第三話 カマイタチの朝食



 これは、私がかくりに来たばかりの頃の、早朝のお話。

 隠世のあやかしたちは、夜明け頃に寝て、お昼前に起きる生活が一般的だ。

 しかしこの頃の私は、まだうつしでの生活ペースが抜けておらず、朝は六時には起きて、朝食の準備をするようにしていた。

 朝の六時なんてあやかしたちにとっては就寝時間帯だが、それでも、朝から起きているあやかしがいる。

 てんじんのお庭番カマイタチだ。

 お庭番のカマイタチは、朝番、昼番、夜番に分かれており、特に朝番のカマイタチには、幼い子どもたちが多い。

「あら、おはよう。今日も早いのね」

「おはよう……でござる。あおいどの〜」

 緑色の髪を低い場所で二つに結った、幼いカマイタチの女の子が、口元に指を当てじっとゆうがおをのぞき込んでいた。ご飯の炊ける匂いに誘われて来たのだろう。

 あまりにわいらしいので「何か食べる?」と声をかけると、女の子はコクコクとうなずいて夕がおに入ってこようとした。

 ところが後から、お庭番のエースであるサスケ君がやってきて、その女の子の腕を引っぱり、連れて行こうとした。

「こらコマチ! いつもいつも葵殿の邪魔をするな、でござる! ほら、庭の草むしりをするのでござる」

「やだやだーでござる。だっておなかいたよサスケ兄ちゃん。葵どののごはん、食べたいござる、ござる!」

「全く。ござるの使い方がめちゃくちゃでござる。これは後で覚え直しでござる」

「やだござるー。わーん、サスケ兄ちゃんのござる嫌いだー、うえーん、でござるー」

「ま、まあまあ」

 ござるの使い方って何だろう。忍者って、ござるを使わないとダメなのかな……

 とか思いつつ、私は作業を止め、カウンターの内側から出た。

 そして泣いていたコマチちゃんの頭をでる。

「邪魔なんかじゃないわ。せっかくだから、何か食べていってよ。コマチちゃん、何だかとてもお腹が空いているみたいだし」

「……コマチは最近お庭番デビューしたばかりで、仕事中の自覚が無いでござる。朝も握り飯を食べたのに」

「朝の握り飯は、他の兄ちゃんや姉ちゃんに沢山取られたもん……ござる」

「兄弟が多いと、食べ物は争奪戦。何かと早い者勝ちなのでござる」

「ああ、そういうこと……何だかご飯の争奪戦の様子が目に浮かぶ様だわ」

 サスケ君の困り果てた顔は、普段なかなか見ないものだ。

 兄弟に対する素直な態度なのだろうと、ほほましく思った。

「ちょうどご飯が炊けたところだったの。今日のおしるは、揚げと油揚げと、長ネギのお味噌汁よ。あ、卵焼きを作ろうと思うんだけど、何を入れる? 今日はねえ……ハム、コーン、海苔のり、枝豆、ネギ、納豆ならあるかな」

「ハムとコーン!」

 すっかり泣きみ語尾のござるを忘れたコマチちゃんは、卵焼きのお気に入りの具材を二つチョイス。

「サスケ君はどうする?」

「せ、拙者は……そんな……」

 しかしサスケ君にはかっとうがあるよう。

 お庭番としてのプロ意識が高いので、仕事中にご飯を食べたりしない、というような複雑な感情と、やはり食べたいという感情がひしめいている表情だ。

 カマイタチって、みんなそれなりに大食いで、ご飯が大好きだから。

「あら? ネギと納豆入り卵焼きじゃなくていいの? サスケ君、この組み合わせが好きでしょう? 遠慮しなくていいのよ」

「う……なら、ネギと納豆入り卵焼きで」

 照れつつうつむき、素直な要望を伝えるサスケ君。

 この頃はまだ、食事どころに決まった朝食のメニューなど無かった。

 だけどご飯とお味噌汁と、その時々の具入り卵焼きをカマイタチに振る舞うのが、よくある朝の出来事になっていた。

 今日のお味噌汁は、揚げた茄子をお味噌汁に入れたもの。

 茄子の甘みが引き立つお味噌汁だ。

 卵焼きもまた、トッピングを選んで一つ一つ作る。

 ハムとコーン入りの卵焼きは、コマチちゃんのお気に入り。隠し味に手作りマヨネーズを少々加えている。

 ハムの塩気とコーンの甘み、そして隠し味のマヨネーズの風味がふんわり卵に包まれて、白いご飯にもよく合う一品だ。

「はい、コマチちゃんのハムとコーン入り卵焼き、出来上がりよ」

「わあ、ふわふわ〜でござる〜、いただきますござる〜」

 出来立てふわふわの卵焼きをカウンターの内側から出すと、コマチちゃんはさっそく夢中になって食いついた。

 ほっぺたを膨らませ、うれしそうに卵焼きを頰張る姿を見ていると、こちらも嬉しくなる。

「……コマチ、ちゃんとお行儀良く食べるでござる。ごはんと汁物、おかずはバランス良く、でござるよ。あまりがっつかないでござる」

「わかっているよサスケ兄ちゃん……でござる。でも卵焼き、美味おいしいんだもん……」

 きょうだいのやりとりは可愛らしい。私はくすくす笑いながら、次の卵焼きを焼いてしまった。

 サスケ君のお気に入りは、ネギと納豆入りの卵焼き。

 ネギは卵焼きの具材として王道だけれど、納豆も意外と卵焼きに合うのよね。

 溶き卵に、小口切りした長ネギと、よく混ぜた納豆を入れてくるくる混ぜ、卵焼き器で焼いていく。納豆の粒が大きいのもあって、四角くまとめるのに苦労するけれど、先に納豆を入れて大雑把に焼いてまとめ、最後に卵液で包んでいくと作りやすい。

 納豆の癖を、卵の優しい味わいがそっと包み込んだ一品。ボリュームがあって食べごたえがあるし、味がしっかりしているので、ご飯のおかずとしても良く合う。

 朝からがっつり食べたい人向けだ。

「はい、出来上がり! サスケ君の、ネギと納豆入り卵焼きよ。お待たせ」

「いつもかたじけないでござる……葵殿」

いのよ。誰かに食べてもらえるのが、嬉しいんじゃない」

「いただきますでござる」

 サスケ君は最初こそ遠慮がちだったが、食べ始めるとコマチちゃんとそう変わらない様子で、ガツガツと朝ご飯を食べ始めた。

 カマイタチたちは、普段は忍者業にいそしんでいるため口数も少ない。

 しかし食べ物の事になると途端に目の色を変え、私の料理もいつも美味しそうに食べてくれる。

「ああ、やっぱり葵殿の作る朝食は最高に美味うまいでござる〜」

「ほんと? 嬉しいわ」

 この時ばかりは、私とも色々とお話をしてくれるのだ。

 そんな触れ合いがとても嬉しくて、私は毎朝、カマイタチたちのために米を炊き、朝ご飯を振る舞うのだった。

 早朝という、隠世の最も静かな時間帯に。



「……あら?」

 後日。

 離れの店先に、ザル一杯の山菜が置かれていたのを見つけた。

 わらび、たらの芽、みょうが、よもぎ、山うど、ふきのとう……

 新鮮な山菜の数々だ。

「きっとお庭番のカマイタチが持って来てくれたんだわ。本当に、いつも真面目で、律儀なんだから……」

 みずみずしい山菜は、きっととても美味いだろう。

 何を作ってみようかな。天ぷらがいいかな。

 今度は、山菜を使ったお料理を、彼らに振る舞いたい。