カン、カン、カン──

 鉄とはがねがぶつかり合い、火花を散らす。熱した鋼鉄は赤く染まり、見ているだけで汗がしたたり落ちる。余計な音はない。目を凝らさなくても、炎の色がよく見える。

 集中している時、世界に自分一人しかいないような感覚に陥る。

 昔はそれが寂しいと思ったことがあった。鉄と炎、そして自分。私の世界にはそれしかないのかと。だけど今の私は、鉄を打ち続ける時間を心地よいと思っている。

 あの時と同じ、世界に自分しかいないみたいな感じはしていても、寂しさはじんも感じない。

 なぜなら、私は知っているから。鉄を打つ自分の世界から戻ってきた時、自分一人じゃないことを。寂しい時、つらい時、そばにいてくれる誰かがいることを。

「──ふぅ」

「お疲れさま、リリアナ」

「グレイブ」

 作業を終えて振り返ると、温かな瞳で私を見守る彼がいた。私は額から流れ落ちる汗をぬぐい、グローブを外して洗い場へ行く。

「ちょっと待ってて。すすを落としてくるから」

「ああ」

 煤まみれになったグローブ。中身の手も、時折グローブを外して素材に触れたりするから汚れる。汗を拭くために顔にも触れるから、煤がほおにつくことも普通だった。

 洗い場にある鏡には、煤まみれになった私の顔が映る。


 鉄臭い女に興味はない。


 昔、信じていた人に言われた心ない一言。たぶんこれからも忘れることのない言葉だけど、今はそれほど悲しくない。

 鉄の匂いが移るほど密接に、煤まみれになるほど努力し、周囲のことを忘れるくらいに集中して剣を作る。

 誰だってできることじゃない。鉄臭いと言われることは、にとっては誇りだ。彼がそう教えてくれたから、ただの侮辱でしかなかった言葉を、好意的に受け取ることができる。

「お待たせ。いつからいたの?」

「十五分くらい前だよ。声をかけようと思ったけど、集中してたみたいだから待ってた」

「それでずっと見てたの? 私が言うことじゃないけど、見てて飽きたりしない?」

「飽きないよ。鋼が剣になっていく様子は、何度見ても不思議だ」

 グレイブは語りながら、腰に携えた自分の剣に触れる。

 彼は剣士。剣を使う者だから、剣には鍛冶師の次に思い入れがあるのかもしれない。

「でも見てるだけじゃつまらないでしょ?」

「そうでもないって」

「時間もかかるよ?」

「知ってる。俺の剣を打ち直す時も結構な時間がかかったし」

 一振りの剣の完成までにかかる時間は、剣の形状や用いる素材によって異なる。

 以前、グレイブの剣を打ち直したことがあった。

 あれは打ち直しだったことと、用いた素材が高純度のたまはがねだったこともあって時間がかかった。

 鉄から剣を作るだけなら、型に流して固めて終わり。でもそれじゃ、よく斬れて頑丈な剣は作れない。

 剣は剣士の相棒で、その人の命を預ける武器だ。たとえ時間がかかっても、決して折れない剣を作りたいと思う。

「かかる時間も重要なんだろ? 第一、本気でつまらないと思ったら見に来たりしないさ」

「それもそっか」

「そういうこと。もちろん見られるのが嫌ならやめるけど?」

「ううん」

 私は首を横に振って優しく否定する。

 見られるのは嫌じゃない。最初はちょっと恥ずかしかったけど、今は作業を終えて誰かがいてくれることをうれしく思える。

 それにグレイブは、私の仕事に理解を示してくれるから。

「手伝おうか? とか言わないんだね」

「ん?」

「グレイブのことだから、いつか言うんじゃないかって思ってた」

 彼は誰よりも優しい。その上、人一倍におひとしだ。困っている人を放っておけないから、私のことも助けてくれた。

 まだ出会ってからの時間は短いけど、彼のそういう性格は十二分に伝わっている。

「そりゃ手伝えるなら手伝うよ? でも君の仕事を手伝える技量はない。邪魔したくないんだよ。あとは単に、見ていたい気持ちもあるかな」

「そっか」

 それもまたグレイブらしい優しい理由だった。私は自分から質問したけど、今みたいに返される予感はしていたんだ。

 わかった上で聞いていた。その優しい答えを、彼の口から聞きたかったから。

「さて、そろそろ帰るか?」

「うん。片付けだけ済ませてからね」

「それくらいなら手伝えるぞ」

「ありがと」

 グレイブに手伝ってもらいながら、鍛冶場の片付けをする。

 ここも随分と鍛冶場らしくなった。見た目の話じゃない。鉄と炎の匂いが、天井や床、道具たちにもみ込んできた。

 私が、私らしくいられる場所に変わってきたことが嬉しかった。

 片付けを終えた後、私たちは扉を開けて外へ出る。戸締まりもきっちり済ませた。鍵を大事にしまい、二人並んで帰路につく。

 夕日はほとんど沈みかけていて、西の空がオレンジに、東の空が夜の黒に染まる。

 行き交う人々の姿。仕事帰り、子供と一緒に夕食の買い物をしている人もいた。

「平和だね」

「ん? どうしたんだ急に?」

「なんとなく思っただけ。少し前に大変なことがあったからかな」

「ああ。あれはたしかに冷や汗ものだったな」

 グレイブは思い出しながら笑って話す。

 この街には少し前まで魔王イブリスがいた。信じられないことだけど、私たちは一緒に時間を過ごして、笑い合ったんだ。

 今は魔界に戻ってしまったけど、いつかまた会いに来ると約束してくれた。

 私やグレイブ以外にも、多くの人たちがその日を待っている。この街を、平和を守った英雄が、また訪れてくれることを。

 穏やかな時間を感じながら、私たちはホームへ帰った。


        


 そうてんつるぎ。私とグレイブが所属するギルドのホーム。扉を開けると、にぎやかに食事をするみんなの姿があった。

「「ただいま」」

「お帰りなさーい!」

 いつも最初に出迎えてくれるのは、ウエイトレス姿で元気いっぱいに接客をしているアンナだ。

 両手いっぱいに空いたお皿やコップを持ち運んでいて、よく落とさないなと感心する。

「今日も二人一緒なんだね! このまま夕食にする?」

「ああ、俺はそのつもりだよ。リリアナは?」

「私もそうする」

「じゃあ、いつもの席が空いてるから座ってて!」

 アンナはちゅうぼうのほうへ戻っていく。

 私とグレイブは同じテーブルに向かい合って座る。

 二階へ続く階段側で、窓の外と食事をしているみんながよく見える端っこの席。アンナにいつもの席と言われた場所に、私たちは腰を下ろす。

「今日は何かな? 結構動き回ったしガッツリいきたいな」

「私はメニューは何でも、いっぱい食べられれば幸せかな?」

「相変わらず腹ペコなんだな」

「鍛冶した後はお腹が減るから仕方がないの」

 集中するからかな?

 鍛冶をしている最中は感じないのに、終わった直後からどっと疲れてお腹も減る。汗もいっぱいかくから喉もカラカラだ。

 仕事をする上で栄養補給は大切。それだけじゃなくて、ここの料理はしいから、ついいっぱい食べてしまう。

 しばらく待つと、料理が運ばれてきた。

 今夜も美味しそうだ。お肉が多いみたいだし、グレイブも満足しそう。

「「いただきます」」

 手を合わせて口にした言葉が重なる。

「これいな、ちょっと味付けが辛いけど。リリアナは辛いの平気か?」

「辛いのも甘いのも好きだよ」

「へぇ~。リリアナって好き嫌いなさそうだな」

「うん。あ、でも苦いのはちょっぴり苦手」

 料理の感想を話したり、食べている時も時折目が合ったり。自分以外の存在を感じる。

 一人きりの食事より、誰かと一緒のほうが楽しい。料理の美味しさも増すことを、ここで生活し始めて気づかされた。

 料理にも居場所にも満足だ。

「ごちそうさまでした」

「俺もごちそうさま。満腹だ」

「二人とも食べ終わったの? いっつも早いね~」

 ちょうど食事を終えたタイミングで、アンナが隣の席の片付けにやってきた。

「お味はどうだった?」

「美味しかったよ」

「うん」

「そっか~。よかった~」

 アンナはホッとしたように胸をなでおろす。

 その様子を見たグレイブが首をかしげる。

「実は今日、ほとんど私一人で作ったんだ!」

「そうだったのか」

「うん! く作れたみたいでよかったよ!」

 厨房で料理を作るのはアンナのお母さんで、料理を出したり片付けたりするのがアンナの仕事。でも最近は一緒に厨房へ入って料理することが増えたようだ。

 前から料理の腕を上げようと頑張っているけど、最近は特に気合が入っている。理由は私もグレイブも知っていて。

「頑張ってるな、アンナ」

「うん! イブリスさんが戻ってきた時にビックリさせたいからね!」

 彼女は満面の笑みでそう言った。

 魔王イブリス。私の工房に突然現れた大きな悪魔。最初は怖かったけど、一緒に時間を過ごすうちに仲良くなってしまった。

 部下の悪魔たちが街を襲った時も、グレイブと一緒に街を守るために戦ってくれて……今は魔界に戻ってしまったけど、いつかまた戻ってくると約束してくれている。

 イブリスの帰り際、お弁当を届けたアンナは約束した。次に戻ってくる時までに、もっと料理が上手くなるように頑張ると。

 それを聞いたイブリスは、期待していると答えた。彼の期待に応えるため、アンナは今日も頑張っている。

「明日も作るから! よかったら感想聞かせてね」

「おう」

「うん。お仕事頑張ってね」

「ありがとう!」

 厨房へと戻っていくアンナ。その後ろ姿を、私とグレイブは見送る。

「アンナの奴、楽しそうだな」

「そうだね」

 彼女がイブリスに抱く感情。その本心を知っているのは私だけだと思う。

 グレイブは気づいているのかな?

「ふぅ~。腹も膨れたし、明日に備えて休むか」

「明日も依頼?」

「ああ。ここ最近になってまた増えたんだ……」

「ふふっ、人気者だね」

 相変わらずグレイブは蒼天の剣のエースで、この街の人気者だ。

 少し前に魔族の大群を退け、その前には勇者との決闘に勝利した。お陰で彼の人気はさらに高まり、彼に宛てた依頼の数は増え続けているらしい。

「依頼が来るのは嬉しいけど、さすがに増えすぎるのも困るんだよ。明らかに俺じゃなくてもいい依頼もあるしさ」

「それだけ頼りにされてるってことだよ」

「まぁそうなんだけど。ん?」

「グレイブ?」

 彼の視線に合わせる。

 視線の先、階段から降りてきたのはリガルドさんだった。

「お、いたいた二人とも」

「ボス」

「こんばんは」

 リガルドさんが私たちのところまで歩いてくる。

 食事に来たのかと思ったけど、どうやら様子が違うようだ。

「どうしたんです?」

「二人とも食事は済んだみたいだな? だったら今から来てくれ。大事な話があるんだ」


        


 食事を済ませた私とグレイブは、リガルドさんの部屋に入った。

 椅子に座ったリガルドさんと、その隣に立つテレジアさん。私は正面に立ち、グレイブは少し離れて立っている。

「呼び出してすまんな」

「い、いえ」

 ずっしりとした空気が漂う。普段は賑やかなリガルドさんが真剣な表情をしていた。

 大事な話とはなんだろう?

 すごく重たい話のような気がして、私はごくりと息を飲む。

 そして──

「リリアナちゃん」

「はい」

「……最近、よく頑張っているな」

「はい! ……え?」

 普通に褒められた。

 厳粛な雰囲気。おちゃらけた様子が目立つリガルドさんが、真剣な表情で私に伝えたのは、普通の褒め言葉だった。

「本当によく頑張ってるな。みんな助かってるよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 てっきり深刻な話をされると思っていた私は、あまりに普通すぎて拍子抜けしてしまった。

 もちろん褒められるのは嬉しいけど。雰囲気と内容が合っていないせいで素直に喜べない。

 すると……。

「はぁ……」

 隣に立っていたテレジアさんが特大のため息をこぼす。

 リガルドさんに向けて。

「ちょっとあんた、なんでそのテンションなのよ?」

「え? だってお前が真剣に話せって言うから」

「真剣っていうのはかしこまれって意味じゃないのよ! ふざけたりするなって意味。誰も怒る時のテンションで話せなんて言ってないわ! 見なさいよ、リリアナちゃんが戸惑ってるじゃない」

「うっ……そ、そうだったのか? すまん」

 ショボンとして、リガルドさんは頭を下げた。

 どうやら勘違いで厳粛な雰囲気を醸し出していたようだ。私がグレイブに視線を向けると──

「よくあることなんだ」

「そうなんだ」

 なんとなく想像できる。私はまだ頭を下げているリガルドさんに言う。

「えっと、驚いただけなので気にしないでください」

「そ、そうか? すまんな、どうにもテンションを間違えたらしい。ちゃんと良い話だから」

「は、はい」

 良い話ってなんだろう?

 リガルドさんがこほんと一回せきばらいをして、いつもの調子に戻る。それからようやく、本題を口にする。

「うちでの生活にはもう慣れたよな? そろそろリリアナちゃんにも、ギルドの一員として本格的に働いてもらおうと思ってるんだよ。具体的に言うと、店を出したいんだ」

「お店ですか」

「そう。リリアナちゃんのお店だ」

「私の……」

 私のお店。なんだか不思議な響きだ。

「前に話したと思うけど、うちは元々戦闘系ギルドだったんだ。でも最近じゃ人数も増えてな? 飲食とか商売にも力を入れ始めてる。んで、せっかくリリアナちゃんっていう優秀な鍛冶師が加入したからな。そっちの商売にも手を出したいわけだよ」

 リガルドさんは腕を組む。

 今やっている私の仕事は、ギルドのみんなの武器を修繕したり、新しく作ったりすること。言うなれば内々の仕事を請け負っている形だ。つまりこれからは、外に向けても仕事をしてほしいということなのだろう。

「まぁ今でも十分助かってるんだけどな? 嫌なら無理にとは言わない。今まで通り、うちの連中の道具を管理してくれればいい。ただそれじゃ、せっかくの腕がもったいないと思うわけだよ。なぁグレイブ」

「そうですね。リリアナがすごいことは知っていますけど、できればもっといろんな人にも知ってほしい……とは思ってます」

「だってさ。どう? リリアナちゃん」

 二人が私を認めてくれている。ううん、きっと二人だけじゃなくてテレジアさんやアンナ、他の人たちだってそう。

 私に期待して、必要としてくれていると伝わる。だったら、私の答えは一つしかない。

「やってみたいです。私にできることなら」

 ハッキリとそう答えた。

 私を拾ってくれた彼らに恩返しをしたい。必要としてくれるなら、その思いに応えたいと思う。私の返事を聞いた三人が優しく微笑ほほえむ。

「リリアナちゃんならそう言ってくれると思ったよ。そんじゃ、詳しい話を頼むぜテレジア」

「そうね。じゃあ店を構えるにあたって最低限必要なことを話すわ」

「はい!」

 テレジアさんが段取りを説明してくれた。

 お店を出すまでにやっておく必要があることは大きく三つ。

 一つ、なんのお店か決めること。

 二つ、商品をそろえること。

 三つ、ギルド集会に出席すること。

「あの、一つ目はどういう意味でしょうか?」

「店の種類なんだけどね? この街は冒険者が多いから、武器防具店はもうたくさんあるのよ。大体のギルドとか冒険者は、もうどこかの店と契約してる」

 話の途中で理解できた。

 今から武器防具店を始めても、お客さんが入らない可能性が高いんだ。仮に宣伝しても他のお店と取り合いになる。

 大きいギルドはお店と契約していて、よほど問題がない限りそれを変更することはないという。そういえば、私が入る前までは蒼天の剣もドーガさんのところに鍛冶をお願いしていたっけ?

 他のギルドも同じようにしているみたいだ。

「だから普通に武器店とかじゃ駄目だと思うの」

「俺は別にいいと思うんだけどな~。リリアナちゃんの腕なら他から客をかっさらえるだろうし」

「それも街のバランスを崩すから問題だって話したよな? 聞いてた?」

「あ、はい……すみませんでした」

 口を挟んだリガルドさんがテレジアさんの威圧感に負けて縮こまる。

 隣でグレイブがあきれて笑う。いつもの光景だ。テレジアさんはため息をこぼして話を戻す。

「つまり刃物屋さんとか、道具屋さんとしてお店を出せないかってこと」

「それならできると思います。包丁とかハサミとか、武器以外の刃物も作れますし、鉄の道具なら大抵は作れます」

「さすがだね。じゃあいったん刃物店の方向でいきましょうか?」

「はい」

 自分のお店を構えることができる。鍛冶師として、それは一つの夢ではあった。

 その夢が現実に近づいていく。

 お店の方向性が決まったから、続けて商品について話を進める。テレジアさんが指折り数えながら言う。

「基本は武器と防具、それから刃物系一式だね。必要な素材の発注と管理は自分でやってもらうよ」

「は、はい!」

 要するに、経営の部分も自分でやるということ。正直に言うとあまり自信はない。

 王宮で働いていた頃も、必要な素材はリストに書いて提出すれば持ってきてもらえたし。今もギルドの人たちが集めてくれた素材の一部をもらって仕事をしている。

 これからはお金のこと、収益について考えないといけないわけか。

「心配しなくても一人でやれなんて言わないよ」

「え……」

「がっはっは! そりゃ不安だよな? 顔に出てたぜ?」

 リガルドさんが豪快に笑う。不安が表情に表れていたらしい。まったく気づかなかった。

「ご、ごめんなさい」

「謝る必要ないさ。何から何まで一人でやれなんて言わない。つーかそんなん俺も無理だ」

「あんたはガサツすぎるのよ。任せるととんでもないことしでかすし」

「だーからお前に全部任せてるだろ? 適材適所ってやつだな」

 また豪快に笑うリガルドさん。テレジアさんは頭を抱えながらため息をこぼす。

 なんだか大変そうだけど、お互いに信頼し合っている証拠だと私は思う。

「そんなわけでグレイブ、リリアナちゃんを手伝ってやってくれ」

「え、俺がやってもいいんですか?」

 指名されたのはグレイブだった。

 彼も知らなかった様子で、すごく驚いている。

「おう。つーか関係的にお前以外に任せられねぇ。経理とかやれんのもお前くらいだからな」

「それはそうですけど、いいんですか?」

「あたしが決めたんだよ。グレイブが適任だろうってね」

「なるほど。姉さんが決めたなら俺に異論はないです」

 グレイブが私に視線を向ける。

「リリアナは? 俺でいいか?」

「もちろんだよ。グレイブが手伝ってくれるなら嬉しい」

「そうか。ならよかった」

 グレイブがあんしている。

 よかったと思うのは私のほうだ。初めてのお店経営の不安も、グレイブが一緒なら和らぐ。

 彼が頼もしいのは十分に知っているから。私たちはお互いに喜んで、にこやかに見つめ合う。

「おーい、いちゃつくのは話が終わってからにしろよー」

 リガルドさんの声で我に返る私とグレイブ。いつの間にか二人だけの空間に入っていたようだ。

 二人も見ているのに恥ずかしくて、グレイブも顔を赤くしている。

「一応言っとくけど、いちゃつかせるために任命したわけじゃないからな?」

「わ、わかってますよ」

「本当か?」

「当たり前ですよ」

 とか言いながら、顔を赤くしたままのグレイブはちょっと可愛かわいい。意識してくれているのが伝わってくる。私まで顔が熱くなってきた。

「ふぅ、まぁいいや。お前にきてる依頼に関しては今後もこなしてもらうから。お前は戦闘部門のかなめだ。基本はそっち優先で頼むぜ」

「了解です、ボス」

「おし、それで三つ目の話なんだが」

 三つ目、ギルド集会に出席すること。

 聞き慣れない単語だった。

「テレジア、頼んだ」

「それくらい自分で説明しなさいよ」

「俺の説明だとわかんないと思うけどいいか?」

「……あたしがするわ」

 今の一言で納得するって……リガルドさんは本当に説明が苦手なのかな?

 そんなイメージはあるけど。テレジアさんが改まって説明を始める。

「うちが街のギルドを仕切ってるのは知っているわよね?」

「はい」

 この街で一番大きなギルド、それが私たち蒼天の剣だ。

「基本はそれぞれ自由にやってる。それがギルドだけど、まったく足並みを揃えないわけにもいかない。だから定期的に集会を開いてるんだ。街の秩序を守るためにね」

 この街には私たちを含め、二十を超えるギルドがあるらしい。規模も系統も様々で、互いに領分を守って活動している。

 集会は三か月に一度。実はイブリスがこの街に来た際は、臨時で集会を開いて共有してくれていたそうだ。

 魔族の大群が攻めてきて、それを撃退した後に街で混乱が起こらなかったのも、他のギルドの人たちが協力してくれたからだという。

 私が知らないところで、リガルドさんやテレジアさんが手を回してくれていたのだ。

「そこで新事業を始めるって宣言と、リリアナちゃんの紹介をしたいんだ」

「は、はい!」

「畏まらなくていいぜ。集会つってもそう厳粛なもんじゃねーし、当日は俺たち三人も一緒だからな」

 三人……ということは、グレイブも来てくれるんだ。私は単純だから、みんなが一緒にいるだけで安心できてしまう。ホッとする私にテレジアさんが問う。

「その時に宣伝がてら商品の一部を用意してもらいたいんだけど、できるかい?」

「はい! 剣と防具、あとは包丁でいいですか?」

「十分だよ。その素材管理からやってもらうから、本気でわからなかったら相談しなさい。まぁグレイブが一緒なら大丈夫だと思うけど」

「任せてください。全力でサポートしますから」

 そう言って胸をたたくグレイブ。本当に頼もしい限りだ。

「んじゃ話は以上だ! 明日から忙しくなるぜ!」

「「はい!」」


 お風呂に入って、それからベッドに寝転がる。見慣れ始めた天井を見上げながら、不意に笑みがこぼれる。

「ふふっ、私のお店……か」

 ああ、本当に不思議な響きだ。少し前の私なら、発想すら浮かばなかったことが現実になる。

 として働いて、自分のお店を持てるなんて夢みたいだ。出来すぎた夢のように感じるから、自分のほおをつねって確認してみる。

「夢じゃないよね」

 痛い。ちゃんと現実だとわかった。

 リガルドさんには、明日から忙しくなると言われたけど、今から待ち遠しい。この街に来てから、本当にいいことばかりだ。


        


 翌朝。私とグレイブは同じ時間にホームを出発する。並んで道を歩きながら、グレイブがつぶやく。

「久しぶりだな? こうして二人でホームを出るのも」

「そうだね」

 最近は忙しかったから。私じゃなくて、グレイブのほうが。彼宛ての依頼が殺到して、連日その対応に追われていた光景をよく見ている。

「依頼のほうは大丈夫なの? まだ増えてるんでしょ?」

「まぁな。ただ増える勢いは収まってきたし、今のペースなら処理できるよ」

「そうなの? もし忙しいならそっちを先に終わらせてもいいんだよ?」

「大丈夫だ。ボスや姉さんも、できないことを無理やり押し付けたりしない。俺にリリアナのサポートを任せたってことは、できるっていうことなんだ」

 グレイブは自信満々にそう語る。

 確かに言っていることはわかるけど、彼が忙しいのは事実だ。無理はしてほしくない。そう思う反面、手伝ってくれることのうれしさも感じているから、それ以上何も言わなかった。

 街を進み、工房に到着する。いつもならさっそく仕事を始めるところだけど、今日は違う。私たちは鍛冶場ではなく、入り口に近い表の部屋に移動した。

「ここをお店にするってことでいいな?」

「うん、そのつもり」

 元は喫茶店だった建物を、私の工房に造り替えた。裏手は完璧に鍛冶場になっているけど、表側はおしゃれな喫茶店だった頃のままだ。

 せっかくだし、元の外観は残したまま活用したいと思う。武器とか防具以外も取り扱うならなおさらだ。

「誰でも気軽に入れるお店にしたいな」

「いいな、それ。だったら内装ももっとおしゃれにするか?」

「そうしたい。けど具体的にどうすればいいのかわからなくて」

 お店の経営なんて初めてだし、お部屋の内装すら考えたことはなかった。

 鉄を打つ以外のことをしてこなかったのが影響している。

 もっと勉強しておくべきだったかな。

「それなら先輩に聞いてみたらどうだ?」

「先輩?」

「リリアナより先にお店を開いてる人がいるだろ?」

「あ! ドーガさん!」

 グレイブにヒントをもらって思い出す。私と同じ鍛冶師のドーガさんは、工房と一緒に武器屋さんを経営していた。

「店側のほうはあまり見る機会なかっただろ? ちょうどいいから話を聞きに行かないか?」

「うん! あ、でも急に行って迷惑にならないかな」

「それは絶対に大丈夫だろ? むしろリリアナが顔を出したら喜ぶと思うぞ?」

「そ、そうかな?」

 そんな気はする。なんとなくだけど想像できるよ。


 ドーガさんの工房に到着する。

「おお! リリアナちゃん来てくれたのか! ついでにグレイブも」

「こんにちは」

「ついでってなんだよ……」

 想像通り、ドーガさんは私たちを歓迎してくれた。ちょうど作業を始める前だったらしく、鍛冶場は暖まりつつある。

「今日はどうしたんだ?」

「実はドーガさんに相談したいことがあって」

「弟子にしてくれるのか!?

「ち、違います!」

 思わず勢いよく断ってしまった。

 ショボンとするドーガさんを見て申し訳なく思うけど……その話ってまだ生きてたんだ。

「じゃあなんだ? 鍛冶のことなら俺に聞くまでもないと思うが」

「えっと、実はお店を出すことになって、そのことで相談したくて来ました」

「ほへぇ~。ついに店も持つのか! めでたいな!」

「ありがとうございます。それで相談なんですけど──」

 事情を説明した後、ドーガさんに案内されて正面の武器屋さんに入る。

「ここがうちの店舗だ」

 立てかけられた数本の剣。やりおのもある。武器屋さんだから防具はないけど、目を回すほどたくさんの品物が並んでいた。

「この売り場にある以外にも、注文を受けたら新しく作れるぜ。値段は素材とか、作成にかかる時間で計算してる。後で内訳を教えるから参考にしてくれ」

「ありがとうございます!」

「随分と気前がいいね。それって秘密にすることじゃないのか?」

「そりゃー素人には教えねぇけどさ。リリアナちゃんには何度か世話になったし、これからも仲良くしていきたいからな」

 そう言ってニカッと笑うドーガさん。ふと、彼の後ろに見えた照明が気になった。

「あの照明って、もしかしてドーガさんが作ったんですか?」

「お、わかるのか? さっすがリリアナちゃんだぜ」

 金属で作られたおしゃれな照明。あまり見かけない形だったのと、ドーガさんの工房に似たような形状で作りかけのものがあったことを思い出した。

「へぇ~。鍛冶師ってこんなのも作れるんだな」

「同じ鉄だからな。刃物との違いはあるが、慣れれば案外楽しいもんだぜ? リリアナちゃんもどうだい?」

「私は作ったことがないので……でも──」

 れいな造形だ。おそらく一枚の鉄を延ばして曲げて、複数を組み合わせたりもしている。想像すると難しそうだけど、同じくらい楽しそうだ。

「作ってみたいですね」

 それをお店に飾れば、今よりもっとおしゃれになるかな?

 ドーガさんのところでお店について教えてもらった後、私たちは工房へ戻ってきた。鍛冶場で炎をおこしながら作業の準備を進める。

「で? 結局これから装飾を作るのか?」

「ううん。あれは初めてやるから時間がかかりそうだから」

「まぁそうだな。優先順位は低めか。じゃあ何を作る?」

「包丁だよ」

 私は両手に抱えた木箱を床に置く。

 ガランと音が鳴り、中身が金属だとわかる。

「剣とか武器はもう何本か作ってあるから。集会で見せるための包丁を作ろうと思う」

「なるほどな~。リリアナちゃんも次の集会に参加するのか!」

「……なぁ、なんで一緒についてきたんだ?」

 グレイブと同じ疑問を私も抱いていた。工房に戻る話をしたら、なぜかドーガさんも一緒についてきて、私の作業を腕を組んで眺めている。

「新しい鍛冶の風を感じたんでな! 見学させてもらおうと思ったまでよ!」

「なんだよ鍛冶の風って。そっちの店はいいの?」

「今日は元々休みなんだよ。鍛冶場にいたのは修練のため。だから見学も修練の一つだ」

 技術は見て盗むもの。昔、師匠がそんなことを言っていた。

 言葉で教わるより、実際に見て確かめたほうが何倍も頭に入る。私も鍛冶の修業中は、よく師匠の仕事を観察していたな。

「ふーん、リリアナが嫌じゃないなら俺はいいけど」

「私はいいよ」

「さっすがリリアナちゃん! 今回も勉強させてもらうぜ!」

 まさか自分が見られる立場になるなんて思わなかったな。人生は予想外なことの連続だと、若いなりに実感している。

 さて、必要な素材はあらかた準備ができた。

 炎の感じもいい。熱量、色合いも定まってきたみたいだ。すぐにでも仕事を始められる。

「じゃあ俺も仕事を始めるよ」

「お? なんだ、グレイブは見てかないのか?」

「俺は見学のためにいるわけじゃないからな? 鍛冶は手伝えない分、他のことでサポートするよ」

 グレイブは右手に帳簿を持っている。

 記載されているのは素材の名前と価値だ。

 お店で出す商品の値段を決めたり、依頼から作る際の値段の設定をしたり。今ある素材を管理するのもグレイブがやってくれる。

 私は鍛冶以外の仕事を知らないけど、グレイブは普段からギルドでテレジアさんの手伝いをしていたそうだ。

 経理や経営についても素人以上に経験している。任せて問題ないどころか、私がやるより何倍も早く仕事が終わりそうだ。

「ほへ~。せっかくリリアナちゃんの絶技が見れるってーのにもったいねぇな」

「絶技ね。正直、俺には見ていてもすごい以上の感想は出てこないよ。表の部屋とこっちを行き来してるから、何かあったら呼んでくれ」

「うん。そっちはお願いね」

「任せてくれ。あ、その前に一つだけ確認なんだが……」

 グレイブの視線が鍛冶場の奥に向けられる。

 炎を扱う場所とは反対側、素材置き場になっている一角に、大量の素材がどっさり積まれていた。

 それも一つ一つが貴重品。普通に入手しようと思ったら、大冒険を日常的に繰り返さないといけないほどの。

「これ、どうするんだ? イブリスの置き土産」

「うーん……どうしようかな」

 実はこれ、全てイブリスが置いていった素材たちだ。

 前に彼の剣を作る話になって、素材を提供してもらった。その時に使わなかった素材をそのまま放置、じゃなく譲渡してくれた。

「俺は直接聞いてないんだけど、イブリスはなんて言ってたんだ?」

「好きに使っていい。余には必要ないものだって」

「だったら使ってもいいんじゃないか? りちに使わず放置してても邪魔なだけだろ?」

「それはそうなんだけど……」

 どれも貴重な素材ばかり。手に入らない貴重品を、無償で手に入れてしまった罪悪感があった。

 あの時はイブリスに剣を作るため、という彼に還元できる目的があったけど、今は勝手に使えと言われている。

 豪快な性格の彼のことだし、本当に勝手に使っても気にしないとは思うけど。

「なんとなく気が引けるんだよね」

「気持ちは察するよ。あいつに借りを作りたくないのは俺も同じだからな」

「俺なら素直に使っちまうと思うがな!」

 がはははっと豪快に笑うドーガさん。そういうところはイブリスと似ているし、二人は波長が合うだろう。

「つーか使わないなら邪魔じゃないか?」

「そう言われても他に置き場所がないんだよ。ギルドの倉庫に移すっていう手もあるけど、使わないものにスペースを割きたくない。もし使うことになれば、いちいちこっちに運び直す手間がかかる」

「ふーん、それで置きっぱなしか」

「まぁそんなところだ」

 ドーガさんの言う通り、使わないのに放置しているのは邪魔になる。

 現に鍛冶場の四分の一を占領しているわけで。いずれ仕事が増えてくれば、今以上に邪魔と感じてしまうだろう。

 せっかくイブリスが残してくれたものを、邪魔扱いするのも申し訳なくて。

「だったら買い取るっていうのはどうだ?」

「え? この素材を?」

「そう。先に買い取って、いずれこれを使った商品が売れたら、素材分のお金をイブリスに返すんだ。そうすれば俺たちも借りはないし、あいつも街で自由に使える金が手に入る。互いに利のある話になるぞ」

「そうだね……うん、それがいいかも」

 イブリスにとっても、私たちにとってもしい話だ。もちろん素材を使っても利益が出ないと話にならないけど。

「リリアナちゃんの商品が売れないなんてありえないからな!」

「売るほうは俺に任せてくれ」

 二人がそう言ってくれるし、良いものを作れる自信もある。

 それにやっぱり、目の前に貴重な素材があるのに使わないのは勿体ない。魔王の置き土産なんて他にないんだから有効活用しなきゃ、と思ったりもするんだ。

「じゃあ俺はこっちの仕事を始めるよ。頑張れよリリアナ」

「うん」

 いつものように彼は頑張れと言ってくれた。

 私にとっての魔法の言葉。当たり前みたいにみんなが口にするそれも、彼にかけてもらえるだけで勇気が出る。

 なんでもできる気がしてくる。

「よし!」

 髪を結んで気合を入れる。

 炎の状態は完璧で、道具と材料は手の届く距離にある。

「お、ついに始まるな」

 ドーガさんから期待のこもった声が聞こえてきて、視線をチラッと彼に向けた。

 私が炎と鉄から視線をらしたのはこれが最後。完成までの間、会話の声が聞こえてももう手元から目は離さない。大きく深呼吸をして、集中力を高める。

 包丁づくりは久しぶりだ。

 宮廷付きとして働いていた頃は、ほとんど作る機会がなかった。

 作り方を学んだのは、師匠に教わっていた幼い頃で、その後は腕が落ちないように定期的に何本か作った程度だ。

 実際に依頼を受けたり、商品として作るのは初めてだったりする。かといって緊張は特にしていない。やることはいつもと同じ。私は、私にできる全力で取り組めばいい。

 まずは材料の切り出しだ。

 剣を作る際のたまはがねとは違って、最初から板状になっているものを使う。

 用意したのは三枚の板。一つははがねの板で、ほかの二つも同じに見えるけどただの鋼とは違う。

 言うなればびない鋼。構成する要素が通常の鋼とは異なり、水にれても錆びないのが特徴の素材だ。

 名前はステンレスト。ステンレスト二枚で鋼の板を挟むように重ね、間にホウシャという粉を挟み込み、熱した炉へ入れる。

 熱せられ赤くなった三枚の金属を取り出す。

 それをたたく。さっき挟んだホウシャは、金属同士をくっつけるための材料だ。異なる金属同士を接合するのは簡単じゃない。

 熱して溶かすだけじゃくっつかないから、こうして叩いて接合していく。

「相変わらずいい手際だね~。れするぜ~」

「──包丁と剣って作り方が違うのか?」

「ん? なんだよグレイブ、仕事しなくていいのか?」

「見ての通り絶賛仕事中だよ」

 グレイブは素材の入った木箱を抱え、表の部屋と鍛冶場を行き来していた。

 今ある素材の確認と整理を同時にやっている。

 作業中にふと気になって、ドーガさんに声をかけたようだ。

「結局は同じ刃物だよな? 素人目には同じことやってるように見えるし」

「全然ちげーよ。今だってやってんのは『たんせつ』っつう工程だ」

「鍛接?」

「一言で言やー金属同士を接合する工程だな。これが結構面倒っていうか難しいんだぜ? 金属ってーのは簡単にひっつかねーからな」

 グレイブに説明するドーガさんの声が耳に入る。

 包丁と剣の違い。確かに何気なく使っていれば気づかないし、同じ刃物だから似ている。けれどもドーガさんの言う通り違うものだ。その違いは、これから彼が説明してくれるだろう。

「包丁と剣の違いはな? まず切るものが違うだろ? 包丁は食材を、剣は人やモンスターを切る」

「その違いは知っているよ」

「んじゃ、使う場所が違うってのはわかるか?」

「台所か戦場かってことか?」

 ドーガさんがうなずく。

 彼が口にした使う場所の違い、それが包丁と剣の違いの答えになる。

「包丁っていうのは台所、つまり水場で使うものだ。食材だって水分含んでるし、使ったら水で洗い流す。要するに濡れることが前提で作られてるんだよ」

 そう、包丁は濡れるものだ。野菜や魚、お肉にも水分が含まれている。使えば汚れるから、水で洗い流して綺麗にする。

 剣は濡れることを想定していても、濡らすことを前提には作られていない。なぜなら鉄は、濡れることで錆びやすくなるから。

「剣を作るように包丁を作れば錆びやすくなる。食材ってのは口に入れるもんだろ? それを錆びた包丁で扱うのはよくないよな?」

「そういうことか。でも、だったら剣もそれで作ればいいんじゃないのか?」

「いんや? 鋼のほうが切れ味が良いんだ。今リリアナちゃんが作ってる包丁の特徴は錆びにくい、刃こぼれがしにくい。代わりに研ぎにくいから切れ味が保てない」

 剣は切れ味が命と言える。その点で言えば、包丁も同じことが言えると思う。だから普通に鋼で作った包丁もあるし、ちゃんと手入れをすれば錆びを抑制できる。

「つってもこだわりのある料理人じゃなく、一般家庭で使われてんのは錆びない包丁だ。食材相手なら切れ味が多少落ちても使えるし、錆びなくて楽だからな」

「なるほど」

 私が頭の中で考えていた説明を、ドーガさんがグレイブにしてくれたようだ。

 グレイブから納得したらしい声が聞こえる。

「単に刃物といってもいろいろあるんだな」

「そりゃそうだぜ。さっきも言ったが用途が違うからな? 包丁の中にも、魚切るためのやつとか、野菜用とかいろいろあるぜ?」

「そんなにあるのか。鍛冶師の仕事って、俺が知っている以上に幅広いんだな」

「そうだぜ~。一つできても十できなきゃ話にならねぇ。鍛冶師ってのは、鋼の全てを自在に操れる職人なんだからよぉ~」

 私は熱せられた鋼を打ちつけながら、ドーガさんの言葉をみしめる。

 鋼の全てを自在に操る……か。

 なるほど確かにその通り。当たり前のことだけど、言い方ひとつで格好良く聞こえる。

 剣と包丁の違い。完成品が異なるのはもうわかったと思う。

 もう一つの違いは工程だ。

 カン、カン、カン──

 金属同士を接合する鍛接という工程を経て、『鍛造』という次の工程へ進む。

 やってることは鍛接と同じに見えるけど、鍛接が金属を接合することなら、鍛造は接合した金属をさらに鍛え上げる工程だ。

 この工程がなければもろくて不細工な包丁が出来上がる。打ちつけることで鍛え上げ、よりきょうじんな素材へと変化する。さらにこの工程で、作る包丁に合わせた形や厚さに変えていく。

 今回作る包丁は、魚をさばくときに使う出刃包丁。刃が厚く頑丈なのが特徴だ。

「ほら、見てみろよグレイブ。リリアナちゃんがハンマーを打ちつける度に形が変わっていくぜ。ただの板が包丁の形にな」

「本当だ。剣の時もそうだけど、何度見ても不思議な光景だな」

 そう言いながらグレイブは作業を続けていた。

 ジャラジャラと金属の入った箱を並べ、中身を確認していく。

「おい、本当に見てるのか?」

「見てるよ。けど集中して見入っちゃうと仕事ができないから、今は横目程度で我慢してる」

「勿体ねーな~」

「別にいいさ。これから見る機会はたくさんあるから」

 グレイブの落ち着いた声が聞こえる。彼の言う通り、見てもらう機会はたくさんあるだろう。

 これから一緒に、この工房とお店を切り盛りしていくんだから。なんて考えると自然に頬が緩んでしまう。師匠に見られたら、雑念が混じっているって怒られてしまうな。

「集中しなきゃ」

 私は小声で呟く。見てくれている人がいるからこそ、不格好な姿は見せたくない。見られない人がいるからこそ、完成する品で誠実さを証明したい。

 私は鋼を打ちつける。自分の心を鍛えるように、強靭になるように。

 さぁ次の工程だ。

 打ちつけて形が出来た鋼を、包丁の形に変える『裁ち』作業。高温で熱した金属を鍛える火造りという製法で出来た鋼に線を書き込み、製品の包丁にするため余計な部分を切り取る。

 この際に使われるのが『押し切り』という道具だ。名前の通り、刃を刃に押し当てて切り取る。刃物で刃物を斬る。まるで剣士同士の戦いを見せられているようだ。

 あらかじめ記しておいた線に沿って、製品に近い形に切り取っていく。

 押し切りしたばかりの包丁はゆがんでいる。

 無理やり切ったのだから当然だが、これでは包丁として成り立たない。だから今度は『整形』という作業に移る。

 まずは最初より温度を下げた炉に入れて熱し、取り出した包丁を細かく叩く。

 押し切りで出来た歪みを正したり、切りきれなかった部分を仕上げたり。

 文字通り、形を整える。細かな力加減が必要になってくるから、さっき以上の集中が必要になる。聞こえるのは跳ね返る鉄の音のみ。周囲の音も、今は聞こえない。

すさまじい集中だ……惚れちまいそうだね」

「ぅ──」

「ん? どうした?」

「……なんでもないよ」

 整形の段階でつばも作る。刃と持ち手をつなぐ部分のことだ。

 火造りの段階では細工はできないから、本体を整えながら鍔も作る。

 人によっては包丁に銘を入れることもあるけど、私は自分の名前を入れるのは恥ずかしいし、特に商品の名前も決めていないからなしだ。

 整形が終わったら、また包丁を熱する。整形の際に熱したことで、包丁を構成する組織にムラが生じてしまうからだ。

 それを均一化するため一度熱し、静かに冷ます。

「ふぅ……」

 冷めるのを待ちながら緊張を解きほぐす。

 この次の工程が一番重要だ。鍛冶師の腕が試されるから、失敗はできない。集中力を保つためにも、一度頭の中でリセットする。

 包丁が冷めたのを確認する。

 私は改めて気合を入れ、次の工程へと進めた。

 『焼き入れ』『焼き戻し』、この一連の工程を熱処理と呼ぶ。鋼の硬度と粘りを決定する工程だ。

 全工程の中で最も重要で、熟練した技が必要になる。使用する鋼によって見極めが難しく、それらは全て職人の目と勘で行われる。

 数々の経験を積み上げることで得られる勘。常人にはわからない変化を感じ取り、適切な処理を行う。

 焼き戻しの前には泥を塗って乾燥させる。

 この泥は微妙な温度の変化をわかりやすくして、焼きムラをなくすためのものだ。

 焼き入れで刃の硬度は十分。しかし硬いだけでは負荷がかかった時に折れてしまう。

 そうならないように粘りを作るのが焼き戻し。熱したら油に数十分間浸すことで、鋼に粘りを与える。

 最大の工程は突破した。ここまでくれば、あとは整える処理だけだ。

 熱したり冷ましたりすれば、包丁は膨張や収縮を繰り返す。

 それによってできた歪みを常温のまま手打ちで細かく修正する作業、『修正』が終わったら研ぎだ。包丁にいよいよ刃をつける。この時に熱を加えないように、水で濡らしながら研ぐ。

 そうして研ぎあげて、包丁は刃を手に入れる。しかしまだ完成じゃない。

 を付けた後で、もう一度研ぎ直す。柄を付ける前の状態でも切ることはできるけど、最高の切れ味には達していない。

 最後の研ぎは、包丁の切れ味を最高点に到達させるための工程。

 これを越えてようやく、一本の包丁が完成する。

 研ぎ工程で濡れた刃を改めて洗い流し、丁寧に水気をとる。

 あとは包丁を入れるさやを作るだけ。ひとまず完成だ。

 パチパチパチパチ──

「すごかったぜリリアナちゃん! やっぱりあんたは職人の中の職人だ!」

「ありがとうございます」

 ドーガさんが涙を流しながら拍手をしていた。

 そこまで感動してくれるのは、同じ鍛冶師である彼くらいだろう。嬉しさを感じながら、自然と目では別の人を探してしまう。

 それに気づいたのか、ドーガさんが指をさす。

「グレイブならあっちで仕事中だぜ?」

「あ、はい」

「なぁリリアナちゃん、その包丁、近くで見てもいいかい?」

「もちろんです。好きに見てください」

 ドーガさんはおもちゃをもらった子供みたいに純粋な目をして、私が打った包丁を観察し始める。

 手で触れたり、光を当てて刃を輝かせたり。

「この輝き! きめ細かさ! 見ただけでわかる鋭い切れ味! かぁ~、さいっこうだね~」

 持っているものが包丁だし、はたから見るとおかしな人のようだ。

 私はそんなドーガさんを横目に、グレイブのほうへと向かった。

 工房の表に行くと、素材表とにらめっこしている彼がいて、足音を聞いてこっちを振り向く。

「リリアナ? もう包丁づくりは終わったの?」

「うん。今さっき完成したよ」

「そっか。お疲れさま」

「ありがとう。グレイブのほうは?」

 と、一応聞いてみたけど、見れば状況はわかる。

 彼の目の前にはいくつも素材が並んでいた。

「七割くらいかな? 思ったより数が多いのと、イブリスが残した素材が希少すぎて査定に困ってるくらいか」

「そうなんだ」

 私が包丁を作っている間、グレイブはイブリスが残した素材の整理もやってくれていた。

 行ったり来たりしているのは音で気づいていたけど、思った以上に大変そうだ。

「手伝おうか?」

「いや、こっちは大丈夫だよ。リリアナは他にもやることあるでしょ?」

「それはそうだけど」

 包丁は一本しか完成していない。他の種類の包丁も作っておいたほうが、集会での宣伝になる。それに部屋の装飾品も作りたい。

「リリアナにはリリアナにしかできない仕事があるんだ。そっちに集中してもらうために、他のことは俺がやる。気にせず作ってくれ」

「うん」

 グレイブなりの配慮だろう。だがそのことに少しだけ、申し訳なさよりも寂しさを感じてしまう。

 同じ場所にいるのに別々のものを見て、一緒に働いているっていう感覚が薄いからかな?

 だとしたら私は……。

「あー何でもいいから切ってみたいぜ! わかっちゃいるが実際の切れ味を試してぇよ!」

「……なんか向こうが騒がしいね?」

「あはははは。それじゃ私は戻るね」

「ああ」

 もう少し話していたい気分だったけど、彼も仕事中だ。

 邪魔しないように背を向け、鍛冶場へ歩きだす。

「リリアナ」

 すると、彼が私の名前を呼んだ。

 私は振り返る。

「こっちが終わったら、俺も君のことを見ていていいか?」

「──うん! もちろんだよ」

 たった一言。その言葉をもらっただけで胸が高鳴る。

 私はなんて、ぜいたくなんだ。


        


 仕事に集中していると時間を忘れる。気づけば窓から夕陽が差し込んでいて、ふいに時計を見たら五時を回ったところだった。

 ちょうど二本目も完成したし、今日はここまでにしよう。

 ハンマーを置く音が部屋に響く。

「お疲れさま」

 声をかけてくれたのはグレイブだ。片手にはタオルを持っている。

「汗だくだな」

「うん、ありがとう」

 彼に渡されたタオルで流れる汗を拭く。集中している時は気づかないけど、汗で水分が抜けて喉がカラカラだ。

「水ならあるぞ? 飲むか?」

「うん」

 ごくごくと水を飲む。ただの水でも、一仕事終えた後は本当に美味しい。

「ふぅ、そういえばドーガさんは?」

「ドーガなら一本目を作り終わった時に帰ったぞ」

「そうだっけ?」

「ああ。なんかいい刺激をもらったから感動を形にしたいって、はしゃいでた気がする」

 そうだったっけ?

 あまり覚えていないけど、そんなことを言っていた気もする。

「グレイブのほうも終わったの?」

「少し前にな。途中から見てたよ。相変わらず職人の顔してて格好良かった」

「そ、そう?」

 なんだか恥ずかしくなる。

 集中しているときの自分って、一体どんな顔をしているのかな?

 前は気にならなかったのに、今は無性に見たい気分だ。でも今は疲れているし、聞くのはまた今度にしよう。

「帰ろうか」

「うん。あ、でも結構汗かいちゃったから先にシャワーだけ浴びてきてもいいかな?」

「もちろん。待ってるよ」

「うん」

 それから私は、工房の二階にあるお風呂場でシャワーを浴びた。

 自分でもわかるくらい汗臭かったから。

 グレイブは気にしないって言いそうだけど、自分でわかるくらいだし、周りにも汗の臭いがわかるはず。

 これでも女の子だから、汗臭いのは気にするよ。まぁでも、鉄臭さは気にしないけど。

「私って変な女の子だな~」

 今はそれを引け目に感じない。なんとなくその時の気分で口にできるくらいには、楽観的に思えるようになった。

 これもグレイブのお陰かな。ううん、彼だけじゃなくてみんなが優しいから。

「お待たせ」

「おう。じゃあ帰ろうか?」

「うん」

 そんなみんなの希望を背負ったお店だ。だから絶対に良いお店にしたい。

 商品はもちろん、内装も含めて。残りの商品も作ったら、いよいよ新しいことに挑戦しよう。


        


 食事中、ふいに視線を照明に向けてしまう。

「気になるか?」

「え?」

「さっきから照明器具見てばかりで、食事に集中できてないぞ」

「ご、ごめんなさい」

 無意識だったから、グレイブに指摘されて初めて気づく。

「謝る必要ないけどさ。明日から作るんだろ?」

「そのつもりなんだけど……」

「初めてだと緊張する?」

「緊張よりも不安のほうが大きいかな」

 いや、不安と表現することでもないかも。単に自信がないんだ。装飾品に刃物のような切れ味は必要ない。

 見た目重視の飾りなんて作ったことがないから、自分にできるのか、という疑問に近い気持ち。

「リリアナでも難しいか?」

「できる……と思う。できる気はしてる」

「だったら大丈夫だよ。技術で足りないことはないと思うし、あとはイメージの問題じゃないかな?」

「イメージか~」

 確かに彼の言う通り、イメージさえできれば作れると思う。だけど、そのイメージが難しい。

 ドーガさんのお店にあったものは覚えているし、同じものならなんとか再現できるかな?

 でもそれじゃ、ドーガさんの品を真似ただけだ。作るなら誰かの真似じゃなくて、自分だけの一点ものを作りたい。

 職人のこだわりっていうのかな?

 私は思っていたより頑固なのかも。

「だったらインテリアのお店に行ってきたら?」

 と、提案してくれたのはアンナだった。

 彼女も私が新しく作ろうとしているものに興味があるらしい。

「インテリアのお店?」

「そう! 装飾品のイメージが湧かないなら、似てるものをたくさん見ればいいと思うよ! 私も料理の見た目とか気にし始めた時は、他のお店を見て回ったもん」

「なるほど。確かにいいかも」

 イメージを固めるのに、アンナの提案はピッタリだ。

「だったら明日一緒に行くか? そういう店なら知ってるよ」

「うん」

「じゃあ二人は明日お仕事デートだね」

「デっ──」


        


 翌日。私とグレイブは二人で街にあるインテリア店に足を運んだ。中はおしゃれで広々としている。壁紙やじゅうたん、照明以外も凝った造りのものが多い。

「い、いろいろあるんだね」

「みたいだな。俺も入るのは初めてなんだけどさ」

「そう、なんだ」

 アンナが変なことを言うから妙に意識してしまう。

 二人きりでおしゃれなお店に入る。確かにデートっぽいけど、あくまで仕事の延長線なんだから。グレイブは落ち着いているし、私だけへんてこな気分でいるのもよくない。

 集中しないと。とか、考えていたのは最初だけだった。数分後にはすっかり忘れて、並べられた装飾品に夢中だ。

「これを鉄で再現……できるかな? かなり小さいし細かいけど、いくつかつなぎ合わせればなんとか……うーん」

「ふっ」

 隣でグレイブが小さく笑った気がする。

「なに?」

「いいや? それでこそだなって思っただけだよ」

 私は首をかしげる。

 グレイブはなぜか楽しそうな顔をしていた。

 それから二時間たっぷりと堪能して、いくつか参考になりそうな装飾品を購入。さっそく工房に持ち帰って、試しに作ってみることにしたんだけど……。

「……どうしようグレイブ、私……絵心なかったみたい」

 完成品をイメージするために絵を描いてみた。

 するとどうだろう?

 見るからにみすぼらしくてへたっぴだ。

 思えば絵を描いたのも生まれて初めてだった。剣を作る時は自然と形がイメージできていたから必要なかったのだ。

 とことん私は鍛冶以外向いていないとわかる。

「ちょっと貸してみて」

「え、グレイブ、絵が描けるの?」

「簡単なものならできるよ。どんなものが作りたいのか教えてくれたら、俺が代わりに描くよ」

「ありがとう! じゃあえっと、ここを丸くして──」

 グレイブに助けられ、完成品を絵に描いてもらう。ベースはランタン。金属のおりで炎を閉じ込めてしまうイメージだ。

「こんな感じか?」

「うん! ばっちりだよ!」

「役に立ってよかったよ。でもここからはリリアナの仕事だ」

「わかってる」

 材料は準備してある。形がイメージできたら、あとは作るだけだ。

 炎と鉄に向き合う。よろいを除いて刃物以外を作るのは初めてだ。

 師匠にも教わっていない。でも、できるはずだ。今までの経験と腕があれば……鍛冶師は鋼を自在に操る者。操ってみせる。

「さぁ、始めよう」

 材料は包丁づくりで使ったステンレスト鋼。他にもコバルト色の鉱石や、魔剣づくりで使われる素材をいくつか用意した。

 刃物と違って切れ味は必要ない。長く使うもので、手入れも頻繁にはしないだろう。

 錆びない、劣化しないことを最優先に素材を選んだ。

 まずは大枠の形を整えていく。鋼を温め柔らかくして、引き延ばして形を作る。

 剣もただ延ばすだけじゃないけど、今回はもっと複雑だ。

「一か所ずつのほうがいいかな? そのほうが失敗しないし、後で接合すればいけるよね」

 こんな風にブツブツ言いながら作業するのも珍しい。考えをまとめるために口に出して、実際に試行錯誤しながら進める。

 わかってはいたけど難しい。

 難しいからこそ──


 楽しい。


 挑戦するということは簡単じゃない。だけど、新しい扉を開いて、知らなかった風を感じられる。当たり前だけど新鮮で、だからこそ楽しい。

 熱せられた鋼鉄をさらに引き延ばし、細く線を入れて曲げていく。作っている照明は、ランタンをイメージして天井からるして使うものだ。

 たけだけしく燃える炎を鋼鉄の檻に閉じ込め、揺らぎ燃える輝きで闇を照らす。

「細く……丸く……」

 口にしながら形を整えていく作業。剣とは違い硬く打ちつけると鋭さが出てしまう。装飾に鋭さは必要ない。むしろ鋭すぎればをしてしまうから、角を減らして安全な形に整える必要がある。

「やっぱり難しいなぁ」

 刃を研ぎ澄ませ、剣を作り出す──私の鍛冶師人生において、鋭さを突き詰めることが全てだった。

 鋭く強靭な刃を作り出すことばかり考えていた私にとって、その様子を避けて鉄を扱うなんて未体験なことだ。

 調子が乱される、と言ってしまっていいと思う。いいや、不思議な気分かな?

 剣は斬り裂き断ち切るもので、使い手を守ると同時に、何かを傷つける武器だ。だけど今作っているのはただの照明。日常生活の片隅に輝く飾りみたいなもの。全く異なる用途のものが、同じ鋼鉄から作り上げられる。

 それを作ろうなんて、昔だったら少しも考えなかっただろう。

「ふふっ」

「楽しそうだな」

 ふいにグレイブが私に話しかけてきた。作業中は見ているだけで、邪魔しないように黙っていることが多いのに珍しい。

 私は手を止めてグレイブのほうを振り向く。

「え? そう?」

「笑ってただろ?」

「あ……そうか」

 無意識に笑みがこぼれていたことに、グレイブの言葉で気がついた。流れる汗をぬぐいながら、改めて熱せられた鋼に目を向ける。

 軽く叩いて丸みを出しながら、私はグレイブに語る。

「楽しいよ。やってること同じだけど、出来上がりを思うとワクワクするんだ。なんでだろうね? 剣を作ってる時も楽しいのに、今感じてる楽しさはまた違う気がするんだ」

 カン、と鋼を叩く。鉄の音が頭に響いて震える。わからないみたいな口ぶりで言ったけど、どうして違うのかもうわかってる。

 思い返すと同じ感覚はいつだってあったんだ。新しい何かを作り出す。自分にとっての未知な領域を開拓して、切り開いていく。

 昨日の自分、あるいは数秒前の自分ができなかったことが、今はできるようになっている。成長を感じられるから、楽しいと思える。

「挑戦するって楽しいね」

「そうだな。まぁでも、それ以外にも理由はあると思うけどね」

「え? 以外って?」

「完成したらわかるよ」

 私は気になって、チラッと彼のほうに視線を向けた。グレイブは優しげに笑っている。

 聞けば教えてくれそうだけど、完成したらと言っているし、まずは作業を終わらせよう。

 私は滴る汗を拭いながら、形を変える鋼に集中する。

 今作っているのは土台であり骨組み。形状が複雑すぎて、一つの鋼から作り出すことはできない。まずは骨組みを作って、足りないパーツを別に作る。最後にそれらを接合して完成だ。

 明かり部分に使うのも鉱石の一つ。しょうこうせきという魔力が籠った石。明るい時間帯はただの石だが、周囲が暗くなると勝手に光りだす。

 世界中で最も使われている照明の素材だ。

 今回は炎をイメージしているから、少しだけ加工して炎の形に整えることにした。

 連続して作業を続け、約五時間。やっとこさ全てのパーツが完成した。

「ふぅ……あとはこれを……」

 完成図の通りにくっつけるだけだ。

 ここまできたらもう終わったも同然。熱し溶かした鉄を接合部に付け、パーツ同士を合わせて冷やし固める。

 研磨剤ややすりで見た目を整えれば──

「出来た!」

 試作品第一号。

 鉄製のランタンの出来上がりだ。

「うぅーん、疲れたー」

「お疲れさま」

「グレイブ」

 タオルと水を持ったグレイブが歩み寄ってくる。

 作業中、ずっと見守っていてくれた。

「汗だくだな。ほら」

「ありがとう」

 タオルを受け取って汗を拭き、首にかけてから水をもらう。ごくっと一息に飲み込むと、喉を通る冷たさは目が覚めるようだ。

 空になったコップをグレイブに返して、私は完成したランタンに目を向ける。

「これ、どこに飾ろうかな」

「それなんだけど、俺に提案があるんだ」

「ん?」


        


「これリリアナが作ったんだ!」

「うん」

 グレイブの提案で、ランタンはそうてんつるぎホームの玄関に付けることになった。

 魔導具のように照明の切り替えができないし、暗くなったら光りだす性質上、室内での使用は不向き。ただ夜の入り口を照らす明かりとしてはピッタリだ。

「よかったのかな? ホームの入り口って目立つ場所なのに」

「いいんじゃないか?」

 心配な私を見て微笑ほほえむグレイブ。彼は視線であっちを見てみろ、と伝えてきた。

「へぇ~。大したもんだな! 鍛冶師っていろいろ作れんのか」

「明るいし、おしゃれでいいじゃない」

 リガルドさんとテレジアさん。二人もランタンを見ながら喜んでいるように見える。

「ほらな?」

「うん」

 心の中でホッとする。

 二人にも認めてもらえたなら大丈夫なのだと。アンナも交えて楽しそうに話す三人を見ながら、私は思い出す。

 作業中にグレイブが言っていた楽しいと感じるもう一つのわけ。

「ああ……そっか」

 今、みんなを見ていてわかった。

 剣とは違う照明。より身近に、誰かの日常の風景に溶け込むそれを自分が作り上げた。

 剣ではなくても、誰かの笑顔を作れる。

 喜んでもらえる。そのことが嬉しくて、楽しいんだ。


 ここレーストンは冒険者ギルドが治める街。王国の下になく、自分たちの意志で生きると決めた人々が集まり、大きな街となった。

 人々が求めているものは自由。ただし、自由だから無秩序というわけではない。自由の中にもルールはある。そのルールを定め、守る者たちこそがギルドの人間だった。


 三か月に一度、街を治めるギルドの面々が一堂に会する場がある。

 それが『ギルド集会』。そうてんつるぎのような大規模ギルドだけでなく、中小規模のギルドも含め、この街にある全ギルドが対象となる話し合いの場だ。

 内容は各ギルドの事業報告が主であり、街全体に関係する情報などの共有も行われる。以前、魔王イブリスが街に現れた際は、秘密裏かつ至急に臨時集会が開催されていた。

 参加者は基本的に、ギルドのトップと幹部数名。それ以上に集まると、場が混雑してしまうから少人数を推奨されている。

「──っていうのがギルド集会。開催は五日後だ」

「う、うん……」

 仕事終わりの夕食のテーブルで、グレイブにギルド集会について教えてもらっていた。初めて聞く内容じゃないし、以前から何度か確認していることでもある。

 記憶通りなら、確認したのはこれで三回目だ。

「リリアナ」

「な、何?」

「今からそんな緊張してたら本番までもたないぞ?」

「わかってるよ」

 そう言われても緊張してしまう。というのも、本来なら幹部でもない私には縁のない集会。なのに、お店を出す関係上、そこに参加しなくてはいけない。

 加えて参加するだけじゃなくて、挨拶とお店の説明もしないといけない……らしい。

「本当に私が説明しないと駄目……なのかな?」

「残念ながら駄目だ。ギルドの関係者が店を出すなら、管理者が説明するっていうルールなんだよ。リリアナの店なんだから、リリアナが説明しないとな」

「それはまぁ……わかってるけど」

 考えただけでため息がこぼれる。

 理屈はわかるし、納得もしているつもりだ。ただ私は、大勢の人の前に出て話したりするのが苦手で、人見知りもある。

 正直に言って、ちゃんと説明できるか不安だ。

「そんなに心配することか? 話す内容は考えてあるんだろ?」

「うん。テレジアさんに確認してもらったよ」

「ならいいじゃないか。あとは話すだけだ」

「その話すだけが難しいんだってば」

 はぁ……弱気になってしまう自分が情けない。ここにきて少しは成長した気でいたけど、苦手なことは相変わらず苦手なままだ。

 私は大きくため息をこぼす。するとグレイブがあきれたように提案してきた。

「だったら練習すればいいじゃないか」

「してるよ? 寝る前に読み上げたり、お風呂に入りながらとか」

「それでも不安なのか」

「うん……」

 文章を読み上げるだけなら苦じゃない。暗記するのだって、たくさんある素材の種類やの知識に比べれば簡単だ。

「人前で話すのが……」

「じゃあその練習、今日から俺が付き合うよ」

「グレイブが?」

「おう。俺が聞き手になってやる。一人じゃあれだし、アンナにも頼むかな」

「本当? 助かる──ぁ……」

 途中までぱーっと明るく喜んで、ぴたっと止まり目をらす。起伏の激しさに首をかしげてグレイブが尋ねる。

「どうした?」

「……や、やっぱり恥ずかしい」

 グレイブに見られながら話す光景を想像して、んだり詰まったりしてしまう場面が思い浮かんで。そしたら途端に恥ずかしくなってしまった。

「今さら俺相手に恥ずかしがることないだろ」

「そうなんだけどさぁー」

「筋金入りだな。だったらなおさら特訓だ! 今日から毎日、恥ずかしくなくなるまで練習するぞ!」

「う、うん! 頑張ります」

 気合を入れるように握りこぶしを作る。

 その日の夜から、グレイブに協力してもらって説明の練習を始めた。

 最初は二人だけ、次にアンナにも協力してもらって。その次はギルドのみんなにも聞いてもらいながら。見知った人たちの前だから多少安心できるけど、失敗してしまった時はとても恥ずかしい。

 だから本番で失敗しないように練習する。よく考えると、やっていることは鍛冶と同じだ。何事も練習、慣れが大事なんだと実感しながら時間が過ぎて──


        


 ギルド集会前日の夜。私はリガルドさんに呼び出されて彼の部屋を訪れた。リガルドさんの左右にはテレジアさんとグレイブが立っている。

「いよいよ明日がギルド集会だ。準備のほうは終わってるかい? リリアナちゃん」

「はい! サンプル用の剣と包丁、それと装飾品も準備できてます」

 集会ではお店で売る商品も一部紹介する。

 全ては見せられないので、切れ味重視の普通の剣を一振りと、万能包丁一本、テーブルに置ける照明器具。この三つを紹介するつもりだ。

 リガルドさんの前に、それらの品を並べて見せる。今さら確認してもらうまでもない。商品に関しては、自信を持ってバッチリだと言える。

「そうかいそうかい。んじゃ説明のほうは?」

「だ、大丈夫だと思います」

 歯切れの悪い返事をしてしまった。

 あれから皆に協力してもらって練習して、多少の自信はつけられた。とはいっても緊張はするし不安もある。

「大丈夫だよリリアナ。みんなの前でもちゃんと説明できてた」

「グレイブ」

「俺が保証する。堂々としてれば問題なしだ」

「う、うん!」

 グレイブにもそう言ってもらえた。彼の言葉を受けて、自信に勇気が加わる。なんだが成功しそうな気がしてきた。我ながら単純だなと思うよ。


        


 さんさんと太陽が大地を照らす。暖かいより暑いと表現したほうが適切だろう。

 鋼鉄の熱には慣れている私だけど、日差しの暑さはまた別だ。乾いた風が吹き抜け、揺れる髪と一緒に流れ出た汗がサラッと宙を舞う。

 いつになく汗が出てしまうのは、間違いなく緊張しているからだ。

「到着したら席に着いて開始を待つ」

「……うん」

「会の進行は姉さんがやってくれるから、俺たちはそれに従えばいいだけだ」

「……うん」

 ギルド集会の会場は街で一番大きな料理屋さん。そこを貸し切りにして行われる。私とグレイブは今、二人並んで歩きながら会場に向かっていた。

「なぁリリアナ」

「……うん」

「ちゃんと聞いてないよな?」

「……うん。え、あ、ごめん何?」

 緊張しきっていた私は、グレイブの話を適当に流してしまっていた。

 グレイブが大きくため息をこぼす。

「まだ緊張してるのか? あれだけ練習したんだから大丈夫だって」

「緊張はするよ。知らない人たちもたくさんいて、そんな人たちの前で話すなんて……」

 考えるほど緊張してしまう。

 心の底から苦手なんだと、改めて自覚させられた。

「ったくもう。鍛冶してる時はあんなに格好いいのにな」

「鉄と人は違うでしょ?」

「同じだと思えばいいんだって。こういう時はさ」

「同じ……」

 鉄と人が同じ……通り過ぎる人たちを見ながら、顔をたまはがねだと思い込んでみる。

 丸っぽい形は似ている気がしないでもないし、そう思うとなんだか余裕が出てきた?

「いけるかも」

「お? 思い込み作戦で?」

「うん」

「ならよかった。そろそろ到着するぞ」

 グレイブがゆっくり歩速を緩めて立ち止まる。話している間に、私たちは目的の料理屋さんに到着してしまっていた。

 お店の大きさに驚き、そこへ入っていく人たちを見る。冒険者らしい格好の人たちが数人集まり、次々とお店の中へ。あの人たちの前で話すのか。と思ったら、治まりかけていた緊張が再燃して──

「ぁ……」

「行こう」

 そんな私の手を、グレイブがそっと握ってくれた。

 彼に手を引かれてお店の入り口に向かう。

「安心しろ。俺も一緒だ」

「うん」

 彼の言葉は優しくて、それでいて心強くて。支えられながらだけど、私は自分の足で堂々と、お店の扉をくぐる。

 中に入ると、れいなウエイトレス姿の女性が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ」

「蒼天の剣、グレイブです」

「はい。リガルド様、テレジア様は先に着席されております」

「わかりました」

 グレイブが淡々と話を済ませて、私は彼についていく形で奥へ進む。

 お店の構造は二階建て。一階もたくさんのテーブルと椅子が並んでいたけど、今回の会場は二階らしい。お店の奥にある階段を上り、廊下をまっすぐ進むと両開きの扉が一つあった。

 扉を開けると──

「ここが会場だ」

「ひ、広いね」

 予想していたより広い。実際は一階と変わらないはずなのに、物が少ないせいか広く感じる。

 中央がぽっかり空いた大きな円卓と椅子。それ以外に邪魔をするものは何もない。並べられた椅子の一つに、リガルドさんが座っていた。

 リガルドさんが私たちに気づく。

「お! 来たか二人とも」

「ちょっと、声が大きいわよ」

「う、悪い」

 ホームの調子で大声を出し、豪快に手を振ってきたリガルドさん。そんな彼を呆れ顔で注意するテレジアさんが、彼の後ろに立っている。

 集会で席に座れるのは各ギルドのトップだけ。補佐的な役割のメンバーが一人後ろに控え、それ以外は両端の壁際に待機することになっている。

 会食ではなくあくまで話し合いの場だから、料理が出るわけでもない。

 まだ半数も集まっていないのに、静かで厳格な雰囲気。思わずごくりと息を飲む。

「そこにいるのはグレイブとリリアナちゃんじゃねーか!」

 そこへ空気を気にしない野太い声が響く。今の声は間違いない。私とグレイブが振り返ると、後ろにはドーガさんの姿があった。

「ドーガさん」

「ようお二人さん、二人も参加するんだな」

「はい。ドーガさんも参加されるんですか?」

「おうよ。これでも一応、ギルドの幹部やってるからな」

 自慢げな顔で、こぶしをドンッと胸に打ちつける。

 ドーガさんもギルドの幹部だったの?

 そういえば、ドーガさんの所属するギルドの名前……聞いたことないな。生産系のギルドなのは知ってるけど、どんなギルドなんだろう。

「リリアナちゃんがいるってことは~、あれか、店か」

「あ、はい」

「そうかそうか。ついに店を出すことになったか~。めでたいな!」

「ありがとうございます」

 うれしそうな笑顔を見せるドーガさん。

 私のことなのに、まるで自分のことみたいに嬉しそう。するとグレイブが、ニヤッとイジワルな顔で尋ねる。

「いいのかそんなこと言って?」

「ん?」

「リリアナが店を出すってことは、客を取り合うことになるんだぞ? 言い換えればしょうばいがたきになるってことだ」

「そんなもん承知の上だぜ。商売なんだからな! 俺としちゃーライバルがいたほうが燃えるってもんよ!」

「はははっ、そう言うと思ったよ」

 グレイブとドーガさんが二人して笑いだす。

 二人を見ていると、厳格な雰囲気も少し和らぐ気がして、ホッとする。

 そこへゾロゾロと大人数が入ってきた。半数以上空いていた席が、一気に埋まっていく。

「そろそろ始まるな。そんじゃまた。頑張ってくれよリリアナちゃん」

「はい!」

 人が増えていく様子を見ながら感じる──もうすぐ、会議が始まろうとしていた。

 集合時間の五分前には、用意された席が全て埋まっていた。

 知っている顔ぶれも少しある。とはいえほとんどが初対面の方々ばかりで、緊張するなというほうが難しい。

 それでも隣にグレイブがいて、ホームでは皆が待ってくれている。

 彼らの存在を頭に思い浮かべるだけで、勇気が緊張を抑えてくれる。

 テレジアさんが時計の針を確認する。

「定刻よ」

「おう」

 リガルドさんに伝えると、彼は右から左へと視線を流し、各々の顔ぶれを確認した。

「全員そろってるし時間通りだ。それじゃ、始めるぜ」

 ついに始まる。始まってしまった。ギルド集会が。

「んじゃ順番に報告頼むぜ。いつも通りレストからでいいか?」

 リガルドさんは自身の向かい側に座っているメガネをかけた男性に問いかけた。

 知的な雰囲気を醸し出す彼は、メガネをくいっと上げて答える。

「ああ、構わないよ」

 ギルド『大地のとりで』、ギルドマスターはレストさん。私たち蒼天の剣と並んで、この街における二大ギルドの片翼。元は生産系のギルドから派生して、現在は戦闘を含む様々な分野に精通している。

 始まりこそ異なっているけど、蒼天の剣と重なる点が多い。

 この街の表向きの代表はリガルドさんだけど、レストさんも同じくらいの発言権を持っているそうだ。

「こちらは特に変わりない。依頼件数は先月、先々月共に平均をわずかに超える程度。流通も滞りない」

 淡々と説明口調で話を続けている。

 集会に備えて各ギルドのことを教えてもらったけど、聞いていた通り規則的で無駄のない話をする人だ。

 同じギルドマスターでもリガルドさんとは全然違う。

 こんな表現は失礼で、的外れかもしれないけど。リガルドさんが温かな日差しなら、レストさんは冷たい風のような雰囲気がある。

「報告は以上だ。次のギルドに、回してくれ」

 今、不意に目が合った気がする。にらまれたわけじゃないのに、私は目を逸らしてしまった。

 どうしてだろう? 彼の目を見ていると、責められている気がしてならないのは。

 不安を感じながらも会議は続く。

 レストさんの次に発言権を渡されたのは、気弱そうな茶色い髪の男性だった。

「次は我々、『新緑のしるべ』が報告させていただきます」

 新緑の導は、この街で一番大きな生産系ギルドだったはず。私たちのギルドとも取引をしているらしい。

 それでやっと合点がいった。ギルドマスターであるカイジンさんの後ろに、ドーガさんが立っている。

 席を用意されたのはマスターだけで、一緒に参列を許されているのはマスターを補佐する役割の人物。つまり、ギルドの二番手。

 ドーガさんがその位置にいる人だったんだ。

「ドーガさんってすごい人だったんだ」

 ぼそりと口に出てしまった。

 普段のドーガさんしか見ていない私には、黙って腕を組んで立っているだけの彼に違和感しか感じなくて。すると隣から、小声でグレイブが言う。

「そう思うよな。俺も初めて見たら同じこと思っただろうね」

 失礼だとはわかっているけど、正直すごい人だってイメージあまりなくて。私のことを勧誘してきたり、剣を見て涙を流したり。

 とにかく鍛冶に対してまっすぐで情熱的な人だとは思っていたくらいかな。

「あれで街のみんなからの信用も厚い。頼りになる人ではあるんだぞ?」

「それはわかってるよ」

「そうか? ならいい。今さら変に態度変えたりするなよ? そんなことしたらたぶん、泣かれるぞ」

「ま、まさかぁ~」

 さすがにそんなことで泣いたり……しないよね?

 ハッキリと言い切れないことが悲しい。

「──我々からの報告は以上です。次の方、どうぞ」

 とかひそひそ話しているうちに、カイジンさんの報告も終わってしまったようだ。

 次のマスターに発言権が移り、淡々と説明がされる。

 話に聞いていた通り、各ギルドの経過報告が続く。ほとんどが特に変わりもないようで、質問や相談もないまま進んでしまう。

「次は俺らのギルドだな。んじゃ説明頼むわ、テレジア」

「ええ。蒼天の剣の活動報告に移ります。先に資料を回しますので、そちらを見ながらお聞きください」

 資料が全員に回ると、テレジアさんが丁寧に話を進めていく。

「リガルドさんが説明しないんだね」

「ボスがやると話がまとまらないからな」

「そ、そっか……」

 想像できてしまう。心の中でリガルドさんにごめんなさいと謝りつつ、堂々と話すテレジアさんに目を向ける。

 ギルドでも一番しっかりしている彼女は、この場においてもものじなどしていない。

 すごいな……あんな風に堂々と話せるなんて。

 テレジアさんを見つめながら思う。

 私も彼女のように、みんなの前で話すことができたら。そんな自分を想像して、自らの出番を待つ。

 イメージは鍛冶と同じ。熱した鉄を打ち続けるように、自分の心を研ぎ澄ませば緊張も……。

「報告は以上です。最後に一人、紹介したい者がいます。新しく蒼天の剣に加入したメンバー、鍛冶師のリリアナです」

「は、はい!」

 返事はちょっぴり裏返ってしまった。

 恥ずかしさが込み上げる。前に出て話さないといけないのに、ここにきて緊張が高まる。

「大丈夫だ。俺も見てる」

 そんな私の背中を、彼は優しく押してくれた。

 最後の一押し。私に勇気をくれる一言。お陰で足は、前へと踏み出せる。

 名前を呼ばれて前に出た私は、リガルドさんとテレジアさんの隣まで歩み寄った。

 歩き始めてから一斉に注目を浴びる。大勢の人たちから注目されるのは慣れない。

 イメージしながら何回も練習してはきたけど、そう簡単に苦手が克服できるわけじゃないんだ。

 それでも、もう大丈夫。俺も見てる……その言葉に、ちゃんと勇気をもらったから。

「初めまして皆さん。ただいまご紹介にあずかりました、蒼天の剣、鍛冶師のリリアナです」

 まずは台本通りに簡単な自己紹介から。すでに私のことを知っている人は多いみたいだけど、ちゃんとお話しする機会はこれが初めてだ。

 何事も最初が肝心だと聞くし、精一杯の誠意を見せようと、私は笑顔を作る。

「すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、私は少し前まで宮廷鍛冶師として働いていました。その職を辞することになり、グレイブの紹介でギルドに加入することになりました」

 淡々と話しながら、自分でこの説明には納得していない。

 事実を言えば、捨てられて困り果てていたところをグレイブに助けられた。

 捨てられた理由もみじめで腹立たしい。それも素直に伝えられたらよかったのだけど、テレジアさんに今の形へ変更するよう注意された。

 真実を全てそのまま伝えないほうがいい時もある。

 私にとっても、ギルドにとっても。確かにその通りだから従いはしたのだけど……なんだかを張ったうそに思えてしまう。

 罪悪感にも似た感情を抱きながら、私はお店の紹介に移った。

 お店の名前は工房の名前そのまま。『リリの工房』と自分で言うのはちょっぴり恥ずかしいけど、同じくらい嬉しい。

 紹介用に準備した商品も見てもらった。

 鍛冶に詳しくない人でもわかるように、端的に説明しながら実際に野菜を切ってもらったりする。

「おぉ、すごい切れ味だな」

「うちのかみさんが見たら喜びそうだな」

「うんうん、そうだろうそうだろう」

 なぜかドーガさんがずっと得意げな表情をしていたけど、いつも通りだなと納得しながら説明を続けた。

 最初は緊張もあって、何度か言い間違えたりしてしまった。だけど話を半分終える頃には慣れてきて、いつの間にかたくさんの視線も気にならなくなって。

 あっという間に最後まで話し終えた。

「以上が新しく開くお店の説明でした」

 話し終えて頭を深々と下げる。すると、リガルドさんが私に向けて拍手をしてくれた。

 それに合わせるように、会場にいたみんなから一斉に拍手が送られる。

 パチパチパチ──

 高い音が響き、私の耳に届いて鼓膜を揺らす。

 ちゃんと説明できたのだと実感して、思わずガッツポーズをしたくなった。私が達成感を感じていると、テレジアさんが全員に話しかける。

「ありがとう。それでは今の説明を聞いて、何か質問がある方はいらっしゃいますか?」

 ハッと思い出す。そういえば説明の後に質問の時間が用意されているんだった。

 質問があれば答えるのは私だ。まだ私の出番は終わっていないのだと自覚して、緩みかけた気持ちを再び引き締める。

 まぁもっとも、質問が出なければそれでおしまいだ。できれば誰も手を挙げないでと、心の中ではそんな情けないことを思っていた。

 そんな中、一人が手を挙げた。

「一つだけ質問してもいいだろうか?」

 そう言ったのは、大地の砦のギルドマスターであるレストさんだった。

 目と目が合った途端、ぞっとしてしまった。別に睨まれたわけじゃない。ただ私のことを見ているだけで、冷たい風が吹き抜けるような感覚に襲われたんだ。

 なんだか嫌な予感もする。テレジアさんがどうぞと彼に質問を許可すると、彼は両手を組んで肘をつき、もったいぶるように語りだす。

「出店の話はわかりやすかった。そちらに関して質問はない。私が尋ねたいのは、鍛冶師リリアナさん……君個人についてだ」

 私個人について?

 それってどういう……。

「少し前に、この街に魔王が現れた」

「──!」

「さらに前には、王国の勇者が問題を起こした。その中心にいたのは君だろう?」

「そ、それは……」

 思ってもみない方向からの質問だった。いや、普通に考えうる質問の一つではあっただろう。

 なぜならどちらも、この街を騒がせ平穏を乱した出来事なのだから。その原因を作ったのは紛れもなく……私だ。

「どちらも君を求めてこの街に現れた。勇者はともかく魔王は誰もが想定外だった。あの時は少々大変でね? 臨時で今回のような会合を開いていたんだ。それは聞いているかな?」

「は、はい」

 後から聞かされた。

 リガルドさんが他のギルドの人たちを集めて、事情を説明してくれたこと。何かあった時の責任は、全て自分たちで負うと約束していた、とも。

「あの時はすでに街の中に入られていて手遅れだった。だからこそ任せるしかなかったし、結果的に丸く収まったが、冷静に考えればどうだ? 誰もが思うはずだ。君をこの街に置いておくのは危険だと。私も少なからずそう考える者の一人だ」

「……」

 正論だ。耳が痛くなるほど正しい。間違っているとは言えずに、私は黙り込んでしまう。そんな私に彼は問う。

「前置きが長くなってしまったが、私が君に問いたいことは一つだ。君はこの街にとって、どんな存在になりたいんだ?」

「……え」

 どんな存在……に?

 レストさんの問いに驚いた私は、すぐに返事をできずほうけてしまう。

 鏡を見たらきっと、今の私は間抜けな顔をしているに違いない。そんな私の反応を見て、レストさんが口を開く。

「すまない、質問が抽象的すぎたようだね」

「あ、えっと……」

「要するに、君がこの街にいることの利点を示してほしいのさ」

「利点、ですか?」

 レストさんはうなずき、腕を組んで話を続ける。

「人は誰しもが何らかの影響力を持っている。大なり小なり、生きていれば他人と関わるだろうし、集団に属すれば一人の行いが大勢に影響を与えることだってあるだろう。与える影響の良ししは、当人の持つ資質や人柄によるものだ」

「まーた始まったな、レストの奴」

「あんたは少し黙ってな」

「わかってるよテレジア。今は見守るところだろ?」

 リガルドさんのやれやれ顔がチラッと見えた。

 二人の会話は小声だけど私にも聞こえていて、助けは期待できないと悟る。いやもとより、助けを期待してはいけないんだ。

 なぜなら……。

「リリアナさん、君がこの街に来てからのことを思い返してほしい。最終的な結末は別として、街を騒がせる悪いことばかり起きていないかな?」

「……」

 レストさんの話は難しくて、聞きながら考えさせられた。

 要するに彼が言いたいのは、私がこの街にいることで周囲に与える影響が、悪いことばかりじゃないのかということ。

 確かに思い返せば、街の平和を揺るがすようなことばかり起きている。特に魔王……イブリスの来訪は衝撃的だった。

 もしも彼の存在が明るみになれば、街の人たちは混乱し、外部からも危険視されるに違いない。

 わずかな時間ですら次々に悪い予想が湧く。それくらいの出来事が、続けて私を中心に起こったという事実。

「私は……」

「ああ、勘違いはしないでほしいけど、君を責めているわけじゃないんだ。私は君がここに来た経緯も聞いてる」

 そう言いながら、レストさんはリガルドさんに視線を送った。

 リガルドさんが私に顔を向け、小さく頷く。どうやら本当の経緯をリガルドさんが伝えてくれていたようだ。

「正直、同情するよ。君に非がないことは理解できる。魔王の来訪も予想しろというほうが無理だった。ただ、私たちはギルド、この街を統治する側の人間なんだ。私たちにはこの街を守り、平和を維持する責任がある。私の言っていることはわかるかな?」

「……はい」

 よくわかる。レストさんは私のことを被害者だとわかってくれていた。しかし同時に、私は加害者にもなりえる。街を治めるギルドの人間として、街を脅かす危険分子を放置はできない。

 最初の質問に戻る。


 君はこの街にとって、どんな存在になりたいんだ?


 求められている答えは、私がこの街にどんなメリットをもたらす存在になりたいのか。

 不利や不幸を帳消しにするような強い何かを提示すること。私がどうしたいのか、どうなりたいのか。すぐに思いついたのは、私にできる唯一にして絶対の取柄。

「私は鍛冶師です。だから、鍛冶師として皆さんに、この街に貢献したいと思っています」

「それはもう知っているよ。だが鍛冶師は君以外にもいるんだ。別に君じゃなくても、その役割は果たせるんじゃないのかな?」

「それは……」

「おっと! そいつはちげーぜレストの旦那」

 野太く会議室に響く声。その主は仁王立ちで両手を組み、堂々たる態度で言い放つ。

「リリアナちゃんの鍛冶師としての腕前は、この俺が保証しよう!」

「ドーガさん」

「彼女の実力はこので何度も見てきた。この街に彼女以上の鍛冶師はいない。俺が知る限り一番……いや、この世界中で最も優れた鍛冶師が彼女だ」

「へぇ……」

 ドーガさんが私を擁護するセリフを口にした。相変わらず言いすぎだし、ちょっと過大評価すぎる気もするけど。彼が言い放った後から、会議室がざわつきだす。

「あのドーガさんがそこまで言うのか?」

「珍しいな。鍛冶師に関しちゃ自分が一番だって言い続けてたのに……こいつは本当に」

「ああ、マジなのかもな」

「そうやグレイブと魔王の剣を打ったのも彼女なんだろ?」

 ドーガさんの言葉をきっかけに、小さな声で様々な意見や予想が飛び交い始める。

 彼が断言しただけで、この場にいた多くの人たちが納得し始めていた。

 すごいすごいとは思っていたけど、ドーガさんのこの街での立ち位置って想像以上に高いみたいだ。

 お陰で尋問みたいな雰囲気が解消される。私がドーガさんと目を合わせると、彼はニカッと笑顔を見せた。

 ありがとうございます。

 心の中でお礼を言う。また今度、何かお礼をしなくちゃいけないな。

「なるほど。彼女の腕前については理解できました。この街で長年鍛冶師として腕を振るってきた彼がそう言うなら事実でしょう」

 レストさんも納得してくれたらしい。ただ、場の雰囲気は多少和んでも、彼の視線は依然として鋭く冷たい。

 私はすぐに悟った。彼が納得したのは、私の鍛冶師としての実力に関してだけだ。

 まだ何も解決していない。

 鍛冶師としての私がこの街にもたらす利点より、私がもたらす厄介事のほうが多いんだ。それを私が一番よく理解している。

「君の腕については把握しました。しかしその腕が、良い方向にだけ作用するとも限らない。君はすでに、それを知っているでしょう?」

「それ……とは?」

 私は半分わかった上で、レストさんに聞き返す。すると彼は小さく息を吐き、肩の力を抜いて話しだす。

「また抽象的になってしまったね。そうだね、うん。濁しても仕方がないし、そのままを言ってしまおうか? 私が最も警戒しているのは、魔王イブリスの存在だ」

 やっぱりか、と私は思った。彼が言う、鍛冶の腕が良くない方向に作用した事例。考えるまでもなく、魔王イブリスの来訪だ。

 彼がこの街にやってきたのは、私が残した剣を見つけたことをきっかけに、私に興味を持ったから。イブリス自身がそう言っていたし、事実、彼は私に剣を作ってほしいと言ってきた。

 魔王に剣を作るなんて体験、普通に生きていたら絶対にできないだろう。

 貴重な体験ができて嬉しいと、喜んでいられたらよかったけど……。

「悪魔たちをべる王……魔王イブリス。誰もが知るその名前を、身近に聞くとは夢にも思わなかった」

 私もだと、心の中で頷く。

「その前に勇者も来たようだけど、まぁそれはいい。王国程度が相手ならどうとでもなる。だけど魔王、あれは駄目だ。危険すぎる存在だよ」

 レストさんはサラッとすごいことを口にした。

 王国なら問題ないって……普通に言えるかな?

 そんな、王国なら敵に回しても大丈夫みたいな言い方で。いやこの場合、王国のほうがマシだと取るべきかもしれない。魔王を……あの強大すぎる存在を相手にするよりは。

「聞けば彼は君を求めて来たのだろう? 魔王を呼ぶほどの鍛冶師……それはかえって危険だと私は思うね」

「……」

「今回は運良く乗り切れたが、次もそうとは限らない。曲がりなりにも一度は全面戦争に発展しかけたんだ。次も無事で済む保証はない」

 もっともな意見だ。だから否定できないし、言い返せない。原因を作ってしまった私には、弁解する権利もない。もし仮に言えるとしたら、私以外の……。

「運良くってのは違うぞ」

 声が上がる。私の前から、男らしく頼もしい声が。

「リガルド」

「リガルドさん?」

「ちょっとあんた」

 テレジアさんが口を挟むなと注意しかけた。それをリガルドさんは片手ですっと制し、わかっていると言わんばかりに止める。

 小さくため息をつくテレジアさん。リガルドさんはレストさんへと顔を向け、続きを口にする。

「イブリスの件はうちに一任する。そういう話になったよな?」

「そうだね。以前の会議でそう決まった」

「そう。んで任されたわけだが、正直最初は俺もやばいと思ってた。魔王なんて危険な奴、早く街から追い出すべきじゃないかってな? けど、今は全く別の考えに至ったんだよ」

「へぇ、それは?」

「あいつは魔王だが話が通じる。そうじゃなきゃ、今頃この街ははいきょになってただろうな」

 リガルドさんは笑いながら語る。

 明るく話すような内容じゃないが、まさにその通り。私たちが聞き及んでいた通りの魔王だったなら、こうして生きている未来はありえなかった。

 はたから見れば奇跡に近いことが起こったんだ。その奇跡の要因はもう一つある。

「そんでもってあいつは戦いを求めてるわけじゃねーんだ。あいつが求めてんのは新しい刺激なんだよ」

 そう、彼は刺激を求めていた。

 数千年の長きにわたり生き続けた彼は、多くを知り、体験し、飽きてしまっていたんだ。

 戦いも、一方的なものはつまらないと言っていたし。魔王のスケールとはいえ、彼は退屈を覆す何かを欲していた。その過程で、彼は私を見つけた。

 リガルドさんが自信を持って言い切る。

「俺たちが魔王と友好的な関係を築けてんのは運じゃねえ! 彼女の、鍛冶師としての実力あってこそなんだよ。あいつが求める刺激を、うちの鍛冶師なら提供し続けられるんだぜ?」

「なるほどね。でもそれなら、彼女を魔王に差し出したほうが簡単じゃないかな?」

「そいつは悪手だぜ? あいつは魔王のくせして優しいんだ。もし俺たちが彼女を追い出すなんてしてみろ? それこそあいつの怒りを買って全部パーだぜ」

「……」

 レストさんが考えながら黙り込む。

 話し終えたリガルドさんは、テレジアさんに小声でつぶやく。

「これくらいならいいだろ?」

「……はぁ、まぁそうね」

 無邪気に笑うリガルドさんに、呆れるテレジアさんもなんだか嬉しそう。だけど、そんな二人にレストさんは問う。

「なら仮にもし、魔王が裏切ったらどうするんだい? そういう可能性もあるだろう?」

「ん、まぁそうだな」

 これにはリガルドさんも肯定する。確かにその通り、イブリスの気が変わらないという保証はない。いつか彼が魔王らしく、私たちに力を振るうことだって考えられる。

「その時は──」

 聞こえてきたのは後ろから。その声に私は、何度も勇気をもらった。私は振り返る。

「俺があいつを斬ります」

「グレイブ」

 いつになく真剣に、力強い目つきをしていた彼が言う。

「元はといえば、彼女をギルドに引き入れたのは俺です。俺にも責任があります。だから、その時が来たら、俺が命をかけて守ります」

 彼の言葉に、思いに、私はどれだけ助けられただろう。

 私がつらく苦しい時、彼はいつでも手を差し伸べてくれる。いいや、彼だけじゃない。ここに至るまで多くの人が助けてくれた。

 今の私は、数えきれないほどたくさんの人たちに支えられ生きている。

「私は──」

 レストさんの視線がこちらに向く。

「鍛冶師です。私にできることは結局……鉄を打つことだけ。私は鍛冶師として鉄を打ち続けます。剣は斬り裂く武器ですが、同時に使い手を守る力です。私の剣で皆さんを守ります」

 私にできることは、それしかない。

 鉄を打ち続けることこそ、鍛冶師の恩の返し方だ。

 これが今の私に言える精一杯。他に上手な言い訳も思いつかないし、もとより適当な嘘も言いたくなかった。とはいえ、今の一言で納得してもらえるだろうか?

 普通に考えたら難しいだろう。私の言葉には何の保証もないのだから。

「そうか。なら、今はその言葉を信じてみるとしよう」

 でも、レストさんはあっさり引き下がった。さらなる質問責めも覚悟していた私にとっては拍子抜けで、反対に彼の雰囲気が変わる。

 鋭く冷たい視線が和らぎ、穏やかな声で私に言う。

「質問ばかりですまなかったね」

「い、いえ……」

 さっきまでと別人みたいだ。和らいだとはいえ視線はまだ少し冷たいけど、刺すような鋭さは薄れて消えた。

 もしかするとこっちが本来の……?

 ふと思う。彼は最初から、私が自分なりの言葉で誠意を伝えるのを待っていただけなのかもしれない。もし、本当に私を非難したり、追い込みたいだけなら、今の言葉で納得するだろうか?

 絶対にしない。根拠のない体裁重視の言葉なんて信用できないと、一蹴するはずだ。

 彼は私を……試していただけなんじゃ……?

「質問は他にないな? そんじゃこれで会議は終了だ! 各自解散してくれ」

 リガルドさんの気の抜けた指示で、ギルド集会は幕を下ろす。

 私の抱いた疑問は解消されないまま、しばらく一人で立ち尽くしていた。

 集まった人たちがゾロゾロと席を立ち、解散していく。その様子にハッと我に返り、慌ててドーガさんの元へ駆け寄る。

「ドーガさん!」

「ん? おおリリアナちゃん、お疲れさん!」

「はい! えっと、さっきはありがとうございました!」

 私は勢いよく頭を下げた。そのままの体勢で感謝の言葉を続ける。

「ドーガさんがフォローしてくれてとっても嬉しかったです!」

「いやいや頭上げてくれ。俺は事実を口にしただけなんだからよぉ~。いつも通りだ、いつも通り」

「だとしても嬉しかったです。本当にありがとうございます。このお礼は必ずしますから」

「お、だったらまたうちの工房に来てくれよな! あれから新作も何本か打ったし、リリアナちゃんに見てほしいんだ。今回は結構自信作なんだぜ~」

 ドーガさんは瞳を輝かせる。

 その変わらない態度が嬉しくて、私は思わず微笑ほほえんでしまう。

「もちろんです! また遊びに行きますね」

「おう。待ってるぜ」

 ドーガさんが街の人たちに慕われている理由は、きっと鍛冶のことだけじゃない。こういう気さくな性格も、人を引き付ける魅力なんだ。

 そして彼も──

「お疲れさま、リリアナ」

「グレイブ!」

 去っていったドーガさんと入れ替わりに、グレイブが私のところへ歩み寄ってきた。

 彼の顔を見たら安心して、自然と肩の力が抜けていく。

「さっきはありがとう」

「気にするな。言った通り俺にも責任はあるんだ。リリアナ一人が背負うことじゃないよ」

「ううん、それだけじゃないよ」

「ん?」

 キョトンとする彼を見つめる。

 私を助けたことが彼の責任になるなら、それは違うと言いたい。

 違わないけど、そう言いたい。だって彼はあの時、善意だけで私を助けてくれたんだから。

「グレイブ、私頑張るからね」

「おう。これまで通りに、だな」

「うん!」

 ううん、ちょっと違うかも。これまで通りじゃなくて、これまで以上に頑張ろうと思ってるんだ。

 言えば無理をするなって心配されそうだけど、私にも無理くらいさせてほしい。自分が魔王を倒すからなんて言った彼より、よっぽど実現性があるんだから。

「あ、そうだ」

 まだもう一人、感謝を伝えたい人がいた。

 キョロキョロと見回したけど、その人の姿がない。

「どうした?」

「ねぇグレイブ、リガルドさん知らない?」

「ボスか? ああ、そういえばいないな」

 グレイブと一緒に部屋の中を見渡したけど、リガルドさんはいなかった。

 テレジアさんは資料を片付けているし、一人で帰ったわけでもなさそうだけど。

「お礼が言いたかったのに……」

「ホームに帰った後にでも言えるだろ?」

「うん。そうだね」

 本当は今すぐ伝えたかったけど、いないなら仕方がないね。


        


 一人で廊下を歩くレスト。その背後に気配を感じて立ち止まる。

「何か用か? リガルド」

「おっ、さすがに気づくのが早いな」

 振り返ればリガルドが立っていた。

 立ち止まったレストの元へ、リガルドが歩み寄る。

「別に用ってほどじゃねーよ。ただ落ち込んでんじゃねーかなーと思ってな? 慰めに来たんだ」

「慰める? 何をだ?」

「ははっ、そうだよな。お前さんなら平気だろ。つっても別に、お前さんが好んで嫌われ役をしなくてもいいんだぜ?」

「嫌われ役? 一体何の話かな?」

 しらを切るレストに、リガルドは呆れた様子で首を振る。

「ったく、とぼけんなよ。リリアナちゃんへの質問だ。あれは周りが少なからず不安に思ってたことを代表して聞いただけだろ? わざわざ嫌みな言い方で」

「ふっ、違うさ。私自身が思ったことを口にしただけだよ。そうでなくても、集団には必ず反対勢力が必要だ」

「はっ! 相変わらずおひとしだな」

「他の者たちも、お前にだけは言われたくないと思うぞ?」

 トップに立つ者同士にしか通じ合えないものがある。

 彼らはギルドマスター。この街を統べる……二人の王。


        


 朝、普段よりも早い目覚めの時間。空はちょっぴり明るくなり始め、東の空に太陽がひょっこり顔を出す。

 今日はとても特別な日になるだろう。

 目覚めた私はそんなことを思いながら、ぐぐっと大きく伸びをした。

「よし!」

 気合を入れるようにガッツポーズ。寝間着から仕事の服に着替えて、部屋を出て食堂に向かう。

 いつもより早起きだったし、もしかして自分が一番乗りだったり?

 なんてことを思い浮かべていたけど、もう何人かは朝食を食べ始めていた。

 冒険に出かける彼らのほうがよっぽど早起きみたいだ。別に競っていたわけじゃないから悔しさもない。むしろ、朝早くからご苦労さまですと、誠意を込めてねぎらいたいくらいだ。

 おっといけない。そういう意味では、彼女が一番頑張り屋だ。

「アンナ、おはよう」

「おはようリリアナ!」

 食堂でせっせと働く彼女は、誰よりも早く起きて仕事を始めている。

 お腹をかせた私たちに合わせて。特に最近は料理の勉強をするために、今までより一時間くらい早く起きているらしい。

 イブリスが聞いたら喜びそうだ。

「いつものお願いできるかな?」

「うん! そこに座って待ってて! あ、ちょうどお相手も来たみたいだよ~」

「お相手って……」

 誰のことかは明白だ。視線の先に、階段を下りてくるグレイブの姿があった。

 目と目が合う。

「おはよう二人とも」

「グレイブもおはよう」

「おはよう! さぁさぁ! お隣に座って待っててー」

「え、まだ注文してない……まあいいか」

 ぼそっと呟いてグレイブが隣に腰を下ろす。

 こうして二人並んで朝食をとるのが、最近は当たり前になっていた。席はたくさん空いているのにわざわざ並んで座るから、よく周りから冷やかされる。

 今日は人も少ないし気にしなくてよさそうだけど。

「よく寝られたか?」

「え、うん。グレイブは?」

「俺はいつも通りだよ。リリアナほど緊張もしてないしね」

「私だって普段通り──……にできるかな?」

 いきなり弱々しく語尾が疑問形になってしまった。

 そんな私を見てクスッと笑うグレイブ。

「大勢の前で決意表明できたんだ。心配しなくてもくやれるよ」

「うっ、あの時はその場の勢いとかいろいろあったからだよ。それにみんなもいてくれたし」

「変わらない変わらない。俺も一緒にいるし、ちゃんとフォローするよ」

「う、うん。頼りにしてる」

 若干情けなくもあるけど、いきなり全部一人でやろうとして失敗するよりマシだ。

 そう割り切ってイメージトレーニングを始めようとしたところで、トコトコと料理を持ったアンナが近づいてくる。

「はい、二人ともお待たせ!」

「お、おお?」

 思わずグレイブも口を開ける。

 ドーンという効果音がピッタリな大盛りだった。

「なぁアンナ、こんなに頼んでないんだけど?」

「何言ってるの! 今日は開店初日だよ? いつもより疲れるんだからいっぱい食べなきゃ!」

「そういうもの? その理屈なら俺は別にいいんじゃ」

「ダーメ! グレイブもお手伝いあるんだし、しっかり食べて!」

 ちょっぴり強引なアンナに、珍しくグレイブが押され気味だ。そう、何の話をしていたかといえば、私のお店の開店日が今日なんだ。

 今日まで念入りに準備をして、ようやくこの日を迎えられた。

 早起きは、最後の確認にゆっくり時間を使いたかったからで、依頼に余裕があるからグレイブも手伝ってくれる。

「ささ、食べて食べて! 張り切っていこうよ!」

「なんでアンナがテンション高めなんだよ」

「えぇ? だって嬉しいんだもん。お友達のお店ができるって!」

「アンナ……ありがとう。いただきます」

 自分のことのように喜んでくれるアンナの前で、山盛りの朝食を食べ始める。

 これも彼女なりの激励だ。一つ残らず、一滴残らず食べて飲み干さなきゃ。それから二人で朝食を食べ終わって、朝日が全部顔を出した頃にホームを出発した。

 出発の時は、アンナがわざわざ外まで見送りに来てくれて。

「いってらっしゃーい!」

「「いってきます」」

 大きくいっぱいに手を振ってくれたから、最後まで元気をもらえたよ。

 仕事に向かう人たちが行き交う街を、私とグレイブの二人で歩いていく。

 さすがにもう慣れたし、自分一人でも工房までは迷わない。ただ今日は特に、二人で歩けてよかったと思う。

 隣に彼がいて、同じ場所に向かっていると思えば、安心することができるから。

 あっという間に工房に到着した。

 玄関から入って中を見渡す。昨日まで準備をしていて、ずらっと商品が棚に並んでいる。

 ピカピカの包丁から、鉄で出来た装飾品まで。他のおしゃれなお店の風景に負けないように、無理してたくさん用意してよかった。

 あとは最終確認だけを淡々としていく。

「商品チェックに漏れはなかったよ」

「うん」

「今日は初日だからな。個別の発注とかは受け付けないってことでいいな?」

「うん」

「……聞いてるか?」

「え? うん」

 我ながら恥ずかしいほどに生返事だったことに気づく。

 グレイブは呆れて小さくため息をこぼし、腰に手を当てて私に言う。

「わかってると思うけど、接客は基本、リリアナがやるんだぞ?」

「わ、わかってるって」

 グレイブが手伝えるのは、依頼に余裕がある時だけだ。

 今日みたいに朝から一緒にいられるわけじゃない。だから基本的に私一人でお客さんの相手をしないといけないわけで。

 あーもう、上手くできるか不安でいっぱいだ。

 そんな私の内心を読み取ったのか、グレイブが肩をたたいてくる。

「リラックスしろ。いつも通り、いつも通りでいいんだ」

「……グレイブ」

「最初からなんでも上手くやろうと思うな。まずは精一杯を見せればいいよ。リリアナが頑張ってる姿が、俺も一番好きだからさ」

「好……も、もう、そういうことサラッと言う」

 恥ずかしげもなくまっすぐに。でも、お陰で緊張はほぐれたし、勇気がもらえたよ。そして部屋の時計が九時を知らせる。

「さぁ、開店の時間だ」

「うん!」

 『リリの工房』、無事に開店。営業時間は朝の九時から正午までと、午後の三時から夕方の六時まで。間の時間は休憩と作業を兼ねている。

 今日は作業はしないけど、研ぎや新規の依頼を受けた時に利用するつもりだ。

「今日は初日だし、あんまりお客さんは来ないかもしれないな~」

「それならそれで私はいいかも」

「おいおい、そこはたくさん来てほしいって言うところだぞ? せっかく店を開いても閑古鳥が鳴いてちゃ格好つかないだろ?」

「だからって、いきなりたくさん来られても困るよ」

 接客なんてしたことないんだから。お店の会計カウンターに立って、私とグレイブは話しながら時間をつぶす。

 さすがに開店して即ご来店、みたいにはいかない。

 レストランとか食事を提供するお店ならありえそうだけど、うちは鍛冶屋だから。

 来てくれるのは、刃物や鉄製品が欲しい人だけだ。

 宣伝もしたし、準備もしてきたとはいえ、初めから大繁盛なんて期待はしていない。ただグレイブの言う通り、誰も来ないとかはさすがに悲しい。

 誰か来てくれないかな?

 でも一気に来られても困るし、最初は一人がいいな。

 とか、都合のいいことを考えていると。チリンチリンと、ドアに付けたベルが鳴り響く。

 視線を向けるとそこには、買い物カバンを手にした女性がいた。初めてのお客さんだ。

 緊張しながらも私は、しっかり挨拶を口に出そうとする。

「あら? グレイブさんじゃない」

 でも私より早く女性がグレイブに気づいた。

 さすが街の有名人だ。この街でグレイブのことを知らない人はいないだろう。

 グレイブもそれに応える。

「こんにちは。いらっしゃいませ」

「あらあら~、新しく鍛冶屋さんが出来たって聞いて来てみたら、ここって蒼天の剣のお店だったのね。それにグレイブさんのお店なんて珍しいわね」

「いえいえ、俺のお店じゃないですよ? ここの店主は彼女です」

「え、あ──」

 グレイブが唐突に私に会話をパスしてきた。

 お客さんと目が合う。私は慌ててかしこまり、背筋を伸ばしてお辞儀をする。

「いらっしゃいませ」

「あら、可愛かわいらしい店主さんね。こんにちは」

「はい! えっと、ごゆっくりご覧になってください」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」

 そう言うとお客さんは陳列されている商品に視線を向けた。

 自分から意識が逸れたことを確認した私は、緊張を解いて小さく息を吐く。すると隣から、ぼそっとグレイブが一言。

「そこは何をお探しですか? って聞かないと」

「い、いきなりは無理」

「ったく……まっ、ちゃんと挨拶はできたし、そこはよかったな」

「うぅ……」

 いつになく辛口なグレイブ。ギルドの名前を背負った商売だからだろう。

 ちゃんとできなきゃギルドの名前に傷がつく。

 彼がここにいるのは、私の仕事っぷりを確かめる意味もある。

 私がちゃんとやれないと、グレイブが安心して自分の仕事ができないのか……心配ばかりさせるのは嫌……だな。

「……よし」

「リリアナ?」

「ちょっと行ってくる」

「え? ……ああ、頑張ってこい」

 一言で察してくれたグレイブからエールを受け取り、私は意を決してお客さんの近くへ。

 お客さんは並んだ包丁を見ながら悩んでいる様子。そこへ歩み寄り、声をかける。

「包丁をお探しですか?」

「そうなのよ~、もう長く使いすぎちゃってね? 研いでも切れ味が悪くなってきちゃって」

「なるほど。普段はどんな包丁を使われていますか?」

「名前はよく知らないけど、こんな形をしているわ」

 お客さんが並んだ包丁の一本を指さす。

「万能包丁ですね。もしよろしければ、試し切りもできますよ」

「あら本当? でもいいの? 商品を使ったりして、刃が悪くなったりしないかしら?」

「ご心配なく。実際に食材を切るわけじゃないのでれませんし、刃こぼれしにくいことも自慢ですから」

「あらあら嬉しいわね~。じゃあお願いしようかしら」

 お客さんの声は優しく穏やかで、話しやすくて助かった。ちゃんと会話をしながら、商品の宣伝もできている。

 よしよしいいぞ、この調子でいこうと自分で自分を鼓舞しながら、試し切りの準備を進めた。

 実際のお野菜じゃなくて、形や感触を近づけた疑似素材を使う。

 お客さんは慣れた手つきで包丁を手にすると、すとんと軽く疑似素材を切った。

「どうですか?」

「すごいわねこれ! 軽くて切れ味も抜群だわ」

「ありがとうございます」

「これで刃こぼれもしにくいんでしょ?」

「はい。研ぐ回数も少なくていいので、お手入れも楽だと思います」

「助かるわ~。包丁のお手入れって意外と大変なのよね。素人がやると研ぎすぎちゃうし、楽だとありがたいわ」

 万能包丁はお客さんに好印象の様子。会話もスムーズだし、とても良い流れだ。

 このまま購入してもらえたら最高に……。

「とっても素敵ね。刃物を綺麗だなんて初めて思ったわ。これってもしかして、貴女あなたが作ったの?」

「はい! 私は鍛冶師なので」

「そう。これ、とっても気に入ったわ。いただこうかしら」

「あ、ありがとうございます!」

 嬉しさが込み上げてくる。自分の作ったものが求められ、目の前で買ってもらえる。

 宮廷で働いていた頃には味わえなかった感覚に、思わず身体が震えてしまいそうだ。

「いい買い物ができたわ。ご近所さんにもおすすめしておくわね? 可愛い鍛冶師さんのお店があるって」

「はい! ありがとうございます!」

 深々と頭を下げる。

 たかが一本、されど一本。私はこの日、初めて商売の楽しさを実感した。