コミュニケーションって大事ですよね

「シエラ! 仕事は終わったか!?

最後の報告依頼を受け終えて、書類のチェックをしながら報告書をまとめていると、キラキラわんこの瞳の青年が、カウンターにやってきた。

「……ボルトン卿、思ってたより遅かったですね……」

時刻は二十一時を回ったところだった。

後で来る、と言っていたが、いつまでたっても来ない(むしろ来なくていいと思っていた)ので、忘れたか、興味がなくなったのだろうと思い、このまま帰ろうと思っていたシエラは、心の中で大きく項垂れた。

「む? もう少し早く来たほうが良かったか? 仕事が終わるのを待ったほうがいいとハルに言われて、暫く様子を見ていたんだが」

そう言って、エディは後ろに控えていた、銀髪ロングヘアの護衛と思しきお兄さんを見た。

「え? あ、いえ。むしろ来な……いや、その、ちょうど仕事が終わったところでしたので、その点については、お気遣い感謝いたします」

正直に言えば、来ないでくれるのが一番ありがたかったんだけどね! なんてことは、決して口にはしない。

「コーカス様とトーカス様に会いに来られたんですよね?」

「会い……な!? か、か、勘違いするな! 俺は、コッカトリスが危なくないかを見極めるために来たんだ。決して、喋る魔獣が珍しいからとか、そういったことでは断じてない!」

顔を少し赤くしつつ否定するエディ。

「えぇ……? だって、ご自分で仰ってたじゃないですか。喋れる魔獣に会ってみたいって」

「確かに言ってましたよ? エディ様」

ニタニタと笑いながら、ハルが言う。

「ハル!?

「いやいや、エディ。お前もう素直になれって。いっつも言ってたじゃねーか。動物とお話がしてみたいーって」

もう一人の短髪茶髪の、若干見た目が軽そうな護衛の男性が笑いながら言う。

シエラも、お話とかかわいいな! と思わず笑いそうになるのをぐっと堪えた。

「おい、ニューク! てめぇ!」

エディの顔が、まるで茹蛸のように真っ赤になる。

「……と、とりあえず、書類を片付けて着替えてきたいので、それまで、コーカス様とトーカス様と、お話、で、も、してくださいませ」

お話、と口にした瞬間、思わず笑いそうになるシエラ。声に出して笑わないよう、何とか踏みとどまれはしたが、変な喋り方になったせいで、ハルとニュークには、シエラが笑いかけていることに気づかれ、二人はケラケラと笑った。

「んん! コーカス様、トーカス様。もうそろそろ、片付けるんで、起きてください」

いたたまれなくなったシエラは、何とか空気を換えようと、足元に置いてある箱の中で、スピスピと気持ちよさそうに眠っていた二人を起こす。

「なんだ、やっと仕事が終わったのか? 相変わらず遅いな」

「ふぁぁ……よく寝たぜ。……腹が減ったな。今日はどこで野菜盛りを食べるんだ?」

「……こいつら」

若干の苛立ちを覚え、シエラは二人をグイっとつかみ上げると、カウンターの上に移動させた。

「コーカス様、トーカス様。こちら、エディ・ボルトン卿です。お二人とお喋りしたいそうですので、私が着替えて戸締りしてくるまでの間、お話相手をしていてください」

「なに!? なぜ我がそのようなことを」

「そうだそうだ! 俺らは別に話をする義理は」

「……働かざる者食うべからず。野菜盛りが今日も食べたいなら、つべこべ言わずに話し相手になってて! いい!?

「「……はい」」

シエラの勢いに負け、二人は諦めながら、エディ達の方を見る。

エディ達も思わずシエラの勢いに飲まれ、静かになぜか、はい、と呟いていた。


「……なぁ、シエラっていつもああなのか?」

シエラの姿が見えなくなったのを確認して、ぼそっと小さな声でエディが言う。

「……まぁ、そうだな。最初の頃はそうでもなかったはずなのだが……最近、我等の扱いが若干ひどい気がしないでもない」

コーカスがつつとエディの方に近づき、ひそひそと答える。

「俺らの方が絶対に強いはずなんだけどなー……なんでかシエラには勝てる気がしない」

トーカスが呟くと、コーカスは小さく頷いた。

「女はいつの時代でもこえーってことですかね?」

ニュークが呟くと、トーカスが思い出したように言う。

「この間も、ギルドマスターであるジェルマが、シエラにしこたま怒られてたな。確か、酒を飲んで遅刻するくらいなら、最初からギルドに泊まってろ、とかなんとか」

「え、ギルドマスターってことは上司でしょう? すごいね、シエラちゃん」

ハルが感心したように言う。

「普段はそうでもないんだが……なぜか時々、シエラには頭が上がらなくなるのだ」

コーカスが唸る。

「最初の方こそ、俺らがコッカトリスだからって丁寧に扱ってくれてたけど……あぁ、そうだ。あいつの部屋で出された餌を食べ散らかしたとき、すっげー怒られたんだよなー。なんか、あれ以来、扱いが徐々に雑になってきてる気がする」

トーカスが言うと、コーカスが確かに、と頷いた。

「いや、食べ散らかすのはだめでしょう」

「何言ってんだ、ハル。コーカスもトーカスも、コッカトリスだぞ? そもそも人間じゃないんだ。普通に考えて、これまで綺麗にとか、汚さずにとかって考えながら食べてるわけないだろ?」

エディが言うと、ハルはそうか、と苦笑した。

「コーカスもトーカスも、なんか人間みたいなんだよなー。なんか、気づいたら普通に喋ってるけど、全然違和感がねぇ」

ニュークが言うと、コーカスがふん、と鼻を鳴らした。

「我等を舐めるなよ? そこらの魔物なんぞより、よっぽど知性が高いからな」

得意げに言うコーカスを見て、エディ達が笑う。

「そうだ、ちゃんと自己紹介ができてなかった。すまない。俺はエディ。エディ・ボルトンだ。エディと呼んでくれ。こっちは護衛のニュークとハルだ」

「「よろしく」」

「では、我等もきちんと自己紹介をしようか。我はコーカス。この辺りのコッカトリスの長だ。こっちは息子のトーカスだ、よろしくな」

「よろしくな」

和気あいあいと楽しそうにお喋りをしている三人と二羽。

「……え、ちょっと待って。この短時間で何があったの」

変な感じになってたらまずいと思い、大急ぎで書類の片付けと裏口の戸締りの確認をし、マッハで着替えを終えて戻ってきたシエラは、逆に彼らに声がかけられず、少しの間、その場に立ちすくんでいたのだった。


「はいよ、エールに野菜盛り、お待ちどう。それで、料理はどうする?」

「そうだな、料理は適当にお勧めを二、三品、とりあえず持ってきてくれ」

「はいよ!」

(ちょっと待て。なんでこうなった)

シエラは、エールを目の前に置かれて、ハッと意識を覚醒させる。

「それじゃ飲もうぜ! カンパーイ!」

ニュークが音頭をとると、三人と二羽はガチャっとコップをぶつけ合った。

「……え、ちょっと待って。本当に、あの短時間で何があったの? てか、なんでこんなに仲良くなってんの??

混乱するシエラに、ハルがくすくすと笑いながらなんでだろうねと答えた。

ギルドで何とか声をかけたところまではよかったのだが、そのまま解散して寮に帰ろうと思っていたシエラは、エディが持っていた寮でコッカトリスを飼う承認証明書を盾に、そのまま近くの居酒屋へと連行されていた。

「それにしても、ボル……エディ様、妙に気安い感じになられましたね」

居酒屋につくまでの間に、シエラはエディに、ボルトン卿ではなく、エディと呼ぶように言われていたのを思い出し、慌てて訂正して言った。そんなシエラに、エディは苦笑しながら答える。

「もともと、堅っ苦しいのは苦手なんだ。それに、今回こっちに来てるのはお忍びだからな。正直なところ、様もつけないでもらえると助かるんだが」

エディの言葉に、シエラは顔を引きつらせる。

「私に、死ね、と仰るのですか?」

現国王の王弟に当たるショーン・ボルトン公爵の嫡男であるエディ・ボルトン。王位継承順位は低いが、立派な王位継承権を持っている。傍系とは言え、立派な王族の一員である。一般庶民のシエラが下手なことをすれば、不敬罪であっさり(物理的に)首が飛ぶことだってありうるのだ。

シエラの言葉に、ニュークが笑った。

「いやー、シエラは面白いな! でもよ、そんなにこいつに気を遣わなくても大丈夫だぜ?」

ポンポンとエディの肩を叩くニュークに、シエラはジト目を向ける。

「……ニューク様は、もう少し、エディ様への態度を改められた方がいいかと思いますよ? というか、私、不敬罪なんかで死にたくありません。それに、言うのであれば、それはエディ様のセリフでは?」

「そうだそうだ、もっと言ってやれ! ニュークは俺の護衛なんだから、もう少し、俺のことをたててもいいと思うぞ!」

エディがシエラの肩を持つ。その様子に、ハルがククっと笑う。

「正直なところ、僕らは小さいころから一緒に育ってきたから、付き合いの長い人や、他に人がいないときはこうしてくだけた感じなんだよね。ただ、ニュークに関しては、時々、面倒な人の前でも素を出しちゃうことがあるから、困るんだけど」

「面倒なことだな、人の世と言うのは。まぁ、そんなことはどうでもいい。野菜盛り、追加だ」

ケプ、と小さくゲップをしつつ、空のお皿をコーカスが差し出してきた。

シエラは、はや! と驚きつつ、近くを通った店のおばちゃんに、お代わりをお願いする。

「そういえば、シエラがコーカス達をマイスでテイムした、と言ってたんだが、本当なのか?」

エディが聞くと、トーカスがそんなわけないだろう! と怒った。

「あ、やっぱりそうだよな? それじゃどうやっ」

「俺は、シエラの騎士だからな! 傍にいる必要があるから、契約してやったんだよ」

「「「は?」」」

食い気味に答えたトーカスに、男性陣は意味がわからず思わず大きな声を出す。シエラは机に突っ伏した。

「ちょちょ。と、トーカス、さん??

急に何言いだすんだ、と思ったら、うっとりとした瞳で、トーカスは続けた。

「シエラは俺が一人前のコッカトリスに成長するための経験値ゴブリンを持ってきてくれたんだ。おかげで俺は、一晩で物凄く成長し、父上と同じように、言葉を操れるまでに成長した。恩人であるシエラのために、俺は、シエラの騎士になると誓ったんだ!」

「……いやいやいや、そもそも、報酬のマイスを自分で見たい(選びたい)けど、街中でテイムされてない状態じゃうろつけないからっていう理由だったでしょうが。なに、美談みたいな感じで語ってるのよ」

呆れ顔のシエラに、トーカスはむっとする。

「何を言っている。俺は言っただろうが、シエラの騎士になる、と」

「……え? いや、あれ……え? 冗談だったんじゃ……」

確かに、言っていたけれども、とシエラは首を振る。

「いや、あんな突然、意味わかんないこと言いだしたから、どうしたのかとは思ってたけど……え、まさか、本気だったの!?

驚いて目を丸くするシエラ。

「騎士として認められるまでの道のりは、まだまだ遠いようだな、トーカス」

目の前に置かれた新しい野菜盛りを優雅に食べながら、コーカスはココッと笑った。