承認をお願いします
「おい、シエラ。今、ちょっといいか?」
朝の受付ラッシュが終わり、書類の整理をしていると、ジェルマが手招きして声をかけてきた。
「はい、ちょうどいち段落付いたとこなんで大丈夫です。なんですか?」
なんだろう? と思いつつ、控えの書類を机にしまってジェルマの方に行くと、ちょっとこい、と言って、執務室へとそのまま連れられた。
「コッカトリス達の講師申請の件で、第四ギルドから最終承認前の確認のために明日の十四時に会議するから来いってよ」
執務室に入ると、ジェルマは自身の椅子に腰かけながら言った。
「はい、わかりましたって……あれ? 講師申請、私まだ出してないですよね?」
先日のスミレの様子から、コーカス達を使えるのでは、と思い、ジェルマに相談はしたが、彼らを職員として採用してもらうための申請は、これから上げる予定にしていたので、まだ未申請のはずなのに、と首を傾げるシエラ。
「こないだ、スミレに付けてコッカトリスを外に出しただろ?」
「はい、この間お話した通り、ちゃんとスミレちゃんには事前承認もらって、二人を護衛兼教官役としてお供させました」
対応した内容も手続き方法も、正規の方法に則ってきちんと行ったことなので、問題はなかったはず、と思ったシエラが答えると、ジェルマはため息を小さくついた。
「第四ギルド所属の奴に見られてたみたいでな。あれはなんだって、確認が入ったんだよ」
「え?? い、いやいや、傍目には見た目ちょっといい感じの鶏にしか見えませんよ? よしんば、あの二人が魔物だってわかったとしても、スミレちゃんがテイムしてるようにしか見えなくないですか? それを連れてるだけで、あれはなんだ、なんてならないと思うんですけど」
まさか、鶏連れて歩いている少女が珍しくて、鑑定したら、連れていたのがコッカトリスだとバレたのか? とも思ったが、彼らが森に出てから、それなりに日が経っている。今更、シエラは一体、なんの確認が入ったのか、意味がわからず、首をさらに傾げた。
「森での様子を見た冒険者からの確認だそうだ」
「森での様子?」
スミレやコーカス達から、特に何か問題があったとは報告は受けていない。確かに、いきなり魔物を狩ってきていたことに驚きはしたが、所詮、Fランク推奨レベルの魔物だ。スミレが初めて森に入った、という事実を知らなければ、そこまで驚くことではない。
「その日な、第四ギルドの方でウッドアントが巣を広げているかもしれないってことで、冒険者に調査依頼を出していたそうだ。で、その結果、どうも、クイーンアントが生まれたことがわかった」
「げ、またですか?」
クイーンアントというのは、フォレストアントより二回りほど大きいサイズのフォレストアントのメスで、基本、フォレストアントの群れにつき、一体存在する。このクイーンアントが産卵によって、フォレストアントを増やしていくのだが、時々、クイーンアントの後継者となる個体を生み出すことがあり、その個体が育つと、クイーン同士が戦い、負けたほうは巣を出ていき、新たにコロニーを作る、という性質を持っている。
「確か、五か月くらい前に一度、巣を出て行ったクイーンを討伐したばかりじゃなかったでしたっけ?」
基本的に、クイーンが産み落とされる周期は約二、三年である、と一般的には言われている。だが、ここ数年、モルト近くの森では、一年に一度くらいのペースで、クイーンが生まれていることが確認されていて、その討伐対応は第一ギルドが請け負うことになるので、シエラは小さくため息をついた。
「ま、その話はまたあとでだ。で、話を戻すが、その調査に、魔物学者のバルディッドが冒険者と一緒に出てたそうなんだ」
「げ!?」
ジェルマの口から出てきた魔物学者の名前に、シエラの表情が一気に青ざめる。
「お前も聞いたことくらいあるだろ? バルディッド・ルーイェン。第四ギルド所属の魔物学者」
「魔物の生態解明にその生涯を捧げていて、その解明のためにはどんなことも
実際に面識はないのだが、バルディッドの噂話はちょこちょこ耳にしていたシエラ。
「その名前が出るってことは、まさか」
「その、まさかだよ」
ジェルマの言葉に、シエラは顔を両手で覆った。
彼の話の内容を要約すると、こういうことだった。
クイーンの存在を確認し、報告のために街に戻ろうとしていたところで、偶然、バルディッドがスミレたちを見かけた。そばにいる魔物がコッカトリス、それも、ユニーク個体だということに、魔物学者のバルディッドはすぐに気づき、少女が襲われるのではと思って駆けつけようとしたところ、少女と二匹が会話をしていることに気づく。一瞬、独り言かと思ったそうだが、明らかに会話をしており、しかもその内容が、スキルの使い方を二匹が少女に教えているようだった、とのこと。
危険がないことがわかった冒険者に、バルディッドはそのまま、街まで強制連行されたため、その後、少女たちのことがどうしても気になったため、調べていった結果、第一ギルド所属の冒険者であることを突き止め、話を聞きたい、と打診が入ったとのことだった。
「なんでこんなピンポイントのタイミングで……運が悪すぎる……」
そもそも、世間一般の認識として、テイムされた魔物は主である契約者に付き従う存在、というものだ。命令して、何かを手伝わせたりすることはあっても、間違っても、主に対して何かを教えたりするような、講師のような真似事はしない。
「だから最初はスミレに対しての打診だったんだがな。スミレを行かせるわけにいかないだろ?」
「そうですね、あくまでも、テイム契約を行っているのは、一応、私ってことになってますから。それに、スミレちゃんに連れて行ってもらうようお願いしたのはそもそも私です……」
ため息をつくシエラ。
「しかも今回の件、直接、ジェシーからこっちに連絡が入ったんだよ」
「え。ちょ、ま……じぇ、ジェシーってまさか、第四ギルドマスターのジェシカさんのことですか!?」
「その、ジェシカさんだよ」
「ななな!? なんでギルドマスターが!?」
第四ギルドのギルドマスターのジェシーとジェルマは、もとパーティーメンバーだったので、今でも仲は良い。だが、わざわざギルドマスターが出てくるような話ではないはずでは? とシエラは混乱した。
「テイム委託証明書、あれを発行した理由を聞かれたんだよ」
「へ?」
「俺たちは、コーカス達の実力を知っているし、お前があいつらの手綱をきちんと握れてることも知ってる。マイスがあれば、危害も加えないこともわかっているし、話の通じる奴らであることも理解してる」
ジェルマの言葉に、シエラは頷く。
「はい、だから、今回スミレちゃんと二人を会わせたうえで、スミレちゃんには事前確認をしました」
「だが、はたから見たら、なんだかよくわからない、しかも高ランクの魔獣を、まだ新人で、森に入るのも初めての冒険者に付けて外に出す、なんてのは、ただの危険行為にしか見えない」
「えぇ……」
高ランクのちゃんとテイムされた魔獣だからこそ、逆に安全では、とシエラは思ったし、そもそもはたから見たら、ただの鶏は高ランク魔獣には見えないじゃない、とシエラは顔をしかめる。
「それに、コーカス達が何か問題を起こした場合、その責任は誰がとる? 見た目はただの鶏だが、バルディッドみたいに、あれがただの魔獣じゃないことに気づく人間だっている。もしかしたら、コーカス達を狙って、スミレに被害が及ぶかもしれない」
言われて、シエラはハッとなる。
普通に会話が成立するからうっかり忘れがちになるが、彼らはそもそも、魔獣であり、人ではないのだ。人の暮らす街で問題なく生活し、なまじ馴染んでいたせいで、彼らが人の定めたルールをちゃんと守るのだと、そんな保証はないにもかかわらず、勝手に思い込んでしまっていた。
それに、確かに彼らは高ランクの魔獣だ。そんじょそこらの冒険者や魔物に後れをとることはないだろう、だが、スミレは別だ。彼女は冒険者になって日が経っているとはいえ、森に入ったのはあの時が初めてだったのだ。何かトラブルがあった場合に、彼女自身が危なかったというリスク自体、もっと慎重に考えるべきだった、とシエラは猛省する。
「だが、ま。正直、うちのギルドは新人育成をする側の人材が不足していることも事実だ。冒険者の先輩から教われ、なんて言っても、その冒険者たちにも生活がある。中堅どころの奴らは上位に上がるために必死だし、上位の奴らは奴らで、指名依頼をこなさなきゃならないしで余裕がない。下位の奴らは人に教えられるような状態じゃないし、となったら、少しでも育ってもらうためにはギルド側としても、人材を補充・提供する必要があるが、いかんせん、都合よくそういうのに向いた人材がすぐに雇えるわけでもない。ならこの際、人でないことに目をつぶって、その問題が解決するなら、それに越したことはねーだろって思ってな。さっき言った問題は、コーカス達をうちのギルドの講師としてきちんと登録してさえいれば、身元の保証になるし、何か問題が起こったとしても、俺たちが責任を持ち、動くという証明になる」
「あ……」
責任の所在を明らかにしておくことは、存外大事であると、ギルドで仕事をしていてわかっていたはずなのに、今回はそこをはっきり明確化していくことができていなかった、ということに気づいたシエラは、ジェルマの言葉に、頭を下げた。
「すいませんでした。認識が甘すぎました……。スミレちゃんにも、迷惑をかけてしまうところでした」
シエラが言うと、それは俺じゃなく、スミレに言えよ? とジェルマは手をひらひらさせながら言った。
「ま、お前の話を聞いたときに、すぐに申請するよう言ってなかった俺も悪かった。そろそろ、申請は上げるつもりだったんだろ?」
「はい、今日書類作成する予定でした」
シエラが言うと、ジェルマは一足遅かったな、と苦笑した。
「ま、今後は事前にちゃんと一言、俺にも相談してからにしろ。動く前に、な。何かあったときに、俺も動きやすい。報・連・相。基本だろ?」
「はい、肝に銘じます。ありがとうございます」
ジェルマの言葉に、シエラはもう一度深く頭を下げた。
「……シエラ? 何かあった?」
執務室から戻ってきたシエラは、一心不乱になって仕事をこなした。
あまりにも鬼気迫る様子のシエラに、心配になったルーが声をかけるが、シエラはそのことに全く気づかない。