思い出して

《レオニール・ハイラント視点Side


校庭での稽古を終え、寮へと戻っている最中──

「守るべき、大切な女性ヒト……か」

オードラン男爵に言われた、あの一言。

それがずっと、オレの頭の中でグルグルと巡っていた。

……自分で言うのもなんだけど、学園に入学した当初よりもオレは強くなっていると思う。

僅かな暇さえあれば剣の柄を握り、鍛錬に取り組む時間の密度は入学前の比ではない。

今なら一分とかからず、サイクロプスの首を一人で落とせると思う。

以前ならオードラン男爵と協力してやっとだったのにな。

もっとも、強くなったのはオレだけではないか。

Fクラスは全員が強くなった。

皆が皆、日を追うごとに強くなっている。

だが……それでも、誰一人オードラン男爵には敵わない。

強くなっても強くなっても、どんどんと離される感覚すらある。

なにが違う?

どうして違う?

オレは確かに強くなった。

でも、ずっと違和感がある。

オードラン男爵にあって自分に足りない〝なにか〟があるような、そんな気がしてならなかった。

そう──欠けている

そして、さっきオードラン男爵が言ったあの言葉。


『俺にはある。レティシアだ』


……愛する女性ヒトのために、剣を振るう。

それは、そんなに強いコトなのだろうか?

それほど人を強くしてくれるのだろうか?

オレにはわからない。

オレはまだ、そういう風に誰かを愛したことはない。

けど──

「……このままじゃ、一生オードラン男爵には追い付けないよな」

──嫌だ。

オレ自身、何故こんなにもオードラン男爵に追い付きたいと思うのかわからない。

ただ頭の奥底で、なにかが呼び掛けてくるのだ。

〝このままではいけない〟

〝なんとしてもオードラン男爵に追い付かなくてはならない〟

〝それがお前の使命だ〟──と。

「オレは……彼に追い付きたい。彼に勝ちたい……!」

オレの頭の中も、オレの心の中も、今やその一点に支配されている。

ただ、ただ〝アルバン・オードラン男爵を超えたい〟という想いに。

それ以外のことなんて──もうどうでもいいとすら思えるほどに。

「……オレにも、レティシア嬢のような女性ヒトが現れてくれたら──」

そんなことを呟きながら、重い足取りで学園の中を歩く。

すると──


「……レオニール・ハイラント」


女性の声が、オレを呼び止めた。

オレの前に現れた、一人の女子生徒。

艶のある長い黒髪の持ち主で、肌は真珠のように白く、瞳は飲み込まれそうなほど黒い。

その佇まいは気品に溢れている。

一目で貴いお方だとわかるほどに。

「キミは……?」

──美しい。

オレが最初に感じたことはそれだった。

彼女はきっと、平民出身のオレなんかとは比べ物にならないほど高貴な身分の出身だろう。

こうして目と目を合わせているだけで、不敬だと罵倒されるかもしれない。

だが、それでも目を離せない。

「……レオニール」

──冷たい声。

とても冷たい声で、彼女はオレの名を呼ぶ。

「キミは……? どうしてオレの名を……」

オレは──彼女を知らない。

オレはこの学園に入学するまで、貴族の知人など皆無だった。

今でも平民以外で知り合い──いや〝友〟と呼べるのは、Fクラスの皆だけ。

なのに、どうして彼女はオレの名を知っているんだ?

少なくともオレは──

………………………………………………………………

あ………………………………………………………………

れ………………………………………………………………?

知ら……ない……?

本当に……?

その姿も、その声も、記憶にはない。

記憶にないはずなのに──何故か知っている気がする。

これは──

レオ……私がわかる……?」

彼女は少しずつ、こちらに近付いてくる。

まるで──懐かしい知人と再会したかのように。

「オ……オレは……」

「本当は、あの女の破滅を見届けてからあなたに会いたかった……。でも、もう悠長にしていられない」

彼女はオレに近付き、細い手でオレの頬に触れてくる。

その瞬間──

「……思い出して。あなたが、本当は何者であったのか……」

▲ ▲ ▲

「おはようアルバン。それと、おかえりなさい。剣の稽古お疲れ様」

レオニールとの熾烈な朝稽古を終え、個別棟へと帰った俺を──レティシアが迎えてくれる。

「ああ、おはようレティシア。それとただいま」

俺は携えていた剣を、コトリと静かに壁へ立てかける。

既に起床していたレティシアは俺の帰りを待ってくれていたようで、ドレスの着付けも完璧。

こうやって少し早起きして、俺のことを待っていてくれるのも、今や彼女の日課の一つ。

シャキッとした様子で眠そうな気配を見せない辺り、本当に出来る妻だよ。

とはいえ睡眠時間を削るのは身体によくないし、眠かったら無理しないでいいっていつも言ってるんだけどなぁ。

「レティシア……無理して俺の帰りを待ってなくてもいいんだぞ? 眠かったら寝てていいって、いつも言ってるだろ?」

「無理なんてしていないわ。夫が鍛錬に精を出しているのに、妻だけ惰眠を貪るワケにはいきません。いつも言っているでしょう?」

ピシャリと言い放つ我が愛妻。

うーん、愛しい。

彼女のこういうところは、本当に愛せずにはいられないよなぁ。

やっぱり俺の妻最高!

「紅茶を淹れようと思うのだけど、アッサムでいいかしら?」

「レティシアが淹れてくれるならなんでもいいぞ」

「あら、本当になんでもいいなら、健康にいい苦~い茶葉を淹れて砂糖抜きにするのもいいわね」

「……アッサムでお願いします。砂糖は多めで」

「よろしい」

答えを聞いて満足げに準備を始めるレティシア。

うぅ……嫁さんに手玉に取られている気がする……。

でもレティシアになら手玉に取られてもいいけど……。

だって最高の妻だし……。

それに「〝なんでもいい〟はダメ」って日頃から言われてるのを失念してたよ……。

うっかりそう答えた俺がいけなかったな……。

ティータイムの準備を始めたレティシアは、俺の傍までコツコツと歩いてくると──

「上着、貸して頂戴。お湯を沸かしている間に埃を払うから」

「ああ、ありがとう」

促されるまま俺は上着を脱ぎ、レティシアへと手渡す。

上着を受け取った彼女はクルリとこちらに背を向け、ブラシが置かれた机へと向かう。

その時────ふと、俺の瞳に映った。

──〝背中〟。

レティシアが背を向け、俺から離れていく。

その光景を見た瞬間、頭の中に再びノイズが走った。

同時に、さっき思い出した事実が無理矢理に想起させられる。

この世界が──〝ファンタジー小説〟の世界であると。

この世界にとって──俺とレティシアは〝悪役〟であると。

そして……この世界には〝主人公にとってのヒロイン〟がいるはずだ、と。

──怖くなった。

猛烈に、どうしようもなく。

俺は堪らなくなって足を動かし、

「そういえば、今日の夕食には上等なステーキが出るそうよ。あなたの好物だし、きっと──」

──背後から、レティシアを思い切り抱きしめた。

「…………アル、バン……?」

「ごめんレティシア……少しだけ、このままでいさせてくれ……」

なにを今更──

今更、俺はなにを恐れてるんだ──?

俺は、怖いのか?

主人公レオニールのことが。

アイツにとってのヒロインが現れ、

アイツに欠けているモノが満たされ、

そして、アイツに敗れることが。

──ふざけるな。

俺は負けない。誰にも。絶対に。

レティシアは俺が守る。

俺はレティシアと共に在る。

それだけが俺の生きる意味なんだ。

破滅なんてするものか。

破滅なんてさせるものか。

だから──何処へも行かないでくれ──

俺はレティシアの腹部に両腕を回し、ギュッと彼女の身体を抱き寄せる。

「……アルバン」

レティシアはそんな俺の手の上に、自らの細く美しい手をそっと重ねてくれる。

「あなたに一体なにがあったのかはわからない。でも大丈夫……大丈夫だから。私は、何処へも行かないわ」

▲ ▲ ▲

「……レオの奴が、まだ来てない?」

──朝のホームルーム直前の、割とギリギリの時間になって教室へと入った俺とレティシア。

教室にはいつも通りのメンバーが揃っていたのだが……一人だけ姿が見えない。

そう──レオニールの姿が。

イヴァンはクイッと眼鏡を動かし、

「ああ、この時間にいないということは遅刻確定だが……珍しいこともあるものだ」

肩をすくめて言う。

それを聞いて呆気に取られる俺。

レオニールは、これまで遅刻をしたことは一度もない。

あの気真面目な性格の男が寝坊するなんて、想像もできん。

いやまあ、別に俺もしたことないけど。

だってしっかり者のレティシアが一緒にいてくれるし。

それに、レオニールとは今朝一戦を交えたばかりだ。

あの時には起きてたワケだし、アイツに限ってまさか部屋に戻って二度寝なんて──

「……」

……なんだろう。

なんとなく、嫌な感じがする。

背筋がゾワゾワするというか……。

そんなことを思っていると、

「はーい皆さん、おはようございます!」

いつものように、パウラ先生が元気よく教室に入ってくる。

彼女の姿を見た俺たち生徒は、自らの席に座る。

「え~、まず初めにですが、本日レオニール・ハイラントくんは欠席となります! 体調がすぐれないとのことなので!」

開口一番にパウラ先生は言う。

それを聞いた直後、ほんの少しザワッとする教室内。

一番意外そうな顔をしたのはローエンで、

「体調不良……? あの健康優良男児の模範のようなレオニールがか?」

「はい! 珍しいですね! 明日は槍でも降るかもしれません!」

「ふぅ~む、心配だな……。後で見舞いにでも行ってみるか」

レオニールと仲のいいローエンは、なんとも不思議そうに顎を手でなぞる。

……体調不良、ねぇ。

今朝の決闘の敗北が、尾を引いてなきゃいいんだけど……。

「それより皆さん、次の期末試験の対戦相手が決まりましたよ!」

パウラ先生はすぐに話題を切り替え、

「次にFクラスと戦う相手はAクラスです! 次の一戦が期末試験の決勝となりますから、皆さん頑張って──」

いつものウキウキ笑顔で、期末試験の説明をしていく。

しかし──その時だった。

教室の外から、ザッザッという重い足音が聞こえてくる。

数は四……いや五。

それも足音に混じって、カチャカチャと鳴る金属音……。

これは──軽装甲冑を着ている音だ。

つまり、武装している者たちが廊下を歩いている。

その物々しい足音は徐々に近付いてきて、Fクラスの教室の前で止まった。

『──失礼する』

そんな一声と共に開かれる教室のドア。

そして姿を見せたのは──鋭い目つきをした〝王家特別親衛隊〟の騎士たちだった。