我慢をするなと言っただろう
カインに、王城での剣術訓練が休みになるとの通達が届いた。
それと同時に、アルンディラーノが公爵家に遊びに来るとの連絡も届いた。
最初にカインが遊びに来てくださいと言ってから二週間も経っていた。
時間がかかったのは、アルンディラーノの都合がつかなかったからではなく王妃殿下の都合がつかなかったせいだという。
別にアルンディラーノが遊びに来てくれれば、王妃殿下は来なくていいのにとカインは思ったが、当初の予定通りアルンディラーノとカインの友情をダシにして王妃殿下がエリゼと遊びたかっただけらしい。
一度でも王子だけで遊びに出かける前例を作ってしまえば、もう忙しい王妃殿下がわざわざ付いていく必要ないじゃんって話になってしまうのが、嫌だったんだそうな。勝手な話である。
最初はみんなでお茶でも飲みながらカルタでも、と言われていたが「男同士の話があるから」とカインはアルンディラーノを連れて自室へと引っ込んだ。
だったら女子会ね、と王妃殿下とエリゼとディアーナはサロンに残っていた。ディアーナはカインについていきたがったが、王妃殿下がディアーナと遊びたがったので許されなかった。
「ようこそアル殿下。そしてヴェルファディア副団長」
「お招きありがとう、カイン」
「私は本日は護衛任務なので、
部屋に入ると、カインはアルンディラーノと副団長に席を勧めたが、副団長は
「案山子さん。今日は内緒の話をするので、聞いた話は他言無用におねがいします」
「最近、訓練に身が入っていないと思っていたんだ。国家転覆をはかるような話でなければ、口外しないと誓おう。憂いを除き、明日からの訓練に備えてほしいと願うよ」
副団長はニヤリと笑ってそう言うと、真顔に戻ってまっすぐ前を向いた。
子ども二人にはもう興味ありませんよというアピールだろう。
カインは改めて隣に座るアルンディラーノに向き直り、いきなり本題をぶつけることにした。
「それで、デディニィさんとはどこで知り合ったの。詳しく」
「え……えっと……」
しどろもどろと話すアルンディラーノの話は主観的で、思い出した順に話すものだから時間軸が行ったり来たりしてわかりにくかった。
まとめると、国王陛下の公務が早めに終わって帰城したと聞いたので、父親に会おうと回廊を走っていた時に転んだアルンディラーノは、王子のくせにと叱られないようにと泣くのを我慢して立ち上がったところ、デディニィさんに見られてしまっていたのだそうだ。
走ってはいけませんとか、走るから転ぶんですよとか、親子と言えど会うならば予約を取りなさいとか、叱られると思ったアルンディラーノは怖くなって立ち尽くしてしまったのだが、デディニィさんは「ひとりで立ててえらいですね、転んでも泣かないなんて強いですね」と褒めてくれたのだそうだ。
剣術を頑張っている姿をみてもらえたら、また褒めてもらえるかもしれない。そう思って、デディニィさんの姿を見かけると頑張ってしまい、気が付いてもらいたくて声が大きくなってしまっていたのかもしれない。と、アルンディラーノは語った。
それを聞いて、カインは頭を抱えた。
アルンディラーノの初恋を
(アルンディラーノが求めてんのは母ちゃんじゃねぇかよ)
やっぱり、親の愛が足りてない。もしくは、親の愛の方向と子どもが欲しい愛の方向がズレている。
「アル殿下。やはり、サロンに戻って王妃殿下とカルタ遊びを一緒にしますか?」
母親と一緒にいたいのであれば、引き離さず一緒にいればよかったとカインは反省した。表向きは自分と王太子が遊ぶ約束をした事になっているが、王妃殿下も一緒に来たのだから親に甘えるチャンスなのだ。
「いや……。おか……母上は公爵夫人とのおしゃべりを楽しみにしておられました。それを邪魔するのは申し訳ないよ……。僕はカインと遊びたいし」
「前にも言いましたが、我慢をしてはいけません。自分が我慢をすればみんなうまくいくなんて考え方は捨てるんですよ」
「カイン、でも」
ガツッとアルンディラーノのほっぺたを挟み込み、顔をのぞき込む。一瞬アルンディラーノがビクリと肩を揺らした。頭を挟んで炎の魔法を使われそうになったのを思い出したのかもしれない。
カインは、両手をムニムニと動かしてアルンディラーノの柔らかいほっぺを揉みしだいた。
「デモもストもないっ。我慢しなくてよい工夫をしろよ。親が仕事で忙しいっつうんなら、仕事についていけないかを考えろ。お前は王子なんだから、仕事によっては連れて行ってもらえるかもしれないだろ。イルヴァレーノ!」
カインは、アルンディラーノのほっぺたを揉みながら、副団長のさらに後ろに控えていたイルヴァレーノに声をかけた。
「なんでしょう、カイン様」
「王族のスケジュール表を執事から貰ってきてくれ」
イルヴァレーノは静かに部屋を出ていくと、一枚の紙を持ってすぐに戻って来た。
王族は、スケジュールをある程度公開している。外交や領地への視察、福祉関係の施設への慰問などの主に王宮を離れるスケジュールは明かされていて、王族への謁見を望む貴族はそのスケジュールを参考に外出の予定を避けて謁見希望を申し込んだりする。
もちろん、掲示板などを使って庶民にも広く公開されているので、外出スケジュールに住んでいる地域の名前があると、一目国王陛下や王妃殿下を見てみたい地域の住民が集まってきたりするらしい。
イルヴァレーノから王族のスケジュール表を受け取って上から眺めていくカイン。極秘の仕事や個人的な謁見についてはいちいち書いていないが、かなりスケジュールは埋まっていた。
こんなに忙しければ、子どもに構う暇なんか確かにないだろう。
「これだな。アル殿下。今日の帰りの馬車でこの予定についていきたいと王妃殿下にお願いしてみてください」
カインが指をさしているのは、孤児院への慰問と庶民向けの民間学習施設の視察だった。
サロンへ合流しないのであれば、アルンディラーノが母親に願いを伝えるのはもう帰りの馬車の中ぐらいしかない。おそらく、城に戻ったらすぐわかれてしまうだろう。
「お願いして、おか……母上は困らないだろうか」
「仕事をしたいというんですから、問題ありません。デディニィさんじゃなくて、ちゃんと王妃殿下に褒めてもらいましょう」
「お母さまが、褒めてくれる?」
期待に満ちた目で、カインを見てくる。
もちろん、仕事についていっただけで褒めてくれるような親なら通りすがりのお姉さんに褒めてもらおうなんていう寂しい子どもになっていなかったに違いない。
カインには、この仕事について行った先でアルンディラーノを見直させる作戦があった。今思いついた。
「大丈夫です。アル殿下次第ではありますが、褒めてもらえるようお手伝いいたします」
ちらりとイルヴァレーノを見て、そして副団長を盗み見る。
相変わらず、まっすぐ先を見つめていて足元にいるカインとアルンディラーノは視界に入れていない。最初に言った通りに案山子に徹しているらしい。
が、耳はふさがれていない。カインの作戦は、ここで話すわけにはいかない内容だった。副団長の言う『国家転覆を狙う』と思われかねない内容が含まれているからだ。
アルンディラーノが「母上にお願いしてみる」とうなずいた時、コンコンとノックの音と同時に扉が開いてディアーナが部屋に入って来た。
「あっちつまんない! お兄さま遊んでくださいませ!」
小さな侵入者に、さすがの副団長も体勢を崩して視線を動かした。イルヴァレーノも思わずドアの方に顔を向けている。
ほっぺたを挟まれて顔が動かせなかったアルンディラーノだけが、とろけるような笑顔を浮かべたカインの顔を見ていた。