期末試験

「──アルバン・オードラン男爵は、ここで終わりだ」

一人の紅髪の男が、洞窟ダンジョンの中でポツリと呟く。

柄の両端に刃が付いた両刃剣。

扱いが難しいと称される特殊な武器を携えたその男は、不敵な笑みを口元に浮かべる。

「これまで彼が率いるFクラスは快進撃を続けてきたが、それも今日まで……。この〝期末試験〟で、奴は無様な敗北を喫することになる」

やや長く伸びた前髪をサラッと指先で流す紅髪の男。

整った身なりと顔立ち、如何にもプライドの高い話し方、そして珍しい得物──

それだけでも、この男が貴族出身であるというのは明白であった。

「この僕、ヘカート・ヘカーティア率いるBクラスが引導を渡してやろう。ククク……あの〝最低最悪の男爵〟が頭を垂れる姿を見るのが、実に楽しみだ」

ヘカートは、既に勝利を確信していた。

自らが率いるBクラスの面々こそが最強である──そんな強い自負があったから。

だが、彼には一点だけ懸念があった。

「しかし……レティシア・バロウ、彼女だけは注意せねばなるまいよ」

ヘカートの口元から、笑みが消える。

「あの女は賢く、勘が鋭い。Cクラスも彼女の策略に嵌ったと聞く。となれば──真っ先に潰しておくべきだろう」

中間試験のFクラスとCクラスの戦いの顛末を聞いていたヘカートは、レティシアがFクラスの頭脳であり司令塔であると知っていた。

だからこそ、最も注意を払うべき危険な相手であると認識していたのだ。

我が家臣たちBクラスメンバーには、レティシア・バロウの首を〝最優先で刈り取れと〟命じてある。いくらオードラン男爵が強かろうと、あの女さえ消えれば猪騎士も同然……」

ヘカートは自身の得物である両刃剣の刃を指先で撫で、

「ククク……今頃、家臣の誰かがレティシア・バロウを斬り捨てていることだろう。そろそろ死亡報告が──」

『──えー、えー、報告します!』

洞窟ダンジョンの中に大音量の声が響き渡る。

Fクラス担任である、パウラ・ベルベットの声が。

『うーんと……面倒くさいのでまとめてお伝えしますが、ヘカート・ヘカーティアくんを除きBクラス全員死亡!!! Bクラス、残り一名です!!!』

「…………………………………………………………………………………………………は?」

ポカーン──と、ヘカートの口が半開きとなる。

彼の脳は、耳から入ってきた情報を全くと言っていいレベルで処理できなかった。

というより、脳が情報を理解すること自体を拒んだ。

一瞬「聞き間違いかな?」と真剣に思ったほどに。

「全……員……死亡……? それ……どういう……?」

現実を現実として受け止められず、意識が明後日の方向へと飛ぶ。

しかし──

「……よくも、レティシアを狙ったな」

そんな一声で、ヘカートの意識は無理矢理に現実へと引き戻された。

「──はっ!?

「お前……レティシアを真っ先に仕留めようとしただろ」

カチャリ、と剣の鍔が金属音を鳴らす。

「レティシアを狙う奴は……誰だろうと許さん」

ザッ、と足が力強く地面を踏み締める。

「レティシアを狙う奴は……殺す」

アルバン・オードラン男爵──

Fクラスの〝キング〟が目の前に現れたのだと判断できた瞬間、ヘカートは臨戦態勢を取った。

「きっ、貴様……! 何故!? どうやって家臣たちを……!?

「Bクラスの奴らなら瞬殺だったぞ。お前がレティシアを狙わせたお陰で、彼女目掛けて一斉に集まってきたから……Fクラス全員でまとめて叩き潰した。それだけだ」

「ん……なっ……!?

ヘカートは開いた口が塞がらなかった。

彼にとって、アルバンの言っていることは〝あり得ない〟の一言に尽きるからだ。

我が家臣たちBクラスメンバーが瞬殺?

まとめて叩き潰した?

あり得ない──彼らがそんなに弱いはずがない──

もし事実だとしたら──Fクラスは一体どれだけ──

ヘカートは愕然とするが、

「……ク……ククク……!」

すぐに不敵な笑みを浮かべ、両刃剣を構え直した。

「なるほどな……既に勝ちが決まったと思い込んで、〝キング〟が一人で堂々と会いに来てくれたというワケか!」

「ああ。わざわざ大人数で動くのなんて面倒だし」

「ククク、その油断が命取りよ! このヘカート・ヘカーティアがいる限り、真の敗北などあり得ん! 我が烈火の如き両刃剣、とくと味わうがいい!」

ヘカートはアルバンに対し、勢いよく斬りかかる。

──両刃剣という武器の強みは、なんと言ってもその連撃速度。

柄の上下に刃が付いているため、一度上部の斬撃をいなそうとも、次の瞬間には下部の刃が飛んでくる。

故に、通常の剣と比べて非常に隙が少ない。

手数の多さで圧倒することが可能となっているが、反面使いこなすには熟練を要する。

そんな扱いの難しい特殊な得物を扱うからこそ、ヘカートは自分の腕前に自信を持っていた。

「デヤアアアアアァァァッ!!!」

止めどない激しい連撃を繰り出していくヘカートの両刃剣。

アルバンはそれを剣でいなしていく。

まさに烈火の如き猛攻で、当初こそ自らの圧倒的優位性を感じていたヘカートであったが──徐々に気付き始める。

……あれ?

こっちは両刃剣を使って、相手は普通の剣を使っているんだよな?

なのに何故……こっちの連撃はいなされ続けているんだ?

一度も、刃の切っ先すら胴体にかすりもしない。

たった一本の剣で両刃剣の連撃を防ぐのは、至難の業のはずなのに──

「このっ……!」

徐々に徐々に焦りを感じ始めたヘカートは、連撃の速度を速める。

しかしそれでも、アルバンの胴体には全く届かない。

それどころか──アルバンは、汗の一滴すら流していなかった。

「ああ、こんなもんか」

実に面倒くさそうに呟き、

「じゃ、死ね」

瞬きするよりも速いほどの一瞬。

その一瞬で──両刃剣の上下の刃を、両断して破壊した。

「は……?」

得物を壊された──とヘカートの脳が判断するのとほぼ同時に、アルバンの剣が流れるようにヘカートの首へ。

スゥッと滑るように刃が首を断ち切り──ヘカートの身体は、一ミリも動かせなくなった。

直後、

『Fクラス対Bクラスの期末試験、終~~了~~で~~すッ!!! 試験結果は、Fクラスの完全勝利ッ!!!』

パウラ教員の声が、洞窟ダンジョンの中に木霊した。

▲ ▲ ▲

──期末試験は、〝トーナメント方式〟で行われる。

スポーツの試合なんかでよく見る、所謂勝ち残り式トーナメントだ。

試験で敗北したクラスはその時点で脱落し、逆に勝利したクラスは優勝目指して戦い続けるってやり方。

しかも試験内容は試合毎に異なるらしく、前回のような〝防衛ゲームフラッグ・ディフェンス〟になるとは限らないとか。

なんかその辺はファウスト学園長の気分で決めてるっぽい。

普通に職権乱用だろ……。

マジで面倒くせぇ……。

で、そんな期末試験においてBクラス対Fクラスで行われた初戦であったが──Fクラスの完全勝利で終わった。

もう文句のつけようもないレベルでの完封。

だって試合時間というか試験時間が五分もかからなかったし。

そんな試験内容だったために、Bクラスは所持ポイントから99ポイント引かれる結果に。

……凄いよな、本当に99ポイント引かれることなんてあるんだって思ったよ。

Bクラスには残り1ポイントしか残っていないが、頑張って挽回……できるかはわからんけど。

俺から言えるのは、「せいぜいレティシアを狙った報いだと思え」ってことくらい。

ともかくFクラスはポイントが有り余っている状態。

その点においてはしばらく枕を高くして寝られるだろうし、次の試合までも時間が空いている。

そんなこんなで──

「いやー、初戦も無事終わったなー」

スリスリ、スリスリ──

俺はレティシアと一緒にベッドの上に座り、彼女を背後から抱き締める。

うんうん、レティシアの髪の毛っていい匂いするよな……。

もう一生こうして妻を抱き締めていたい。

このまま一生を終えたい。

あ、イカン。

なにもかも面倒になってきた。

もうレティシアのこと以外なにも考えたくない。

いっそ、この世界が俺とレティシアだけになってしまえばいいのに……。

俺とレティシアが、この世界唯一の男女になってしまえばいいのに……。

そうだそうだ、レティシアを破滅させようとするこのクソッタレな世界を徹底的に消し炭にして、その後二人でゆっくりと理想郷に再構築を──

「アルバン、夢の世界から戻ってきて」

「──ハッ!?

レティシアに呼び掛けられて、無限の彼方へヒアウィゴーしていた俺の意識がようやく帰還。

レティシアは少し呆れたように微笑し、

「今のあなた、まるで〝この世界が俺たち二人だけになればいいのに〟とでも思っている顔をしていたわ」

「う……本当にレティシアは、俺がなにを考えてるかズバズバ当ててくるな……」

「当然よ。私はあなたの妻なんですもの」

フフッと笑い、細い指先で俺の頬を撫でてくれるレティシア。

可愛い……。

俺の妻最高かよ……。

最高だったわ……。

俺はレティシアの長い髪を触り、傷ませないように気遣いつつクルクルと指先で弄ぶ。

「やっぱりキミは最高だなぁ。この世界が本当に俺たちだけになってしまえばいいのに」

「それはダメ。私以外にも、あなたには守るべき領地の人々やセーバスがいるでしょう?」

「あ、それもそうか。じゃあ今だけは二人きりの怠惰な時間を満喫しよう! それくらいはいいだろ?」

「フフ、そうね。今日くらい、久しぶりにゆったりと過ごしましょうか……。またいつトラブルに巻き込まれるかわからないもの」

「──させないよ」

何気なく言ったであろうレティシアの言葉に、俺はハッキリとした口調で答える。

「……もうキミを危険な目に遭わせたりしない。もし火の粉が降りかかろうとも、俺が全て薙ぎ払う」

「アルバン……」

「誰にもキミを傷付けさせない。誰にも、だ」

俺はレティシアの細い身体をギュッと抱き締める。

──マティアスとエイプリルの一件から、俺たちの周囲ではこれといって大きな事件は起きていない。

期末試験でBクラスの阿呆共がレティシアを狙ったりもしたけど、あれは一応試験中の出来事だしな。

だから事件らしい事件ってのは起きていない。

静かなモンだ。

そう……静か過ぎる。

マティアスの家督相続問題の間、そして期末試験の期間──これまでずっとレティシアのことを狙い続けてきた〝串刺し公スキュア〟に、動きはなかった。

それが堪らなく不気味だ。

奴の背後には王家の存在がある。

この国を統治するヴァルランド王家、その王女の存在が。

一国の王女が、何故レティシアを付け狙うのかは未だにわからない。

それに表立って王女の権力を振るおうとしない理由も、ずっと不明のままだ。

だが少なくとも、〝串刺し公スキュア〟を一度叩きのめしたくらいで諦めるとは到底思えない。

……王女は、必ずまたレティシアを狙ってくる。

これまでの報いを受けさせるためにも、できることなら俺の方から出向いて叩き斬ってやりたいくらいなんだがな。

まあでも相手が王家となると色々と面倒だし、なによりレティシアに「絶対にダメ」って言われるのが明白だし。

待つしかないってのは歯痒くはあるが──俺にとっての結論は変わらない。

相手が誰だろうと、一切容赦しない。

王家だろうが王女だろうが、レティシアを狙う奴は全員叩き潰す。

俺とレティシアを引き裂こうとするなら地獄に落ちると……何度でも思い知らせてやる。

そんなことを内心で思っていると、

「アルバン……怖い顔をしているわ」

レティシアが少し悲しそうな顔をして、俺の頬に触れてくる。

「ん? そんなに怖い顔してたか?」

「ええ……。今は二人きりで怠惰に過ごすのでしょう? なら、他のことを考えるのはやめましょう」

そう言って彼女は僅かに背中を倒し、身体を俺に預けてくる。

「…………アルバン、好きよ」

「ああ、俺もだ」

「本当に、あなたのことが大好き……。いつも一緒にいてくれて、ありがとう」

「こちらこそ。俺もキミと出会えて、本当によかった」

静かな声で、俺はレティシアの言葉に応える。

彼女の右手に自分の右手を重ね、指を絡める。

片時も離すまいと、彼女の腰に左手を回す。

──妻の美しい髪から、フワリといい香りが漂ってくる。

嗅ぎ慣れた心地いい香り。心から安心感を覚える香り。

この世で一番大事な人が、一番身近にいてくれるという、かけがえのない生の実感。

これさえあれば──俺はもう──他になにもいらない。

「……これからも、俺たちはずっと一緒だ。死ぬまで、ずっと」

「……うん」

ほんの少しだけ子供っぽく甘えてくる我が妻。

……気を遣わせちゃったかな?

レティシアは俺が考えてること大体全部わかるし。

そうだな……どうせアレコレ考えたって仕方ないんだ。

今は愛する妻とのひと時を、怠惰に楽しむとしよう──

▲ ▲ ▲

──翌日、明朝。

まだ朝日が昇って間もない頃合い。

俺は剣を携え、一人で学園の校庭へと向かっていた。

「ふぁーあ……。剣の鋭さは日々の成果、けんじつとは堅実けんじつな鍛錬なり……っと」

あくびをしつつウーンと背伸びをし、セーバスに教えられた言葉を呟く。

俺は日課として、一日の内に必ず剣の稽古の時間を設けている。

最近はFクラスのメンバーが鍛錬に積極的なので、皆と一緒に放課後に行うことが多い。

だがたまに、こうして一人で稽古をしたくなる時があるのだ。

俺は基本的に四六時中レティシアと一緒にいられれば幸せだが、剣の稽古の時に限りちょっと違うかもしれない。

なんというか、一人で剣を握っていると集中できるんだよな。

で、今日は夜明け前に目が覚めてしまったので、レティシアを起こさないようにしつつ稽古に出向いたワケで。

「オードラン領にいる頃は、よく明け方の稽古をやってたが……やっぱり朝はいい」

まだ気温が低く、息が白く色づく。

身体を動かすにはうってつけの温度だ。

なんてことを思いつつ、校庭の中心へと向かっていたのだが──

「……あれ?」

そこには人影が、先客の姿があった。

「フッ……ハァッ……!」

──レオニールだ。

僅かに汗を流しながら、一心不乱に剣を振るっている。

どうやら俺よりも先に来て、稽古を始めていたらしい。

「ようレオ、精が出るな」

「! ああ、オードラン男爵。あなたも剣の稽古に?」

俺が話しかけると、彼は剣を止めていつも通りの笑顔を向けてくる。

「殊勝な奴め。俺はお前に、あんまり強くなり過ぎてほしくないんだがな」

「アハハ、そうはいかないよ。俺の目標はあなたに追い付くことなんだから」

何気ない会話を交わす俺たち二人。

……レオニールは、もうずっと剣の稽古に励み続けている。

それこそ、なにかに憑りつかれたみたいに。

以前俺と刃を交わらせた時と比べても、何段か腕を上げている印象がある。

やだなぁ、困るんだよなぁ。

お前って一応主人公だしさぁ。

強くなり過ぎて、いきなり俺を倒して破滅させにくるとかマジ勘弁。

それに元々強いんだし、レベルアップはほどほどに──

俺が内心でため息混じりにそう思っていると、

「そうだ! せっかく同じ時間に巡り合えたんだし、俺の剣がどれくらい成長したか見てくれないか?」

「え?」

「久しぶりに──手合わせをお願いしたいんだ、オードラン男爵」