「あらマーガレット様。貴女の家にこれ以上晒す恥なんてあったかしら? もう粗方終わっているようなものでしょう?」
「うっさいわよ土下座姫!」
ふたりの令嬢――マーガレットとネモフィラは口論をしながら前に出てくると、アルダンテの左右に並び立った。
黄薔薇、青薔薇のふたりの薔薇姫は、スカートの裾をつまんで優雅に会釈をする。
それを見た貴族達は再びにわかにざわつき始めた。
「あれって黄薔薇姫と青薔薇姫じゃないか?」
「元財務大臣の娘と宰相の娘のふたりだろう? クザン様と最も繋がりが深く、不正の温床だったって噂がある」
「待てよ、もしあのふたりが証拠を持っているなら――」
「ああ。証人としてもこれ以上ない人選だ……!」
貴族達の反応を聞いて、アルダンテはニヤリと口端を吊り上げる。
「やはり貴女達に頼んでよかったわ。
「最悪よ、こんな形で目立つなんて……ねえ! ちゃんと報酬の宝石はもらえるんでしょうね! 約束を破ったら承知しないわよ!」
「お子様ねえ。私はもう報酬などはどうでもいいわ。今はただ、お父様を傷つけて宰相の座を奪ったあの男に復讐したいだけだもの」
マーガレットとネモフィラが貴族達に向かって振り返る。
「ほら、これがクザン王子がした不正のすべてよ!」
「じっくりご覧になってくださいまし」
マーガレットとネモフィラが宣言した直後。
貴族達が集まっていた一角から突然大量の紙が空を舞った。
紙はすべての貴族達の手に渡るほどバラまかれ、その中の一枚はアルダンテの手元まで飛んでくる。
「セランは本当にいい仕事をしてくれますね」
「間に合うか微妙だったけれど、ギリギリなんとかなったみたいだね」
アルダンテとフレンが紙を手に取り広げた。
そこには元財務大臣のヴェヒターと宰相バシウスが何月何日の何時に、どんな不正な取引をクザンとしたかが明確に記載されていた。
「こ、こんなものがなんの証拠になる! いくらでも嘘を書くことができるだろうが!」
紙を握り締めたクザンが、明らかに焦りが見え見えの青くなった顔で喚き散らす。
それに対して、マーガレットとネモフィラは対照的な余裕の顔で言い返した。
「そこに書かれている不正の物的証拠、裏帳簿と契約書はすべてこちらで保管してあるわ! なんなら今写しもここに持ってきているのだけれど――」
ニヤリと笑って懐から書類の束を取り出すマーガレット。
「そ、それをよこせ! ぐあっ!?」
クザンは目を見開いて書類に飛びつこうとするが、アルダンテに足を掛けられてその場に転倒する。
「見苦しいわよ。じっと見ていなさい。自分が破滅するところをね」
「お、おのれ……私は国王だぞ! 私に対してこのような振る舞いをしてどうなるか分かっているのか!? おい、お前ら! 誰でもいい! この女共を捕らえよ!」
クザンが貴族達に命令を出す。
しかし不正が書かれた紙に目を通して真実を知った貴族達は、倒れているクザンを無言で見下ろしていた。
それは王に対する視線にしてはあまりに冷たすぎた。
「お、お前達、なんだその目は……信じているのではあるまいな!? あのような戯言を!」
「――補足させていただきますと」
言葉を遮って、ネモフィラがクザンの頭上に紙をかざす。
「ここに書かれている日時と場所に関しても大きな証拠となりますわ。貴方は腐っても王子様。国内のどこに行って、なにをしていたかはすべて公的な記録として議事録に残っておりますのよ。それとこの紙の内容を照らし合わせれば――」
クスッと、口元をほころばせてネモフィラが囁いた。
「――貴方はおしまい、ということですわ。クザン様ぁ?」
クザンは「うわあ!?」と大きな声をあげると、尻もちをついたまま後ずさる。
「ば、馬鹿な……しょ、正気ではないぞ、お前達……!?」
がたがたと口元を震わせながら、クザンはマーガレットとネモフィラを指さした。
「そ、そんなものをこの場で晒すなど……そこに書かれているのは私の罪でもあり、貴様らの罪でもあるのだぞ! 自分の家の罪を自ら周知してなにがしたいのだ、この狂人共め! 私と心中でもするつもりか!?」
喚き散らすクザンを見て、マーガレットとネモフィラは互いに顔を見合わせる。
「自分の家がどうなるかなんて、もうどうでもいいわ」
「そうですわね。そんなことよりも今は――」
そしてふたりはクザンに向き直ると――ニタァ、と。
口端を裂けるほどに吊り上げて笑った。
「――偉そうにふんぞり返って女を玩具としてしか見ていなかった貴方が」
「――私達に追い詰められて怯える姿を見ているのがなによりも楽しいんですもの」
「ひっ……!?」
クザンが怯えた声を漏らし、自分が情けない声を漏らしてしまったことが信じられず、口元を押さえる。
それを見たふたりは――。
「あははははははは!!!」
「きゃはははははは!!!」
クザンを指さして、心底楽しそうに、狂ったように笑った。
「あ、悪女……」
その様を見ていた貴族達のひとりが、顔を引きつらせてつぶやく。
そして同じくそれを見ていたフレンも後味が悪そうな顔をして言った。
「……これで決着かな?」
(決着? いえ、まだ肝心の黒幕が出てきてないわ。このままじゃ私の復讐が終わらない)
アルダンテが視線を巡らせると、離れた場所に立っていたアルラウネと視線が合った。
すぐ傍でクザンが今わの際にいるというのに、
そんな彼女を不審に思いアルダンテが、歩み寄ろうとした直後――。
「――茶番はそこまでにしてもらおう」
貴族達の中から声があがった。
声の主は威厳すら感じる風体でゆっくりと人波から歩いて来る。
(……やっと出てきたわね――お父様)
その男――マクシムス・エクリュールは、背後にピンクのドレスを纏ったバーバラと、正装をしたロディを引き連れて出てくると、三人揃ってクザンの前に並んだ。
「貴族の皆様方におかれましてはお初にお目にかかる。私の名はマクシムス・エクリュール。国王陛下であるクザン様よりこの国の宰相に任命された者だ」
「バーバラ・エクリュールよ。これからは王妃であるアルラウネの母后として、国の政治に関わっていくわ」
「ロディ・バラクです。今日より国王陛下から財務大臣の席を賜りました。よろしくお願いいたします」
三人の宣言に貴族達が目を剥いて一斉にざわめきだす。
「エクリュール家……? 確か白薔薇姫の実家の伯爵家だろう?」
「王宮内に派閥すら持たない地方の伯爵家の男がいきなり宰相だと? いくらなんでも身内贔屓がすぎる!」
「ロディという輩もそうだ! バラク家など聞いたこともない! それが財務大臣だと? どこの田舎貴族の若造だ!?」
「議会の決議も取らずに後任の宰相を決めるなどあり得ないことだ! 政治は子供の遊ぶ場所ではないぞ!」
これにはさすがに反感の声が圧倒的だった。
マクシムスの登場に絶望の
「お、おい! どうにかしろ! お前を宰相にすれば反対の声を黙らせられると聞いたから任命したのだぞ!」
マクシムスは詰め寄ってくるクザンに対して頷くと、落ち着いた表情で「お任せあれ」と言った。
「どうか静粛に願いたい」
マクシムスが静粛を求めるが、興奮した貴族達は声を止めなかった。
すでにクザンの不正を粗方見た後だったのも影響を及ぼしていただろう。
王家への怒りが、官僚への怒りが留まることを知らなかった。
「……やれやれ。こうなっては止む無しか」
マクシムスはため息をつくと、懐から小さな黒い銃を取り出し、天井に向かって撃つ。
パァン! と大きな銃声が鳴り響いて、広間に静寂が戻った。
「――静粛に。これは国王陛下クザン様がお決めになったことである。異議がある者は名乗り出なさい」
貴族達が互いに顔を見合わせる。
その中で憤っていた者のひとりが、では自分がと前に足を踏み出そうとした。
「――忠告をしておこう」
機先を制するように、マクシムスがつぶやく。
暗い目をしたマクシムスは、目の前にいる貴族をじっとりとした視線で突き刺しながら言った。
「諸君の中にはほとんど私を知っている者はいないと思うが、我がエクリュール家は代々王家に仕え、諜報と謀略を一手に担っていた一族だ。この場にいるすべての者のどんな情報も、私には筒抜けだと思ってもらおう。後ろめたいことがある者は、名乗り出ないことをおすすめするよ。恥をかくことになる。時にそう、今名乗り出ようとした君」
前に出ようとした若い貴族の男が顔をしかめる。
マクシムスはロディに目配せをし、書類の束を受け取った。
そしてぺらぺらと紙をめくり、ある一点で指を止める。
「カーク伯爵家のバジル君だったね。娘が生まれたばかりだというのに、親友の妻と不倫をしているそうじゃないか。まったくいかんぞ、家族は大事にせねば」
「な、なんでそれを……」
若い貴族の男、バジルは顔を真っ赤にすると口をもごもごとさせて引き下がった。
マクシムスは「うむ」と頷くと、他の貴族に視線を向ける。
「他にはいないかね。誰でもいいぞ。そう、さっき威勢よく声をあげていたそこの君などは――」
「や、やめてくれ! 私が悪かった! アンタが宰相になるのを認める!」
マクシムスに指摘されそうになった貴族が顔を真っ青にして叫ぶ。
それを皮切りに、声をあげていたはずの貴族達が一斉に下を向いて黙り込んだ。
自分だけは当てないでくれと、そう言わんばかりに。
「他に私達が役職につくのを反対するものはいるかね?」
広間に誰もいなくなったかのような静寂がその場を満たす。
そして静けさの水たまりに雫を落とすように、マクシムスの「うむ」という声だけが響いた。
「では決まりだな。宰相命令により、国王陛下を
「――なにを無理やり話をまとめようとしているの? そうはさせないわよ、この詐欺師」
マクシムスの話を遮って、アルダンテが声をあげた。
それに対してマクシムスの隣に立っていた義母のバーバラが眉を吊り上げる。
「親に対してなに!? その口の利き方は! 謝りなさい!」
「そうだよ! 早く謝るんだ、アルダンテ! 今のは君が悪い!」
ロディが追従して責め立ててくるが、アルダンテは彼を無視してヘラッと軽薄な笑みで返した。
「貴女達にまともに育てられた覚えなんて一切ないけど? そんなことよりも、他の誰が騙されても私は騙されないわよ」
アルダンテはマクシムスに指を突きつけて宣言する。
「この男はただの詐欺師よ。すべての人間の弱みを握っている? そんなの嘘でたらめ、ただのハッタリなんだから――セラン!」
アルダンテに呼ばれて、貴族の中から少年の貴族の格好に変装したセランが飛び出してくる。
その手にはアルダンテが実家から持ち出した旅行バッグが握られていた。
「重いー。まったくお嬢様は人使いが荒いんですから」
「ありがと。助かったわ」
旅行バッグを受け取ったアルダンテは勢いよくバッグの中身を開く。
そこにはバッグの半分ほどの容量を占める、大量の書類が入っていた。
「これがなにか分かる?」
その時、常に穏やかだったマクシムスの顔が初めて歪む。
「貴方が切り札にしている貴族の弱みが記載された書類の写しよ」
それを聞いたバーバラは目を見開いて取り乱した。
「ど、どうしてそんなものを貴女が持っているのよ!? この泥棒猫!」
(お義母様。貴女には感謝しているわ。屋敷の隅々まで掃除をしろという貴女の命令がなかったら、マクシムスの書斎に隠されていたこれに気づかなかったもの)
当然、アルダンテは入手した方法を明かすつもりはない。
バーバラを無視して、アルダンテは貴族達に訴えかけるように話を続けた。
「確かに昔は暗躍していたのでしょうね。相当な人数の貴族の情報がその男の書斎には隠されていたわ。でも、それは昔の話よ。悪徳を嫌う今の国王陛下に袖にされてからは、その男の情報の質は一気に下がった。ここに書かれているほとんどの情報は弱みというにはささやかな噂話程度のものよ。それこそ不倫とか、浮気とか、その程度のね」
それを聞いて最初に浮気を指摘された貴族の男が恥ずかしそうに頭を掻いた。
アルダンテはそれを見てフッと笑うと、マクシムスに向き直る。
「貴方のやり口は一番近くで見てきた私が全部分かってる。宰相と元財務大臣をまるで自分の力で事故に合わせたかのように言ってきたけど、あれも全部ハッタリ。調べたら元々車輪がおかしかったのを、無職になった財務大臣がケチッてずっとそのまま使ってたそうじゃない。よかったわね? タイミングよく事故が起こって。それとも必死こいてあのふたりがいない時を見計らって車輪の一部を削っていたの? あはっ、笑える」
「む、う……!」
マクシムスが歯を食いしばる。
額には数えきれないほどの皺が寄り、その形相はどう見ても怒りに満ちていた。
父親のそんな顔を今まで見たことがなかったアルラウネは、信じられないといった表情でつぶやく。
「お、お父様……? だ、大丈夫よね……?」
アルラウネの言葉にもただうつむいて唸ることしかできないマクシムス。
そんな中、今まで自分達のすべての行動をマクシムスに依存してきたバーバラとロディは――。
「う、嘘よね貴方……? あんな出来損ないの娘に負けるなんて……」
「ま、マクシムス様……! 大丈夫ですよ! マクシムス様は宰相なんですよ! この場で一番偉いんですから! アルダンテの言うことなんて無視してしまえば――」
パン! と広間に扇子を広げる大きな音が響き渡る。
広間にいる全員の視線が集中する中、アルダンテは優雅に扇子を仰ぎながら言った。
「――見苦しいわよ、雑魚共」
その一言で、騒ぎ立てていたマクシムスの周りの人間達はすべて口を閉じた。
アルダンテはゆっくりマクシムスに向かって歩み寄る。
「実を言うとね、私さっき貴方が言った言葉を聞いてから、ずっと噴き出すのを我慢してたの。えっと、なんだっけ。エクリュール家は王家に代々仕えて、諜報と謀略を一手に担ってきた国の暗部? こそこそ貴族の不倫調査をするのが国お抱えの闇の一族とか格好よすぎでしょ」
ブフッ! と周りの貴族が噴き出した。
マクシムスは耳まで真っ赤にして羞恥に震えている。
「貴方、言ったわよね。お前には失望した。お前はエクリュール家の恥さらしだって。ここで質問です。この場で今一番恥を晒しているのはどこの誰でしょうー?」
そして、アルダンテはマクシムスの耳元で囁いた。
「――お前よ、マクシムス。ねえ、今すぐに私の目の前から消えてくれない? 貴方が存在しているだけで同じ血を引いている私が恥ずかしいの。だからね、お願い。エクリュール家の恥さらしさん」
「き、貴様あああ!」
激昂したマクシムスがアルダンテの顔に銃を突きつける。
「この私を、エクリュール家を侮辱しおったな! 親の道具にすぎん娘ごときが、調子に乗るでない!」
引き金に指を掛けるマクシムスを見て、フレンが必死の形相で「アルダンテ!」と叫び、駆け寄ろうとした。
しかし、どう
そんな中、アルダンテは目を閉じることなく、薄ら笑いすら浮かべて口を開いた。
「撃てるものなら撃ってみなさい。ただしその引き金を引いた瞬間、お前は自分の罪を認めたことになるわよ」
「この小娘があ! ならば望み通りにしてやる! 死ね!」
叫びながらマクシムスが銃の引き金を引く。
次の瞬間、バァン! と。大きな銃声が広間に鳴り響いた。
「ぐおおっ……!?」
マクシムスが手を押さえながらその場にうずくまる。
その手に握られていたはずの銃は、煙を上げながら壊れて床を転がっていた。
(マクシムスが撃たれた……? 一体誰に――)
アルダンテが周囲を見渡すと、ざわめく貴族達の中からひとりの男が歩み出てくる。
黒髪で中肉中背をした貴族と思しきその男の手には、一丁の拳銃が握られていた。
男はアルダンテと視線が合うと微笑み、困惑している彼女に背を向けて周囲の貴族達に向き直る。
「私は頻繁に行われていた衛兵や官職の不当な人事を指摘したことが原因で、クザン様によって不当に地方に左遷させられていた! だがフレン様とそこにいらっしゃる女性、アルダンテ様のおかげで王宮に戻ってくることができたのだ! 私は彼らを支持するぞ!」
男の言葉に貴族達が顔を見合わせた。
そして彼に続くように、また貴族達の中からひとりの男が歩み出てくる。
「私もフレン様を支持する! フレン様とアルダンテ様が財務大臣を更迭してくださったおかげで、我が国の多くの民が飢え死にをせずに済んだのだ! 重税を課して民から搾り取った金で、好き放題に贅沢をしていた者を王になどできるものか!」
「よく言った! 俺もフレン様を支持するぞ!」
「私もよ!」
他の貴族達からも次々にフレンとアルダンテを支持する声があがった。
(調子がいい人達ね。まあいいわ。今はその勢いを利用させてもらいましょう)
うずくまっているマクシムスを上から見下ろす。
顔にびっしりと汗を浮かべて、息を荒げて自分を見上げてくるマクシムスに、アルダンテは冷たい表情で言った。
「万策尽きたようね。ハッキリ言ってあげるわ――お前達の負けよ、マクシムス。これでお前の破滅は確定ね。無駄な抵抗お疲れ様」
マクシムスは呆けたような顔をした後、ガクッと、地面に向けて頭を垂れる。
まるで土下座をしているかのような体勢になった彼は、やがてくぐもった
「おお……おおおお……おおおおおお!」
極度のストレスが掛かったせいか、白髪だったマクシムスの髪はパサパサと抜け落ち、まるで老人のように顔には皺が浮かんでいく。
最早生ける
そんなアルダンテの顔を見たフレンは苦笑しながら口を開く。
「よかったのかい?」
「なにが?」
「だって君が復讐したい相手はまだいるだろう?」
フレンがバーバラとロディに目配せをした。
アルダンテがそちらに視線を向けると、ふたりはビクッと震えて怯えた表情をする。
「……もういい。なんだか疲れちゃった。後は国の裁きに任せることにするわ」
「そっか。君がいいなら、俺はなにも――」
フレンは微笑もうとした直後、アルダンテの背後を見て驚きに目を丸くする。
アルダンテは眉をひそめて、背後を振り返った。すると――。
「アルダンテエエエ!」
鬼の形相をしたアルラウネが、平手を振りかぶっていた。
パァン! と派手な音が鳴って、頬を張られたアルダンテがよろける。
「はぁ、はぁ……! この汚らしい赤紫の悪女が! この! この!」
パン! パン! とアルダンテの左右の頬を、アルラウネが平手打ちする。
「よくも! よくもよくも! よくもこの私の人生を台無しにしてくれたわね! 二流以下のゴミ人間が! 誰からも愛される純粋無垢で可憐な白薔薇姫のこの私の足元にも及ばない〝いばら姫〟の分際でよくも――!」
振りかぶったアルラウネの手首をフレンが掴んで止めた。
フレンは「ふぅ」とため息をつきながら、冷たい声で言った。
「……もうやめなよ。君達の負けだ。兄上と一緒に捕まって、大人しく罰を受けるんだ」
「放せ! 放しなさい! 私は! 私達エクリュール家は負けてない! なにが〝いばら姫〟よ! 人の足を引っ張って、傷つけることしか取り柄のない棘の生えたいばら! そんないばら女なんかに、白薔薇姫の私が負けるはずがな――」
刹那、パァン! と。
まるで膨らんだ袋が破裂したかのような音を立てて。
鼻血をまき散らしながら、声もなくアルラウネが吹っ飛んでいった。
「……え?」
なにが起こったのか分からないフレンが、ポカンと口を開けて固まる。
「……暴力は好きじゃないのに、あまりにもしつこいものだからつい手が出てしまったじゃない」
その隣で平手打ちを放った体勢のアルダンテが、ピクピクと地面で痙攣しているアルラウネを見下ろして言った。
「――淑女の笑みは三度までよ。お馬鹿さん。それと貴女には言ったことがなかったわね」
ペッと、平手で切れた口の中の血を吐き出す。
叩かれた拍子に地面に落とした重い鉄の扇子を拾い上げたアルダンテは、口端を吊り上げて歯をむき出しにした。
それは誰がどう見ても、国を救った救世主の顔などではなく。
ただ腹が立つ相手を叩き潰すことに喜びを感じる、まぎれもない悪女の笑みだった。
「〝いばら姫〟と私のことを呼んだ者は、誰であろうと容赦なく叩き潰すことにしているの。それを四回も呼んでしまうなんて運が悪かったわね〝白薔薇姫様〟」