「え、なに、王族が来てるから、書類審査が厳しくなってるとか? いや、でも、テイム済みですよ? 問題なくないですか?」
あまりコッカトリスのような高ランクの魔獣をテイムしている人というのはいないのだが、存在しないわけでもないし、それに、王族がいる王都にだって、高ランクの魔獣をテイムしている冒険者がいるじゃないですか、と、一縷の望みにかけて、抗議するシエラ。しかし。
「お前、申請書に書いてあったあの内容で、通るわけないだろ」
言われて、書類に書いた内容を思い出す。
(……そういえば、経緯は森で出会ってマイスでテイムした、脅威なし。って書いたっけ)
ジェルマは経緯を知っていたし、所属しているギルドマスターが承認をおろせば、あとは機械的に他ギルドに回されて、各ギルドマスターが承認署名をして終わるようなものなので、逆に細かく書いて変に突っ込まれるよりは、と簡単・簡潔な内容にしたことを思い出す。
「第四ギルドにちょうど書類が回ったときに、ボルトン卿がちょうど到着したところだったらしくてな。第四の
ジェルマの言葉に頭痛を覚える。
「嘘でしょ、なんでそんなタイミングで……運が悪いなんてもんじゃ……ん? ちょっと待ってください。その話でいけば、それ、説明させろって言ってるのって」
「お察しの通り、ボルトン卿、ご本人のご指名だよ。ぶっちゃけ、ボルトン卿にあの書類見られてなければ、そのまま気づかれずに承認されてた可能性が高いが、たまたま見られちまった上に、その書類にはコッカトリスと書かれてたんだ。しかも、マイスでテイムとか、どういうことだってな。それがクロードの耳にも入っちまったもんだから、それなら一緒に説明を聞こうってことで、今日、十三時に急遽呼び出されたってわけだ」
この世の終わりのような悲愴感にあふれた表情のシエラに、ジェルマは若干の同情を覚える。
「まぁ……ここはひとつ、諦めて行ってこい。そうそう、もうそろそろ迎えの馬車が来るから、それに乗っていけばいい。良かったな、徒歩じゃなくて」
「も、もうちょっとマシな慰め方ってもんがあるんじゃないですかねぇ!?!?」
やり場のない怒りに、シエラはジェルマに八つ当たりをする。
「あのー。お取込み中にすいませんが、シエラの迎えが……」
そういって、執務室に現れたのはルーだった。
「あぁ、悪い悪い、シエラ、ほら、諦めて行ってこい」
「いやぁー!!!!!」
シエラは今日一番大きな声で叫んだ。
モルトの領主を務められている、エルグラッド侯爵邸の前に到着した馬車は、ゆっくりと玄関先で停まった。
「どうぞ、足元にお気をつけください」
「……ありがとうございます」
馬車から降りると、見覚えのある顔が、シエラを出迎えた。
「ようこそおいでくださいました。モルト第一ギルド受付嬢、シエラ様ですね? 私、侯爵家の執事を務めさせていただいております、スティーブと申します」
丁寧なお辞儀とあいさつに、シエラも慌てて頭を下げる。
「それでは、客室へご案内させていただきます。こちらへ」
にこりと笑って、スティーブが歩き出す。シエラはそのあとに続いた。
(……た、高そうなものが大量にある……。トーカスは置いてきて正解だったわ……)
シエラの騎士としてついて行くのだ、と、言ってきかないトーカスに、
(あいつらが来て、もしここの装飾品を壊したり、傷つけたりなんかしたら……)
想像しただけで恐ろしい、と、ブルっと体を震わせた。
「こちらで少々、お待ちください」
通された部屋に入り、シエラはわかりました、と小さく答えて頭を下げた。
パタン、と扉が閉まるのを確認すると、はぁ、と特大のため息をつき、そのままソファーへと座り込んだ。
「ちょ、うっそ。なにこれ!? こんなにふっかふかのソファーが存在するの!?」
ソファーの座り心地に、驚くシエラ。ふっかふかで若干沈み込むものの、適度な硬さがあり、立ち上がる時の負担が全くない。これがギルドの椅子に導入されれば、一日中座って仕事をしても辛くないのでは!? と思わず両手をソファーに押し当てて、その弾力を楽しんだ。
「あぁぁ……絶対に高い、これ。下手したら、一生こんないいソファーに座ることなんてないわ。あぁ、ギルドの椅子にも是非、導入してほしい……」
シエラがうっとりしていると、コンコン、とドアをノックする音がした。
「は、はい!」
「シエラ様、お待たせいたしました」
慌てて立ち上がるシエラ。扉が開き、先ほど案内してくれたスティーブと、二人の男性の姿がそこにあった。
「やぁ、初めまして、シエラ嬢。私はクロード・エルグラッド。ジェルマの友人だ。そしてこちらは」
金髪に少し青い瞳の、ジェルマより明らかに年の若い青年が名乗る。
「私はエディ・ボルトンだ。ところで……君が例の申請書を上げたシエラなのか?」
クロードの隣にいた、赤毛に金色の瞳をした、シエラと同い年くらいの青年が続いて自己紹介をする。二人に向かって、シエラはとりあえず、頭を下げ、シエラと申します、と、自己紹介をした。
「例の報告書、というのは、寮でペットを飼いたい、という申請書類のことでよろしいですか?」
聞くと、そうそう、とクロードは笑顔で頷いた。
「あぁ、すまない、どうぞ座ってくれ。エディ様もどうぞこちらへ」
彼は全員が立ったままなことに気づき、ソファーへ促す。シエラは二人が座るのを確認して、自分も向かい合って座った。
「そうだね、まず、今回の申請の内容なんだが、コッカトリスを二羽飼いたい、ということだったが。間違いなく、コッカトリスなのかい?」
言われてシエラは、はい、と真顔で頷いた。
普通、ペットに討伐推奨ランクBランクの魔物を飼いたいと言われたら、誰だって何言ってんだこいつ? となることに、シエラは気づいていなかった。実際、何か問題が? という表情のシエラを見て、若干クロード達は、申請内容は本気だったのか、と内心で驚く。
「二羽とも、言葉を喋りますので、意思の疎通も可能です。もちろん、テイム契約も完了しております」
「そう、それもだ。書類にマイスでテイムした、とあったが、どういうことだ? そんな話、聞いたことないぞ?」
シエラのぶっ飛び申請内容もだが、さらに書かれている内容もおかしすぎるだろう、とエディが身を乗り出して口を挟んでくる。
シエラは、デスヨネー、と心の中で呟きながら、乾いた笑みを漏らした。
「先日、第一ギルド所属の冒険者が、コッカトリスの卵をビッグ・ドードーの卵と勘違いして巣から持ち帰ってきてしまいまして」
「なに?」
シエラの言葉に、そんな馬鹿がいるのか? と、エディの眉がピクリと上がる。
「どうも持ち帰ってきたのが遅い時間だったので、パーティーメンバー全員気づいてなかったみたいです。残念ながら、メンバーの方に鑑定持ちもいませんでしたので」
エディの表情から、まぁ思うよね、それ。と思って、一応補足を入れる。
「そういうわけで、ギルドマスターのジェルマと、当該冒険者の担当受付嬢である私の二名で、コッカトリスの卵を返しに行き、条件付きではありましたが、何とか怒りは収まりまして。その後も、ゴブリンの集落の殲滅等々で縁もあり、卵の主であったコッカトリスと、無事に孵化して生まれたコッカトリスの二羽が、現在、私とテイム契約を結んでいる、という状態です」
「……なんなんだその奇妙な縁は」
そういわれてもなーと、シエラは苦笑いを浮かべる。
「ところで、どうやってテイム契約をしたんだい? 確認したが、君はテイムのスキルは確か、保有していないはずだろう?」
(やっぱりそこ、聞かれますよねー……)
「な、それでテイム契約などで、できるはずがないだろう!」
クロードの言葉に驚くエディ。
シエラは腹をくくり、ふぅ、と息を吐くと、真剣な顔で答える。
「ですので、それについては申請書に記載した通りです。マイスを与えたところ、コッカトリスから、マイスを餌として提供する代わりに、契約を結んでやる、ということで、テイム契約を行われました」
『は?』
ぽかんとなる二人に、シエラは心の中で泣き叫ぶ。
(わかってるわよ、そんな顔になることくらい! ていうか、私の言ってることが相当おかしいってことだってわかってますとも!! だから、説明したくなかったのにー!)
「通常、魔獣と契約を行うためには、契約者である人間に、テイムのスキルがなければ契約を行うこと自体出来ません。ですが、彼らによると、こちら側のスキルの有無や意思に関係なく、あちら側がテイム契約、要は、主従関係に関して納得したうえで仕えることを承認しさえすれば、テイム契約ができるそうでして。その結果、私は現在、その二羽と契約を結んでいる状態となっております。これが、その証拠です」
シエラはそう言って、自身のスキルボードを二人に提示した。
そこには、従魔の欄ができていて、コッカトリス(コーカス)、コッカトリス(トーカス)と記されていた。
「ちなみに、こちらが私の保有スキル内容です。見られて困るようなものでもないので、どうぞお確かめください」
そういって、スキルボードの表示をオンに切り替えて、二人に見せる。
鑑定Lv 十
複写Lv 十
マッピングLv 八
千里眼Lv 五
索敵Lv 八
隠密Lv 三
「残念ながら、テイムのスキルは相変わらず保有していないので、他に従魔を増やす、ということはできませんが、二羽の保護者(?)ではありますので、ちゃんと迷惑をおかけしないように気をつけます。なので、どうか寮で二羽を飼うことを承認していただけ」
「おいおい、お前、ほんとにギルドの受付嬢なのか!?」
人が喋ってるところを遮るとか、なんだおい、と思わずシエラは顔をしかめた。
「受付嬢ですよ?」
それが何か? と言わんばかりのシエラに対し、エディは思わず目を見開いた。
「おま、だっ……だって、お前、まだ十九なんだろう!? なのに、鑑定と真贋のレベルがマックスだと!? 千里眼にマッピングに索敵まで高レベル、おまけに、隠密スキルまで持ってるとか、どういうことだよ!」
ビシっとスキル欄を指さして聞いてくるエディに、シエラはきょとんとする。
「……え? いや、どれも受付嬢として仕事してたら身に付いただけのスキルですよ?」
てっきり、テイムのスキルが記載されていないことを言っているのだと思ったのに、まさか保有スキルのことを指していたのだとは思わなかったシエラは、首を傾げた。
「十二歳で成人の儀を迎えてすぐに、近所の町のギルドで働き始めたので、もうかれこれ七年になりますから、そのくらいのスキルレベルになっててもおかしくないのでは?」
「いやいやいや、にしたって、索敵や千里眼は普通、スキル取得しないだろう」
ギルドの中にいるだけであれば、そうそう取得するスキルではない。
もし、もともと持っていたとしても、スキルレベルが異様に高すぎるのだが、そのことにシエラは全く気づいていなかった。
「あぁ、そのスキルですか。元々、モルトに異動する前にいたギルドは小さなギルドだったので、初心者講習をはじめとした座学・実技講習関連の講師や、町の困りごとの解決も業務内容に含まれてたからだと思います。正直、冒険者の依頼受注がなければ、代わりに依頼をこなしたりもしてたので、気づけばそれぞれのスキルが身についてたって感じですね。あぁ、でも、隠密に関しては、モルトに来てからです。ジェルマさん、早く帰れそうなときに限って飲みに誘ってくるので、見つからないようにしてたら、自然と身についてたんですよね」
ケラケラと笑うシエラに、二人は絶句した。
「さ、さすがはジェルマの所の受付嬢ですね」
クロードが苦笑する。
「おい、クロード。そんな一言で済ませられるもんじゃないだろ」
あきれた顔をするエディに、そうですか? とクロードは言う。
「シエラ嬢」
「シエラ、で結構です」
にっこりと微笑むクロードに、シエラもお仕事スマイルで返す。
「では、シエラ。君のテイムしている従魔二羽を、寮で飼うことを承認するよう、第四ギルドへ通達しておこう」
その言葉に、シエラの表情が、ぱぁっと明るい笑顔に変わった。
「あ、ありがとうございます!」
(こ、これでこそこそ帰らずに済むー! しかもしかも、マイスの調達も、寮の食堂でお願いができる!! 神様、ありがとー!)
今まで一度も祈ったこともない神に、シエラはお礼を言う。
「それでは、ご用件は以上ですよね? 私はこの辺で……」
「いやいや、ちょっと待て。お前のテイムしているコッカトリスが、本当に害がないか、俺が直々に確かめてやろう!」
エディの言葉に、シエラは思わず嫌そうな顔をする。
「シエラ?」
驚くクロードに、シエラは慌てて、お仕事スマイルを顔に張り付けた。
「いや、その、仕事が溜まってますので、ちょっとこれ以上は業務に支障をきたすというか、なんというか……」
一度ギルドに戻って、コッカトリス達を連れてまた戻って、なんてことをしてたら、仕事がどれだけ溜まってしまうかわからない。すでに、今のこの時間のせいで、確実に残業時間が増えているのだ。何が何でも断る選択肢しか、シエラは持ち合わせていなかった。
「ん? あぁ、なんだ、そんなことか。俺もまだ、クロードに用があるし、少し、済ませておかないといけないことがあるからな。あとでそっちに行くから、お前はそれまでに仕事を片付けられるだろ?」
「は?」
エディの言葉に、シエラは思わず素で返す。
「何、夜にはそっちに行けるだろうからな。喋れる魔獣なんて、今まで遭遇したこともなかったし、会ってみたいんだ」
子供のようにキラキラとした眼差しを向けてくる彼に、シエラは思わず目が点になった。
「ほ、本気ですか……?」
「もちろんだ!」
(あ、あかん。これ、あかんやつや)
エディの反応に、シエラは、これは何を言っても聞かない顔だと悟る。
「……わかりました。では、ギルドでお待ちしております…………」
特大のため息を隠すことなくつきながら答えるシエラに全く気づいていないエディは、ありがとう! と手を握り、ぶんぶん、と振った。