異世界転生

カイン・エルグランダークはエルグランダーク公爵家の長男である。文武両道、眉目秀麗、才色兼備、冷静沈着、クールビューティー。とにかく完璧超人なお兄さん……に、将来はなる予定だ。

魔法学園の四年生の時に入学してくる妹の同級生と知り合い、その心優しさに触れるうちに心の闇をとかされていき、恋に落ちる……予定である。

カインは、前世の記憶を持って生まれてきた。

カインの前世は、昼は外回り中心の営業サラリーマンで夜は再生数そこそこのゲーム実況系You Tuberだった。ゲームのやり込みプレイと動画編集による連日の徹夜、徹夜、徹夜&エナジードリンクがぶ飲みによって身体に無理が来てしまっていたらしい。ちょっとだけ仮眠しようと机に伏せて目をつむったところで前世の記憶は終わっている。そのまま永眠してしまったようだ。

カインの前世はゲーム好きの男性だった。ゲームをプレイする時間を確保するために、ちゃんと定時で帰れるし、しっかり土日が休める超絶ホワイト会社(ただし薄給)に就職した。

会社の人たちも良い人たちで、ゲームが趣味だと言ってもオタクだ幼稚だとバカにせず理解してくれていた。パートタイマーのおばちゃんたちが、なんやかんやとおやつやおかずを分けてくれるので、一人暮らしの男のなんちゃって自炊でもちゃんとした食事ができていた。

それなのに趣味に没頭しすぎて過労死みたいな死に方をしてしまった。会社のみんなには申し訳ない事をしたと思っている。

カインとしての新しい命は、かなり裕福な家の長男として誕生したようだった。優しい父母と乳母に育てられ、何不自由なく暮らしていた。比較的若くして死んでしまった前世と比べて恵まれていることに感謝し、今度は長生きをして親孝行をしようと考えていた。

しかし、カインが三歳の時に妹が生まれ、ディアーナと名付けられた瞬間に気が付いた。この世界が、死ぬ直前にクリアし、配信に向けて動画編集中だったゲーム『アンリミテッド魔法学園~愛に限界はありません!~』の世界だと言うことに。

「転生は転生でも、乙女ゲームの世界かよ……」

他にもプレイしたゲームは山ほどあった。オープンワールドの誉れを捨てたお侍RPGや最終幻想なRPG、竜の探求的RPGだってプレイしてた。どうせならそっちの世界に生まれたかった。だってやっぱり勇者になりたいし冒険の旅に出たいじゃないか……とカインは少しガッカリしたのだった。

『アンリミテッド魔法学園〜愛に限界はありません!〜』略してド魔学は、女性向け恋愛シミュレーションゲームだ。いわゆる乙女ゲーというやつで、前世でカインは『俺、男だけど乙女ゲーをプレイする! 男なんだから男心なんて丸わかりなんだし楽勝で落としてやんよ!』という舐めプタイトルでプレイ実況動画をあげていた。

その結果、一周目は惨敗に終わり、意地になって周回プレイをしている姿がウケて動画の再生回数はそこそこ行っていた。最後の攻略対象を落として感動のエンディングを迎え、動画の編集をしているところで前世の人生は終わってしまったのだった。

ゲーム世界への転生だと気が付いたカインは、ステータス画面やコンフィグ画面、コマンド画面を出せないかと色々試した。「ステータスオープン!」と叫んでみたり、人差し指を上から下に向かって振り下ろしてみたり、ゲーム世界監禁系アニメの動作やセリフを思いつく限り真似てみた。傍から見たら奇行を繰り返す怪しい幼児である。カインは使用人の目を盗んでコソコソとやっていたものの、どこからか見られてしまっていたらしく乳母から心配そうな目で見られた事もあった。

そんな恥ずかしさを乗り越えて色々と試した結果は全滅だった。ステータスは見られないしコンフィグ画面もコマンド画面も出て来なかった。当然、ログアウトも出来ないしセーブもロードも出来ない。ゲーム世界への転生ではあるが、この世界はリアルなのである。

これはゲームであっても遊びではない。

ゲーム世界監禁アニメの有名な一節がカインの頭をかすめる。セーブ・ロードが出来ないのであれば、ある程度シナリオを知っていたところで全く安心など出来はしない。出来るわけがない。明日、道端で馬車にかれて死ぬかもしれないし、階段で転んで打ち所が悪くて死ぬかもしれない。今のか弱い幼児の体では、抱っこしてくれている母の手が滑って落っこちただけでも死ぬかもしれない。そこは、自分にとってこの世界が現実である限りはゲーム世界だとしても変わらないはずだ。カインは、慢心せず誠実に生きていこうと心に誓った。


ところで、カインの妹ディアーナ・エルグランダークについてだが。

カインの妹、ディアーナ・エルグランダークはゲームで悪役令嬢の役目を持ったキャラクターだ。公爵家の長女と身分は高く、教養もあり、魔力も多い。歌も楽器も絵画も運動も礼儀作法もきっちりこなせる完璧令嬢だった。貴族同士が連綿と血をつないできたこともあり、見た目も非常に美しくまさに才色兼備と言ったところだ。

唯一の欠点は、性格が悪いこと。

ゲームの主人公に何かと張り合い、突っかかり、言いがかりをつける。まぁ、ゲームのライバルキャラクターとして作られたキャラクターだし、最後に『ざまぁ』を突き付けることでプレイヤーに爽快感を与えるための存在なので性格が悪ければ悪いほどいいのだろう。ただし、これはゲームプレイ時間である「十二歳から十八歳」の時点での話だ。


カインが三歳の時、父に手を引かれて母の寝室へと連れて行かれた。カインが前世の記憶を持っているために、他家の三歳児より大分しっかりとしていた事と、母の産み月が近くなってきていた事もあって、そろそろ一人で寝起きしてみるかと自室を与えられてから三月みつきほど経った頃である。

家の中のバタバタとした雰囲気と、ソワソワと落ち着かない父の様子から、カインはついに妹か弟が出来るのだなと理解はしていた。父に続いて寝室へと入っていくと、昼だと言うのに母は寝室のベッドの上で横になっていた。

「ほら、カイン。あなたの妹のディアーナよ」

そういってベッドの上から優しく声をかけてくる母の視線の先には、ベビーベッドがある。そっと近づいて中を覗き込めば、そこには小さな天使が横たえられていた。生まれたばかりなのに生え揃っている金色の髪の毛はふわふわとひよこのように柔らかそうで、眠そうに半分だけ開いている青い瞳は潤んで朝露あさつゆに濡れて光るツユクサのようだった。おもちゃのように小さな手は空中を掴むようにニギニギと動いている。

「ひぃいいいああああ」

産まれたばかりのディアーナを見たカインはその愛らしさに悲鳴を上げた。

「テラかわゆす。マジ天使。尊死する」

と言いながら背骨が折れそうなほどのけぞって、そしてそのまま後ろに倒れた。カインがゲームコマンドを試すのをやめてから一年以上経っていたが、久々のカインの奇行に母親と乳母は不安そうな表情を浮かべた。

両手で顔を覆い、うずくまって「おお神よ」などとつぶやいていたカインだが、決意を固めたような顔ですっくと立ち上がると、ディアーナのベビーベッドをもう一度覗き込んだ。

「お母さま、早く隠さないと神様がディアーナを取り戻しに来てしまいます。本当は天使なのに間違えて我が家に授けてしまったのです」

と本気で心配し、ディアーナに頭から毛布をかぶせてしまった。血相を変えた乳母に部屋から追い出され、あんな事をしたら呼吸困難になってしまうと叱られた。

産後、母の体調が戻るまでは乳母がディアーナの面倒を見る事になっていたが、カインは何かと世話を焼きに育児部屋へとやって来た。

最初のうちは、ディアーナが生まれた直後の奇行から乳母や侍女に警戒されていたカイン。毛布をかぶせて叱られたのを反省し、「触って壊すと大変だから」とディアーナの事は眺めるだけにして、雑用を率先してやっていた。

交換したシーツやおむつを洗濯部屋まで持っていったり、授乳中で動けない乳母へ濡れタオルを渡したり、ベビーベッドの上に吊るされているモビールに扇子で風を送ったり。三歳のカインに出来ることは少なかったが、そうやってテキパキと雑用をこなしていくことで、子育て組からの信頼を得たのだった。

雑用の他にも、カインが重用される場面があった。それはディアーナのご機嫌取りである。特に、カインが添い寝をするとディアーナは夜泣きもせずにおとなしく寝てくれるので、乳母や母はとても助かっていた。カインは誰も教えていないのに子守唄や子ども向けの優しい歌詞の歌をよく歌い、カインの歌を聞くとディアーナはご機嫌になってよく笑った。


ディアーナが一歳を過ぎ、よちよち歩きができるようになるとその可愛さは加速した。

「ディアーナぁ。こっちだよ」

「だぁあーうぅ」

カインが名前を呼ぶと、ディアーナはよちよちよたよたと歩いてくる。両手を前にだしてバランスを取りながら、体を左右に揺らしてゆっくり歩いてくる。その一生懸命自分に向かって来るディアーナの姿をみてカインの両目は糸のように細くなり、眉毛の端は限界まで下がってしまう。カインの目の前まで来るとディアーナは前のめりになり、頭の重さで加速してトトトっと駆け寄りトスンとカインの膝の上に乗っかるのだ。そうしてカインの顔を見上げると、たどり着いた事を誇るようにドヤ顔で笑う。

「ディアーナはあんよが上手だねぇ。偉いねぇ。将来は陸上選手かなぁ!」

ディアーナのドヤ顔に心臓を掴まれ、うまく呼吸が出来なくなりながらもカインはディアーナを褒める。そうして柔らかい産毛の様な髪の頭を撫で回し、ほっぺとほっぺをウリウリとくっつけてぎゅうと抱きしめる。