Side:カグラ・カミシロ

 私は自分の名前が嫌いだ。

 家名も嫌いだ。

 だって周りと違う。

 とても異質な名前。

 そして、その異質さを示すように、私の髪は他の人たちと違って真っ黒だ。

 もう、何物にも染まらない黒。

 お父様やお母様は初代様の血を受け継いでいると喜んでくれたが、私にとってはいまいましいものでしかない。

 この真っ黒な髪のおかげで公爵の娘だということがまる分かりで、本音で話し合える人もいなければ、誘拐される格好の目印となった。

 だから、大きくなるまでずっとお屋敷の中で遊んでいた。

 唯一の遊び相手はお姉様だったけど、お姉様も学校に行くようになって、私はまた一人ぼっちになってしまった。

 まあ、そんなうつくつとした幼少期のことは、この際置いておこうと思う。

 今はこの黒髪のおかげで……。

「何としても耐えるのよ!! もうすぐ、王都防衛軍が来るから!!

「「「はいっ!!」」」

 こんなふうに、味方を奮起させることに使えてるんだから……。

「カミシロ様!! 敵、西門に寄せてきました!!

「魔術学徒4番隊!! 西門へ急行!! 攻城兵器を最優先で!!

「「「了解!!」」」

 いや、それだけではない。

 まったく必要がないと思っていた、初代様から受け継がれてきた軍略がこんなところで生きるとは思わなかった。

 意味不明の勉強とばかりしか思っていなかったから。

「……」

 でも、私の心は晴れない。

 役には立ってはいる。

 だが、ただそれだけだ。

 現状をくつがえすには至らない。

 目の前に広がる10万もの軍勢を散らすことはできない。

 勉強をしているからこそ、この絶望感が誰よりも分かってしまう。

 敵と味方の戦力を正確に把握できるからこその絶望感。

 我方5000。

 敵方10万。

 これは負けいくさだ。

 何としても撤退しなくてはいけない状態。

 できないのならば、さっさと降伏して身の安全を図った方がいいのだけれど……。

「皆さん!! 頑張ってください!! 皆さんの頑張りはこのハイデン王国が姫、キャリーが見ています!! 国のため、皆さんの力を、あと少し、貸してください!!

「「「おおーーーー!!」」」

 最悪なことに、この場に我が国のお姫様がいるのだ。

 この交易都市バイデは南を背に湖があり、北、西、東と道が続いているが、それを完全に封鎖され、敵軍が展開している。

 足の速い船は存在しないし、追いつかれる可能性があるので、姫様を逃がすことはかなり厳しい。

 ここで降伏などすれば、反逆罪が実家にまで及ぶ。

「まったく、実力さえなければもうかいしているのに……」

「カグラ? どうかしましたか?」

「いえ、何も言っていませんよ」

「そうですか? そうですね。この怒号の中ですもの」

 なんとかごまかせたところに、伝令兵がこちらに駆け寄ってくる。

「姫様。負傷兵集まりました!!

「はい。ご苦労様。では、いきます!! 水のいやしを、キュアオール!!

 この通り、我がハイデン王国は魔術が得意な国で、しかも姫様は癒しの魔術のエキスパートだ。

 よほどの重傷者でなければ、このキュアオールで戦線復帰させられる。

 これが、10万を5000で相手取り、5日保っている……いや、これからも何とかなると思わせている誤解の原因だ。

 そう、確かに今は私を含めて、魔術学生がいるので、集中的な火力はこちらが上回っており、門は突破されてはない。

 だが、それだけだ。

 いずれ、私たちの魔力もきる。

 援軍も、あと少しと言いながら、実際はいつ到着するのかどころか、救援の話が王都に届いているのかすら怪しい。

 あの包囲網が敷かれる前に伝令を出したとはいえ、わずか5日ちょっとで王都から防衛軍が到着するような距離なら、こんなところに手を出したりしないだろう。

 あと少しというか、あともう一か月ぐらいは持たせないといけない。

 そんなのは無理だ。

 だけど耐えられている現実が、その判断をよしとさせる。

 私がトップなら即座にここをほうしているのだけれど、残念ながらトップは姫様で、私がナンバー2だ。

 なぜ、学生の私がナンバー2なのかというと、初日のげいげきで、勇み足の正規駐留軍の士官たちが戦死。

 結果的に姫様と私に指揮官の座が転がり込んできた。

 というか、学生たちが必死に押さえている時点で戦況は決まったも同然。

 反撃できているならともかく、防衛することしかできていないのだ。

 確かにの戦力差をして耐えているのは凄いことだが、それが勝ちにつながらないのなら意味がない。

 ということで、包囲される前に逃げる手段を失った私は必死に初代様とお父様、お母様からの教えを生かした用兵でなんとか戦線を支えている状態だ。

 もうジリ貧。

 私たち学徒隊の魔力が尽きた時が終わり。

「北門!! 敵本隊、進軍!!

「カグラ!!

「分かりました!!

 まったく、毎日一回は進軍してくるわね。

 どう考えても、私を消耗させるための進軍だけど、私が出ないわけにはいかない。

 正直、さんくさいけど……。初代様、このハイデン王国を作った、いにしえの英雄のまつえい、カミシロなのだから。

 というか、この場に英雄の末裔である私と姫様が揃い踏みしていることも、無駄に頑張っている原因かと思うとため息が出る。

 とりあえず……魔力を練り、詠唱を以って、敵へと放つ。

「招雷!! 乱れ雷!!

 そして、目の前の敵へ雷の雨が降り注ぐ。

「撤退!! 撤退!!

 敵は踏ん張りもしないで即座に引いていく。

「やったぞ!! カミシロ様の力を見たか!! おろか者の帝国め!!

「ざまぁみろ!!

 そう、これが敵の狙いだ。

 勝っているように見せて、自分たちはまだいけると思わせられている。

 私一人が撤退しようと言っても周りが聞かない。

 はぁ、私の魔力も有限だからこんなことは長く続くわけないし、敵の攻勢も本気じゃない。

 一気に攻めてきたら瓦解するわ。

 でも、なんとか、今日も一日生き延びたみたい。

 日が暮れて、お互いていさつだけを残して本陣に引っ込む。

 夜がこれだけ待ち遠しいとは思わなかったわ。

「カグラ。今日もお疲れ様。おかげで私たちはまた一日生き延びました」

 姫様はそう言ってねぎらいの言葉をかけてくるが、現状がよくなるわけでもない。

「いえ。姫様の命令とあらば。と言いたいですが、もう長くは持ちません。余力のあるうちに一点突破を図って脱出を試みた方がいいです」

 と、何度目かの提案をするが……。

「そんなことはできません!! カグラ、このバイデの民を見捨てるのですか!?

 やっぱりダメか。

 このお姫様は優しいばかりで、非情な選択をできない。

 小さいときは好ましいと思ったけど、最前線では邪魔なばかりよね。

 このままじゃ、バイデの民プラス私たちも敵の戦利品になるのだけれど……。

「姫様。何度も言いますが、この場で一番大事なのは御身であり、バイデの民と比べてよいものではありません」

「人の命に貴賤などありません。民と生きる。それが我がハイデン王国の生きる道です!! それを忘れたとは言わせません!!

 ……そもそも、姫様が来ていることが狙いっていう可能性が高いんだけどなー。

 なんてのは口が裂けても言えない。

 そうなれば、姫様が自分の身と引き換えになんて言いかねない。

 くそー、本当に王宮はどんな教育していやがるのよ。

 まさか、初代様たちのことがちようして書かれているおとぎ話をまんま信じたわけじゃないでしょうね?

 友情と勇気、優しさが世界を救うわけないでしょ!!

 初代様の軍略を見れば現実に乗っ取った、効率のいい方法をやってきただけよ!!

 おとぎ話は、美化されているだけってわかるでしょ!!

 って叫びたいがそうなれば、私は反逆罪もあり得るし、なんて状況……。

「しかし、カグラの不安もわかります」

「え?」

 やった、姫様が現実を直視した!?

 これで一点突破ならわずかながら可能性がある。

 まだ、学徒隊は動ける。

 そもそも、演習でバイデに来たところを突かれたんだから内通を疑うべきなのよね。

 ……まあいいわ。とりあえずこれで何とかなる?

「最後の一人。精霊の巫女みこが足りませんが、私とカグラならいけるはずです」

「は?」

 あれ? 逃げるんじゃないんですか?

 そうして取り出したのは、私たち英雄の末裔に代々受け継がれている、ペンダント。

「まさか!?

「はい。伝説を再現するときが来たのです」

「そんなことは無理です!!

 あーもう!!

 姫様の頭は本当にお花畑!!

 だって、だって……。

「英雄を召喚するつもりですか!?

 そう、おとぎ話と伝説の始まり。

 ハイデンを作り上げた古の英雄の物語は、異世界より、日本人を呼び出すことから始まる。

 ハイデンの国はなく、ただ民を救いたいと願った、現在のハイデン王家と精霊の巫女の初代様が力を合わせて、異世界より呼び出したのだ。

 私の、祖先。比類なき魔術師にして賢者、その叡智に及ぶものなしと言われた、初代カミシロ様を。

 代々、受け継がれてきたペンダントには、その召喚の術式と魔力がたくわえられているという。

 いつか、ハイデンが危機におちいった時に、英雄を呼び出せと……。

「そんなのは無理です!! 確かに魔力は溜まっていますが、そんな難しい術式を制御できるとは思えません!! 陛下たちの裁可も必要なはずです!!

「そんなことを待っている時間がないのはカグラもよく分かっているはずです」

「ですが!!

「今こそ国の危機。今やらなくてはいけないのです」

 ばか!!

 そんな成功するかどうか分からないものに、魔力を浪費するなら、その魔力を防衛に回す方がまだましだわ!!

「姫様。その魔力を防衛に……」

「なりません!! 私とあなたのペンダントは、英雄を呼び出すためにだけ使うと決まっています!!

「しかし!!

「問答はいりません。今必要なのはこの状況を打破してくれる英雄。そう、古の英雄たちのような者が必要なのです!! さあ、儀式を始めますよ」

 そんな都合のいいことがあるわけないでしょう!!

 でも、ここで意見が割れるのは文字通り私たちの全滅を意味する。

 ああ、もう!!

「……分かりました」

 やってやろうじゃない!!

 やるしかないんでしょう!!

 そして、その日の深夜、密かに召喚の儀式を行ったが、予想通り反応することはなく……。

「お願い助けて!! 助けて、お願い!! 私たちを助けて!!

 そんなふうに姫様は願っていたけど、反応するわけないわよね。

 それで誰かが来るなら誰だってやるわよ。

 さてー、私も何か言わないと、姫様に睨まれそうだし……。

「こない……なんでよ!? なんで、日本人が来るはずなのに!! このままじゃ……」

 と、らしく言ってみる。

 が、そんなことで来るわけもなく、その日の召喚は見事に失敗した。

 あー、もう、寝て魔力を回復した方がまだいいわね。

 数日後。

「なんで!? なんでよ!? お願い!! もう長くは、持たないかもしれない。これしかないのに!!

 無駄に日を重ねているが……。

 こんな感じで呼んでみるが反応はなし。

 しかし、キツイわ。

 寝不足で魔力の回復が追い付いていない。

 姫様も魔力の回復が追い付いていなくて、学徒隊についに重傷者が出た。

 いい加減にやめないと、本当にわずかなチャンスもなくしてしまう。

 でも、何度も失敗しているのに姫様は諦めた様子がない。

 ただひたすら祈っている。

 そんなので救いがあるわけないのに……。

 最悪、姫様を気絶させて逃げる必要があるわね。

 もう、逃げるチャンスはわずかだけど……。

 今日の重傷者が出たせいで、兵たちの間にも動揺が広がっている。

 これ以上被害が出れば、統制が取れなくなり、まともな抵抗ができなくなる可能性が高い。

 今、姫様を気絶させるべきかしら?

 だって、前線に出ないで昼から召喚の儀式ばかりになっているから士気が駄々下がりだし……。

 正直言って召喚に夢中になっている姫様のせいで、被害が出ているのだ。

 うん。決めた。

 夜の儀式で気絶させて、わずかな可能性に賭けましょう。

 このまま、このお花畑の姫様の指揮じゃ全滅しかない。

 で、その夜。

「お願いします。初代様たち。私たちに力を……」

 そんなことを言っている姫様を見て私はぼーっとしていた。

 いや、疲労困憊だった。

 今日の敵の攻勢はよく防げたと思う。

 魔力がよく保った。

 しかし、今日逃げ出す余力がなくなってしまった……。

 私は公爵の娘だから身の安全は保障できるかもしれないけど、他のあまり身分の高くない女学生は犯されて死ぬわね……。

 私の友達もいるのに……。

「カグラ!! あなたも祈るのです!! もはや猶予はありません!!

 姫様のせいでしょうが!! と叫びたいのを必死でこらえる。

 あーもう、祈ればいいんでしょう!!

 もう、それしかできないなら、やってやろうじゃない!!

 でも、言葉や祈りは通じない。

「何度やっても駄目。あー、もう!! やっぱり異世界なんて存在しないんじゃない!!

「カグラ!!

 あー分かりましたから、そんな目で見ないでください。

 私はもともと異世界なんて信じて……、あれ?

 唐突に私はひらめいた。

 そうか、異世界でなくてもいいじゃない。

 こっちの方が現実的だ。

 同じ世界にいる、この状況を打破してくれる日本人を呼べばいい。

 異世界なんてあるわけがない。初代様だって海の遥か向こうとか言ってた記述があるし、これだ!!

 そして私は確信を持って言葉を紡ぐ。

「ならっ!! この世界に存在する!! 私が直面している苦難を打破できる。古の英雄たちの力をもつ者よ!!

 すぐに結果は出た。

 ペンダントから淡い光が出てきて、どんどん光が強くなってきている。

「やりましたわ!! カグラ、頑張って!!

 えーい、うるさい。

 集中を乱さないで、これが最後のチャンスだから。

 そして、ありったけの思いと魔力をこめて声を送る。

「いるんでしょ!! 日本人!! 私たちを助けなさいよ!! 初代様と同じように!! お願い!!

 おとぎ話なんて信じない。でも……これしかないのよ!!

 直後、部屋はまばゆい閃光に包まれて……。