貴族の誇りでご飯が食べられて?


 アルダンテとフレンがクザンの悪行を告発して、隣国に旅立ってから一年後。

 元黄薔薇姫ことマーガレットと元青薔薇姫ことネモフィラは、没落した実家から飛び出して、商売をしながら各地を転々としていた。

 そんなある日の夕刻のこと。

「誰がアンタなんかに頭を下げるもんですか! 調子に乗るんじゃないわよこの成金! 金の亡者!」

 港街カデンツァ――カーディス王国の隣国にある大きな港町。

 その大通りで、甲高いマーガレットの叫び声が響き渡る。

 行きかう人々が何事かと顔をしかめる中、宝石店からドアを蹴破る勢いでマーガレットが飛び出してきた。

 貴族時代とは違い平民のような質素な黄色のワンピースを着た彼女は、怒りに顔を真っ赤にしている。

 そんな彼女の背後から同じく質素な青色のワンピースを着たネモフィラが、呆れた顔で店から出てきた。

「品がないですわねえ。少しは落ち着きなさいな、みっともない」

 人々の視線が集まる中、マーガレットはズンズンと大股で通りを歩きながら苛立たし気に口を開く。

「落ち着いていられるわけないでしょ! あの商家の成金女! つい一年前まではさんざん私に媚びを売っていたくせに『聞きましたわよ。家を追い出されてからいろんな商売に手を出しては失敗して、親交があった商家の方々にお金を借りて回っているらしいですわねえ?』なんて馬鹿にしてきて!」

「事実ですものねえ」

「あまつさえ『お願いしますお金を貸して下さいと言って頭を下げたら貸してあげなくもないですわよ?』だなんて見下してきたのよ!?

「お金を借りる立場としては当たり前のことですわねえ」

 マーガレットが立ち止まり、ぐるんと背後のネモフィラに振り向いた。

 彼女は眉を吊り上げると、怒りの表情でネモフィラに指を突き付ける。

「さっきから他人事みたいに言ってるけど、ここで私がお金を借りれなかったら一緒に商売してるアンタも路頭に迷うんだからね!?

 実家から持ち出した宝石を元手に会社を立ち上げ、貿易商を始めた二人だったが、素人知識ではうまく行くはずもなく、一年と経たずに資産は底を尽きて倒産した。

 なんとか再起すべく、かつてマーガレットの取り巻きだった商家の娘達に、事業資金を借りに行ったものの、金も家柄もなくなった平民の二人を相手にする者などいるはずもなく。

 一縷の望みをかけて、わざわざ隣国に出向いた結果もこのありさまだった。

「それともアンタにもなにか伝手があるっていうの?」

「この高貴なる私に、商売人だなんて卑しい身分の知り合いがいると思いますの? それに仮にもし伝手があったとしても、他人にお金を貸してくれと頭を下げるくらいなら野垂れ死ぬ方を選びますわ。おほほほ」

「アンタに聞いた私が馬鹿だったわ……」

 高笑いしながら扇子で自分を仰ぎ出すネモフィラを見て、マーガレットが肩を落として――。

「……ちょっとアンタ、その扇子」

 ネモフィラの持つ扇子を見て、顔をしかめた。

 その扇子の下部には小さくアングストの家紋が入っている。

「実家から持ってきた高価な物は全部売ったって言ってたわよね!? 寄こしなさい! それを売って今日の宿賃にするから!」

 掴みかかるマーガレットに、ネモフィラは驚いて目を見開く。

「ちょっ……おやめなさい! これは我が家に代々伝わる由緒正しき扇子、売るなんてもっての外でしてよ!」

「うっさい! 私だって家から持ってきた物は全部売って金にしたのよ! そのせいで満足に服も買えずに、こんな貧乏くさい格好してるってのに、アンタだけ高価な物を持ってるなんて許せない! 私だってキラキラした豪華な服着たり指輪つけたりしたいのに!」

「それが本音でしょう貴女! こら、離れなさいったら――あっ」

 取っ組み合いをしていた二人の手から扇子が飛び、宙を舞った。

 そしてそれは通りを歩いていた一人の女の足元に転がっていく。

「ああ、もう! アンタが暴れたせいだからね!」

「貴女が無理矢理私から奪おうとしたからでしょう!?

 言い合いをしながらも、二人は扇子が落ちた女の方に向かって行こうとして――

「――聞き覚えのあるやかましい声が聞こえてきたかと思えば。やはり貴女達だったのね」

 エプロンドレスを着た女が扇子を拾い上げる。

 長い赤紫色の髪を三つ編みにしたその女を見て、マーガレットは口をあんぐりと開けたまま硬直した。

「あ、アンタがなんでここに……!?

 取り乱すマーガレットの姿を見ながら、女は値踏みするように目を細める。

「しばらく見ない内に随分と質素になったわね。でも今の格好の方がお似合いよ、元薔薇姫のお二人さん」

「んなっ!? なんですって!?

 女の馬鹿にしたような言葉に憤るマーガレット。

 その隣でネモフィラが、震える指で女を指差しながら叫んだ。

「出ましたわね、我が生涯の宿敵――悪女アルダンテ!」

 赤紫髪の女――アルダンテは、扇子をパンと勢いよく開いて不敵に笑う。

 かつていばら姫と呼ばれていた時のように。


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「――で、なんで私達がこんな場所で働かなきゃならないのよ!?

 カデンツァの通りにあるレストラン。

 その店内でエプロン姿をさせられたマーガレットがドン、とテーブルを両手で叩いた。

 その音に別のテーブルについていた客が何事かと振り返る。

 そんなマーガレットを見て、アルダンテは呆れた顔をした。

「今日寝泊まりするお金もないんでしょう? だから知り合いのよしみで、住み込みでここで働かせてあげるって言ってるんじゃない。感謝されることさえあれ、文句を言われる筋合いはないわよ」

「それはそうだけど……だ、だからってこんな平民達が食事するようなレストランで召使みたいな真似をするなんて、高貴なこの私のプライドが許さないわ! アンタも何か言ってやりなさいよ、ネモフィラ――」

 マーガレットが振り返ると、そこにはエプロン姿のネモフィラが――

「いらっしゃいませですわ。ご注文は何にいたしますの、平民?」

「ネモフィラ!? 何やってんのよアンタ!? 貴族としての誇りはどこに行ったのよ!?

 テーブルの客に注文を取るネモフィラを見て声を荒げた。

 ネモフィラはマーガレットを横目で見てフッと鼻で笑う。

「明日の食事すらままならない状況で何を甘っちょろいことを言ってらっしゃるの? 貴族の誇りでご飯が食べられて?」

「そ、それは……」

 言い淀むマーガレットを後目にネモフィラはさっさと給仕を始めた。

「さっき軽く教えただけなのにもう物怖じしないで給仕をこなしてる。やっぱりネモフィラは優秀ね。お客様を平民呼ばわりは直させないとだけど」

 そうつぶやいた後、アルダンテはマーガレットに向き直って肩をすくめる。

「で、貴女はどうするの? 別に私はどちらでも構わないわよ。働きたい人はいくらでもいるし。わざわざ貴女みたいなわがままな元お嬢様よりも、やる気のある街の人を雇った方がこっちとしても負担が少ないもの」

 それを聞いたマーガレットは悔しそうに歯を噛みしめると、意を決したかのように言った。

「……分かったわよ。働いてやるわよ。その代わりお金が溜まったらすぐにでも出て行くからね」

「店長に対してその口の利き方は何かしら?」

「うぐぐ……は、働かせて下さい! お願いします!」

「よろしい。それじゃ、私は料理を作ってくるから、貴女はお客様に水だしをお願いね」

「分かりました……って、はあ!? 店長!? アンタが!? しかも料理を作ってるですって!? それってアンタがここのコックってこと!?

 驚くマーガレットを無視して、アルダンテが店の奥の厨房に入っていく。

 呆然とした表情でマーガレットがそれを見送っていると、店の入り口のドアが開いた。

「――おや。新しい給仕の子が入ったのかと思ったら、君達か。久しいね」

 店内に入ってきたウェイターの服装をした金髪の男が、マーガレットとネモフィラに向かって微笑む。

 彼を見た二人はこの日一番の驚いた顔で叫んだ。

「フレン様!? 一体どうなってるのよこのレストラン!?

 その後、態度に難はあるものの、薔薇のように可憐で美しい給仕二人の人気もあり、レストランは大繁盛。

 やがてカーディス王国の王都にも支店を出すことになるのは、また別のお話。