その様子にカインは顔をほころばせる。

素直な良い子たちだ。聖騎士ルートについては、魔の森に魔物退治に行くときに一緒に行って気をつけるか、先回りして魔王をどうにかしてしまう作戦で良さそうだ、とカインは考えた。

「アル殿下。次は、嫌いなものを食べていても平気なフリができるようになりましょう」

さらっとカインはアルンディラーノに課題を課す。

嫌いなものを好きになるのは難しいが、嫌いな物を平気なフリをするのは貴族にとっては重要な事だった。

そんな機会があるかは解らないが、アルンディラーノが王族としてトマト農家へ視察に行ったときに嫌そうな顔でトマトを食べたらまずいだろう。

「カインには嫌いなものはないの?」

隣からアルンディラーノがカインに問いかける。

嫌いなものを平気な顔をして食べるなんて信じられないのかもしれない。

「ありますよ。今日の昼食にも出てます。ちゃんと、平気な顔をして食べてるでしょう?」

ニコリと笑いで返してやりながら、玉ねぎのスライスを口に入れて食べてみせる。アルンディラーノとゲラントとクリスは、カインの食事をジッと見ながらカインの嫌いなもの当てに夢中になっていった。

「キャベツでしょ!? 少しまじめな顔になった気がする!」

「そうかなぁ。ルクルクじゃない? ルクルクとトマトを一緒に食べたよ」

「じゃあ、トマトかも! トマト苦手だからルクルクと一緒に食べたんでしょ!」

カインはわざと澄まし顔で食べたり、にんまり笑いながら食べたりして子どもたち三人を惑わせた。

いつもより賑やかなその昼食は、次の日からも訓練後の習慣として定着したのだった。

ちなみに、その日の昼食にニンジンは出ていなかった。

カインは簡単に弱点を晒す気は毛先ほどもなかったのだ。


騎士団との剣術訓練が終わり、子ども四人で昼食を食べるのが習慣化したある日。カインが一つの提案をした。

「今日はご飯のあと少し遊びませんか?」

今日の午後は、カインは本来芸術の授業が有るのだが、家庭教師のセルシス先生が個展を開くというので休みとなっていた。お茶の時間の後には魔法の授業があるもののそこまで長時間遊ぶつもりはなかった。

「何をして遊ぶの?」

アルンディラーノが期待を込めた目でカインを見つめてくる。

王宮を脱出しての廃墟爆破事件や、着ている服を脱がされて地面を転がされる等、カインには意外とひどい目に遭わされているはずなのだが、アルンディラーノはカインに懐いている。

「石はじきする? 椅子取りゲームする?」

「石はじき?」

「椅子取り?」

アルンディラーノはよっぽど孤児院で遊んだ事が楽しい記憶として残っているのだろう。庶民派の遊びばかり並べ立てた。ゲラントとクリスははじめて聞く単語に首をかしげている。

「石はじきをするには石の準備がありません。椅子取りゲームはもう少し人数が多い方がたのしいでしょう」

カインの今日の目的はそれではないのだ。

「ゲラントとクリスの今日の午後の予定は?」

カインがニコリと笑って二人に聞けばふたりとも首を横に振って「ない」と答えた。とりあえず今日の遊び内容については置いておき、石はじきや椅子取りゲームがどんなゲームなのかをアルンディラーノが身振り手振りでゲラントとクリスに説明した。他にも、フルーツバスケットやハンカチ落とし、かごめかごめなどの遊びについて、いかに楽しいかを熱弁しているアルンディラーノである。

食事が終わると、四人で中庭の四阿へとやってきた。

アルンディラーノ付きのメイドは中庭の入り口で待機する為距離が出来るし、四阿の柱やすこし背の高い花たちで『外からではいることはわかるが何をしているのかは分からない』という絶妙な場所なのだ。

木製のベンチにそれぞれ座ると、カインはお手製のナップザックから金色の刺繍糸で作ったカツラもどきを取り出した。

「今日は、アル殿下探し追いかけっこをしましょう」

「アル殿下探し追いかけっこ?」

カインはカツラもどきをゲラントとクリスに手渡してかぶる様にジェスチャーする。ゲラントとクリスは元々が襟足から耳の上あたりまでは刈り上げてある超短髪なので問題なくかぶることができた。兄弟でお互いのかつらを整えあって、首を振ったりかしげたりしてつけ心地を確認していた。

剣術訓練時に着ているシャツは、剣を振るのに邪魔にならないようシンプルなデザインの物をそれぞれ着ている。お揃いというわけではないが、今日はみな白いシャツなのでパッとみただけでは同じ服を着ているようにも見える。

ゲラントとクリスは藍色の髪の毛だが、金色のカツラもどきのおかげであずま屋の中には今四人の金髪の少年がいる様になっていた。カインも少し伸びた髪を紐でくくり、頭頂部の髪の毛をその上にかぶせて整えることで短髪に見えるようになっていた。

「これで、みんな後ろからみたらアル殿下みたいになりました」

カインの言葉に三人の子どもが顔を見合わせる。クリスがそっと立ち上がってくるりと背中をみせると、ゲラントは「たしかに」とびっくりしたような顔で頷いている。

「アル殿下以外の三人でじゃんけんをして、負けた人が三十数える間に残りの三人で逃げます。追い子は、アル殿下を探してタッチしたら勝ちです。アル殿下以外の『ニセアル殿下』にタッチしたらお手つきで負けです」

「それだと、僕はずっと逃げ子だよ」

「アル殿下は、最後まで逃げ切ったら勝ちですよ。例えば、少し歩幅を大きく歩いてゲラントの真似をするとか、手すりの向こうで背伸びしながら歩いて僕のふりをするとかで、追い子を誤魔化してやり過ごすとかするんです」

カインがルールの説明をしていく。普通の追いかけっこじゃないけど、何が面白いのかイマイチ把握出来ていない三人に、カインが解説をしていく。

「普通の追いかけっこでは、王城に詳しいアル殿下が有利です。追いかけっこじゃなくてかくれんぼされてしまえば見つかりません」

そういって、アルンディラーノの顔を見つめるカイン。次に、ゲラントの顔を見つめる。

「それと、単純に追いかけっこをすればアル殿下とクリスは僕とゲラントにはまだ追いつけません」

七歳のカインと六歳のゲラントに対して、まだ四歳のアルンディラーノとクリスは普通にかけっこしたら追いつけない。逃げる側になったとしたらあっという間に捕まってしまう。

「だから、追いかけっこなんだけど、お手つき有りってルールなんですよ」

追いかける方は、追いついたところでアル殿下じゃなかったら負けてしまう。追いかけられる方もアルンディラーノは自分じゃないフリをすれば逃げ切れる可能性があるし、アルンディラーノのフリをすればクリスは捕まっても勝ちになる。

場所は、外から訓練に来ているカイン達がうろついても許される『訓練場から図書室までの間』と取り決めた。図書館は騒ぐと怒られるので入り口の外まで。

それでも、その間には中庭がいくつかあったり、回廊があって一本道では無かったりと工夫次第で逃げるルートはいくつもありそうだった。

最初にじゃんけんに負けたのはゲラントだった。ゲラントが四阿の柱に向かって数を数え始めたので皆で中庭から駆け出していく。

通りすがりの洗濯メイドや循環見回り中の騎士、貸し出し期限の切れた本を回収して戻ってきた司書見習いなどが廊下を駆けていく金髪で白いシャツの少年を目撃する。

回廊の南側と北側で同時に。

図書室前の廊下と騎士団の城内訓練場の休憩室の裏で同時に。

遅れて中庭から飛び出していく金髪の少年と、廊下の曲がり角で文官とぶつかりそうになって頭を下げる金髪の少年が同時に目撃される。

カインは、国王夫妻がアルンディラーノの行動を把握している理由が知りたかった。謁見の日の夜にイルヴァレーノが説明した通りの方法で情報収集がされているのなら、これである程度混乱させられるハズである。

来客へのお茶の用意に行き来するメイド、王城にある各執務棟と国王陛下や王妃殿下の執務室の間を行ったり来たりする文官や大臣の侍従達。いくつかある中庭を手入れするために入城している庭師や植木職人。思うよりも多くの人が出入りしている。

カイン達は、お手つきで負けたりちゃんとアルンディラーノを捕まえて勝ったりと、何回か『アル殿下探し追いかけっこ』をやって盛り上がった。ゲラントが意外とアルンディラーノの真似がうまく、シャツをふんわりと着る事で中腰の姿勢をごまかし、背を低く見せてみんなを騙した。

追っかける側になってもゲラントは『弟は背中を見ればわかるしカイン様は背が高いから間違えない』という理由で確実にアルンディラーノを捕まえていた。

そんなわけで、第一回アル殿下探し追いかけっこ大会は、ゲラントの圧勝で終わったのだった。


第一回アル殿下探し追いかけっこ大会の翌日、王城の騎士団訓練場で最初の走り込みをしている時にアルンディラーノから話しかけられた。

「今朝、おと……国王陛下と王妃殿下と朝食をご一緒できたのですよ!」

と、報告してくれるアルンディラーノの顔はキラキラと嬉しそうな笑顔で輝いていた。

「沢山お話を聞いてくださいました。昨日の昼食後は何をして過ごしたのかと聞かれたので、皆で追いかけっこをした事をお話ししたのです」

「良かったですね。変わったルールの追いかけっこだったと言いましたか?」

「うん。みんなが僕のフリをして逃げ回りましたとお答えしたら、おと……陛下は、面白いことをやっていたのだなと感心しておられたよ!」

走りながらなので、喋りながらもだんだんと息が上がってくる。カインは少し速度を落として、アルンディラーノにもゆっくりと走らせた。

「アル殿下。今は正式な場でもありませんし、ココには友人である僕とゲラントとクリスしかおりません。お父様、お母様とおっしゃって良いのですよ」

いつもいつも、アルンディラーノがお父様だかお父さんだか言いそうになって陛下と言い直しているのが気になっていた。両親との朝食での出来事なのだから、別に陛下と呼ばなくてもいいのにと思った。

「ありがとう! カイン。それでね、お父様が他にはどんな遊びを知っているのかって聞いてくれて、石はじきとか、椅子取りゲームとかの話をしてね。そうしたらお母様が、今度また同じぐらいの歳の子どもたちで集まって遊ぶ会をしましょうかってお話しになってね、それでね、それでね」

アルンディラーノがニコニコと楽しそうに、一生懸命にカインに話しかけてくる。両親と朝食の席で色々な話を出来たのがよっぽど嬉しかったのだろう。

そして、おそらく国王陛下と王妃殿下がアルンディラーノの行動を把握していた方法はイルヴァレーノが言った通りだったようだ。

昨日は、カインの狙い通りにアルンディラーノの目撃情報が多すぎたのだろう。情報まとめ係もお手上げで、あまり整理されないままの目撃情報の報告書が陛下のところまで上がったのだと思われる。

それで、朝食をともにし、実際に何があったのか確認をしてくれたのならカインの作戦勝ちである。

現に、両親に沢山話を聞いてもらったアルンディラーノはとても機嫌が良さそうで楽しそうだ。

ランニングが終わり、騎士団でルーチンワークとなっている素振りや型振りが終わった頃に、カインはファビアンから手招きされて「アル殿下探しゲームはもうするな」と注意されてしまった。

アルンディラーノが報告書の上で増殖する作戦は、その仕掛けがバレてしまった時点で意味がなくなるので、どちらにせよカインはもうやる気はなかったのだが。


それから数日経ったある日の訓練終了後。子ども四人で食事を取っている時にまたもやカインが遊びの提案をした。

「また、アル殿下探し追いかけっこする?」

よほど楽しかったのかクリスがそんな事を言い出すが、カインは笑いながら首を横に振った。

「アル殿下探しは、ゲラントが強すぎたからね。別の遊びにしよう。化石探しとかどう?」

「化石探し?」

「化石ってなんですか?」

王宮や王城は石造りの部分とレンガ造りになっている部分がある。そのうち、石造りの部分に時々化石が見える場所がある。

これは、前世の動画配信者仲間に『ホテルの石壁の化石探し』という趣味を持つ人間がいて知ったことだ。その人がサブチャンネルで『屋内化石探検チャンネル』というのをやっていた。淡々と紹介だけしていくという動画だったので、BGMとして良くダラダラと流していた。彼によれば大理石や石灰岩に化石の断面図が見える事があるらしい。

カインは剣術訓練とその後の昼食で王宮内をうろつくうちに、いくつかの化石を見つけていた。この世界にも化石はあるんだなとそれを見て思っていたところだった。

「化石というのはですね……」

昼食を食べながら、化石について簡単に子どもたちに説明する。カインも学術的に詳しいわけではないので、はるか昔の生き物が石に閉じ込められて石になったぐらいの説明でお茶を濁した。

いい加減なカインの説明にも、アルンディラーノ達はわくわくした様子で聞き入っていた。早く見たいと一生懸命昼食を食べようとするが、アルンディラーノもゲラントとクリス兄弟も育ちが良いのでがっついたりせず行儀よく急いでパンやスープを食べていた。

「化石は逃げないから。ちゃんと良く噛んで食べてくださいよ」

カインはアルンディラーノの口の端をナプキンで拭いてやりながら、笑って注意した。

行儀よく食べつつもいつもよりほっぺたを膨らましてモグモグしている子どもたちはとても可愛らしかった。


埃っぽい通路も通るからとみんなでタオルを頭に巻いて、シャツの袖もまくって準備万端。まずはカインが見つけてあった化石をみんなで見た。

「これが、化石です。巻き貝だね」

カインが黒い大理石の一部を指差すと子ども三人が顔を寄せて覗き込む。ゲラントがクリスを前にだして見えやすくしてやっているのが微笑ましかった。

「これが、巻き貝?」

「建物の壁にするために切り出した時に半分に切られちゃったんですね」

「あ、断面になっているんですね」

「そうそう」

「ここが貝の入り口でー」

「だんだんねじって細くなってるね!」

アルンディラーノとクリスが壁の化石を指でなぞりながら、貝の形をお互いで解説しあっている。

「他にも、周りの石の色と違う部分があったりすれば化石の可能性があります。さ、手分けして壁や床の化石を探しましょう。一番沢山見つけた人が勝ちですよ」

パンパンとカインが手を叩くと、しゃがんでいたアルンディラーノとクリスがピョコンと立ち上がった。一時間ほど後に中庭に集合し、それぞれが自分の見つけた化石にみんなを案内しながら数を数えるというルールにした。

頭にタオルを巻き、腕まくりをした子どもたちが廊下の飾り棚の下や柱の陰、飾られている甲冑の裏などに入り込み、しゃがんで床を撫でたりしている様子は、忙しく行き来する大人たちの目には入りにくいものだった。その見た目が城の修繕をしている職人や中庭を手入れしている庭師にも似ており、廊下の端にしゃがんでいたり中庭との境目で床に腹ばいになっていたりする姿は遠くからは子どもか大人かパッと見では分からない事があるのだ。そもそも、王太子ともあろう人物が、床に這いつくばっているだなんて誰も思わない。王城を行き来する大勢の大人たちは、アルンディラーノを目撃しているにもかかわらず、アルンディラーノであると認識できないでいた。

一時間後に、四人揃って壁を見たり床を見たりする姿が目撃されるまで、アルンディラーノに関する目撃情報は極端に少なくなっていた。

翌日の剣術訓練前のランニングで、アルンディラーノがまた両親と一緒にお話が出来たと楽しそうに報告するのを聞いて、カインは良かったですねと頭を撫でてやったのだった。

報告書は当てにならない。息子の様子は会話で直接確認したほうが良い。アルンディラーノの両親がそう考えるまで、カインは時々変な遊びを提案しては子どもたちと城の中で遊ぶつもりだった。