第三王女
「ここが貴殿の収容所だ。入れ」
ホラントたちに連れられ、王都の外れにある監獄までやってきた俺。
監獄は軽犯罪を犯した者から重犯罪を犯した者まで様々な犯罪者が拘留されており、無数の牢屋がひしめき合っている。
基本的にはプライベートなど皆無で、壁と鉄格子で区切られただけの場所がほとんど。
だが俺はそういう犯罪者たちが押し込められた場所とは別区画にある、特に厳重な鉄格子が備えられた個室牢屋まで案内された。
……雰囲気からして、特に罪の重い者──所謂〝政治犯〟を収容しておく類の場所だろう。
牢屋全体には魔法を封印するための魔法陣が描かれており、外と繋がる小窓などは皆無で完全に外界と遮断されている。
絶対に逃がさないぞ、っていう固い意思を感じるよ。
まあぶっちゃけ、プライベートが守られるから俺としてはありがたいけど。
──手枷を付けられたままの俺が牢屋の中へ入ると、ガチャリと鍵が閉められる。
「裁判の日程は追って報せる。それまで大人しくしていることだ」
「へいへい。ところでこの手枷、外してくれねーの?」
「ダメだ。貴殿の両腕が自由になっただけで、看守が何人犠牲になるかわからんからな」
そんなー、俺別に暴れないよ?
レティシアに「待ってて」って言われたし。
だからそう警戒しないでほしいなぁ。
……それに、やろうとさえ思えば手枷を付けられたままこの鉄格子をぶっ壊して、看守を皆殺しにするくらいできると思うしさ。
でもやらないけど。
面倒くさいし、レティシアに怒られるから。
「ま、別にいいや。俺はその裁判とやらが始まるまで、ぐーたらしてていいんだな?」
「あ、ああ。それはそうだが……」
「じゃ、飯の時間になったら起こしてくれ」
俺はなんとも質素なベッドの上に身体を放り投げ、ごろんと横になる。
ん~、やっぱ寝心地はイマイチ。
でも久しぶりに怠惰に過ごせそうだし、いっか。
「……」
ホラントはそんな俺をなんとも複雑そうな表情で見つめ、
「貴殿……少しは恐怖や緊張といったモノを感じないのか?」
「ん~?」
「この特別牢は特に重い罪を犯した囚人を収容しておく場所で、ここに入った者は例外なく死罪となっている。貴殿もそうなるかもしれんのだぞ」
「ならないよ」
即座に、俺はそう答えてやる。
「レティシアが言ってただろ? 〝あなたの無実を証明して、救い出してみせる〟って。だったら俺はそれを信じて、待つだけだ」
「……仲間や身内を信じたまま刑に処されていった者たちを、これまで何度か見てきた。しかし一人の例外もなく、最期は同じだったが」
「じゃあ、俺が最初の例外だな」
俺はニヤッという不敵な笑みをホラントへ向け、
「なんたって俺とレティシアは──〝悪と悪との最凶夫婦〟だからな」
そう言ってやった。
あのレティシアが「信じて」って言ったんだ。
だったら俺は彼女を信じる。
信じて、待つ。
それだけだ。
「…………そうか」
ホラントはクルリと踵を返し、
「まったく、〝あの先輩にしてこの教え子あり〟だな……」
「あ? なんだって?」
「なんでもない。では、その〝例外〟が真実になるか見定めさせてもらうとしよう」
そう言って、部下と共に鉄格子の前から去っていく。
ったく、〝王家特別親衛隊〟だかなんだか知らんが格好つけやがって。
さっさと失せろ失せろー。
などと内心で思いつつ、ベッドの上で脱力して昼寝の体勢に入ろうとした──その時。
コツ、コツ──という、石畳の床を蹴る甲高い音が聞こえた。
それは明らかに、女性モノのハイヒールの足音。
そんな音が耳に入ってくると同時に、ホラントとその部下たちがビタッと立ち止まる。
まるで、とても驚いたかのように。
「エ……エルザ・ヴァルランド第三王女!? どうしてここに……!?」
「控えなさい、騎士ホラント。頭が高いのではなくって?」
「は……も、申し訳ありません! これはご無礼を……!」
バッと床に片膝を突き、頭を下げるホラントたち〝王家特別親衛隊〟。
それにより──俺のいる場所からも、その高貴な女性の姿が見えるようになった。
──艶のある長い黒髪。
肌は真珠のように白く、瞳は飲み込まれそうなほど黒い。
その佇まいは気品に溢れ、素性を全く知らぬ者が見ても一目で貴い人物だということがわかるだろう。
美しい──と、彼女を見れば誰もが思うはずだ。
貴いお方にして、絶世の美女である、と。
彼女にお仕えできるなら、自分の一生を投げ出してもなにも惜しくない──そう思う輩もいるかもしれない。
それほどの美女なのだ。
だが……俺は彼女を見て、少しも魅力的だとは思わなかった。
俺が抱いた感情は──〝嫌悪と殺意〟。
一瞬でわかった。
コイツが──コイツこそが、これまでレティシアを付け狙ってきた諸悪の根源であると。
「……」
彼女はその真っ黒な瞳で、じっと俺の方を見つめてくる。
「あの男と話がしたいの。あなたたちも看守も、全員席を外しなさい」
「は……? い、いやしかし、彼は危険人物で──!」
「席を外せと言ったのが聞こえなかったかしら?」
「っ…………承知、いたしました……」
かなり冷たい口調で命令され、致し方なく牢屋の傍から離れていく看守と〝王家特別親衛隊〟の面々。
そして、場には俺とエルザ第三王女だけが残された。
「「……」」
鉄格子を挟み、無言で見つめ合う俺たち。
いや、睨み合うって言い方の方が正しいか。
だって俺も向こうも、瞳に〝殺意〟が宿っているから。
「……こうして直接会うのは初めてね、アルバン・オードラン」
「ああそうだな。お会いできて全く光栄じゃないね、第三王女サマよ」
「言葉を慎みなさい下郎。誰に対して口を利いていると思っているの?」
「誰? 誰ってそりゃ──レティシアの敵に対してだよ」
こうして話していても、心底胸糞が悪い。
俺にとっては因縁の相手が、鉄格子の向こうから見下すような目を向けてくるのだから。
もしレティシアに待っていてと言われなかったら、今すぐ鉄格子を破壊してぶっ殺しに行っているところだ。
「お前なんだろ? 今までレティシアを執拗に破滅させようとしてきたのは」
「だったら、なに?」
「今までよくも……よくも俺のレティシアを付け狙ってくれたな」
俺はスッと立ち上がり、鉄格子へと近付いていく。
「お前だけは許さない。いいや、許せない」
「……」
「お前が王女だろうがなんだろうが、俺には関係ない。お前が愛する妻を狙ったというだけで、お前を殺す幾億もの理由足り得る」
鉄格子の前に立ち──エルザ第三王女と向かい合う。
我が人生において最も殺したい相手が、目と鼻の先にいる──
俺は自分の殺意を抑え込むので、もう必死だった。
「お前には、レティシアが味わった苦しみ以上の絶望を味わわせてやる。この国全てを敵に回し、この手足が千切れ、目も喉も潰されたとしても俺はやる。絶対に──絶対に、だ」
「……………………フフッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
俺の言葉を聞き、大声で笑うエルザ第三王女。
彼女は数秒間にわたって俺を嘲笑い続けると、
「やっぱり、あなたおかしいのね。この状況で、この私に、そんなことが言えるなんて! 正気の沙汰じゃないわ」
「ふざけんな、俺は至って正気だ。ただ
そうだそうだ、俺はなにもおかしくなんてないぞ。
妻が何度も殺されかけてるんだから、怒って当然だよなぁ?
むしろ今すぐ襲いかからない俺の冷静さを褒めてほしいくらいだわ、うんうん。
などと内心で自分を褒め、心を落ち着かせる俺。
こうでもしないと、頭に上った血が今にも噴火を起こしそうだからさ。
俺は話を続け、
「──ところで、一つだけ聞かせろ」
「あら、なにかしら?」
「どうしてレティシアを付け狙う? 彼女に一体なんの恨みがあるっていうんだ?」
単刀直入に俺は尋ねる。
どうしても聞かずにはいられなかったから。
……
何度も何度もレティシアを付け狙い、それどころか俺たちの周囲の人間をも利用して破滅させようとしてきた。
明らかに──極めて明確な怨恨があるとしか思えない。
だが、あの心優しいレティシアがこんなにも恨み憎まれる理由が、俺にはどうしてもわからない。
まあ得てして権力が絡む貴族なんてのは、なにもしてなくても恨まれるなんてザラではある。
でも……そういう類の恨みじゃないはずだ。
エルザ第三王女はレティシアの権力ではなく、レティシア個人を激しく憎んでいるはず。
だが、何故……?
俺はそう思っていたのだが、
「どうして……ですって?」
──エルザ第三王女の様子が変わる。
彼女はほんの僅かに声を震わせ、
「……アンタなんかには理解できないわよ。あの女が破滅しないと、私はこの世界で永遠に幸せになれないなんて……」
「は……? なんだそりゃ、一体どういう──」
「フフ……悪役は悪役らしく〝設定〟を守って、とっとと破滅しろって言ってるの」
「────なに?」
彼女の口から出た、その一言。
その一言は俺の鼓膜の奥で強烈に突っかかり、脳内で咀嚼するのに幾分かの時間を必要とさせられた。
「……おい待て。お前、今なんて──」
「お話はもうおしまい」
エルザ第三王女はこちらにクルリと背を向け、
「今日来てあげたのは、処刑される前に顔を拝んでおこうと思っただけだから。でも──痩せてもブサイクなままだったけど」
そう言い残し、俺の前から去っていこうとする。
「お──おい待て! お前、一体なにを知ってるんだ!? お前は──!」
俺は鉄格子を掴んで叫ぶ。
しかしエルザ第三王女は答えない。
そして石畳の上をコツコツと歩き、彼女は俺の視界から姿を消した。