「ロイさんとミシェーラさんはB、ルカさんはCです」

シエラの答えに、ジェルマは特大のため息をついた。

「……じゃ、これ、誰が返しに行くんだよ」

ジェルマの呟きに、ロイが目を見開き、反応する。

「え? ちょ、ちょっと待ってくれよ! せっかく持ってきたのに、返しに行くってなんでだよ!」

ロイの言葉に、隣に居たルカが今度は目を見開く。

「何言ってるんですか、ロイ? これ、コッカトリスの卵だって二人が言ったじゃないですか!」

驚いて聞くルカに、ロイは怪訝そうな表情を浮かべて答える。

「だから、コッカトリスの卵だったからってなんで返す必要があるんだよ!」

ロイの言葉に、今度はシエラが目を見開いた。

「ちょ、ちょっとロイさん? コッカトリスのこと、知ってますよね?」

シエラの問いに、ロイは頷く。

「もちろん、知ってるさ! 石化魔法を使ってくる厄介なでかい鳥だろ?」

その回答に、思わずシエラは「それだけ?」と頬を引きつらせる。

「……え、魔獣講習、ちゃんと受けましたよね? コッカトリスの習性、ちゃんと教わってるはずですよね?」

「習性……?」

頭にはてなマークを飛ばしたような顔のロイに、ミシェーラがため息混じりに答えた。

「ロイ、コッカトリスは自分たちの卵を盗まれるのが何よりも一番嫌いだって、習ったでしょう?」

「だから、コッカトリスの卵に手を出してはいけない、とも習ってますよ……」

コッカトリスは凶暴な魔獣ではあるが、基本的に人が彼らの領域を侵すことをしなければ、向こうから襲ってくることは滅多にない。だが、彼らの卵を盗んだりして怒りを買うと、その怒りが収まるまで、どこまでも追いかけてきて、攻撃をし続ける。そして厄介なのは、その怒りが消えるまで、怒りの対象は、彼ら以外のすべてに向けられる、ということだ。過去にはそれで、町が一つ、消えてなくなった、とすら言われている。

「あ……」

仲間二人の言葉を聞いて、ロイはようやく、今の状況をきちんと理解した。

「ただの討伐ってだけなら、『剛腕』の方々でも対応いただけると思いますが……卵を盗まれて激高状態のコッカトリスの相手は、さすがにBランクパーティーでは手に余ります。そうなると、打てる手は限られてしまうので……」

そういって、シエラはジェルマをちらりと見る。そこには 不機嫌オーラ全開のジェルマの姿があった。

(うーわー……、超嫌そう……)

しかし、これ以外に今すぐ採れる方法が他にないから仕方がない、と、シエラは小さく息を吐くと、パンと手を叩いた。

「とりあえず、『剛腕』のメンバーは今日はもうお帰りください。ジャイアントボアの討伐の報酬は、明日、朝一でお渡しします」

シエラが言うと、困惑した表情で彼らは互いの顔を見やる。

「で、でも」

彼女の言う通りにしていいのか、そんなことでいいのかと心の中で葛藤しながらロイが口を開く。

だが。

「コッカトリスの卵の対応は一刻を争います。ここでグダグダ言い合ってる暇はないんです」

シエラはぴしゃりと言った。

「ルー、申し訳ないんだけど、ギルドの施錠をお願いしていい? ……ギルドマスタージェルマさん、逃げようとしないでください。ほら、お仕事です、行きますよ」

逃亡を図ろうとするジェルマの首根っこを捕まえて、シエラは卵も持って、裏へと引っ込んでいった。


制服から作業着に着替えたシエラは、卵が割れてしまわないように、布で厳重にくるんで体の前でしっかりと固定した。万が一にも卵が割れてしまえば、それこそ、激高状態のコッカトリスを落ち着かせる術が完全になくなってしまうからだ。

「……わかってると思うが、卵だけは絶対に、何があっても割るんじゃないぞ」

「わかってますよ。私だってまだ、死にたくないですからね……」

ブツブツと二人で文句を言いながら、ジェルマの執務室にあるゲートの前に立つ。ジェルマがゲートの設定を完了させると、ゲートが起動し、薄い青色の光が中央から広がり、ゲート一杯に広がった。

「はぁ……しかしあいつら、今年の査定、覚えとけよ」

「全くです……」

ジェルマがゲートに魔力を注ぐ。同時に、薄い青色から、白へと変化し、光があふれる。

「さて、行きますか」

「気は進まねーがな……」

「しょうがないですよ、これもお仕事ですから」

二人は項垂うなだれながら、ゲートをくぐった。


ゲートをくぐると、『剛腕の稲妻』達が討伐依頼をこなしていた、エルバランの森の中心部辺りに無事に出た。辺りはうっそうと木が生い茂っていて、月の光もところどころからしか差し込んでこず、見晴らしは少々悪い。

「さてと、んじゃ、まずは居場所を探すとするか」

ジェルマがそういって、周囲の索敵を行おうと目をつむる。

と、同時に、ドスン! と大きな音とともに、目の前に全長二メートルはあろうかという大きさの、金色に光るトサカを持った巨大な鶏モドキ、コッカトリスが現れた。

「おっと、索敵する必要もなかったか」

思ったより大物が出てきたな、と、そのコッカトリスの大きさを見て、ジェルマが乾いた笑いを漏らす。

「……言葉は通じますか?」

シエラが話しかけると、コッカトリスはちらり、と胸に抱いている卵を見て、大きく、コケー!っと鳴いた。

「あ……こりゃまずい」

ジェルマが呟くと同時に、周囲に見えるだけで、五、六体ほどのコッカトリスが姿を現した。どの個体もトサカが金色になっており、二人をぎろりと睨みつけている。

「私たちは、卵をお返しに来ました」

こういう時に、怯んではいけない。シエラは後退りしそうになるのをこらえて、最初に現れた個体に言葉が通じているかわからなかったが、とりあえず、話しかけ続けた。

「コケーココ、コケーーー!」

大きく両翼を広げてなおも威嚇してくるコッカトリス。言葉が通じていない可能性が濃厚であるとは思ったが、何とか意思疎通出来たりしないか、と、一縷いちるの望みにかけて、シエラはじっと、目の前のコッカトリスを見つめ続けた。

「……貴様、盗んだ奴らとは違うな? 巣にあった気配と異なる」

不意に、声がした。シエラでも、ジェルマでもない声が。シエラはゴクリと喉を鳴らしながら、声の主を探す。

「だが、それは確かに我の卵。ふぅむ……? だが……まさか、返しに来れば、我の気が済むとでも思ったか?」

シエラ達の目の前で威嚇していたコッカトリスがすっと下がると、後ろから、白銀色をした、明らかに、この群れの長だと思われる個体が現れた。

「申し訳ないと思っております。盗んだ者は、コッカトリスさんの卵だとは知らなかったもので。……まぁ、そんなことは言い訳にもなりませんが」

シエラが頭を下げながら言うと、白銀の個体は、ふむ、と二人を見やった。

「孵化間近の卵だというのに、本当に、申し訳ございませんでした」

そう言って、シエラはくるんでいた布から卵を取り出し、白銀の個体に卵を差し出した。白銀の個体は、その卵をそっと受け取り、卵から無事に伝わってくる脈動を感じ、小さく頷いた。

「……まぁよい、孵る前に返しにきた貴様らに免じて、今回は許してやろう。ただし、卵を盗みおった不届き者は、しばらくの間、森に入れるな。入ってきたのに気づいたときは、奴らだけではなく、貴様らにも、他の者にも容赦はせん。いいな?」

「かしこまりました。寛大なご対応に、感謝いたします」

シエラは心の中で、首の皮一枚繋がった! と、コッカトリスの温情に感謝しながら、頭を下げた。

そんなシエラの隣に立っているジェルマの方を、白銀色の個体はチラリと見た。今一つ表情からは何を考えているのかは読み取れなかったが、明らかにこちらが危害を加えようものなら応戦する構えでいるジェルマのその様子から、かなりの手練れであることが見て取れた彼は、本当はこんなに甘い判断を下す予定ではなかったが、目の前の少女シエラだけならまだしも、この男を相手にするのは、いつ産まれるかわからない卵のことを考えると、得策ではない、と思い、卵を無事に持ち帰ることを優先させたのだった。

「……この度は、本当に申し訳ございませんでした」

コッカトリス達に、深々と二人は頭を下げた。

そっと顔を上げると、コッカトリスの集団はいなくなっており、シエラ達は、何とか収まったのだと、安堵の息をついた。


何とか無事、卵を返し終えた二人は、再びゲートを通ってジェルマの執務室に戻ってきた。

「あぁ……今日ももうこんな時間……」

壁の時計を見ると、時刻はもうすぐ二十三時になろうとしていた。

「また、こんな時間……もう、いつになったら定時に上がれるのよ……」

はぁ、とため息をつきながら、シエラはジェルマに、お先に上がります、と頭を下げて彼の執務室を出た。

「あ、シエラ、無事だったのね!」

このまま作業着で帰ってしまおうかと悩みながら階段を下りていると、一階の待合用においてある長椅子に座っていたルーが声をかけてきた。

「あれ? ルー、帰ってなかったの?」

こんな遅い時間なのに、待っててくれたのかと、少し、目頭が熱くなる。

「遅くなりそうだと思ってたから。はいこれ、隣の食堂でおにぎり握っておいてもらったから、良かったら食べなよ」

「わーん! ありがとう! もう、晩御飯は諦めるしかないと思ってたよ……」

現在シエラはギルド職員の宿舎に住んでいるので、食事はそこでとることができるのだが、食事の提供時間は決まっていて、夜は二十二時までとなっており、帰っても食べるものがない状況だった。また、ルーが買ってくれていた、ギルドの隣の食堂のお持ち帰りも、基本、夜の二十二時までの提供となっている。

「無事に帰ってこれたってことは」

「うん、話が通じる相手で、ほんとよかったよ」

はぁ、とシエラはため息をつきながら、コッカトリスたちとのやり取りを、簡単にルーに伝えた。

「それにしても、ほんと、持ち込まれたのがここのギルドでよかったわ」

自分の席に戻り、おにぎりを食べながら書類をまとめるシエラに、ルーが言う。

「だって、これがもし北の第四ギルドだったら……」

「あー……最悪、コッカトリスとの全面戦争もあり得たね……」

二人は第四ギルドの職員や、そこのギルドマスターを思い浮かべて苦笑いする。

「まぁとにかく、お疲れ様。明日も早いんだし、細かい書類は明日にしてもう帰ろうよ。ぶっちゃけ、今作っても、提出は明日の朝でしょ?」

ルーに言われて、シエラはそうだね、と手を止めて頷いた。

「あーぁ……結局今日も定時に上がれなかった」

「まだ言ってんの??

驚いた、と目を丸くするルーに、シエラは頬を膨らませた。

「私は、仕事大好き人間じゃないのよ! 定時に上がって、のんびり街を散策しながら帰って、ゆっくりと夕食を堪能した後、たっぷりお風呂を堪能して、すこーしだらだらしたら、しっかりと眠りたいの! もう、いつになったらその夢は叶うのよー!!

シエラの叫び声に、ルーはいつものシエラね、と、苦笑していた。