剣術指南

カインは、げんなりした顔をして王城内にある騎士団訓練場の前に立っていた。

同じく王城内にある法務棟に向かう父と同じ馬車に乗って来て、途中で降ろされたのだ。今日はここで、剣術を習うことになっている。

アルノルディアとサラスィニアから隙間時間に剣術を習っていると言ったら、じゃあ本格的に剣術を始めるか? と父に言われ、講師を雇ってくれるのかと思って頷いたところ、近衛騎士団の訓練に放り込まれる羽目になってしまった。どうしてこうなった。

「カイン・エルグランダーク様ですね? お待ちしておりました。さぁ、こちらへどうぞ」

訓練場の中からひとりの騎士が小走りにやってきて、カインに一礼する。子どもであるカインを様付けして呼び丁寧にお辞儀をするあたり、爵位があまり高くない家の出身なのかもしれなかった。

「教えを請う身です。どうか、カインとお呼びください。敬語も結構です」

そういって見上げれば、「そうかい? 助かるよ」と軽い口調が返ってきた。カインとしてもその方が気安い。なにせこちらは子どもなんだから。

「今日はよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げれば、騎士はこちらこそと返して先を歩き出した。

行く道すがら、ここは近衛騎士の日常の訓練場であること、騎士団全体の訓練場は王都の郊外に大きなものがあることなどの話を聞いた。

そうして訓練のメイン会場であろう広場にくると、視界に見覚えのあるモノが入ってきた。

その見覚えのあるモノが手を振りながらこちらに向かって走ってくるのを見て、父の思惑を理解したのだった。

「カイン! 一緒に訓練するの楽しみだったよ!」

金色の髪の毛をふわふわと浮かせながら、アルンディラーノ王太子殿下が満面の笑顔で駆け寄ってきたのだった。

(なるほどね! 王太子殿下と接点を持たせようとしたわけね! 大人って汚い!)

「王太子殿下とご一緒できるなんて、光栄です」

しつけ担当の家庭教師サイラス先生の教えの賜物。心の中が荒れていても、にこやか貴族スマイルで挨拶をこなせる自分に拍手喝采をするカインであった。

騎士団といえどもその訓練内容は意外とシンプルで、まずは走り込みから始まった。

毎朝毎夕の約十キロずつのランニングを日課にしているカインは難なく付いていくことが出来たが、アルンディラーノは無理だった。

騎士達も王太子に無理をさせるわけには行かないのか、「初日ですし」といって一周目でへばったアルンディラーノを木陰で休ませていた。

その後は刃をつぶした模擬刀での素振り。カインとアルンディラーノは体格に合ったサイズの木刀を持たされて、頭上に持ち上げて振り下ろすという動作を繰り返した。

カインは前世の学校で少しだけ習った剣道を思い出したが、ステップを踏みながら打ち出す文化はこちらでは無いようだった。素振りに関しても、アルンディラーノは五分ほどでもう手が上がらないよぅと泣き言を言い出し、また木陰で休んでいた。

「おや。カインは誰かに剣を習ってるのかい?」

「家の警護に当たっている騎士に、少しだけ見てもらっています」

騎士達が実戦形式の打ち合いを始めるに当たって、カインを入り口まで迎えに来てくれた騎士がカイン達に基本の型を教えてくれることになった。そこで、カインが木刀を振る様をみていた騎士が剣の扱い方にクセがあることに気が付いたのだ。

「あぁ、エルグランダーク公爵はネルグランディ辺境伯だったね。では、その騎士もネルグランディの騎士だね」

「はい。領地の騎士団から警護の人員をお借りしていますので」

「あちらは国境警備の意味合いも強いし、熊や猪などの害獣駆除や、魔獣討伐なんかも仕事のウチらしいね」

田舎剣法だと馬鹿にされるのだろうか? とカインは続く言葉に少し警戒した。騎士は、少し硬くなったカインの気配に苦笑すると手を横に振っていやいや、と言葉を続けた。

「実戦に近い所で戦うもの達は『次につながる』動きをするんだ。振り下ろして、また持ち上げて振り下ろす。ではなくて、振り下ろしたらその勢いのまま後方に横薙ぎして刀をまた頭上まで持ってくる……みたいな。型と型が繋がるように作られていると言うか……」

「はい」

「対して、我々近衛騎士の主な仕事は要人警護だし、王都の騎士団も街の治安維持が主な仕事だから、都市型の戦闘を想定しているんだよね。なので型はコンパクトで直線的になる。どちらが良いとか優れているという話ではないんだよ」

「なるほど。剣術といってもすべて同じでは無いのですね」

「そうそう。それで、カインの剣筋にそういうクセが見えたんで聞いてみただけだよ」

無理に矯正する必要は無いけれど、都市型の方がクセが少なくスタンダードなので近衛騎士団に交じって訓練するときは近衛騎士団のやり方で練習していこう。と言うことになった。

型を意識した素振りをしばらくしていると、それじゃあ打ち込んでみるか! と言われて、騎士が構える模擬刀に向かって木刀を振る訓練に移った。

右に、左にと構える場所を次々に変えていく騎士に対して、カツンカツンと木刀を振りかぶる。

流石に腕がしびれてきた頃に「止め」の号令が掛かった。

「午前の訓練を終了する! 各自昼食後は持ち場につくように!」

「はっ!」

流石、栄光の近衛騎士団である。号令に対する返事がきっちり揃っていてカインも思わず一緒に敬礼してしまった。

「じゃあ、カイン。次に来た時はいきなりこの広場まで来て、俺の名前を告げると良い。陛下より話は通っているので、いつでも練習に参加してくれて構わないから」

ずっと訓練につきあってくれていた騎士が、ニコニコと頭を乱暴に撫でながらそう言ってくれた。

「お名前を伺っていませんでした。なんとお呼びしたらよろしいでしょうか?」

「ああ、俺はファビアン・ヴェルファディアだ。近衛騎士団の副団長をしている。ヴェルファディアは言いにくいだろ? ファビアン副団長って呼んで良いぞ!」

「ファビアン副団長ですね。副団長に剣を教われて光栄です」

(近衛騎士団副団長のヴェルファディアって、聖騎士ルートの攻略対象、騎士見習いのクリス・ヴェルファディアの父ちゃんじゃんか!)

ゲームのド魔学での聖騎士ルートは、皆殺しルートに次いで最悪のルートなのだ。なにせ、ディアーナが死ぬ。その他のルートでは、ディアーナは不幸になるものの死んだりはしない。

学生であり、騎士見習いであるクリスはヒロインに相応しい人間となるために聖騎士になりたかった。聖騎士と認められるためには功績が必要で、そのために魔の森に赴き魔獣を倒そうと考えていた。しかし、魔の森で出会ったのは魔獣ではなく魔王の魂で、クリスとヒロインの仲を邪魔するために付いてきていたディアーナはその魔王の魂に取り憑かれ、体を乗っ取られてしまう。魔王となったディアーナからヒロインを守るため、クリスは魔王となったディアーナを倒し、その功績で聖騎士となり、無事にヒロインと両思いになりハッピーエンドとなる。

その、ディアーナの仇とも言えるクリスの父親が目の前に立っているのだ。

カインは、礼儀正しくお辞儀をしながら内心で動揺していたのだった。

騎士団に交じっての剣術訓練が終わったらさっさと帰りたかったカインだが、アルンディラーノがどうしてもと袖をつかんで離さなかったので昼食を一緒に取ることになった。

以前、仲直りのお茶会で案内された食堂に通されて、二人で並んで座る。給仕係りがやってきて食事をテーブルに並べて去っていった。

なんで並んで座るのかとカインが聞けば、向かい合わせでは遠くてお話が出来ないから、とアルンディラーノは答えた。

王太子殿下との昼食なので、国王陛下か王妃殿下と同席するのかと緊張していたのだが、どうやらこのまま二人きりで食事をするようだった。

「今日の糧を神に感謝いたします」

「今日の糧を神に感謝いたします」

この世界での『いただきます』を言って、パンを手に取る。特にふわふわでも焼きたてでもなかったが、ドライフルーツが入っていた。

「カインお兄様。たくさん走れてすごいね」

「カインで結構です。お兄様はやめてください。殿下」

「そうしたら、カインも僕のことアルって呼んでくれる?」

「……アル殿下」

「カインはなんであんなにたくさん走れるの」

「毎朝と、毎夕に邸の周りを走ってるからですよ。いつもやっていることだから、今日も出来た。それだけのことです」

「僕も、毎日走ったらたくさん走れるようになるかな」

「そうですね。きっと出来るようになりますよ」

野菜のたくさん入ったぬるいスープを飲んで、ちぎった葉野菜を盛りつけたものをフォークで刺して口に運ぶ。

「今日は、お一人で昼食の予定だったのですか?」

「お昼ご飯はいつも一人だよ。父上も母上もお忙しいのでご一緒できるのはたまになんだよ」

「そうですか……」

「こないだの、カインとディアーナと一緒に食べたときは楽しかったね! お客様がいる時は母上とも一緒にご飯が食べられるからうれしいな」

また遊びに来てね、とニコニコした顔でアルンディラーノは言う。

エルグランダーク家では、母と三人で昼食をとる。ディアーナが離乳食の頃は乳母も一緒に食卓に着いていた(それでもカインが離乳食を食べさせていたけど)。

母が不在の時は、執事がイルヴァレーノも一緒に食べても良いと許可を出して三人で食べたりもしていた。まだ四歳のアルンディラーノがひとりで食事をするのを想像すると、とても寂しい気持ちになった。

一生懸命、ご飯を食べていけと言った気持ちが少しわかった気がする。

「カインは次はいつくる? 明日? 毎日くる?」

「明日は来ませんよ。他の勉強もありますし、ファビアン副団長のご都合も有ります」

毎日王城まで剣術訓練を受けにきて毎日昼食につき合っていたら、ディアーナ分が足りなくなってしまう。アルンディラーノの境遇に同情もするし、ディアーナやイルヴァレーノのように悪役令嬢化ルートから外れるように矯正したい気持ちもあるが、とにかくディアーナとの時間が減るのがカインにはたまらなくツラいのだ。

「アル殿下も、剣術以外の勉強があるでしょう。きちんと満遍なく学ばないといけませんよ」

「うん。他のお勉強もがんばるからまた遊びに来て」

「はい。また、来ます」

なんでこんなに素直な子が、ウチの可愛いディアーナをおっさんに下賜するなんてゲスなことする人間になってしまったんだろうかと、カインは不思議でたまらなかった。同じ四歳でも、言葉や話し方はディアーナよりもしっかりしているし聞き分けも良い。賢い子なのだろう。

イルヴァレーノがたった一つの優しい思い出をよすがに殺し屋稼業を続けて心を闇に染めたように、アルンディラーノにも語られていない過去があったのかもしれない。心がねじくれるような何かが。婚約者がいながらも、天真爛漫な女の子に心引かれるような、何かが。

食事も終わり、寂しそうな顔をするアルンディラーノに別れを告げて帰路を歩くカイン。何とかしてやりたい気はするが、相手が王族の跡取り息子とあってはなかなかに手が出せるものでもないのはわかっている。

「坊ちゃん、歩いて帰ってきたんですか!?

「お城で馬車呼んでもらってくださいよ! バッティが今か今かとスタンバってたのに!」

アルノルディアとサラスィニアに声をかけられて、カインは初めて家まで帰ってきていた事に気が付いた。

その日の夕飯での出来事。定時で帰宅したディスマイヤも揃っての食卓は和やかで楽しい時間だった。ディスマイヤからカインに向けた言葉が出るまでは。

「明日から、午前中は毎日王城に行って剣術訓練に交ざりなさい」

「出来ません。他の勉強が滞ってしまうではありませんか」

「そもそも、学園三年生修了程度まで進んでると聞いているぞ。三年生って十四歳だぞ。ペースを落としても良いだろう」

「何を言うのですか。学びは深遠です。やってもやっても満足だという事などありませんよ。人は生涯学習し続けるべきです」

「今はそういう話をしているのではないよ」

近衛騎士から、しかも副団長から直接剣術を習えるのは魅力のある話だ。戦う力はいくらあってもありすぎるということはない。

皆殺しルートと先輩ルート(つまり、カインルート)はもはや潰したと言って良い状態だが、まだ油断できない。聖騎士ルートが残っている。聖騎士ルートはディアーナが魔王の魂に乗っ取られて魔王化し、ヒロインと騎士見習いに倒されるというシナリオだ。それっぽい話がでたときに付いていって魔王を倒す力があればディアーナを救える可能性があるので、戦う力は喉から手がでるほど欲しい。家庭教師に魔導師をお願いして魔法を習っているのもそのためだ。

集中的に騎士団副団長から剣を習えるのは、この上ないチャンスなのは解っている。カインはちゃんと解っているのだが。

「ディアーナと一緒にお昼ご飯食べられないじゃないですか! 家で勉強していれば休憩時間にもディアーナに会えるのに王城の訓練では休憩時間があってもディアーナに会えないじゃないですか! 顔を見ることも後ろ姿を見ることも出来ないじゃないですか! ディアーナが僕のことを忘れたりしたらどうしてくれるんですか! 僕とディアーナの時間を奪ってどうするつもりなんですか! 僕が剣術を磨いてる間に僕に奪われた親子の絆を取り戻すおつもりですか! 僕からディアーナを奪ってどうしようと言うのですか! 僕に剣術を極めさせて領地の国境警備に飛ばすおつもりですか! そうやって僕とディアーナの仲を裂くつもりですね! そうはさせませんよ!」

当主には、未成年の嫡子がいくら吠えてもかなわないのが世の常である。カインの訴えもむなしく、しばらくの間は朝から王城に通う事が決定したのだった。


【本日のディアーナ様】

今日はイアニス先生の授業の日でした。

前回から引き続き加算と減算を習いました。ディアーナ様は指を使わずに十までの計算が出来るようになりました。

イアニス先生に褒められてとてもうれしそうでしたが、頭を撫でるよう強要してイアニス先生を困らせていました。

お昼ご飯は奥様とご一緒にとられたようです。僕は使用人部屋で食べたので昼食時の様子はわかりません。

イルヴァレーノ


自室の机の上に置いてあった手紙を読んで、カインは身もだえていた。

午前中騎士団に訓練を付けてもらってる間のディアーナの様子を報告するようにとイルヴァレーノに厳命しておいたのだ。イルヴァレーノは面倒くさそうな顔をしていたが、大好物の皿をひっくり返してしまった時のディアーナのような悲しい顔をカインがしていたので、簡単で良いのならと引き受けたのだった。

「あぁぁああぁぁ! ディアーナをほめたい! おてて使わずに計算できるようになって偉いねって頭撫でたい! まだ四歳だよ!? ディアーナはまだ四歳なのに足し算出来るとかマジすごくない!? ねぇ。これ本当にほめすぎってこともなくほめるべき案件でしょうに何でその場に俺はいなかったのかなぁぁぁ!? その時俺は一体何をやってたんだって話だよ! アル殿下をほめてたんだよ! なんでよその子ほめてるんだよその分ディアーナをほめたいよおおお! 計算できた時のディアーナのドヤ顔が見たかったよおおお」

「カイン様、顔」

「うははは。カイン様のディアーナ様ラブっぷりは相変わらずッスね。ほら、ディアーナ様に『おにいさますごーい!』って言われるためにも魔法頑張りましょう~」

ディアーナ不足を嘆くカイン、その崩れた顔を注意するイルヴァレーノ。

そこに、魔法を教えているティルノーアが部屋に入ってきた。

「ティルノーア先生。部屋に入る前にノックをしてください」

「ボクとカイン様の仲だもの。さて、今日から君も魔法やるんだよね。張り切ってやってこーね!」

イルヴァレーノの注意を受け流して、ティルノーアはグッと握り拳を突き出してきた。どういうことだという顔でイルヴァレーノはカインを見るが、カインも首を傾げている。

「あっれぇ? なんか、カイン様と執事さんからイルビーノ君にも魔法習わせたいって言われたよ~んって公爵様が言ってたよ」

「よ~んとは言わないですよね。お父様は……」

「まぁ、そんなわけで今日からイルビーノ君も魔法やってこ! ゆくゆくは魔導士団はいろ!」

「イルヴァレーノです」

「そうか! 魔法使う上で名前は大事だもんね! でも言いにくいねぇ。イル君でいい?」

「……好きにしてください」

「そしたら、カイン様は魔術理論ね~。火と風と水を一応極めてるから~。次は土とか行っとく? 火と風の複合魔法の爆裂系か、風と水の複合魔法で氷結系とか行っちゃう~?」

ドサドサと魔術理論の本をローテーブルの上に載せていくティルノーア。それぞれ属性ごとの分厚い理論書だ。

カインはもう魔法の基礎が出来ているので、新しい魔法を覚えるときは理論書を読んで魔法の理屈を理解すればある程度使えるようになる。使えるようになれば、後は反復練習で威力向上を目指す事になる。

「好きなの始めちゃって! 解らないところが出てきたら質問してね! お勧めは土! 土魔法使えるようになると、風との複合魔法で転移魔法にチャレンジできるからね!」

そこまで一気にしゃべると、ティルノーアはくるりと体を回転させる。藍色のローブの裾がひらりと花のように広がった。

「イル君! イル君! イル君は初期の初期からね! ボクねぇ~、このねぇ~、魔法出来ない子が出来るようになる瞬間! ってのを見るのが大好きでねぇ~。魔法の家庭教師もっとやりたいんだけどねぇ~。面接で落ちちゃうんだよねぇ~。また新しい子教えられるの嬉しいなぁ~。カイン様は優秀過ぎてもうつまんないんだよねぇ~。カイン様もねぇ、最初に魔法使えた瞬間はねぇ、飛び跳ねて喜んで可愛かったんだけどねぇ。もう、勝手に本読んで勝手に使えるようになっちゃうしねぇ。つまんないねぇ。さっ! じゃあまずは自分の魔力を感じるところから始めよっか! 手ぇ握ろっ! ね!」

一気にしゃべって一気に距離を縮めてくるティルノーアにたじろいでいるイルヴァレーノを横目に、カインはテーブルに積まれた本を一冊ずつ手にとってパラパラと中を流し読みする。

力を得るためには複合魔法を始めた方がより強力な攻撃手段を手に入れられるが、土魔法と風魔法で転移魔法が使えるとかティルノーアが言っていたのが気になっていた。

転移魔法は、ゲームのド魔学には出てこなかった魔法なのだ。もちろん、ゲームではカインの得意魔法は氷魔法だった。シナリオ内では水も風も使っていなかったし、二属性の複合魔法という情報は特に出てこなかった。

魔法を使うための呪文はゲームと一緒なんだけどなぁと、カインは頭を掻いた。

ゲームでは、レベルをあげてスキルアップすれば魔法は勝手に覚えられた。主人公ヒロインは、珍しい聖属性が得意で治癒と魔物の浄化に関する魔法とバフ系の魔法を覚える。

……覚えるが、乙女ゲームなのであまり披露する場面はなかった。

聖騎士ルートと皆殺しルートぐらいしか使いどころがない。同級生魔導師ルートでは、全く魔法を使う場面がないものの魔法スキルを上げておかないと好感度が上がらないという仕様だった。カインが前世で『無駄な作り込み』と実況していた部分だ。

なんにしても、転移魔法が使えればいざという時にディアーナの下に駆けつけられる。どこにいてもディアーナのそばに帰ってこられる。

ならば、次に修得するのは土魔法しかない。カインは土魔法の理論書を手にとって、学習机に向かったのだった。


王城に出向き、近衛騎士団の訓練場で剣術指南をうけるカイン。

地方癖は付いていたものの、基本は出来ている状態だったので時折本職の騎士に打ち合いをしてもらったりしていた。体格差があるため、ほとんどはアルンディラーノとカインで打ち合っていた。

副団長がいない日は、交代で誰かがそばで見ていて、問題があればその都度指導してくれる。

「やぁぁー!」

アルンディラーノが声を張り上げて、カインの構えた木刀めがけて打ち込んでくる。それはガツッと良い手応えで、カインの手のひらが少ししびれるぐらいだった。

カインは、アルンディラーノが時々いやに大きな声を出し、振りが大きくなる瞬間があることに気が付いていた。アルンディラーノは、午前中いっぱいの訓練をちゃんとこなすために体力を配分する事を覚えていた。打ち込みも型を体に覚えさせるための反復練習であることを意識して、ある程度肩の力を抜いてやっていた。

それなのに時々、突然大きな声を出すことがある。何だろうとカインは思っていたが、その理由が今日わかった。訓練場近くの回廊を、特定の女性が通りかかった時に声がでかくなるのだ。なんだよ思春期かよはえーよ。とカインは思った。

「アル殿下。それは男らしくありません」

「え! 何。カイン突然なにを言い出すの」

構えていた木刀を下ろし、杖のように突いてやれやれと首を横に振るカイン。突然何を言い出すのかと慌てて目を丸くし、周りをキョロキョロと窺うアルンディラーノ。

カインはちょいちょいと小さく手招きし、打ち合い用に取っていた間合いを詰めさせた。

「大きな声をだして注目を集め、視線が来たときだけカッコつけて、あわよくば向こうから声をかけてもらおうというのは、あまりにも情けないですよ、殿下」

コソッと耳元でカインがそうささやくと、アルンディラーノの顔は真っ赤になった。半分涙目になって必死に何か言い訳をしようとするが、うまく言葉が出てこないようだ。

「空色のドレスの方ですか? 若草色の方ですか? どちら?」

チラリと回廊に視線をやり、そこを歩いていく二人組の女性の特徴を告げて問う。アルンディラーノはうつむいて、もじもじしたままごにょごにょと何かを言っていたがカインには聞こえなかった。さらに聞き出そうとしたところで、様子を見にきた騎士にサボるなと叱られたので仕方なく訓練を再開した。せっかく良いところを見せようと思っていたのに、逆に騎士に叱られているところを見られてしまったアルンディラーノはばつが悪そうな、それでいてふてくされたような顔をして素振りをしていた。

その後、時間終了まで黙って訓練をこなし、昼食の時間になった。

汗を拭いて上着だけ着替えると、食堂に案内されてアルンディラーノと二人で食事をとる。

騎士団訓練場に通い始めてから数日経つが、国王陛下や王妃殿下が昼食の席に来たことはなかった。

「さ、では恋バナをしましょうか。アル殿下」

「こ、コイバナってなんだ」

「恋の話。略して恋バナですよ。訓練場側の回廊を歩いていた女性二人、どちらが殿下の好きな人ですか?」

「すっ! ススス、好きとか嫌いとか! そういうお話じゃないよ!」

相変わらず、ぬるくて野菜に火が通りすぎているスープと焼きたてでもふわふわでもないパンと、ちぎった野菜を盛っただけのサラダがテーブルに並んでいる。

カインはパンを手でちぎって中をみる。今日は刻んだりんごが入っていた。リンゴパンを口に入れてスープで流し込む。

食堂の壁際にメイドが二人立っているが、マナーが悪いともなんとも声をかけては来ない。ただ、立っているだけだった。

「でも、気を引きたかったんでしょう? 昨日もその前も、あの二人が通りかかる時ばっかり声を張り上げていましたからね」

「シー! シー! カイン、シー!」

アルンディラーノがカインの口を小さな両手で一生懸命塞いでくる。見た目は小さい幼児の手なのに、剣術訓練のせいで少し皮膚が硬くなっていた。

壁際のメイドをチラリと見ると、上目遣いの困った表情でカインを見上げてくる。

「内緒だよ。若草色のドレスの人、デディニィさんていうんだ」

「若草色のドレスの人ですね」

カインは心の中でデディニィさんと三回唱えた。人の名前を覚える為の前世からのカインなりの儀式である。

アルンディラーノの初恋がディアーナより先にあるのなら、そこをくっつけてしまえばよいのだ。そうすれば、デディニィさんには悪いが、王太子ルート通りシナリオが進んでしまっても、おっさん貴族の後妻に下賜されるのはディアーナじゃなくてデディニィさんになるわけだ。デディニィさんには申し訳ないが。本当に申し訳ないが、カインはディアーナが不幸にならなければ知らない人がどうなろうが知ったことではなかった。デディニィさんが枯れ専の可能性だってあるではないか。

ただ、どう見ても王宮の誰かの侍女か王城で働く女性文官といった感じだった。みた目通りなら二十代半ばぐらい。貴族であればすでに結婚してるか婚約してる年齢だし、そもそも四歳のアルンディラーノとは二十歳ちかい年齢差になる。

「デディニィさんのどこが好きなんですか?」

「……あのね、先月転んだ時に褒めてくれたのがデディニィさんだったの……」

食堂のテーブルに二人並んで座っている。

転んだのを褒められたとはどう言うことかと問いつめれば、先月あの回廊で転んだ時に泣かずにひとりで立ち上がったところを見ていたデディニィさんが、殿下はお小さいのに偉いですねと褒めてくれたのだそうだ。

なんだそれ? とカインは思った。それだけ? と思ったが、口には出さなかった。

コソコソと、顔を寄せて小さい声で喋っていると、心なしか壁際に立っていたメイドが近くなっている気がする。

ゴホンとカインは咳払いして背筋を伸ばし、アルンディラーノと顔の距離を離した。

「アル殿下。良ければ今度僕の家にも遊びに来てください。僕の家には僕と同じ歳の侍従がいます。もし気に入れば、そちらのことは兄と呼んでも構いませんよ」

父上と母上にお願いしてみる! とアルンディラーノは嬉しそうに笑った。

公爵家では、イルヴァレーノが盛大にくしゃみをして執事に注意されていた。


【本日のディアーナ様】

今日はディアーナ様は奥様と一緒に刺繍の練習をしておりました。奥様はカイン様のやり方をまねて、練習用の基本の図案ではなくディアーナ様に好きなように刺繍をさせているとの事です。楽しそうに刺繍しておりました。

僕のお茶淹れの練習に奥様とディアーナ様が協力してくださり、奥様からは厳しい意見を頂きました。精進しなければなりません。ディアーナ様は、おいしいよ! と言ってくださいました。刺繍の最中に指に針を刺してしまっておりましたので、治癒魔法で治させていただきました。ディアーナ様は目をまん丸くしてイル君すごいね! とほめてくださいました。

昼食は奥様と一緒にお庭で取られた様です。僕は使用人部屋で食事をとったので昼食時の様子はわかりません。

イルヴァレーノ


カインは手の中の紙をくしゃりと握りつぶすと、暗い視線をイルヴァレーノに投げつけた。

「……………………」

「そんな憧れの舞台女優が結婚引退を発表したパトロンファンみたいな顔で僕をみないでください、カイン様」

「イルヴァレーノばっかりディアーナから褒められてズルい! 俺もディアーナに褒められたい! 『おにいさますごーい! おにいさまかっこいい! おにいさますてきー!』って言われたい! ディアーナの怪我だって本当は俺が治したい! 治癒魔法は努力でどうにもならないのが本当にツライ! お庭で昼食とか絶対楽しいじゃん! ディアーナお花好きだもの! お花見ながらご飯食べたら凄い可愛い顔するに決まってるじゃん! なんでその場に俺はいなかったんだよ! そんな素敵時間に俺はいったい何してたんだよ! アル殿下とご飯食べてたんだよ! アイツトマト食わねえんだよ! トマト食わせるのに手を焼いてたんだよ! あぁぁああぁぁ! ディアーナ分が足りないよおおお!」

「カイン様、顔を整えてください。アイツという言い方は不敬ですよ。今日はこれから音楽の授業ですから、音楽室に移動しますよ」

イルヴァレーノに促されて、とぼとぼと廊下を歩いていく。

今日はピアノの日だっけ? バイオリンの日だっけ? なんかどっちもキリの良いところまで曲を弾いたような気がする。新しい楽譜を持ってくるとか言っていたような気もする。教養として習っているが、カインはあまり音楽に興味がなかった。

ディアーナにも家庭教師が付くようになると、授業に乱入してきてカインの演奏に合わせて踊るということもなくなってしまった。

「乱入……?」

突然立ち止まり、考え込んでしまったカインを不審な顔で振り返るイルヴァレーノ。

「カイン様?」

と声をかけるが返事がない。

「良いこと考えひらめいたー!」

「ひぇっ」

肩を叩こうと近寄って来ていたイルヴァレーノは、突然の大きな声で叫んだカインにびっくりして変な声が出てしまった。ゴホンと咳払いをして気を取り直すと、困った顔をして向き直る。

「何をひらめいたんですか」

どうせろくでもない事だと解っている。聞いたところで八割方ディアーナと過ごすための屁理屈を聞かされるのだと解っていても、侍従として質問しないわけには行かなかった。

主人の話し相手になる事も仕事の内である。

「芸術系の勉強は僕とディアーナで合同でやればいいんだよ! 因数分解と足し算引き算は一緒に教えられないけど、楽器の弾き方は三歳差があったって一緒に教えられるんじゃないか? 絵の描き方だって字の書き方だって、一緒に出来るだろ! 出来るよな?」

「え!? えぇー? どうでしょうか……先生にお伺いしないといけませんね……」

「早く音楽室行ってクライス先生に相談しよう!」

言い終わる前からカインは廊下を駆けだした。

廊下は走ってはいけませんよと声をかけるべきか迷ったが、イルヴァレーノはどうせ言っても聞かないだろうと思い直し、早足でカインの跡を追ったのだった。

イルヴァレーノが音楽室に入ると、もうカインは音楽担当のクライスに詰め寄っていた。クライスは子爵家の三男で、王宮楽団に所属しているヴィオラ弾きである。王宮主催の夜会や茶会、園遊会があればそこで演奏する。

個人的に依頼すれば個人宅のサロンや庭園でも演奏してくれるらしいし、先日は大衆演劇場の歌劇に助っ人で参加してきたとも話していた。

専門はヴィオラだが、弦楽器は一通り演奏できるらしい器用な人である。

「ディアーナと僕が一緒に音楽の授業を受けることで、先生は授業時間の短縮をする事ができます。そうすれば、先生はその空いた時間を自分の練習時間に当てることが出来るのです。もちろん、二人に音楽を教えるという契約は変わりませんから、お支払いする給金は変わらないはずです! 二人一緒に授業を受けることで、デュオ曲にチャレンジする事も出来ます。先生を交えてトリオ曲の演奏だって出来ます。なんならそこにいるイルヴァレーノを巻き込んで弦楽四重奏をやったって良いんですよ」

「巻き込まないでください!」

「使用人に教えるのに許可が必要でしたら僕が父から許可を取ってきますので、四重奏はそれからになりますが、まずはディアーナと僕の授業を一緒にしましょう! 音楽は楽しいのが一番とクライス先生も仰っていたではありませんか」

「えぇー……」

まくし立てるようにカインがクライスに迫る。クライスは手で壁を作りつつズリズリと後ろに下がっていき、ついに背がグランドピアノについてしまった。もう下がれない。

「僕の演奏に合わせてディアーナが踊るところを見たくありませんか?」

「あれは確かに可愛かったね……だけど……」

「なんなら、ディアーナの演奏で僕が踊っても良いですよ」

「えぇー……」

「きっと可愛いですよ?」

「自分で言っちゃうのかよ……」

「イルヴァレーノも踊って良いんだぞ? きっと可愛いぞ」

「遠慮します」

途中からカインとイルヴァレーノで会話が始まってしまっている。

「楽器は確かに、算術と違って弾き方さえ覚えたら全然違うことをやるわけではないから、出来ないことは無いかも知れないけれど……。どうしたって練習曲が簡単なものになってしまうよ? それはもったいない気がするんだよ……」

「じゃあ、僕が改めて違う楽器を始めます。それならどうですか?」

「それはやっぱり、別々の楽器を教えるのなら別々の授業の方が効率が良いんじゃないかなぁ」

「全く別じゃなければ良いんですよね? では、ヴィオラは?」

カインの言葉に、クライスは真顔になった。バイオリンの練習をやめ、ヴィオラに乗り換える。それは、端から見れば大きさの違う同じ楽器に乗り換えるように見えるかもしれない。しかし、クライスにとっては大きな意味があった。

「僕も体が少し大きくなりました。今までは、ヴィオラには子ども用サイズが有りませんでしたが、そろそろ弾けるのではないでしょうか」

クライスは黙りこんでいる。

「クライス先生を尊敬してるので、ヴィオラってかっこいいなぁって前から思っていたんですよね。渋く響く音が凄いかっこいいですし。僕、コレを機にヴィオラを始めたいな先生」

クライスは目をつむり眉間に皺を寄せている。

「ヴィオラを弾けるようになれば、我が家での茶会や、学園に入った後の生徒発表会でも僕はヴィオラを弾きますよ? 筆頭公爵家の嫡男が魔法学園の発表会で弾くのがヴィオラ。かっこいいと思いませんか?」

「わかりました。公爵様のご許可があれば、次回からディアーナ様と一緒に授業をいたしましょう。でも、他の先生と時間の調整が必要ですからね?」

ついに、クライス先生が折れた。

ヴィオラ弾きはヴィオラを褒められると弱いことを、カインは知っていたのだ。

色々な許可をエルグランダーク公爵家当主から得るのは、実は簡単な事だった。

ディスマイヤは法務省の仕事を家に持ち込む事をしない為、彼の書斎に積まれている決裁待ちの書類は主に領地に関することか、家の中に関することと言うことになる。

領地に関することは、現地で領主代行をしている弟に一任しているため殆ど流し見だけして判子を押してしまう。判断を仰ぐような事態になれば、まずは書類ではなく相談の手紙が来る事になっているので、書類で来るような事柄は些事なのだ。

家の中に関する事は、邸内の修繕や備品の買い足し、使用人の休暇の申請や特別手当の申請等が殆どで、それらは執事が目を通して問題なしと判断されたものがディスマイヤの下までやってくる。執事も、判断を仰ぐような案件の時には直接相談をしにくるので、書類だけが積まれている物は流し見で判子を押しても問題ないものばかりなのだ。

カインは、芸術系授業をディアーナと合同にする事とイルヴァレーノにも楽器を習わせる事の申請書、そして友人を家に招きたい旨をしたためた嘆願書を自分で作成し、執事を通さずにディスマイヤの書斎の決裁待ちの書類の束にそっと差し込んだ。

後日、執事が渋い顔をしながら許可の判子が押された申請書を持ってやってきた。

「あんまり無茶をなさいますな」

と、小言と一緒に書類を置いていったのだった。

おそらく、ゲームでのカインの家族嫌いとディアーナの我が儘という性格付けはこの辺にも原因があるだろうとカインは考えていた。

ディアーナが生まれた直後の「親を取られて淋しい」という気持ちと「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」という言葉に対する理不尽さについては、カインの中身がアラサーだったことにより無かったことになっている。

その後の家庭教師たちの「順調です」の一言に信頼を置いてカインの実際の出来を確認しない放置っぷりについても、カインとしてはむしろやり過ぎていることを見逃されている恩恵がデカいとありがたがっていた節すらある。

恐らく、放置する親に対していつか見返すための下準備をしているゲーム版カインの思惑や、甘やかされて好き放題するディアーナの我が儘な無駄遣いの温床となるのが、このディスマイヤの書類決裁の甘さなのだ。

いくら、邸内での強い権限をもち、主人やその家族であろうとも間違った時には苦言を呈する権利を持つ執事であろうとも、一旦処理待ちに追加された書類を弾く権利はないのだ。

現在四歳のディアーナはこの裏技に気が付いていないし、何かねだるときは親ではなくカインにねだる。

カインも、どちらかというと筋を通す方なのでめったにこの裏技は使わない。実際、イルヴァレーノを引き入れるときには正面から直接ディスマイヤに訴えている。(すでに母が味方に付いていたと言うのもあるが)

何はともあれ、無事当主の許可を得たカインは各家庭教師達と日程の調整をし、午後の音楽と芸術、魔法の授業をディアーナと合同で出来るようにしたのだった。

学問のイアニス先生と、しつけ担当のサイラス先生には流石に進捗が違いすぎる二人を一度に見ることは出来ないと断られた。カインもこの二つはダメもとで言ってみただけなのであっさりと引き下がったのであった。

「ディアーナ~! 一緒に音楽出来るよ~! 僕と一緒に演奏頑張ろうねぇ!」

「……」

「ディ、ディアーナ?」

色々な障害を乗り越えて迎えた、合同音楽授業の記念すべき一回目に、ディアーナはあまり乗り気ではないようだった。プクーとほっぺたを膨らませて、小さなバイオリンを片手にぶら下げている。カインとは目も合わせようとしない。

「どうしたのディアーナ……。何にそんなに怒っているの?」

ディアーナの前に膝をつき、目線の高さを合わせながらも視線が合わない事にオロオロと両手を泳がせるカインはディアーナに構おうとするが、ディアーナはプイッと顔を背けてしまった。

「お兄さまと一緒にするとディはヘタクソって言われるから一緒にするのヤダ!」

その言葉にカインの涙腺が決壊した。「お兄様と一緒にするのヤダ!」という言葉がぐるぐると脳内でエコーがかかって繰り返され、青い瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていく。呆然とした表情のまま、涙だけがどんどんと溢れていく。ボロボロと涙が流れ出す瞳をクライスに向けると、

「ディアーナにヘタクソなんて言ったんですか?」

と震える声で問いかける。

クライスはブンブンと頭を横に振って、

「言ってない! 言ってないよ!」

と否定した。

カインが泣き出したのを目の当たりにしたディアーナは驚いて目を丸くした。いつでも優しくて何を置いてもディアーナを優先してくれて、何か叱るときに困った顔はしてもすぐ笑顔で頭を撫でて褒めてくれるカインが、泣き出したのだ。カインの泣いた顔を見たディアーナは混乱し、そして泣き出した。

「うぁーん!」

「ディアーナ泣かないで……なんで……どうして……やっぱり毎日お城になんて通ったから……」

とにかくわんわんと声を上げて泣くディアーナと、ディアーナを抱きしめながらボロボロと涙をこぼしてブツブツとつぶやき続けるカイン。