受付嬢のお仕事
チリリリリン、チリリリリン、チリリリ……
バシン!
何かを叩く音とともに、可愛らしく鳴っていた鈴の音のようなものが止まった。
「あぁ、今日も朝が来た……」
頭をガシガシとかきながら、彼女は起き上がる。今日もシエラのいつもの日常が始まる。
時刻は朝の六時。
いつも通り、目覚まし時計に起こされたシエラは、大きく伸びをして、ベッドから起き上がると、タオルを持って洗面所へと向かった。
「あ、おはようシエラ。今日もちゃんと寝坊せずに起きれたのね」
「おはよう、ルー」
ちょうど一緒になった同僚のルーに、寝ぼけ
「あー、目が覚める」
タオルで顔を拭き終えると、隣で身支度をしているルーに、またあとでね、と声をかけて、部屋に戻る。
「さて、着替えるかー」
クローゼットを開けて、ハンガーにつるしてあった制服を取り出し、テキパキと着替えていく。
(あー……そういえば、昨日、作業着のまま帰ったんだった……)
クローゼットにあるはずの制服の数が一つ足りないことに気づいたシエラは、その原因である昨日の出来事を思い出し、テンションが一気に下がる。
(忘れずに昨日着てった制服、今日持って帰らないと)
着替えを終えると、いつも身に着けているポーチを腰につけ、一階の食堂へ向かった。中に入ると、すでに何人かの同僚たちが、朝食をとっているところだった。
「お、おはよう、シエラ。今日はちょっと早いんじゃねーか?」
手渡された朝食をもってうろうろしていると、同僚で解体場担当のルーカスがシエラに気づき、声をかけてきた。
「おはよう、ルーカス。そういうルーカスこそ、早くない?」
ちょうどルーカスの前が空いていたので、シエラはそこに座りながら、いつもはこの時間に鉢合わせることがあまりないルーカスにどうしたのかと聞いてみた。
解体場はその名の通り、持ち込まれた動物や魔獣たちから素材などを回収するための解体作業を専門として行う人達がいる場所で、もちろん、そこで働く人達も、ギルド所属の職員となっているので、この宿舎に住んでいる人も当然いるのだが、その仕事の特性上、朝は遅く、夜が遅いことが多いため、シエラたち受付嬢が朝食をとる時間と被ることが少ないのだ。
「あぁ、俺らは珍しく、今日は朝一から解体作業なんだよ。昨日の夜遅くに魔獣が結構な数持ち込まれてな。血抜きなんかの簡単な作業をした後、魔法使える奴にいったん素材を氷漬けにしてもらって、今日、みんなで早朝出勤して対応すんだよ」
その言葉に、昨日、『剛腕の稲妻』たちがジャイアントボアを大量討伐したのを思い出した。
「あぁ、ジャイアントボアね」
シエラはそう呟きながら、お皿に乗っていたサンドイッチをパクっと頬張る。
「もしかして、シエラの担当冒険者か?」
聞かれて、うん、と頷いた。
「てことは、持ち込みもあの時間だし、また残業か」
くつくつと笑うルーカスを、シエラはギロリと睨みつけた。
「笑い事じゃないんですけど?」
コップに入ったミルクをグイっと飲み干し、シエラが言う。
「いやいや、だってお前、ここのギルドで残業したくないとか、無理だろ」
ルーカスの言葉に、シエラはうっ、と言葉に詰まる。
「お前も知ってんだろ? 周囲を鉱山、森、海と豊富な資源に囲まれ、かつ、街のど真ん中に大きな
「わかってるわよ、そんなこと……」
改めてルーカスに言葉にされて、思わぬダメージを受けるシエラ。そんなシエラを見て、ルーカスは、また、くすくすと笑った。
「ま、いつか残業のない日があるといいな。それじゃ、お先に」
ルーカスはそう言って、そのまま席を立ち、出勤していった。
シエラも、はぁ、とため息をついた後、残っていた果物を食べて、食堂を後にした。
「お、今日は一番乗りだ」
出勤して受付カウンターに到着したシエラは、他にまだ誰も来ていないことに気づき、小さく呟いた。
「さてと、まずは昨日の残りをやっておかないと」
昨日残してしまっていた、コッカトリスに関する報告書と『剛腕の稲妻』たちへの処分内容の確認とその通達書のたたきの作成。そして、ジャイアントボアの報告書のまとめをせっせと作成していく。
「よし、こんなもんかな」
時刻が七時半を過ぎた。
「おはよーございまーす」
ちょうど書類の作成が終わったところで、他の受付嬢たちが続々と出勤してきた。
「おはようございますー」
机の上を軽く片付け終えると、出勤してきた他の受付嬢たちと一緒に、ギルド内・周辺の掃除を始める。毎日掃除はしているので、そこまで汚れるわけではないのだが、これを怠ると、後々面倒なことになるので、みんな真剣に掃除をする。
そして時刻は八時を迎える。ギルドのオープンの時間だ。
入り口を解錠すると、冒険者たちが、ぞろぞろと中に入ってくる。
「おはよう、シエラちゃん。今日は何か、いい仕事入ってる?」
ギルドでの仕事を受ける場合、掲示板に貼ってある依頼書を見て、自分で選ぶパターンと、受付嬢に仕事を斡旋してもらって受注するパターンの主に二パターンあり、どちらもメリット・デメリットが存在している。
前者の場合、自分たちである程度好きな依頼が選択できる、というメリットがある反面、自分たちの力量に見合わないものを受けてしまい、結果、依頼を失敗して違約金を支払わなくてはならなくなる、というデメリットがある。後者の場合は、受付嬢に失敗しにくい依頼を斡旋してもらえるというメリットがある反面、冒険者たちのことをきちんと把握・理解している受付嬢でなければ、適正な依頼を紹介してもらえないというデメリットがある。
「あ、おはようございます、ダエルさん。んー、そうですねー、ダエルさんの所なら……あ、これなんかどうですか? フレイムウルフ。どうも、はぐれが群れを作っちゃってるみたいで、ビガー鉱山の方から討伐依頼がきてるんです」
冒険者としては、早く自分たちのランクを上げたいので、どんどん難しい依頼をこなしていきたい! というところではあるが、命を失う危険がある場合ももちろんあるし、失敗は違約金のこともあるが、信用問題にもかかわってくるため、できる限り、適正な依頼をある程度稼げる額で受けられるのであれば受けたい、とも思うもの。特に、高ランクの依頼になればなるほど、複雑な条件があったりもする為、依頼の適正ランクが上がるほど、受付嬢に依頼を斡旋してもらう場合が多くなる、という傾向にあった。
モルトに異動したての頃、元々シエラの居たギルドとの規模があまりにも違い過ぎた為、この依頼の斡旋作業に四苦八苦していて、いつも、その他の通常業務に着手するのが遅くなっていた。どう考えても、それが残業に一番直結していると思っていた彼女は、残業したくない一心で、その改善方法として、まず、冒険者たちの特性を覚える為に各冒険者の依頼割り振り用に特化した簡易リストの作成と、依頼と依頼達成に必要な特性が目に見えてわかるよう、項目の統一化とリスト化を行うようにし、効率化を目指した。
その効率化はもちろん効果があり、日が経つに連れ、それにかかる業務時間は目に見えて減っていっていた。……まぁ、彼女の仕事の斡旋能力がなかなか優秀である、という噂が冒険者たちの間に広がり、依頼をお願いする人が増えていき、最終的に残業時間はあまり変わらなかった、というのはご愛嬌だ。
差し出された依頼書をダエルは手に取り、ふむ、と思案する。
「確か、エマさん、水と土系の魔法が得意でしたよね? フレイムウルフなら、相性がいいかなと思って。それに、ダエルさんの双剣なら、鉱山内でも取り回しに問題がないかと」
シエラが言うと、そうだな、とダエルが頷く。
「よし、日程的にも少し余裕が持てそうだし、報酬も悪くない。これにするわ」
「ありがとうございます」
シエラはにっこりと笑って頭を下げると、さっそく受付手続きに入る。受付書類を三枚取り出し、内容を確認してもらい、報酬等について問題がなければ三枚すべてにサインをしてもらう。そして、すべての書類にサインをしてもらった後、受付作業を行った証明として、自身の職員印を押す。
「はい、では、こちらはダエルさんの控えになります。なくさないように、お願いしますね?」
三枚の書類のうち、一枚は冒険者の控え、一枚はギルドの控え、最後の一枚は、結果報告用に依頼主へ渡すためのものとなっている。
「では、お気をつけて。いってらっしゃい」
ダエルを見送り、書類を机の引き出しに片付ける。
「おはよう、シエラちゃん。今日も可愛いね~。何かいい依頼、入ってる?」
「おはようございます、ジェイクさん。ちょうどよかった! 実は、ジェイクさんにお願いしたい依頼があるんですよ」
冒険者によって依頼斡旋時のお願いの仕方を変えていくことももちろん忘れない。
こうして、シエラの受付嬢の一日が始まった。
時刻が十時に差し掛かるころになると、朝の受付対応の波が少し落ち着いてくる。依頼は基本的に早い者勝ちなので、みんな、少しでも良い依頼にありつこうと、ギルドを開けてから一、二時間ちょっとの間が、一番混雑する時間帯なのだ。
「おはようございます。お待ちしてましたよ」
シエラはギルドに入ってきたロイたちの姿を見つけると、自身の受付カウンターに休憩中の札をたて席を立ち、彼らの所に駆け寄り、にっこりと笑顔を作って声をかけた。シエラに気づいたロイ達は、少しだけ気まずそうな顔をしていたが、シエラは気にせず、笑顔を張り付けたまま、いつも通りに接する。
「昨日の件について、ギルドマスターからお話があります。こちらに一緒に来てくれますか?」
「あ、はい……」
いつもの元気は一体どこへ行ったのか、ロイはしゅん、とした顔で、シエラの後に続く。
「ジェルマさん、シエラです。『剛腕の稲妻』の方たちをお連れしました」
コンコン、とノックした後、シエラが言うと、入れ、と小さく声が聞こえてきた。
「失礼します」
ドアを開け、三人を執務室内に促すと、そこには珍しく椅子に座って書類仕事をしているジェルマの姿があった。
「とりあえず、座れ」
ジェルマに言われて、三人は部屋の中央にあるソファーに座る。シエラは、三人の前に書類を一枚ずつ置いていった。
「とりあえず、昨日のコッカトリスの件だが、卵は無事に返せた。しばらくお前達を森に入れないってことで、事は収まった」
森に入れない、という部分に三人とも反応するが、下手をすれば街を巻き込んでの大戦闘にまで発展したかもしれない事案を、森への侵入禁止程度で済んだことを考えれば、まだ、軽い処分で済んだとみるべきか、と思い、小さく、はい、と彼らは答えた。
「ちなみに、だ。森に入らないってのは、コッカトリスに対する誠意ってところだ。俺やシエラ、ギルドに対しての誠意はそこに含まれていない」
ジェルマの言葉に、三人はびくっと肩を震わせた。さっきの内容は、あくまでも対コッカトリスのもの。今回の件の尻ぬぐいをギルドにさせた事に対する処分諸々は含まれていない。ここで、ギルドが勝手に対応したんじゃないか、とごねてもいいが、確実にギルドへの心証は悪くなるし、最悪、モルト第一ギルドへの所属を解除される可能性すら出てきてしまうし、そうなった場合、別のギルドへの再所属のハードルも、もちろん上がってしまう。いずれにしても、自分たちでどうにもできない事態を招いてしまったのが悪い、という自覚はあったので、三人は大人しくジェルマの言葉の続きを待った。
「しばらくの間、お前らには若手の育成と教育、それと、街の清掃などの奉仕活動をメインとして行ってもらう」
その言葉に、ロイはバッと顔を上げた。
「三人とも、しばらく森に入れないってことですし、かといって、仕事がないのは困ると思いますので、今、人手の足りていない部分を積極的にこなしていただけるのであれば、まぁ、私たちとしても悪い話ではないかな、と思いまして。若手の育成と教育に関しては、ギルドからの依頼、ということで少額ではありますが、報酬も出ますよ。ボランティアにしても良かったんですけどね……」
苦笑しながら言うシエラに、ミシェーラは安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう……正直、収入が途絶えるのは痛かったのよ。多少の貯えを、私はしてきたけど、他の二人は……」
ちらり、とロイとルカを見ると、彼らはそっと視線をそらした。
「ま、こっちとしても、人手が足りてなくて困ってたとこだからな。あ、あと、ロイ。お前から申請が上がってた、
ジェルマの言葉に、ロイはそんな! と抗議する。
「ロイさん? コッカトリスの習性すらも忘れてた方に、
にっこりと冷たい笑顔のシエラに、ロイはがっくりと項垂れた。
カウンターに戻ると、冒険者登録希望者の新規登録作業や、ギルドへ依頼をしに来た人たちの依頼受付業務、素材の買取業者との交渉と書面の対応、対応完了業務の依頼主への報告対応と、隙を見て昼食をとり、また、業務をせっせとこなしていく。
少なくなってきたポーションや解毒剤などの在庫確認と発注作業、掲示板に長く残ってしまっている依頼がないかを確認しながら、周辺地域の地図の在庫確認にその他更新された情報の追記作業。そして、そうこうしているうちに夕暮れに差し掛かり、当日完了が必要な依頼を受けた冒険者たちが、続々とギルドに戻ってくるので、その、対応を行う。
(……受付業務って、なんでこんなに仕事が多いの!)
なんてことを思っているとはおくびにも出さず、シエラはニコニコと笑って業務をこなしていく。
そして十八時。リンゴーン、リンゴーン、と大きな協会の鐘が鳴る。その音色とともに、受付嬢の残業タイムがスタートする。
「おい、ふざけんな! そんなはずないだろ! ちゃんと鑑定しろよ!」
今日も定時に上がれなかったぜ、と思わず血を吐きそうになるシエラが、まだ残っている今日報告予定のはずのパーティー二組の戻りを待っていると、少し離れた受付カウンターから、冒険者の怒鳴り声が聞こえてきた。
(あれは、オーリのとこじゃない)
声の方を見ると、複数の冒険者と思しき男たちが、オーリに詰め寄っているところだった。何事かと、隣にいたルーに声をかけて聞いてみると、どうやら、持ち込み素材の買取の件で、オーリの結果に不満があるとかで揉めているとのことだった。
(うーん、あの冒険者たち、見覚えないなー……。たぶんここの所属冒険者じゃないはず。……わざわざ一番年少者であるオーリを狙ったようにも見えなくもない……。そもそも、オーリの鑑定スキルのレベルなら、
なんとなく気になったシエラは、すっと自身のカウンターに休憩中の札を出して、オーリの所へと移動し、声をかけた。
「すみません、どうかされましたか?」
とりあえず、ルーから軽く伝え聞いた内容しかわからない為、まずはきちんと双方から話を聞く必要がある、と思ったシエラは、いつものようににっこりと笑って、冒険者たちに声をかけた。
「あ、シエラ姐さん……」
少し泣きそうな顔でシエラを見てくるオーリに、シエラは大丈夫、とポンポン、と肩を叩いて微笑む。
「どうしたもこうしたもねーよ! このねーちゃんが、俺らが持ち込んだ素材がたったの銅貨二十枚にしかならねーって言うから怒ってんだよ!」
カウンターに置かれている素材を見ると、そこにはキラキラとした輝きを放っている大ぶりの魔石が五個置かれていた。通常、魔石であれば、小ぶりのものでも一個で大体銅貨三十枚、カウンターに置かれているくらいの親指サイズの魔石なら、銀貨一枚(=銅貨百枚)での買取が相場だ。
「このくらいのサイズなら、銀貨一枚はくだらねー、最低でも銀貨五枚はもらえるはずだろうが!」
冒険者の言ってくる相場は、そうおかしな相場ではない。適正値だ。
だが。
「オーリ、これが銅貨二十枚になる理由を、ちゃんと伝えた?」
シエラがオーリに聞くと、オーリはすみません、とふるふると首を振った。
「お伝えしようとしたんですが、話を聞いてくれ」
「ふっざけてんじゃねーよ! なんでこれが銅貨二十枚になるってんだ! 理由なんてあるわけねーだろうが! ちゃんと鑑定もできないようなクソ受付嬢なんて、とっとと辞めさせちまえよ!」
男の言葉に、シエラはピクリ、と眉を上げた。
「……申し訳ございませんが、今、なんておっしゃいました?」
「何度でも言ってやるよ、そんなクソ受付嬢なんて……!? ひぃ!!」
シエラの顔を見て、思わず男達は悲鳴を上げた。にっこりと笑っているはずなのに、明らかに怒りのオーラを放っているシエラに、思わず男は後退った。
「……まずこの魔石、どうやって入手されましたか? 何を倒して入手されましたか?」
すっと真顔になり、じっと相手の男を見据えて、シエラが言う。
「オーリの鑑定はあなたなんか足元にも及びませんよ? なんせ、この子、こう見えても鑑定スキルのレベルはすでに五に到達してますから」
「な!?」
補助系のスキルレベルは基本、MAXが十まで。オーリの鑑定スキルは、その半分の五に到達している。これは、十六歳の少女が持つスキルとしては、かなり異例で、このスキルレベルだと、
男はシエラに告げられた事実に、思わず汗を流す。
「うちの受付嬢を舐めないでいただけますか? この魔石、そもそも、劣化がひどすぎて、含有魔素がほとんどありません。そのため、魔石としての使い道がほとんどないため、ただのクズ石同然です。ただし、サイズが大ぶりで元々が魔石だったので、その見た目から、宝石には劣りますが、アクセサリーの加工品としての需要が見込めるため、買取提示額が銅貨二十枚になっているんです。そうよね、オーリ?」
オーリに聞くと、彼女はこくんと頷いた。
「正直なところ、表面にもいくつか傷が入っているので、加工の際にはそのあたりを削る必要があり、実際に使用できる範囲としては一回り近く小さくなるので、銅貨二十枚がギリギリの買取価格になるかと……」
オーリの言葉に、男はふざけるな! と叫んだ。
「てめーら、さてはグルになって俺らを騙そうとしてやがるな!? 大体、魔石の含有魔素なんて、たかが受付嬢なんかにわかるはずが」
「わかりますが、何か? 私の鑑定スキル、レベルはMAXの十ですが?」
シエラの言葉に、男は絶句した。
「はい、これ。私のスキルボードです」
男に見えるように、ポケットに入れていたスキルボードを提示して見せる。そこには、『鑑定:Lv 十』と出ていた。