Side:カグラ・カミシロ ハイデン王国 カミシロ公爵家次女

「ねえ、カグラ。この手紙はどうかしら?」

 私は姫様から書き上げた手紙を見せられる。

 もうすでに何度もやったやり取りでうんざりしながらも、一応返事を返す。

「……よいのではないでしょうか」

 羊皮紙に書かれているのは、今回のバイデでの騒動をまとめ上げた報告書のはずなのだが、なぜか物語風になっていて、いつの間にか主人公がキャリー姫になっている。

 ……わけが分からない。

 なんで手紙一つ書くのに2、3日もかかるのよ!!

 なんて言えるはずもなく……。

「ああ、なんてこと!! この箇所は書き直さなくては!!

 そう言って、姫様はまた修正に入る。

 何度も羊皮紙を削っては書くの繰り返しで、ダメになっている羊皮紙はすでに10を超えた。

 馬鹿でしょ、この姫様。

 私に聞く意味を教えてくれませんか?

 なんでこんなのが、初代様の後継なの?

 お父様やお母様はなんでこの姫様のことを教えてくれなかったの?

「さすがに疲れましたわ。いったん休憩にしましょう。働きすぎはよくありませんわ」

「……はい。では給仕を呼びます」

 そして、こんな感じで、疲れては休憩を入れるというのんびり具合。

 これが我が家なら、ぶっ飛ばされているわね。

「……やるか?」

「何か言いましたか?」

「いえ」

 やっばー。つい口に出してた。

 とりあえず、ベルを鳴らして、給仕を呼び出しごまかす。

 はぁー、我慢よ。今は我慢。

 どのみち、あと一週間もすればハイデン王都から軍が到着する。

 ウィードとの関係はどうなるか分からないけど、確実にこの姫様のおりは終わり。

 私にとって唯一の希望。

 こんな手紙一つも満足に書けない姫様の相手なんてしてられないわ。

 私が今やるべきことは、召喚した彼らとの話し合いなのに……。

 彼らは基本的に私たちのことはこの領主館に軟禁しているだけで、話し合いはできると思う。

 でなければ最初に殺されているわよ。

 しかし、この姫様がいたら話し合いにもならない。

 キャサリン様から聞いた話では、あえてこんな性格に育て上げたとか、武闘派が王宮を牛耳っているとか初耳ですよ!! お父様、お母様!!

 と言っても、実家に言葉が届くわけもない。

 あーもう、このままだと、ウィードの人たちを怒らせて、全滅する未来しか見えない!!

「お待たせいたしました」

「まあ。素敵な置物ですわね。なんですか、これは?」

 姫様はそんな私の思いを知りもしないで、給仕が運んできた、紅茶の横にある、白い三角のかたまりを見て言う。

 なんなのかしら?

 上に赤いものが載っている。

「姫様。こちらは置物ではありません。食べ物です」

「まあ、こんな素敵な形をしているのにですか?」

「はい。ユキ様曰く、しょーとけーきというものだそうです」

「けーき? ですか」

「お菓子の一種だそうです。上に載っている赤い実は果物でイチゴだそうです」

「イチゴがここまで大きくなるのですか?」

「私が知る限りでは、イチゴはもっと小粒で、姿も違いますが、イチゴらしいです。ひんしゅかいりょうをしたとか。ともかく、私も毒見はいたしましたが非常に美味でした。ユキ様が私たちの口に合うのなら、姫様にお出ししてもいいだろうと」

「なるほど。ユキ様からの心遣いですわね。さ、カグラいただきましょう」

「あ、はい」

 ……どういうこと?

 こんなお菓子を持っていた様子はなかったわよね?

 どこから出てきたの?

 地面を動かす以外に何か別の力を持っているの?

 しかも……。

「まあ、なんて美味しいのでしょう。ケーキというのは素晴らしいですわ。イチゴも良い甘みですわ」

 そう、あのクッキーといい、このケーキといい、とても美味しい。

 いや、確か食べ物も美味しかった。

 今は領主館からの食事だが、最初の時はウィードの作ったごはんで、パンとか信じられないほど柔らかかったし、食べやすかった。

 私は姫様がのんきにお茶を楽しんでいる間、ウィードの底知れない実力を感じて、身が震える思いだった。

「さあ、お茶も終わりましたし、また手紙を書くとしましょう。今度は最初からですからちょっと時間がかかりますわね」

「……そうですね」

 くそ、これは一種の拷問じゃない!!

 なんで、妄想小説が書きあがるのを待たないといけないのよ。

「あ、そうだ。カグラも公爵様にお手紙を書いては?」

「は? どうしてまた?」

「だって、今回の召喚成功の知らせをしないのはまずいでしょう? 初代様たちの偉業を私たちは再現したのですから」

「あ、ああ。それは、そうですね」

 なんでと思っていた姫様からの提案だけど、これなら私は姫様とは別に実家と連絡が取れる。

 姫様の言う通り、ウィード側から見ればただの誘拐だけど、私たちから見ればおとぎ話の再現でもある。

 ……これはいけるかも?

 私は直感的にそう思った。

 上手くはまとまらないけど、なんとなく、ハイデンとウィードの衝突は回避できそうな気がしてきた。

「はい。こちらの羊皮紙を使ってください」

「ありがとうございます。でも、ちょっと離席いたします。実家へ連絡するにも、姫様やキャサリン様の署名があれば効果的ですし、一筆貰ってきます」

「そうですわね。私も手紙ができたら、カグラやキャサリンに一筆貰いましょう」

 姫様はそんなことを言いながら妄想小説の執筆に取り掛かる。

 そんな姫様は扉の前に控えている兵士に任せて、私はキャサリン様がいるであろう、執務室へ向かう。

 扉の前に兵士がいるから、たぶんいるわよね?

「これはカミシロ様。どうされましたか?」

「キャサリン様は中にいる?」

「はっ、ただいま政務中であります」

「そう、カミシロが来たと伝えてくれる? 至急話したいことがあるって」

「分かりました」

 特に問題なく、すぐに執務室の中へと案内される。

「どうかしたのかしら? お姫様がわがままでも言ったのかしら? 一応、別のケーキは用意してもらっているから、それを持って行ってちょうだい。今、あのお姫様のおむずかりにかまっている暇はないのよ」

「別のケーキですか。ウィードからですか?」

「ええ。本当に凄いわね。他にも帝国からの援助物資で足りない分はすぐに提供してくれたわ。あのビッグも手放しでほめるなんて珍しいものを見たわ。ああ、帝国軍とはすでに和解してるから」

「帝国軍ともう……ですか。確かに物資の援助は見ましたが……。で、ビッグ?」

「? ああ、知らなかったわね。この街の顔役みたいな人よ」

「そうですか。でも、たった10人程度で、あの時、手ぶらだったのに、なんでそんな物資が……」

「そういう力があるそうよ。これで、実質、補給の心配はないわね。むしろ補給に時間がかからない分、快適。ますます、ウィードと事を構えることが愚かね」

 ……やっぱり、このままじゃハイデンとの和解は成り立たない。

 ハイデンと和解する要素がない。

 でも、それはハイデンと戦うことになる。

 ……その場合、ウィードとの戦いにきっと私の家族も駆り出される。

 そうなれば……、勝ち目はない。

 今回は状況把握のために穏便に生かされたが、次はないと思う。

「キャサリン様。力を貸してください。このままではハイデンと事を構えるのは確実。そうなれば、私の家族が巻き込まれてしまいます」

「まあ、あなたの場合はそうよね。簡単にハイデンとの縁を切るって選択はないわよね。私みたいに領地がごっそり取り込まれたわけではないし。でも、どうするの? すでに王都からの軍はバイデに迫っている。ウィードとハイデンのたいは目前よ? あの馬鹿共に、ウィードの実力が理解できるわけないし、理解したとたん全滅しているわよ?」

「確かに、そうです。ですから……、えーっと、そうだ。ウィードは穏便にことを済ませたいと思っているのは間違いないですか?」

「まあね。あの人たちは、基本的に血は好まないわね。でも、話が通じない相手は別よ? 見たでしょう? 私たちも、帝国もまとめて鎮圧よ? ユキ様の甘さに期待しているならやめておきなさい。次はおそらくないわよ?」

「分かっています。でも、今は表向きウィードの領地ではなく、ハイデンの領地としていますよね? だから、帝国軍は撤退したとでも言って、援軍は帰ってもらって、ウィードとのこうしようは私の実家に持っていければと思っているんです」

「……なるほどね。でも、お姫様やあなたは一応捕虜の身よ? 他の魔術学生も同様。そこはどう説明するつもりかしら?」

「……継続して、野外演習ということでいいでしょう。姫様については、いまだ治療に当たっているとでもいえば納得してくれるかと。本人にも、治療に協力して欲しいと言えば頷くと思います」

 あの頭お花畑なら。

「できそうではあるわね。でも、一つ問題があるわ」

「……なん、でしょうか?」

「私がわざわざハイデンに頭を下げる理由がないわ。今や私の忠誠はウィードにある。あなたの苦悩は分かるけど、ハイデンのために働く理由は一切ないのよ。いまさら、帝国撃退の功績で評価されても嬉しくも何ともないわね。攻められても、ユキ様たちがいれば完勝確定だし、補給路の潰しも意味がない。私個人としては、ハイデンにこのままウィードと事を構えて欲しいと思っているわ。どうせ、ハイデンはこのままじゃ先はない。なら、私は信頼するに足る、ウィードがハイデンを支配するべきだと思うのよ。あなたの話はただの引き延ばしでしかない。ウィードとの衝突を今回避したとして、その後どうするの? 王宮の武闘派の姿勢は変わらない。結局、最終的にはあなたの言う家族も駆り出されるでしょう。それを止めるためにどうするつもりなの?」

「……」

「それならいっそ、実家にウィードに下れって手紙を送った方がいいんじゃないかしら?」

 ……最終的にはそれしかないけど、でも、まだ何か、手があると思うから……。

 私は何を言えばキャサリン様に納得してもらえるか、必死に考えていると、不意に男の声が聞こえる。

「こぅら。面倒な領地を増やす算段をしてるんじゃねーよ。人手が足らん。そもそもいらん。というか、あんまりいじめてやるな」

「はい。少し遊びが過ぎました」

「え?」

 気が付けば、目の前にユキと護衛のクリーナにサマンサが立っていた。

 いつの間に!?

「話は聞いていた。まあ、戦争回避には悪くない手だな。幽閉されている王妃を引っ張り出せば、武闘派は抑えられないか?」

「そこまでは無理でしょう。何せ今まで幽閉されていましたし。ですが、カミシロ公爵家が力を貸してくれるなら話は別かもしれません」

「え? え? え?」

 何か急に話が進んでいる気がする。

 いや、まずはユキたちがどこから出てきたのか……。

「なるほど。カグラの実家を味方につければ、その後の展開は分からなくなるか。旧王家派と現王家派でハイデンは真っ二つというわけだな」

「何のご冗談を。ユキ様が手を貸すのであれば、すでに結果は決まったようなものでしょう」

「……キャサリンには、俺の能力が有限だということをしっかり話しておく必要があるな」

「あら、その有限である限界がこの程度で訪れるわけないと、クリーナさんや、サマンサさんからお聞きしていますわ。ねえ、お2人とも?」

「ん。ユキなら、その気になればこの一帯周辺国すべてと事を構えても負けない」

「文字通り、一人で何とかできそうですわね。私でも想像できるのですから、もっと凄い方法がありそうですわ」

「……そんな面倒なことしないからな。マジで人手が足らないからな。はぁ、まあいいや。カグラの作戦を採用して、ハイデンの増援にはお帰り願って、その間にカグラの実家と繋ぎを作る。まずはそこからだ。いいな」

「「「はい」」」

「って、ちょっと待ちなさいよ!? 私を無視して話を進めないでよ!?

「いや、カグラの作戦通ったから、無視してないだろう?」

「いや、そうじゃなくて……。あ、あの、その……」

「あの? その? ああ、署名の方な。キャサリン、ちゃんと協力してやれ」

「はい。かしこまりました。必ずやカミシロ家との繋ぎを作ってみせましょう」

「ちっがうわよ!! あんたたちどこから出てきたのよー!!

 そう、そこよ!!

 というか、何こいつら!?

 下手すると姫様より話が通じてない気がするわ!?

 ねえ、いったいユキたちは何者なの?

 本当に、おとぎ話の英雄様なの?

「いや、転移の指輪使っただけだけどな」

「なによそれ!? そんなのあるわけ……」

「最初に瞬間移動しただろうに」

「……」

 ……くそー、なんでこうも常識が通じないの。

 我が女神であるハイレ様、なんで私にこのような試練を!!