大々的なイブリスの宣言を終えて、集まっていた部下の悪魔たちは部屋を後にする。どうやら本当にこのためだけに招集されたらしい。

 彼らが内心ではどう思っているのか気になったけど、それを知ることは難しいだろう。

「ご苦労だったなイエガー。お前も下がってよいぞ」

「はっ! 何かございましたらお呼びください」

「うむ」

「それでは失礼いたします」

 イエガーさんは丁寧に頭を下げ、私たちにも会釈をして部屋を去っていった。残された私たち三人と、いまだに玉座に座っているイブリス。

「お前たちもご苦労だったな!」

「き、緊張したよ……」

「私も心臓がバクバクいってるよ」

「まったくだ。イブリス、こういうことは先に言っておいてくれ」

 私もアンナも緊張がほぐれてその場で腰を下ろしたくなるくらい脱力していた。グレイブはちょっぴり不機嫌そうにイブリスに文句を言った。

 イブリスは楽しそうに笑いながらそれに答える。

「それではつまらんだろう?」

「面白さはいらないんだよ。というか、いつまでそこに座ってるんだ? いい加減下りてきたらどうだ?」

「む、それもそうだな。もはやお前たちしかおらん」

 そう言ってイブリスは玉座を立ち、私たちを見下ろしながら階段を下る。同じ目線の高さにくると不意にホッとした。

 そんな私の心情を見透かすように、イブリスは尋ねてくる。

「玉座の余はどうであった?」

「魔王みたいだったよ」

「ふはははははっ! みたいか。正真正銘、余は魔王なのだがな」

「そうだね」

 イブリスは魔王だ。人ではなく悪魔たちの王様。知っていたけど、あまり気にしなくなっていた事実だ。

 こうして城に招かれ、悪魔たちに囲まれて、彼らを制する姿を見せつけられて、私たちは再認識させられた。彼が魔王なのだということを。

 生きてきた世界の違いを感じる私たちの元に、扉が開く音が聞こえてくる。私たちは振り返り、開かれた扉のほうへ視線を向けた。

 イエガーさんが戻ってきたのかと最初は思ったけど、あの人なら無言で勝手に扉を開けたりはしないだろう。

 まだ中に魔王がいるのに、許可もなく部屋に入ってくるのは無礼だからだ。それを平然としてしまうのは一体誰なのか。

 扉の向こう側に立っていたのは、幼い容姿をした女性の悪魔だった。

「アスタルか」

「ご機嫌よう、お兄様」

 彼女はニコリと微笑ほほえむ。

 人間でいえば十二歳前後の背丈、きゃしゃな体格に悪魔の翼と尻尾、頭にはくるんと渦巻く角を二本生やして、浮かべた笑みには子供とは思えないすごあふれていた。

 私が気になったのは容姿ではなく、彼女がイブリスに言った言葉だ。

 今、確かにお兄様って……。

「つれないじゃありませんか。お戻りになられたなら一声かけていただきたかったですわ」

「声ならかけたはずだ。この場に集まれと」

「あれは城の者たち全てに対しての命令でしょう? ワタシには特別に、直接、ちゃんと挨拶をしてほしかったのです」

「そうだったのか。それはすまないことをしたな」

 イブリスと彼女は淡々と話していた。話しながら彼女はこちらへゆっくりと歩み寄ってくる。

 会話からして親しい関係なのは伝わった。わからないのは、この城での立ち位置だ。とても王と部下の会話には聞こえない。

 彼女は誰なのだろう。その疑問をイブリスに尋ねようとする。

「イブリ──」

 そんな私を、グレイブの手が止めた。

「グレイブ?」

「じっとしているんだ。軽率に動くんじゃない」

「え、それってどう……」

 グレイブの言っている意味はすぐにわかった。むしろどうして今まで気づけなかったのか。私たちに歩み寄る彼女から発せられた異常な殺気に。

 気づいた途端に背筋が凍るような寒気に襲われる。ニコニコしながら歩み寄る彼女が、今はどうしようもなく恐ろしい。

 身体が無意識に震える。そんな私を守るように、グレイブが前に立つ。彼の背中からは、俺が守るから安心しろという気持ちが伝わってきた。

 彼がいてくれるから私は大丈夫。でも、殺気に恐怖しているのはアンナも同じだった。チラッと視線を向ければ、わかりやすいほど恐怖して身体を震わせている。

 アンナにとっては、これが生まれて初めて感じる本物の殺気だったのかもしれない。今にも泣きだしそうで、しかし泣くことすら恐ろしくてできない。

 そんな彼女の前にイブリスが立つ。グレイブが私を守ろうとしてくれたように、イブリスもアンナを守るように。

「イブリスさん……」

「すまないな、アンナよ」

 イブリスはアンナに向けられる殺気を自らの身体で阻み、後ろを振り向きながら微笑んだ。彼女を安心させるためだろう。

 そうしてすぐに向き直り、すでに目の前まで近寄っていたアスタルに言う。

「アスタル。これ以上彼女たちに敵意を向けるでない」

「あら? ワタシは普段通りですよ?」

とぼけるな。その馬鹿げた殺気に余が気づかないと思っておるのか? この者たちの安全は余が保証したのだ。たとえお前であっても害することは許さん。そう伝えたはずだが?」

「ワタシも進言しましたわ。下等な人間をこの地に招くのはよくありませんと。お兄様はかたくなに聞いてはくれませんでしたが」

 下等な人間……その一言だけでも、彼女が私たちにどういう印象を抱いているのかは明白だ。私たちがここに来たことを認めていない。

 悪魔たちが暮らし、統治する魔界に人間という部外者が立ち入ることを良しと考えていない。そういう者もいるだろうと思っていたけど、ここまでハッキリと敵意を向けられるなんて。

「アスタルよ。これは余が決めたことだ」

「そうですわね」

「わかっていると思うが、勝手なことはするな。余が許さん」

「……そうですか。お考えは変わっていないのですね。とても残念ですが仕方ありませんわ」

 彼女は諦めたような言い方をする。でも、私にはそれがうそだとわかった。視線が、態度が、私たちを未だ認めないと示しているから。

「なるべく早くお帰りいただくことをお勧めしますわ。そうでないと、気の短い者たちが悪さをするかもしれません」

「その時は余が守護する。たとえ誰であろうと……だ」

「ふふっ、お優しいですね。お兄様らしからぬお言葉……」

 彼女は背を向け歩き去っていく。振り返ることなく部屋の外へ出て、扉が勝手に閉まっていく。

 その後ろ姿からは最後に……。

「とても残念です」

 声が聞こえて、扉がガタンと閉じた。

 静寂が場を支配し、私たちは無言のまま閉じた扉を見つめる。静寂を破ったのはイブリスのため息だった。

「すまなかったな」

「イブリス……」

「わかっておるグレイブ。今から説明する」

 そう言ってイブリスはもう一度大きくため息をこぼす。話す前から気の進まなさがにじみ出ているようだ。

「あれはアスタル。余の妹だ」

「妹……お前に妹がいたなんて初耳だな」

「一度も話してはおらんからな。それに妹といっても、お前たち人間とは異なる」

「どういう意味だ?」

「同じ腹から生まれた者ではないということだ」

 悪魔も人間も、繁殖方法は基本的には同じだという。父と母の間に生を受け、子供が誕生して成長する。

 血と力を分けた存在。悪魔たちの世界にも、血筋という概念が存在するそうだ。例えば魔王の子供が魔王に匹敵する力を有するように、強い悪魔からは同じく強い悪魔が誕生する。

 私たち人間社会でも似たようなことは起こっているし、そこまで遠い世界の話じゃない。ただしこれは通常の場合だ。

「親から生まれるだけではないのだ。血を分けずとも、力のみを分け与える方法がある。他者に自身の力を分け与え、自らの分身とする。言い換えればけんぞくのようなものだ」

「眷属……つまり彼女はお前が力を分けた存在だってことか?」

「その通りだ。グレイブよ、お前なら先のやり取りで感じたのではないか? アスタルの中に、余の力が宿っていることを」

「……やっぱりそうなのか」

 イブリスの読み通り、グレイブは気づいていたらしい。私には感じられなかった何かを、強者である彼はつかみ取っていた。

 彼は納得してうなずき、続けて言う。

「彼女に近寄られている間、ずっとお前と初めて対面した時の光景がよぎっていた。あの感覚は中々忘れられない」

「だが余ほどではないだろう?」

「そうだな。感覚的にだけど、十分の一くらいか?」

「さすがだな。まさにその程度だ」

 十分の一でも魔王の力に変わりはない。あの迫力と鋭い殺気は、イブリスから力を与えられた存在だからこその凄味だったのだろう。

「そんな奴が俺たちのことを認めてないのか……」

「何度も言い聞かせたのだがな。先の宣言時にこの場にいなかった時点で察してはいたが」

「……他にもいるのか?」

「それはどちらの意味だ?」

「両方だ」

 アスタルのようにイブリスの力を分け与えられた存在が他にもいるのか。彼女のように私たちに敵意を持ち、イブリスに意見するような悪魔が他にもいるのか。

 グレイブが尋ねたのはその二つだった。

「どちらも、いなだ」

「他にはいないと?」

「うむ。余が力を分け与えたのはアスタル一人のみ。他にはおらんし、あやつほど納得していない者もおるまい」

「そうか。ならひとまずは、彼女にだけ警戒を向けておけばいいか」

「案ずるな。アスタルとて軽々に手は出さん。少なくとも堂々と襲いかかってくることはない」

 堂々とはない……それはつまり、回りくどいやり方で攻めてくる可能性はあると。私はそっちのほうが面倒なんじゃないかと思った。

「そっちのほうが面倒だろ」

 グレイブも同じことを考えたようだ。彼は続けて言う。

「下手に手を回されるほうが対処に困るぞ」

「そこも心配はいらん。余も愚かではないのでな」

 そう言ってイブリスは三つのペンダントをポケットから取り出し、私たちに配る。ペンダントには赤色の宝石がはめ込まれていて、鈍く妖しく光っている。

 グレイブがペンダントを見ながら尋ねる。

「これは?」

「余が作った魔導具だ。それを身につけておけば、あらゆる攻撃をはじく。敵意を持つ者は近寄れなくもなる」

「そんなもの作れたのか……たらだな」

「永続ではないからな。この地にいる間だけの代物だ。その魔導具にはめ込まれているのは、余の血で作られた結晶だ」

 血……血?

 この赤い宝石みたいなのって、イブリスの血で出来ているの?

「故に余はその効果を受けん。さらにもう一つの効果が、強く念じれば余を自らの元に呼び寄せることも、余の元へ転移することも可能だ。ただしそれを一度使えば以降は効力は消えるがな」

 ペンダントには転移の魔法陣が刻まれているらしい。宝石に含まれるイブリスの魔力を消費して、一度だけ転移が可能になる仕組みのようだ。

「なるほど。どうしようもなくなったらお前を呼べってことか」

「うむ。これを常に身につけておくがよい。特にリリアナ、アンナよ。お前たち二人は戦うすべを持っておらんからな。この地にいる間は、なるべく余かグレイブと共に行動することを勧める」

「うん。そのつもりだよ」

「わ、私も一人は怖いので」

「それでよい。もっともこんな代物、使わずにいられれば最善なのだがな」

 そう言ってイブリスは閉じた扉を見つめる。アスタルのことが気がかりなのだろう。ふと、疑問に思った。

 どうしてイブリスは彼女に、自らの力を分け与えたのだろうか。

「さて、ここでの用件は済んだ。今から外に出るぞ」

「外に?」

「うむ。余の魔界を案内してやろう」

 その疑問を尋ねるタイミングもなく、私たちも部屋を出ていく。


        


 大陸の四割を占める魔界。その最大の特徴は、夜しかないこと。

 一日の長さは変わらず、しかし一度も太陽が昇ることはない。だから一日中、一年中、永遠に夜空が覆っている。

 私たちが早朝に出発したにもかかわらず、魔界側に夜空が広がっていたのはそういう理由だった。この事実を知っている者は、人間界にはごくわずかしかいないという。

 誰も訪れたことがなく、文献で残っている情報しかないから、事実を確かめられない。私やグレイブも実際に訪れるまで知らなかった。

 ただ、どうして太陽が昇らないのかはわからない。イブリスの案内で王城の外に出てから、私は夜空を見上げてつぶやく。

「なんで太陽が昇らないんだろう。同じ大陸にあるのに」

「それ、俺も疑問に思ってた。どうしてなんだ? イブリス」

「む? なんだそんなことが気になるのか?」

「私も気になります!」

 私の隣を歩くアンナもピシッと手を挙げて尋ねた。すると、イブリスは仕方がないなと言いながら、夜空に輝く月を指さす。

「太陽なら昇っておるぞ?」

「……月だろ? ちょっと色が紫色なのは気になるけど」

「否、あれは太陽だ」

「……え?」

 グレイブが二度見する。私とアンナも同じように、イブリスの顔と空に浮かぶ紫色の丸い月を交互に見た。

 形や大きさ、光の強さからして月だと思っていたけど……。

「あれが……太陽?」

「そうだぞ? 月と間違えてしまったのは、この地を覆う魔力の層が原因だろうな」

「魔力の層? そんなものがあるのか?」

「うむ。光の色が変色して見えるのも、空が紫に見えるのも、全ては魔力の層が出来上がっているからこそだ。光は魔力の層を通り、この大地に降り注ぐ。その過程で光が弱まる」

 太陽の光は特殊な層を通るから、私たちに届くころには月の明かりと同じような弱さになってしまう。イブリスの話によれば、強すぎる光はそうやって弱まるけど、星々の明かりのようにか弱い光ならそのまま見えるらしい。

 聞く限り意味がわからない。な天井がこの大地を覆っている。そもそもどうして魔力の層などというものがあるのか。

 グレイブが尋ねる。

「なんでだ?」

「ここが魔界だから、とだけ言えば伝わるか?」

「いや全然わからない」

「理解が遅いな。この地には余以外にも悪魔たちが暮らしておる。数千年以上前から……同時に多くの争いも起こり、魔力の衝突が盛んだった」

 悪魔たちは本能的に戦いを求め、強さを求める。今でこそ魔王の存在が抑止力となっているけど、もっと昔は毎日のように争いが起こっていたそうだ。

 そして悪魔は人間よりも膨大な魔力を持ち、生きているだけでその魔力は外に放出される。外に出た魔力が集まり、混ざり合って、特殊な魔力の層を形成した。

「──というのが成り立ちだ。納得したか?」

「理解はした。けど……やっぱり俺たちの生きてる場所とは全然違うな」

「ふっ、そうであろうな。まったくつまらん空だ。そしてその下での生活も……これから案内するのは、城の外で暮らす者たちの街だ。全てを見終わった時、素直な感想を聞かせてもらおう。特に気を遣う必要はない。ただ思ったことを教えてくれ」

「……わかった。危険はないだろうな?」

「ない。余が共にいるのだ。危険などありはしない」

 そう力強く断言したイブリスに、グレイブも多少の安心を得たようだった。それから私たちは彼に連れられ、城の外へ出る。

 いわゆる城下町というものを見学した。城に最も近く大きな街。王都やレーストンのようににぎわっていることを想像する。

 だけど実際は──

「静か……だね」

「ああ」

 街並みはいたって平凡だった。王都のような背が高くて広い家々が立ち並んでいる風景を想像していたけど、そうではなかった。

 どちらかといえば、ギルドの街レーストンのほうが近い。近いといっても建物の高さや大きさだけで、雰囲気はまるで異なる。

 石造りの家がびっしり並び、壁にはヒビが入り、窓も開けっぱなしになっているところがほとんどで、誰かが暮らしているというよりは……。

はいきょみたいな家も多いんだな」

「う、うん……想像してたのと全然違うね」

「で、でも歩いてる人、じゃなくて悪魔さんたちはたくさんいるんだね」

「数だけは多いぞ。城下で暮らしているほとんどが悪魔だ。魔族もいるがごく少数だとイエガーは言っていたな」

 悪魔、魔族、それらには明確な力の差が存在する。端的に言えば、悪魔とは魔族の中でも一部の強い個体を指している。

 私もイブリスに教えてもらうまで詳しくは知らなかったけど、魔族は見た目を除けば普通の人間より魔力が多いくらいで、あまり差はないらしい。

 食事も必要だし、睡眠もいる。寿命だって人間よりははるかに長いけど、それでも百から二百年程度だそうだ。

 けれど、その中で悪魔と呼ばれている者たちは、魔族とは隔絶した力を有し、食事も睡眠も必要はなく、魔力さえ回復すれば永遠に近い時間を生きられる。

 イブリスが食に対して疎かったのは、食事をとる必要がなかったからだった。彼がそうであるように、配下の悪魔たちも同様だ。

 戦いに必要のない要素は極力省き、いつでもどこでも戦えるように睡眠すら不要となった。そういう世界で彼らは生きている。

 それは間違いなく、人間の私たちには想像できないほど過酷で厳しい世界だろう。

 私たちは街を何することもなくただ歩き回る。歩いている途中で自然に、私とグレイブが隣で歩幅を合わせて、その前でイブリスとアンナが二人並んで歩く。

「どうしたアンナ、緊張しているのか?」

「あ、ごめんなさい。その……すごく見られてるので」

「はっはっはっはっ! それは仕方あるまい。余が城下に足を運ぶなどそうそうないのでな」

「そ、そうなんですか?」

「うむ。見ての通り何もない場所だ。来たところですることもないからな」

 私の隣を歩くグレイブは小さな声で、それだけが原因じゃないだろ……と呟いていた。彼の言いたいことはわかる。

 魔王が人間の姿になって街をはいかいしている。しかも同じ顔の人間と、他にも人間の女を連れて仲むつまじく。

 あの宣言が魔界中に広まっているから、私たちのことも周囲の悪魔たちは知っているのだろう。それでも不審には思うし不思議がる。

 私たちに向けられているのはそういう視線だった。もっとも敵意を見せられていないから、緊張する程度で済んでいるけど。

「あの、お料理屋さんとかもないんですか?」

「探せばあるかもしれんな」

「自分の街なのに把握してないのかよ」

「言ったはずぞグレイブよ。この街には何もない。故に足を運ぶ機会もない。余はこの街に……なんの期待も抱いてはおらん」

 そう言うイブリスはどこか寂しそうな顔をして、歩くペースを落とすことなく周囲も見ずに歩き続けた。

 案内するなんて彼は言っていたけど、本当は案内じゃなくて、ただ適当に歩き回っているだけなのかもしれない。だって、本当に何もないから。

 街といえばどんなお店がある?

 そんな質問の答えに挙がるようなお店は一つもない。料理屋さんどころか、食品を扱っているお店すら見当たらない。

 武器や防具、道具を取り扱っているお店もないみたいだ。見たところこの街では、商売というものが成り立っていないようだった。


 しばらく私たちは街の中を歩き続けるが、特にこれといって興味を抱くようなものはなく、気づけば城から遠く離れていた。

 振り返るとお城が見える。あれだけ巨大なお城も、ここまで離れるとこんなものかと思える大きさに見えた。

 これでまた近づけば、スケールの違いを再認識させられるのだろう。私は正面に視線を戻す。それと同じくしてイブリスが立ち止まる。

「ここまでが城下町だ。これより先は建物も何もない。ただの大地が続くのみだ」

「壁とか塀で囲ってるわけでもないんだな」

「うむ。明確な区切りは存在しない。必要もなかったのだ。余にとっては、どこからどこまでが街なのかなど……どうでもよいことだったからな」

 見渡す先は何もない。建物はなく、広大な大地が広がっていた。緑ではなく黒い葉をつける木々の森、氷の結晶のように透き通った山々。空を飛び交っているのも鳥ではなく、飛竜種ワイバーンの群れだ。

 私たちが暮らす場所では決して見られないような光景が、街の外に広がっている。正直に言えば、街よりも外のほうが見てみたいと思った。

 それほど、何も感じない場所だった。

 私たちは改めて振り返り、城とその周囲に広がる街の景色を見る。

「城に戻ってから聞くつもりだったが、ちょうどいいタイミングだ。ここで感想を聞かせてもらえるか?」

「感想ねぇ……」

「素直に言ってよいぞ。お前はどう感じたのだ? グレイブよ」

 最初に尋ねられたのはグレイブだった。彼は自分の髪の毛を触りながら、言いづらそうな顔をして一瞬視線をらし、街を見ながら答える。

「正直に言うなら、これを街とは思えないな」

「ほう、なぜだ?」

「街のていはなしてる。だけどそれだけだ。大勢住んでいるだけの場所を街とは……俺は呼びたくないなってことだ。あくまで俺の感覚ではな」

「ふむ。ではお前はどう思った? リリアナよ」

 グレイブの次に質問された私は、グレイブに一度視線を向けた。正直に言ってもいいのかなと、彼に確認するために。

 私の視線から察したグレイブは、こくりと一回頷いてくれた。それを見てから、私はイブリスに答える。

「何もない場所だなって……思った」

「何もない……か」

「うん。たくさん建物があって、たくさん住民がいて、それなのにどうしてここまで何もないのかなって。そう思った」

 人が大勢集まり、建物が出来て、やがて街になる。一人ではできないことが、十人二十人いればできるようになる。

 欲しいものをそろえるために買い物に行ったり、お金を稼ぐためにお店を開いたり。そうやって栄えていくのが街だと私は思う。

 ここにはたくさんの魔族や悪魔たちが暮らしている。にもかかわらず街はまったく賑わっていなかった。家の外に出る必要すらないほど退屈な場所だった。

 そう、退屈なんだ。

 こんなにも退屈な時間は久しぶりかもしれない。

 魔王の城、その城下町を案内されて退屈だと感じてしまうなんて、普通なら恐れ多くて言葉にもできないだろう。

 そして最後に尋ねられたのは……。

「アンナ、お前はどうだ? この街は」

「私は……えっと」

「よいぞ、素直に口にしてほしいのだ。嘘偽りなく、お前が感じたことを」

「……私は、寂しいなって思いました」

「寂しい?」

 首をかしげるイブリスに、アンナはこくりと頷く。彼女は話しづらそうに胸の前で手をモジモジ動かしながら、勇気を出して口にする。

「こんなにもたくさん悪魔さんたちがいるのに、誰も楽しそうな顔……してませんでした。賑わう声も、うれしそうな声もなくて……だから寂しいって」

「寂しい……そうか。そのように感じたか」

「あ、はい。えっと、ごめんなさい」

「謝る必要がどこにあるのだ。まったくその通りだ」

 イブリスは私たちの前へ歩いてきて、街に背を向けて振り返る。そのまま両腕を豪快に広げて、開き直ったように言い放つ。

「ここは街ではない! ただ余らが集まっただけの場所だ! 故にここには何もない! ただ集まり、日々を生きていくだけだ! だからこそ、寂しい場所なのだ」

 イブリスは私たちの意見をまとめ上げ、その全てを肯定してしまった。自分の街、魔界で最も大きな街を否定した。

 それなのに彼は、なんてすがすがしい顔をしているのだろうか。まるで私たちに否定してほしかったかのような……これは駄目だと言ってほしかったかのような顔をしている。

「お前たちの言ったことはもっともだ! 余もそう思う。否、そう思えるようになった」

 語りながらイブリスは私たちを見て、穏やかな表情を見せる。

「お前たちと出会い、あの街に出会い、共に時間を過ごす中でそう思えるようになったのだ。なぁグレイブよ。お前は自分が特別だと思ったことはないか?」

「なんだよ急に? そんなこと思ったことないぞ」

「そうか? 余は常にそう思っていた。余は特別で、余以外は取るに足らない存在なのだと……事実、余に並ぶ者などいなかった。勇者でさえ余には届かぬ」

「今度は自慢話か?」

「ふっ、自慢ではなく不幸話だぞ」

 魔王イブリス、彼は自他ともに認める特別な存在だった。彼を超える者はいない。彼を脅かす者はいない。

 同じ悪魔であっても、彼の前では赤子同然だった。数千年以上生きる中で、彼の興味は未知なものへと集束していった。対照的に、今あるものへの興味はなくなった。

 彼を慕う者たちも、彼を敵視する者たちも、共に歩んだ仲間のことでさえ、彼にとっては当たり前のように流れる時間と変わらない。

 だから意識して目を向けることはなかった。街の様子なんて、一度も気にしたことはなかった。それはまるで、自分一人で生きているような感覚だったとイブリスは語った。

「この数千年、余は一人で生きているような感覚だったのだ。余の周りには誰もいない。魔界には余しか存在していない。口に出したことはなかったが、そう感じていたのだと近頃気づかされた。これもお前たちと過ごす中でだ」

「なんだそれ。俺にはその感覚はわからないな。一人で生きてきたなんて……一度も思えたことがない。俺はいつだって誰かに支えられてきた。今だってそうだ」

「そうだな。人はか弱く、その一生は短い。故に他とのつながりを強く感じられる。お前たちと過ごす中で、余はそれを思い出した。当たり前のことだったのだ。余とて、一人で生きていたわけではない。余の周りにはいつも同胞がいた。共に生きてきたのだ」

「イブリス……」

 彼にしかわからない世界、長い長い時間の中で、一人で孤独を感じ続けてきた。だけど彼は思い出した。自分の周りにも多くの命があることを。

 イブリスは笑いながら続きを語る。

「まったくこっけいな話だ。孤高を気取っていたわけでもないのに、勝手に一人で孤独を感じていたとはな……だがそれも終わった! 余は今、とても清々しい気分なのだ! この街が、この魔界が変わる未来を想像するとな!」

「魔界が変わるって? お前が変えるのか? どう変えるつもりなんだ?」

「賑やかにするのだ! お前が街だと思える場所に、何もないとは言わせぬ街に。誰もが楽しげに過ごせるような街に。そのためにお前たちの力を借りたい!」

「俺たちにできることがあるのか?」

「ある! 明日からお前たちには存分に力を見せてもらうぞ!」

 そう言って高らかに笑うイブリスに、私たちはあきれながらも一緒になって笑顔を見せる。一体何をさせられるのか。多少の不安もあるけど、彼のまっすぐな思いには応えたいと思った。

 私もグレイブも、アンナも。


 集まる観衆。魔王城で最も広く、戦うために造られた空間。

 闘技場のように丸い形をした地面に、邪魔になるものは一つもなく、ただ平らな地面だけの広い空間。だからこそ、互いの存在を強く感じ取れる。

 集まる周囲の視線を感じながらも、グレイブは目の前にいる一人の宿敵の笑みが気になり、視線をらさない。

「……はぁ、なんでこうなったんだ」

 彼はぼそりとつぶやいた。

 観衆が集まる場所よりも近いとはいえ、彼の声はハッキリとは聞こえない。それでも今の一言は、直接耳にしなくてもわかった。だってそういう顔をしていたから。

 グレイブとイブリス、二人は今、悪魔たちに見守られながら向かい合っている。私が作り上げた新しい剣を手にして。


 さかのぼること数時間前──


        


「新しい剣を?」

「うむ。今、この場で作ってほしいのだ」

 街を巡り、城に戻ってきたところでイブリスからそんな注文が入った。をする可能性は考えていたので驚きはしなかったけど、あまりに急だから聞き返したんだ。

「えっと、材料とかはあるの? それに、どんな剣を作ってほしいとか」

「無論ある。鍛冶に必要な道具と設備はそろえておいた。これから案内しよう」

「待った」

 そう言ったのはグレイブだった。

「なんだ? お前には後で働いてもらうぞ」

「そうじゃなくて、まずどうして彼女に剣を作らせたいんだ? その理由を教えてもらおうか」

「ふむ、それもそうだな。では移動しながらでもよいか? いつまでも入り口に居座るのも邪魔であろう」

「……そうだな。なら歩きながらでいい」

 私たちは並んで歩きながら、イブリスが理由について語るのを聞く。

「ひとえに、リリアナの力を見せるためだ」

「誰に?」

「余の部下たち。ひとまずは幹部の数名でよいだろう。奴らに鍛冶の光景を見てもらおうと思っておる。そうすることで、彼女の価値を理解させる。余の剣を打ったのが彼女だとは説明したが、半信半疑の者も多いのでな」

「彼女の力を証明して、安全性を確保するとか、そんなところか」

 イブリスはうなずき続きを話す。

「人間にも価値ある者、優れた力を持つ者がいる。それをじかに見て知ることで、あやつらが多少でも人間に興味を持ってくれればそれでよい」

「なるほどな。彼女への害がないなら俺は構わない。リリアナはやる気みたいだし」

「え、なんでわかったの?」

「鍛冶って聞いた時の顔だよ。すごくうれしそうだったから」

 そんなにわかりやすく喜んだのかな。自分では気づかなかった。確かに鍛冶ができるって聞いてワクワクはしたけどさ。

「相変わらずよく見てるね」

「そりゃ見てるさ。リリアナのことは」

「そ、そっか。ありがとう」

 私は無性に恥ずかしくなって視線を逸らす。グレイブの今の発言は、私だけが特別だと言っているように聞こえたから。恥ずかしさ以上に嬉しくて、ほおが熱くなる。

「ふむ。ならば作ってもらえるのだな?」

「え、あ、うん。それで何を作ればいいのかな?」

「なに、そう難しい注文ではない。肉を斬らない剣を作ってほしいのだ」

「肉を斬らない?」

 それはつまり、切れ味の悪い剣を作ってほしいということ?

 私が聞き返すと、イブリスはあきれた声で、そんな剣を作って何の意味があるのかと呟いた。

「リリアナよ。お前は余にこの魔剣を作ったであろう?」

 イブリスは腰に、私が打った魔剣を携えている。彼いわく、あれから肌身離さず携帯しているらしい。自分が作った剣を大切にしてくれている話は、聞いていて嬉しかった。

 その剣に触れながらイブリスが言う。

「お前がこの剣に付与した効果を忘れたか?」

「忘れるわけないよ。自分で作った剣なんだし」

 イブリスの魔剣に付与した効果は『選択切断』。彼が選んだものだけを斬り裂き、それ以外は斬れない魔剣。斬りたいものを斬る剣だ。

 魔王である彼は戦いにおいていつもやりすぎてしまう。だから彼の剣には、やりすぎないための効果を付与した。

 その効果によって以前の戦いでは、部下たちの命を奪わず、意識だけを刈り取ることで鎮圧してみせたという。

「つまりそれと同じ剣を作ってほしいってことなの?」

「同じでなくもよい。むしろ同じでは困る。余の剣が特別ではなくなってしまうからな!」

「あははっ、そんな理由なんだ……」

「うむ。余が作ってほしいのは……そうだな。意識のみを斬り裂く剣、もしくは肉ではなく魔力だけを斬り裂く剣がよい」

 私はイブリスの話を聞きながら作り上げる剣をイメージする。要するに彼が求めているのは、をせずに斬り合える剣なのだろう。

 特定のものだけを斬り裂く剣は作るのが難しい。魔剣を作るためのスキルを保持し、魔法とルーン文字に関する知識を身につけていることが大前提。

 その上で鍛冶師としての技量が問われる。もっとも、すでにイブリスの魔剣を作ったことのある私にとっては、特に問題のない注文だった。

「それだったら作れると思う。道具と時間さえあれば」

「さすがの返事だ。どれくらいかかる? 二本欲しいのだが」

「えっと、その剣に使ったルーン文字の一部を流用すればいいとして……文字数も少ないし一回で成功すると思うから半日あれば作れるかな? でも効果をませるために寝かせる時間は別で必要になるよ?」

「そこは余の力でどうとでもなる」

 どうとでもって……一体どうするつもりでいるのか。気になるけど、私の役割は魔剣を二振り作ることだ。それをどうするかまでは考えなくていいだろう。

「半日でできるのであれば、その後のことも今日中にやれそうだな。グレイブよ、お前の出番も早くきそうだぞ?」

「お前……俺に一体何をさせるつもりだ? まぁ大体想像はつくんだが」

「ふっはっはっはっはっ! なに、単なる余興のようなものだ」

 豪快に笑うイブリスとそれを見ながらやれやれと首を振るグレイブ。私にもなんとなく、作った剣の使い道がわかった気がするよ。

「アンナよ」

「は、はい! なんですか?」

「お前の出番は二人の後だ。期待しておれ」

「わ、わかりました! 頑張ります」

 イブリスはアンナに一言告げると、私たちをある部屋に案内した。そこには入った途端に驚かされた。特に私とグレイブは。

「ここって……」

「え? なんでイブリスのお城に……私の鍛冶場があるの?」

「ええ? ここリリアナの鍛冶場なの!?

 部屋の扉を開け、目の前に広がっている光景の懐かしさ。ほのかに香る鉄の匂いと、風景が一致して思わず身体がぶるっと震える。

 どこをどう見ても私が普段働いている鍛冶場そのものだった。私だけじゃなくて、グレイブもよく来ているからわかるはずだ。

「転移の魔法か?」

いな、ここは余がリリアナの鍛冶場を再現した特別な部屋だ」

「さ、再現!? 私の鍛冶場を?」

「うむ。お前を招待した時のために作り上げたのだ。その反応を見たくてな!」

 イブリスは嬉しそうに高笑いする。

 私が本物と見間違えたこの鍛冶場は、彼が私を驚かすために作り上げた鍛冶場の再現だった。それも細かい部分まで精巧に似せられた再現だ。

 窓の外の景色こそ違うけど、小物の位置や漂う匂いに至るまで似せている。直感的に、私は魔界から帰ってきたのかと思ってしまうほどに。

「リリアナよ。ここであれば普段通りの仕事ができるであろう?」

「うん。なんだか落ち着くよ」

「それはよかった。では見学者も呼ぶとしよう」

「見学者?」

 そういえば、私が鍛冶をしている光景を見せて、とか言っていた気がする。まさかこの鍛冶場に玉座の前に集まった悪魔たちを入れるつもりなの?

 それはさすがに、広さ的に無理があるからしないとしても、誰が来るのか気になった。その疑問はすぐに解決する。

「もう呼んである。入ってもよいぞ」

「はっ!」

 声が聞こえたのは鍛冶場とお店をつなぐ扉だった。ただしそれは本来の工房での話で、この再現された鍛冶場では別の部屋につながっていたらしい。

 そこから顔を出したのは、イエガーさんと三人の幹部たちだった。

「ん? アスタルはどうした?」

「申し訳ありません。お声がけはしたのですが……」

「そうか。まぁよい。本来は城にいる者全てに見せたかったのだが、そういうわけにもいかんのでな。まずこの者たちの前で鍛冶を披露してもらうぞ、リリアナよ」

「うん。じゃあさっそく始めてもいいかな?」

「もちろんだ」

「鍛冶ってなるとやる気十分だな、リリアナは」

 そんなことをグレイブに言われて、まったくその通りだと頷く。グレイブに助けられてそうてんつるぎに関わってからというもの、どんどん鍛冶が好きになる。

 元から好きだったのだけど、最近では特にやりがいを感じる場面が多くなった。より多く、より身近で、私が作った剣を喜んでくれる人がいるからだろう。

 王都で働いていた頃もいたはずなのに、今はもう昔話のようにすら感じる。

 そういえば久しぶりだな。お城という場所で鍛冶をするのは……宮廷で働いていた頃以来だ。あの場所を離れた時は、もう二度とないことだと思っていたのに……。

「本当に何が起こるかわからないなぁ」

 と、ぼそりと呟き、私は準備してきた鍛冶用の道具を取り出して並べる。いつも通り、仕事をする時の手順で。

 私を見つめる視線の多さには緊張するけど、最近では見られるのも慣れてきたから作業に支障はなさそうだ。

「よく見ておくのだぞ! あの者が余の剣を作ったのだ」

「オレらを斬った剣をこんな小娘がなぁ……」

「にわかには信じられませんが」

「いいじゃない。悩まなくてもすぐに見られるのでしょう?」

 魔王軍幹部ギガス、ラベル、ルーチェ。順々に話した彼らは、一度はイブリスを裏切りやいばを交えた悪魔たちだ。

 彼らは等しく、私が打ったイブリスの剣に斬られている。その口ぶりからして、私があの剣を打ったとは信じられていないようだ。

 だからこそイブリスはこの場を設けたのだろう。

 この場に立たされた意味を感じながら、私は用意された道具や素材を確認していく。さすがイブリス、素材の豪華さは圧倒される。

 普段はお目にかかれない素材もたくさんあって、ここにあるものを使えばどんな剣だって作れてしまいそうだ。鍛冶師としてのワクワクが止まらない。

 ドラゴンのうろことか、貴重なものまで当たり前のように揃っているんだから。私じゃなくても興奮してしまうはずだ。

「さてと……始めます」

 炉に炎をともし、素材となるドラゴンの鱗を熱する。イブリスの剣を打った時と同じように、黒と赤と黄色の鱗を、それぞれ同じ枚数使い、超高温で一度溶かす。

 溶かし終わったら鉄も加えて、熱した複合物をひたすらにたたく。不純物を叩き出し、刃の純度を上げるための作業だ。

 鍛冶の中で一番力がいる作業だが、個人的にこの作業が一番気に入っている。理由は単に、叩いて飛び散る火花がれいだったり、叩くほどに純度が増す様子を見ていると、気分が良くなるからだ。

 宮廷で働いていた時はそれなりにストレスも多くて、この工程がストレス発散につながっていたのもあるかな。

 とにかく叩いて叩いて不純物を飛ばし続ける。

 一般的な魔剣は消耗品だ。効果を発動するごとに刃が劣化して、いずれは砕けてしまう。それは付与した効果に器となる剣が耐えられないから起こる現象だ。

 ちゃんときょうじんな器さえ作れれば、簡単には砕けない本物の魔剣を作り上げることができる。そのために使用する素材は重要なのだけど、イブリスのお陰で何の心配もいらない。

 最高の素材と、最高の環境が揃っているんだ。不完全な魔剣が出来上がることはありえない。鍛冶師としての私のプライドが、絶対に許さない。

すさまじい集中ですな」

「ほう、わかるかイエガーよ」

「はい。あの若さで至れる領域ではないのでしょう。よほど地道に修練を積んだと見受けられます」

「そこが人間の素晴らしさよ。短い命しかない身でありながら、余らを超えるものをいくつも生み出し、今もなお文明を築き続けておる。かつて余も、人間を弱い生き物と見下していた。だがそれは、見えていなかっただけなのだろう」

 鉄を打つ合間に、イブリスとイエガーさんの会話が聞こえてきた。褒められているようだし、難しい話でもあった。

 鍛冶に集中している今は深く考えられない。だけど、私が鍛冶をしている様を見て、人間の可能性を感じてもらえたなら、なんて誇らしいのだろう。

 そう感じながら工程を進める。魔剣といっても、剣を作り上げるまでの工程は同じだ。慣れた手つきで次へ次へと作業を進める。

 その間にもイブリスが解説して、それをふむふむと聞いているイエガーさんたちの姿があった。

 魔界にも鍛冶師はいるようだけど、ここにいる幹部たちは強い悪魔が剣を作る現場を見る機会はなかった。だからどうやって作るのかも、漠然とした知識でしかなかったらしい。

 こうして実際に剣を打つ様子を見ることで、彼らにも新しい発見があればいいと思う。

 時間が経過するとともに、私の額から流れる汗の量も増える。常に熱と炎がそばにあって、身体を動かし続ける作業だ。

 体力は自然とつくし、仕事をするほどにお腹も減る。今夜のご飯はアンナが作ってくれるのかな。なんて考える余裕も出てき。

 工程は最終段階を終えて、剣としては完成となる。見た目は何の変哲もないはがねの剣。その二振りをこれから魔剣に変身させる。

「ここからが魔剣の作業ですな」

「うむ。しかと見よ」

 イブリスの一言で注目度が跳ね上がる。ここからは刃を作る時とは別の集中が必要だ。

 魔剣の効果を決定するルーン文字。作成した剣にルーン文字を刻み込むことで、特定の効果を持つ魔剣が完成する。

 準備された聖水と付与台、がね。イブリスの魔剣づくりでも使った道具を用いて、さっそく付与を開始する。

 まずは作成した剣の刃を聖水に入れ清める。聖水から出した刃をしっかりと拭いて、付与台の上に置く。そのまま付与金を右手に持ち、刃に先端を当ててルーンを刻む。

 付与は効果が複雑なほど困難で、ゆっくり馴染ませないと刃が負荷に耐えきれず砕けてしまうことがある。文字が崩れたりしても駄目だ。

 刻む文字数によって難易度が異なる。前回は効果が複雑で三十二文字も必要だったから、練習した上で臨んだけど、今回は三分の一の十文字だ。

 難しくはあるけど、イブリスの剣を成功させた経験が、私にとって大きな自信になった。

 三十二文字の付与に比べれば、十文字の付与なんて簡単だ。そう思えるようになった私は、迷いなく付与金を走らせる。

 私にとっては当たり前になった光景でも、周囲から見れば面白いのだろう。剣に付与していく様を見たイエガーさんたちは、揃っておおーと声をあげていた。

 さっきまでは鍛冶師の技術を見せただけだが、今やっているのは半分は魔法の領域だ。それなら彼らにも伝わるみたいだ。

 ルーン文字を刻むことで、刃に魔法的効果が付与されていく。私が操る付与金から、特別な力が流れ込む様子でも見えているのだろうか。

 そして──

「ふぅ、出来たよ」

 予告した半日より少し早く、私は二本の魔剣を完成させた。すると周囲からパチパチと拍手の音が聞こえてくる。最初の拍手がグレイブだと気づいて振り向く。

 作業中は一度も声が聞こえなかったから、こうして顔を合わせて彼が微笑ほほえむと、私はとても安心してその笑顔がうつる。

「ご苦労であったリリアナよ! 見事に作り上げたか!」

「うん。でも言ってた通り効果を馴染ませる時間が必要だからすぐには使えないよ?」

「その時間とはどれほどあればいい?」

「えっと、最短でも二日くらいは」

 私がそう答えると、イブリスはなるほどと呟いて完成した剣の前に移動する。

「二日経過すればよいのだな?」

「う、うん」

 イブリスは右手を完成した魔剣にかざす。直後に魔剣の上に魔法陣が展開される。バチバチと黒い雷が走り、魔剣が光を放つ。

 激しい数秒だけで、すぐに魔法陣は消える。魔剣には外見的な変化は見当たらない。

「な、何をしたの?」

「二日間ほど時間を経過させたのだ。これで問題なくすぐに使えるであろう?」

「え、えぇ……そんなこともできるんだね」

「余を誰と心得る?」

 魔王だからできて当然だと言わんばかりに、グレイブはニヤッと笑みを浮かべた。確かに魔王なら時間くらい操れても不思議じゃない……のかな?

 驚かされることに変わりはないのだけどね。

「さぁ、次はお前の出番だぞ? グレイブよ」

 そう言って完成した魔剣のうち一本を、無造作にグレイブに投げつけた。グレイブは魔剣を受け取りイブリスに尋ねる。

「俺の出番?」

「そうだ。この剣の効果を確かめる。余とお前で」

「……はぁ、やっぱりそうなるか」

「無論だ。故に二振り作らせたのだからな」

 やれやれとグレイブがため息をこぼし、出来上がった剣を強く握りしめる。私が作り上げた魔剣の効果を披露するため、二人は刃を交えることになった。


        


 集められた観衆は、この城で働く悪魔たち。一部を除いて全員が参列しているそうだ。私の鍛冶場が狭くて幹部の三人しか入れなかったのに対して、今いる会場は広々として余裕がある。

 そもそも戦うために造られたいわゆる闘技場だ。観戦するためのスペースも用意され、ほとんどの者たちがそこに座る。

 私とアンナは特別に、観客用のスペースではなく、戦う二人がいるのと同じ場所に立っていた。もちろん戦いに巻き込まれないように離れたところで。

「ルールは、わざわざ説明する必要もないだろう?」

「深く斬られたほうが負けでいいだろ」

「うむ。魔力切れを終わりにしては、余が負けることはありえんからな」

 魔王の魔力は無尽蔵だ。つまりイブリスに魔力切れという状態はない。故に、魔力切れを基準にしたら勝負にならない。

 二人が設定した勝敗の基準は、互いに致命傷となりえる一撃を受けた場合を戦闘不能とする。それ以外のかすり傷はカウントしない。

「リリアナよ! 開始前に魔剣の説明をしてもらえるか?」

「う、うん! 今回の魔剣は、普通に使えばただの剣だよ。でも魔力を流し込むと刃が実体から変化して魔力の塊になる」

「魔力を流すと……こんな感じか」

 グレイブが先に試し、魔剣に魔力を注ぎ込む。すると切っ先が白い炎に包まれ揺らめき、一瞬だけ完全に刃が消失する。直後、消えた刃の代わりに半透明な白い刃が形成された。

 グレイブは切り替わった刃を顔の前に持ち上げ、近くで確認する。

「綺麗だなぁ……前に作った透明な剣と似てる」

「あれほど透き通ってはいないよ。触れてみて?」

「おう」

 グレイブが刃の中心に触れる。すると彼の指はするりとすり抜け、刃の反対側に顔を出す。

「おお、突き抜けたぞ」

「そう。それは実体のない刃、魔力だけで構成された刃だから実物は斬れない。斬れるのは魔力だけだよ」

「これなら本気で斬り合っても怪我はしないってことか。訓練には便利な魔剣だな」

「うん。でも魔力が扱える人じゃないとただの剣だから。使える人は限られるね」

 ただしそれは人間の場合だ。悪魔たちなら全員が魔力を有し、扱うことにけている。イブリスもすでに魔力を流し込み、魔剣の効果を発動させていた。

「うむ。実に良い出来だ。リリアナの実力はこれで証明できるであろう。次はお前だぞグレイブ」

「そのセリフは二度目だな」

「これより余と全力で戦い、お前の力を示すのだ。余が認めた勇者の実力を」

「だから勇者じゃないって……でもまぁ、この機会は嬉しいかもな」

 そう言ってグレイブは剣を構える。嫌々立ち合うのかと思ったら、その表情からは期待と歓喜があふれ出ていた。戦う前からすでに楽しそうだ。

「お前とは一度、ちゃんと戦ってみたかったんだ」

「よいぞ。そうでなくてはなっ!」

 戦いは突然始まった。開始の合図などはなく、イブリスが先に動き、高速で剣を振るいグレイブが受け止める。

 始まった途端に周囲から歓声が飛び交う。私とアンナは邪魔にならないように、できるだけ遠くに離れた。それでも可能な限り二人の勇姿が見える距離を保ってだ。

「頑張れ、グレイブ」

「ね、ねぇリリアナ。私はどっちを応援すればいいのかな?」

「どっちでも、好きなほうでいいと思うよ」

「す、好きなほう!」

 私はもちろん、二つの意味でそう言った。彼女は顔を赤らめ恥ずかしさを飲み込んで、胸の前で手を組む。

「わ、わかった。好きなほうを応援するよ」

「うん。私もそうするよ」

 グレイブとイブリス、二人の戦いを私とアンナは見守る。

 二人は長いつばいを経て互いに斬り払い、一時的に距離をとって再び接近する。互いに持っているのは魔力で形成された刃の剣。

 けんげきの音は鋼の剣同士の衝突と同じ、鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。二人の剣速は常人に追えるものではなかった。

 刃同士がぶつかってから音が遅れて聞こえてくる。戦いに関しては素人の私にも、二人の異常さはよくわかる。

 なぜなら、攻防が素早く激しすぎてわからないから。

「さすがだぞグレイブ! 剣術のみとはいえ、この余に並ぶとはしゃくなことよ!」

「並んでるか! こっちはギリギリだっての!」

 ハッキリとした優劣はわからないけど、ややグレイブのほうが押され気味に見える。彼の表情のほうが険しいからそう思った。

 激流のような攻撃をさばきつつ、反撃に出るタイミングをうかがっている。グレイブは巧みに攻撃をかわし、一定の距離をとりながら足さばきでほんろうする。

 グレイブが戦う姿は何度か見ているけど、ここまで苦戦している姿を見るのはこれが初めてだ。

 それも仕方がないだろう。相手はあの魔王イブリスなのだから。

「いい、いいぞ!」

「ったく興奮しすぎだ! もう少し手を抜いてくれないかな?」

「馬鹿者め! お前相手に手加減などする余裕はない!」

「くっそ!」

 大振りの一撃を受け、グレイブが後方に飛ばされる。受け身を取り着地したグレイブの頬からはかすかに白い煙が立ち昇る。

 魔剣によって肉体が斬られた場合、その箇所から魔力が漏れ出るようになる。傷口の大きさ、深さによって流れ出る魔力の量と勢いは異なる。

 グレイブが頬に負ったのはかすり傷程度。だから漏れ出る魔力はわずかだ。漏れ出た魔力は一時的に、白い煙のように見える。

「よく受け止めたではないか」

「ギリギリだよ。あと少し遅れたら斬られてたな」

「だがお前は受け止めた。その程度の傷で済んでいる。今の一撃、余は首をねるつもりでいたのだがな」

「だろうな。今の一瞬だけ本気の殺気がこもってたぞ」

 グレイブの額からは汗が流れつたい、剣を握る手に落ちる。明らかにグレイブのほうが劣勢だ。それでも彼は笑っていた。

「ふっ、この状況で笑うか。やはりお前は思った通りの男だな」

「何がだ?」

「お前も気づいているのだろう? 余とお前では肉体の性能に大きな開きがあることに」

「そりゃな……気づかないわけないだろ」

 グレイブは気づいていた。相手は人間の姿をしているとはいえ魔王だ。そのりょりょくは、人間の限界を超えている。

 速度も力も、反応も勘も、全てにおいてイブリスはグレイブを上回っていた。それでも彼はいまだに負けていない。それがいかに驚異的なことなのか……強い者たちほど痛感する。

「身体能力は余が上だ。剣術に関しても、余は別段修練などしていないが数千年分の経験がある。お前たち人間の短い一生では、どれだけ修練を積んでもこの差は埋まらない。わかるか? 修練では決して埋まらぬ差を、お前は埋めているのだ。そのてんぴんで!」

「天稟? ああ、才能とかそういう意味だっけ? 難しい言葉を使うよな」

「ならば天賦の剣才と言い換えようか? お前は生まれながらに剣術の才能を有していた。それも余と並ぶほどの強大な才能を! お前は生まれながらにして剣士だったのだ!」

 魔王イブリスをしてそこまで言わしめるグレイブの才能。数千年の経験にも並ぶ圧倒的な才能がグレイブにはある。

「生まれながらに剣士ねぇ……難しいことはわからないけど、悪い気分じゃないな」

「ふははははっ! 良い顔だ。だが余に勝とうなど千年は早いぞ」

「それはまだ、やってみないとわからないだろ?」

 グレイブの表情から笑顔が消え、足を広げ重心を安定させる。胸の前で剣の切っ先をイブリスに向けて半身に構えた。

「ほう。防御を捨てるか」

「ああ。お前を斬るには身を斬らせる覚悟がいる」

「正解だ! 死する覚悟なくして余に刃は届かん!」

 対するイブリスは構えこそしていないが、全身から魔力と殺気が溢れ出ている。すきだらけに見えてまったく隙がない。それが私にすらわかる。

「決死の覚悟で来るがいい!」

「……ああ、そのつもりだ」

 全身から立ち昇る魔力が、圧倒的な力による暴力を連想させる。この時、二人の戦いを見ていた誰もが直感的に思った。


 ──勝負は次の一撃で決まる。


 達人同士の立ち合いは、一瞬で勝敗が決することがあるという。二人はまさにその状況にいるようだった。

 誰もがその一瞬を見逃さないように目を凝らし、まばたきを忘れて見入る。緊張感が伝わって、私の額からも汗が流れ、頬をつたって地面に落ちる。

 その時、二人の姿が消えた。

 瞬きはしていない。それでも見えなかった。気づけば二人の位置は入れ替わり、両者は背を向け合って剣を振り抜いた後だった。

 静寂の中、グレイブの右肩から大量の魔力が溢れ出る。斬られたのはグレイブ……だけではなかった。少し遅れてイブリスの右脇からも同じくらいの魔力が流れ出た。

 防御を捨てた二人の刃は互いに届いていた。

「ふっ、やるではないか。余と引き分けるとはな」

「……違う。俺の負けだよ」

「む?」

 グレイブが先に魔剣の効果を解除した。魔剣で斬られた部分は、斬った相手が魔力を流すのをやめ、効果を解くと同時に元に戻る。イブリスから漏れ出ていた魔力の煙が消失した。

「お前の刃のほうが一瞬だけ早く届いていた。真剣なら、俺のほうが死んでいたよ。だから俺の負けだよ」

「生真面目な奴め。お前がそう思うならそれでもいいが……見ていた者どもはそう思っていないようだぞ?」

「え……」

 歓声が湧き起こり、二人の戦いを称賛する声が飛び交う。それは紛れもなく、グレイブの実力を悪魔たちが認めた証拠だった。

 イブリスが遅れて魔剣の効果を解除する。グレイブの斬られた箇所も元に戻り、魔力の漏出は止まった。二人は剣をさやに納め、私たちのほうへ視線を向ける。

「グレイブ!」

「イブリスさん!」

 私たちはそれぞれの名前を口にして、二人の元へ駆け寄った。

「お疲れさま、二人とも」

「おう」

「すごかったです! 速すぎてちゃんとは見えなかったけど本当に!」

「そうかそうか! ならばよかった」

 この感動は言葉だけでは伝わらないだろう。歓声が未だに収まらないように、私たち以外のみんなもそう感じているはずだ。

 そんな中、イブリスは鞘に納めた魔剣を私に見せつけるように前へと突き出す。

「リリアナよ! お前の魔剣は素晴らしい! 今の戦いを通して、それも皆に伝わっただろう」

「うん。ありがとう」

「礼を言われることではないがな。グレイブよ、お前の実力を疑う者はいない。これで不用意に手を出す者もいないだろう」

「だといいけどな」

 グレイブは笑いながら両肩の力を抜いた。流れ出る汗の量はすさまじい。私が仕事を終えた時と同じくらい汗をかいている。それだけ大変な戦いだったんだ。

「二人とも本当にすごかった! 私もう、なんだか感動しちゃって」

「そうか。だがアンナよ、次はお前の番だ」

「え、私?」

「うむ。リリアナ、グレイブが魅せた。次はお前の料理で魅せてほしい。明日の昼でいい。皆の前で料理を作ってもらえるか?」

 イブリスは優しい口調でアンナに尋ねた。その視線から向けられる期待をアンナも感じたのだろう。彼女はぐっと胸に手を当てて、真剣な表情で答える。

「はい! 頑張ります!」

 明日、彼女は料理を披露する。

 その日のことを私たちは、生涯忘れないだろう。


        


 薄暗く、狭苦しい部屋。王城に住む者の中で、この部屋の存在を知っている者は少ない。なぜならこの部屋は、彼女が独自に作ったものだから。

「はぁ、お兄様も面白い遊びをお考えになられますわ」

 妖しげに光る炎に照らされながらアスタルは呆れた顔をする。彼女は魔王イブリスに力を分け与えられた唯一の存在。表向きは兄妹という関係性であるが、実際に血のつながりはなく、力で魂同士がつながっている。

 故に、だからこそ両者は強くつながっている。血ではない、魂のつながりは、互いの魂を意識し合う。

 いわばイブリスにとってアスタルは分身のようなもの。それは彼女にとっても同じだった。

「人間どもをワタシたちの城へ招くなんて……」

 イブリスの妹アスタル、彼女は魔王の力を分けた者として、自身を特別な存在だと認識していた。

 事実、彼女は魔界において特別な存在だった。彼女の意思は、魔王の意思に等しい。魂の片割れである彼女の影響力、存在は魔界でも屈指であり、魔界の二番手は実質彼女だった。

 自分は特別である。選ばれた存在である。魔王の片割れなのだから、自分も魔王と名乗る資格さえある。

 イブリスは彼女を選び、彼女にだけ力を分け与えた。その理由を彼女は知らなかったが、イブリスにとっても特別な存在だと思い込んでいた。

 その思い込みは肥大化して、自分の意思は魔王イブリスの意思であるとすら思うまでに至る。

「人間は下等な生き物……肩を並べるなんてありえない存在だというのに……お兄様ったらすっかり人間どもに影響されているんですもの。こんなことならもっと強力な魔剣でも送り込むべきでしたね……」

 レーストンの街を襲った妖刀の事件、その首謀者はアスタルだった。かの妖刀は彼女が見つけた優れた鍛冶師をたぶらかし、女を恨むように仕向けて作らせた一振り。

 彼女に踊らされ、全てを失ったその鍛冶師は、彼女を恨む思いを込めて最後の刃を打った。だからあの妖刀は、女性のみに効果を発揮していたのだ。

 しかし、それも全て彼女の思惑通り。イブリスが人間の女に興味を持ったという話を聞いた時点で、彼女はすでに動きだしていた。

「保険のつもりでしたのに……まさかここまで気に入ってしまわれるとは思いませんでしたわ」

 その独り言はイブリスに対してである。

 人間の女鍛冶師リリアナ。彼女への興味もすぐに収まると考えていた。しかし彼女たちと触れ合い、人間に興味を持ってしまったイブリスに、アスタルはいらちを感じていた。

 人間と慣れ合うなんて魔王のあるべき姿じゃない。だから彼女は、目を覚まさせるために部下たちをけしかけ争わせた。

 それは失敗に終わり、次に人間界に妖刀を送り込むことで街の女を殺しつくすつもりだったが、結果的にリリアナとグレイブによって阻まれた。

 そうして迎えたこの日、アスタルは招待された三人と対面した。その時、彼女は理解した。

 一番最初に消すべきは、鍛冶師リリアナでも剣士グレイブでもなく、アンナである……と。

 リリアナには鍛冶師としての圧倒的な才能がある。グレイブには、人間でありながらイブリスと渡り合える剣技の腕がある。

 どちらも人間でありながら、光る才能を有していた。しかし彼女、アンナだけは何もない。何も感じられない。

 にもかかわらず、彼女はこの地に招かれた。イブリスに選ばれて。それはあってはならないことだと。

 特別な存在は自分だけ、選ばれるのも自分だけ。魔王イブリスにとって最も必要な存在は自分であり、イブリスは私のものだと思い込む。

 その強くゆがんだ独占欲が、彼女の行動を激化させる。

「お兄様、そろそろ目を覚ます時間ですわ」

 彼女は不気味な笑みを浮かべる。


        


 昼間の決戦が終わり、それぞれに部屋を与えられて夜になる。夕食はイエガーさんが用意してくれた。あれを料理と呼ぶにはお粗末で、ただ食材を焼いて適当に味をつけただけの原始的なものだった。

 量だけは多かったけど、魔界でとれる食材だったからかどれも見た目が……。

「うっぷ……思い返すと寒気が……」

 味は悪くなかった。素材そのものの味みたいだけど、本当に悪くはなかった。ちゃんと調理して見た目を良くすればマシになったと思う。

 今さらながら、料理は見た目も大事なんだと思い知らされたよ。

 その後は割り当てられた部屋に移動して、お風呂も済ませて比較的快適な時間を過ごさせてもらっている。イブリスがくれたペンダントのお陰か、変に絡んでくる悪魔もいなかった。

 グレイブとアンナは私の左右の部屋にいる。何かあったらすぐに呼ぶようにグレイブには言われていて、アンナは明日のことがあるから早く寝ると言っていた。

 私はまだ眠れそうにない。部屋のすぐ目の前には、外に出られるベランダのようなスペースがあった。すぐ目の前だし、ちょっと涼むくらいなら問題ないだろう。

 そう思って私はベランダに足を運ぶ。

 外に出て見上げた空は、想像していた以上に星々が輝いていて綺麗だった。イブリスが教えてくれた通り、夜は夜でちゃんと月が出ている。

 昼間に見えていたのは、魔力の層を隔てた太陽の光だった。今は月が出ていて、太陽よりも淡い紫色をしている。

 輝く星々も、普段私たちが見えている夜空とは違うみたいだ。数が倍以上あって、星の砂が無数に散らばっているように見える。

 一部は川が流れているようにも見えて、なんだか楽しくなって笑みがこぼれた。

「楽しそうだな、リリアナよ」

「え、あ! イブリス?」

「うむ、余である。こんな夜更けに一人で星見とは、いささか不用心ではないか?」

「えっと、ごめんなさい」

 まさかイブリスに注意されるなんて思わなかったな。グレイブと同じ顔だから、グレイブに怒られているみたいにも感じる。

「グレイブも近くにいるから、大丈夫かなって思ったんだけど」

「あやつなら眠っておるぞ」

「え、見てきたの?」

「見なくてもわかる。お前が一人でいる時点でな。よほど余との戦いがこたえたのだろう」

 私とイブリスは後ろを振り向き、グレイブがいる部屋の扉をじっと見つめる。直接は見えないけど、戦いに疲れた彼が眠っている姿を想像して微笑ましさを感じる。

「頑張ってたからね」

「そうであるな。あれほどの男はそうそうおらぬ。余が見てきた中でも、五指には入る逸材だぞ」

「そんなに強いんだ」

「強さだけではない。その信念も含めてだ」

 信念、すなわち心。単純な力の強さだけじゃなくて、グレイブは強い心を持っている。強靭な刃のように、決して曲がりも折れもしない心を。

 当たり前のように他人を助け、困っている人のために剣を振るい、自分の命をかけて守ろうとする。言葉で言うのは簡単だけど、中々できることじゃない。

 そんな彼だからこそ、私も、みんなもかれているんだ。

「まぁもっとも、余にはまだまだ及ばぬがな?」

「あはははっ、何千年も生きてる魔王と比べたら、誰だってそうなるよ」

「ふっ、何千年生きようと、全てを手に入れられるわけではないぞ? 今も、こうしてお前を手に入れられずいておる」

「え、あ……そういえばイブリスの目的って……」

 今さらながらに思い出す。彼が街を最初に訪れたのは、私の持つ鍛冶師としての技量に興味を惹かれ、欲しいと思ったからだった。

 力ずくで奪うこともできるがそれを好まず、私にイブリスを選ばせてみせると宣言して、グレイブとも張り合っていたんだっけ。

「忘れてたよ。まだ諦めてなかったんだね」

「余に諦めるという選択肢はない! いずれ必ずお前に余を選ばせてみせるぞ! あれから随分と時間も経た。どうだ? そろそろ余にれたか?」

「あははは……惚れたって……イブリスってそういう感情のこと詳しくなさそうだよね? あー、でも長く生きてる分、私たちより詳しかったりするのかな?」

「む……好意のことを言っているのであれば、余はそこまで詳しくはないぞ」

 イブリスはあっけないくらい正直に答えた。彼も悪魔だから、誰かを好きになるとかそういう感情は疎いように思っていた。実際はどうなのか、知りたいと思っていた私に、イブリスは夜空を見上げながら答える。

「悪魔だから、というわけではない。余にとって他者は等しくつまらぬ存在でしかなかったのだ。故に特別に感じることもなかった。気まぐれで力を分け与えた者もいたが、あれもただの気まぐれにすぎん」

「それってアスタルさんのこと?」

「うむ。当人はどう思っているか知らぬがな。余は余が全てだったのだ。だがお前たちに興味を持ってからは、久しく忘れていたことを思い出した気がする。それでも未だに、好意というものには理解が及んでおらん」

「難しいことだからね……私も同じようなものだから」

 誰かを好きになる気持ちと、それを自覚する自分の心。どちらも揃ってようやく、私たちは恋を知るんだ。知った後でも踏み出せない人は多い。

「リリアナよ、余は一体、誰に好意を抱いているのだろうな」

「え、そんなこと私に聞くの?」

「お前だからこそ聞いているのだ。グレイブ、あの男が心から欲するお前であればわかるのではないか?」

「うっ……グ、グレイブが何か言ってたの?」

「何度か話したぞ? 心底お前に惚れているようだな、あの男は」

 わ、私が知らないところで二人で話してるんだ。

 一体どんな話をしているのか気になるけど、恥ずかしくて聞くのがちょっと躊躇ためらわれるな。

「して、どうだ? お前にはわかるか」

「えっと……難しいな」

 他人が誰を好きかなんて、私に決められることじゃないと思うけど……。

 イブリスは期待に満ちた瞳で私を見つめてくる。そんな目で見られたら、何か答えなきゃって思うじゃないか。

「えっと、まず思うのは……イブリスは、私のことが好きなわけじゃないと思う」

「む? それはなぜだ? 余はお前を好意的に見ておるぞ?」

「それって鍛冶師としての私を、だよね? 最初からそうだったよ。イブリスが私に興味を持ったのは、私が鍛冶師だったから。それは好意ではあっても、恋じゃない……と思う」

「ふむ、なるほどな。そう言われるとそうだと思える」

 イブリスはふむふむと頷きながら納得している様子だ。まさか自分が、魔王の恋愛相談を受けることになるなんて……。

「ならば余は誰を求めておるのだ?」

「えっと……さすがに誰かはわからない。けど、もしイブリスに好きな人がいるんだったら、その誰かはきっと、特別の中でも特別なんだと思う」

「特別の中の特別?」

「変わった力とか、すごい技術とか、そういうのがあってもなくても、その人と一緒にいたいと思えたり、隣にいてほしいって思うような誰か。嬉しいことや悲しいことがあって、一番に共有したい相手が誰なのか……思い浮かべてみたらわかるかもしれないね」

 そう言いながら、自分でも目をつむって思い浮かべてみる。誰が思い浮かぶかなんて、目を閉じる前からハッキリしていた。

 自分で言っていて恥ずかしくなる。今の話はまるで、自分にも早く気づけと促しているみたいだったから……。

 私もいい加減、自分の気持ちと向き合うべきなんだ。彼の気持ちに応えるためにも。

「……そうか」

「イブリス?」

「感謝するぞリリアナよ。お陰で少し、わかったような気がする」

「ほ、本当? ならよかったけど……」

 イブリスは誰を思い浮かべたのだろうか。気になった私は彼に尋ねた。でも彼は小さく笑い、内緒だと答えるだけだった。


 私は、自分が平凡な人間だと知っている。私の周りにいる人たちは、みんな光る何かを持っているんだ。

 グレイブには魔物と戦えるだけの強さがあって、ギルドの中でも外でも頼られている。つい最近加わったリリアナには、誰にも負けないの才能があった。

 私には何もない。戦える力もないし、戦いを支えられる道具も作れない。私にできるとしたら料理だけだった。お母さんにはまだまだ届かないけど、私がみんなの役に立てることは、料理を作って帰りを待つことだけ。

 危険な依頼があった日は、いつだって不安だった。私には祈ることしかできないから、いつも夜な夜な震えていた。

 私にも戦う力があれば、戦いを支える武器があれば、みんなのことを守れたかもしれない。この不安もぬぐえたかもしれない。

 いくら思っても、私にそんな力はない。だからやれることを……みんなの無事を信じて、料理を作って待つ。

 みんながしいと言ってくれるように。少しでも楽しんで、幸せな気持ちになってもらえるようにと思って。

 ただ、今はそれだけじゃないんだ。


 ──期待しているぞ。


 あの日、彼は私に言ってくれた。私の料理を食べて、期待していると。自分の知らない味をもっと教えてほしいって。

 お母さんのほうが料理は上手だし、味も美味しいのに、彼は私に期待してくれている。それがどうしようもなくうれしくて、誇らしくて……応えたいと思った。

「……う、うぅ……」

 リアルな夢の中で、自分の気持ちを整理していた私は、不意に目を覚ました。慣れない環境だから眠りが浅かったのかもしれない。

 外を見ても、一日中夜の魔界では時間がわからない。時計を見たら、まだ朝というには早い時間帯だった。どうやら早起きしすぎてしまったみたいだ。

「まだこんな時間……でも……よし!」

 私は着替えてちゅうぼうへ行くことにした。約束の時間はまだ先だ。イブリスさんにお願いされたのは、今日の昼食を作ること。

 朝にもならない時間に厨房へ入る必要はないけど、こうして時間がつのを待っているのは不安で仕方がなかった。

 自信がないから、ギリギリまで練習したい。厨房の場所と、今日のために準備された食材も教えてもらっている。残された時間で、少しでも美味しい料理を作れるように。

 寝坊したわけでもないのに、私は焦るように部屋を出て厨房に駆けだした。この時の私は必死で、よく考えていなかったんだ。

 一人で城内を歩き回る危険さと、私自身の非力さを忘れてしまっていた。

「──おひとり様ご招待」

「え?」

 廊下を走っていた時、背後から誰かに声をかけられた。振り返った時、そこには誰もいなかった。というより、何も見えなかった。

 視界が一瞬で真っ暗になって、急激に襲い来る睡魔に負けて……。

「あ……れ……?」

 私は何が起こったのか理解できないまま、意識を闇に沈める。


 次に私が目覚めたのは、どれくらい時間が経過した時なのだろう。

 目を開けた私は、冷たい空気と視線を同時に感じて、身体がぶるっと震えた。暗くジメジメした部屋で私は壁にもたれて座っていた。

 手足が動くことを確認してから、私は立ち上がろうとした。

「そのまま動かないほうがいいですわ」

 その時、声が聞こえた。

 私の目の前にいたのは、イブリスさんの妹……アスタルさんだった。彼女は私にニコリと笑みを浮かべる。その笑顔は私が知る中で一番怖くて……冷たかった。


        


 早朝から城内は異様な慌ただしさを見せていた。悪魔たちが廊下を駆け回り、一人の人間を探している。その中にはグレイブとリリアナの姿もあった。

 二人は廊下の真ん中で立ち止まり、響くほど大きな声で叫ぶ。

「アンナ! どこだ!」

「いたら返事して!」

 返事はない。険しい表情を見せる二人は、顔を見合わせうなずき再び駆けだす。

 最初に異変に気づいたのはリリアナだった。グレイブよりも先に目覚めた彼女は、アンナの部屋を訪ねた。しかし返事はなく、扉を開けると誰もいなかった。

 グレイブにそのことを話した後に、厨房へ向かうも誰もいない。不審に思った二人はイブリスを呼び出し事情を説明した。

 そして現在、イブリスの部下たちに捜索を命じている。いまだ見つからず、すでに三時間以上が経過していた。

 散々探し回ったグレイブとリリアナは、アンナが料理をする予定となっている厨房へ足を運んだ。

 そこにはイブリスの他に、イエガーと幹部たち、さらに珍しくアスタルの姿もあった。

「くそっ、どこにもいないぞ」

「どこ行っちゃったんだろ……アンナ」

「……イエガーよ。捜索のほうはどうなっておる?」

「はい。残念ながら未だ行方はつかめておりません。城外にも捜索を広げておりますが……」

「そうか」

 イブリスは冷静に返すが、その表情は重い。約束の時間まで残り三十分を切っていた。

「おやおや、一向に現れませんわね」

「アスタル……お前は何か知らぬのか?」

「私は何も知りませんわ。せっかく私も足を運んだというのに、これでは拍子抜けですわね。人間らしく弱気になって逃げてしまったのではありませんか?」

 アスタルは挑発するようにニヤつく。その態度や言動にいらちを感じたグレイブが、彼女に対して意見しようと近づく。

「おい、お前まさか──」

「待てグレイブ」

「イブリス……」

 それを制止したのはイブリスだった。グレイブはイブリスをにらむ。

「なんで止める? こいつ明らかに……」

「そうだな。だが何の証拠もないのだ」

「証拠ってお前……この状況でどうして冷静でいられるんだ」

「余が魔王だからだ」

 イブリスはハッキリと、臆面もなくそう言い切った。その眼に、態度にグレイブは小さく驚き両目を大きく見開く。

「それにここは厨房だ。余計なほこりを立ててはならん」

「お前……」

「グレイブよ。お前の不安は理解できる。だが少しは信じたらどうだ?」

「それは……アンナをか?」

「アンナだけではない。余を、この余がお前たちの無事を保証しておるのだ。この魔界において、これ以上の安心などないのだぞ? お前たちは信じて、胸に手を当てて祈っておればよい」

 イブリスは自分の胸に親指を当てながら語る。それは、彼と二人にしか伝わらないサイン。心配はいらないという意味が、グレイブとリリアナには伝わる。

 しかし伝わっていない者は、その意味がわからない。

「お兄様は、あの者のことを信じておられるのですね?」

「そうだ。アンナだけではない。この場にいる者たち全員を、余は信じておるぞ。もちろん、お前も含めてだ」

「あら、なんて嬉しいお言葉なのでしょう。そう言っていただけてワタシも幸せですわ。ですが、人間たちと同列に扱われるのは、少々不服です」

「お前はそう言うであろうな。だが、余は信じておるぞ。アンナは必ず、ここへ来る」

「……悲しいですわね。お兄様が裏切られる未来がわかっていて、それを見守ることしかできないなんて」

 そう言いながら彼女は厨房の出入り口に向かって歩きだした。

「どこへ行く?」

「ワタシは自分の部屋に戻りますわ。どうせ催しは中止でしょうから」

「そんなことにはならないぞ?」

「お兄様は……お優しいですね」

 最後にそう言い残し、アスタルは厨房を出ていく。

「……そうでもない。今の余は……立腹しておる」


        


 淡い明かりだけが頼りで、互いの顔くらいしか見えない。壁や天井は暗すぎる。窓もないから、ここがどこなのかもわからない。

「ど、どうしてここに……い、今何時ですか!」

「さぁ、どうでしょうね~。そろそろ約束の時間かもしれませんわね」

「だ、だったら行かないと!」

「行かせるわけないでしょう?」

 冷たい視線は殺気を含み、立ち上がって動き出そうとした私は恐怖で足がすくむ。

「今の状況がわからないのですね。これだから下等な人間は……」

「ど、どういうことですか?」

「まだわからないのですか? 貴女あなたを連れてきたのはワタシですよ?」

「ア、アスタルさんが……どうして?」

 私には本当にわからなかったんだ。今日のお昼のことで頭がいっぱいで、自分がこうして彼女の前に立たされている意味も。

 そんな私に苛立ったのか、彼女はあからさまに表情をこわらせる。

「本当に愚かですね」

「──!」

 怖かった。彼女の視線が、声が、何もかもが怖かった。私のことが嫌いで、気に入らなくて、殺してもいいと思っているような……。

 逃げ出したいのに、恐怖で逃げ出せない。

「愚かな貴女にもわかるように説明してあげましょう。貴女は、お兄様のそば相応ふさわしくないのです」

「え、イブリスさ──」

「そうして名を軽々しく口にすることすら不敬ですよ?」

 彼女はひどく怒っていた。今さら確認するまでもなく、イブリスさんのことで怒っている。

「お兄様はこの世で唯一無二の存在です! あの方より上の存在はない。あの方こそ、全ての頂点に立つお方……そしてワタシだけが、あの方の隣に立てる。なぜかわかりますか?」

「……」

 私は怖くて答えられなかった。するとアスタルさんは馬鹿にするように笑って言う。

「ワタシだけが、お兄様に力を分けていただいたからです。この城の中、いえ世界全土を探しても、過去も未来でも唯一、ワタシだけ。ワタシだけがお兄様の特別……わかりますか? 貴女や、あの二人の人間どもが共にいることなど……本来あってはならないのですよ」

「そ、そんなの……」

「もっとも理解していただかなくても結構ですわ。どうせ貴女はここまでです」

「え……」

 彼女はニヤリと笑い、私に向かって歩み寄る。それが怖くて、私は後ずさる。逃げるように下がっても、すぐに壁に当たってしまった。

「な、何をするつもりなんですか!」

「ふふっ、知ったところで意味はありませんよ?」

 そう言って彼女は私のほおに優しく、いやらしく触れる。

「ここはワタシだけが知っている特別な部屋。お兄様も知りません。だから誰も……この場所にはたどり着けない」

「な、え……」

「わかりますか? ここで何が起こっても、誰も気づかない。仮に貴女を殺して、ワタシが貴女に成り代わっても」

 彼女の声に、身体が震える。

「ふふっ、成り代わったりはしませんわ。ワタシは人間のフリなんてしたくありませんもの。だから、このままずっとここにいてもらいますね。一人寂しく、死ぬまで」

「そ、そんな! だ、誰か!」

「叫んでも無駄ですわ。ここは空間そのものが別ですから。どんな声も魔法も届かない。諦めなさい。お兄様の特別はワタシ一人で十分……貴女はいらない」

 アスタルさんはため息をこぼす。

「お兄様もそろそろ、目を覚ましていただきたいですわね」

 目を覚ます?

 意味がわからない。私には、彼女の言っている意味が理解できない。自分は特別だと、自分だけがイブリスさんの唯一だと……。

 イブリスさんが彼女にそう言ったの?

 本当にそうだとしたら、納得できる……のかな?

 ううん、できないんだ。もう……今の私にはそれで納得なんてできない。

「あ、貴女が特別なのは……わかりました」

「へぇ、やっと理解できましたか?」

「でも、だからって納得なんてできません!」

 怖い、怖い、怖い。

 彼女の睨む視線に、触れている手に、その全てに込められた殺気は私の全身を強張らせる。

 それでも私は、ここで引く気にはならなかった。

「私は才能なんてないです! そんなこと私が一番わかってます。でも、それでも私に期待してくれている人がいるんです!」

 期待して、待ってくれている人がいる。きっと今だって……。

 何より、私の胸に燃える温かな気持ちが、立ち止まるなと叫んでいるんだ。

「その期待に私は応えたい!」

「……ここまで愚かだとは思いませんでしたわ。そんなに死にたいのなら──」

 死にたくなんてない。ただ、今は無性に会いたい。

 あの人に、人ではないのに、人間みたいに温かな言葉をくれる彼に。


 ──イブリスさん!


 近くに行きたい。そう思った時、胸のペンダントが光を放つ。

「な、これはお兄様の!?

「イブリスさん?」

 私は彼の言葉を思い返す。望めば彼をここへ、彼の元へ行けると言っていた。だから私は強く願った。

「お願いします! 私をイブリスさんの元へ!」

 その声に応えるように、光は強まり魔法陣が私の足元に展開される。アスタルさんは慌てて手を伸ばしていたけど、もう遅かった。

 ペンダントの光に包まれた私が、次に目を開けると──

「時間ギリギリだぞ? アンナよ」

「イブリスさん!」

 彼が目の前にいた。優しく笑いかけてくれる彼が……。

 泣きそうになる。安心したのと、嬉しさが相まって今にも涙がこぼれそうになった。グレイブとリリアナも心配してくれていたみたいだ。

「「アンナ!」」

 二人して私の名前を呼んで駆け寄ってきてくれた。

「何があったんだ!?

は? 何かされてない?」

「あ、えっと……」

「アンナよ。もう約束の時間だ」

 どう答えようか悩んでいる私に、イブリスさんが言う。二人はそれどころじゃないって顔をしていたけど、彼は私に続けて言ったんだ。

「料理を頼めるか?」

「……はい!」

 伝えたいことはたくさんある。心配してくれた人たちにも謝りたい。その全てを、今から作る料理に注ごう。

 私にできることは、結局それだけなんだから。


        


 アンナが転移した直後、残されたアスタルは怒りをあらわにしていた。

「ありえないわ……あんなものを持っていたなんて!」

「──気づけなかったであろう?」

 予想外の声に慌てて振り返る。そこには、いるはずのない男が立っていた。自分の口で、この場所を知らないと言い切った相手が。

「お兄様?」

「こんな暗い場所で何をしているのだ? アスタルよ」

 イブリスは当然のように部屋の中にいた。この部屋はアスタルが独自に作り出した空間であり、出入りにはアスタルの許可がいる。故に、彼女以外は存在を知らない。

 と、思い込んでいた。

「ど、どうしてここが……」

「気づかぬわけがないであろう? お前には余の力が宿っておるのだ。自分の力の所在を、余が感知できないとでも思ったか?」

「っ……」

「ふっ、だが逆に、お前は気づけなかったであろう? 余がアンナに持たせていたペンダントに」

 あのペンダントはイブリスの血をもとに作られている。外敵を寄せつけない効果を持つ守りの魔導具だった。しかし作成者であるイブリスには何の効果も発揮しない。彼にとってはただのペンダントでしかなかった。

 アスタルはイブリスの力を持つ存在。故に、彼女にもペンダントの効果は発動しない。つまりペンダントを持つ者たちに害意を持って近づけるのは、彼女だけだった。

「……ずっと見張っていたのですね」

「無論だ。もっともこの姿は分身。お前がさっき余の本体と会話したのと同じな」

「そうですか。全て見抜いていたのですね? 厨房でお兄様と話していた私が、分身体だということも……さすがお兄様ですわ」

「褒めてくれているところ悪いが、余はそんな話をしに来たのではないぞ?」

 二人を覆う空気がピリつく。にこやかに微笑ほほえむアスタルも、イブリスの静かな怒りを感じ取っていた。

「怒っているのですか?」

「そう思うか?」

「もちろんですわ。ワタシはお兄様のことならなんでもわかりますもの」

「……ならばなぜ、こんなことをした?」

 イブリスは全て見抜いている。彼女がここで何をしていたのかも、何をしようとしたのかも。それらの問いを一言に集約して言い放った。

 対するアスタルの回答はシンプルに……。

「もちろんお兄様のためですわ」

「余のためだと? これでどこが余のためなのだ?」

「お兄様の目を覚ましてさしあげようとしたのです。人間の女に惑わされてしまっていましたから。お兄様の唯一の理解者であるワタシがこうして手を回して──」

「ふざけるな」

 それはあまりにも重く、常人であればひれ伏してしまうほどの圧力だった。アスタルも思わず全身を震わせ、警戒態勢をとる。

「アスタルよ。お前はやはり勘違いをしている。それも二つだ」

「勘……違い? 二つ?」

「まず一つ、お前は人間の価値を見誤っている。人間は下等生物、取るに足らない存在だと思っているな?」

「事実ですわ。あれらはワタシたち悪魔と比べ、いいえ、他の生物に比べてもひ弱すぎますもの。一人では何もできないから、うじむしのごとく集まって」

 アスタルが脳裏に思い浮かべている人間は、無能で無価値で無意味な存在でしかなかった。彼女はあざ笑うように言う。

 イブリスも小さく笑っていた。しかしその笑みは、アスタルに向けられている。

「愚かだな。何も見えておらん」

「──? どういう意味でしょう?」

 アスタルの表情が強張る。イブリスが自分を笑っているのだと気づいたからだ。

「そのか弱き者に気づかれていたということだ。妖刀だったか? あの街に放たれた刺客もお前の差し金であろう?」

「……そこまでご存じだったのですね。さすがお兄様」

「違うぞ。気づいたのは余だが、きっかけをくれたのは、あの街の鍛冶師だ」

「鍛冶師……まさか!」

 妖刀とアスタルのつながりに、最初に気づいたのは鍛冶師リリアナだった。彼女は妖刀の折られた刃に触れていた。

 妖刀には意思が残る。そのほとんどは作成者の無念やおんねんだが、ごくわずかに使用者の痕跡も残ることがある。その者がより強く、より邪悪であればあるほど、いびつで異様な力が残るのだ。

 優れた鍛冶師にしか感じ取れないわずかな感覚を、リリアナは確かに覚えていた。そして彼女は、同じ感覚を抱かせる存在と対面した。

「お前を見て、違和感がつながったと言っていたぞ。もしかしたら……とも言っていたが、間違いなかったようだな」

「そんな……ワタシが……人間に?」

 はめられた、という言い方は似合わないかもしれない。ただ彼女は気づけなかった。鍛冶師であるリリアナの感覚が、彼女の想像を超えていたことに。

「今のが一つだ。そしてもう一つ、お前は最大の勘違いをしている」

「……最大?」

「余はお前を、特別だなどと思ったことは一度もない」

「え……」

 衝撃を受けたアスタルの表情は、驚きでピタリと時間が止まったように固まった。

「な、なにを……」

「お前に力を分け与えたのは単なる気まぐれだ。特別な意味も感情もない。その点については、余が考えなしだったと認めておこう。その勘違いが、お前を間違った方向へいざなったのなら……これも余の責任であろう」

「ち、違いますわ! ワタシだけがお兄様の──」

「お前はやりすぎたのだ。余のためと言ったが、それも偽りだ。お前はいつも、自分のためにだけ行動している……かつての余と同じように」

 力を分けた存在、だからこそ感じるものがイブリスにはあった。まるで鏡に映った自分を見るように、過去の愚かさを後悔させられるように。

「その間違い、ここで終わらせよう」

「お兄様! ワタシはお兄様にとって特──」

「特別は、お前ではない。なぜならお前は、余だから」

 イブリスはアスタルの額に手を触れ、その力を吸収する。かつて分けた力を、自分の中に引き戻す。同時に自ら犯した罪を背負うように、アスタルの力も吸収して、一つになった。

 彼女はイブリス自身であり、自分にとっての特別ではない。そう言った彼の分身も消え、空間も消失していく。


        


「──出来上がりました」

 料理に取りかかって一時間と少し。私は人数分のお昼ご飯を作り上げた。特別に手の込んだ品はなく、ただいつも通りの昼食を。

 そのほうがいいと、自然なままが一番だと思ったから。

 テーブルの上に食事を並べる。席に着いているのは、グレイブとリリアナ、それからイブリスさんと部下の悪魔さんたちだ。

 ギガスさんが並んだ料理を見て言う。

「おお~。料理ってこんな明るいのか」

「鮮やかというべきですよ」

「どっちでもいいだろ? つーか、いい匂いだな」

「ええ。忘れていた食欲というものが駆り立てられるようです」

 彼は隣に座っているラベルさんと話しながら、料理に手を伸ばそうとする。それをイブリスさんが止める。

「待て。食べる前に挨拶が必要なのだよ。いただきます、とな」

「あ、わかりました」

 イブリスさんが手本を見せるように、料理の前で手を合わせる。それを真似て他の悪魔たちも手を合わせた。

「「「いただきます」」」

 一斉に声がそろう。人間と悪魔が同じテーブルで食事を始める。その光景は、世界でもここでしか見られないはずだ。少なくとも今、この瞬間は。

「うめえ! なんだこれ! 料理するだけでこんなに変わるのか!?

「ああ、温まりますね……」

「こっちの甘い味付けも好きだわ」

「これは……期待通りの腕前ですね」

 イエガーさんが確かめるようにイブリスさんにそう言った。イブリスさんは嬉しそうに満面の笑みを見せる。

「そうであろう? 余が認めた料理人なのだ! その味、腕をとくと堪能するがよい」

「なんであいつが得意げなんだよ……」

「細かいことはいいでしょ? ほら、私たちも食べよう」

「そうだな。アンナの料理は、なんていうか安心する味だな」

 グレイブとリリアナも美味しそうに食べてくれている。二人にとってはいつもの味だから、代わり映えしないと思うけど。

 他の悪魔さんたちも楽しそうだ。それは素直に嬉しい。だけど、私が一番気になるのは、やっぱり彼の反応だった。

 イブリスさんは料理を一口頬張ると、味を全身で感じるように目を閉じみしめる。

「アンナよ」

「は、はい!」

「良い味だ。これまでも食してきたが、今日の料理が一番美味に感じる。何か特別な隠し味でも入れたのか?」

「隠し味……って言えるかわからないですけど、一つあります」

「ほう? なんだ?」

 イブリスさんは興味津々に目を向ける。会話が聞こえたのか、他のみんなの視線も集まってしまった。みんなに見られながら言うのは恥ずかしい。

 それでも、伝えたいという気持ちがあふれ出て、もう我慢できそうにない。

 だから──

「イブリスさん! 私、私……イブリスさんのことが大好きです」

「──!」

 言った。ついに言ってしまった。

 私がずっと胸に秘めていた思いを、彼に直接……他の人たちの目がある中で堂々と。恥ずかしくて両目をつむり、そのまま開けられない。

 開けないまま、私は思いのたけを話す。

「イブリスさんは私の料理を美味しいって言ってくれて、私に……期待してくれてるって言ってくれて。すごく嬉しかったんです。応えたいって思って、いつの間にか、イブリスさんのために料理を作りたいって思うようになっていました」

 自分でもいつからなのか、明確に区切りはわからない。料理を作る時にイブリスさんのことを思い浮かべて、喜んでくれている様子を想像しながら手を動かしていた。

 思えばもうその時点で、私は好きになっていたのだろう。

「余が好き……か。それは、単なる好意とは違うなのだな?」

「は、はい。その……」

「よいのか? 余は悪魔……魔王だ。お前と同じ人間ではない。同じ時間を共有することはできないのだぞ?」

「そ、それでも好きになったらどうしようもないんです。私なんかがイブリスさんに似合わないのはわかっています。私は人間で、料理がちょっとできるだけで、他に何もない。でも、好きなんです。大好きになったんです!」

 言葉を口にするたびに感情が溢れて、瞳からは自然と涙がこぼれていた。私は心のどこかで、これがかなわぬ恋だと自覚していたんだ。

 どれだけ好きになっても、私とイブリスさんじゃ釣り合うことはない。人間と悪魔、何もない私と何でもできる彼が……。

「──昨日、こんな話をしたのだ」

「え?」

「余が好意を抱いている者は誰なのか知る方法……目を瞑り、共に笑い合いたいと、これから先を隣で過ごしたいと思える者を想像すると……その時に浮かんだのは、あの街で出会った者たちだった。グレイブ、リリアナ……アンナ、お前もいたのだ」

「私……も?」

 イブリスさんは優しく微笑み、ゆっくりと席から立ち上がる。

「長く生きた余であっても、お前たち人間の言う好意は複雑すぎてよくわからん。浮かんだ者たちの中にお前がいた。余がお前を好意的に見ていることは確かだが、それが唯一かと問われれば、それはわからない。それが余の出した答えだった」

「そう……ですか……」

「うむ。余には人の好意は理解の外だ。だから、アンナよ。余に好意というものを教えてくれ」

「え……」

 あまりにも意外な要求に、私の頭は真っ白になった。どういう意味なのか聞き返すこともできずに固まっていると、イブリスさんが続けて言う。

「余は昔から欲しがりだ。余の知らぬ新しいものを求めている。今もなお……その中にお前たちの言う好意もあるのだ。余は知りたいのだ。お前たち人間が求め合う感情を」

「えっと……それって……」

「アンナよ。お前であれば余に、それを教えられると思うのだ。余のどこかにある心を刺激できるお前であればきっと……それを期待しても、よいか?」

 それはあまりにも不器用で、遠回しな返事だった。私は頭が良いわけじゃないし、難しい言葉はよくわからない。

 それでも、この返事の意味だけは、間違えることはない。

「はい……はい! 私でよければ……」

「うむ。お前がいい。お前に余は期待している」

 人と悪魔、ただの女の子と、魔界の王様。不釣り合いで、とても似合わない組み合わせだけど、私は誰にも譲らない。

 彼の不器用な温かさ、優しさをこれからも近くで感じていたいから。


 種族の違い、生きてきた場所の違い、これから過ごす時間の違い。違っている部分を挙げればきりがない。人と悪魔にはそれだけ差がある。だけど、二人は手を取った。

 種族の差を飛び越えて、そんな小さな差なんて関係ないと示すように。魔王と頑張り屋さんの恋が始まる瞬間を、私たちは見守っていた。

うれしそうだね、アンナ」

「ああ、よかったな」

 嬉しすぎて涙を流すアンナのほおに、イブリスが笑いながら触れる。頬を流れる涙をすくい取る様は、王子様とお姫様みたいだった。

「すまんな、食事を止めてしまって。構わず続けてくれ」

「構わずって……」

 グレイブがあきれる。この状況で、二人の様子が気にならない人はいないだろう。いや、人だけじゃなくて悪魔たちもだ。

 魔王が手を差し伸べた人間に興味を持つ。食事のしさは口で感じて、その眼で奇跡のような光景をしかと見届ける。

 イブリスは周りの視線なんて気にせず、アンナの作った昼食を頬張りながら、その美味しさを言葉で彼女に伝えていた。

「そうだアンナよ! 夕食もお願いしたいのだが構わないか?」

「もちろんです! 私のほうからお願いしようと思ってましたから」

「そうか。今から待ち遠しいぞ」

「ありがとうございます。頑張りますね」

 アンナは幸せそうに微笑ほほえむ。二人の会話を聞いて、様子を見ていた私とグレイブは同じ感想を口にした。

「なんだか見てるとこっちが恥ずかしくなるね」

「そうかもな。友人の惚気のろけを聞かされてる気分だよ」

「あはははっ……でも、幸せそうでうらやましいな」

「羨ましい……か。そうだな。俺もそう思うよ」

 グレイブは一瞬言いよどんで、私を見てからアンナとイブリスに視線を戻した。彼が何を言いかけたのか気になったけど、私は聞かずに二人を見る。すると、イブリスと不意に目が合ったような気がした。

「……アンナよ。少し耳を貸せ」

「え、あ、はい」

 二人がヒソヒソ話を始める。イブリスがアンナの耳元で話しているから、私には聞こえない。ただ話を聞いているアンナが、何度もチラチラ私のことを見ていた。イブリスは私のことで何か話しているみたいだ。

「何を話してるんだろ……」

「なんだかこっちを見られてる気がするんだが……」

「グレイブも? じゃあ私たちのこと……?」

 私だけじゃなくて、グレイブも視線を感じていたみたいだ。私のことならに関する何かかと思ったけど、私たち二人となると別の話題なのか。

 考えてもピンとこないまま、二人のヒソヒソ話が終わる。その後に視線はまっすぐに、二人ともが私たちを見つめる。

「グレイブ! リリアナ!」

「余から見せたいものがあるのだ。この食事が終わったら一緒に来てもらえるか?」

「え、うん……私は大丈夫だけど」

「俺もいいぞ。危険なことじゃなければな」

「危険ではないぞ。ん、いや危険かもしれんがお前がいれば問題なかろう」

「なんだよその言い方……不安だな」

 その後、グレイブが眉をひそめてイブリスに詳細を尋ねたけど、イブリスは見ればわかると言って教えてくれなかった。

 危険なのか危険じゃないのかよくわからないまま、私たちは昼食を終えた。幹部の悪魔たちはアンナに感謝を伝えて部屋を後にした。

 イブリスとグレイブはイエガーさんと話している。たぶんアンナに何があったのか、そのてんまつを話しているのだろう。

 私はアンナが片付けるのを一緒に手伝っている。お皿をごしごしと洗いながら彼女に聞いてみる。

「ねぇアンナ、さっき何を話してたの?」

「さっき?」

「耳元で話してたの」

「あ、ああ……そんなに大したことじゃないよ。全然二人のことじゃないから!」

 アンナはあたふたしながらそう言った。目が泳いでいるし、私のことかなんて一言も聞いていないのに否定する時点で肯定したようなものだ。

「アンナはうそが苦手だね」

「う、嘘なんてついてないよ」

「ふふっ、大丈夫。もう聞かないから」

「そ、そう?」

 聞いたら簡単に教えてくれそうだったけど、内緒にしたいみたいだし無理には聞かない。彼女の言う通り、この後すぐにわかるはずだ。

 カチャカチャと食器の音を聞きながら洗い物を続ける。そんな中、アンナはぼそりとつぶやく。

「私ね? リリアナとグレイブにも、幸せになってほしいんだ」

「え……アンナ?」

「だって二人ともずっと近くにいるんだから」

「……うん」

 その後は会話もなく、私たちは黙々と食器を洗い続けた。数分かけて洗い終わり、片付けも済ませてみんなの元へ戻ると、どうやら話も終わっていたようだ。

 イエガーさんがいなくなっていて、グレイブとイブリスだけが残っていた。

「お待たせしました! イブリスさん」

「うむ。では向かうか」

 イブリスとアンナが隣に並んで先に歩きだす。私とグレイブは行き先を知らない。互いに顔を見合わせて、とりあえずついていくかと遅れて歩きだす。

 しばらく長く続く廊下をひたすら歩いて、しびれを切らしたようにグレイブが問いかける。

「おいイブリス。そろそろ行き先を教えてくれないか?」

「じき着く」

「そればっかりだな……」

「察しろ。サプライズというものは、知られてしまえば驚きも半減する。お前たちはせいぜい心の臓を躍らせてついてくるがいい」

 どうやらイブリスは到着まで教えるつもりはないみたいだ。グレイブも諦めて、短いため息をこぼして二人に続く。

 階段を下り、どんどん下ってさらに下の階層へ。私たちが到着したのは、城の地下二階にある固く閉ざされた鋼鉄の扉の前だった。

「ここか?」

「うむ。お前たち二人で扉を開けるのだ」

「なんで俺たちなんだ?」

「細かいことを聞くでない。早く開ければよい」

 見るからに怪しい扉。そして見るからに何かをたくらんでいるイブリスの表情。怪しさ満点で、さすがのグレイブも引き気味だ。

「大丈夫だって、グレイブ」

「アンナ……」

 ただ、アンナも何が起こるのか知っている風だった。彼女も関わっているのなら……と、グレイブも観念したようだ。

「開けるか」

「うん」

 私とグレイブで左右に立ち、両開きの扉を引っ張る。重厚な扉だったけど、予想していたよりも軽々と開いてしまった。

 中を二人して見たけど、真っ暗で何も見えない。

「暗すぎて見えないな。明かりってあるのか?」

「心配はいらぬ。中に落ちれば明かりはある」

「そうか……ん? 落ちれば?」

「ご、ごめんね二人とも!」

 そう言ってアンナは、私とグレイブの背中をグイッと押した。思いっきり押し込まれ、私たちはふらつきながら部屋の床を踏む。はずだった。

「え……」

「なっ!」

「楽しんでくるがよい!」

 床がなかった。真っ暗で見えないだけで、床が黒くなっているように見えただけで、実際は床なんて存在しなかった。

 私たちはそのまま下へ下へと真っ逆さまに落ちていく。およそ人間の身体では耐えられない速度での落下だった。

「リリアナ!」

「グ、グレイブ!」

 グレイブが私に手を伸ばし、その手をつかむと勢いよく抱き寄せてくれた。落下から私を守ろうとしてくれたんだ。ただ結果的に、それはいらぬ心配だったようで……。

「──なんだ? 身体が……」

「浮いてる?」

 私たちの身体は、地面に着地する手前でふわっと浮かび上がり、その衝撃は緩和された。お陰で無事に両足が地につく。

 状況が飲み込めないまま、私たちは眼前に広がる景色に驚かされた。

「なんだここ? 地下……なのか?」

「え、でもここ……」

 見渡す限りの草原。ただし草の色は緑ではなく、雪のように真っ白だった。上を見ると空が広がっている。青い空ではなく、ピンク色に染まった空が。

 見渡す大自然は何もかもが不自然で、見ていると頭がクラクラしてくるようだ。

 そこへ声が響く。

「ようこそ! 余のダンジョンへ」

「な、イブリスか!」

「ダンジョン? ここがダンジョン?」

「そうだ! そこは余が気まぐれで作った地下ダンジョンだ」

「気まぐれでダンジョンとか作れるものか?」

「余は魔王だからな。お前たちには今から、そのダンジョンを攻略してもらうぞ」

 唐突に始まり、当たり前のことのように説明を始めるイブリス。もちろんグレイブは文句を言う。

「待て待て。なんでそうなるんだ?」

「言ったであろう? サプライズだ」

「どこがだよ……」

「攻略すればわかる。道中立ちはだかる障害を突破し、見事終点までたどり着いてみせよ! では幸運を祈っておるぞ」

 ぶつりと音が響いて、それ以降シーンと静まり返る。

「イブリス? おい! 聞こえてるのか? あいつ勝手に……」

「あはははっ、イブリスらしいね」

(リリアナよ)

「へっ!?

 突然、頭の中にイブリスの声が響いた。驚いた私はへんてこな声を出してしまう。それにビックリしたグレイブが心配そうに尋ねる。

「ど、どうした?」

「え、今の──」

(余の声はお前にしか届いておらん。グレイブには聞かれたくない話なのでな)

「な、なんでもないよ。変な声が聞こえた気がして驚いただけだから。気のせいだったみたい」

 そう言って私はし、イブリスの声に耳を傾ける。

(余はサプライズなどと言ったが、あれは冗談だ。先を進めば嫌でも理解する。このダンジョンを作り上げているものを)

 作り上げているもの?

 それはまるで、自分が作ったのではないと言っているようにも聞こえた。

(リリアナよ。余はグレイブから聞いておるのだ。あの男がお前に告げた言葉を、その答えをお前は伝えていないな?)

 そ、それは……グレイブの告白の返事……。

 確かに私はしていない。彼もすぐにはいらないと言っていたから、その言葉に甘えた。

(余が語れることではないのだがな。リリアナよ、人の一生は短いのだ。永遠ではない。今が永久に続くのではない。故に、後悔をしない選択をするのだ)

 後悔をしない選択……。

 イブリスの声はそのまま聞こえなくなった。話は抽象的でハッキリと理解はできない。だけど一つだけわかったことがある。これはイブリスから私に与えられたチャンスなのだと。

「……行ってみよう、グレイブ」

「そうだな。さっさとゴールしてイブリスの奴を問いただすか」

「……うん」

 私たちは草原を歩きだす。ほんの数歩ほど歩いたところで変化が起こった。私たちではなく、周囲に。景色が一瞬で変わったんだ。

 それもよく知っている場所に。ここは私にとっても思い出深い場所だ。

「ここって……私とグレイブが初めて会った路地?」

「みたいだな。一瞬で景色が変わったぞ? ん? リリアナ、下がってろ」

「グレイブ?」

「変わったのは景色だけじゃないみたいだ」

 路地の先から現れた数人の男たち。私はこの男たちを知っている。雨の日、全てに絶望した私に声をかけてきて、乱暴しようとした男たちだ。

 彼らは無言のまま武器を取り、私たちに襲いかかってくる。

 グレイブは剣を抜き、襲いかかってくる男たちを容赦なく斬り捨てた。私はグレイブが人をちゅうちょなく斬るなんて思わなくて驚く。

「大丈夫だ。これは本物の人間じゃない。魔法で作られた幻影だ」

「え、あ……本当だ」

 斬られた男たちは砂になって消えた。グレイブは最初から、ダンジョンの仕掛けだとわかった上で剣を抜いたようだ。

「悪いな驚かせて。こいつらにはあまり良い思い出がないだろ? だからすぐに消したかったんだ」

 そう言いながら申し訳なさそうに剣をさやに納める。そんなところまで私の気持ちに配慮してくれていたんだと知る。

 そういう配慮が、優しい心遣いができることが彼の良さだ。そんな優しさが嬉しくもあり、時々切なくもなるんだ。

「あの時からずっと、私は守られてばかりだね」

「そんなことないさ。俺もリリアナには守られているよ。例えば──」

 その続きは言うまでもなく、光景となって現れた。私たちを囲む景色が一瞬闇に包まれ、気がつけば知らない場所にいる。

 切り立った崖の間、岸壁の一部はえぐり取られ、恐ろしい何かの傷跡が残されている。

「そう、ここだ」

「グレイブはここがどこか知ってるの?」

「リリアナにこの剣を打ち直してもらって、最初に戦った場所だよ」

「え、それって──」

 眼前には翼を広げ、天を覆い隠す漆黒の姿をこれみよがしに見せつける者がいた。ブラックドラゴン……最強のドラゴンだ。

「ド、ドラゴン!?

「こいつも幻影なんだろうけどな。迫力は当時と変わらない」

 グレイブは冷静に話しているけど、実際目の前に立つと震えが止まらない。きょうじんあごで今にも食いつかれてしまいそうだ。

 グレイブは私をかばうように、さりげなく一歩前へ出る。

「あの時もそうだったが、今は余計に感じるな」

「グレイブ?」

 彼は剣を抜き、切っ先をブラックドラゴンに向ける。

「後ろにリリアナがいるからかな? 負ける気がしないって思えるよ」

 そう言ってグレイブは余裕の笑みを浮かべ、ブラックドラゴンに斬りかかる。対するドラゴンも接近する彼に火を吐くが、グレイブは刃に炎をまとわせて振るい、それを相殺する。

 爆炎の中を突っ切り、ドラゴンの片翼へ刃を入れ、熱で溶かしながら斬り裂いた。

 私はその光景を見ながら思い出す。グレイブに問われた質問、ドラゴンも斬れるか……私はそれに斬れると答えた。

 私の答えは正しかったんだ。

 彼の剣は硬いドラゴンのうろこすらなんなく両断して、片翼をはくだつする。飛べなくなったドラゴンに、グレイブは続けて連撃を加える。

 まさに圧倒的だった。人とドラゴンの戦いには見えないほどに。

「この剣がなかったら、俺はこんなに戦えなかった。ずっと、リリアナには支えてもらっている。今でもそう感じているよ」

「グレイブ……」

 グレイブの心からの感謝は、言葉にできないほど嬉しかった。私の打ち直した剣が、彼を守ってくれている。支えてくれている。剣は剣士を守るものだと自分ではわかっているけど、実際に見せられると感慨深い。

 その後も、私たちは懐かしい敵や思い出と相対した。

 さすがの私も、イブリスが言ったことの意味を理解した。このダンジョン……というより空間なのだろう。これを作り上げているのは、私とグレイブの思い出だ。

 こうも立て続けに懐かしい光景を見せられたら、嫌でも理解できてしまう。

 イブリスの声を聞いていないグレイブも気づいただろう。この空間は、私とグレイブの思い出をなぞっている。ということはつまり、あの場面にも遭遇する。

 観衆の中、二人は向かい合う。

「──やっぱりお前も出てくるよな」

 勇者アレン。宮廷で働いていた頃の私が、心の支えにしていた人物……そして、裏切られてしまった記憶がよみがえる。

 今ならハッキリとわかる。あの頃の私は、この人に恋をしていたんだと。

「そういえば、この後でイブリスと戦って負けたんだっけ? 正直同情する気持ちもあるけど……それ以上に許せないって気持ちのほうが強い」

 グレイブは躊躇ためらいなく剣を抜き、構える。

「お前にだけは負けられないな」

 戦いはすぐに始まった。そして、意外にもあっけなく終了する。

 駆けだしたグレイブの剣をアレンが聖剣で受けた。そのままグレイブは剣を回してアレンの聖剣を巻き取るようにすくい、投げた。丸腰になったアレンを、彼は容赦なく両断する。

「す、すごい……」

「あの時はこいつを傷つけるわけにはいかなかったからな。でも今は手加減する必要もない」

 グレイブはそう言うけど、たぶんそれだけじゃない。彼は強くなっている。あの日より成長しているんだ。

「懐かしいなここ。覚えてるか? ここで俺、初めてお前に好きだって告白したんだ」

「あ……うん。覚えてるよ」

 忘れるはずがない。この日の出来事は私にとっても大切なものだったから。片時も忘れたことなんてないよ。

「あの時はまぁ、勇者へのいらちとか勢いもあって……今から思えばもうちょっと別の場で言うべきだった気もするけどさ。それでも伝えられてよかったとは思うよ。俺はリリアナが好きだ。あの日からもっと好きになった」

「そ、そう……なんだね」

「ああ。一緒に過ごす間に、どんどん好きなところが増えていく。困りものだな」

 彼は照れくさそうに笑う。恥ずかしそうでも、彼は自分の思いをまっすぐに、隠すことなく私に伝えてくれた。

 あの日もそうだった。大勢の人たちが見ている中でも、彼は隠したりせず、取り繕いもせず、ただ真剣に思いを伝えてくれた。

 私は、結局返事をしないままでいる。彼が返事を急がないと言ってくれたから。でも、それだけが理由じゃないとわかるんだ。

 こうして思い出を振り返り、彼の思いを改めて聞いて、どうしようもなく情けなくなる。

 今も彼は、私が答えるのを待ってくれている様子だった。

「……さて、次は何が出てくるかな? あー、順番的にイブリスか? どうせ幻影なんだろうけど、文句の一つくらい言って──」

「待って!」

 私はとっにグレイブを引き留めた。

 ここしかない。こここで言うべきだと思ったから。

「リリアナ?」

「あ、あの……私……グレイブに言わなきゃいけないと思って……告白してくれたのに、すぐ返事ができなくてごめんなさい」

「なんで謝るんだよ。別に気にしてない。あれは俺が今じゃなくていいって言っ──」

「違うんだ! そうじゃないんだよ……」

 彼がそう言ってくれたから、私は答えなかった。でも思えば、私の胸の中には、あの時から確かにあったんだ。彼を思う気持ちが……それに気づいてもいた。

 それなのに、私は彼に返事ができずにいた。彼は私を好きだと言ってくれたのに、私は彼に何も言ってあげていない。

 その理由を、私は思い出を振り返りながら、気持ちと考えを整理する。

「私は……怖かったんだ。グレイブの気持ちは本物で、この人なら一緒にいられるって……一緒にいたいって思った。でも、この気持ちを伝えてしまったら私……きっと甘えちゃう。甘えきっちゃう気がした」

「そんなの! 俺はむしろ嬉しいけどな」

「ありがとう。でもそれじゃ駄目なんだよ。私はグレイブを支えたい。支えられている分、ちゃんと支え返せるようになりたい。そうなれるまで頑張るんだって思ってた」

 でも、それも結局は言い訳だった。

 気持ちを伝えて甘えてしまわないように、じゃない。私はもうとっくに甘えていた。今の関係が心地よくて、このままでもいいって思ってしまった。

 好きなのに、好きだからこそ、彼の好意に甘えきっていたんだ。

 それに気づいた。勇気を振り絞って告白したアンナを見て、その思いにちゃんと応えてみせたイブリスを見て……見せつけられて思い知った。

 自分の甘えを……私はずっと最低なことをしていたんだと。

 この時間は永遠じゃない。いつの日か絶対に終わりは訪れる。もしかしたら今日、この瞬間にも訪れるかもしれない。

 幸福な時間が当たり前じゃないことを、私はとっくに知っていたはずなのに。彼の優しさと、温かさに甘えて考えないようにしていた。

 彼は絶対にそんなこと言わないし、もしかしたら思ってもいないかもしれない。だけど、私の甘えは彼を傷つけていたんじゃないか。

 そんなの駄目だ。彼の優しさに甘えるのは、もうやめにしようと思う。

 だから──

「グ、グレイブ……その、お願いがあるんだけど」

「いいぞ。なんでも言ってくれ」

「ありがとう。じゃあその、手を握っててもらえないかな?」

「おう」

 彼は何も聞かず、ただその通りにしてくれた。彼の左手が、私の右手をそっと握って温めてくれる。お陰で、胸の思いにもぬくもりが伝わった。

 その思いを、全て言葉にして吐き出そう。

「私! 私も、グレイブのことが好きだよ! 助けてくれた時から、一緒にいられる時間が楽しみで、幸せだったんだ。だ、だからこれからも一緒にいて……ほしいです」

 声量が尻すぼみになってしまった。思いを伝えるというのは、こんなにも恥ずかしくて勇気がいるものだったのか。

 何よりこの、反応を待つ時間が不安で、ちょっと怖かった。でも彼が手を握ってくれている。その手の力が強まった。

「すごく嬉しいよ。ありがとう、リリアナ」

「ほ、本当?」

「ああ。ずっと聞きたかったんだ。俺も、この先ずっとお前と一緒にいたいよ」

 胸の高鳴りが収まらない。触れている手から、全身に熱が回るようだ。

 そう言ってくれるとわかっていたのに、それでも嬉しい返事をもらった瞬間、声になってあふれそうなくらい嬉しくて、いとおしくて。

 私の瞳からは、大粒の涙がひとしずく落ちる。

「頑張って答えてくれて、ありがとうな」

「ううん、待たせちゃってごめんなさい」

「いいんだよ。俺はどんな形であれ、お前といられたら幸せだったんだから」

「私だってそうだよ。でも、できたらもっと……」

 もっと近くで、決して離れないように。

 冷たい鉄に炎をともし、熱をもって形が変わり、やがて一つになるように。私とグレイブの二人で、決して折れも曲がりもしない刃を作れたら嬉しい。

 なんて、女の鍛冶師は願っている。