(自分の甘さが嫌になる。リスクに関してはもちろん、考えてなかったわけじゃない。けど、ジェルマさんに突っ込まれたところは完全に抜けてた。冒険者として、
ジェルマの言葉を思い出し、思わず机にドン! と突っ伏すシエラ。
ルーは突然のシエラの様子に思わずビクッと肩を震わせた。
「し、シエラぁー??」
声をかけるが、やはり反応はない。
(コーカス達がついてる以上、スミレちゃんが死ぬ確率は、限りなく低かった。でも、相手は魔物たちだけとは限らない。もし、悪人に遭遇したら? わかりやすい盗賊なんかならまだしも、人のよさそうな顔して寄ってくる輩だっているんだ。そういうのに、万が一、スミレちゃんが騙されたりしたら?)
ガバっと勢いよく顔を上げる。
「きゃぁ!」
心配になったルーが、シエラに手を伸ばしたところだったので、思わずルーは叫び、そのまま尻もちをついた。
「ん? ルー? どうしたの、大丈夫?」
きょとんとした顔でルーを見るシエラ。はい、と伸ばした手をルーは見つめると、思いきりシエラを睨んだ。
「大丈夫って、それはこっちのセリフよ! 戻ってきたと思ったら昼休憩もとらずに仕事してるし、顔は怖いし。声かけても反応はないし」
「え?」
ルーに言われて、シエラは思わず壁にかかった時計を見て絶句する。
「う、うそ、もう十四時!?」
「まさか、気づいてなかったの!?」
立ち上がってパンパン、とスカートの埃を払っていたルーは、呆れ顔になる。
「もう、とっととお昼食べてきなさいよ! もう少ししたら、報告に戻ってくるパーティーだっているだろうし。何があったのか知らないけど、ちゃんといつも通り、笑顔で接客できるようになんなさいよ!」
バシン、と背中を叩かれて、シエラは思わず痛い! と叫ぶ。
「思い立ったら即行動、でしょ? 悩むなんて、シエラらしくないわよ!」
「ちょっと!? 私だって悩んだりくらいするわよ!?」
思わず反論するシエラに、ルーは苦笑した。
「言い返せるくらいの元気があるなら心配いらないわね? この世の終わり、みたいな顔して何を悩んでるのかは知らないけど、まだ世界は滅んでなんかいないんだから。生きてたらいくらでも挽回できるし、何とかなるものよ? ほら、まずはさっさとお昼ご飯食べてきなさい」
カウンターから追い出されたシエラは、一瞬、呆然とその場に立ち尽くすも、ルーなりに励ましてくれてるのかな? と思い、ありがとう、とだけ言って、隣の食堂へと走っていった。
そんな様子のシエラを見て、少しはましな顔になったかな? とルーは苦笑した。
「全く……普段は思い立ったらすぐ行動なくせに。それに、結果はどうだったとしても、決してそれを途中で投げ出すことなんてしないんだから、悩むだけ時間がもったいないわよ?」
いなくなったシエラに向かって、ルーは小さく呟いた。
時間が遅くなってしまったこともあり、シエラは食堂で簡単に食べられるおにぎりと野菜の盛り合わせを包んでもらうと、一度寮へと戻った。
「遅くなってごめん! お昼ご飯、持ってきたよ」
自分の部屋に入ると、ベッドで寝ていたコーカス達が頭を上げて、シエラの方を見た。
本当は引きずってでもギルドに連れていくつもりだったのだが、朝、あの後、二人は即行でトイレにこもってしまったため、仕方なく、部屋でそのまま休ませることにしていたので、昼食を与えるため、戻ってきたのだった。
「少しは二日酔い、マシになった?」
机の上に買ってきた野菜の盛り合わせを置きながら聞くと、コーカスがだいぶマシになってきた、と答えながら、机の方に歩いてきた。
「あとちょっとってとこっぽいかな? はい、これ。二日酔いに効く解毒ポーション。器に入れとくから、飲んでね?」
そういって、ドロリとした深緑色の怪しげな臭いを放つ液体を、小さめの器に流し込んで、野菜の盛り合わせの側に置いた。
「……し、シエラ? このポーション、飲めるのか?」
不安げな声色で、トーカスが聞く。
「飲めるよ? 普通の解毒ポーションと違って、二日酔いの解消に特化したポーションだから、すっごくまずいけど」
そういってシエラはにっこりと笑った。
「明日には復活してもらわないと困るから、必ず飲んどいてね? あ、あんまりこのままにしてたら、部屋の中が臭くなるから、早めに飲んでくれると助かる」
「「えぇ……」」
あはは、と笑うシエラにコーカスはため息混じりに、わかった、と頷き返した。
「今日、ゆっくりと休ませてくれたのだ、明日までには復活すると約束しよう」
二日酔いの話である。
「……まぁいいわ。とりあえず、よろしくね?」
そう言い残して、シエラは部屋を後にし、急いでギルドへと戻った。
ちょうどギルドに到着し、中に入ろうとしたところで、隣の食堂からスミレが出てくるのを見つけたシエラは、慌ててスミレに声をかけて駆け寄った。
「シエラさん! こんにちわ。……あれ? 今日は師匠たちはいないんですか?」
「あぁー……うん。実はね、二日酔いで二人とも、今日は部屋で休んでるんだ」
シエラの言葉に、スミレは少し驚いた顔をする。
「コッカトリスでも二日酔いってなるんですね」
スミレの言葉に、シエラは苦笑した。
「そうだ、あの、ね? スミレちゃん、今日、これからって時間、ちょっとあったりする?」
少し申し訳なさそうに聞くシエラに、スミレはきょとんとした表情で首を傾げる。
「これからですか? 私は何もないので大丈夫ですよ?」
「そっか、それじゃごめん、一緒にちょっと来てくれるかな?」
そう言って、シエラはスミレをギルドの会議室へと案内する。
「急にごめんね」
用意したお茶をスミレに出すと、シエラはスミレと向かい合うようにしてソファーに座った。
「いえ、全然気にしないでください。それより、どうしたんですか?」
少し、思いつめたような表情で、いつもと明らかに違う雰囲気のシエラが心配になったスミレが聞くと、シエラは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「スミレちゃん、本当にごめんなさい」
「え? え??」
突然の謝罪に、訳がわからず混乱するスミレ。シエラは、ギルドマスターに言われて気づいたリスクについて説明し、事前にそのことに考えが至らなかったことや、そのせいで、スミレにも危険があったかもしれないことなどを伝え、もう一度詫びた。
「……シエラさん、頭を上げてください」
シエラが頭を上げると、そこには真剣な表情をしたスミレの姿があった。
「シエラさん。私は、成人の儀を受けた後、ずっと、採取のお仕事しかできていません。この間だって、討伐のお仕事を受けて、森に入ったわけじゃないですし、師匠たちがいなければ、森に入ろうと思ってなかったと思います」
スミレの言葉を、シエラは静かに聞く。
「……でも、だからと言って、私自身、何の覚悟もなく、冒険者になったつもりはありません。それに、シエラさんから見たら、まだまだだと思うけど、私はもう、冒険者です。……なんにも考えずに、この間の提案を受けたわけじゃないです。ちゃんと自分なりに考えて、あの提案は受けたんです」
にっこりと笑うスミレに、シエラは、あぁ、と唇をかみしめた。
(私は、また……)
スミレに申し訳ないことをしたから謝罪をした、と思っていたけれど、それは彼女がここまできちんと考えた上で判断したあの時の判断を、何も考えてなかったよね? と、私が言っているようなものではないか、と、シエラは今回の謝罪が、自分の罪悪感を少しでも軽くしたかっただけなのではないか、と自己嫌悪に陥った。
「……そんな顔、しないでください。シエラさん、また、私に失礼なこと言ったとか、思ってません?」
言われて、シエラは戸惑ったような顔をする。そんな彼女の表情を見て、スミレは苦笑した。
「ちゃんと、シエラさんの善意だってこと、わかってます。でも、シエラさん、いつも言ってるじゃないですか。冒険者は自己責任だ、って。もう、成人の儀をちゃんと受けた一人前なんです。いつまでも子ども扱いしないでください」
胸を張って言うスミレに、シエラは本当に、ごめんね、とまた謝ると、シエラは苦笑した。
「もう、ほんとに気にしないでください」
シエラはスミレに、ありがとう、と頭を下げた。
受付カウンターに戻ってきたシエラは、パシパシ! と顔を両手で軽くたたくと、小さくよし、と気合を入れ、一心不乱に仕事を始めた。
「お、なんかちょっと復活した?」
戻ってきたシエラに気づいたルーが声をかけると、シエラは動かしていた手を止めて顔を上げ、苦笑いを浮かべた。
「あ、ルー。ごめんね、心配かけちゃった?」
そう答えるシエラの顔をまじまじと見た後で、ルーはにっこりと笑って頷いた。
「まぁねー? さすがにあれは、誰だって心配になるわよ?」
「う、ご、ごめんね??」
シエラがしゅんとなると、ルーはからからと笑った。
「まぁ、いつものシエラに戻ったのならいいわ。ほら、冒険者たちも戻ってき始めたみたいよ?」
そういって視線をちらりと入り口の方へと移す。
三組ほどのパーティーが、ギルドの中にちょうど入ってきたところだった。
「さ、その様子だと、どうせ今日も残業確定でしょ? きりきりと働くわよー!」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
ルーの言葉に、シエラは思いきり眉を顰めるも、反論ができずに小さく呻く。
「ほらほら。ギルドの受付嬢は笑顔が大事なんでしょ? そんな顔しないしない! あ、お帰りなさい。どうでしたか?」
ルーは担当の冒険者たちに声をかけ、持ち場へと戻っていった。
シエラはふぅ、と小さく息を吐くと、手元にある書きかけの用紙を片付けて、戻ってきた冒険者たちの報告受付業務に戻った。
翌日。
シエラは朝から、できる限りの仕事を終わらせると、壁にかかった時計に視線を移した。時刻が十二時を表示しているのを確認すると、カウンターの前に離席中の札を立てて、忘れ物がないか、本日三度目の持ち物チェックを行い、問題がないのを確認し、荷物を持って上着を羽織った。
「よし、それじゃ行ってくるね」
これから戦地にでも赴くかのような表情のシエラに、ルーは少し苦笑しつつも、頑張ってねー、とシエラとお供の二匹を見送る。
「あれ? 姐さん、今日何かあるんですか?」
シエラを見送っていたルーに、オーリが聞くと、ルーは笑って、第四ギルド、とだけ答えた。その言葉に、オーリは何かを悟ったような表情になりながら、シエラの後ろ姿に向かって、手を合わせていた。
「とにかく、今日は何が何でも、二人の講師申請の承認ハンコをもらわないとだめなの。だから、絶対に、絶対に! 大人しくしててよ?」
戦の前の腹ごしらえだ、と、広場にある、大盛り料理で有名な料理屋に入って、シエラはガツガツとご飯を食べながら、コーカスとトーカスに本日もう何度目になるかわからないお願いをしていた。
「シエラよ。そう何度も言わなくてもよいと言っているだろう? もう、いい加減、聞き飽きたぞ?」
ため息混じりに、山のように盛られた野菜を食べながら、コーカスが言う。
「心配するなって。そもそも、今日は別に、何かと戦うわけじゃないんだろう? ただ、シエラが話をするのに、俺たちがついて行って、顔を見せるだけ。それだけなんだろう?」
野菜スープをちびちびと飲みながら言うトーカス。
「少々、気負いすぎではないのか? 正直なところ、我等より、シエラの方がよっぽど心配だぞ?」
コーカスがちらりとシエラの方を見て言う。
「えぇ? そ、そんなこと」
「あるぞ? 朝から何度も、カバンの中身をチェックしたり、書類を見返してはため息をついているし。少しは落ちつけ」
「うっ……」
コーカスの言葉通りの行動に心当たりがありすぎて、シエラは小さくため息をついた。
「だって……もしこれで、コーカスとトーカスの承認が下りなかったらと思うと……」
「そもそも、承認が下りなかったら何か問題があるのか?」
「え?」
トーカスの言葉に、シエラは思わず固まる。
「承認が下りなかったら、俺たちは寮にいられなくなるとか、そういうことがあるのか?」
「いや、えっと……そんなことはないよ? そもそも、寮に関しては、別で申請上げて、承認をとってあるから、関係なくて」
シエラが答える。
「なら、承認が下りないことに何の問題があるのだ? 我らが街にいられなくなるわけではないのだろう?」
山のように盛られていたサラダを綺麗に平らげたコーカスが、お腹をさすりながら聞いてくる。
「承認が下りれば、我等はギルドに雇われることになり、給金も発生するということだったと思うが、承認が下りなかったとしても、我等は今まで通り、シエラとともに寮で生活をすることはできるし、休日にシエラに街の外に連れ出してもらえれば、狩りだってできるではないか」
「た、確かに……」
なんだか鶏に言いくるめられているみたいで、少し気持ち的に納得がいかないが、コーカスの言っていることは、間違ってはいない、とシエラは頷いた。
承認が下りなかった場合、シエラの休日は強制的に彼らの狩りの同行で潰れてしまう、ということに気づけていないあたり、シエラが相当パニック状態であることは証明されたが。
「だから、そう気負う必要はないだろう? それに、今回承認が下りなかったら、今後ずっと、承認がもらえない、というわけでもないのではないのか?」
コーカスの言葉に、ハッとなる。
「そうそう。別に承認がもらえなかったからって、シエラがギルドから追い出されるとか、俺たちが殺されるとか、そういう話じゃないんだろ? なら、今回ダメだったとしても、次また挑戦すればいいんじゃねぇか?」
目からうろこが落ちるとは、こういうことなんだろうか、とシエラは思わず二人を見つめた。
「まぁ、だから。お前はいつも通りのシエラで、承認もぎ取りに行けばいいんじゃね?」
野菜スープを綺麗に平らげ、野菜盛りも二皿完食し終えたトーカスが、びしっと翼を前に出して言った。
「ありがとう。でも……なんでだろう、なんか、すごい良いこと言ってくれてるのに、もやっとする」
「おい!」
シエラの言葉に、トーカスが怒る。
「あはは、ごめんごめん。冗談だよ。ありがとう、二人とも」
知らず知らずのうちに、承認をとらないと絶対にダメだ、と思い込んでいた。だが。二人のおかげで、それはただの思い込みであることに気づくことができた、と感謝するシエラ。
何度も言うが、承認が下りなかった場合は、彼女の休日はなくなるのだが。
「よし、お腹も膨れたことだし、行こうか、第四ギルドへ!」
シエラはそう言って、出口へ向かい、思っていたよりも高くついたお会計に、若干涙目になりつつも店を後にした。
「それでは、こちらへどうぞ」
受付で十四時からの会議で来たことを伝えると、受付嬢の一人が案内してくれた。
「ギルドマスター、第一ギルドのシエラさんがお見えです」
扉をノックして、彼女がそう伝えると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「……失礼いたします」
会議室に通されると思っていたのに、まさか執務室の方へ案内されるとは思っていなかったので、少し緊張しつつ、扉を開けると、ショートヘアの金髪美人エルフの姿があった。部屋の主、ジェシカだ。
「来たわね? そこに座って」
「はい」
ジェシカに促されるまま、シエラはソファーに腰かける。コーカスとトーカスも、ひょいっとソファーの上に飛び乗ると、シエラの隣にちょこんと座った。
「……今日呼ばれた理由は、ジェルマに聞いてると思うけど……そこの二匹が、例の申請の講師?」
ちらり、とコーカス達を見やるジェシカに、シエラははい、と頷いた。
「なるほど。バルディッドの言っていた通り、確かにコッカトリスのユニーク個体、しかも、二体とも、か」
何かを書類に書き込みながらつぶやくジェシカに、シエラは思い切って、あの、と声をかけた。
「ふ、二人とも能力は申し分なく、人とのコミュニケーションもちゃんと取れますし、きちんとこちらの命令も聞くことが可能な従魔です。人手が足りていない現状打開のためにも、ぜひ、申請の承認を」
シエラの言葉に、ジェシカは「あぁ」と苦笑する。
「ごめんなさい、勘違いさせてるみたいね。承認はもちろんするわ。純粋に、バルディッドの言っていた変わった個体を、直に見てみたかったから、今日は呼んだのよ」
「……え?」
思わず気の抜けた声が出る。
「シエラも知っていると思うけど、ここ、第四ギルドには主に研究を行う職員が多く所属しているでしょ? 中でも、バルディッドは、魔物や魔獣に関しては、自他ともに認める
くつくつと笑うジェシカに、シエラは顔を引きつらせる。
(ちょ、ちょっと待って……。え? 何それ、じゃぁ、今日ここに呼ばれたのは、単純に
あれだけ緊張していたのは一体何だったのかと、力が抜けて思わず肩を落とすシエラに、なんとなく察したジェシカは、ごめんなさいね、と苦笑した。
「聞いた話では、ゴブリンの集落を壊滅させたのも、そこのコッカトリス達だということだけど……詳しい話を聞いてもいいかしら?」
ジェシカに言われて、シエラは気を取り直して、先日の出来事を、かいつまんで説明した。
「……ちょっと待て。コッカトリスが石化の魔法を使うことは知られているけど、雷魔法も使うですって?」
最後まで説明したところで、ジェシカがシエラに聞く。
「はい、使ってましたね。……え? そんなにおかしいことなんですか?」
シエラが聞くと、ジェシカは本気で言っているのか? という顔をして、ため息をついた。
「コッカトリスに関して言えば、石化魔法を使用しているところしか、確認された事例はないわ。他の属性魔法まで使えるのであれば、通常状態であったとしても、Bランクには荷が重すぎる」
「あぁ……確かにそうですね。私も、ランク変更は検討したほうがいいのでは、と思ってました。ただ、魔法を使用しているところを見たのは、この二人だけなんです。他のコッカトリス達は……まぁ、私自身は付き合いがないので知りませんが……」
そう言って、ちらりとコーカスを見ると、コーカスが口を開いた。
「我やトーカスが特殊なだけで、基本的に通常個体のコッカトリスで、我等のように石化以外の魔法を使うものはたぶんいないと思うぞ?」
「そうなの?」
そういえば、ちゃんと聞いたことなかったな、と思いながら、シエラは続きを聞く。
「あぁ。ただ、我等のように進化した個体になると、使える魔法は何も雷に限った話ではなくなるがな。火や水、毒を使うものもいれば、精神攻撃魔法を使う個体もいたはずだ」
「え、何それ。ほ、ほんとに……?」
その話が事実なら、コッカトリスというくくりだけでランク付けしている現状は、少々まずいことになる。
「ちなみに、俺は、雷の他に、精神攻撃魔法と火魔法も使えるぞ?」
ドヤるトーカスを見て、シエラは目を見開いた。
「え……!? う、嘘でしょ!? 知らないんだけど!?!?」
思わず立ち上がるシエラに、トーカスは首を傾げた。
「え? 知らなかったのか?」
「聞いてない……」
「ちょ、ちょっとあなたたち!?」
驚いた様子のトーカスに、シエラが叫ぶ。
が、そこにジェシカが割って入った。
「意思疎通ができるとは聞いてたけど……ちょっとまって、そんなにちゃんと会話ができるの!?」
ジェシカはバタバタと近づいてきたかと思うと、ガシッとコーカスをつかみ上げる。
「喋ることができる魔物の話は聞いたことがあったけど、こんなにしっかりと会話が成立するなんて、龍種以外じゃ聞いたことないわよ!?」
「「「ひっ!!」」」
シエラ達は思わず小さく悲鳴を上げる。
ジェシカの目が、まるで長年の獲物を見つけたかのように鋭い光を放ち、本人からあふれ出るオーラは、コッカトリスである二匹ですら、恐怖を覚えるほどだった。
「この子、第四ギルドに譲ってくれない!?」
「「はぁ!?」」
ジェシカの言葉に、思わず声が出るコーカスとトーカス。シエラは何を急に言い出すのかと、思わずぽかんとなる。
「ダメなら、あなた、第四ギルドに移ってこない!?」
今度はシエラの肩をつかみ、ぶんぶんと揺さぶりながら言う。
「いや、それは……」
「ジェルマにはこっちから言っておくから! ね、いらっしゃいな!」
顔をひくひくとさせながらも、ジェシカの目を見たらたぶん、
「そ、その、私の一存では何とも……というか、その、第一ギルドが気に入ってますし、あの、えと……」
もごもごとしていると、コンコン、とドアをノックする音がした。
ジェシカがチッと舌打ちしながら、取込み中よ、と答えると、ドアの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「万が一と思ってきてみれば……人のギルドの職員を、上司のいないところで勝手に勧誘してんじゃねーよ」
「ジェルマさん!!」
開いた扉の方を見ると、そこには見慣れた顔の上司の姿があった。
(今、この時だけは感謝するわ、神様!!)
普段から信じてもいない神にありがとう、とシエラは心の底からの感謝を捧げる。
「杞憂であってほしかったが、お前はやっぱり変わってねーなぁ……」
呆れ顔で部屋の中に入ってくると、がっしりとシエラの肩をつかんでいたジェシカの腕をつかむ。
ジェシカは、少しムッとした表情で、ジェルマの方を見た。
「何の用? 今、忙しいって言ったでしょ? ……あ、ていうか、ちょうどいいわ。シエラちゃん、第四ギルドに頂戴よ。コッカトリスをテイムしたんだし、第一ギルドよりもうちの方があってるでしょ?」
「ざけんな。こいつが抜けたらうちのギルドがますます回らなくなるだろうが」
バチバチっと二人の視線の間で火花が起こる。
モルトにある四つのギルドには、それぞれ特色のようなものがある。
第一ギルドは、冒険者たちの入り口ともいわれるギルドで、冒険者の育成に力を入れており、初めての冒険者登録はほとんどの人間が、第一ギルドで行っているほどだ。
第二ギルドは、
第三ギルドは、護衛や治安維持に力を入れていて、将来の騎士を目指す人たちの多くが、このギルドに所属して、腕を磨いている。
第四ギルドは、主に研究者肌の人間が多く、分野は様々であるが、その道のエキスパートたちが主に属している。バルディッドをはじめとする、魔物学者たちも多く所属していることもあるからか、職員自身が魔物や魔獣をテイムしている人も多い。ただ、そのせいか、俗に変人奇人と呼ばれる類の職員もかなりいる。
「お前、さてはコッカトリス達に素材なんかの調達をさせようとか思ってるだろ」
「何よ、できるんだからさせればいいじゃない。講師なんかさせるよりそっちのほうがよっぽど簡単だし、ギルドの利益にもなるわ」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。冒険者が育てば、素材の調達ができる人間が増えるだろうが。将来的に言えば、そっちのほうがギルドの利益になるだろうが」
「はぁ? そんなの、いつになるかわからないじゃない。大体、育ったからって素材の調達をそもそも受けてくれるかわからないし、モルトにずっといるかどうかもわからないじゃない。冒険者たちはみんな、一度は王都に憧れるものよ? せっかく育てたのに、王都に行かれたら意味ないじゃない!」
ギャーギャーと言い合いを始めるジェルマとジェシカ。二人の様子に、シエラは呆然となりながらも、顔を引きつらせる。
(……こ、こんな会話、冒険者の人たちに絶対に聞かせられない……!)
シエラは思い切って、あの! と声を上げた。二人の言い合いがピタッと止まり、視線がシエラの方へと移る。
「シエラちゃんはどうなの!? こんなののギルドなんかより、うちの方がいいわよね!? うちは残業は少ないわよ!?」
「あ、てめぇ! おい、シエラ! こんな奴の所より、今のままでいいよな!?」
思わずジェシカの、残業が少ない、という言葉に目を輝かせるシエラだったが、コホンと咳ばらいを一つして口を開いた。
「ジェシカさん直々のお誘いで、大変光栄ではありますが、私は、第一ギルド所属のままがいいです」
勝ち誇ったような表情でどや顔をするジェルマと、信じられない! という絶望に近い表情を浮かべるジェシカ。
「残業が少ない、って言うのはとても魅力的なお話ではあるんですが……なんか、コーカス達とこっちに異動してきたら、コーカス達にしかできない依頼が増えて、その分結果的に残業が増えそうで嫌なんですよねー……」
ポリポリと頬を掻くシエラに、そんなことは! とジェシカが反論する。
「無理のない範囲でしかお願いしないわよ!」
その答えの時点でだいぶ信用ならないんですが、と顔を引きつらせるシエラ。
「……例えば、どういうことをお願いしようと思ってます?」
シエラが聞く。
「そうね、今ちょっと必要になってるのが、シーサーペントの鱗とキングバトラコフロッグの毒袋、後は……」
「いや、もういいです、大丈夫です……」
ジェシカの口から出てきた、シーサーペントも、キングバトラコフロッグも、どちらも討伐推奨ランクはAランクの魔物たちであり、しかもそう簡単に遭遇もできない魔物たちだ。
「とりあえず、異動したら確実に残業(というか下手したら出張まで)増える気がするので、丁重に、お断りさせていただきます。それに、まだ死にたくありませんので」
にっこりと笑い、頭を下げるシエラ。ジェシカがそんなぁ、と懇願してくるが、ここで気を許しては絶対にいけない! と、ニコニコと笑顔を浮かべたまま、シエラは黙ってジェシカが諦めるのを待った。
「ジェルマさんが来てくれて、助かりました」
あの後、シエラを説得しようとジェシカが必死になっている隙に、ジェルマが彼女の印鑑を勝手に取り出し、承認印を書類に押したことにより、正式にコーカスとトーカスの第一ギルドでの講師採用が承認された。
こんなの無効よ! とジェシカは叫んでいたが、コーカス達がさっさと終わらせないと二度と会うことすらしない、という最強の一言を放ったことで、ジェシカは泣く泣く、諦めてくれたのだった。
「あいつはなー、昔っから自分が気に入ったものは是が非でも手に入れようとする癖があってなぁ」
冒険者時代にも、古い魔導書が残されているという遺跡の噂を聞けば、依頼そっちのけで遺跡探索に出かけたり、珍しい魔道具が売りに出されていると聞けば、自身の身に着けている最高ランクの防具を売り払って購入しようとしたりしていた、という話をしてくれた。
「あー……なんか、ちょっと想像できますね……」
「だろ? 結構苦労したんだぞ?」
そんなジェシカに付き合いきれない、とパーティーを離脱する仲間もいたりでAランクに上がるのにずいぶん苦労した、と苦笑いしながら教えてくれた。
「まぁ、悪い奴ではないんだ」
「わかってますよ」
本当に、自分本位の自己中心的な人間であれば、そもそもギルドマスターを任されたりしない。
なんだかんだでフォローするジェルマに、シエラはくすくすと笑った。
「でもよかったです。とりあえず。これでコーカス達も講師としてジャンジャン働いてもらえますしね!」
うんうん、と嬉しそうに頷きながらシエラが言うと、ジェルマがそうだ、と思い出したように声を上げて、シエラの肩をポンと叩いた。
「承認はこれで下りたんだがな? 登録のための、能力査定が必要だから。お前、ちょうど明日休みだろ? ちゃちゃっと森にでも行って、査定してきてくれ」
「は!?」
思わず立ち止まり、眉間に深い縦皺を刻むシエラに、ニカっと笑って白い歯を無駄にきらりと輝かせて見せるジェルマ。肩に置かれたのと反対側の手は、グッとサムズアップされている。
「ちょ、ちょっと待ってください。それってせめて休日出勤扱いになりますよね!?」
ジェルマの言い方が引っ掛かり、思いきり眉を顰めながら聞くシエラに、ジェルマは首を傾げた。
「いやいや、ならねーよ? だって、査定結果がいるのはコーカス達の都合だ。うちとしては、査定結果が提出されなかったら、働いてもらえないよってだけだろ?」
嘘だ、と小さく呟くシエラ。
「まぁ、本来は採用承認申請の前段階で必要になる書類なんだがな? 今回はほれ、特殊例ってことで、先に承認だけ済ませた形になっちまってるからちょっとおかしなことになってるわけで。まぁ、お前が、コーカス達が働くのがまだ先になるのでもいいって言うのなら、先延ばしでもいいぜ? 仕事調整して、
ジェルマの言葉に絶句する。
「あぁ、お前そういえば、有休溜まってるもんなー。ここらで消化するのもいいんじゃねぇか? あ、でも、来月の有休申請の期間は過ぎてるから、再来月になるから、まだまだ先の話になるなー」
あはははは、と笑うジェルマに、シエラは目をギラりと光らせると、ドス! と思いきり腰をひねって重たいパンチを、ジェルマのお腹に打ち込んだ。
「ぐふ!」
無防備に笑っていたところを殴られ、思わずその場に崩れ落ちるジェルマ。シエラはフルフルと握っていたこぶしを震わせながら、ふざけんなー! と大声で叫んだ。