今日も安定の残業です

ギルド。

それは、冒険者と呼ばれる職業の者達が、仕事を探しにくる場所であり、その冒険者達に仕事を依頼する者たちが集まる場所である。

受付嬢。

それは、ギルドにやってくる冒険者達に、依頼人達の仕事を斡旋あっせんしたり、仕事の結果報告を聞いたり、仕事の報酬を渡したりする、ギルド職員の女性を指す。

「ま、また上がれなかった……」

王都から最も離れた場所に、モルトと呼ばれる街がある。この街にはギルドが四つ存在し、東西南北それぞれの区画に一つずつ置かれている。その中の一つ、街の東にあるモルト第一ギルドで、一人の受付嬢がカウンターに突っ伏して嘆いていた。

「ホント……毎日飽きないわね」

隣にいた綺麗な金髪ロングヘアの受付嬢が、ため息混じりに隣の少女に言った。

「ルー、飽きるとか、そういう事じゃないっていつも言ってるでしょ? ていうか、残業したくないって、みんな普通思うでしょう?」

顔を上げて少女が言うと、ルーはまた、呆れたような表情を浮かべた。

「……シエラ。あんた、なんでこんなとこの受付嬢なんてしてるのよ」

「んなもん、こっちが知りたいわ」

心底不思議そうな顔でシエラを見るルーに、彼女は絶望したように顔を手で覆いながら、小さく呟いた。

至ってごく普通の、小さな村のとある夫婦のもとに、シエラは長女として誕生した。ごく普通の村人である両親のもとで、特にこれといった問題も不自由もなく、すくすくと育っていった彼女は、小さな村の学校を卒業したところで、働き口として紹介された、村から少し離れた町にある、小さなギルドで受付嬢となった。

元々、町自体がそこまで大きいわけでもなく、また、近隣に迷宮ダンジョン等があるわけではないので、町のギルドでの仕事がもちろん毎日ありはするものの、忙しなく日々を送らなくてはならない、なんてことは全くなくて、あの頃のシエラは、このままゆったりと仕事をしながら、ほどほどのお給料をもらって、のんびりと暮らしていけるものだと、そう、思っていた。

だが。

ある日、モルトの各ギルドの職員があまりにも不足している、という理由で、国中の中規模以下のギルドから、職員が集められることが、ギルドを総括している、中央ギルドで決まった。

そして、不運にも、モルトのいずれかのギルドへの異動者として、シエラは選ばれてしまった。

理由は単純明快。

彼女が一番下っ端で、(もちろん)独り身で。転勤を伴っても何ら問題がない。そんな人物は、彼女が所属していたギルドとその近隣のギルドを含めて探してみても、シエラしかいなかったからだ。

「私は、生活できるだけの稼ぎさえあればよかったのに! 残業なんてしたくないのに!」

ダンダン! と机を叩くシエラ。

「あのー……」

そんな彼女に遠慮がちに声をかける存在がいた。慌ててガバッと顔を上げると、そこにはうさ耳をへにゃっと垂らした少女が立っていた。

「スミレちゃん、お帰りなさい。薬草、見つけられた?」

「お、遅くなってごめんなさい……」

シュンとなるスミレに、シエラは慌てて、違う違う! と首を振った。

「スミレちゃんは全然遅くないよ! だってまだ十八時だもの。ちゃんと暗くなる前に、戻ってきてくれるし、なんの問題もないよ!」

若干、手遅れ感が否めないながらも、スマイルをばっちりと張り付けてシエラが言う。

「みんな、スミレちゃんみたいに遅くなる前に戻ってきてくれたらいいのに……」

小さくため息をつきながら、カウンター越しにスミレの頭をなでる。スミレは小さく、少し、照れくさそうに笑った。

「あ、これ。今日採ってきた薬草です」

スミレはおずおずとカバンから三種類の薬草の束を取り出し、カウンターへ置いた。

「それじゃ確認するね」

そう言うと、シエラはそれぞれの束を鑑定していく。どれも丁寧に採取されているので品質も問題は無く、他の薬草が混ざってしまっているということもなかった。

「……はい、問題ありません! 薬草、スズナ草、セリナズ草、それぞれ五束ずつ確認しました。依頼達成です」

シエラは引き出しから袋を取り出し、カウンターに置くと、中からお金を取り出して並べていく。

「薬草五束分で銅貨五枚、スズナ草五束分で銅貨十枚、セリナズ草五束分で銅貨二十五枚、合計で銅貨四十枚です。確認したら、ここに受け取りのサインをしてくれるかな?」

シエラの言葉に、スミレはこくりと頷き、小さな手で銅貨を数えていく。枚数に間違いが無いことを確認し、手渡されたペンで署名をした。

「はい、これで今回の依頼は完了です! また、依頼受けにきてね?」

ニコッとシエラが笑うと、スミレも小さく微笑んだ。


スミレを見送った後、事後の事務処理を行いながら、シエラはちらりと壁に掛けられた時計に目をやった。

「……今日はいつも以上に遅いなぁ」

はぁ、とため息をつきながら、机に常備してあるヒマルの種をポリポリと食べる。時刻はもうすぐ二十一時になろうとしていた。

「依頼の期日が今日までだから、今日には戻ってくるはずだし」

うーん、とシエラが唸っていると、バン! と大きな音をたてて、ギルドの入り口のドアが開いた。

「ごめーん、シエラちゃん! 遅くなったぜ!」

入ってきたのは、シエラが待っていた、冒険者パーティーの三人組だった。おせぇ、とぼそりと呟くシエラだったが、顔にはいつもと変わらないスマイルが張り付けられていた。

「いやー、今回は大物だったから大変だったぜ!」

「大物だから大変だったのもあるけど、そもそもアンタが道を間違えたせいで時間食ったんでしょうが!」

「まぁ、ロイを先行させてしまった僕たちも悪いですよ、ミシェーラ……」

「なんだよ、ルカまで。いいじゃねーか、おかげで獲物もちゃんと見つけたし、他にだって……」

「はいはい、わかったわよ! とにかく、シエラちゃんがこわーい顔してるから、早く報告済ませてきてよ!」

ギャーギャーと騒いでいる三人をジト目で見ているのに気づいたミシェーラが、ロイに促す。

「おぉっとごめんな! ついでに獲物の買取もお願いしたいんだが」

ロイの言葉に、シエラは一瞬、顔が引きつった。内心、この時間に買取ですって!? と残業延長確定に心の中で号泣するも、平静を装い、ではこちらに、と、買取カウンターへと促した。

「今日の依頼はジャイアントボアの群れの討伐だったかと思いますが、もしかして……」

ここで大量のジャイアントボアの買取査定が発生したら、今日中に帰れないのでは? と嫌な予感を覚えつつ、シエラが恐る恐る聞く。

「あ、ジャイアントボアに関しては数が多すぎて持ち帰れなかったからな、回収は別で手配してある。たぶん、後で持ち込まれると思うけど……これ、証明部位の牙な」

そういって、カウンターに牙が二十本、どさっと置かれた。

「二十頭もいたんですか。……ちょっと想定以上に多いですね」

眉をひそめるシエラに、ロイが、数が多くて面倒だった、とけらけらと笑う。

「今お願いしたい買取はそっちじゃなくて……こいつだ!」

カウンターにドン、と出したのは大人の男性の顔くらいのサイズの鮮やかな色をした卵だった。

「ま、まさか……」

その卵の色を見て、嫌な予感を覚えたシエラはすぐさまその卵を自身のスキルで鑑定する。そして、その結果に、思いきり顔が引きつった。

「おう、ビッグ・ドードーの巣を偶然見つけてな! 持って帰ってきた!」

「あほーーーー!!

シエラの大声がギルド内にこだまする。

「ちょ、ちょっとシエラ、何ごと!?

ちょうど帰り支度を済ませたところだったルーが、その声を聞いて、慌てて裏から出てきた。

「ルー! まだジェルマさん、執務室にいたよね!? 今すぐに呼んできて! 早く!」

顔面蒼白になりながら叫ぶシエラに、ただ事ではないと悟ったルーは、慌ててわかった! と答えて走り去る。

「え? どうしたの、シエラちゃん」

一体何事? と不思議そうな表情を浮かべているロイ。

「どうしたもこうしたもないですよ! なんてもの採ってきてるんですかぁ!」

キッとロイを睨みつけるシエラに、ミシェーラが首を傾げた。

「……一体、どうしたの?」

何もわかっていない三人に、シエラは泣きそうになりながら答えた。

「この卵は、ビッグ・ドードーの卵じゃありません! コッカトリスの卵です! 色は似ていますが、ここにある大きな波模様はビッグ・ドードーの卵には無く、コッカトリスの卵の特徴の一つなんですよぉぉ!」

シエラは卵の中心辺りで上下の色の違いでできている波模様を指しながら叫んだ。その内容に、ミシェーラとルカの顔から、一気に血の気が引いていく。

「シエラ、ジェルマさん呼んできたよ!」

「なんだなんだ、一体。騒々しいな、こんな時間に」

二階から降りてきた二人に、シエラは卵を見せた。ルーは首を傾げただけだったが、ギルドマスターであるジェルマは、その卵を見て眉をピクリと動かした。

「おい、なんでそんなもんがここにある」

ジェルマに言われて、シエラは『剛腕の稲妻』の三人が持ち込んだものだ、と説明をした。

「よりにもよって、コッカトリスかよ……。おい、待て。確かこいつらのランクは……」