第七話 マッド菜園ティスト静奈



 てんじんの温泉には〝もり〟という温泉の泉質や温度を管理する専門の役職がある。

 そして天神屋の女湯を守っているのは、しずちゃんと言う名前の、わいらしいれ女のあやかしだ。

 いつも控えめで、礼儀正しく、大和撫子やまとなでしこな静奈ちゃん。

 長い黒髪を後ろで縛り、着物のすそを上げて、素足で天神屋の温泉を管理する彼女の一生懸命な姿は、多くの女性従業員に慕われ、多くの男性従業員を魅了している。

 しかし彼女にはもう一つの顔がある。

 彼女は温泉の効能を研究し、温泉やその霊力を利用した薬を作る研究室を、天神屋の地下に持っているのだ。

 そこで夜な夜なあらゆる研究をしていて、薬開発や、化粧品開発や、温泉を利用した食物栽培などを行なっているのだった。



「あら、いらっしゃいませ、あおいさん。わかだん様まで」

 用事があって、私はぎんさんと共に地下にある湯守研究室に赴いた。

 すると眼鏡をかけ白衣をまとったインテリ静奈ちゃんが出迎えてくれた。

 この格好をしていると、何だかいつもと雰囲気が違って見える。リケジョって感じ。

「湯守研究室が忙しいって聞いたから、差し入れを持ってきたの? て言うか大丈夫? クマ凄いわよ静奈ちゃん」

「大丈夫です〜。三日寝てないだけですから。うふふ」

「み、三日寝てないのは大ごとですよ、静奈さん!」

 銀次さん、天神屋の働き方改革を任されている身なので大慌て。

「平気です若旦那様〜。天神屋のことをブラック企業だとか思ってません〜。私が好きでやっていることですので。うふふ」

「し、しかし……」

 静奈ちゃん、何だかご機嫌でテンションが高い。

 寝不足でハイになっているのだろうか?

 それとも何か良いことがあったのだろうか。

 しかし少しふらふらしていらっしゃる……

「あ、何だかとっても美味おいしそうな匂いです〜」

 おなかいているのか、静奈ちゃんにしては積極的に、私の持ってきた小さななべのぞいていた。

「あ、これ、大豆ととりかわのミネストローネ! 静奈ちゃんにもらった赤茄子トマトと、今ゆうがおに沢山ある大豆で作ったの。鶏皮はカリカリに焼いて、脂を落として入れたから、安心して食べて。コラーゲンたっぷりで美容にいいわ。あと、ラズベリー入りのスコーン。いっぱい焼いたから、お腹が空いたときに研究室のみんなでつまんで」

「わあ、ありがとうございます〜。今日は何も食べてなかったので、お腹ペコペコだったんです〜」

「お、お願いします静奈さんっ! しっかり寝て、しっかり食べて、しっかり休んでください……っ!

「……若旦那様って、おりにいた頃はもっとクールで、仕事の鬼のようでしたけれど。今ではすっかり丸くなったというか、お優しくなりましたね……」

「そ、その頃の話はしないでください静奈さん〜〜っ」

 実は元折尾屋の従業員同士である、銀次さんと静奈ちゃん。

 静奈ちゃんがしみじみ言うので、銀次さんは耳をペタンとさせて、黒歴史でも思い出したかのようにもだえていた。

 この二人の会話、珍しいけれど面白いな。

 折尾屋時代の銀次さんを知っている静奈ちゃんは、ある意味で、銀次さんの弱みを握っている状態なのかもしれない……



 湯守研究室は静奈ちゃんと同じく、研究に夢中なあやかしが多く行き来している。

 あやかしは人間に比べたらそれほど睡眠時間を必要としないけれど、ご飯だけはしっかり食べて、霊力を補ってほしい。

 ミネストローネはようの保温機能付きの鍋にたっぷり作ってきた。湯守研究室のみんなで飲んでもらいたいな。

 野菜と大豆たっぷりで栄養満点だし、鶏皮はコラーゲンたっぷりで美容にもい。

 静奈ちゃんの部下には女の子も多いから、カロリーを気にするかもと思って、一度カリカリに焼いて油を落とした。カリカリに焼くことで香ばしさがつくし、ミネストローネにコクを与えてくれる。

 スコーンも忙しい時にパッと食べられる小さなサイズのものをたくさん焼いた。

 小さくてもお腹にずっしりまるし、食べごたえがあるからね。

「ほっ。生き返った心地です〜」

 そこらへんにあったビーカーに、私が持ってきたミネストローネを注ぎ、たっぷり一杯飲んでしまった静奈ちゃん。

 意外と女子力大雑把である。しかしそのギャップが可愛い。

「ところで静奈ちゃんは今、何を研究しているの?」

「おばけ野菜の研究です〜」

「おばけ野菜??

 何やら物騒な名前だ。

 隣にいる銀次さんと私は、横目で見合った。

「天神屋の地下は温泉の霊力がみなぎっているので、地上よりかくり産のお野菜が大きく育つのです。それは地下深い場所で育てれば育てるほど、巨大かつ、凶暴に育ちます。うふふ」

 巨大かつ、凶暴??

 それって大丈夫なの……?

「あの、静奈さん。話には聞いていましたが、おばけ野菜を一目見ても良いでしょうか?」

「もちろんです若旦那様〜。少し危険なのですが、昨日ちょうど、おばけ豆の花が咲きました。私はそれがうれしくて嬉しくて」

…………

 私と銀次さんは、妙な胸騒ぎがしていた。

 おばけ豆? 大丈夫? それ大丈夫? みたいな……



「うっわああああああ」

 思わず感嘆の声を上げ、大きく目を見開いた。

 目の前にあるのは、頑丈なさくに囲まれた巨大な豆だった。

「お、大きいってレベルじゃないわよ、これ。抱き枕くらいあるわよ。こういう豆の抱き枕、ホームセンターとかで見たことあるもの」

 枝豆のように三つの膨らみのある、緑色の青臭い抱き枕。

 それ以上に大きなサイズの豆が、たわわに実っている。

 隣にいた銀次さんもあっに取られている。

「でも抱きしめたらおばけ豆に食べられてしまうかもしれません〜〜」

「はい?」

「おばけ豆は地下深くの温泉を吸って育ちます。あと、なんでも食べちゃうんです。パクッて」

「何でも……食べる?」

「パクッて……??

 静奈ちゃんが長い棒に割れた赤茄子を突き刺して、おばけ豆に差し向ける。

 すると、おばけ豆はサヤの側面を口のように開き、ガブッと赤茄子を食べてしまったのだった。

「むしゃむしゃと頰張ってる……」

「まるでライオンに餌でもあげているかのようですね」

 私と銀次さんは青ざめていた。

 だって、赤茄子の赤い果汁がサヤの側面から垂れていて、それがちょっと生々しいんだもの。

 流石さすがはおばけ野菜。

 これはもう野菜というより、あやかしだ。

 静奈ちゃん、顔に似合わず物騒なものをでて、育てているんだな……

「ねえ静奈ちゃん。純粋な疑問なんだけど、これって食べられるの?」

「もちろんです〜。こっちの豆はきっと食べ頃です。おばけ豆は食べ頃になるとおとなしくなって、収穫してしまうと完全に普通の豆になるんです。威勢が良いのは、木に実っている成長期だけなのです〜」

「へえ、そうなんだ。面白いわね」

「やはり大地とつながり、その霊力を吸収できなければ、おばけ野菜はおばけ野菜でいられないのでしょうね」

 静奈ちゃんの説明を、なるほどなと思いながら聞いていた。

 食べられると聞いて、ぜんおばけ野菜に興味が出てきたというのもある。

 これだけ大きな豆だと、調理のしがいもありそうだ。

「ところで静奈ちゃん。このおばけ豆、ちょっと分けてもらったりできない? 私、ぜひさばいてみたいわ」

「もちろんです! 葵さんが調理したら、どのような味になるのか私も楽しみです」

「で、どうやって収穫したら良いの? この枝切りバサミ使うの?」

 そして私は、すぐそばに置いてあったえだりバサミを手に取る。

「し、正気ですか葵さん!? 危険ですよっ!」

「私はマジよ銀次さん。美味しいずんだもち作る……」

…………

 静奈ちゃんに負けず劣らず、料理への情熱に正直な姿をあらわにしてみせる私。

 銀次さんは絶句。

 ただこのおばけ豆、ちょっと収穫が大変らしい。

 ちょうど枝切りバサミを、サヤの付け根の部分に伸ばした時だった。

「あ……」

 私が腕に通していたバスケットが柵にぶつかって、中からぽろっと何かが転がり落ちた。

 それは、今朝焼いたスコーン。おばけ豆は、それを見逃さなかった。

 ──バクッ。

 ものすごい勢いで、大口を開けてそれをパクッと食べてしまったおばけ豆。

 おばけ豆の捕食の勢いを真横で感じ取った私は、頰にタラリと汗を流した。

「だ、大丈夫ですか葵さん!?

「すみません葵さんっ! この子はまだまだ成長期で、食べ頃ではないみたいです〜」

 銀次さんと静奈ちゃんがカチンコチンになった私を心配している。

「そ、そうだったのね。いえ、私は大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけで」

 なんて、その日は笑い話で済んだのだけれど……


 翌日、天神屋の周囲を、天まで届きそうなほどの、巨大な豆の木が覆った。

「おお〜、これは見事だね。ジャックと豆の木といううつしの民話を思い出すよ。それで、いったい誰の仕業かな?」

「ごめんなさい大旦那様……私の作ったスコーンのせいよ」

「いえっ! 葵さんのせいではありません。私の管理責任です〜っ」

 おばけ豆がスコーンを食べたことで巨大化してしまった。私の料理はあやかしを元気にするというけれど、こんなことになるとは。

 これを見た大旦那様は笑っていたけれど、私と静奈ちゃんはシャレにならないことをしでかしてしまったと素直に謝り、おばけ豆の除去にいそしんだ。

 これを切り倒し、完全に除去するのに、一週間かかったのだった。


 我ながら、自分の作った食べ物があやかしに与える影響の大きさは計り知れない。

 これからは気をつけよう。