途方にくれて二人を眺めることしかできないクライスとイルヴァレーノ。

執事やエリゼも騒ぎを聞いて駆けつけてきたが、やはりその珍しい状況をみてしばらく立ち尽くしたのだった。


授業が中止になり、目に濡れタオルを乗せて部屋のベッドに横になっているカイン。

「で?」とそのままの体勢でベッドの脇に立つイルヴァレーノに発言を促す。

「ディアーナ様に『下手くそ』とは言っていないようですね。ですが、カイン様と比べるような発言は度々あったみたいです」

「そうか」

「そういえば、という後出しになって申し訳ないんですがイアニス先生も『ディアーナ様とカイン様はちがいますもんね。ディアーナ様はディアーナ様のペースで勉強していきましょう』という発言をなさることがありました。その時は、そりゃそうだとしか思わなかったんですが……」

「セルシス先生やティルノーア先生は?」

「カイン様と違って色彩センスがありますねとディアーナ様を褒めていた。とハウスメイドが言っていました。ティルノーア先生は『カイン様と違って初々ういういしくてすばらしい! そうやってちょっとずつできるようになっていくのが見たかった!』と叫んでいたのをやっぱりハウスメイドが……」

「そうか」

おそらく全員、悪気があっての発言ではないのだろう。セルシスに関しては完全にディアーナを褒めているだけだ。むしろ、カインの色彩センスをけなしているとすら受け取れる。

しかし、カインと比べるような発言も積み重なっていけば「カインより劣る」と言われているように感じても仕方がないのだろう。

おそらく、誰もディアーナが出来の悪い子だなんて思ってはいない。ただ、ずっとカインの教師をしてきた後にディアーナを教えることになったせいで「普通の子ってこんなだったねそういえば」と思い出してしまったのだ。

結果的に、「カインより劣る」という発言になってしまう。決して、ディアーナを貶している気持ちはないのだろうが、それがディアーナを傷つけたのだ。

アラサー記憶を持ってスタートしている幼児期のカインが出来すぎなのであってディアーナは何にも悪くない。

「大人ってしょうもないな……」

カインはぼそりとつぶやいた。

そういえばそうだよな、とカインは思考する。

乙女ゲームであるド魔学は「心に隙間や闇のある男の子が心優しい主人公と知り合い、心を癒されることで惹かれていく」というストーリーなのだ。攻略対象者は心に闇を持っていなければならないのだ。

そんな彼らの生活環境や家庭環境がまっとうなわけないのだ。

会えば可愛い可愛いと抱き上げ頭を撫でるカインとディアーナの両親も、実際の教育の進捗には興味が薄かったり、食事はなるべく一緒に取ろうとしてくれているが行楽に行ったり馬に乗せてくれたりといった遊びを一緒にしてくれることはなかった。

母エリゼは、刺繍や押し花などの淑女のたしなみを教えるためにディアーナと一緒にいる事は多かったが、カインの様に本を読んでやったりなぞなぞやしりとりで遊んだりしているところは見たことがなかった。

愛されていない訳ではないんだろうが、片手間に愛されている感じはある。

おそらく、アルンディラーノとその両親も似たようなものなのかもしれない。いつも昼食を一人で食べている姿を思い出す。

まだ出会えていない他の攻略対象者たちも、今まさに心に闇の種を植えつつあるのかもしれない。

そのすべてを救うなんていうのは烏滸おこがましい願いかもしれないが、皆が心健やかに育てばディアーナと決別したところで酷い目に遭わせようなんて思わないかもしれない。

ディアーナより主人公ヒロインを選んだとしても、穏やかなフリ方をしてくれるかもしれない。

「あー……。どうすっかなぁ」

濡れタオルで視界をふさがれているカインのつぶやきを、イルヴァレーノが難しい顔で聞いていた。