翌朝、目覚まし時計の音で目を覚ましたシエラは、しっかりと睡眠がとれたおかげで、すっきりとした頭で起きることができた。久々にちゃんと寝ることができた、と、気持ちの良い目覚めだった。
「……嘘でしょ……」
そして、部屋の惨状を見て愕然となった。
「ちょっと、コーカス様、トーカス様ぁ?」
すやすやと気持ちよさそうに寝ている二匹の首をつかみ上げてゆさゆさと揺さぶって起こす。
「ぐげぇ! な、なんだ、人が気持ちよさそうに寝ているところを」
「なんだじゃないんですよ、なんだ、じゃ。これ、何!」
部屋中に散らかった、豆や穀物の殻。昨日、机に出した夕食の残りかすが部屋中に散乱していた。
「昨日、ちゃんとした食事を提供できなかったのは申し訳ないと思ってるけど、だからってちょっと、お行儀が悪いんじゃないんですかねぇ?」
額に青筋を立てながら二匹を睨みつける。
「そこらの畜生とは違うんだから、ちゃんと後片付けしておいて。私、顔洗って食事とってくるから……戻ってくるまでに片付けが終わってなかったら、今日のご飯、抜きだからね」
『横暴な!』
二匹が口をそろえて抗議する。
「誰の部屋だと思ってんのよ! 大体、なんで人(っていうかコッカトリス)の食べた残りを私が片付けなくちゃだめなのよ! まだ文句言うなら、報酬のマイス、減らすからね!」
そういって、タオル片手に、シエラは部屋を出た。
(……あいつら、高ランクの魔獣だからと思って下手に出てたけど、もう、容赦しないんだから! 敬語だってもう、止めよ、止め)
ぷりぷりと怒りながら、顔を洗った後、食堂に顔を出す。
「マーサさん、今日、朝ご飯大盛りでお願い」
「おや、珍しい。あぁ、そういえば、おとといから顔見てなかったけど、忙しくてくいっぱぐれてたのかい?」
お皿に朝食を盛りつけながらおばちゃんに聞かれて、シエラはそうなの! と大きく頷く。
「もう、おなかがすきすぎて限界なの!」
「あはは、わかったよ。ほら、好きなだけ食べな!」
いつもの倍近い量が入ったお皿ののったトレーを受け取り、シエラはありがとう! とお礼を言って、席に着くと、一気にそれらをかき込んだ。
(うぅ、幸せ……! ごはんが美味しい! 今までで一番美味しい気がするよぉ)
いつもと変わらない、黒パンにスープ、サラダとフレークすべてを食べ終えると、ごちそうさまでした、とトレーを返却し、部屋に戻った。
「お、やればできるじゃん」
シエラの言葉に、不服そうにトーカスが呟く。
「なんで俺がこんなことを……」
「私の騎士になるって言ったじゃない。主に部屋掃除させるとか、どんな騎士だよ」
突っ込むシエラに、トーカスはぐぅ、と反論ができなかった。
「とりあえず、支度が終わったら、他のみんなに見つからないうちに、ギルドに出勤するから、ちょっとだけ大人しく待ってて」
シエラは急いで体を軽くふき、制服に着替えると、マジックバッグ片手に、昨日戻ってきたときと同じように、気配を殺し、他の人に会わないよう、細心の注意を払いながら、コーカスとトーカスを連れて、寮を出た。
ギルドに出勤し、いつものように仕事をしていると、朝の受付ラッシュが落ち着いたころに、スミレがやってきた。
「あ、スミレちゃん! おはようございます」
「シエラさん、おはようございます」
挨拶をかわし、講習だよね? と聞くと、スミレは大きくうん、と頷いた。
「じゃ、ついてきてくれるかな」
カウンターに休憩中の札を出し、シエラはスミレを会議室へと連れて行き、一冊の冊子を渡した。
「それじゃ、今から今日の講習の教官を連れてくるから、それに目を通しながら、待っててね」
そういって、シエラは部屋を後にすると、パタパタと解体場の方へと走っていく。
「ええと、今日は確か……あ、いたいた! ロイさん!」
卵泥棒事件のせいで、森に入れなくなっている剛腕の稲妻のリーダー、ロイを見つけると、シエラは声をかけた。
「シエラちゃん! あ、もう、そんな時間?」
ロイが聞くと、シエラは頷き、行きましょう、と言って、ロイを連れて解体場を後にする。
「お待たせ、スミレちゃん。こちら、Bランク冒険者で、『剛腕の稲妻』のリーダー、ロイさん。今日の講習の教官だよ。ロイさん、こちらが今日の講習を受けるスミレちゃんです」
お互いの自己紹介を済ませると、では、お願いしますね。と言って、シエラは会議室を出た。
それから二時間ほどたったところで、会議室から出てきたスミレとロイが、シエラのもとにやってきた。
「講習終わったぜ」
「はい、ありがとうございます。スミレちゃん、どうだった?」
「すっごくためになりました! 森はやっぱり少し怖いけど……でも、気を付けて、頑張ってみたいって思います!」
その言葉に、シエラはにっこりと微笑む。
「あ、お二人とも、昼食はまだですよね?」
シエラが聞くと、二人は頷いた。
「それじゃ、一緒にお昼に行きませんか?」
シエラが言うと、ロイとスミレは頷いた。
「……おい、シエラ、そやつ」
足元に置いてある箱の中ですやすやと寝ていたコーカスがむくりと体を起こし、カウンターの上に飛び乗ってくる。
「お? なんだ? なんか変わった色した鶏だな」
ロイが言う。
「貴様……やはり、間違いない。あの時の!」
コーカスの反応に、慌ててシエラが、待ったをかけた。
「コーカス! だめ、お座り!」
叫んだ瞬間、コーカスは強制的に、その場に座らされる。
「シ、シエラ!? 貴様、何を」
「ギルド内で喧嘩はだめ! コーカスのこと、ロイさん、わかってないから。……ちゃんと後で伝えるから、少し堪えて」
シエラに言われて、コーカスは、仕方がない、と不満げながらも、何とか怒りを抑えてくれたのだった。
「その節は、大変、申し訳ございませんでした!!!!!」
「あ、今日の日替わり定食三つと、いつもの野菜盛りをマイス多めで二つ」
「はいよ!」
傍目にはただの
「大切な我の卵を盗んだ罪は、万死に値する」
「ぐぅ!」
怒りMAXで地を這うような低い声で威嚇し、ロイの頭をげし、と踏みつけるコーカス。
「まぁ、今回の件については、シエラの顔を立てて、貴様のことは見逃してやる。森にも言われた通り、入っていないようだしな」
「あ、ありがとうございます!」
「誰がその面を上げて良いと言った!」
「も、申し訳ございません!」
思わず顔を上げたロイの頭を、ギリッと脚に力を入れてまた、無理やり下げる。
はたから見たら、これ以上ないくらいシュールな光景が、そこには広がっていた。
「はいはい、コーカス様。そこまでで。ほら、ご飯がきましたよー」
ウエイトレスが、野菜盛りを机の上に置くと、コーカスとトーカスが机に飛び乗り、上手にコツコツと野菜をついばんでいく。
「とりあえず、スミレちゃんは初めまして、だよね? こっちの白銀の毛をしたのがコーカス様、で、こっちの漆黒の毛をしたのが、トーカス様。二人とも、こう見えてコッカトリスさんなんだよ」
のほほんとした顔で紹介するシエラに、スミレは思わず「え?」と聞き返した。
「し、シエラさん……? いまコッカトリスって……」
「はい! 日替わり三つ、お待ち!」
「ありがとう! ほら、スミレちゃんも食べて食べて!」
「え? あ、ハイ……え?」
全く状況が飲み込めなかったが、とりあえず、出された定食を、一生懸命むしゃむしゃと食べるスミレ。その食べっぷりに、シエラは思わず顔を綻ばせた。
「そうそう、スミレちゃん、装備を調えたら、一度、森に行ってみたいって言ってたでしょう?」
「あ、はい!」
食後のお茶を飲みながら、シエラが聞くと、スミレは目を輝かせながら頷いた。
その隣では、ようやく頭を上げることを許されたロイが、涙を流しながら定食を口にしている。
「スミレちゃんも、もうそれなりに経験を積んできてるし、いい頃合いだと思うんだけど、やっぱり、一人でいきなりっていうのは、少し心配なんだ」
元々、スミレも冒険者になったばかりのころは、パーティーでの活動を夢見ていた。当然、スミレと同い年で冒険者になった子がいないわけではない。
だが、もともと人見知りの激しい彼女は、ギルドへの冒険者登録が精いっぱいで、同じタイミングで冒険者登録をしていた他の子達とうまくコミュニケーションをとることができず、気が付けばすでに数名ずつで輪ができてしまい、その中に入れてほしいと言うこともできず、いまだにソロで活動だけを続けている状況だった。
「そう、ですよね……。やっぱり……」
低ランク冒険者の仕事は簡単なもの、と言われるものの、それでも、平原での薬草採取と森に入っての討伐依頼とでは、危険度がぐんと変わってくる。さらに言えば、ソロとパーティーとでは、生存率もさらに変わってくる。
初めて森に入るのであれば、可能な限り、パーティーを組んで入るか、もしくは、他の冒険者と一緒に、臨時で仲間に入れてもらうことが望ましい、ということは事実であった。
「初心者の場合は、やはり周囲をいくら警戒していても、一人では限界があるし、抜けも出る。そんな状態で、うっかり何かの群れや、予想していない高ランクの魔物たちに遭遇してしまったら、確実に命を落としてしまうだろうな」
もしゃもしゃと付け合わせの葉っぱを食べながら、きりっとした表情で言うロイに、せめて、食べ終わってから言えよ、と心の中でシエラは突っ込みつつ、そうですね、と小さく頷いた。
「そこで、なんだけど」
パン、と両手を叩いてシエラはにっこりと笑う。
「この、コーカス様とトーカス様を一緒に連れて、森に行ってみる、って言うのはどうかな?」
『え!?』
ロイとスミレが目を見開いて驚く。
「良い案だな。我等だけでは街から出ることも、街に戻ってくることも叶わんらしいからな。こちらとしても、渡りに船だ」
こくこくと頷くコーカスに、スミレは動揺する。
「で、でも、コッカトリスさんって……魔獣……でしたよね……?」
シエラを見るスミレに、にっこりと笑って返す。
「大丈夫。今は(不本意ながら)私がテイムしているので」
『えぇ!?』
受付嬢で魔獣をテイムしているなど聞いたことがない、と、ロイは目を白黒とさせていた。
「なので、二人がスミレちゃんに危害を加えることはありませんし。実力に関しては、私が保証しますよ。それに、さっきのロイさんとコーカス様のやり取りを見たでしょう?」
なるほど、と頷くスミレ。
「それに、ほら。二人は見た目完全にただの珍しい色をした鶏ってだけだから、ペットと一緒に森に行くつもりで行けば、緊張もしないでしょう?」
「おい、それはそれでダメだろう」
コーカスの突っ込みに、シエラは、まぁ、適度な緊張感は必要だったわ、と口を尖らせた。
「とにかく。もしよければ、一度、軽く森の様子見に行くときにでも、二人を連れて行ってみませんか? 許可証に関しても、こちらとしてもメリットがあるお話になるので、私持ちでもちろん発行させてもらいますし」
どうかな? と聞くシエラに、スミレは小さく、お願いします、と頷いた。
「そうだ、ついでにこれから防具とかを見に行くのに、コーカス様とトーカス様も一緒に行ってきたら? 街の様子、見てみたいって前に言ってたじゃない? まぁ、スミレちゃんがもちろんよければ、なんだけど」
名案じゃない? とニコニコと笑って提案するシエラ。
「え……と、私は問題ないんですが……その、私なんかが案内役でいいんでしょうか……?」
「いいよね? コーカス様もトーカス様も」
二人に聞くと、どちらもこくんと頷いた。
「その代わり、我等にも小遣いを寄越せ」
「え?」
「スミレよ、マイスが売っている店は知っておるな?」
「え? マイスって、野菜の?」
「そうだ。シエラ、付き合う代わりにマイスを途中で買わせろ。そのための小遣いを寄越せ」
「スミレよ、お前は我らの代わりにマイスを買うのだ」
『これは、決定事項だ。これがダメだというのなら、我等は付き合わぬ』
声をハモらせる二人に、シエラは苦笑しながらも、どうせ野菜は常に足りてないし、と思い、はいはい、と頷いた。
「あ、ありがとうございます! 美味しいお野菜屋さんを知っているので、案内しますね!」
スミレが言うと、二人は満足げに頷いた。
「それじゃスミレちゃん。これ、コーカス様とトーカス様のマイスを買うためのお金です。二人とも、すっごく食べるから、これで買えるだけ買って、このバッグの中に入れて帰ってきてもらえるかな?」
ギルドに戻ったシエラは、カウンターに戻ると、机からごそごそと取り出した、銀貨五枚が入った小さな袋と、マジックバッグをスミレに手渡した。
「は、はい!」
(お金もバッグも、なくさないようにしないと!)
緊張で手が震えているスミレに、シエラは苦笑しながら、緊張しなくても大丈夫だよ、と笑った。
「あ、それと、これはスミレちゃんに」
「え?」
シエラはスミレに、銀貨三枚を渡した。
「シエラさん、え??」
「だって、スミレちゃんに、コーカス様とトーカス様のお散歩をしてもらう上に、マイスのお使いまでお願いすることになるんだもの。これは、私からスミレちゃんへの依頼報酬の先払いです」
「そんな、でもこれ、多すぎるよ!」
焦るスミレに、シエラはフルフルと首を振る。
「気にしないの! それに、これは正当な報酬だよ? だって、スミレちゃんのプライベートな時間なのに、お仕事してもらうんだもん」
にっこりと笑うシエラ。
「受け取って」
スミレは手にした銀貨を見つめながら、小さく、ハイ、と頷いた。
「では、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
シエラは手を振りながら、スミレとそのあとに続く二匹を見送った。
「おい、大丈夫か?」
ギルドを出て、街を歩く。だが、今まで持ったことのない(スミレ的)大金を手にしているため、スミレの表情は硬く、少し小走りになっていた。
「おい、スミレ? スミレ? ……スミレ! 危ない!!」
「え?」
「うぉ!」
前を向いて歩いていたにもかかわらず、緊張で視野が狭くなってしまっていたため、急に路地から出てきたおじさんとぶつかってしまう。
「す、すみません!」
慌てて立ち上がり、スミレがおじさんに謝る。
「いやいや、お嬢ちゃんの方こそ大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
下手な人だと、ここで絡まれることもあるのに、優しい人で良かった、とほっとするスミレ。
「そうか、気を付けて」
「……おい、貴様。そのケツに隠したものを今すぐスミレに返せ」
おじさんがそのままその場を去ろうとした時だった。
コーカスが少し低い声で威嚇するように言う。
「……な、なんのことだ? って……あ? 鶏が喋った!?」
一瞬、どういうことかわからず、呆けた表情になる。次の瞬間、トーカスの飛び蹴りが綺麗に決まった。
「ぐわぁ!」
そのまま倒れ込むおじさん。
すると、ズボンのポケットから、チャリンチャリン、と銀貨が数枚とマジックバッグが地面に落ち、そして、上着からは複数の財布が飛び出した。
「え……え!? あ、マジックバッグ!?」
スミレは慌てて地面を見回してみる。が、シエラから渡されたマジックバッグがどこにもなかった。慌てておじさんが落としたマジックバッグを拾い、中を確認すると、シエラから渡された銀貨が入った小袋と、森に行くために最低限必要なものを書いてもらったメモが入っていた。
「こ、これ、私がシエラさんからお借りしてるやつ!」
真っ青な顔になって叫ぶスミレに、何事だ? と野次馬が集まってくる。
「……あれ? あの財布……あ、嘘だろ、なくなってる! おい! それ、まさか俺のじゃねーだろうな!」
男が落とした財布を見た野次馬の一人が叫ぶ。
おじさんは小さく舌打ちし、慌てて体を起こして逃げようとした。だが。
「貴様、俺を今、鶏なんぞと一緒にしたのか? あぁ?」
コーカスがおじさんの目の前に立ちはだかる。
「人のものを盗んでおいて、何しれっと逃げようとしてんだよ。どうせぶつかったのも、スミレの持っていたものを
トーカスが背後からまた一蹴りする。バランスを崩して、おじさんはまた、倒れ込んだ。
「おい! 一体なんの騒ぎだ、これは!」
バタバタと騒ぎを聞きつけて、衛兵が駆け付けた。
「あ、ちょうどいいところに! こいつ、スリだよ!」
財布に気づいた野次馬が、衛兵に事情を説明している。
「ふん、あとはあやつに任せればよいか。スミレ、ちゃんと金とバッグは回収したか?」
コーカスに言われて、呆然としていたスミレはハッと我に返り、はい! と頷いた。
「よし、じゃ行くぞ」
そういって、トーカスが歩き出す。
「あ、トーカス様! そっちじゃないです、こっちですよ!」
スミレは慌てて駆け出した。
「うわぁ……いろんなのがいっぱいある」
街でひと悶着あった後は、コーカスに普段通りにしていれば大丈夫なのだから、シャキッとしろ、と怒られつつ、何とかシエラに薦められた武器屋にたどり着いた。
少し寂れた感が否めない見た目のお店ではあったが、中に入ると様々な武器や防具が綺麗にディスプレイされていて、スミレは目を輝かせながら店内を見回っていた。
「いらっしゃい、と。今日はえらく可愛らしいお客さんだな」
店の奥から出てきたのは、がっしりとした大柄な男性だった。
「あ、こんにちは! あの、私、初心者なのですが、防具と武器を買いたくて来ました!」
「武器屋なのだから防具と武器を買うのは当たり前だろ?」
トーカスに突っ込まれて、顔を真っ赤にするスミレ。
「ぶわっははは! 可愛いお嬢ちゃんだな! 俺は店長のルドルフだ。どれ、俺が見繕ってやろうじゃないか。予算はいくらだ?」
ルドルフがにかっと笑うと、スミレは持っていた自分の財布から、お金をカウンターの上に出した。
「ど、銅貨が多くてすみません……えと、全部で中銀貨一枚分くらいあるので、それで買える、防具と武器を教えてください」
ルドルフはどれどれ、とお金を数えていく。
「お、確かに、銅貨が八百五十枚と、銀貨が二枚あるな。そうだな、これなら……ちょっと待ってろよ?」
そう言うと、ルドルフはカウンターから出てきて、小さめの革の胴当てと小手、丈夫そうな革靴と、短剣をいくつか持ってきた。
「初心者だしな、あんまりあれこれつけちまうと、逆に慣れてない分、動きを阻害しちまう。だから、最低限の防具で、無理せずにまずは慣れていくことだ。こいつはイビルフロッグって魔物の皮をなめして作ってあるから、軽くて丈夫で、多少の雨ならはじいてくれる。同じ皮でできてる靴も、一緒に買っておいた方がいい。今履いてる靴じゃ、森の中をウロチョロするにはちと心もとねーからな」
薄いモスグリーンの革でできた防具と靴をカウンターに置く。スミレはふんふん、と一生懸命説明を聞く。
「それと武器だが、お嬢ちゃん、今まで何か使ったことはあるか?」
聞かれてスミレは小さく頭を振る。
「実戦は今まで一度も……。一応、冒険者になりたいって思ってたので、協会に置いてあった木剣で、素振りの練習は毎日してました。でも、そのくらいです……」
消え入りそうな小さい声で、俯き答えるスミレ。
「まぁ、お嬢ちゃんくらいの年ならそんなもんだろう。ちゃんと練習してただけでもえらいぜ」
うんうん、と頷くルドルフ。
「これなら、お嬢ちゃんが持っても、ちゃんと扱えるだろう。ギルドで武器の扱い方なんかも教えてもらえたはずだから、詳しいことはそっちで聞いてみるといい。ほれ、持ってみな」
差し出された小さな短剣を手に取るスミレ。木剣よりも重く、鈍く光るその剣に、スミレはドキドキしながら両手で柄をしっかりと握り、構えてみる。
「お、いい感じじゃねーか」
にっこりと笑うルドルフに、スミレは少し照れくさそうにありがとうございます、と答える。
「これで今のところ、銀貨二枚ってとこだな。あと、他に何かいるものあるか?」
ルドルフに聞かれて、スミレは慌てて、シエラにもらったメモを取り出す。
「ええと……剥ぎ取り用のナイフを二本と、ポーションなんかを入れておけるバッグ、は買えますか?」
「ふむ、それなら……あ、あったあった。剥ぎ取り用のナイフは一本銅貨百五十枚で、バッグは大人にはちょっと小さいって売れ残ってたのがあったから……そうだな、こいつは銅貨三百枚にしといてやるよ。あとは俺から新人冒険者のお嬢ちゃんにお祝いで、短剣をさしておけるベルトもつけてやる。防具一式と短剣一本で銀貨二枚、しめて銀貨二枚と銅貨六百枚ってとこだな」
「そ、それでお願いします!」
スミレは嬉しそうに笑って答えた。
「お、お嬢ちゃん、お使いかい? 今日は
「今日は
防具と武器を無事に購入できたスミレは、コーカス達とともに、夕方まで開いている市場へとやってきていた。
「コーカス様とトーカス様は、マイスがご希望でしたよね?」
スミレが聞くと、コケ、とコーカスが頷いた。
「それじゃぁ……教会の買い出しでいつも行くお店がここにあるので、まずはそこを見に行ってみてもいいですか?」
うーん、と少し考えた後に聞いてみる。コーカスはまた、コケ、と頷いた。
(急に喋らなくなっちゃったけど……どうしたんだろう?)
コケコケと鳴くコーカスを不思議に思いながら、スミレが歩いていると、急に、ふっと大きな影がスミレを覆った。
「?」
振り返ると、そこには大柄な男が二人立っていて、ニヤニヤと笑いながら、スミレの方を見ていた。
(これは、逃げたほうがいいやつだ……!)
嫌な予感がしたので、そのままさっと前を向いて走り去ろうとしたが、一人がそれを阻むように、スミレの前に立つ。
「お嬢ちゃん。珍しいの連れてるじゃねーか」
「お嬢ちゃんにはちょっと勿体ねーんじゃねーか? 俺が代わりに飼ってやるから、ちょっとよこせよ」
目の前の男が、コーカスに手を伸ばす。
「だ、ダメです!」
とっさにコーカスをかばうように立つスミレ。
「あぁ?」
小さな少女ならば、少し脅せば簡単にあきらめるだろうと踏んでいた男たちは、スミレの行動に眉を顰めた。
「おいおい、お嬢ちゃんよ。たかが鶏のために、痛い目見たいってのか? あ?」
苛立ちを隠そうともしない男たちに、スミレは震えながらも、じっと男を見つめて、渡せません、と答えた。
「あははははは! 渡せねーってよ。でも、お前の許可なんて求めてねーんだよっと!」
そういって、男がスミレの手をつかもうとした時だった。
「ぎゃぁ!」
コーカスが男の腕を思いきり蹴飛ばし、その勢いで男はそのままぐりんとバランスを崩し、倒れ込む。
「な、なんだ!?」
相方が急に視界から消えたことに驚くもう一人の男。
「てめぇら……さっきから鶏、鶏と……俺様の正体もわからねぇ三下は引っ込んどけや!」
今度はトーカスがバサッと飛び上がり、立っていた男の顔面に蹴りを入れた。
「ふぎゃ!!」
倒れ込む男に、スミレは目を丸くする。
「スミレ、我等をかばおうとしたその勇気、なかなかよかったぞ?」
「震えてたけどなー」
「トーカス! からかうでない!」
「はーい」
「え、と。あの」
状況が若干飲み込めないスミレに、コーカスは笑いながら言う。
「お主も一人前の冒険者なのだろう? あのような手合いもこれから増えるだろう。その時、どういう対応をするのかを見たかったのでな、少し、最初に静観させてもらった」
「まぁ、弱っちいのに頑張って俺らを守ろうとしたことは褒めてやるぜ」
「トーカス! まぁ……我等だけでも全く問題はないのだがな。はなからこちらを頼るようでは、森に入ることなぞできんからな」
「あ……」
言われてそこで、コーカス達がすごい魔物であることを思い出した。
「そういえば、コーカス様もトーカス様も、コッカトリスさんでしたね……」
スミレの一言に、なんだ、忘れてたのか、とトーカスが笑う。
「でも、あの、ありがとうございました」
スミレがお礼を言うと、コーカスとトーカスは、気にするな、と笑った。
「はい、ではこれが受領書です。お疲れ様でした。また、お願いしますね。次の方……あ、スミレちゃん!」
「シエラさん、戻りました」
「お帰りなさい。どうだった?」
スミレの嬉しそうな笑顔を見て、シエラはうんうん、と頷いた。
「良い買い物ができました! そうだ、シエラさん、これ。中に野菜が入ってるので、確認してもらってもいいですか?」
「はい、それじゃ確認するね……って、あれ? なんか色々入ってるけど……スミレちゃんの防具とかは??」
マジックバッグの中を確認すると、野菜にポーション、傷薬にコップ、火打石や野営用の寝袋等々、いろいろなものが入っていたが、肝心のスミレの防具や武器らしきものが見当たらなかった。スミレが装備しているわけでもなかったので、不思議に思ってシエラが聞くと、ギルドに戻る前に、いったん自分の部屋に置いてきた、と、スミレは答えた。
「そっか、そうだね。今日これから森に行くわけじゃないもんね。……ん? じゃ、このポーションとかは?? スミレちゃんのじゃないの?」
お願いしていたのはコーカス達のご飯になる野菜だったはず。スミレの荷物をすでに置いてきたのであれば、このポーション類は一体誰のもの? と頭に「?」が飛び交うシエラ。
「それが、実は……」
スミレの話によると、行きつけの八百屋に行ったところ、ちょうど、近くの屋台で冒険者同士の揉め事が起こっていたらしい。スミレでは止めることはもちろん無理で、どうしようかと思っていたところ、揉め事が大きくなり、殴り合いが始まり、近くの店に倒れ込んだりと、被害が拡大し始めたとき、見かねたコーカス達が冒険者をのし、被害が最小限に食い止められ、そのお礼にと、周囲のお店から、いろいろなものを渡された、ということだった。
「それで、こんなにいろいろあるのね……」
とはいえ、正直なところ、シエラにはほぼ不要なものばかりだった。
「んー、これ、野菜以外はスミレちゃんがもらってくれないかな??」
「え!? いいんですか!?」
スミレとしては、正直、ポーションなどの消耗品や野営グッズなどは、これからそろえていかないといけないものではあったので、とてもありがたい申し出だった。
「私はほら、ただの受付嬢だから。野営グッズとか、正直あっても普段から使わないし、ポーションや傷薬なんかも使う機会はめったにないから、たぶん、劣化させちゃうし」
薬関係はもちろん長持ちするが、それでも、数か月もすれば、もちろん劣化が始まるし、長く放置すればするほど、効果は薄くなり、液体ポーションなんかは傷んだりもしてくる。
「それなら、スミレちゃんの方が、必要だと思うし。使う人が持ってたほうがいいと思うんだよね。それに、そもそもその現場に私はいなかったわけだし。コーカス様もトーカス様も、それ、使わないしね」
確かに、とスミレはコーカス達が寝袋に入っているところを想像して、苦笑する。
「だから、これはスミレちゃんがもらって?」
シエラの言葉に、スミレはありがとうございます、とお辞儀した。
「明日はさっそく、森に行くの?」
バッグから野菜以外のものを取り出して、別のバッグに詰めながらシエラが聞くと、スミレははい、と頷いた。
「了解です。それじゃ、また明日」
「はい、また明日、お願いします」
スミレは手を振りながら、ギルドを後にした。
「よし、誰もいない……!」
シエラは寮の入り口からそっと中を覗き込み、廊下に人がいないことを確認すると、急いで中に入り、部屋まで走った。
「ふぅ、何とか今日もばれずに済んだ……」
部屋につくと、コーカス達が野菜を出せとうるさかったので、バッグの中に入っていた、マイスと青色空豆を取り出して、机の上に置いた。
「それじゃ、私も夕食をもらってくるから、静かに、先に食べててください」
「おい、トーカス! そのマイスは我のものだぞ」
「父上、世の中弱肉強食です。うかうかしているほうが悪いのです」
「なんだと!?」
「し・ず・か・に! 食べててね?」
二匹の首根っこをつかみ、にっこりと笑っていうシエラに、コーカス達は無言でこくこくと頷いた。