いで言われると、トゥルーズの硬直が溶けた。

「……そうね。ちゃんと料理をしたほうがご飯は美味しい。食堂にお菓子くらいならあるけれど、食べる?」

「おかし、食べたい!」

「悪いな。せっかくだから、食べさせてくれ」

「……わかった。行こう」

 トゥルーズが俺の方に許可を求めるような視線で見てきたのでそう答えると、二人はちゅうぼう入り口から屋敷の中へと入っていった。

「あー、いいな。あたしも後で抱かせてもらおう」

 屋敷の扉を見ながら、スティーナがそんなことを言って、小屋から出てきている鶏達に餌をやりはじめた。

「どうやら、すぐに皆にめそうだな」

「ええ。せっかくだし、わたし達も食堂に行ってお茶でもしましょうか」

「では、そのように。スティーナもよければどうです?」

 リーラが声をかけると、スティーナも来ることになった。

 トゥルーズが菓子を振る舞っているであろう食堂に向かおうとすると、聖竜様の声が響いた。

『うーむ。やっぱり可愛いのは強いのう。ワシも機会があればああいう方向で勝負したいのじゃ』

『なんの勝負ですか』

『あと、ワシもどうせならトゥルーズの料理を食べたいのう』

『……方法があればすぐにでもお持ちしますよ』

 その後、皆でお茶をする脳裏で、聖竜様から『できるなら食べたいもの』の話を聞き続けることになったのだった。