第五話 白夜と管子猫とメロンパン



 それは、とある日の午前中の出来事。

 パンを焼いたばかりのゆうがおに、お帳場長のびゃくさんが訪れた。

 あまりここまで来る人ではないのだが、その表情は見るからに真っ青だった。

「あれ、どうしたの白夜さん。なんか焦ってる?」

「あ、あおい君……ここらにくだねこが一匹来なかったか?」

「管子猫? いえ、私あの子たちは裏山の竹林以外じゃ見ないわよ」

 管子猫とは、このてんじんの裏山に生息する、細長い子猫のあやかしの事だ。

 白夜さんはこっそりと、この管子猫の世話をしているのだった。

 そのできあいっぷりは、普段とても厳しいお帳場長からは想像ができない程。

 初めてそれを目撃した時、私は激しくきょうがくしたのだった。

 私に管子猫の世話を目撃されてからというもの、白夜さんは私にそれを隠すことはなくなった。なのでこうやって、管子猫についての相談を、時々夕がおに持ち込むようになったのだった。

「ああ、なんて事だ。絶対にここだと思っていたのに……一大事だ。私によくじゃれついてくる、あの五三ごじゅうさんすけが朝から見当たらないのだ!」

「えええっ!? ……って、五三之介って名前? 白夜さんがつけたの?」

「私が認識した順番に番号をつけて名付けているのだ!」

 あ、うん。数字の好きな白夜さんらしい……

「あああっ。五三之介は好奇心おうせいで純粋で懐っこい。悪徳な密猟業者に連れ去られたりしたら……っ。ああああ」

 心配が極まっているのか、らしからぬネガティブな思考をさらし、夕がおのカウンターに倒れ込む白夜さん。

 バキッと音がしたけど、インテリ風の片眼鏡が割れてないでしょうね。

「ま、まあまあ白夜さん。白夜さんのそんな姿を天神屋の誰かが見ちゃったら、その人夜な夜なうなされてしまうわよ。見ちゃいけないもの見ちゃったって。……ねえ、とりあえず落ち着いて、周辺を捜してみましょう。私も手伝うわ」

 白夜さんの背をポンポンとたたく。

 こちらとしては慰めているつもりなのだが、白夜さんは見るからに不快そうで、私の慰めは逆効果のようだった。

「……ここらは捜してみた。しかし見当たらないのだ」

 白夜さんは平静を取り戻し、少しゆがんだ片眼鏡を押し上げる。

「じゃあおびき寄せてみる? 管子猫……特にあの五三之介は、焼きたてのパンが好きだったはずよ。ちょうどいのがあるの」

「そう言えば、何だか甘い匂いがするな」

 私は粗熱を取っている途中のメロンパンを白夜さんの前まで持ってきた。

「これは何だ?」

「メロンパンよ。白夜さんは食べた事が無いでしょうけれど」

「奇怪な形をしているな。カメの甲羅の様だ」

「そうそう! 亀の甲羅みたいだから、このメロンパンに頭と手足をつけて、カメパンにすることもあるのよ」

「カメパン? なんと悪趣味な」

…………

 案の定、白夜さんは長い着物のそでを口元に当てて、得体の知れないものを見るかのような視線をメロンパンに送っていた。

 亀パンの話をしたのがマズかったかもしれない。

「ま、まあまあ。とりあえず食べてみてよ白夜さん。大事な五三之介に、変なものを食べさせる訳にはいかないでしょう? 味見だと思って」

「ちっ。そうやって私を脅して何かを食わせようとする……やり口がろうそっくりだ」

「メロンパンを食べてみてって言ってるだけなのに、その言い草はひどいわねっ!」

 さて。大きなドーム型のメロンパン。

 おなじみの格子模様のクッキー生地はこんがり焼けていて、外側はカリッと、中はふんわりと焼き上がっている。

 真ん中で割って見せると、白夜さんはまじまじとメロンパンを観察していた。

 まだ焼きたてなので、水分が多くてもちもちふわふわとしている。

 簡単につぶれてしまう程柔らかいが、これまた美味おいしいのだ。

「ほら食べて食べて」

 無理やり白夜さんの口に片方をつっこんで、自分も残りを頰張る。

「う……甘い」

「甘いの苦手?」

「……別にそう言う訳ではないが、苦い茶が欲しくなるな」

「あ! それいいかも!」

 という訳で、濃い苦いお茶も用意した。

 メロンパンは思っていた以上に、濃い緑茶と合う。

 白夜さんと私で、ほっこりとした不思議なつまみ食いの時間だ。

 あれ、いったい私たちは何の話をしていたんだっけ……

「違う! 違う違うっ、管子猫だ葵君! 五三之介! メロンパンなんぞでほっこり茶をすすっている場合ではない!」

「あ、そっか。そういう話だった」

 というわけで、さっそくこのメロンパンを餌に、行方知れずの五三之介をおびき寄せてみましょうか……

「こっちでしゅ。こっちに葵しゃんがいるでしゅ」

 と、そんな時だった。

 夕がおの出入り口付近から間抜けな声がして、そちらに目を見やると、私と白夜さんは珍しい光景を目の当たりにする事となった。

「甘く芳しい〜よき匂いがするでしゅ。きっと何かあるでしゅ。可愛い素振りをしていたら、葵しゃんはコロッとだまされてすぐにご飯をくれるでしゅ」

「かわいいそぶりってどんなかんじ〜? ねえかっぱたんどんなかんじ〜?」

「こうでしゅ。まずひとみをうるうるさせるでしゅ。そしてちょっとくちばしをとがらせ、小首をかしげるでしゅ」

「くだこねこくちばしないのよね」

 なんとまり河童かっぱのチビと管子猫の五三之介が、揃って夕がおへとやってきたのだ。

 愛らしい小動物系あやかしが並ぶ姿は奇跡的だが、捜そうとしていた五三之介が向こうからやってきたので、こちとらすっかり驚かされる。

「あ。ただいまでしゅ〜葵しゃん」と、手鞠河童のチビ。

「あ〜、びゃくやたまもいるっ」と、管子猫の五三之介。

「……え、あんたたちどういう関係?」

「ぼくたちマブダチなのよね〜」

 二匹はこの天神屋の裏山で出会い、いつの間にやら仲良くなって、一緒に中庭の池で遊んでいたとのことだ。

 五三之介の姿が裏山の竹林から消えたのは、朝から池で遊ぶ約束を、チビと取り付けていたかららしい。

 ぽかんとした私たちの事は無視して、チビと五三之介はすぐそこにあった〝おびき寄せる用〟メロンパンに気がついた。

「僕の甲羅みたいでしゅ」

「かっぱたんのかっちょいいこうらみたいだね」

 とか何とか言って、許可も取らずに二匹で仲良く分け合って食べてしまった。

 小さな河童と小さな管子猫とメロンパン。

 愛らしいものが揃ってあいあいとしていたので、白夜さんは彼らを叱る言葉をグッと飲み込み、大きなため息をついたのだった。

 やっぱりこの人、小さくてか弱いあやかしには本当に甘いらしい……

 大のあやかしや、私にも、その甘さをもうちょっと分け与えて欲しいものだ。