本日はお休みです
いつもより少し早めに起床したシエラは、身軽な格好に着替えると、財布を片手に宿舎を出た。まだ、空はうっすらと白んでいるくらいのこの時間帯だが、モルトの街で唯一、この時間帯が一番活気づく、広場の朝市へとシエラはやってきた。相変わらずの人の多さに圧倒され、珍しい織物やらアクセサリーやらに誘惑されつつ、今回の目的地である、食料品がたくさん並んでいる一角へと足を進めた。
「コーカス様に何か食べるものを持って来いって言われたけど……昨日のあの様子だと、たぶん、そもそも、狩りを教えるためにターナー君たちを連れて行ってたってことだよね」
お肉関連については、軒先に並んでいるのは当たり前だが、どれもすでに加工されたものばかりで、生きたままの状態で売られているものはまずない。
「……というか、肉でいいの? 肉で。いや、魔物や魔獣を狩って食べてるわけだし、肉食の分類ってことだよね? でも、あの
魔法を使う、凶悪な巨大鶏。正直なところ、それが一般的なコッカトリスに対する認識だ。
「どう頑張っても、あれに勝てる気は一切しないし、機嫌を損ねたら、私の人生がそこで終わりかねない。となると、ここで下手なものは選べない……!」
そうなると、この間ギルドに持ち込まれたジャイアントボアのお肉なんかは、候補として悪くないのだが、候補として悪くない、ということは、分類するなら美味しいものに入るわけで、そういったものはもちろん需要があるので、お値段としても、お手頃価格とはいかなくなってしまう。
「うぅ……正直、給料日前だし、少しは貯金しているとはいえ、あんまり高額になるとちょっと厳しいし。ていうか、なんでコッカトリスのために私が自腹切って餌を買ってあげないといけないのよ……。って、よく考えたら、昨日、休日出勤なんか交渉するより、餌代出してって交渉したほうが良かったんじゃ……!?」
うっかりしてた! と今更そのことに思い至った自分に絶望するシエラ。元をただせばターナー達のせいなのだが、さすがに、冒険者になってまだ間もない彼らに、君たちのせいだから、コッカトリスの餌代、出してくれる? といえるほど、シエラも鬼ではなかった。
「何か、大量に安くていいものがあると、とっても助か、る……お?」
どんどんと容赦なく過ぎていく時間に、若干の焦りを感じ始めていたシエラの前に、山積みになっている
(……これ、悪くないかも? ちょいと『鑑定』)
鑑定してみるも、特に状態が悪いわけでもなく、鑑定レベル十のシエラの鑑定でもおかしなところは出てこなかった。
「……すいませーん、このマイス、一本いくらですか?」
マイスの山で人がいるのかどうかが全くわからない状態だったので、とりあえず奥に向かって大きめに声をかけてみる。
「一本銅貨五枚だ。十本まとめて買ってくれるなら、銅貨四十五枚にまけてやる」
返事があったことに、少し驚くも、シエラはその内容に、ふむ、と思案した。
(今がちょうど旬の時期だし、値段も適正な感じ。鑑定の結果でも、おかしな結果は出てなかったし、悪くない。たぶん、まとめ買いすればまけてくれるって言ってる上に、この山積みのマイスの状態からすると、たぶんこれ、売れ残って困ってるハズ。なら、もうちょっとまとめて買えば、さらにまけてもらうこともできそうかな)
「もうちょっとまとめて買うなら、どう?」
シエラが聞くと、マイスの後ろから、ひょこっとおじさんが顔を出してきた。
「ねーちゃん、これ、どのくらい買う予定だ?」
在庫を捌くチャンスのにおいを嗅ぎつけて、おじさんが答えずにシエラに聞いてくる。
「んー、値段次第。これ、全部で何本くらいあるの?」
「全部? あー、そうだな……ここにあるのは全部で二百五十本くらいだな」
おじさんの言葉に、シエラは、んー、と考えている風を装う。
「……これ、全部買うから、中銀貨一枚にまけてくれない?」
中銀貨は一枚当たりで銀貨十枚分(銀貨一枚で銅貨百枚分)になるので、銅貨なら千枚だ。単純計算でマイス二百本分。さっきの十本で銅貨四十五枚計算ならきっちり二百二十二本分になる計算だ。
「んー、それはちょっとさすがになぁ……その金額なら、マイス二百二十本ならいいぞ?」
おじさんの言葉に、シエラは眉をピクリと動かす。
「おじさん、さっき十本まとめて買うなら銅貨四十五枚にまけるって言ったよね? それなら、中銀貨一枚で二百二十二本でしょ? 二百二十本じゃ足りないんだけど?」
シエラの言葉に、おじさんはうっと言葉に詰まった。
「おじさん、私、これでも一応、ギルドの受付嬢やってるの。金勘定できない小娘だと思ってたら大間違いだよ」
「わ、悪かったよ。ちょっと勘違いしてただけだ。なら、マイス二百三十本でどうだ?」
頭を掻きながら、悪い悪い、と苦笑いを浮かべるおじさんに、シエラはフルフルと頭を振った。
「嫌。さっきの、さすがに気分が悪いわ。だって、私がもし計算できなければ、おじさん、本当は私が買えるはずの二本をごまかしてたでしょ?」
シエラの言葉に、おじさんはまた、言葉に詰まる。
「ねぇ、商売において、一番大事なもの、おじさんならわかるでしょ? 信用だよ? それをおじさんは自分でダメにしておいて、マイスたった八本で収めようって、それはさすがに虫が良すぎるんじゃない?」
にっこりと微笑むシエラ。
「いいんだよ? 大きい声で、ここのおじさんは、計算ができないお客にはボッタくってくるって、なじみの冒険者やお店の人に言っても」
ある意味、脅迫である。おじさんの顔色がみるみる悪くなっていく。
「それでも、中銀貨一枚でマイス二百五十本は無理?」
シエラが言うと、おじさんは、いつの間にやら、二本ちょろまかそうとした代償がとんでもなく大きくなってしまっていると、頭を抱えた。
「頼む、マイス二百四十本で勘弁してくれ……それ以上は本当に無理だ」
その言葉に、シエラはにっこりと笑った。
「じゃ、それでいいよ。中銀貨一枚と銅貨四十五枚で、ここにあるマイス全部頂戴」
「ま、毎度あり……」
疲れ切った表情のおじさんに、シエラはいい買い物ができた、とニコニコと満面の笑みを浮かべた。
一度宿舎に戻り、朝食を取り終えたシエラは、ギルドへと向かった。
「あれ? シエラちゃん、おはよう。今日は休みじゃなかったっけ?」
ギルドに入ると、ちょうど出ていくところだった、シエラの担当冒険者パーティーの『明けの明星』の二人に出くわした。
「あ、ダエルさんにエマさん。おはようございます。今日はお休みなんですが、ちょっとギルドに用事があったので。お二人はこれから依頼ですか?」
シエラが聞くと、二人は小さく頷いた。
「どうも、ゴブリンが森の奥に集落を作ってるかもしれないって話が出ててね、調査の指名依頼が来てたから、今から森に向かうところだったのよ」
ふぅ、と少し困り顔でエマが答えた。
「あぁ……そういえば最近、ゴブリンスカウトを見たっていう冒険者の方の情報がいくつか上がってきてました。なるほど、集落、か……」
「ああ、だから今から、事実確認に行ってくるよ」
「はい、お二人とも、お気をつけて行ってきてください」
シエラがペコっと頭を下げると、二人は手を振りながら、行ってきます、と言って、門の方へと向かって行った。
(ゴブリンの集落、か。……できてたら、厄介だなぁ……)
まだ確定しているわけではないものの、可能性が高そうなその情報に、シエラはげんなりする。
ゴブリンは基本的にFランクの初心者冒険者が討伐依頼を受けることが多い。そのことからもわかるように、そもそも、ゴブリン自体の脅威度は高くない。
だが、稀に、ゴブリンが群れを作ることがあり、その群れが大きくなると、集落として、ゴブリン達が村のようなものを作ることがあるのだが、これができると一気に脅威度が跳ね上がってくる。
まず、ゴブリン達をまとめている上位種の存在。上位種の中には、魔法を使ってくるゴブリンメイジや、ゴブリンを指揮し、戦術まで使ってくるゴブリンキングなどがおり、これらを相手にするのはかなり厄介になってくる。さらに、当然、ゴブリン達も餌を求めてやってくるため、周囲の村や町を襲撃する可能性が高くなる。ゴブリンスカウトが目撃されているということは、その可能性は極めて高い、と言わざるをえず、こうなってくると、ギルドとしても、いち早く状況を確認し、集落ができているのが事実であれば、集落をつぶしにかからねばならない。
(……まぁ、『明けの明星』の二人なら、とりあえず、状況確認であれば問題ないだろうし、報告を待てばいいや)
うんうん、と頷き、シエラはギルドの中へと移動する。
「あれ? シエラ。今日はお休みじゃなかった?」
シエラの姿に気づいたルーが、声をかけてきた。
「ルー、おはよう。ちょうどよかった。マジックバッグって今、まだ予備が残ってたよね? あれの貸し出し手続き、お願いしてもいい?」
「いいけど……マジックバッグなんてなんに使うの?」
首をかしげるルーに、シエラは笑って答えた。
「マイスをちょっとね、大量に運ばなくちゃいけなくなったから」
「は?」
シエラの言葉に、さらにルーは首を傾げた。
マジックバッグとは、空間魔法によって、見た目以上の収納ができるという魔道具の一種だ。誰でも使える代物のため、需要はとても高いのだが、空間魔法をバッグに付与する、というのがなかなか難しく、大容量を安定して付与できる付与魔法使いがいない現状の為、マジックバッグ自体の値段がかなり高く、普通の人の生活費二、三か月分が相場という高級品なのだ。
もちろん、シエラもそんな高級品はもっていないのだが、モルトの各ギルドでは、大量素材の運搬等で必要になることが多いため、ある程度の容量があるマジックバッグを何個か保有しており、職員特権として、申請さえすれば、マジックバッグを貸し出してもらうことができるのだ。
無事にマジックバッグを借りられたシエラは、急いで広場に戻り、先ほどのおじさんにお金を支払って、購入したマイス二百五十本をマジックバッグに収納していく。
「あんた、便利なもん持ってんだな」
「いやいや、これ、私のじゃないです。ギルドの貸し出し品なんで」
おじさんの言葉に、シエラは苦笑する。
「まぁそうか。高級品だしなぁ」
シエラもこくりと頷く。
「自分でも空間魔法が使えるといいんですけどねー」
「そうだなー。ま、空間魔法なんて使えるなら、俺は農家なんてやめちまうけどな!」
「……私も、ギルドの受付嬢、やめると思います」
あはは、と二人で苦笑する。
「それじゃおじさん、いい買い物ができました。ありがとうございます」
「いいよいいよ。こっちも悪いことしたしな。次からは気を付けるよ」
「はい、そうしてください」
「厳しいねぇ」
苦笑するおじさんに、シエラは手を振り、その場を後にすると、屋台で自分のお昼にと、串焼き肉やサンドイッチをいくつか購入し、また、ギルドへと戻っていった。
「あれ? シエラ、今度はどうしたの? 何か忘れ物?」
休みの日にまた現れたシエラに、ルーが聞いてくる。
「ううん、ちょっとね。あ、ジェルマさん、執務室にいる?」
「うん、いるよー。ちょうど帰ってきたところ。ゴブリンの件で、他のギルドと会議があったみたい」
「あ、なんか、集落作ったかもって話? 今朝、『明けの明星』の人たちからちょっと話聞いたけど」
「そう、それそれ。なんか、集落の件、大型かもしれないって話も出てたみたいだよ」
ルーの言葉に、シエラはマジか、と小さく呟く。
「とりあえず、ちょっとジェルマさんとこ行ってくるわ」
「ん、いってらー」
ひらひらとルーに手を振り、二階への階段を上り、ギルドマスターの執務室のドアをノックし、失礼します、と声をかけて、中に入った。
「すいません、今ゲート使ってもいいですか?」
来客用のソファーに横たわっているジェルマを無視して、シエラはゲートに魔力を注ぐ。
「お前、いいかダメかの答え聞く前に起動してんじゃねーか」
視線だけをシエラの方に向けて答えるジェルマに、シエラは肩をすくめた。
「あ、起きてましたか。一応、声だけはかけたという事実が必要かと思って言っただけなので、許可はぶっちゃけ求めてません」
シエラの答えに、特大のため息をつくジェルマ。
「いいじゃないですか。コッカトリスさんの
ぷぅっと頬を膨らませながら言うシエラに、ジェルマは面倒くさそうに手を振る。
「はいはい、わかったよ。別に今から使う予定はねーから問題ねーよ。気を付けて行ってこい」
「はい、行ってきます」
シエラは小さく頭を下げると、起動が完了した、光るゲートをくぐった。
森に到着したシエラは、とりあえず、と索敵を開始する。と、見覚えのある反応を見つけたので、シエラはその反応の方へと足を進めた。
「コーカス様、トーカス様。シエラですー」
白銀の巨大コッカトリスと漆黒の小さめサイズのコッカトリスを見つけると、シエラは声をかけた。
「おぉ、シエラ。やっと来たか、遅かったな」
シエラの姿に気づいたコーカスは、踏みつけていた何かにグッと力を込めた。
「ぎゃぁ!!」
踏みつけられたそれは、大きな声を上げて、絶命する。
「……すみません、もしかして、狩りの最中でしたか?」
シエラが聞くと、コーカスは気にするな、ただの暇つぶしだ、と答え、シエラの方へと寄ってきた。暇つぶしですか、と呟き、潰れて原形を完全に失った何かを見て、シエラは顔を引きつらせた。
「で? 何を持ってきたのだ?」
シエラの方に顔を近づけ、ふんふん、と何かを嗅ぐしぐさをする。
「あぁ、はい。これです」
シエラはマジックバッグから、マイスを一本取り出した。
「お肉よりマイスの方がもしかしたら食べられる機会が少ないかな、と思って」
シエラが差し出すと、コーカスよりも先に、トーカスがマイスを奪い取って、黄色い粒粒の実をつついて食べていく。
「シエラ、もしやあれだけか?」
コーカスの言葉に、シエラは慌てて首を振る。
「いえ、もっと持ってきてます! ただ、ここで全部出していいのかわからなかったので、とりあえず一本だけ出したのですが……コーカス様もここで食べられますか?」
シエラの言葉に、コーカスは頷く。
「早く出せ!」
「は、はい」
シエラが慌ててバッグから取り出すと、コーカスはすかさずそれを奪い取り、つついて食べる。
「いかがですか……?」
二匹の様子から察するに、問題はないだろうと思いつつ、念のため確認をする。
「うむ! 気に入った!」
コーカスの言葉に、シエラはほっと一息をついた。
「では、ここに置きますね」
コーカスに案内され、彼らの巣に移動したシエラは、持ってきたマイスをどんどんそこに積み重ねていく。
「おぉ、中々の量じゃないか」
シエラが置いていくそばから、コーカスとトーカスはマイスをついばんでいく。購入したマイスを全部置き終わると、シエラもここでお昼を食べていいか、とコーカスに聞き、了承を得たので、買ってきた串焼き肉とサンドイッチを食べ始めた。
「む、それも何やらよい匂いがするな」
マイスを食べていたはずの二匹がいつの間にかシエラの前に立っていた。
「えと……あまり数はありませんが、良ければこちらも召しあがられますか?」
串焼き肉とサンドイッチを差し出すと、二匹はそれぞれを一つずつついばんだ。
「む、これも悪くないな」
「加工品だったので、正直、コーカス様たちが食べても問題ないのかがわからなかったので、今回、選択肢に含めていなかったんですが……もしかして、こちらのほうが好みでしたか?」
シエラが聞くと、コーカスは少し考えた後、フルフルと頭を振った。
「いや、マイスの方が良いな。こちらもたまに食べる程度ならばよいが、味付けが少々濃すぎる」
コーカスの言葉に、なるほど、とシエラは頷いた。
持ってきていたマイスの三分の一程度がなくなったあたりで、コーカスもトーカスも、マイスを食べるのをやめた。満足げなコーカス達に、シエラは安堵する。
「コーカス様にも、トーカス様にも、満足いただけたようで、良かったです」