Side:ユキ

 すでに時刻は18時半。

 冬は日が落ちるのが早く、すでに夕暮れを通り過ぎ夜の帳が辺りを包んでいる。

 普通であれば、夜が訪れれば、この中世ヨーロッパ程度の技術力では、大人しく寝て、明日に備えるぐらいしかやることはないのだが……。

「よーし。飲みに行こうぜ」

「おーう」

 そう言って仕事帰りに酒をひっかけにいく連中は、まあこっちの世界でもいるが……。

「今日は外食だぞ」

「やったー。ぱぱ、お寿司がいい」

「そうねー。お寿司がいいかもね」

 子連れの親子が晩御飯を外に食べに行くというのはなかなか珍しいものである。

 そもそも、お寿司という生魚を食べる習慣がない。

 つまりここはウィードなのである。

 その他にも……。

「今日はスーパー銭湯だな」

「そうねー。あそこで遊びましょう」

「今日は卓球まけねーぞ」

「そのあとお風呂、入りなおしになりそうだな」

 なんて、会話が繰り広げられている。

 というか、夜のとばりが下りようが、ウィード住民の生活はこれからである。

「仕事が終わって、ゆっくりする時間だからな。まあ、家でのんびりする人もいるけどな」

「いやはや活気がありますな。これは夜も十分稼ぎ時になるわけですな」

「そうそう。商店の閉店時間は9時から22時だな。スーパーラッツに至っては24時間営業とかもやってる」

すさまじいですな。夜だというのに、あの電灯が立ち並んでいて、まったく暗くない。夜に光を灯す恩恵はあるということですな」

「まあな。治安に関しては、なんとも言えないけどな」

「うーむ。確かに、こうも夜が明るく人出が多いとよからぬことを考えている者は判別がしにくいですな」

「その分、警邏の負担が増えるから、そっちで電灯を増やして、夜の活気を増やそうとするなら、警備の予算も考えないといけないぞ」

「なるほどですなー。何事も一長一短ですな」

 そんなことを言いながら、夜の街を歩く俺とホースト。

 ホーストはベータンの元領主ではあるが、俺としてはホーストの手腕や人望は得難いものだと思っているので、そのままベータンの統治を任せるという形になっている。

 そもそも、色々問題があって、ベータンを占領したのは俺たちだからなー。

 ジルバの命令でよその土地を奪ったのはいいが、なぜかその土地を任される形になった。

 まあ、色々あってジルバ、エナーリア共同管理地みたいなものになって、それが俺に押し付けられたわけだ。

 もともと、俺の足かせのつもりだったんだろうが、ホーストを追い出して反感を買う理由もなかったので、ホーストを部下ということにしてベータンを任せて、新大陸をぶらぶらしていて今に至るわけだ。

 大手を振って、新大陸での色々なテストができるベータンは正直ありがたかった。

 なので、ウィードからの技術も取り入れて、ベータンはベータンで最近かなり発展している。

 のちに発見した人工的な魔法陣を崩すという役割もあるから、ベータンの成長は必要不可欠ではある。

 ということで、ある程度ウィードの大陸も、新大陸も落ち着いたので、お互いの交流を開始するための試験として、まずはホースト、そしてついでにたまたまベータンに来ていた魔剣使いたちをウィードに招く形をとったのだ。

「しかし、ユキ殿。今はどちらに向かっているのですかな? 食事ですかな?」

「そうそう!! ユキはこれからまた美味おいしい物を紹介してくれるのかい!!

 そう聞いてくるホーストの横にしゅびっと顔を出したのはカメラを構えたエージルだ。

「こら、ユキ殿に対する無礼はやめなさい!!

 そう慌ててエージルを取り押さえにくるのは、二刀の魔剣使いのプリズムだ。

「えー、別に非公式だしいいじゃん。この街の人だってユキって普通に呼んでるしー。リーアや、ジェシカさんや、クリーナ嬢、サマンサ嬢も何も言わないしー」

「あなたは……」

 プリズムはぴくぴくしながら何かを言おうとするが、それは止めておこう。

「まあ、ちゃんとするときはちゃんとするって言っていますしいいですよ。こっちも急でしたからね」

「……ありがとうございます」

 深々と頭を下げるプリズム。

 どこかで見たことがある図式かと思えば、コメットとヒフィーか。

 あー、似てるって話はあったか?

 そんなことを考えていると、今度はマーリィが話しかけてくる。

「なあ、ユキ。で、結局今はどこに向かっているんだ?」

「あんまり美味しいものは……ちょっと、あれですわね」

「体重が……。しかし、美味しい物ですか……」

 マーリィはともかく、オリーヴとミストは凄まじい葛藤をしているようだ。

 女性は大変だねー。

「そうだなー。あともう少しで……」

 と、そこの角を曲がれば到着と。

 全員が、角を曲がって前方を確認したのが見えたので、口を開く。

「ベータンにもある銭湯だな。それを、さらに改良したような場所で、スーパー銭湯だ。まずは、今日一日の汗でも流してくれ」

 どうせ今日一日でウィードが理解できるわけもないし、こういう息抜きは必要だろう。

 エージルは新しいおもちゃを見つけただけだが、他のメンバーは気苦労の方が多いだろうからな。

 そういうことで、見学ついでに一般に開放されている銭湯に向かったわけだ。

 ベータンでも銭湯はあるから、多少はましだろう。

 無論、男女は分かれて風呂は入る。

 かぽーん。

 そんな銭湯や風呂特有の音が鳴り響く。

「ああっー。一日の疲れが吹き飛びますな。気持ちいい」

「だよなー」

 まあ、実際お風呂に入るのは疲れるとかなんとかいう話があるが、健康促進のためもあるし、垢を落とすという意味もあるから、疲れを洗い流すという点では疲れを吹き飛ばすというのは間違ってないと思う。

「しかし、ホーストはよく鍛えているよな」

「わが手で領民を守らなくてはいけませんからな。まあ、実際そのようなことがあってはいけませんが、そういう心構えを持つために、まずは肉体からですな」

 ホーストの心構えは立派だと思うが、もうこうおじさんの癖に筋肉もりもりなのはすげーと思う。

「しかし、凄いですな。お風呂に種類があるとは……」

「ああ、そっちはただ汗や汚れを流すだけだからなー」

 ベータンの銭湯はあくまでも、汗や汚れを落とすことが目的で、こっちのように多種多様なお風呂や温泉を完備しているわけではない。

 できないことはないが、理解をしてもらうのが大変でもあるからなー。

 お湯をふんだんに使うのはこっちの大陸でもウィードぐらいのもんだし。

「あのサウナというのは気に入りましたぞ。あの熱の中耐えるという訓練もできるのですからな。そのあとの水風呂もよき訓練となるでしょう」

「いやー。そういう訓練のためじゃないんだけどな」

「そうなのですか?」

 根性試しとか根比べで使う馬鹿がいるが、命の危険があるからなー。

 良い子の皆は真似しちゃダメってやつだ。

「しかし、夜空が見える風呂というのも、またいいですな」

「そうだな」

 最後の締めに入っているのは露天風呂だ。

 ヒノキとかではなく、岩を組んだタイプ。

 俺たちの他にも、おじいさんとかおっさんが気持ちよさそうに湯船に沈んでいる。

「今日はこれで終わりだけど、どうだった?」

「うーむ。正直、凄まじいの一言ですな」

 ホーストは手にお湯をすくって顔を洗いながらそう言う。

「どうする? これ以上の発展はベータンの形が変わると思うぞ?」

 今日、俺の本命はこの話だ。

 いくら俺たちに目的はあれど、もともといた人たちをないがしろにしてというのは本意ではない。

 田舎には田舎のやり方があり、発展の仕方があるのだ。

 その代表であるのがこの男ホースト。

「そう、ですな。寂しいといえば寂しいのですが、それが今までなかったかというとそうでもないですからな。私の代になってからも、色々小規模ではありますが、ベータンのためになればと思い、昔の形を崩して新しいものを取り入れました」

「そうか」

 特に何か意見を言うことなく、相槌を打ち、俺はホーストの言葉を聞く。

「ははっ。ユキ殿はやはり変わっておられる。というか、それが大器というものなのでしょうな。私の意見など聞かずにさっさとご命令くださればいいのに」

「そうかねー。俺はもともと立派にやっていた人をないがしろにするつもりはないんだがな」

「そう言っていただき嬉しい限りですが、結局はベータンを守ることはかないませんでしたからな。いえ、ユキ殿が憎いという話ではないのです。ただ己のふがいなさの話ですな」

 なんて返していいのか分からずそのまま湯船につかっていると、一緒に入っていたおじいちゃんがこっちに近づいてきた。

「なんや、ユキちゃんが難しい話をしていると思ったら、この御仁はお偉いさんかね?」

「あ、うん。そんな感じかな?」

「ははっ。ご老人、ユキ殿の部下ですよ。いや、こんな話をして申し訳ない」

「そうかい。なら、あんたにも言わなきゃいかんな」

「何かあったのかい?」

「なんでしょうか?」

 俺もホーストも特にこのおじいちゃんから何か言われる心当たりはないので首を傾げつつ、聞き返すと……。

「いつも、わしらのために色々考えてくれてありがとうよ。わしは学もなんにもない。でもな、ユキちゃんやあんたが、わしらのために一生懸命色々やってくれているのはよく分かっているよ。このウィードに住んでいるからね。本当にありがとう」

「「……」」

「これからも色々変わっていくものはあるだろうけどさ、ユキちゃんやあんたみたいな人がいるなら大丈夫だよ。これだけはわしが保証してやる。まぁ、頼りないとは思うけどな」

「いえ、そんなことはないですよ」

「ですな。今の言葉、とても嬉しく思います」

「そうかい、じゃ、年寄りの説教にならないうちに、わしは先に上がるよ……」

 そう言って、おじいちゃんは先に風呂から出て行く。

 それを見送ってから、少しの間、湯船から溢れたお湯の音だけが響き……。

「まだまだ私も未熟ですな。己の不甲斐なさなどまったく関係なかった。ベータンの先を決めるのは私たちの一存ではないですな」

「そうだな。ちゃんと聞いてみるか」

「はい。これからどのようにベータンが変わるのを望んでいるのか、それを聞いてみたいと思います」

 俺たちが話して勝手に決めていいわけではない。

 さっきのおじいちゃんのように、そこに生きる人の声が大事だ。

 どんなに、その人のためだと思っても伝わらなければ意味がない。

 いやいや、俺もまだまだだねー。

 いや、元からあるモノに手を加えるのは難しいからな。

 このウィードは最初っから作っただけだし。

 その時だって、嫁さんたちや住人に意見を聞いて回ったんだ。

 それをやらないとな。

 街ってのはそこに住む人と共にあってこそだしな。

「さーて、そろそろ上がりますか」

「ですな。これ以上はのぼせそ……」

 そうホーストが言葉を続けようとしたが、隣の女湯から叫び声が聞こえてさえぎられる。

「うっわ!? プリズムとマーリィさんが真っ赤だ!?

「のぼせてるじゃない!? ジェシカ!!

「マーリィ様!! 見ないかと思えばこんなところで!! クリーナ、ミスト様!! お水を!!

「ん。了解」

「はい。分かりました!!

「え、えーっと、私はどうしましょうか!?

「オリーヴ様は私と一緒にお風呂の外へ、救護班がいますから事情を説明して来てもらいましょう」