雨の夕方、鬼の旧友



 あまさけかおるは、雨の降るなか傘をさし、あさくさこくさいどおりを急ぎ足で歩いていました。

 ちょうど、向かい側からやってきた和傘の集団とすれ違ったようです。

 それはてんじんという、かくりのお宿の、鬼神のおおだん様でした。


馨 「驚いた。鬼神じゃないか。お前、うつしへ来ていたのか」

鬼神「やあしゅてんどう。いや、今は馨と呼んだ方がいいかな? 君も、少し見ないうちに背が伸びたね」

馨 「そりゃそうだろ。そもそも前に会ったのは俺が中学生の頃だぞ。この年頃の男子は成長期で、すぐにでかくなるからな」

鬼神「しかしまだまだ、千年前の君には程遠いで立ちだ。酒吞童子だった頃の君は、それは立派な鬼だった。今の君ときたら、本当にただの人間の子どもだ」

馨 「うるさい。今の俺は何の偽りもなくただの男子高校生なんだ。老舗しにせ宿の大旦那だか何だか知らないが、使用人に傘をささせて悠々としているお前に、しがない稼ぎのバイト先から帰る俺の気持ちは分からないだろうよ」

鬼神「ふふ、汗水たらして労働するのは君らしいけどね。そういえば……さっき、せん漢方薬局で、いばらひめに……君の愛妻に会ったよ」

馨 「は? 愛妻? 誰だそれは、恐妻ならいるけど」

鬼神「あいさつを交わした程度だけど、相変わらず大人しい子だね」

馨 「あいつを大人しいと勘違いしているのはお前くらいだ鬼神。はお前の前じゃ、なぜか借りてきた猫みたいになるからなあ」

鬼神「うーん、もしかしたら今も恨まれているのかもしれない。昔、君を隠世に一ヶ月ほど連れて行って、独り占めしたことがあるから」

馨 「ああ……はは、懐かしいな。共に初めて隠世へ行って、随分はしゃいだからなあ。結局お前はそのまま隠世に残り、俺は現世へ戻ったんだったか」

鬼神「あの頃はお互いに若かった。旧友である君とは、もっともっと語りたいところだけど、そろそろ行かなければならない。なんなら今度、うちの宿、天神屋に来るといい。奥方と一緒にね。夫婦水入らずのゆったりした時間を約束するよ」

馨 「鬼神。お前、ボケてるのかなんなのか知らないが、俺たちはまだ結婚なんてしてないからな。夫婦ってのは前世の話で、今はお互いに学生だ。お泊まりなんぞ発覚してみろ。すぐに教育指導が入る。SNSで拡散だ。不純異性交遊、ダメ、絶対!」

鬼神「うーん……難儀な時代に生まれ変わったものだな、酒吞童子よ」

馨 「そういうお前だって、なかなか厄介な人間の娘の許婚いいなずけがいるみたいじゃないか。あの水蛇が話していたぞ。それに、こっちのあやかしたちの間でも少しうわさになってる」

鬼神「はは。ちょっと根性の据わりすぎた娘で、まだまだ嫁入りする気配はないが……。おっと、そうそう。あおいにおつかいを頼まれてるんだった」

馨 「へえ……。お前もおつかいなんかさせられてるんだな」

鬼神「そうとも! すぐそこのド○キに行って、業務用のチョコレートを大量に買い込まなければ! ああ……葵は喜ぶだろうか。早く新婚さんになりたい」

馨 「…………(あ、こいつマリッジブルーとかけんたいとかまだ知らないんだ)」

鬼神「お互い鬼嫁には苦労させられるだろうが、結婚は我慢というぞ、酒吞童子」

馨 「お、おう。……って、そんなのお前に言われるまでもなく、現在進行形で身にみて分かっているからな、俺は!」


 こうして鬼神こと、隠世の天神屋の大旦那は、数人のあやかしのお供を引き連れ、きりさめの降る浅草の街に消えてしまいました。

 馨は、懐かしい旧友との偶然の再会のせいで、しばらく立ち止まっていましたが……

 やがて、千夜漢方薬局にいる恐妻のことを思い出し、足早に進み出しました。

 随分と、雨にれてしまったようです。