その殺気は凄まじく、彼の周囲だけ明らかに空気が変わるほどだが──

「ハッ、〝最低最悪の男爵〟風情がなにをゴチャゴチャ抜かしやがる! そのアバズレの妻と一緒に地獄へ行くのは、テメエの──」

フードの男はもう一度魔法を放とうと、バッと右腕を突き出してアルバンへと向ける。

いや──向けたはずだった。

──ボトリ

本来、フードの男の目に映るはずの右腕。

それがズルリと滑り落ちて、無情にも地面へと落下。

そして腕の代わりにフードの男の目に映ったのは──いつの間にか自分の目の前に瞬間移動し、既に剣を振るった後のアルバンの姿だった。

「え……あれ……? なんで、俺、腕が──」

「誰の妻がアバズレだって?」

次の瞬間、今度はアルバンの斬撃がフードの男の胴体へと叩き込まれる。

鋭利な刃はバターのように身体を切断し、ほんの僅かな時間差を置いて、真っ赤な鮮血が吹き出た。

「ぎ──ぎゃあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

地面へと倒れ、絶叫を上げながらのたうち回るフードの男。

アルバンはそんな彼の横を興味なさそうに通り過ぎ、

「次はお前だ」

「う……うぅ……!?

「安心しろって、殺さないから。レティシアが怒るからさぁ」

抑揚のない声で言って、剣の切っ先を残ったフードの男へと向ける。

「だから生きながら地獄に落ちろ。俺の愛する妻を殺そうとしたことを後悔しろ。後悔して、後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して……悪夢を見る度、俺の顔を思い出せ」

〝目〟──

アルバンの〝目〟を見たフードの男は心の底から戦慄し、恐怖した。

両足がガタガタと震え、全身の穴という穴から脂汗が噴き出し、フードの中で自身の髪の毛が抜け落ちていくのがわかった。

──悪魔だ。

今、目の前にいるのは人の形をした悪魔だ。

それも〝魔王〟と呼べるほどの──

なにもかもが自分とは違う。

根本的な〝なにか〟が違う。

自分は〝蟻〟だ。

踏み潰されるのを待つだけの〝虫けら〟だ。

とてもじゃないが戦いにならない。

逃げることさえ許されない。

自分は、絶対に敵にしてはいけないお方を敵にしてしまったのだ──

フードの男は本能的に理解した。

そして──両膝を地面に突いて、祈るように震える両手を合わせた。

「ご……ごご後生です……! ひ、ひと思いに……こここ、この首を、おおお刎ねくださいぃ……!」

「……へぇ? そうやって首を出してきた奴は初めてだな。殺してくれって言うんじゃ仕方ない」

アルバンはフードの男の首筋に刃をあてがい、

「じゃあ、死──」

「──どっせええええええええええええええええええええいッ!」

首を刎ねようとした直前、アルバンの背後でバガァンッと瓦礫が吹っ飛ぶ。

エステルである。

彼女が持ち前の怪力で、崩れた柱や壁を退かしたのだ。

「くぉら! 一体どこのどいつですの!? 私たちの優雅なティータイム&恋バナ会議を、ぶち壊しにしたおクソ野郎はッ!」

「おーエステル、生きてたか」

「当たり前ですわ! こんなのでおっ死んでいたら、真のお嬢様には百年経ってもなれなくてよ!」

「あ、そう。それよりレティシアは無事だろうな」

アルバンが尋ねるとエステルは「フン」と金髪縦ロールを手で払い、

「無事もなにも、あなたが爆発の瞬間に彼女を庇ったんじゃありませんか」

ガラガラと瓦礫を退かすエステル。

すると──その中からレティシアが立ち上がった。

勿論、煤でやや汚れてはいるが、その肌には傷一つない。

「ア、アルバン……今の爆発は……」

「コイツらがやったらしい。それより怪我はないか?」

「大丈夫よ。さっきは庇ってくれてありがとう……」

「どういたしまして。大切な妻が無事でなによりだ」

さっきまでの冷徹さが嘘のように、ニカッと笑ってみせるアルバン。

遅れてラキ、シャノア、カーラ、イヴァン、そしてエイプリルも瓦礫の中から立ち上がる。

「けほっ……ちょっとアルくん、ウチらの心配はないワケ~……?♠」

「うぅ……私とお母さんのお店がぁ……」

「シャノアちゃん……元気出して……」

「カァー!」

心配してもらえず不貞腐れるラキ。

店が破壊されてがっくりと落ち込むシャノアと、それを励ますカーラ&ダークネスアサシン丸。

ちなみにシャノアの母親は外出中だったので、幸いにも被害はない。

レティシアは皆を見回して無事を確認するとホッと胸を撫で下ろし、続けてアルバンの方へと近付いていく。

「……この人たちが襲撃犯なのね?」

「ああ。コイツは殺してくれっていうから、今から首を刎ねるとこ」

「ダメよ、殺さないで」

「え、でも」

「ダメって言ったら、ダメ」

レティシアはしゃがみ込んで、カタカタと震えるフードの男の顔を覗き込む。

その顔はあまりにゲッソリとしており、まだ比較的若い年齢のはずなのだが、まるで老人のように感じられるほど生気がなかった。

それを見たレティシアは抵抗の意思は既にないと判断し、

「……答えなさい、これは誰の命令?」

「し、しし知りません……おおお俺たちは殺しの依頼を受けたただの殺し屋で……きき、金貨八百枚の報酬で……!」

「──ナルシス・ウルフだな」

そう言い加えたのはイヴァンである。

彼はアルバンとレティシアの傍まで歩いてきて、

「殺し屋風情に金貨八百枚などという巨額をポンと出せる貴族など、そう多くはない。タイミング的にも間違いないだろう」

「……つまり、マティアスの友人である俺たちは邪魔になると判断されたってことか?」

「だろうな。しかもこんな奴らを差し向けるなど、明らかに舐め腐っている」

不快そうにクイッと眼鏡を動かすイヴァン。

そんな彼の発言を受けて、レティシアは逆にクスッと笑った。

「アルバン……さっきあなたが言いかけたように、どうやらマティアスのお兄さんの方が先に仕掛けてきたみたいだけど?」

「うっ……」

「これで、堂々とマティアスを助ける大義名分ができたわね」

「それは……まぁ……そうだけど……」

結局ウルフ侯爵家の家督争いに巻き込まれてしまい、アルバンは返す言葉を失う。

彼は面倒くさそうにため息を漏らし、

「やれやれ……どうしていつもこうなるやら──」

「──あ、あの!」

そんな時だった。

エイプリルが、声を上げる。

「わ……私も、なにかお手伝いをさせてください! 私もマティアス様をお助けしたいんです!」

「え、手伝いって言ってもお前……」

「お願いします! あの方に恩返しがしたいんです! それに──やっぱりどうしても、諦められないんです! 私……私は、マティアス様が好きなんです!」