ギルドの受付業務で一番多い仕事は、冒険者が依頼を受ける際の受付業務と、その完了報告の受付業務である。
依頼の受け方は大きく分けて二つあり、依頼板と呼ばれる場所に張られている依頼書を自分で選んで受付嬢に渡して受付処理してもらう方法と、直接受付嬢に自分にあった依頼を探してもらい、斡旋してもらうという方法だ。
昔は、この受付業務を複数人で同時進行で行ってしまうと、依頼を受ける冒険者が重複してしまうことがあったりしたため、対応は必ず一人のみ、というルールが存在していたのだが、そうすると、どうしても受付作業に時間がかかってしまい、クレームに発展する、ということが多発していた為、とあるギルドで採用された方法を、今ではどのギルドでも採用するようになっていた。
その採用された方法というのが、依頼のリスト化と、受注処理を行った際にリストへ記載すること、そして、受注処理前に必ずそのリストで、他の人がすでに処理を行っていないかのチェックをする、というものだった。
「ヤマトさん、お待たせしました。ブルーバトラコフロッグと、通常種のバトラコフロッグの討伐依頼、どちらもまだ受注されていませんでしたので、このまま受注処理進めさせていただきますね」
シエラがヤマトが選んだ依頼がどちらもリスト上で未処理状態になっていたのを確認し、そのことを『腹ぺこ冒険者』のリーダー、ヤマトへ伝えると、ヤマトはお願い、と頷いた。
シエラは書類を三枚取り出して、依頼書にふられている依頼番号をそれぞれに記載し、受付処理を行う。三枚ともヤマトに渡してすべてにサインをもらったら、内容を確認し、控えをヤマトへ渡した。
「それでは頑張ってください。お気をつけて、いってらっしゃい」
シエラは『腹ぺこ冒険者』達がギルドを後にするのを見送ると、手元に残っている二枚の書類を引き出しの中の対応中箱の中にしまい、依頼リストに記載されているそれぞれの依頼の横の対応中欄に、シエラの判子をポンポンっと押していった。
「なぁ、この受付作業ってよ、魔道具とか、なんかそういうのでパパっとできるように出来たりしねーの?」
ふぅ、と肩を揉みながらシエラが一息ついていると、トーカスがカウンターの上にちょこんと乗ってきて聞く。
「魔道具でパパっとって……どうやって?」
トーカスの言う内容が全く想像が付かなかったので、シエラが首を傾げながら聞き返すと、例えば、魔法板を置いておいて、その中に受付システムを構築させ、そのシステムを使って、その中に保存している依頼を冒険者が自分で選んで受付処理を完了させてしまう、って感じなんだけど、とトーカスが説明すると、シエラは、そんなことが出来たらとっても便利になりそうねー、と苦笑しながら答えた。
「なんだよ、出来たら良いなって、シエラも思うだろ? 何事もやってみないとわからねーじゃん」
シエラの反応に少しムッとしたトーカスが言うと、シエラはそうだね、と頷いた。
「でも、それをするとなると、まずはすべての依頼を魔法板の中に漏れなく保存させることと、随時更新することが最低条件になるでしょ? かつ、同じことができる魔法板が複数……そうね、最低でも三つは欲しいかな。それらが常に連携された状態で、内容も同じ状態にしないといけないわけだから、たぶん、相当量の魔石が必要になってくるのよね。で、その状態を常に維持し続けないといけないってことを考えると、どうしても受付嬢が対応する方が安くあがるから、承認が下りないと思うんだよね」
シエラの言葉に、トーカスは世知辛い、と呟いた。
「まぁでも、今の受付業務もね、だいぶ簡素化されたんだよ?」
「え、これで簡素化してんのか?」
驚くトーカスに、シエラはくすくすと笑った。
「私が受付嬢になったばかりの頃は、もっと手間がかかってたんだから」
シエラが十二歳になって成人の儀を受けたその日、そのままの足で、ギルドへ行き、最初は職員の業務補助として雇われた。翌日から朝七時に出勤してくるように言われたシエラが、最初に仕事としてやったことは、受付にかかる書類対応全般だったのだが、この書類対応というのが、今と比べ物にならないほど種類があったのだ。
「まず最初に、冒険者から職業プレートを受け取って、内容をチェックするんだけど、チェック用紙の項目を確認して、全部確認を終えたら、確認した職員がサインをして、プレートを返却。ちなみに、ここでチェック項目内容がプレートで確認できなかった場合は、口頭で確認して、その内容をギルド職員が追記する。で、依頼を何にするかを決めてもらうんだけど、その前に、今から案内する依頼内容に関して、受注するしないにかかわらず、知りえた情報すべて口外しないって言う誓約書にサインしてもらうの。で、相手がサインしたら、依頼をいくつか案内して、選択してもらう。依頼が決まれば、受注業務に移るんだけど、失敗した場合のペナルティーが設定されている依頼の場合は、本人の他に、別の人に保証人のサインをしてもらう必要があって、その場合は受注者、保証人、ギルド、依頼主の四つ、書類が必要になる。で、さらに、パーティーで受注する場合は、パーティーメンバーとして、誰が同行するとかっていう内容の書類も書いてもらって」
「も、もういい。お腹いっぱいだわ」
一体、何種類の書類が出てくるんだよ、とトーカスはげんなりした声を出す。
「ね。私も最初の頃は、その書類全部書いてもらわないといけないって聞いてたから、それが当たり前だと思ってて、何の疑問も持たずに全部せっせとサインしたり、してもらったりしてたんだけど」
シエラは当時のことを思い出して、思わず小さく笑った。
「働き始めて一年が経ったときにね? サインしてもらった書類の大半をぜーんぶゴミとして焼却処分してるのを見て、あのサインもらったのは何の意味があったの!? ってなってさ。それから、一つ一つ、書類それぞれ、なんで必要なのか、何に使ってるのか、確認してったら、今の形になったってわけなのよ」
はぁ、と思わず声を漏らしたトーカスは、信じられない、と頭を振った。
「何も知らない時に、最初に教わったことって、絶対にそれが正しいことなんだって、もう無条件に信じちゃってるから、何の疑問にも思わないもんなんだよね。でもさ、それだけの書類を書いてるってことはそれだけ時間がかかってるってことなのに、あっさり捨てられちゃうんだよ? あの時の衝撃は、ほんと、今でも覚えてる」
ケラケラと笑うシエラに、トーカスは笑い事じゃなくね? と首を傾げた。
「それでもやっぱり、最初はすっごい反発があったみたいだし、まぁ、今の形に持っていけたのは、運が良かったっていうのも、あるかもしれないかなぁ」
シエラが最初に勤めていたギルドは、田舎町にある小さなギルドで、職員の総数も片手で数えられるくらいしかいなかった。周りに特に大きな町があるわけでも、観光名所があるわけでもなかったので、そもそも、冒険者の数も少なく、いつもと代わり映えしない面々が、数日おきに現れる、という程度だったので、一年間、シエラも疑問に思うことなく作業をしていたのだが。
「ホップって町にある小さなギルドだったんだけどね? 働いてたそこのギルドマスターに、試しにこれとこれの書類削ってみて、問題がおこるかやってみたいって言ったら、楽になるならなんでも良いよってことで了承をもらって。で、実際やってみたら、何の問題もなくって。しかも、そのおかげで、全員の残業時間が二割くらい減ったのよ」
さらに一年、それを続けてみて、問題が起こるかどうかを検証してみた結果、問題が全く発生しなかったわけではなかったものの、書類をもらっていても発生したであろう内容であったこともあり、受付業務で作成する書類は、今の状態まで減らしても問題ないって結論に至った、ということだった。
「あの時のギルドマスターには、ほんと感謝されたわー。特別賞与が出たとかで、ご飯奢ってもらったんだよね」
うきうきした様子で当時のことを思い浮かべながらシエラがいうと、トーカスは、え? と首をまた傾げた。
「ご飯奢ってもらったって、シエラには
トーカスの言葉に、まさか、とシエラは笑って答える。
「ちゃんともらったよー? 二年目にしては信じられないくらい! まさかの、銀貨三十枚!」
あれは嬉しかった、とうっとりしながらいうシエラに、トーカスは、なんとも言えない表情を浮かべる。
(……あれ? いやいや、銀貨三十枚って、三十枚って聞いたら多いと思ったけど、よく考えたら中銀貨三枚分だよな? シエラの給料って、一か月で中銀貨二十枚分じゃなかったっけ? 当時もうちょっと安かったとしても、
とはいえ、本人が気にした様子がないのであれば、
「でもま、トーカスが言ってたような仕組みがもしできれば、当時以上に業務改善ができるわけだし、また何かあったら、ジャンジャン言ってね?」
(とりあえず……十二歳の頃のシエラは、子供がお年玉で紙幣一枚もらうより、小銭五枚もらった方が喜ぶあの感覚だったんだな、とか思ったことは、黙っておこう)
シエラに言われて、トーカスは生暖かい眼差しを彼女に向けながら、わかった、と言って頷いた。