Side:ルルア ウィード所属 対リテア外交官 ウィード病院院長 ユキの奥様

 ついにこの日がやってきました。

 旦那様と引き離されて約5日。

 詳しく言うと、5日と13時間4334秒。

 よくこの地獄の日々を耐えてきました。

 それも、ようやく終わりを迎えます。

 なぜなら、4時間後、14時にバイデとのゲートが開通するのです。

 まさか、召喚というものがこれほど酷いものだとは思いませんでした。

 私はあくまでも、おとぎ話の素晴らしい一部としての認識が強く、旦那様に誘拐の側面もあると言われても、深く理解していなかったのです。

 旦那様たちが召喚されたと聞かされたときは頭が真っ白になりました。

 そのあと、戦争に巻き込まれているというのを聞いて、心配でたまりませんでした。

 無事にそれを潜り抜けても、召喚を行った相手との話し合いで理不尽なことを言い渡されたりしないか? 変な風土病にかかってないか? そんなことを想って日々胸が張り裂ける思いでした。

 そして、今あるのは、旦那様たちを召喚……いえ、誘拐した犯罪者たちへの怒りで一杯です。

 私たちの場合はかなり運がいい方でしょう。

 旦那様は知勇兼備、英雄を超える人物であり、召喚されても、連絡する手段を持っている人物ですが、他の人なら、召喚されて連絡など一切とれぬまま、その国にこき使われて終わることでしょう。

 ……それは、酷いを通り越して、人が行うべきことではありません。

 こういうことが二度とないように、各国への呼びかけや、法の整備も必要でしょう。

 私はこれを成して見せます。このような不幸が誰かに訪れないためにも……。

 そのために、ハイデンという国を叩き潰して見せます。

 と、そろそろ準備をしないといけませんね。

 リリーシュ様に祈りをささげるのはこの辺でやめて、一度自宅に戻りましょう。

「えーっと……、今のは、お祈りじゃなくてー、宣戦布告みたいに聞こえたんだけどー? ルルアちゃん、落ち着いて、ね?」

「はい。リリーシュ様。私は冷静です。ハイデンは跡形もなく吹き飛ばしてみせます。では、朗報をお待ちください」

「ま、まってねー!! ルルアちゃん、深呼吸!! しんこきゅうー!! ヒフィーちゃん!! ヒフィーちゃん!! 助けてー!!

 なぜか私はリリーシュ様に引き留められて、もう少しお話をすることになりました。

「……なるほど。重症ですね」

「そうなのよー。どうにかならない? 元トチくるってた経験はあるでしょー?」

「……リリーシュ。あなたは……いえ、今はルルアの方が先ですね」

 なぜかヒフィー様も連れてです。

「私としては、あの土いじりが連れ去られても屁でもないんだけどー」

「それは、すでに終わっている関係ですからね。私も、タイゾウさんが連れ去られたら冷静でいられる自信はないですから。まあ、自分で召喚という誘拐をしておいて何を言うのかと言われるかもしれませんが」

「ヒフィーちゃんの場合はいいんじゃないかしらー? だってー、タイゾウさんは爆弾で木っ端みじんだったはずでしょう?」

「えーっと、リリーシュ様、ヒフィー様、雑談なら後日伺いますので、今日はハイデンを潰すので忙しくなりますから……」

 そうです。

 今日はこれから大仕事があるのです。

 私の旦那様を攫った、クズの国を消す必要があります。

 召喚術式ごとすべてを消してしまわなければ。

 スミレもサクラとシャンス、秋天がいなくなって寂しい思いをしているのです。

 攫われたサクラやシャンス、秋天はどれだけ心細かったでしょうか……。

 子供たちのためにもけじめをつけなければいけないのです。

「はいはーい。ルルアちゃん冷静になってねー!? ハイデンとかいう国を潰しちゃだめだからねー」

「腹立たしいのはよく分かります。抑えきれないというのも心から分かりますが、それは、ルルアさんが愛したユキさんの意に背くのではないですか?」

「……それは」

 その通りです。

 旦那様からはくれぐれも冷静に、穏便にとは言われてはいます。

 ですが、そんな甘い対応ではどうにもならないと思うのです。

「……旦那様は優しいですから。私たちが代わりに厳しくいかないとダメな時なんです」

「確かに、ルルアさんの言うことも分かります。が、甘い対応のようにも見えて、そうでもありません。ちゃんと手はずを整えなければ、いらぬ悲劇を生むだけです。ハイデンにもいるはずです。私やルルアさんたちのようにただ幸せな日々を送っている人たちが。その幸せを奪うようなことはしてはいけません」

「……」

 同じようなことをデリーユにも言われました。

 ……でも、でも!!

「……元聖女といえども人です。抑えきれない感情というのはあるでしょう。でも、だからこそ、あなたなら耐えられるはずです。冷静に見れるはずです。私と同じように一国を背負ってきたのなら。一時の感情で不幸を生みだして良い筈がありません」

「あ……」

 何か、心が埋まった気がした。

「ルルアさん。ここが、あなたに今をくれたユキさんの役に立つか立たないかの瀬戸際です。一人の女としてただ泣きわめいて暴れるか、立派な女性として振舞うか……」

「……」

 私のような気持ちを抱き、そして敵対者すべてを滅ぼそうとした神様。

 デリーユが言いたかったことが、ここでようやく理解できた気がした。

 復讐に身を焦がすのではなく、不幸を巻き起こすのではなく、ただ愛し、愛してくれた人のために。

「はぁ、ふぅ……」

 一度深く深呼吸をします。

 私は、旦那様と共にあると決めたはずです。

 私の我儘で旦那様の道を邪魔していいわけがありません。

 そう、この恨みはただの私個人の我儘。

 怒りをぶつけたいだけ。

 ちゃんと、落とし前をつけると言っていましたし、これで勝手に動けば本当にただの我儘です。

 そんな女は、旦那様の妻として不適切です。

 何より私自身が認められません。

「……リリーシュ様、ヒフィー様、ありがとうございます。危うく、自分から旦那様にふさわしくない愚か者になるところでした」

「ほっ。よかったわ。じゃ、あとは私たちの分までユキさんによろしくね」

「ええ。みんな、心配していたと伝えてください。それぐらいのお小言は聞いて当然でしょう。穏便に済ませたいというのも、ある意味、ユキさんの我儘ですからね」

「ふふっ。はい、ではそのお願いは確かに伝えます」

 わざわざお2人は、私の我儘を言いやすいように理由もくださいました。

 我慢しなくてもいいと。

「では、行ってきます」

 そう言って、私は今度こそ教会を離れて自宅へと戻ります。

「うふふー。さすが、ヒフィーちゃん。経験者は語るってやつねー」

「……リリーシュ。これからみっちり話をしましょうか」

 お2人とも、仲がいいようで何よりです。

 で、自宅に戻ったはいいのですが……。

「ちょ、ちょっと!? どうしたんですか!? 5人とも!?

 そこには、傷だらけの、デリーユ、キルエ、リーア、ジェシカ、サーサリが玄関前で座り込んでいました。

「ああ、よかった。ルルア、回復手伝って」

「え、ええ」

 エリスに言われて、治療を手伝います。

「どうしたんですかいったい……」

 私がそう聞くと返事は別の所から返ってきました。

「おー、気晴らしはようやく終わりましたか」

「……猪突猛進はいけないと思ったわ」

「それは何より。昨日は私たちもあんな感じでしたよ?」

「……デリーユやサーサリには迷惑をかけるわね」

 子供たちを抱っこしているラッツとセラリアが玄関から出てきました。

「気晴らし?」

 私がラッツから聞こえたセリフを治療しているリーアに聞いてみますが、そっぽを向いて話してくれません。

「こら、リーア。ルルアに失礼じゃろうが」

「うぐっ。だって……」

「まったく。殴り合いでしか分からんとは、困ったもんじゃな」

 デリーユがやれやれといった感じで、そう言うと、うなだれてリーアが呟く。

「……デリーユも、ルルアも迷惑かけてごめんなさい」

「えーっと、なんで謝るんですか? というか殴り合いってなに?」

「簡単じゃよ。言葉で納得できなかったから、ぶつかり合いで納得させるしかなかったわけじゃよ。そこの、キルエもな。サーサリは妾とコンビを組んで、ジェシカはどちらかというと訓練じゃったかな」

「どういうことですか?」

 なんか全然状況が分からない。

「あー、ルルアは夜勤で昨日の出来事知らないわよね」

「はいはい。そうでしたね。簡単に言いますと、昨日我慢ならなくなった私たちが、ハイデン殲滅用装備などを取りに行ってるのを、デリーユに止められまして、納得できなかった武闘派が本日殴り合いになったわけですよ」

「えー……。というか、キルエさんもですか?」

 私がボロボロになっているキルエさんに目を向ける。

 まさか、理想的なメイドである彼女まで?

「……申し訳ございません。どうしても、旦那様たちを攫ったハイデンのクズ共には直々に早急なてつついが必要かと思いまして」

「まったく、こっちの身にもなってくださいよ、先輩。ま、でも、魔王様と組んで、勇者様と先輩に一勝しましたからねー。これは、メイド史上初かもしれませんね」

「……はぁ。サーサリにおくれを取るとは思いませんでした。思った以上に頭に血が上っていたようです」

 なんとなく話が分かってきた。

 私と同じように、暴走しそうだから、話し合いではなく、殴り合いで落ち着かせたということね。

「で、ジェシカさんが訓練というのは?」

「はい。今回のことで油断があったのは明白ですから、今後のために、4人がめいしようにならないように、立ち回っていました」

「防御に回復とまあすごい立ち回りだったわよ」

「よくもまあ、魔王や勇者の攻撃を防げると思いましたけどねー」

 ……なんて無茶な。

 よくよく見ると、ジェシカさんが、一番傷が多いです。

「で、リーアさんは落ち着きましたか?」

 治療が終わって、リーアさんに確認を取る。

「うん。全力出してスッキリした。あと、私も頭に血が上ってたんだなーって分かった」

「それならよかった。こっちも殴り合いをしたかいがあったというもんじゃ」

「私が悪いのは分かるけどさ。デリーユ、もう少し手加減してよね。なんかまだズキズキする」

「何を言っとるか。勇者相手に手加減なぞできるか。能力的には勇者は魔王相手に特効があるのじゃしな。下手に手加減すると妾が死んでおったわ」

「そこまで頭に血は上ってないよ。デリーユは魔王でも、その前に友達だし」

「うむ。だから、妾も友としてリーアを殴った」

「あはは、ありがとうね」

「ま、こういうのもたまにはいいじゃろう」

 えーと、治療の確認だったのですけど、別の方向にとられましたね。

 私の聞き方が悪かったのですね。

 しかし、気が付かないうちに勇者対魔王の戦いが起こっていて終わったようです。

「で、ルルアもずいぶんといい顔してるわね。気持ちは晴れたのかしら?」

 唐突にセラリアに話を振られて驚きましたが、すぐに返事を返します。

「私も、リリーシュ様やヒフィー様にお説教されましたから」

「そう。……もつべきものは道を誤りそうになった時に、導いてくれる親友ね」

「ええ。そう思います」

「なんじゃ。まだうじうじしておったら、妾が一発入れてやろうと思っておったのに」

「それは遠慮しておきます。魔王様の一撃なんて受け止められるわけないですから」

 そう言って笑いあうみんな。

「さーて、それじゃ、残り時間も少ないですし、治療を終えたらお風呂に入って汗を流して、服を着替えて、綺麗になって夫たちを迎えに行きましょう!!

「「「おー!!」」」

 そうして、慌ただしく、迎えの準備が始まるのでした。

 ……私は、私たちは少し成長したのでしょうか? 旦那様?