「なぁ、シエラ! みんないっつも、帰るの早くないか?」

とある酒場の一角で、ジェルマはグイっと持っていたジョッキの中のエールを呑み干すと、ダン! と机の上に置きながら、シエラに真剣な表情で聞いた。

「普通はみんな、仕事が終わったら家でゆっくりしたいからですよ」

チッと小さく舌打ちしながら、シエラも手に持っていたジョッキの残り僅かになったエールを、グイっと呑み干した。

「ていうか、なんで毎日毎日、そんな呑みに行きたがるんですか、ジェルマさんは。暇なんですか?」

はぁ、と特大のため息をつきながら、シエラは目の前におかれていたドードーの照り焼きに、ぐさりとフォークを付きたてながら聞く。

「暇じゃねーよ!? 失礼だな、お前。俺は、ただ、酒を呑むなら誰かと一緒に呑みたいだけで」

「一人で呑んでくださいよ! みんながみんな、ジェルマさんみたいに毎日お酒が呑みたいわけじゃないんですよ! ていうか、毎日呑みに行くとか、やっぱ暇なんじゃないですか!」

どの口が言ってるんだ、と呆れ顔でシエラが言うと、ジェルマはケタケタと笑いだした。

「何言ってんだよ。腹が減ったら飯食うだろ? 飯食う時は酒呑むだろ?」

「世の中、食事の時に必ずお酒を呑むのんべぇばっかりだと思わないでください。そしてそれをさも常識のように言わないでください」

ジェルマの返しに、酔っぱらい始めてきたなと感じたシエラは、深いため息をつきながら答えた。

「あ、すいませーん、フライフィッシュの揚げ物一つ追加でー」

ドードーの照り焼きがなくなってしまったので、シエラは手を上げて、近くを通った給仕係のお姉さんに注文をする。

「はーい、少々お待ちくださいね!」

「あ、あとこれ、おかわり二人分頼む!」

ジェルマがテーブルに置かれた、空になったジョッキを持ち上げて、すかさず一緒に注文する。

「かしこまりました、すぐにお持ちしますね!」

お姉さんのニッコリ笑顔は眩しい! なんてことをシエラは思いながら、ジェルマがまだまだ潰れる気配がなさそうなことに、小さくまた舌打ちをした。

「ていうかジェルマさん、毎日毎日、ギルドの職員捕まえなくても、誰か他に良い人とかいないんですか? というか、迷惑なんでとっとと身を固めていただきたい所存なんですが」

そうしたら被害者は確実に減るじゃないか、と思ったシエラは、ジェルマにふと聞いてみる。すると、ジェルマは思いきりしかめっ面になり、手をぶんぶんと横に振った。

「んなもん、別に要らねえ」

「私には要るので、早急に探してください、つくってください」

「お待たせしました、エールおかわりです!」

ドンドン! とジョッキが二つテーブルに置かれる。シエラとジェルマはありがとう、と空になったジョッキを看板娘のフィノに渡して、新しく来たエールをグイっと呑む。

「でもよ? もし俺が彼女なり、嫁さんなりができたとしてだぞ? お前、一緒に呑むやつがいなくなったら寂しいんじゃねーか?」

図星だろう? と言わんばかりの表情でジェルマが言うと、シエラは持っていたジョッキをテーブルにガン! と叩きつけるように置いた。

「何をどうすれば、そういうお花畑な思考回路になれるんですか? 私だってそりゃ呑みたい時くらいありますけど、一人で十分ですし、そもそも、ゆっくり部屋で呑みたい派なんですよって、何回言ったら覚えるんですかねぇ?」

「あれ? そうだったか? まぁでも、毎回付き合ってくれてるってことは、なんだかんだでお前も楽しんでるってことだろ? ならまぁ、良いじゃねぇか」

「はぁ!?

「フライフィッシュの揚げ物お待たせしましたー!」

思わずシエラが、本気でジェルマのことをジョッキで殴り飛ばしてやろうか、と殺意を湧かせた瞬間、注文していた料理が運ばれてくる。

(……毎回思うけど、絶妙のタイミングで持ってくるよね、あのお姉さん)

シエラがジェルマを手にかけずにすんでいるのは、彼女のおかげによるところも大きい気がする、と思いつつ、熱々のフライフィッシュを口に運び、はふはふさせながら、そのおいしさに思わず顔を綻ばせた。

「まぁ、正直なところよ、俺ももういい歳だし、周りからも身を固めろってよく言われるようにはなってきてるんだが、そもそも、そういうのはどこで見つけるもんなのかがもうわからねーんだよ」

「ぶふぉ!」

急に恋愛相談が始まったことに驚き、食べていたフライフィッシュが変なところに入って、思わずむせるシエラ。

「お前はまだ若いからなぁ、これから色々、出会いを経験していくんだろうけど、俺はもう、とっくにそんな時代は過ぎちまってるからなぁ」

「……酔ってるんですか、ジェルマさん」

「お前から話題ふってきたくせに、その返しは冷たくないか!?

ジェルマが空になったジョッキを持ち上げて、おかわり! と叫ぶと、すぐお持ちしますね、という声が奥から聞こえる。

(完全にふる話題を間違えた……!)

一体、何が悲しくていい歳した上司の恋愛相談なんて聞かなくちゃいけないんだ、と、シエラは数分前の自分を思いきり恨んだ。

「えぇと……ジェルマさんはそもそも、どういう人がタイプなんですか? もう、この際、性別も種族人種も取っ払ってもらっていいですよ」

「いや、流石の俺も、せめて人型がいいぞ」

理想が高いから無理なんじゃね? と思って発したシエラの言葉に、ジェルマはジト目で返してきた。

「そうだな、まぁしいて言うなら、きちんと常識がある人であれば、特にそれ以上の注文はねぇかな」

「……それ、絶対に付き合ったりした後で、あれこれ言う人の台詞だと思うんですけど」

うわぁ、とシエラが思いきりしかめっ面をすると、じゃぁ、お前はどうなんだ、とジェルマが聞いてくる。

「えぇ、私ですか……? うーん……そうですねぇ……」

顔が良くても性格が悪いのは嫌だし、性格が良くても束縛してこられると仕事に支障をきたすし、そもそも受付嬢なんてやってたら、良い歳してって思うような人もたくさん見てきてるし、あぁ、精神年齢が低すぎるのは論外だわ、と、あれこれ考えた結果。

「……ち、ちゃんと人として最低限のマナーを持って接してくれる人が、良いですね……」

言った後、ジェルマの答えとほぼ変わらないことを口にしている自分に思わずシエラは頭を抱え、ジェルマはケラケラとそんなシエラの様子を見て笑った。

「ほら、な? 結局、そこに行きつくんだよ。正直、お前の年齢でそこに行きつくのはどうかとは思うがな」

「はい、エールのおかわりお待たせしました!」

フィノが新しいエールを持ってきてくれたので、ジェルマは空になったジョッキを手渡す。

「ありがとなー。あ、そうだ、フィノは好きなタイプってどんな人だ?」

「ちょっとジェルマさん、フィノさんお仕事中なのに、絡んじゃダメですよ」

シエラがこらこら、と止めに入ると、フィノは大丈夫ですよ、と笑った。

「そうですね、私はやっぱり、一緒に楽しく呑んでくれる人が好きですね」

「「おぉ」」

酒場の看板娘としては百点満点の回答なのでは? とシエラが手をパチパチさせると、フィノは苦笑しながら続ける。

「お酒が入ると、どんな人でも大抵、その人の素の部分が見えてくるじゃないですか。その状態で、やっぱり周りの人と楽しく呑むことができる人って、素敵だなって思うんですよね」

「あー、確かに分かるかも。お酒が入ったらちょっと手が出やすくなる人もやっぱりいますし、そういう人は嫌ですしね。喧嘩したり、切れやすくなる人もいますし」

シエラが言うと、フィノはそうそう、と頷いた。

「なので、私は二人がいつも楽しそうに呑んでるところ見てるの好きなんで、これからもちょくちょく来てくれると嬉しいですね」

少しだけ照れくさそうな表情を浮かべながらそう言ったところで、フィノは他のテーブルから声をかけられたので、ごゆっくり、と言い残してその場を離れて行った。

「……ジェルマさん」

「……シエラ」

思わずかぶってしまったが、そのまま二人は続ける。

「俺、フィノみたいな子がいい」

「私、フィノさんみたいな人が良いです」

二人はいなくなったフィノの後ろ姿を見つめながら、どっちがフィノにふさわしいかを、エールを一気に呑み干しておかわりを注文した後、口論を始めたのだった。