緊急クエスト

「休み明けって、なんでこんなに仕事があるの……?」

朝一の受付業務の後、休みの間に代わりに対応をしてくれた業務の引継ぎを受け終えたシエラは、机に突っ伏していた。ぼそっと呟くシエラに、ルーはにっこりと笑って、書類の束を横にドンと置く。

「仕事してないからじゃない。当たり前でしょ? シエラが休みでも、ギルドは休みじゃないんだから」

誰かが休みの間、その人の担当分を丸々残す、ということはしておらず、もちろん、処理できる仕事については、代わりに出勤している者で分担して対応することになっている。だが、ギルドに所属している冒険者の場合、ある程度のランクになると、受付嬢が一人、担当として付くことがほとんどで、そういった冒険者の対応については、担当の受付嬢が最終確認を行う必要があるため、どうしても最後まで終わらせてもらう、ということができない現状があった。

「うぅぅ……どうしてギルドにはお休みがないの!?

こんなことを言ったところで、どうしようもないことはわかっている。わかっているのだが、シエラは愚痴らずにはいられなかった。

「……そんなこと、魔獣や魔物にでも文句言いなさいよ。週に一度は人前に現れない日を作ってください、って」

「言ってやってくれるなら、いくらでも言うわよ……」

もちろん、魔物たちがそんな人間の都合を聞いてくれる訳が無いことくらい、百も承知だ。

「はぁ……お休みは欲しいけど、休み明けに仕事量が増えることを考えると、休みたくない。いや、休みはやっぱりほしい。でも仕事忙しくなるのは嫌だし……」

どう考えても堂々巡りである。

諦めるほかない。

「ほら、ちゃちゃっと済ませちゃいなさいよ。下手したら、明日からしばらく忙しくなる可能性もあるんだし」

ルーに言われて、シエラは眉を顰めた。

「え、なに? 嫌な予感がするんだけど」

「あれ? まだ聞いてないの?」

「何? 何の話?」

体を起こしてルーに聞くと、横からひょこっとオーリが顔を出してきて答えた。

「姐さん、昨日お休みだからまだ聞いてないんですね。実は、噂されてたゴブリンの群れなんですが、相当大規模な集落を作ってたみたいなんです」

絶句するシエラ。

「ちょっと待って、昨日、確か『明けの明星』の二人が偵察にちょうど行くところを見送ったけど……え、まって、どういうこと? 早すぎない?」

街から問題の森までは、歩いて半日、馬の脚を借りれば二、三時間という距離ではあるが、群れの場所や規模、どの種類のゴブリンがいるのか等を確認することを考えると、正直、一日で調査をして戻ってくることは難しいはず。

「『アースファイア』。覚えてる?」

シエラはパーティー名を聞いて、なんで急に? と首を傾げる。

「え? 『アースファイア』って、うちで活動停止処分出してたBランクパーティーの、あの、『アースファイア』?」

『アースファイア』とは、Bランク冒険者四人で結成された冒険者パーティーだ。だが、彼らは素行に少々問題があり、とある事件をきっかけに、モルト第一ギルドから彼らへ周囲への対応について、改善勧告が出された。が、その後暫く様子を見ていても、改善されることがなかった為、活動停止処分が下され、現在、モルト内での依頼受注や迷宮ダンジョン探索ができない状況となっているパーティーだった。

「そう、そのアースファイアがね、どこでこの情報を嗅ぎつけてきたのか、ゴブリンの集落の探索に、いくつかのパーティーが出てるってことで、先回りして集落をつぶそうとしたみたいなのよ。きっと、活動停止処分を撤回させたかったんじゃないかと思うんだけど」

「は!?

シエラが信じられない、と驚いた表情を浮かべると、ルーは、驚く気持ち、わかるわ、と、うんうん頷いた。

「うちからは、『明けの明星』以外にも声をかけてたから、複数のパーティーが今回の探索に出てたんだけど……たまたま、『腹ぺこ冒険者』のパーティーが探索してたら、突然爆発音がしたらしくて。で、慌てて音のした方に行ってみたら、交戦してる『アースファイア』がいたらしいわ。『アースファイア』のメンバー四人に対して、ホブゴブリンが五匹、メイジが二匹、姿は見えなかったらしいんだけど、矢が時々飛んできてたって言ってたから、たぶん、アーチャーもいたんじゃない? 『アースファイア』のメンバーはもうボロボロで、とにかく、『腹ぺこ』の人達は、彼らを連れて、何とか逃げ切るので精いっぱいだったって言ってたっけ」

絶句するシエラ。

「で。結果、ただの偵察だったはずが、『アースファイア』が交戦してしまったせいで、ゴブリン達が敵対行動をとる可能性が高くなっちゃってて。今日にでも、緊急で、ゴブリンの集落の殲滅せんめつ依頼が出る予定になってるのよ」

シエラは天を仰ぎ、そっと、両手で顔を覆った。


「というわけで、みんなも知ってると思うが、これから緊急クエストを出す」

会議室に招集された受付嬢たちは、ジェルマの言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。

あのクソどもアースファイアが先走ったせいで、悠長なことが言ってられなくなった。街にいつ被害が出てもおかしくない。なのでまず、今日、緊急クエストとして高ランクパーティーへの参加依頼と、低ランクパーティーへの森への侵入禁止の通達を行う。それと、その他、必要になると思われる物資の調達と、偵察に行ってたやつらからの情報のとりまとめと報告だな。んで、明日、討伐に向けて出発し、そのフォローを行うってな流れだ。今のところまでで質問は?」

聞かれるが、誰も特に質問はないため、声は上がらない。

「じゃ、続けるぞ。高ランクパーティーへの依頼と、進入禁止通達に関しては、ルーとオーリ、それからアミットとキリルで対応してくれ」

『はい』

「物資の調達に関しては、アヤが指揮をして、解体部隊の奴らを使って対応」

「わかりました」

「偵察に行ってたやつらからの情報のとりまとめはシエラ、お前だ」

「……わかりました」

昨日の休みの間に溜まっていた仕事もまだ終わっていないというのに、なんてことをしてくれたんだと、シエラの表情は死んでいた。

「それじゃ、各自よろしく頼む。俺は他のギルドに話つけに行ってくるから、出かける。では、解散」

ジェルマの言葉に、受付嬢たちは部屋を出て、それぞれ指示された仕事に取り掛かった。


「ダエルさん、エマさん。昨日の偵察内容について、報告をお願いします」

「おう。まず、俺らの担当は森の西の方だったが……」

偵察依頼が出ていたパーティーは全部で四つ。そのうち、『腹ぺこ冒険者』のパーティーに関しては、昨日、負傷者も出ているとのことだったため、最後に回すことにし、まずは他の三組から、一組ずつ話を聞くことにした。

「では、小川のあたりから、少しずつ痕跡が確認できた、ということでいいですか?」

「そうね。あと、この辺りに、以前はなかったはずの、洞穴ができてたわ」

「洞穴、ですか」

地図に新しい情報を書き込んでいきながら、二人の内容をメモにも書き残していく。

「……わかりました。ありがとうございます。あとでまた、少しご意見を伺いたいので、外で待っていていただいてもいいですか?」

シエラが言うと、わかった、と頷き、二人は部屋を出て行った。『明けの明星』が出ていくと、次の冒険者パーティーの五人が部屋に入ってくる。

「お忙しいところ、すみません。早速ですが、昨日の偵察内容について……」

『明けの明星』と同じく話を聞き、地図とメモに書き込んでいく。三つのパーティーの話を聞き終えたところで、時刻はすでに十三時をまわっていた。

シエラは地図とメモを手に取ると、外にいる三組に、一旦、昼休憩をとってもらって大丈夫である旨と、十四時までには戻って来てほしいとお願いした後、隣接する病院へと移動した。

「すみません、お加減はいかがですか?」

病院の受付で、『腹ぺこ冒険者』たちのいる部屋を確認して、彼らのいる大部屋の中に入り、シエラは声をかけた。

「あぁ、シエラちゃん。俺たちは大丈夫、念のため、見てもらってるだけだし、明日にはまた、いつも通りだよ」

そういったのは、『腹ぺこ冒険者』のリーダー、ヤマトだった。一通り、他のメンバーも見てみたが、目立った大きな外傷はなさそうだったので、シエラはほっと胸をなでおろした。

「大きな怪我がなくてよかったです。早速で申し訳ないのですが、昨日の偵察の件のお話を、もう一度伺ってもいいですか?」

昨日、『アースファイア』のメンバーを連れて戻ってきたときに、軽く聞き取りは行っていると、ルーから聞いていたのだが、念のため、もう一度、内容に相違がないか、忘れていたことはないかの確認のため、情報確認を行った。

「……ありがとうございます。では、私はこれで」

一通り聞き終えたシエラは地図とメモをパラパラと確認していきながら、立ち上がると、『腹ぺこ冒険者』たちに頭を下げた。

「明日にはいつも通り、ということでしたので、緊急依頼の受注、よろしくお願いしますね」

にっこりと笑うシエラに、腹ぺこ冒険者のメンバーたちは苦笑いする。

「人使い荒いよなー、シエラちゃんは」

「一応、怪我人だぜ? 俺たち」

「それだけ軽口が言えるなら大丈夫ですよ。戦力として期待してますから」

シエラが言うと、彼らは苦笑いを浮かべながら、わかったよ、と頷いた。


ギルドに戻ってきたシエラは、集まった情報をまとめ、地図の内容も最新のものへと更新する。新版の地図をいくつか作成し終えたところで、ちょうど十四時が来たので、お昼から戻ってきた三組の冒険者たちを会議室に招き入れ、彼らに最終チェックをしてもらった。

「では、地図の内容は、これで大丈夫ですね。あとは、ここから推測される、集落の規模なんですが」

シエラが言うと三組ともみんな、渋い顔をする。

「正直なところ、かなりの大規模なものだと思う」

「あぁ、俺らも同意見だ。腹ぺこの奴らが遭遇したゴブリン達のことを考えても、正直、斥候せっこう役にゴブリンメイジまで出張でばってきてる時点で異常だろ」

「そうね、普通はゴブリンスカウトとゴブリン数体程度のはずなのに、ホブゴブリンもいて、メイジまでってなったら、相当な規模である可能性が高いと思うし、たぶん、最終チェック段階だったって可能性も高いと思うわ」

通常、周囲の偵察として現れるのは、ゴブリンスカウトと呼ばれる斥候が得意なタイプがほとんどで、彼らはゴブリン数体と一緒に行動をしていることが多い。稀に、集落が大きく、ゴブリン達に余裕がある場合は、ホブゴブリンと呼ばれる、ゴブリンの上位種が一緒に偵察を行っていることもあるのだが、今回のように、魔法の使えるゴブリンメイジや、弓を使って遠距離攻撃・牽制を行う、ゴブリンアーチャーまで偵察に出てくるというのは、今まで聞いたことがなかった。

「相当、面倒臭いたいへんってことですよね」

シエラの言葉に、冒険者たちは苦笑いする。

「とりあえず、ギルドマスターが戻り次第、考えられる対抗策と、集落の候補地点、それから、抜け道の可能性がある場所と、つぶすべき場所と確認すべき場所を検討して、またご連絡させていただきますね。明日から大変になると思いますので、今日はゆっくり体を休めてください。皆様、ありがとうございました」

ペコリと頭を下げ、感謝の言葉を告げる。三組のパーティーを見送ったのち、シエラはゴブリンと『アースファイア』達への殺意を必死で抑えながら、地図とメモの内容を検討しつつ、ジェルマの戻りを待った。


ジェルマがなかなか戻ってこないので、シエラ達受付嬢は、一度会議室に代表者が集まり、進捗を報告しあった。

「正直なところ、これ、うちのギルドだけじゃ手に余るよね」

ため息混じりにルーが言う。

「そだね。高ランカー、どのくらい集まりそう?」

シエラが聞くと、ルーは大きくため息をつきながら答える。

「正直なところ、今回はタイミング悪く、抱えてるAランク以上の冒険者がほとんど依頼で出ちゃってるんだよね。召集状は出したけど、明日までに戻ってこれる人がいるのかはわからないわ。時間がなさすぎるのよ」

そうだよね、と、シエラも難しい表情を浮かべる。

「物資に関してはなんとかなりそうなんだけど‥…それにしても、なんで今回、こんな大規模な集落ができた事に、誰も気づかなかったんだろ?」

アヤがそう言いながら首をひねった。

そもそも、ゴブリンが集落を作るほど数が集まっている場合、近隣の村や町に、必ず被害が出てくる為、それに伴い、ゴブリン退治の依頼が明らかに増えてくるはずなのだ。だが、ゴブリン退治の依頼に関しては、通常の範囲内程度しかなく、それといった兆候は現れてはいなかった。そうなると、奴らはどうやって集落を作れるまでに巨大化できたのか、という疑問が出てくる。

「わかりやすい兆候でもあれば、もう少し早く対応できたかもしれないっていうのにね」

ルーの言葉に、シエラとアヤも頷くが、たられば話はしていてもキリがない。とにかく、今はできる事をしていくしかなかった。

「とりあえず、メインがBランク冒険者になりそうってことだよね。人数は……?」

ちらりとルーを見る。

「今のところ、動けるのは七か八パーティーくらい。他は迷宮ダンジョンに潜ってたりしてて、連絡がつかないから、あまり期待しない方がいいわ」

その言葉にガックリと項垂れる。

「わかった。とりあえず、動けるのがわかってるパーティーメンバーのリストをもらっていい? それと、Cランクで捕まる人たちのリストも」

「了解」

「とりあえず、一旦解散。ギルドマスターが戻ってきたら、また、集まろう」

「そうだね、わかった。引き続き、倉庫の方に居るから、また集まる時は声かけて」

「うん、わかった」

そして三人はそれぞれ、持ち場へと戻った。


「シエラ、ジェルマさん、戻ってきたよ。部屋まで来いって」

冒険者たちの今日の依頼分の報告の受付と、明日から開始される緊急依頼の受付業務に、死んだ魚のような眼をして対応をしていたシエラに、アヤが声をかける。

「……わかった、とりあえず、この流れが切れたらすぐに行く」

つい二時間くらい前から、同じことをずっと続けているような気がしてならないが、それはきっと気のせいだろうと何とか自分を洗脳し自分に言い聞かせて、仕事を続ける。

半ばBOT状態になっているシエラだったが、何とか残っていた数人も捌ききり、ジェルマの執務室へと急いだ。

「すみません、遅くなりました」

ノックはするが、返事を待たずに部屋に入る。普段なら確実に咎められるところだが、今日に限っては、ジェルマも何も言わず、小さく頷くだけだった。

「……他のギルドの方はどうでしたか?」

もちろん、協力を取り付けてきてくれてますよね? という無言の圧力をかけつつ聞くと、ジェルマは小さく頭を横に振った。

「う、嘘でしょ……」

ジェルマの回答に、言葉を失う。

「第二ギルドの方は、例のごとく、迷宮ダンジョンのことで手いっぱいで、余裕がないし、担当パーティーもみんな迷宮ダンジョンに潜っていて居ないらしい。第三ギルドの方は、鉱山の調査に数日前に多数の冒険者を派遣していて、こっちも余裕がない」

「じゃ、第四ギルドは」

一番望みが薄い気もするけど、と思いながらシエラが聞く。

「……王族の関係者が今、こっちに向かってきてるらしくてな。高ランカーは途中で警護を交代する関係で、そっちに出払ってるらしい」

ジェルマは小さく舌打ちをして答えた。

「は?」

「ちなみに、ただのプライベートだそうだ」

シエラも思わずチッと舌打ちをする。

「途中どこかで腹でも壊せばいいんですよ。寝込めばいい」

「……とにかく、第二ギルドの方は、迷宮ダンジョンの方に規制をかけて、調整はかけてくれるそうだ。第三ギルドの方も、調査に出してる冒険者に、早めに戻ってくるよう、連絡はしてくれるらしい。……どっちにしても、時間がかかると思うがな」

天井を仰ぎながら、ジェルマは目を手で覆う。

「とりあえず、うちのギルドの現在の状況です。正直、何とかなるとは全く思えませんが、でも、このメンバーで何とか対応をするしかないですね」

ジェルマは受け取った書類に目を通すと、バサッとその書類を机の上に放り投げた。

「せめて、Sランクとは言わないから、Aランクの冒険者がいてくれれば助かったんだが……」

「ないものねだりしても仕方ないですよ。確かに、猫の手も借りたい状況ではありますが」

シエラがフルフルと頭を振りながら答える。

「そうだな、いっそ、強力な魔獣でも魔物でも出てきてくれて、つぶしあってでもくれた、ら……あ」

ジェルマがふと、何かを思いついた顔をする。

シエラも、ジェルマの言葉に、あ、と小さく顔を上げた。

『ちょうど良いのが居た!』

シエラとジェルマの言葉が見事にハモった。

「いや、でも、そもそも俺たち人間の都合で動いてくれるか……?」

「今なら……正直、普通なら絶対に無理ですが、今なら可能性はあると思います。ちょうど、トーカス様が産まれたところで、狩りの練習をしたいみたいでしたから。それに、マイスをめちゃくちゃ気に入ってたんで、あれを手土産に持っていけば、チャンスはあると思います!」

シエラの言葉に、ジェルマはよし、と頷く。

「シエラ。お前、今から買えるだけマイス買ってこい。そうだな、マイスだけじゃなくて、念のため、ありとあらゆる野菜買ってこい。金はギルドに請求するようにしろ」

そう言って、ジェルマは書類を取り出して急いでガリガリと記入していく。

「ほら、これを持っていけばいい。後はわかってるな?」

ジェルマの言葉に、シエラははい、と頷いて、急いで執務室を出た。

自分の席に戻ると、急いでマジックバッグの数を確認し、貸し出し手続きを始める。

「ルー、ごめん! ちょっと私、急ぎの仕事が入ったから、少し出てくる」

「え? ちょ、シエラ!?

状況が飲み込めていないルーに短くそう言い残して、残っていたマジックバッグを持って、商店街へと向かった。

使えるマジックバッグは小さめのサイズのものが二つだけ。正直、これに入る分だけでどうにかできるのか、不安しかなかったが、それでも、手土産なしでは確実に目的が達成できないことはわかっていたので、急いでまだ開いている八百屋をシエラは探した。

「す、すみません! まだ、買い物できますか!?

明らかに店じまいをしている最中の八百屋に、シエラは慌てて駆け込み、声をかける。

「お? シエラちゃんじゃねーか。どうした、この時間はまだ仕事だろう?」

店主が片付けていた手を止め、不思議そうに聞いてくるので、シエラは、マイスはありますか? と聞く。

「マイス? マイスなら、今日はまだそこに、ほれ」

主人の指さす先には、マイスが積まれたかごが三つほどあった。

「マイスは、これで全部ですか?」

シエラが聞くと、主人は頷いた。

「ちょっと時季が外れてきたからな、売れ残ってはいるが、まだそれでもそれなりに需要はあるからなぁ」

シエラは、他に店先に残っている物が何かを確認する。

「……とりあえず、そのマイス、全部ください」

「え!? 全部!?

独身女性が食べきるには多すぎる買い物に、主人は驚く。

「あと、そこにある豆類と穀物系も全部買います! 請求は、第一ギルドまでお願いします! これ、書類です!」

「えぇ?? ぎ、ギルドに請求??

「おじさん、時間がないの! 急いでお金、計算して! これ、全部バッグに詰めるよ!?

シエラにせかされ、何が何だかよくわからないまま、主人はとりあえず、すべての数を数え、メモをする。シエラはそのメモの内容に、種類とそれぞれの単価を主人に聞きだすと、それらをポケットに入れていたメモに書き込んでいき、主人に内容に相違がないかをチェックさせた。

「それじゃこの書類をギルドに持ってきてもらったら、係りの者が支払いしますので! 申し訳ないですが、緊急事態なので! お金受け取りに来いとか、ホントすいません!! 後でいくらでも、説教でも文句でも何でも聞きますから! それじゃ!」

「あ、ちょっと!?

詳細が全くわからないまま、取り残された主人は小さく頭を掻いた。


ギルドに猛ダッシュで戻ってきたシエラは、そのまま二階へと駆けあがり、ギルドマスターの執務室へと向かった。

「ジェルマさん! ゲート、借ります!」

シエラはノックもせずに、執務室に突入する。と、そこにはジェルマの他にも二人ほど、姿があった。

(げ、やば)

そこにあったのは見覚えのある顔。一人はこの街の領主の側近。もう一人は、近衛騎士だったはずだ。明らかに、平民である自分よりも身分が上の人がいたため、謝っただけではすまないかもしれない(というか、普通は謝ってすむレベルを明らかに超えている)という事実に固まるシエラ。その様子を見て、ジェルマは頭を抱えた。

「お前……前から言ってるだろうが。部屋に入るときはノックをする、俺の了承が出てから部屋に入る。つーか、人の部屋なんだから、常識だろうが」

シエラは一瞬、言葉に詰まる。

「うっ……す、すみません……。で、でも、ちょっと今は緊急時ですし……、ちゃんと次からは(たぶん)気を付けます」

ごにょごにょと答えるシエラに、ジェルマはやれやれ、といった表情で小さく頭を振った。

「ほら、これ、持っていけ」

「うわわ! ちょっと、急に投げないでください!」

渡されたのは連絡用の通信ができる特殊な魔道具で、リンクの魔法でつながれた魔石同士でのみ、会話ができるという代物だ。

「万が一に備えて、お前が森に行った後、このゲートのリンクを一度切る」

「……ですよね。仕方ありません」

ゲートは事前に仕込んである各所へ、魔力を注げばつながるようになっているが、一度つなぐと、元のゲート側でリンクを切らない限り、つながったままになる。つまり、シエラがゲートを使い、森に行く、ということは、そのままにすれば、森の方からもゲートの入り口を使って、ギルドマスターの執務室に入れてしまうのだ。

そう、森に今溢れていると思われる、ゴブリン達が、ゲートをくぐって、街に来ることが可能になる。

「とりあえず、まずは交渉に行ってこい。戻ってくるときは、その通信魔石で連絡してこい」

「わかりました。それじゃ、行ってきます」

「おう、行ってこい」

「失礼します」

シエラはゲートに魔力を注ぎ、起動させると、頭を下げ、そのままゲートをくぐった。


ゲートを抜けると、シエラは無事に、ここ数日で何度もやってきた森に到着した。振り返ると、そこにあったはずの入り口は閉じてなくなってしまっている。

(……とにかく、まずはゴブリンに鉢合わせしないように進まないと)

深呼吸をすると、シエラはスキルを使って索敵を始める。

(……ていうか、ジェルマさんナイスだったわ! このままNOノック入室あの失敗のことは有耶無耶にしてやる!)

そう意気込んだと同時に、自分の背後に大きな気配を感じ、慌ててシエラは振り返った。

「あ……トーカス、様。げ、元気にしてましたか?」

そこには漆黒のコッカトリス、トーカスの姿があった。

「ケーーーー!!!!!」

トーカスが叫ぶ。あまりの声の大きさに、シエラは思わず耳をふさいだ。

「む? なんだ……シエラではないか。お前、そんなに頻繁にここにやってくるとは、暇なのか?」

バサバサっという音とともに現れたのは、白銀のコッカトリス、コーカスだった。

「ひ、暇なわけないでしょ! って、そうじゃない、ちょうどよかった! じゃなくてよかったです! コーカス様とトーカス様に折り入ってお願いがあって、参りました!」

そう言って、シエラはまず、マイスをバッグから二本取り出し、一本ずつを二匹に献上する。

「……堅苦しい話し方はいらん。まぁ、それを持ってきたのならば、話くらいは聞いてやろう。なんだ?」

コーカスが優雅にマイスをつつきながら聞いてくる。トーカスはすでに食べ終わっており、シエラにおかわりを要求してくるので、シエラはマジックバッグからもう一本マイスを取り出し、彼にあげる。

「あの、この森の奥で、ゴブリンが集落を作っていまして。その、ゴブリン退治にお力添えをいただけないかと」

シエラが言うと、コーカスはふん、と鼻で笑った。

「ゴブリンなんぞ相手にしたところで、トーカスの狩りの練習にもならん」

「ゴブリンスカウト、アーチャーもいたそうで、メイジの姿もあったと聞いています」

シエラの言葉に、コーカスはふむ、とマイスをついばむのを止める。

「おそらくではありますが、かなりの規模の集落を作っていることが予想されており、下手をすると、ゴブリンキングがいる可能性もあります」

ゴブリンキングはその名の通り、ゴブリンを束ねる長である。ゴブリンに知能があるとはいえ、人間で言えば子供程度だが、上位種に進化すればするほど、その知能はどんどん上がっていく。ゴブリンメイジは魔法を使うことができるほどの知能を持っているし、そんな上位種のゴブリンの頂点に立つと言われているゴブリンキングは、知能はもちろん、攻撃力なども、普通のそこらにいるゴブリンなどとは比べ物にならないくらい、強力だ。

正直なところ、ゴブリンキングなんて災害級の魔物は、そうそう現れるなんて、シエラは思っていない。今回、大規模な集落を作っているとしても、ここまでの魔物は居ないだろうと、本当は思っている。しかし、通常個体よりも(たぶん)強いと思われるこの喋るコッカトリスが、雑魚ゴブリン程度では動いてくれない可能性がある気がしたので、シエラは一か八か、少し、盛って話をしてみることにしたのだ。

「なるほど。ゴブリンキングとなれば話は別だな」

コーカスは、残っていたマイスを一気についばみ、食べきる。

そして彼のその言葉に、シエラは釣れた! と心の中でガッツポーズをとる。

「シエラ。もちろん、今回持ってきたマイスはたったこれっぽっちではあるまいな?」

「は、はい! ただ、急なことで数が揃えられなかったので、前回ほどの量はありませんが、代わりに、マイス以外の豆や穀物などを持ってこれるだけ持ってきています」

シエラが答えると、コーカスは雄たけびを上げた。

「よし、それを寄越すというのであれば、今回は手伝ってやろうではないか。トーカスの狩りの練習にもってこいだ!」

「あ、ありがとうございます!」

交渉がうまくいった! と、シエラは胸をなでおろす。

「よし、では行くぞ」

「……え゛?」

ホッとするのもつかの間、コーカスの言葉に、まさか、とシエラは冷や汗を垂らす。

「シエラ、トーカスに乗れ」

そう言って、ひょいっとシエラの襟をくちばしでつまみ、そのままトーカスの背中に乗せる。

「ちょちょ、ま、待って……いやぁーーー!!!!

シエラには一切の拒否権はなかった。

トーカスは、シエラを背中に乗せると、コーカスとともに、地面を思いきり蹴って、空高く飛び、森を移動し始めた。

(し、しぬ、死ぬ、死ぬぅー!!!)

落ちれば確実に死ぬ。死ねる。

シエラは必死でトーカスにしがみつく。

そもそも、コッカトリスは大型とはいえ、姿かたちは巨大な鶏で、騎乗ができるような体型ではない。しかも、馬などのようにもちろん、騎乗するためのくらなんかも当然ついていない。そんな不安定な獣に、己の力だけで振り落とされないようにするしかないとか、どんな拷問だよ! とシエラは思いつつも、意識を保ち、手が離れないようにすることだけに必死で集中した。

「よし、この辺りでいいだろう」

コーカスが止まると、トーカスもピタッと止まる。反動でシエラはとうとう地面に落ちた。

「い、痛たたたた……」

勢いが殺された状態だったのが救いだった。しりもちを思いきりついて、お尻がじんじんと痛むだけで済んだ。

「よかった……生きてたよ……うぅ……」

安堵の息を漏らすシエラ。

だが、コーカスはそんなシエラを見て、軟弱な、とぼそりと呟いた。

「コッカトリスと一緒にしないでください! 私は、冒険者でも何でもない、ただのギルドの一受付嬢なんです! 平々凡々の、ただの一般市民なんですから! あんな超スピード、酔わなかった吐かなかっただけでも、えらいと思ってください!」

ぷんすかと怒るシエラに、何をそんなに怒ることがあるのか、とコーカスは首を傾げた。

「とりあえず……え、待って待って。ここ、どこ?」

辺りを見回してみる。随分と猛スピードでの移動だったので、たぶん、ゲートで到着した場所からはかなり離れていることだけはわかったのだが、自分の今いる場所がどこなのか、見当がつかなかった。

「気にするな。ゴブリンどもの巣の近くまで来ただけだ」

「…………え?」

一気に青ざめるシエラ。

「トーカス。これはお前の狩りの訓練だ。行ってくるがよい!」

コーカスはそういうと、コケー! と大きく鳴いた。

そして、トーカスも、それにこたえるように、ケケー!! と大きく鳴いた。