カインの私室の勉強用の机には、三段の引き出しが付いている。一番上の引き出しは底が浅いが鍵がかかる。下の二段はサッカーボールが入るぐらいの深さで、鍵がかからない。真ん中の深さのある引き出しには、ディアーナの宝物を入れておく『ディアーナ箱』が入っている。ディアーナにも私室はあるが、まだ小さいディアーナは寝る時は両親の寝室で一緒に寝ているし、昼間も母と一緒にいるか、カインの部屋で本を読んだりカインと遊んだりしているので、ほとんど自分の部屋にはいない。
母は、筆頭公爵家の夫人という立場があるため、家にいないことが多い。他家の茶会や音楽鑑賞会に招かれたり、パトロンとして支援している芸術家の個展や演奏会に招かれたりすることが多いのだ。
そんな事情もあって、ディアーナが一番長くいる場所はカインの私室なのである。ディアーナ箱にはディアーナの大切なものが入っているので、ディアーナが一番長くいる場所であり、一番信頼できる場所でもある、カインの机の引き出しにしまわれているのだった。
カインの机の一番上の鍵のかかる引き出しには、カインの宝物がしまわれている。カーテンのタッセルからディアーナが引きちぎった房飾り、壁にクレヨンで描かれたカインの似顔絵、転んでスカートからもげてしまったリボン。ディアーナを溺愛している割に、カインの宝物は他人が思うほどは多くない。ディアーナが見つけて、ディアーナがカインにおすそ分けしてくれる宝物は、ディアーナの分と一緒にディアーナ箱に入っているから。
カインは前世の記憶を持っている。前世では、アラサーまで生きたが
でも、それらの宝物だって次の人生にまでは持ってこられないのだ。カインは、物に思い出を託して大事にとっておくということに、意味を見いだせなくなっている。だから、本当に大切なものだけをそっと引き出しにしまうだけにしていた。
秋が深まってきたある日、カインが王城の剣術訓練から帰宅してきたのを、ディアーナとイルヴァレーノが玄関で出迎えていた。
「おかえりなさい! お兄様!」
「おかえりなさいませ、カイン様」
いつもは執事のパレパントルぐらいしか出迎えがないのに、今日は二人が出迎えてくれたことにカインが首をひねった。
いつもなら、この時間はちょうど午後の勉強の準備をしている時間なので二人の出迎えはないのだ。今日も、この後は音楽の授業なので楽器の準備をしてピアノ室へ行っているはずだった。
「ただいま。出迎えありがとう。今日はどうしたの?」
ディアーナに迎えられて嬉しい反面、何かあったのかと不安も感じたカインはディアーナの顔を覗き込んで聞いてみた。
「クライスせんせぇ、しゅらばでお休みだって!」
「は、えぇ? 修羅場?」
ディアーナが
「クライス先生は、ご家庭の事情で急遽本日はお休みになりました」
「あ、そう……。先生も大変だね」
ご家庭の事情、とカインは口の中で繰り返しつつ苦笑いをした。クライス先生は子爵家の三男で王宮楽団に所属しているヴィオラ弾きで、王宮主催のイベント諸々の演奏はもちろん、個人宅での演奏会や大衆演劇の伴奏なんかもやっている。その上顔もそこそこ良いのでモテるのだが、本人は結構気が弱い質なので強く断れずにトラブルに巻き込まれることが多いらしい。どこから聞いたのかわからないが、ディアーナが『しゅらば』と口にしたのは、どこかでそんな感じの話を聞いてしまったのだろうし、であれば今日の『ご家庭の事情』というのも、そんな類のゴタゴタなのかもしれなかった。
「とりあえず、部屋に行こうか。着替えたい」
「はい!」
カインが手を差し出すと、ディアーナは当たり前のように自分の手をその手に重ねてギュッと握った。カインとディアーナは、繋いだ手を大きく振りながら楽しそうに歌を歌って階段を登っていく。イルヴァレーノがカインの荷物をもってその後をついて行った。
剣術訓練から帰宅したところなので、カインは服を脱いで濡れタオルで体を拭き、手の届かない背中をイルヴァレーノが拭いた。その様子を、ディアーナはソファーに座って足をプラプラさせながら眺めていた。
「お兄様、お着替えがおわったらお庭にお散歩にいきましょう」
「いいよ。天気も良いし、散歩日和だね」
新しいシャツを羽織ってボタンを留めて、髪をかんたんにまとめて括るとカインはその場でくるりと回ってポーズをとった。
「さ、準備ができたよ、お庭に行こう! ディアーナ!」
「はい!」
カインとディアーナとイルヴァレーノの三人は、連れ立って庭へと移動した。
エルグランダーク邸にはいくつかの庭がある。そのうちの一つに季節によって色の変わる木が植えられている区画がある。春には小さな白い花が枝いっぱいに咲き、夏には青々しい葉が茂る木や、夏は瑞々しい緑色の葉が茂り、空気が冷たくなっていくと黄色や赤色に変わる木などが植えられている。
カイン達はその庭にやってきた。庭に入ってすぐにカエデの木が植えられていて、風が吹くとくるくるとタネが回りながら落ちてきた。
「イル君! みて! ね、みて! カエデのタネだよ!」
「あ、うん」
ディアーナは風が吹いてクルクルと回りながら落ちてくる実を指差して、イルヴァレーノに教えようとする。イルヴァレーノは、そう言われてディアーナの後ろに回り込むと、しゃがんでディアーナの指差す方を見ようとして目を
「お母さんの木から、離れて芽を出すためにクルクルまわって落ちてくるんだよ!」
「へぇ。ディアーナ様は物知りだね」
「お兄様におしえてもらったの!」
ディアーナは振り向いて、すぐ後ろでしゃがんでいたイルヴァレーノに対してえっへんと胸を張った。幼児体型のため、胸というよりお腹が突き出されてしまって、つま先だけでしゃがんでいたイルヴァレーノがお腹におされてバランスを崩し、尻もちをついてしまった。
「ディアーナ、一年前の事なのにちゃんと覚えてたんだね。すごいね」
「おにーさまが教えてくれたからね!」
ディアーナはその場でしゃがみ込むと、地面に落ちているカエデのタネをいくつか拾って手のひらにのせ、イルヴァレーノに向き直って両手を差し出した。
「イル君だっこ」
「は? なんで」
「ディアーナ、僕が抱っこしてあげるよ」
「や! イル君だっこして!」
手のひらにカエデのタネを乗せたまま、イルヴァレーノに向かって手を上げるディアーナと、迷惑そうな顔をして困惑するイルヴァレーノ、そしてショックを受けて地面にうなだれているカイン。膝と手をついて地面に向かってブツブツ言っているカインに同情の目を向けつつ、仕方なくイルヴァレーノはディアーナの脇腹を掴むと、ぐいっと持ち上げて抱き上げた。七歳が四歳を抱っこしているので、さほど頭の高さが高くなったわけでもないのにディアーナは「たかい!」と喜んでいる。
「お兄様、おにーさま! クルクルするから見てて!」
抱っこを拒否されて落ち込んでいたカインだが、ディアーナに呼ばれればすぐに立ち上がり顔をあげてニコリと微笑む。イルヴァレーノに抱っこされて、さらに自分の腕をもちあげたディアーナは、イルヴァレーノの頭の上からカエデのタネを乗せていた手のひらをひっくり返した。
カインとイルヴァレーノの目の前を、カエデのタネがクルクルと回転しながら落ちていく。ディアーナの手のひらからこぼれたタネが上から下へとクルクル回りながら通り過ぎていくのを、カインとイルヴァレーノはゆっくりと目で追った。
「見た!? お兄様見た!?」
「見てたよー。クルクル回って落ちていったね」
イルヴァレーノの腕の上で身を乗り出してカインに顔を近づけようとするディアーナを、イルヴァレーノが足を踏ん張って支えている。顔がちょっと苦しそうだ。
「おろして! イル君おろして!」
カインが見たよと言ったのに対してニンマリと笑うと、ディアーナがイルヴァレーノの肩をバンバンと叩いて降ろせと言い出した。抱っこしろと言ったり降ろせと言ったり忙しいなと思いながら、イルヴァレーノは素直にディアーナを地面に降ろした。
地面に足がついたディアーナは、しゃがみ込むとまたカエデのタネを拾って手のひらにのせ、立ち上がるとイルヴァレーノに向かって手を差し出した。
「イル君だっこ!」
ディアーナの二度目のおねだりに、イルヴァレーノが応える前に後ろからカインが手を伸ばしてディアーナを抱き上げた。よいしょっと言って腕の上で体勢を調整すると、抱き上げて目線より上になったディアーナの顔を覗き込んだ。
「今度は、イルヴァレーノにクルクル回るところを見せてあげようよ。僕が抱っこしてあげるからさ」
カインの言葉にディアーナは頷くと、今度はカインの頭の上からイルヴァレーノの目の前にカエデのタネを落としていった。目の前をヒラヒラクルクルと落ちていくカエデのタネを、イルヴァレーノはつい手を差し出して受け取ってしまった。手のひらの上にポトンと落ちたカエデのタネは、トンボの
「去年は、お部屋のなかで机の上から落として遊んだんだよね」
「お兄様が落っことす係で、ディが受け取る係をやったんだよ! だから、こんどはディが落っことそうと思ったの!」
抱っこして顔の位置が近くなっている兄妹は、おでこをくっつけて「ねー!」と言いながら楽しそうに笑っていた。手のひらの上のカエデのタネを、イルヴァレーノはそのまま地面に落とすことがなんとなく出来なくて、そっとポケットに入れたのだった。
ひとしきりカエデのタネを落としたり拾ったりして遊んだ後は、ディアーナが二人の手をつないで引っ張って大きな木の下まで移動した。大きな木の根本には、どんぐりが沢山落ちていた。
「ふつうのどんぐりは、一点。帽子付きのどんぐりは、二点。帽子に飾りがついているのは、一万点!」
ディアーナが、足元のどんぐりを指差しながら説明してくれる。カインはうんうんと頷いているが、イルヴァレーノはその点数になんの意味があるのかわからなかった。
「どんぐり拾い競争だよ。沢山集めた人の勝ちね」
不可解そうな顔をしていたイルヴァレーノに、カインが説明をする。その説明を聞いてもまだ今ひとつ理解できないイルヴァレーノは首をかしげて、
「飾り付きってなんだ?」
とカインに聞いた。カインは足元をぐるりと見渡すと、「あ」とつぶやいてどんぐりを一つつまみ上げた。帽子のような
「ここ、帽子みたいなところの上に枝が残っているだろ。これのことを飾りって言ってるんだよ」
「これとか、おリボンみたいでしょ?」
カインが説明しているところに、ディアーナもずいっと一つのどんぐりを差し出してきた。イルヴァレーノの目の前に差し出されたどんぐりには、帽子のような殻斗が付いていて、さらにT字型に枝が付いていた。
「なるほど、飾りね」
イルヴァレーノが頷くと同時に、
「じゃあ、よーいどん!」
とディアーナが元気な声で掛け声をかけると、カインとディアーナはその場にしゃがんで、どんぐりを拾いはじめた。
突然始まったどんぐり拾い競争に、あっけにとられて立ちすくんでいたイルヴァレーノだが、バカバカしいと思っていても参加しないと後でディアーナがぐずるので、やれやれと思いながらもしゃがんでどんぐりを拾いはじめた。ちらりとカインを見れば、真面目にどんぐりを選別しながら拾いつつ、飾り付きを見つけるとそっとディアーナのスカートの上に投げ込んでいた。全くの
どんぐり拾い競争は、ディアーナの圧勝で終わった。
「イル君、ひろったどんぐりは樹の下に置いてね」
ディアーナが、そう言いながら自分の集めたどんぐりをざばざばと樹の下に落っことした。スカートの裾を持ち上げて風呂敷のようにしてどんぐりを入れていたので、樹の下にはどんぐりの山が出来た。カインも、自分の拾った分をその上にコロコロと載せていく。
「せっかく拾ったのに、ディアーナ箱にいれないの?」
ディアーナが、四つ
「これは、リスさんのご飯だからいいの」
イルヴァレーノの質問に、ディアーナはそう答えた。
「リスさんの冬のほぞんしょくだから、横取りしたらダメなのよ」
ふっふっふ、とわざとらしく偉そうな笑い顔を作ってディアーナがそう言うと、
「ディアーナは優しいなぁ!」
とカインが抱きしめて頭をなでて褒め称えていた。イルヴァレーノも拾ったどんぐりを樹の下のどんぐりの山にバラバラとこぼしていった。木の上を仰ぎ見たけれど、そこにリスは見えなかった。
「今日はリスを見ないね。去年はちょうどどんぐりを拾っている時にリスを見たんだけどね」
木の上を見ているイルヴァレーノの隣に立って、カインも見上げてそういった。ディアーナも二人の前まで来るとカインに背中を預けるようによっかかりながら上を見上げた。
「リスさん兄弟、今日はいないね」
三人で木の上を見上げていたら、イルヴァレーノの眉間にどんぐりが一つ落ちてきた。額にコツンと落ちて跳ねたどんぐりを、思わず右手で掴んだイルヴァレーノは、なんとなくそのままそのどんぐりをポケットにしまい込んだのだった。
カインとイルヴァレーノは、ディアーナに手を引かれて温室までやってきた。温室には庭師の老人がいて、春の花の準備をしているところだった。
「おじいさんこんにちは!」
ディアーナの元気な挨拶で温室への来訪者に気がついた老人は、カインとディアーナに向けて帽子をとってお辞儀をした。老人の前を通り過ぎてずんずんと進んでいくと、大きめの植木鉢が並んでいる一角にたどり着いた。ディアーナがそのうちの一つ、白い植木鉢の前にしゃがみこんだ。
「おっきくなってる!」
うれしそうに、植木鉢に植わっているものを指差しながら後ろの兄二人を振り向いた。カインも、うんうんと頷きながら、ディアーナの後ろから膝に手をついて覗き込む。
「だいぶ大きくなったね。来年にはディアーナの背を追い越しちゃうかも知れないね」
「ディも、もっと大きくなるもん!」
二人が覗き込んでいる植木鉢には、五十センチぐらいの細い木が植わっていた。細すぎて、一見しただけではなんの木か分からない。
カインは振り向くと、木を指差しながらイルヴァレーノに説明した。
「これね、去年ディアーナと一緒に拾ったカエデのタネを植えたんだよ」
「クルクルまわっておちるのが、お母さんの木から離れるためだから、ディがもっと離れた場所にうえてあげたの!」
カインの言葉をうけて、ディアーナがさらにドヤ顔で説明してくる。ディアーナは、しゃがんだまま、ずりずりと足をずらして横に移動すると、隣の植木鉢を指差してまた振り返った。
「こっちは、どんぐりの木! こっちも、ディとお兄様でうえたんだよ!」
「どんぐりは、リスが冬越しのために土に埋めて隠したのを忘れたのが芽を出すことで、離れた場所に仲間を増やしていく木だからね。ディアーナがリスのかわりにこっちに植えてあげたんだよね」
「ディはリスさんのかわりね!」
うふふふふ、とカインとディアーナがほっぺたをぐりぐりくっつけながらカエデの隣の植木鉢を覗き込んでいる。そちらのオレンジ色の植木鉢にも、やはり五十センチぐらいの細い木が植わっていた。
「坊っちゃん、植木鉢用意しましたよ」
「ありがとう」
三人でカエデとどんぐりの木の幼木を眺めている所に、庭師の老人が声をかけた。老人の足元に二つの大きな植木鉢が置かれている。カインが温室に入った後にお願いしていたものだ。
「イルヴァレーノ、ポケットにカエデのタネとどんぐりが入ってるだろ? 今年の分として三人で植えようぜ」
「イル君、もってきたの!?」
なんでそんなの知ってるんだよという顔でカインを見るイルヴァレーノと、イルヴァレーノのポケットを勝手に探ろうとするディアーナと、ディアーナを後ろから抱え込んで、その手を抑え込んでいるカイン。それをにこやかに庭師の老人が眺めていた。
「ディアーナ、そういう時は『みーせーてっ』って言うんだよ。勝手にとってはいけないよ」
「イル君みーせーて!」
ディアーナが両手を広げてイルヴァレーノの前に突き出した。なんとなくポケットにタネを入れただけのイルヴァレーノは素直にその上にカエデのタネとどんぐりをそっと乗せた。
お手が汚れますからと老人から渡された小さなスコップを持って、カインが植木鉢の真ん中に穴を掘り、ディアーナがタネを落とし、イルヴァレーノがその上に土をかけた。
「来年が楽しみだね」
カインが、何かを懐かしむような顔で笑った。
庭師の老人がバケツに水を汲んで持ってきたのを、ディアーナ用の小さなジョウロに移してやり、ディアーナが四つの植木鉢に順に水をやっている。カインとイルヴァレーノは少し後ろからその様子を眺めていた。
「去年、ディアーナがどんぐりとカエデのタネを拾ったんだけど、掃除係のメイドに捨てられちゃったんだよね。それでディアーナ箱を作ったんだけど、ディアーナはもうどんぐりとカエデのタネはいらないって言い出しちゃってさ」
「まぁ、新しく拾ったとしても、それは捨てられた物とは別物だからな」
イルヴァレーノも、ディアーナの様子に目を向けたまま、カインの方を見ずに返事をした。
「どんぐりは、宝箱にしまったらその一つだけが宝物になるけどさ、こうやって埋めたら芽が出ていつかもっと沢山のどんぐりになるじゃん?」
「気の長い話だな」
ディアーナのジョウロは小さいのですぐに水が無くなってしまう。空になったジョウロを庭師の老人に渡して、バケツからまた水を汲んでもらって次の植木鉢に水をやり始める。ディアーナの楽しそうな姿を見て、カインは目尻を下げた。
「成長する木を見る度にさ、ディアーナと一緒に埋めたなぁとか、一緒に水やりしたなぁとか、そういうのを思い出せるじゃん」
「そういうもんか?」
「今年からは、三人で埋めたなぁって思い出が増えるわけだよ。うれしい?」
「……。その顔で覗き込んでくるな。自分の顔が良いことを自覚してるヤツって厄介だな」
カインが隣に並んで立っているイルヴァレーノの顔を上半身をねじって覗き込むと、イルヴァレーノはプイッとそっぽを向いてしまった。
カインは、おかしそうに声を上げて笑った。
「カイン箱はないのか?」
照れ隠しに、イルヴァレーノがそんなことを聞いた。
「必要ないんだ。どんぐりもカエデのタネも、綺麗な石も、高価な羽根ペンも金のボタンもさ、大事に保管していても死後の世界には持っていけないだろ?」
「死後の世界って……」
カインが冗談を言っていると思って、皮肉げな顔を作ってカインの顔を見たイルヴァレーノだが、その表情は穏やかに微笑んでいるだけだった。
「思い出は、かさばらないし、次の人生まで持っていけるかも知れないだろ?」
限定版や特装版のゲームソフトも、フルボイスゲームの声優のサイン入り攻略本も、プレミアが付いていたレトロゲームソフトも、カインが前世で大事にしていたものは今のカインの手元には何一つない。
しかし、ゲームをプレイした記憶も、仕事で幼児達と関わった記憶も、会社の開発部と新規開発おもちゃのあり方についてディスカッションした記憶も、今のカインは持っている。そして、ソレが今の人生で役に立っている。
目を細めてフッと一瞬だけ大人のような顔をして微笑むと、すぐにいつもの子供らしい朗らかな笑顔を浮かべてイルヴァレーノに向き合った。
「何より、僕の一番の宝物は箱にも引き出しにも入らないからね」
そういって一つウィンクをしてみせると、視線をディアーナに向けて歩き出した。
「ディアーナ。僕も水やりするよ。ジョウロかーしーて!」
「いーいーよ!」
仲良く二人で植木鉢に水やりをするカインとディアーナの仲睦まじい姿を、イルヴァレーノは眩しそうに眺めていた。