新人冒険者

(今年もこの日がやってきたか……)

ふぅ、と息を吐き、ギルドの受付カウンターの前できりっとした表情で腕を組み、仁王立ちをして入り口を見つめているこの女性は、「定時に上がりたい」が口癖のモルト第一ギルド所属受付嬢、シエラだった。

「……シエラ、今から戦地にでも行くの?」

呆れ顔のルーを、シエラはキッと睨む。

「ルー、わかってるでしょ? 今日がどういう日なのか!」

「……わかってるわよ。あんたの言うところの、絶対に定時上がりができない日、でしょ?」

その一言に、シエラは膝から崩れ落ちた。

「な、なんて言い方を……! 定時上がりができない日なんて、そんな日、認めない! 絶対に!」

ぶんぶん、と頭を振るシエラに、ルーははいはい、と手をひらひらとさせながら、放置してそのまま自分の受け持ちカウンターへと向かった。

「ほら、シエラ。解錠時間よ」

「うぅぅ……」

シエラはがっくりと項垂れながら、自分の持ち場へと移動する。

そして、朝の八時。

ギルドが開く時間がやってきて、入り口が解錠され、扉が開いた。

(ちょ……、ちょっと!?!? 去年より多くない!?

扉が開くと同時に、なだれ込むように入ってきた大量の子供たちに、シエラは圧倒された。


昨日はこの国のお祭りの日であった。その名も『成人の儀』。この国では、毎年決まった日に、その年、十二歳を迎える少年・少女たちが、成人として国から認められるための儀式を教会で受けることになっている。成人の儀を受けると、一人の大人として認められ、自分たちの意思で仕事を探して、就職することもできるようになる。

そしてここ、モルトの街では、成人の儀を受けた子供たちに一番人気の職業が『冒険者』であった。

特に、孤児院などで育てられていた子供たちは、この成人の儀を迎えた後、ハイ・スクールへの進学が決まっていない限り、その年のうちに就職先を見つけて独り立ちをし、施設を出ていかなくてはならないという決まりもあって、この、成人の儀の翌日は、晴れて大人の仲間入りを果たした子供たちが、我先にと大量にギルドに冒険者登録をしにやってくるのだ。

当然、通常の業務がなくなるわけではないため、受付嬢たちは、年に一度、この、成人の儀の翌日に関しては、食事をとる時間も無くなるくらい忙しくなる日であり、よっぽどの理由がない限り、有休も認めてもらえない日となっている。

シエラにとって、絶対に定時に上がることができない、地獄の一日が、幕を開けた。


毎年、成人の儀の翌日の冒険者登録は、通常とは異なる方法をとっており、普段であれば、カウンターで受付をし、対応を行うのだが、この日は申込み希望者が殺到するため、別室の、普段は会議室として使っている部屋で登録専用作業を行うことになっている。そして現在、その場所には、十一、十二歳の、国から成人と認められた子供たち数十人が集合していた。ちなみに、この年頃以外の人たちは、この日は混雑することがわかっているので、よっぽどのことがない限り、冒険者登録に来なかったりする。

「おねーさん! 僕、冒険者になりたい! どうしたらいいの!?

「いたーい! 誰よ、今、私のこと押したの!」

「なぁなぁ、登録ができたら、すぐに魔獣を狩りに行けるのか!?

「ねー、トイレどこー?」

「これ、どこに持っていったらいいのー?」

「登録ってどこでできるの??

あちこちから飛び交ってくる子供達の声。はっきり言って、カオスである。

「はーい! みんな、静かに!」

シエラが大きく息を吸い込み、腹の底から思いきり大きな声を出して呼びかけて、大きくパン! と手を鳴らすと、子供達は喋るのをやめて、シエラの方を見た。

「これから、ここで冒険者登録を行い、そのあと続けて、初心者講習を合わせて行います」

初心者講習については、通常は任意となるが、成人の儀を受けたばかりの子供達の場合は、安全面を考慮し、モルト第一ギルドでは受講を必須としている。

「みんな、自分の名前は書けるよね? これからみんなに一枚ずつプレートを渡していくので、そこに自分の名前を書いてください」

そう言って、一人一人に薄い一枚のプレートを渡していく。

これは、職業プレートと呼ばれるもので、どこのギルドに所属しているのかを証明してくれる、大事な証明書の役目を果たすものである。ちなみに、冒険者の場合は、この薄いプレートの表に、所属ギルドと自身の名前とランク、パーティーを組んでいる場合は、パーティーの名前とランクが記載され、特別な魔道具を使用すると、裏側に、本人の賞罰(パーティーの賞罰がある場合は、所属パーティーの賞罰)が表示される仕組みになっている。

「これは、冒険者になる君たちにとって、今後大事なものになるので、なくしたり、壊したりしないように気を付けてください。それじゃ、名前が書けたら、私の所に持って来てください。ちゃんと並んでくださいね」

そういうと、名前を書き終わった子達が、シエラのもとへと殺到した。

「な・ら・ん・で・く・だ・さ・い・ね?」

シエラがにっこり(?)と笑ってもう一度言うと、子供たちは慌てて、一列に並んだ。


「はい、これで登録完了です。次、どうぞ」

名前の書かれた職業プレートを確認し、成人の儀で協会から受け取ったステータスボードとプレートの紐づけ作業をせっせと行っていく。処理自体は簡単で、単純作業ではあるのだが、この時、うっかり他人の物を誤って紐づけてしまうと、修正がとても大変なうえに、気づかずそのままにしてしまうと、他人の賞罰が紐づけされてしまったりするので、今回のように一気に大勢の紐づけ作業を行うには注意が必要で、精神的疲労が半端ない。

どうにかこうにか、ミスすることなく約一時間ほどかかりながらも、ようやく紐づけ作業が終わったシエラは、少し休憩をはさんだ後、初心者講習に移った。

「と、いうわけで、冒険者は自己責任の世界です。いいですか? 自分の命だけじゃありません。他人の命も背負うことも、時にはでてきます。そして、その責任はすべて、自分に降りかかります。今までのように、大人たちに守ってもらうこともできなくなります。場合によっては、奴隷落ちしてしまうこともあります。そんな厳しい世界です。なので、最初はまず、できることからコツコツとやっていくことが大切です。いいですね?」

さらに一時間ほどかけて、冒険者の主な仕事内容、依頼達成したときの主な報酬や素材の買取、依頼に失敗した場合のリスクに、冒険者の心得等々、必要と思われることを丁寧に教えていった。

「ちなみに、魔獣講習、というものもあります。外には危険な魔物や魔獣がたくさんいます。知識を得るということは、生存確率を上げることにもつながります。初回は無料ですので、良ければぜひ、講習を受けてみてくださいね?」

では、とシエラが、パンッと手を叩いて言うと、若干眠そうにしていた子供達もガバっと体を起こし、目を輝かせ始める。

「これで、登録と講習はおしまいです。お疲れ様でした。これで皆さんも晴れて冒険者の仲間入りです。頑張って、たくさんの依頼をこなしてくださいね」

『はーい!』

「今日は登録したばかりになるので、依頼が受けられるようになるのは明日からです。ちゃんとルールを守って、ガンガン、依頼をこなしてくださいね。では、解散!」

『わーい!!!』

会議室を飛び出していく子供達を見送った後、シエラは、とりあえず今日の大仕事が一つ片付いた、と息を吐き、部屋の後片付けを急いで終わらせた。


「お疲れー」

カウンターに戻ると、死んだ魚の目をしたルーが、シエラを迎えた。

「はい、これ。シエラの担当の冒険者たちの書類。目、通しといて」

「ありがと。助かる」

書類を受け取り、内容をチェックしていく。

「あんたさ、学校の先生とか向いてるんじゃない?」

ルーがそう言って、はぁ、と肩をもみながら首をぽきぽきと鳴らしていると、シエラは遠い目をしながら答えた。

「無理に決まってるでしょ。今日一日、しかもあの短時間だけだから何とかなるのよ。あんなちびっこ猛獣たちを毎日相手にするとか、私には絶対に無理」

「そう? 今回は結構、素直に聞いてたみたいじゃない」

ルーに言われて、フルフルと頭を振る。

「聞いてるのと、頭に入ってるのとでは全然違うからね? 何人かは話してる最中でも、他の子とお喋りしてた子もいたし。正直、何人残ることやらって感じ」

正直なところ、成人の儀を迎えて大半の子供たちは冒険者登録をしに来るのだが、そのうちの半数は一年と持たずにギルドに来なくなり、さらにその半数は、二、三年もすると、別の仕事を始めたりする。そして、毎年数人程度ではあるが、調子に乗り、忠告を聞かず、街の外の危険な場所に繰り出し、命を落とす子供達がいる。

「ちゃんと外が危ないってこと、毎年、口をすっぱくして伝えてるんだけど……正直なところ、いくら口で言ったところで、気持ちが上の空の子供たちにはなかなか伝わらないんだよね」

「しょうがないわよ。冒険者になるって判断した以上、すべては自己責任なんだから」

カウンターで一人一人を登録対応するときであれば、ちゃんと相手の目を見て、伝わるまで伝えることができるが、今回のように一斉に登録対応を行った場合は、なかなかそれができない。

「今年は、命を落とす子がいなければいいんだけど」

小さく呟きながら、チェックを終えた書類を机に片付ける。

「ま、私たちがここでどうこう言ってても、しょうがないんだし。下手なことをしないよう、しばらくは子供たちの依頼受付の時は、ちゃんと気を付けてあげればいいんじゃない?」

「ん、そうだね」

ルーの言葉に頷くシエラ。

「ほら、午前中にできなかった仕事、まだあとこれとこれが残ってるんだから、あんたも手伝ってよね」

「え、うそ、こんなにまだあるの!?

残っている仕事を見て呆然とするシエラ。

「しょうがないでしょう? あんたが抜けた穴はでかかったんだから。もう少ししたら、戻ってくる冒険者もいるだろうし、いそいで片付けちゃおう」

「今日も、残業か……」

シエラが呟くと、ルーが苦笑した。

「あんた、いい加減諦めなって」

「……そうね、今日だけは諦めるわ……」

ため息をつきながら、シエラは書類を片手に、溜まった仕事を進めていった。


成人の儀の翌日から数日が経ち、ギルド内はいつもの様子を取り戻していた。先日登録をしたばかりの子供達の姿もちらほらと見え、彼らも一生懸命、草原で薬草採取に励んだり、街の清掃活動などの仕事も、頑張ってこなしており、そんな彼らの様子を見て、先輩冒険者達も、子供達に頑張れよ、と声をかける姿をちょくちょく見かけるようになっていた。

「シエラねーちゃん! 今日はこれ、受けるよ!」

この間冒険者登録をしたばかりの男の子五人組。そのリーダー格の男の子、ターナーが、シエラに一枚の紙を差し出してきた。差し出してきたのは掲示板に貼ってあった依頼書で、そこには、ラージマウスの討伐依頼が記載されていた。

「んー、ターナー君、ラージマウスのことは知ってるのかな?」

シエラが聞くと、ターナーはこくんと頷いた。

「知ってるよ、少し大きいネズミの魔物だろ? 群れで行動するって聞いてるけど、罠を仕掛ければ簡単に倒せるって、冒険者の兄ちゃんが言ってた」

ターナーの言葉に、シエラは少し思案する。

ラージマウスの推奨討伐レベルはFランク。冒険者になりたての初心者たちが、よく最初に討伐する魔物の中の一種だ。ターナーの言う通り、罠を仕掛けて捕獲し、処分する方法が一般的で、これなら比較的安全に、かつ、数をこなしながら討伐することができる魔物でもある。もちろん、群れで行動するため、注意は必要で、正直、冒険者になりたての彼らに、群れで行動する魔物の討伐は、リスクがある気がしないでもない。

「ラージマウスは群れで行動をします。推奨ランクはFランクだけど、群れが大きかった場合、君たちだけじゃ討伐が難しい場合もあるから、必ず、深追いはせず、罠にかかったものだけを討伐して、無理だと思ったらすぐに撤退すること。約束できる?」

シエラが聞くと、ターナーは心配しすぎだって、と笑った。

「最初の講習会でも話をしたと思うけど。冒険者は自己責任。わかってる?」

シエラが真剣な顔で聞くと、ターナーはわかってるよ! と少しむっとした顔で答えた。

「……わかった。それじゃ、ここにサインしてくれるかな? みんなで一緒に行くなら、代表者だけのサインでもいいよ」

「それじゃ、俺が書くよ!」

ターナーが三枚の受注書にサインを書く。

「はい、確かに。それじゃ、これが君達の控えだから。なくさないように。気を付けて、無理しちゃだめだよ?」

シエラがターナーに控えを渡すと、彼らは行くぞ! と走ってギルドを去っていった。

「大丈夫かなぁ……」

ぽつりとつぶやくシエラに、隣にいたルーが心配性だな、と苦笑する。

「まぁ、わからないでもないけど。でも、あの子たちだっていつかは討伐依頼をこなさなきゃ、上には行けないわけだし。いつかは通る道だよ」

「そう、だね」

ルーの言葉に、シエラは小さく頷き、受付業務を再開した。


「シエラねーちゃん! 見てくれよ、すっげーたくさん狩れたぜ!」

日が傾いてきて、外が赤くなってきたころ。バタバタと子供たちがギルドの中に走って入ってきた。

「こら! ギルドの中じゃ走っちゃダメだって言ってるでしょう!」

シエラが叱ると、ごめんごめん、とターナーが苦笑いした。

「それよりほら! 見てくれよ。こんなに狩ってきたぜ!」

カウンターに討伐証明部位であるしっぽが詰められた麻袋をぼん、と置く。

「わぁ、すごいじゃない! ちょっと待ってね、数を数えるから」

そういって袋からしっぽを出すと、シエラはその数を数えていく。

「すごい、この短い時間で三十七匹も倒してるじゃない!」

「へへ、だろ? なぁなぁ、これ、今日の報酬はどうなるんだ?」

目をキラキラと輝かせる子供たちに、シエラは苦笑しながら、少し待ってね、と依頼書を取り出す。

「討伐依頼はラージマウスを五匹だったから、まずは達成報酬として銅貨三十枚ね。それと、五匹以上討伐した場合は、追加報酬として、一匹あたり銅貨五枚だから、追加報酬分が銅貨百六十枚。合計で、銅貨百九十枚分だから、今日は銀貨一枚と銅貨九十枚が報酬になります」

『やったぁー!!

初めて依頼の報酬が、銀貨一枚を超えた嬉しさに、子供達は大はしゃぎする。

「五人で報酬はわけるよね? どうする、全部銅貨で渡したほうがいいかな?」

シエラが聞くと、ターナーは頷いた。

「うん! それでお願い!」

「わかった、それじゃちょっと用意してくるから、待っててね」

にっこりと笑うシエラに、ターナーたちは嬉しそうに、うん、と頷いた。

「どうなることかと思ったけど、ちゃんと早めに戻ってきたし。何より、思ってたよりたくさん狩れたみたいだし。罠がうまくいったのかな?」

少年冒険者たちが無事に帰ってこれたことと、しっかりと依頼を達成できたことに、シエラは嬉しくなる。

「はい、それじゃこれ、数えてくれるかな?」

彼らの目の前に、銅貨を十枚ずつにした束を、十九本置く。

「うん、大丈夫! ありがとう!」

ターナーが言うと、シエラは、受領書にサインをさせて、それを回収する。

「それじゃ、今日はお疲れ様。ゆっくり休んで、また、頑張って依頼を受けにきてね」

シエラが言うと、彼らは大きく頷き、はしゃぎながらギルドを出て行った。

杞憂きゆうだったね」

ルーの言葉に、そうだね、とシエラは笑った。


小さな冒険者達が仕事を受け始めて、さらに暫く経ったある日のことだった。

「……遅いな」

ちらちらと時計を見ながら、戻ってきた冒険者の報告受付と、報酬の支払い業務をこなしながらシエラは呟いた。そしてそれと同時に、協会の大きな鐘の音が響く。

「あれ? あの子達、戻って来てたっけ?」

報酬を支払い、サインをしてもらった受領書を机に片付けていると、隣にいたルーが声をかけてきた。

「……それが、まだ来てないんだよね」

ラージマウスの討伐に自信をつけた彼らは、それから毎日のようにラージマウスの討伐依頼を受けていた。今日もいつものように、ラージマウスの討伐依頼を受けて出発していったのだが、いつもの時間になっても、彼らが現れないことに、シエラは胸騒ぎを覚えていた。

「いつも、鐘が鳴る前には討伐部位をもってきてるんだけど、今日はまだ戻ってきてないんだよね」

ラージマウス自体、繁殖ペースがかなり早い為、連日、討伐依頼を子供達がこなしていたとしても、見つけられない、ということはないはずなのだが。

(なんだか、嫌な予感がする)

なんとなく不安になっていると、ギルドにラビット族の少女が現れた。

「あ、スミレちゃん。お帰り!」

スミレの顔を見て、シエラはにっこりと笑って迎える。

スミレは冒険者になってもうすぐ一年になるのだが、人見知りな性格のせいか、他の人とパーティーを組むことができず、現在もソロで活動をしている。その為、討伐依頼は少し自信がまだない、ということで、毎日街を出てすぐの草原で薬草採取をしているのだが、シエラは、そんな彼女が、いつかパーティーを組んで、大きな依頼を達成して帰ってきてくれる日が来るのが、楽しみの一つだったりする。

「シエラさん、ただいまです。これ、今日とってきた薬草です」

そういって、カウンターに薬草とスズナ草を置いた。

「今日は、ちょっとセリナズ草が見つけられなくて。その分、スズナ草がたくさん群生してる場所を見つけたから、一杯とってきました!」

数を数えてみると、薬草が十束に、スズナ草は二十五束もあった。

「すごいね、スミレちゃん! これなら、薬草が銅貨十枚に、スズナ草が銅貨五十枚だから、合計で銅貨六十枚になるよ! それに、今日は確か、スズナ草の採取依頼が入ってたはずで……ええと、ちょっと待ってね、確かここに……あ、あったあった! うん、ちょうど二十束の依頼だったから、そっちの達成報酬銅貨二十枚と合わせれば、今日の報酬は銅貨八十枚だよ!」

シエラの言葉に、スミレは大きく目を見開いた。

「え? 私、今日は依頼を受けてなかったけどいいの?」

スミレの言葉に、シエラはくすくすと笑う。

「採取依頼はね、討伐依頼と違って、基本的に事前の受付がなくても大丈夫なんだよ。だから、時々、討伐依頼に出かけたときに採取した薬草に、採取依頼が出てたりしたら、お小遣い稼ぎとして一緒に報告の時に受注処理と達成処理をしちゃったりすることが多いのよ」

シエラの言葉に、スミレは目をぱちぱちとさせた。

「もちろん、毎回条件にあった採取依頼があるわけじゃないけど、今回は、タイミングよく、スズナ草の採取依頼が入ってて、まとまった数だったから達成処理できる他の冒険者がいなかったってことだけど、でも、良かったね、スミレちゃん!」

「はい!」

嬉しそうに笑うスミレに、シエラも嬉しくなり、つられて笑った。

報酬を用意して、スミレに確認をしてもらい受領書にサインをもらったところで、そういえば、とスミレがシエラに話しかけてきた。

「今日、薬草の採取をしてたら、何人かの男の子が、森に入っていくのを見たんです」

スミレの言葉に、提出用書類をまとめていたシエラの手が止まった。

「……もしかして、スミレちゃんと同い年くらいだった?」

シエラの言葉に、たぶん、とこくんと頷くスミレ。

「同い年くらいなのに、もう森に入れるなんて、すごいなって思って。私もいつか、討伐依頼もこなせるようになれたらって思ってるから、少し羨ましくて」

「スミレちゃん、それ、見かけたのどのくらい前だった?」

「え?」

スミレの声を遮るように聞いてくるシエラに、少し驚いた顔をするスミレ。

「え、と。スズナ草を見つけて採取してる時だから……たぶん、一、二時間くらい前だった気が」

「わかった、ありがとう!」

そういうと、シエラは席を立って、職員専用の更衣室へと走っていき、しまってあった作業着に急いで着替えた。

「あれ? シエラ、どうしたの?」

すれ違ったルーに聞かれて、外出するから、仕事、置いておいて、と伝えると、駆け足で二階へと続く階段を昇って行った。

「ジェルマさん、すみません。ちょっと緊急の要件なので、失礼します」

コンコン、とドアを叩くと、相手の返事を待たずに、ガチャッと扉を開け、シエラは中に入った。

「別に急に入られても困ることはねーんだが、せめて返事くらいは待ってくれよ」

ため息をつくジェルマに、シエラは緊急事態なので、とだけ答え、部屋にあるゲートに魔力を注ぐ。

「おいおい、どこ行くんだ?」

いきなりゲートを起動させるシエラに、ジェルマは思わず立ち上がる。

「……まだ、戻ってきていない子供の冒険者が五名いるんですが、彼ららしき冒険者達が、一、二時間前に、森に入っていった、という情報を受けたんです」

シエラの言葉に、ジェルマは眉を顰める。

「とりあえず、一度森に行って確認をしてきます。申し訳ありませんが、ゲートを使用させていただきたいのですが、いいですか?」

ギルドから歩いて森まで行こうと思うと、少なく見積もっても三十分以上はかかってしまう。そうなると、日が完全に沈んでしまい、子供たちにも危険が及ぶ可能性が高くなってしまう。

「はぁ、お前、そういうのは起動させる前に言うもんだろうが。まぁいい。行ってこい」

ジェルマの言葉に、シエラは頭を下げた。

「行ってまいります」

シエラは光るゲートをくぐり、森に向かった。


森に到着したシエラは、目をつむり、深呼吸を一つすると、自身の持つスキル、索敵を展開し、森の中の様子を急いで確認していく。

「……いた!」

到着した場所から、北東の方向へ少し進んだ場所に、いくつかの生物の反応を確認した。反応の大きさと数から、おそらく、少年冒険者五人と、魔物か何か数匹が対峙たいじしているようで、シエラは急いでその反応地点へとかけていく。

(間に合って!)

対峙している魔物がレベルの低い魔物でありますように。そう祈りながら走ること数分。そこには、仲間をかばうようにして、震えながら武器をもって対峙するターナーと、大きな白銀の鶏と、真っ黒な小さな鶏の姿があった。

(……嘘でしょ。まさか、よりにもよって……)

目の前の光景に、軽い眩暈めまいを覚えつつ、シエラは「待ってください!」と叫びながら、彼らの間に割って入り、ターナーたちをかばうようにして立ちふさがった。

「シエラねーちゃん!」

見知った人物の登場に、ターナーは思わずその場にへたり込んだ。

「大丈夫!? 怪我はない!?

シエラが振り返らずに聞くと、ターナーは大きな声で泣き出した。

「た、ターナー君!?

ターナーにつられて、他の子達も泣き出す。突然のことに、シエラは動揺するも、視線を目の前の鶏達から外すことはできなかった。

「……また、お前か」

目の前の白銀の鶏、コッカトリスが呟くと、シエラは、彼がまだ自分たちのことを覚えていることに、少しだけ思案し、お久しぶりです、と頭を下げた。

「すみません、状況が少し、飲み込めないのですが、彼らがもしかして、何かしてしまったのでしょうか?」

その可能性は薄い、と思いつつ、シエラはまずは確認を、と聞いてみた。

「いや、なに、息子が無事に産まれたのでな。ちょうど、狩りによさそうな獲物が森をうろついてたので、連れてきたところだったのよ」

コッカトリスの言葉に、シエラは脳みそをフル回転させた。

(ターナー君たちは、特に何かをしたわけじゃない。ということはたまたま、運悪く、捕まっただけ。ってことは、まだ帰してもらえる可能性はある。けど、産まれた雛に、狩りを教えるために調達したってことだと、すんなりと帰してもらえる可能性は正直低い。今の私で出せる交換条件、何かないっけ……)

「無事に、あの卵はかえったんですね。よかったです。おめでとうございます」

まずは会話を引き延ばさないと、と思い、コッカトリスにお祝いの言葉を伝える。

「……はは! 娘。お前、面白いな! この場でそんなことを言うか!」

コッカトリスが羽を広げて笑う。鶏に面白がられてもこっちは全然面白くない状況なんですけどね、と心の中でうっかり思ったことを、シエラは絶対に悟られないよう、ポーカーフェイスを必死で維持する。

「お前、名はなんという」

「……え、私の名前ですか? え、と、私はシエラと申します」

突然名前を聞かれたので、なんでそんなことを聞くのかと思ったものの、ここは素直に対応して、どうにかここを離れる糸口を見つけるべきだと思い、答えて頭を下げると、ふむ、とコッカトリスが頷いた。

「シエラ、か。覚えておこう。私の名はコーカス。息子はトーカスだ」

「コーカス様とトーカス様ですね。今後とも、お見知りおきを」

シエラの言葉に、満足げに頷くコーカス。

「今日はもう日が暮れるな。シエラの知り合いのようだし、今回はその獲物たちは見逃してやろう」

コーカスの言葉に、シエラはパッと顔を上げた。

「本当ですか!?

どう交渉したものか、と思っていたところ、先方からの思わぬ申し出に思わずガッツポーズを取りそうになるシエラ。

「ただし、明日、代わりに何か食べ物を寄越せ。よいな?」

コーカスの言葉に、シエラは頷く。

「かしこまりました。ではまた、明日」

そのくらい、お安い御用よ! と心の中で小躍りしながら、シエラは小さく会釈をすると、泣きじゃくっているターナー達を何とか立ち上がらせ、ゲートまで連れて行った。


無事にターナー達を保護して帰ってきたシエラは、ひとまず彼らを家まで送り届けた後、ギルドに戻り、ジェルマにさっきの出来事を報告した。

「というわけなので、明日、また森に行ってきます」

「そうか、明日、お前そういえばちょうど休みだったよな? なら、仕事のことは気にする必要もないし、しっかり頑張ってこい」

ジェルマの言葉に、シエラは思わず、え? と声を出した。

「いや、聞いてました? 私、明日、森に行かないといけないんで、行ってくるんですが?」

シエラの言葉に、ジェルマは首を傾げた。

「あぁ、だから、明日、森に行くんだろ? 明日はちょうど、お前休みだったから、仕事を誰かにお願いしていく必要がなくてよかったなって言ったんだが?」

ジェルマの言葉に、まさか、とシエラは恐る恐る聞いてみる。

「……あの、休日出勤手当、出ないんですか?」

シエラの言葉に、ジェルマは首をまた傾げる。

「森に行くのがなんで仕事なんだよ。コッカトリスと約束したのはお前で、そもそも、それはギルドの仕事じゃないだろ?」

ジェルマの言葉に、シエラは絶句する。

「いやいやいや、ちょっと待ってください。コッカトリスのもとに行ったのは、そもそも、冒険者の彼らを助けるためで」

「いやいや、お前こそ何言ってんだ。冒険者は自己責任。何があっても自分で責任を取らなきゃダメだって、初心者講習でまず伝えてるだろ? その冒険者を助けに行ったのはお前の独断であって、ギルドの意思じゃない」

彼の言葉に、シエラは思わず言葉につまった。

ジェルマの言うことは正しい。彼らは、シエラが最初の講習で言った言葉を忘れ、慢心まんしんし、まだ、レベルに見合わない森に踏み込んだ結果、コッカトリスにさらわれ、結果、自分達ではどうすることもできなかったのだから。

「だからって、まだ冒険者になって、成人して間もない子達を、見殺しにすればよかったって言うんですか!?

「彼らは成人の儀を受けた、立派な成人だろ? 第一、彼らが冒険者になりたてほやほやじゃなければ、それこそ、これがロイだったら。お前、助けに行ったか?」

「う……それは……」

「ほれみろ。今回お前が助けに行ったのは、あくまでもお前の独断。逆に言えば、幼い子だからという理由で助けに行ったお前の行動は、正直、彼らのためにはならない」

「でも!」

「最後まで聞け。今後、彼らが冒険者を続けていくつもりがあるのであれば、今回のことは、本当に運がよかったんだと、今後、いつも誰かが助けてくれるわけではない、ということをきっちりと教え込め。それができないなら、あいつらは確実に近いうちに死ぬ。その責任が取れないなら、冒険者ライセンスを取り上げることも視野に入れろ。わかったな?」

「……はい」

ジェルマが言っていることは間違っていない、正論だ。だが、間違っていなくても、気持ちとして納得ができるかといえば、素直に頷けるものではなかった。

「と、いうわけで、だ。明日、お前が森に行くことを仕事として認めることは、ギルドマスターとしてはできん。だが、お前が森に、私的に行くというのであれば、それについては止める権利はない。まぁ、助けに行くのをわかってて止めなかったんだ、明日もゲートくらいは貸してやる」

「ぐ、ぐぬぬ……」

ゲートを貸してもらえるのはありがたいのだが、なんだか上から目線なジェルマの言葉にどうしても心の中がモヤモヤするシエラは、心の中で『ジェルマさんなんて禿げたらいいんだ!』と悪態をつきつつも、何も反論ができないことが少し悔しくて、シエラは小さく唸った。

「手ぇだしたなら、中途半端なことすんな。最後までちゃんとケツ持て。なんかあったら、骨は拾ってやる」

「わかりました……」

とりあえず、これ以上深く考えるのは止めよう、と自分に言い聞かせたシエラは、明日、森に向かうために、今日もいつも通り残業し、残っている業務を何とかすべて終わらせてから、仕事を上がった。