Side:ミリー

 コチコチ……。

 そんな音が部屋に響く。

 いえ、普通なら気にもならない音なのだけど、今の私にとっては大きく、そして耳障りに聞こえる時計の音。

「……ユキさん。大丈夫かな……」

 本日何度目になるか分からない言葉をつぶやく。

 今日、ユキさんは、私たち妊娠メンバーや必要最低限の人数を家に残して、ベータンでの非公式訪問の対応に当たっている。

 それほど今回のベータン訪問はこれからの世界にとって重要なモノ。大事な一歩。

 ユキさんとの子供は自分が望んだこととはいえ、こういう時に家でお留守番なのは正直悔しい。

 なんでこうタイミングが悪いのか。

 ……何か大きな問題が起こってないかな?

 私がいれば少しでも役に立てたんじゃないだろうか?

 そんなことが頭の中をぐるぐると回る。

「……ぐすっ。やだ、なんで泣いてるんだろう」

 安全な家にいるのに、寂しくて泣くとかあり得ない。

 これじゃ子供と変わらないじゃない。

 でも、涙は止まらなくて、ぽろぽろとひとみから溢れては頬を伝って落ちていく。

「ミリー。バナナ食べよう!! これ美味しいんだよって!? ミリー!?

「リエル。バナナが美味しく感じるのはリエルだけだって、私は苦手だから……ってミリー!?

「ならトーリはお揚げを食べるといいって、ミリー、どうしたの? 泣いている」

 そんなときに、私と同じように妊娠していて待機しているリエルたちが部屋に入ってきた。

 泣いている私を見て慌てて近寄ってくる。

「大丈夫!? 生まれるの!?

「リエル、とりあえずバナナを置いて。危ないから」

「ちょっと待って、すぐにルルアに連絡を……」

 あ、なんか生まれると勘違いしたのか、連絡を取ろうとしているので止めないと。

「大丈夫。ただ……、なんとなく泣けてきただけだから。まだ生まれないわ」

「本当? 本当に大丈夫?」

 リエルはバナナをテーブルに置きながら、こちらの様子をうかがってくる。

「でも、ミリーが泣くなんて何があったんですか?」

「お揚げでも落とした?」

「それで泣くのはカヤだけだよ」

 うん。

 3人の賑やかな会話で落ち着いてきた。

「大丈夫。大丈夫だから。なんか不安になって涙が出てきただけ。あー、そういえばセラリアとかルルアが妊娠してると情緒不安定になるとか言ってたけど、これかな?」

「そうかもねー。僕はまだ分からないけど」

「ほっ。大事がなくてよかった」

「とりあえず、一応ルルアやリリーシュに見てもらった方がいいんじゃない?」

 カヤは念のために見てもらえと言ってくる。

 確かに、泣いた影響で出産が早まったりしないかしら?

「そうね。じゃ、ルルアが帰ってきたら見てもらうわ」

「それがいい」

「って、それはいつもやってることじゃん」

「そうだね」

「「「あははは……」」」

 そんなことを言って笑いあっていると、悲しさはどこかに行ってしまった。

 やっぱり情緒不安定だったんだと思う。

 一人になるのは、まずい気がしてきたので、そのまま3人には私の部屋にいてもらってそのままお話をする。

「そういえば聞いた? 無事にベータンの一日目は終わったってさ」

「聞いたよ。問題がなくてよかった」

「私たちがビシッと鍛えてたおかげ」

「そう。よかったー。ユキさんに何か大変なことが起こってないか心配だったから」

 リエルの話を聞いてほっと胸をなでおろす。

「でもさー。これからが大変だよねー」

「そうだね。これからが本番」

「きっと色々な問題が起こる」

「それは当然ね」

 ウィードだってつい最近まで他国の横槍でグダグダしていたし、大陸と大陸同士の交流だからきっと予想もつかないようなトラブルが起こると思う。

 でも、それを乗り越えなくちゃいけない。

 その先に進んでこそ、魔力枯渇を解決する足掛かりになるんだから。

「ま、僕たちは赤ちゃんを産むまでは大人しくしてないといけないけどねー」

「リエルはもう少しおとなしくしないと、お腹の赤ちゃんによくないよ」

「適度な運動はいるとはいえ、セラリアと同じような鍛錬はいらない」

「リエル。あんた、そんなことしてたの?」

「えー、セラリアだってしてたしいいじゃんかー。僕だって動きたいんだよー」

 ユキさんの心のあんねいのためにも、リエルをおとなしくさせるのが私の義務みたいね。

 ユキさんは私たちにとても優しいから、リエルがそんなことをしているなんて聞けば心配するに決まっているから。

「セラリアだって、臨月にはおとなしくしてたわよ。まったく、リエルももうすぐ臨月なんだから、やめなさい。じゃないと、ユキさんに言って、魚料理なしにしてもらうからね?」

「うわー!? やめてよー!?

「リエルは魚料理を食べすぎるから、なしにしてもらった方がいいんじゃない?」

「……それがいい。リエルは最近吐くことが多いけど、無理に食べることも原因だと思う」

「ええー!?

 そうねー。

 言われてみれば、リエルは最近食べては吐くってのが多いわね。

 妊娠の影響で過食になっているとか言ってたっけ?

 無理に食べちゃうから、そもそもの量を減らせばいいってわけね。

 好物ならなおさら食べるだろうし。

 魚料理なしの手は案外ありかもしれない。

 そんなことを考えていると、いきなり部屋のドアが開かれて……。

「なにかあったの!?

「大丈夫ですか!! ミリーお姉様!!

「ミリーお姉!! 生まれる!?

 ドレッサ、ヴィリア、ヒイロが慌てた様子でこちらを見ていた。

 ああ、色々騒いでたから、彼女たちも心配しちゃったのか。

 今、ドレッサたちは同じ屋根の下で過ごしていて、こうやって、私たち妊婦の手伝いをしたり、家事を手伝ってくれている。

 無論、学校や、ギルドの清掃活動兼情報収集の仕事もおこたっていない。

 となると、ドレッサたちも仕事が終わって戻ってきていたらしい。

「大丈夫よ。ただ話が盛り上がっただけ」

「そうよかった……」

「何事かとおもいました」

「赤ちゃんが生まれないのは、ちょっと残念」

 3人とも緊急性はないと確認してホッとしているのだが、とりあえず私も言いたいことがある。

「で、ドレッサ」

「なに?」

「とりあえず、秋天を放してあげたら?」

「あ」

 そう。

 ドレッサの腕の中には、秋天が抱きしめられていたのだ。

 結構強めに。

「ぶはっ!? ドレッサかか様。くるしいよー」

「ご、ごめんね!? 大丈夫!? 痛いところはない!?

「うん。秋天は平気。強い子。でも、帰ってきて、いきなり抱きしめられて、ミリーかか様の所に行ったのは驚いた」

 ああ、ドレッサの癖ね。

 ドレッサは秋天のかか様という信頼にこたえるように、秋天を可愛かわいがっている。

 無論、私たちも可愛がっているのだけど、上位はクリーナ、ドレッサなのよね。

 そう、無意識にそばにおいておくとか抱きしめるのが当然になっているレベル。

 今回も、帰ってきた秋天を確保したあと、私たちの声が聞こえて飛んできたってところかな。

「とりあえず、かか様たち。秋天はいもうとの面倒みるから、またねー」

「あまり無理しないようにね」

「うん。気をつけてね」

「無理をしちゃだめだよ」

「ちゃんと問題があったらキルエに言うこと」

「大丈夫。秋天はいい子」

 私たち4人から見送られつつ、秋天は妹たちのもとへと戻る。

 あんな感じで、秋天は立派なお姉さんをしている、私たち自慢の娘だ。

「ドレッサ。秋天が可愛いのは分かるけど、迷惑かけるのはどうかと思うわよ?」

「うっ、仕方ないじゃない。気がついたら秋天が腕の中に……」

 本当に無意識レベルでやってたのね。

 まあ、ドレッサも子供たちには好かれているし、特に問題はないというか、甘やかしすぎるというか……。

 そんなことを考えていると、また他の来訪者が来る。

「あー、みんなこんなところにいたー」

「キルエのいう通りなのです」

「どうしたのかしら? なにかあったの?」

「帰ってきたらみんないないから心配しましたよ」

 そう言って顔を出すのは、アスリン、フィーリア、ラビリス、シェーラのいつもの4人だ。

 そうか、ドレッサたちも帰ってきているのだから、アスリンたちも帰ってきても不思議じゃないわよね。

「あー、ちょっと妊婦さんでお話ししてたんだー」

「うん。ミリーの部屋に集まってね」

「お揚げが食べたい」

「……カヤは本当にぶれないわよね」

 でも、なんでキルエは私たちの場所を言い当てたのかしら?

 この旅館はかなり部屋数も多いのに。

 ああ、コールの監視機能か。

 子供たちも歩くようになったし、そういうところでコールの監視が助かるって言ってたっけ。

 私たちはわざわざ自宅にいて相手の行動を監視しようとか無粋なことは考えないし、しようとも思ったことはなかったわ。

「あ、そういえばもうすぐお兄ちゃんが帰ってくるって……」

 そんなことをアスリンが言いかけたとたん、廊下を走る音が聞こえてきて、また私の部屋のドアが開かれる。

 本当に今日は人が良く来るわね。

 でも、そんなことはどうでもよくなっていた。

 だって、そこにいたのは。

「ただいま。ミリー、トーリ、リエル、カヤ、お腹は平気か?」

「へいきー?」

「へいき?」

 私の大好きなユキさんだったから。

 両手にサクラとシャンスを抱えての登場だ。

「……とと様。廊下を走るのはダメ」

「そうですね。子供たちが真似するのでやめてください」

 そんなふうに駄目だしするのは、さっき出て行ったはずの秋天と、護衛のジェシカ。

「でも、みんな元気そうでよかったね。と、私は荷物おいてくるねー」

 同じ護衛のリーアはユキさんに問題がないのを確認したら、荷物を置きに部屋に戻っていく。

 そういえば、ベータンの方はどうなったんだろう?

「ねえ、サマンサ。ベータンの方は?」

「無事に問題なくですわ。今夜は予定通りセラリア様やエリスさん、ラッツさん、デリーユさんたちが向こうに控えていますから」

「そう。よかった。何も問題はなかったんだ」

「……その問題がないというのは適切じゃない」

「え? 何かあったの?」

「ん。言葉が通じないということを理解していなかったから、今後その方面で問題が出てくると思う」

「「「あー……」」」

 クリーナの言葉で全員が納得する。

 私たちはユキさんのおかげで新大陸の言葉も問題なかったが、これからはそういう問題も出てくるのか。

「通訳や翻訳で私たちも呼ばれるかもしれませんわね」

「うげー。僕はいやだなー」

「まあ、俺たちを呼ぶようなことはお偉いに話を通すときぐらいだろうが、共同で言語解析部署とか作ると言ってるから、こっちで教えることはあるかもな」

 そうかー。

 これからは学校の授業に新大陸語っていうのも入るのかな?

 子供たちの勉強量が増えて大変そう……。

「まま? だいじょうぶ?」

「かんがえごと?」

 私がそんなことを考えていると、ユキさんの腕から降りたサクラとシャンスが心配したのか私に抱きついてくる。

 可愛い!! 可愛いわ!!

 だから、抱きしめて……。

「ミリーママは大丈夫よ。もうすぐ、貴方たちの妹も生まれるからね」

「やったー。いもうとー」

「いもうとー」

「いや、男の子ってこともないか?」

 あー、ごめんなさい。ユキさん、私的には一番最初は女の子がいいんです。

 そんないつもの温かい家族の会話をしていると、それが起こった。

(何度やっても駄目……もう!! やっぱり異世界なんて存在しないんじゃない!!

 唐突に、頭の中にそんな声が響く。

 声からして、まだ若い女性のように聞こえる。

「え?」

「なんだろう?」

「うにゅ?」

「ままー。お声がきこえる?」

 その場にいた全員が辺りを見回していた。

 これはコールじゃない、直接頭に響いてくるような感じだ。

「みんな聞こえるのか?」

 ユキさんの問いかけにみんな頷く。

「ちっ、幻聴じゃなかったか。ジェシカ、至急セラリアの方に……」

 ユキさんがそう指示を出しているときにまた声が聞こえる。

(ならっ!! この世界に存在する!! 私が直面している苦難を打破できる、古の英雄たちの力をもつ者よ!!

 その声が終わった瞬間、足元に魔法陣が浮かぶ。

「ちっ!? そう来たか!! 魔法陣の中にいるみんなは俺の近くに!!

 私たちはそう言われて、すぐにユキさんの近くに集まる。

「ユキ!?

 魔法陣の外にいたジェシカもユキの側に来ようとするが……。

「待て!! いつしようかんされるか分からん!! 下手に飛び込むな、何が起こるか分からん!! 他の皆に事情を説明するためにもジェシカはそこで待機!!

「ですがっ!!

 え? 召喚?

(いるんでしょ!! 日本人!! 私たちを助けなさいよ!! 初代様と同じように!! お願い!!

 私の部屋が魔法陣から放たれるせんこうに包まれ……。

「いいか、ジェシカ!! 緊急事態発令!! 全指揮権はセラリアに移譲!! 事情を説明してくれ、詳しくはタイキ君やタイゾウさんなら分か……」

「ユキ!? みんな!?

 ジェシカの悲痛な声も光にき消え、目の前が真っ白になった。

 それでも、サクラとシャンスは絶対に離さないようにしっかりと両腕で抱きしめながら……。


 ベータンへのロシュール、ガルツ、リテアの非公式訪問初日

 夕方、ウィードの自宅にて

 ユキ、ミリー、トーリ、リエル、カヤ、クリーナ、サマンサ、アスリン、フィーリア、シェーラ、ラビリス、ドレッサ、ヴィリア、ヒイロ、秋天、サクラ、シャンス、以上17名が消失、行方不明。