
Side:ユキ
時間は朝を通り過ぎて、昼。
すでに昼食の時間は過ぎており、バイデでは戦後処理という慌ただしい午後の時間が流れている。
不幸中の幸いというべきか、帝国軍がなだれ込む前に、俺たちウィードメンバーが召喚されたことによって、街に入り込まれての乱戦はなかったので、戦後処理、後片付けと言っても、そこまでひどいものではない。
ただ散らかっているという感じで、四方八方、死体がゴロゴロという状況を回避できたのは良しとしよう。
まあ、そういう後片付けなどがあって、バイデの領主、キャサリンとの会談は遅れて昼からということになっている。
実際は、俺たちは先に帝国と話をしたかっただけなんだが。
領主キャサリンとしても、バイデの被害の確認とかを早急にしなければならないので、時間をもらって感謝していて、どっちも得でしたということにしておこう。
ちなみに、ジョージンはすでに隣の部屋で待機している。
昼食もこちらで出してみたが、思いのほか好評だった。
『いやー、ウィードの料理は美味いですなー。いや素晴らしい』
そう言いながら、フォークで食っていたのは、インスタントラーメン。
……毎度思うが、自国では一袋数十円レベルのモノを絶賛されると微妙な気持ちになる。
インスタントラーメンを開発した人は素晴らしい、日本すげーと思う反面。
ここら一帯の食文化はそんなものだというのが分かってしまう。
これは、会食にでも招かれたら、みんなに飯がまずいことを覚悟しろって言わないとな。
嫁さんたちとこれまで、色々な国を回ってきたが、顔をしかめる理由は主に三つ。
一つ目、トイレ。
今までは路地に垂れ流しだったのが、衛生管理などの重要性を教えた現在では、路上でトイレなどあり得ないと言っている。あと誰かに見られたくないなど。
二つ目、お風呂。
これは清潔にするという意味では、一つ目のトイレと同じなのだが、女性陣にとっては別の意味がある。自分を美しく保つため。シャンプーによるサラサラの髪、
そして最後の三つ目、食事。
人が生きていく上で欠かすことができないもの。
ジョージンが絶賛したように、ウィードというか、地球とこちらの食文化を比べると、雲泥の差がある。そもそも、比べるのが間違いというべきなのだが、それでも、仕事とはいえ、まずい飯を食うというのはある種の
で、それを、キャサリンにも試したわけだ。
「どうぞ」
「これは? 黒い? 焦げたパンでしょうか?」
アスリンたちに頼んで作ってもらったクッキーである。
帝国との会談でも出したら、ジョージ皇子もジョージンも一気に食べつくした。
やっぱり砂糖も高価なのね、と思わせる瞬間だった。
もちろん、護衛の方々にもアスリンたちがクッキーを振る舞って、喜ばれていた。
と、そこはいいか、今はキャサリンの話だ。
黒い焦げたパンという表現は、この地域ではパンというのは押し固めて焼く固いパンが主流であり、地球の歴史でも存在するまずい飯の代表と言っていいだろう。
まあ、長持ちはするので、保存食としては優秀であり、存在そのものを否定するわけではない。生きるための知恵と言われればその通りだ。
「やはりご存知ありませんか。簡単に説明しますと、こちらはカカオというものと、小麦粉と卵、牛乳、砂糖などの材料を混ぜてから焼いた、焼き菓子ですね」
「砂糖ですか? そのような、貴重なものをお持ちだったのですね。それを私などに振る舞ってよいのでしょうか?」
ダンジョンの食糧庫にトン単位で存在しますって言ったらひっくり返るんだろうな。
……というか、こういうあまり必要ない補給物資をダンジョン展開に含めていて、DP足らなくなったんだよな。
トンじゃなくて、キロでいいよな。今後は気をつけよう。
そんなことを考えつつ、ためらうキャサリンに安全であると見せるためにクッキーを口に運ぶ。
「うん。よくできてる。美味しいですよ。チョコクッキー」
「ちょこくっきー? ガレットのようなものでしょうか?」
「近いものですね。砂糖に関しては気にすることじゃないのでどうぞ」
「はぁ。分かりました。いただきます」
ガレットはクッキーの前に生み出されたものだったか?
いや、パイの進化形だったか?
ああ、異世界だし、そういう料理の進化は違うかもしれないな。
「……甘くて美味しい。でも、それだけじゃない。ほんのりとした苦み? この黒いせい?」
チョコクッキーを食べたキャサリンはチョコ味に困惑しつつ、さらにクッキーを口に運びまくって、皿のクッキーはなくなる。
もともと量を用意していたわけでないので、せいぜい4、5枚ほどだからなくなるのはあっという間だった。
「あ……」
なくなったという事実を残念に思って出た言葉だろう。
だって手をクッキーの皿に伸ばして、そのまま固まっているから。
「気に入っていただけたら何よりです。アスリンたちも喜びます。次もできる頃ですから持ってきてもらいましょう。ヒイロ、頼む」
「おっけー」
「こら、ヒイロ。こういう場所では、かしこまりましたって、教えたでしょう!!」
「ヴィリお姉。うっさい」
「な、なんですって!? あ、ま、待ちなさい!! お兄様失礼します」
「……はぁ。どっちもどっちよ」
ドタバタと、ヒイロとヴィリアは部屋を出て行き、それを見ていたドレッサがため息をつく。
クリーナとサマンサは俺が何も言わないので、特に口を出すことはない。
だが、クッキーを食べつくしたキャサリンはそうはいかなかった。
「し、失礼いたしました。クッキーが美味しかったもので……」
顔が青ざめている。
自分で貴重といった材料を使ったお菓子を、用意されていたとはいえ、ほぼ一人で食い尽くしたから。
そもそも、話し合いに来たのにお菓子を食い尽くすということ自体が失礼ととられかねない。
まあ、俺たちはそういうことからも、情報を得ようとしているんだけど。
「そこまで恐縮しなくて結構ですよ。こっちはお菓子の一つ二つでとやかく言うつもりはありませんし、緊張をほぐすためというか、こういう物資事情も把握したかったですからね」
「そうですか、そう言っていただけてありがたいです」
ほっと息を吐くキャサリン。
仕方ないよな。向こうからすればいつ首切りを言い渡されるか分からない、未知の文化との
こっちが圧倒的な力を持っているっていうのはしっかり認識しているし。
「で、次のクッキーが届くまでにある程度話を進めておきましょう。今回、キャサリン殿とこうやってダンジョンで話し合いを持ったのは今後のためですね。私たちは、ほとんどと言っていいほど、ハイデン王国やフィンダール帝国など、ここら一帯の関係を知らないのです。教えていただけますか?」
「私が教えるのはかまいませんが、姫殿下や、カミシロ殿からはなんと?」
「正直に言いまして、話になりませんでした。カミシロ殿とは話はできるのですが、キャリー姫はどうもおかしい。話が通じないと言いましょうか」
あの、能天気姫さんの側近であるカグラもどこまで正常かも実際分かったものじゃないからな。
「はぁ。やはり、そうでしたか」
「やはりというのは、キャサリン殿もあのキャリー姫には同じ疑問を抱いていると?」
「いえ、疑問ではありません。予想通りですね」
「予想通りとは?」
「えーと、どう話したものでしょうか。……まずはハイデン王国と周辺国の関係ですが、ここ十年ほどよくありません。帝国の侵攻はその関係が悪化した末ということだと思います」
それは帝国の皆さまから聞いた。
ハイデン悪しと。
「で、その関係悪化の理由と言えばいいのか分かりませんが、その一つがあの姫殿下です」
「キャリー姫が理由?」
「カミシロ公爵家は王宮から遠いですからね、カグラ殿もハイデンの動きを知らなかったのでしょう。簡単に言いますと、15年ほど前に、前陛下が崩御されまして、新しく王になった今代の陛下の方針で、軍政に傾いているのです。姫殿下は前陛下の子供だったのですが、今代の陛下の方針で育てられてあのように……」
つまり、意図的にあんなぽわぽわにされたってわけか?
「しかし、王位継承権で言うならば、キャリー姫か、実の母親の王妃になるのでは?」
「普通ならばそうなのですが、どうも、この国は男が長であるべきという慣習が強く、国のトップが女性だというのはダメだということで、前陛下の弟君が王位に就くことになりました。その際、前陛下を亡くした王妃様は心の静養という形で、キャリー姫を取り上げられ、幽閉されました」
……実質クーデターみたいなものか。
そりゃー、前国王の忘れ形見が利発だと困るわな。色々と。
筋はちゃんと通っているから、結構な根回しはしてたんだろうな。
「私も女性の身で伯爵の身分を頂いていますが、正直、昨今風当たりが強く、王都にも近いので、度々王宮に顔を出しましたが、今代の陛下の軍政下での権力争いがひどく、見るに堪えませんでした」
「……そこまで言っていいのですか?」
「方々の領主は皆、同じ考えです。税は上がるし、人手はとられる。前陛下の統治がどれほどよかったかと……。今回の帝国侵攻が、問題の大きさを物語っているでしょう」
他国が動き出すほど、不安定ってことだからなー。
「そういえば、カミシロ殿からは、内部からの裏切り者がという話を聞きましたが?」
「それはあると思います。今回の学生演習はたまたまバイデとなったわけですし、そんな時を都合よく狙ってこられるとは思いません。私の失脚を狙ったのか、それともキャリー姫を狙ったのかは、私には分かりませんが」
一応、帝国側からは姫さんとカグラの確保、バイデの交易都市も欲しかったらしいぞ?
しかし、トップが入れ替わってからって話は、帝国の情報と一致するな。
なんでまた、四方八方を敵に回すような動きになるのかね?
「しかし、なぜそんな方針に? どう見ても他国からの不満が溜まると、キャサリン殿は認識しているようですが」
「……王宮の馬鹿共は、すべてを相手取って勝てると思っているのです。確かに魔術師の質は他国よりも高いです。しかし、それだけではどうにもならないというのに……。なにが、世界最高の魔術大国が世界を制するときが来たよ!!」
吐き捨てるように叫ぶキャサリン。
ああ、今まで穏やか路線だったぶん、武闘派が
頭空っぽの武闘派が。
というか、思ったよりも、ハイデンは中身がドロドロしてるなー。
キャリー姫で予想はしていたが、会話とか成立しそうにない。
「なんというか、かなり面倒な状況ですね」
「はい。今まではただの権力争いと言ってよかったのでしょうが、今回、バイデへ帝国が侵攻したことで、大きく動き出すはずです。
四方八方が敵とか、もう敗北確定なんだけど、脳筋たちには負けるという文字がないので、すべて倒せばいいという思考になるのだろうな。
どう考えても無理なんだが。
「同盟国とかはないんですか?」
「一応あるにはありますが、最近の
はい、アウト。
文字通り四方八方敵じゃねーか。
ハイデンにつく理由なし。
帝国のが話分かりそうだわ。
俺がそう判断していると、キャサリンはソファーから降りて、ひざまずいて
「ユキ様、並びに精霊の巫女様や、ウィードの皆々様には大変ご迷惑をかけたのは重々承知ではありますが、なにとぞお願いしたいことがございます」
「えーと。とりあえず、そこまでかしこまらなくても」
「いえ。そういうわけにはまいりません。私はバイデの民のため、ウィードの下につこうかと思っています。ハイデンについて行っても先はありません。ならば、10万もの帝国軍を退けたウィードに頼るほかありません。どうか、お願いいたします。そもそも、すでにバイデはウィードの占領下。反発するものは私が抑えますので、どうか、民を守ってくれないでしょうか。どのみち、このままでは遠からず、ハイデンの軍が寄せてきてひどいことになります。そうなれば、帝国への最前線都市として、
さーて、どうしたもんかね。
この状況。