「──ヤッバ、今月お金使い過ぎちゃった♪」
もうお財布の中がすっからぴえん!
てへっ、かわちいラキちゃんってば豪遊し過ぎちゃったぞ♥
……と、ウチは自分の頭をコツンと叩く。
でもしゃーなしだよね!
ブランド物の服とかバッグとか、欲しい物なんて無限にあるんだもん!
むしろ売ってる方が悪いってゆーか?
それにウチはお金使って経済回してるワケだし?
〝よく経済回しましたで賞〟とか授与されて、金貨五千兆枚くらい貰ってもいいのでは?
それでも~っとお金使いまくれば、ラキちゃん永久機関の完成やで~♣
……。
…………。
………………ヤバい、自分で言ってて悲しくなってきた。
いやでも、ホントにちょっとピンチかも。
これじゃレティシアちゃんたちとのお茶にも付き合えないってゆーか。
誰かに借りる……? う~ん、ヤダなぁ。
お金は借りるモノじゃなく貢がせるモノってのは、アザレア家の教えでもあるし。
アザレア家からの仕送りもしばらく先、と……。
……しゃーない、久々に立つかぁ。
ウチは「ハァ♠」とため息を漏らし、城下町の中を歩く。
丁度良く空も薄暗くなり始めており、少し裏路地へ目をやれば、ウチと同業の女たちがひっそりと佇み始めてる。
薄着で肌や胸元を晒しながら煙草を吹かすその姿は、まさしく〝娼婦〟。
高級娼館の娘と街娼という違いはあれど、基本的には同じ世界の人間だ。
みーんなケバい化粧して、バカみたいにおっぱい出してさ。
そう……ウチとおんなじ。
──ウチは比較的開けた路地に入り、適当な街灯の下に立つ。
周囲には、ウチ以外にも何人もの娼婦の姿が。
この辺は城下町の中でも割と有名な風俗街。一応ちゃんとした元締めがいるし、そいつらはアザレア家とも繋がりがある。
もしトラブっても、まあなんとかなるっしょ。
でもアザレア家からは基本的に街娼はやるなって言われてるし、適当な男見繕ってとっとと宿に入ろ。
そう思っていると──
「おぉ? 姉ちゃん、見ねぇ顔だなぁ。ヒック……」
さっそく、一人の男に声を掛けられる。
いい歳した中年の酔っ払いおっさんで、オマケにちょっとハゲてる。
見た目もなんか不潔で、ぶっちゃけお金持ってなさそう。
「いいねぇ、俺好みの顔だぁ。今日はお前さんにするぜ、ヒック……」
げっ、マジか……。
キモいのに目ぇ付けられちゃった……。
ヤダなぁ、お金がどうとかいう以前に生理的に無理。
別に顔だけなら百歩譲って我慢もできるけど、安い男は女の価値を下げるとウチ思ってるし。
適当に追っ払っちゃお。
「あ~、無理無理♠ ウチ安くないから、余所当たってくれる?♣」
「へぇ、幾らだ? 常連になってやるから、少しマケろよ」
「どっか行けって言ってんじゃん♦ アンタとは寝ないっつってんの!」
「……あぁ? なんだぁ、客に向かってその態度は!?」
逆にキレ初めてくるおっさん。
もぉ~、なんで面倒くさいことになっちゃうかなぁ……。
ウチってば運なさ過ぎ……。
「このクソ女! 娼婦風情が調子に乗ってっと──ッ!」
酔っぱらって気が大きくなっているのか、グワッと腕を振りかざしてくるおっさん。
でも、その腕はウチを殴る前に──背後から、誰かにガシッと掴まれた。
「ウッ……!?」
「──やめたまえ」
おっさんの手首の辺りを片手で掴み、微動だにしない腕力の持ち主。
ウチは──その人物に、見覚えがあった。
「あ……あれ……? アンタってば、ヨシュア……!?」
「久しぶりだな、ラキ・アザレア。こんな所でなにをしている」
ウチの前に現れたのは──なんと、Cクラス〝王〟のヨシュア・リュドアンだった。
そう、ウチと同じ王立学園に通う一年であり、レティシアちゃんの夫の座を賭けてアルくんと戦った、あのヨシュアである。
「な、なんだぁ、テメェ……!?」
「酔って女性に手を上げるなど、下衆のすることだ。捨て置けない」
ミシッ、とおっさんの手首から鈍い音が鳴る。
今にも握り潰しそうな勢いだ。
「いっ、痛だだだだだだだだだだだだだッ!?」
「去れ。二度と彼女の前に姿を現すな」
ヨシュアがパッと手を放してやると、おっさんは逃げるようにその場を後にする。
続けてヨシュアはウチの手を握って──
「行くぞ。ここから離れるんだ」
「あ、あの……!? ちょっと……!?♣」
グイッと引っ張り、ほとんど無理矢理ウチを路地から連れ出した。
▲ ▲ ▲
「──落ち着いたかい?」
ヨシュアが、その辺のお店で飲み物を買ってきてくれる。
なんというか、こういう所は本当にキザな男だよね。
「……どーも♦」
飲み物を受け取り、ストロー越しにちゅ~と啜る。
……甘い。
砂糖マシマシのミルクティーだ、コレ。
「それで、キミはなんであんな場所にいたんだ?」
「そりゃこっちの台詞なんですけど♠ アンタがあーいう場所に来るなんて、なんか意外♣」
「僕はキミの後ろ姿を見かけて、急いで追い駆けただけだ。あの辺は治安もあまりよくないと聞くからね」
知ってるっつーの。
娼館の娘を舐めんなし。
いやでも、あの辺の客ならそんなヤバい奴はいないかな~っては思ったんだけどなぁ……。
ウチの見積もりが甘かったか……。
ヨシュアは買ってきた飲み物を一口飲み、
「……僕の質問に、答えてもらえるかな?」
「見りゃわかるでしょ~♦ お金よ、お金稼ごうとしてたの。手っ取り早く身体売ってね♠」
「! どうしてそんな──」
「アンタは知らないかもだけどね、ウチは高級娼館の養女なの♠ アザレア家の女にとって、身体を売ってお金を稼ぐなんて当たり前……。侯爵家のお坊ちゃんには想像つかないかもだけど♣」
「……」
「なによ、その目は。アンタも、娼婦なんて下等な生き物だとでも思ってるワケ?」
気に入らない……。アタシたち娼婦を見る、男共のこの目が。
でも、もう慣れちゃった。
どうせ自慢できるような職業じゃないのは事実だしさ。
それに──ウチが一端の〝悪女〟であるのも事実だしね。
「あ、そーだ! なんなら、アンタがウチを買ってくれる?♥ さっき助けてくれたお礼に、ちょっとはサービスしても──」
なーんて、流石に冗談だけど。
ウチ、コイツのこと嫌いだし。
アルくんとレティシアちゃんの関係を──ウチの友達を否定した奴だから。
こんな奴に抱かれるなんて、絶対に嫌。
どうせコイツなんて童貞に決まってるし、ちょっとからかえば顔真っ赤にして逃げ出すに決まって──
──そう思った、矢先。
「…………キミは、強いんだな」
ヨシュアは──突然、そんなことを言った。
「え──?」
「家に頼らず、友人にも頼らず、困ったら自分の身体一つでなんとかしようとする……。僕のような家に守られて生きてきた人間には、とても想像できないことだ」
どこか自虐混じりに笑って語るヨシュア。
彼は続けて、
「正直に言うが、僕は娼婦という職業をよく知らない。これまで関心を持ったことがないからね。だが少なくとも、ラキ・アザレアという女性は気高く、そして逞しく生きているということだけは理解できた」
「な……なによ……なにを知った風な口を……!」
「キミがキミ自身をどう思っているのか知らないが──僕はキミを魅力的な女性だと思う」
ヨシュアはそう言うと、ポケットからなにかを取り出し──それをウチの方へポイッと投げる。
ウチが慌ててキャッチすると、それは財布だった。しかも中身がパンパンの。
「オードラン男爵の時といい、キミには色々なことを教えられてばかりだからな。授業料だと思って、取っておくといい」
「え……いや、その……」
「キミは安い女じゃないんだろう? なら、それくらいの価値があって然るべきだ」
困惑してキョトンとしてしまうウチを余所に、ヨシュアは場を立ち去ろうとする。
だがふと立ち止まって──
「ああ、それから最後に一つ」
クルリと振り向き、なんとも爽やかな微笑を浮かべて見せた。
「キミは僕のことを嫌いかもしれないが、僕はキミが嫌いではない。キミと一緒にいると、様々な学びがある。
そう言い残し──ヨシュアは、今度こそ去っていった。
ウチは、その場に一人残される。
「…………キ、キザな奴……っ!♠」
……ウチ、やっぱアイツ嫌い!