「目が定まってないし、ペンへし折れてますよ」
「ありゃー」
気が付かないうちに、手に力を込めてボールペンをへし折ったみたいだ。
「やっぱり、新大陸との繋ぎが忙しいんですか?」
「そうですねー。言葉も通じませんから、そこら辺の細々とした調整もいりますからね」
「はぁー。先輩たちがウィードの第一線をなぜ引いたのかよく分かりましたよ。まさか、ウィードが別大陸と繋がってたなんて。しかも、複数の国家があるとか……。そんなのを新人の私たちに任せられるわけないですよねー」
ノンの言葉から分かるように、ウィードの重役についている人物には、すでにウィードが新大陸と繋がっている旨が説明されている。
ついでに、その新大陸の国家と国交を持とうという話もだ。
3大国の王たちが関わっているので、ウィードが知らないというのもおかしいから、伝えてすぐに動けるようにしているんですけど。
「危険もありましたからね。戦争みたいなのにも巻き込まれましたし」
「うわー。それでよくみんな無事でしたね。普通、戦争勃発の案件ですよ?」
「そこらへんも含めて、上層部の身内だけで行ったんですよ。なあなあで済ませられるように」
「なあなあですかー。ちゃんと取るモノは取ったんでしょう?」
「もちろん。お兄さんや私たちに迷惑かけた分は、徴収しましたとも」
「あははは、さすが、先輩」
まあ、そんなことはすでに通り過ぎたこと。
現在の問題は、また別の大陸にお兄さんや娘、そして仲間たちが誘拐されたこと。
この事態はいまだに、ウィードのごくわずかな上層部や、お兄さんに近しい人物しか知らない。
なぜなら……。
「でも、先輩、無茶はやめてくださいよ? 私は、先輩みたいに大人じゃないから。先輩が死体でかえってきたりしたら、その国、きっと許せません」
「……ノン」
「いや、これはきっとウィード全体の総意です。テファだって、ポーニだって、絶対そう言うはずです。私たちにとって先輩たちは、このウィードという住みやすい国を作ってくれた大事で大切な人たちですから。それが無下に扱われて、我慢できるほど大人じゃないです」
こんな感じで、国民が暴走しかねないから。
誘拐されたなんて言えば、私以上の人気を誇るお兄さんを助けるために、国を挙げての騒動になるのは目に見えています。
そうなると、血を流してなお止まれなくなります。
「ということで、商会、商業関係は私に任せて、先輩は帰って休んでください。大事な新大陸との繋ぎのために体力を温存すべきです。先輩がいなくても十分回せますからね」
「……分かりました。ノンがそこまで言うなら、新大陸に持っていく物資手配も任せましょう」
「うぇ!?」
「すでに、商会に書類が回ってきているので、商会の仕事です。私が処理しようかと思いましたが、ノンがそこまでやる気ならば、私が処理する必要はありませんね。この際、どんなものが新大陸で必要なのかを見るいい機会でしょう」
「……ぬぐぐ。ま、任せてください!! 一度言ったからにはやってやります!!」
おや? 泣きついてくるかと思いましたが、こらえましたね?
「だから、先輩は本当に休んでください。なんか、今まで見たことないぐらい、酷い顔です」
「え?」
そう言われて、部屋にある鏡を見ると、眉間にしわを寄せて怖い顔をしている兎人族がいました。
いや、私なんですけど、いつものお兄さんの横にいる愛らしいウサギさんではなく、首かるバニーみたいです。
「はぁ、ここまでひどいとは。ノンの言う通り、今日はもう上がります」
「はい。先輩、ゆっくり休んでください。明日は休みですし、連休ですよ連休!! ユキさんとデートでもしてしっかり英気を養うといいです」
……そのお兄さんがいないんですよ。
と、言うわけにもいかないし、これ以上、ノンからお兄さんの話を出されると、キレそうなので、足早に執務室を出ます。
「……仕事になりませんね。はぁ、お兄さんに知られたら幻滅されますかねー?」
いやー、お兄さんのことだから、優しくしてくれると思います。
でも、こういう事態も起こりうると言われていたのに、私たちが思った以上に、お兄さんに依存してたんですね。
その時になれば冷静に対応できると思っていたんですけど、無理でした。
なんか、リテアとやりあったときの初指揮の時を思い出しますね。
何とかなるだろうと思っていたけど、結局、振り回された。
はぁ、何事も経験とはよく言ったものです。
まあ、お兄さんの件で二度目はありませんが。
すでに、ナールジアさん、ザーギス、コメット、タイゾウさんの現最高頭脳メンバーで対策をしてもらっているところです。
実のところ、対処法は最初から確立していたのですが、あえて使用していなかったそうです。
なぜかというと、転移術を阻害するシステムを個人につけると、呼び出しができなくなるのです。
これは、任意で解除ができますが、逆に言うとその阻害システムを本人が解除しない限り、こちらからの救援ができないのです。
気絶や重傷などで、本人で解除ができなくなった場合、遠隔で逃がす行為ができなくなります。
そういうことで、お兄さんはその転移阻害システムを作ってなかったそうです。
ゲートも転移術式の一つなのでいちいちというのもあったらしいです。
なんとも悩ましい問題ですが、そこはナールジアさんたちが新発案で開発を進めているので問題ないでしょう。
「と、気が付けば総合庁舎ですか」
色々考え事をしながら歩いていたら、ウィードの総合庁舎に来ていました。
ここは、私のメインの仕事場ではありませんが、第二の仕事場でもあります。
政務関係も手伝うことはよくありますからね。
ここで頑張っている、セラリアやエリスはさぞかし大変でしょう。
今や、お兄さんやラビリスもいませんし、会計
「無意識でここに足が向いたというのはあれですが、ついでに様子でも見てきますか」
私みたいに、酷い状態ならセラリアやエリスを引っ張りだす必要がありますからね。
私たちの私情で仕事を
で、会計の執務室に辿り着いた途端……。
『だーもう、これで3本目!! ペンへし折って書類汚すんじゃねーよ!! エリスさんは、今は邪魔!! 出てけ!! その顔どうにかしてから戻ってこい!! それまで会計に顔出すな!!』
なんて怒鳴り声が聞こえ、扉からエリスがポイっと放りだされた。
あまりの事態に、目が点になっているエリス。
「エリスがテファに怒られるところなんて初めて見ましたよ」
「あ、うん。私も初めてだったわ。ってラッツ? まだ仕事の時間じゃ?」
「同じようなことをやらかして、エリスほど強烈じゃないですが、本日お休みを言い渡されました」
「そう。私と同じね?」
そう言って、手に握られたへし折れたペンを見せてきました。
「いえ。さすがに、書類を汚すとか、3本目とかいうのはないですよ? 1本の損壊で済んでいます」
「どのみち同じよ。まったく、ユキさんがいないだけでなんてざま。自分が嫌になるわ」
「それは同意です。ま、よかった。私だけが放り出されたんじゃなくて」
「それはそれで嫌だけどね。で、どうするの? どっかでお茶でも……」
「あ、お2人ともちょうどよかった」
エリスがそう言いかけた時、突然横から声をかけられる。
「クアルとセラリア?」
「なんでクアルに首根っこ掴まれているんですか?」
なぜか、セラリアが首根っこをつかまれてこっちに突き出されていた。
「女王陛下や、ユキ様の奥様であられる皆様の気持ちは察しますが、それで近衛兵に無茶な訓練を言い渡されるのはあり得ません。この馬鹿を引き取ってください」
「馬鹿って言ったわね!?」
「馬鹿ですよ。いきなり、大軍相手の訓練を開始するとか、実質、死ねというのですから」
「だって、夫から連絡が来たのよ!! あと一日と少しで、ゲート開通DPが溜まるって!! だから、制圧のための訓練をしないといけないでしょう!!」
お、お兄さんが帰ってくる!?
明日!?
「……はぁ。穏便に済ませる主義のユキ様が大軍の殲滅戦をするわけがないでしょう。そもそも、バイデとは話し合いで落ち着いていると報告があるではないですか」
「夫は
「相手を殲滅しても、ユキ様や陛下の仕事が増えるだけでしょうに。向こうを刺激しないためにも、少数精鋭でお願いするって連絡が来てるじゃないですか。というか、ユキ様が騙されると思っているのですか?」
「……だって、夫は甘いし」
「甘くはないですよ。ユキ様は徹底した現実主義者です。陛下を見るに、身内には甘いようですが……。王族たるもの、身内を切り捨てる覚悟は常に持っておくものでしょう。昔のセラリア様はそれがありましたが、最近は甘くなりましたね」
「ぬぐぐぐ……」
「ということで、少数精鋭は奥様たちに決まりでしょう。スティーブ将軍たちも同行はするでしょうが、メインはやはり奥様たちですから、装備でも整えに行ってください。この馬鹿連れて。邪魔です。政務の書類が一切進まないですし、ペンをへし折るだけですからね」
セラリアもですか……。
そんな感じで、庁舎を追い出されて、トボトボとナールジアさんの所へ向かう。
「セラリア、落ち着きましたか?」
「……ええ。夫が帰ってくるってことで、ちょっと冷静さを欠いていたらしいわ」
「当然ですから、仕方がないです。ナールジアさんに頼んで、強力なのを用意してもらいましょう。ユキさんや子供たち、みんなを守るために」
「そうね。夫を助けられるのは私たちだけ。装備はしっかりしないとね」
「……2人とも、冷静にお願いしますよ」
「冷静よ」
「冷静です」
全然冷静じゃない2人を見たおかげで私が落ち着いてきました。
これは、なんとか抑えないと、お兄さんに嫌われますね。
確かに、こんなのじゃ仕事になりませんよねー。
そんな状態で、ナールジアさんの所に辿り着くと、なぜか、リーアとジェシカが正座させられていました。
「どうしたの2人とも?」
「あ、セラリア。ちょっと……ね」
「いえ……、その……」
気まずそうに顔をそむける。
何かあったんでしょうか?
「まあいいわ。2人とも立ちなさい。夫が帰ってくる話は聞いたのでしょう。装備を整えるわよ。相手を殲滅する強力なやつを!!」
「そう!! ユキさんたちを助けるために、すべてを滅する装備を!!」
そんなことを言っていた2人はすぐに頭を押さえて、うずくまる。
なぜなら拳骨が落とされたから。
格闘がメインのデリーユに拳骨されればそら痛いですよね。
「まったく。血走った馬鹿共が来ていると聞いて来てみれば、もっと冷静にならんか。向こうで暴れでもしたら、ユキから離婚を言い渡されるぞ!! いいのか!!」
「いやよ!? 離婚なんてしないわよ!?」
「あり得ません!?」
「だったら落ち着け。頭にくるぐらいで、関係のない人の血の雨を降らせたら、誰だって離婚したくなるじゃろう?」
「……それは」
「……そうですね」
そりゃー、当然ですよね。
怒ったぐらいで、虐殺するような相手と一緒にいたくはないです。
「リーアやジェシカもそうだったから、拳骨して正座させて頭を冷やしておる。まあ、我慢も難しいかもしれんが、だからこそ、正念場じゃぞ。何度も言うが、先人からの経験談じゃからな、そんな気持ちのままに暴走してもいい結果にはならん」
「「「……」」」
4人ともシュンとなる。
デリーユにとって苦い思い出を言わせたのだから当然ですね。
「で、ラッツも暴走してる口か?」
「いえ。みんなの姿を見て冷静になっているところです。殲滅武器よりも、防衛に適した装備がいいと思いますよ?」
「ふむ。大丈夫そうじゃな」
「あとは、こっそり殺せるような暗器みたいなのを……」
「……はぁ、やっぱりだめじゃったか」
ゴンと拳骨が落とされて、私もその場にうずくまる羽目になりました。
なんでいけないんですかね?
お兄さんを誘拐した張本人は、死しかないでしょう? ね?
あ、デリーユ、やめてください。ほんの冗談ですよ!?