《レティシア・
「レティシア夫人は──どうしてそんなに、肌がお綺麗なんですか!?」
それは、ある日のお昼休みのこと。
私とシャノアは学園中庭のテーブル席に座り、一緒に優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいたのだけれど……シャノアは突然、そんなことを私に尋ねてくる。
「ど、どうしてって……」
「羨ましいです! 眩しいです! 私も、レティシア夫人くらい肌が綺麗でピチピチになりたいですぅ!」
テーブルに突っ伏し、遂にはワァワァと泣き出すシャノア。
……そんな彼女に事情を聞いたところ、今朝お化粧の準備をしようと洗面台の鏡の前に立ち、鏡に映る自分の姿を見てハッとしたのだとか。
なんでも、「レティシア夫人の肌と比べて、全然綺麗じゃないし艶々でもない」と衝撃を受けたらしい。
……シャノアのお肌も、十分過ぎるくらい綺麗だと思うのだけれど……。
「秘訣を! 秘訣を教えてください! レティシア夫人くらい肌が綺麗になる、美容の秘訣を!」
「美容の秘訣……と言われても、特別なことはしていなくてよ? 普段気を付けていることと言えば、睡眠不足になるような不規則な生活を送らないとか、バランスの悪い食生活を送らないとか、所謂お肌に悪いと言われていることをしない──くらいかしらね」
「うっ……そ、それじゃあお化粧は!? メイクはどうされてるんです!?」
涙目になって教えを乞うてくるシャノア。
そんなお話をしていると──ラキとカーラが私たちの傍を通りがかる。
「お♪ なになに、男を惑わすメイクの話?♠」
「レティシアちゃんのお化粧事情……小説のネタになりそう……」
興味津々といった様子で、自然と会話に交ざってくる二人。
私は「う~ん……」と返事に詰まり、
「お化粧ねぇ……。化粧水に美容液と乳液、それと
「ほぇ~、じゃあナチュラルメイクなんだ♣ やっぱレティシアちゃんってば、地顔から美人さんだよにぇ♦」
「なるほど、なるほど……レティシアちゃんはナチュラルメイク……」
サラサラとメモ帳に書き記すカーラ。
……たまに思うのだけれど、私やアルバンの一挙手一投足を見てメモを取ろうとする彼女の癖はどうにかならないものかしら……。
カーラの前で迂闊な個人情報って喋れないのよね……小説のネタにされてしまうから……。
一応、彼女の小説はプライバシーに配慮した書き方にはなっているし、内容がセンシティブな時は私たちに
でも今の私の発言で、小説のヒロインのメイク事情が決まったのは間違いないわね。
私のお化粧事情を聞いたシャノアはがっくりと肩を落とし、
「うぅ……信じられません……私とほとんど変わらないのに、ずっとお綺麗だなんてぇ……」
「そんなに落ち込まないでシャノア、あなたは自分で言うほど──あ、そうだわ」
ふと、私は思い付く。
「それじゃあ、次のお休みにお化粧品を見に行かない?」
「お化粧品……ですか?」
「そう、お互いにオススメのモノを紹介し合うの。そうすれば私がどんなお化粧品を使っているのかわかるし、私もシャノアのオススメを知ることができるでしょう?」
「そ──それですッ!」
バンッと机を叩き、颯爽と立ち上がるシャノア。
「レティシア夫人愛用のお化粧品を使えば、私も少しは艶々お肌に近付けるかも……!? どうして思い付かなかったんでしょう……!?」
「え、えっと、シャノア……?」
「今週末、必ず見に行きましょう! 絶対に見に行きましょう!」
シャノアは両目をキラキラと輝かせ、私の手をガシッと握ってくる。
「にしし♦ な~んか面白そう♥ ウチも一緒に行っていいよね♪」
「レティシアちゃんオススメのお化粧品……これも絶対ネタになる……」
……どうやらラキとカーラの二人も付いてくるらしい。
これは、週末のお休みが一日潰れてしまいそうね……。
ふぅ……しっかりアルバンのご機嫌取りもしておかなくちゃ。
▲ ▲ ▲
「それじゃあ行ってくるわね、アルバン」
「ん……行ってらっしゃい……」
個別棟の玄関で、アルバンが見送りしてくれる。
なんだか不貞腐れたような顔をして。
「ほーら、そんな顔しないの。できるだけ早く帰ってくるから、夜は二人で過ごしましょうって言ったじゃない」
「わかってるよ。わかってるけど、俺はレティシアと二人で週末を過ごしたかったんだい」
まるで子供みたいにいじけて、ツーンとそっぽを向く我が夫。
けれど、すぐに気を持ち直したように小さくため息を吐いた彼は──私の頬にチュッと口付けした。
「……行ってらっしゃいのキスだ。早く帰ってくるんだぞ?」
「フフ、ありがとう。行ってきます」
──週末。
私はシャノア、ラキ、カーラの三人と合流し、城下町へと向かった。
そして約束通り、さっそく
ちなみに、ここは私の行きつけのお店だ。
「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます、レティシア・オードラン様」
「ええ、今日も色々見させていただくわ」
もはや顔馴染みとなった女性の店員と短い会話をして、私たちはお店の中を進んでいく。
シャノアは興奮気味に辺りをキョロキョロと見回し、
「そ、それでそれで!? レティシア夫人のオススメはどれなんですか!?」
「落ち着いてシャノア。一つずつ紹介してあげるから」
私はシャノアを落ち着かせ、棚に置いてある小瓶を手に取る。
「まずは化粧水ね。これはアルコールと一緒にローズマリーを蒸留したモノで、アルバンの好きな香りなの」
「な、なるほど……!」
「それから美容液と乳液はお肌をしっかり保湿して、尚且つあまりベタつかないモノにしているわ。ベタベタするのはアルバンが好きじゃないから」
「ふむ……ふむ……?」
「
「あ……あの……ちょっと待ってください……?」
私が説明していると、シャノアが怪訝そうな顔で言葉を遮ってくる。
「レティシア夫人が使っている化粧品って……つまりオードラン男爵の好みで選んでる……ってことですか……!?」
「え? あ~……まあ、そうなる、かしらね……?」
──言われてみて、私もようやく自覚する。
確かに、私は無意識の内に〝アルバンが喜んでくれるか否か〟を判断基準に化粧品を選んでいたかもしれない。
元々、あまり化粧品にこだわりはない方だったから……。
それにアルバンは、好き・嫌いが割とハッキリ顔に出るのよね……。
だからつい、一番身近な彼の反応を見て決めていたかもしれないわ……。
そんな私の返答を聞いたシャノアは──ガクッと床に膝を突く。
「そ……それじゃ意味ないじゃないですかぁ~! オードラン男爵の好みになったって、仕方ないですよぉ~!」
ふぇーん! と涙目になって叫ぶシャノア。
一方、カーラは両目をカッと見開いて素早くメモを取る。
「こ、これは重大情報……! 捗る……捗るぅぅうッ……!」
「カァー!」
彼女の肩に乗るダークネスアサシン丸も、どこか興奮気味。
……また小説のヒロインの設定が更新されてしまったみたいね……。
「ほ~ほ~♠ にゃるほど、アルくんってそういう趣味なんだ♥」
「言っておきますけれど、あなたは真似しないで頂戴ね、ラキ」
「しないしない♣ ウチはもっと濃い目のメイクの方が似合うしさ♠」
そう言って「ニャハハ」と笑うラキ。
確かに、彼女と私のメイクは全然違う。
ラキはFクラス女子メンバーの中で一番お洒落でメイクにも気を遣っているが、それ故に化粧は基本的に濃い目。
ただ
実際、世の男性の多くはラキのようなメイクを好むのではないだろうか。
……アルバンは、逆に嫌いでしょうけれど。
ラキは「それにしてもさ~」と言葉を続け、
「シャノアちゃんは、もっと自分の素材を生かす感じでメイクした方がいいかもにぇ♦」
「そ、素材を生かす、ですか……?」
「うんうん♪ 無理に他人に合わせようとしないでさ♣ 例えばエステルっちみたいな感じに、無理に着飾らない~みたいな♦」
「ああ~、確かにエステルさんはご自身の素材を生かされてますね! あのお顔立ち、普段メイクをどうしているのか、とって……も……」
──シャノアの言葉が、途切れる。
「「「「…………」」」」
この時、私たち全員「そういえば」と全く同じことを考えた。
──そういえば──あのエステルのメイクは、一体どうなっているのだろう──と。
▲ ▲ ▲
「私のメイク、ですの?」
──後日、私たち四人は教室でエステルに尋ねてみた。
普段のお化粧はどうしているのか──と。
ラキはまじまじと彼女の顔を見て、
「そ、そうそう★ エステルっちってば、化粧っ気がない割りにはバチバチに顔立ちが整ってるじゃん?♣ だからどうしてるのかな~って……♠」
「フフン、まあ筋肉と美は切っても切れない関係! 常にバチバチに仕上がった私が美しく見えるのも、トーゼンですわね!」
鼻高々に「私ってば罪な女ですわ!」と胸を張るエステル。
……実際、彼女の顔立ちはとても整って見えるのよね。
肌も艶々で血色もよく見えるし、目はパッチリしているし、まつ毛は綺麗に伸びているし、唇のピンク色なんて高級な口紅を使っているとしか思えない。
ただ彼女は普段の言動が言動だから……あまりそういう方面には関心がないものとばかり……。
だから私たちも、気にしたことってなかったのよね……。
「そ、それでエステルさん……そのお化粧って、どうやっているんですか……?」
シャノアが尋ねる。
その質問を受けたエステルは──
「気になるならお答えして差し上げますわ! ズバリ──〝顔を洗う〟ですのッ!」
オーッホッホッホ! とポーズを決め、高らかに答えた。
その答えを聞いた私たちは──目が点になる。
「か……顔を……洗う……?」
「おっと、ごめんあそばせ? 正確には〝汗をかく〟〝顔を洗う〟ですわね! 華麗に筋トレをしてお煌びやかな汗を流し、それをキンキンに冷えたお氷水で洗い流す……。これだけでお肌も筋肉もバキッと引き締まり、お化粧完了ですわ!」
「「「「…………」」」」
唖然とする私たち四人。
そして恐る恐る、ラキがエステルの顔に手を伸ばす。
「エ、エステルっち……ちょっとごめんね……?」
ペタペタ、ペタペタ
エステルの顔を隅々まで触るラキ。
直後──ラキは真っ青になり、ガタガタと口元を震わせ始めた。
「…………し……してない……本当に……一切、メイクしてない……ッ!」
一切──メイクをしていない──
それはつまり、彼女は今〝すっぴん〟だということ。
〝すっぴん〟であるにもかかわらず、お肌は艶々で、目はパッチリで、まつ毛も綺麗で、唇なんて高級な口紅を使っているようにしか見えない。
エステルは──一切お化粧をしなくても、この美しさであるということなのだ。
「「「「────」」」」
私たち四人は、その場に崩れ落ちる。
一人の女として、なんだか完全に負けてしまったような気がして……。
──この後、私たち四人は真剣に筋トレを始めようかと、密かに話し合い始めたのだった。