しかし、未だマティアスの帰還を告げる報告はなく、次第に諦めの空気が漂っていた。

 ヨルクは焦りを滲ませてラゴル侯爵に詰め寄った。助けに行けば掟は失敗と見なされ、後継者としては致命的だ。それだけにどちらも動けずにいたが、その時だ。外が騒がしくなり、1人の兵士が駆け込んできた。

「当主様! マティアス様がお戻りに……っ!」

 それは待ちに待った知らせだった。

 2人が城壁のろうに出ると、すでに多くの兵士たちが集まっていた。だが、彼らが向ける視線の先は試練の地とは真逆だった。見れば、ボロボロになった子供がゆっくりと歩いてくる。

「なぜ、あのような場所からっ!」

 この3日間、大人でも1日と保たない黒煙の森で彷徨さまよい続けていたというのか。

 ラゴル侯爵とヨルクは開門の指示を出し、城壁から飛び降りた。

 刹那、マティアスの背後に巨大な魔熊が現れた。ラゴル侯爵夫人を襲った魔熊と変わらない大きさだった。

「マティアス、危ないっ!」

 ヨルクが危険を知らせ、ラゴル侯爵は剣を抜いていた。しかし、それより早く、襲ってくる魔熊を全く見ずに、マティアスは手にしたナイフを軽く振り下ろしていた。

 瞬間、魔熊の首と胴体が離れていた。一瞬の出来事だった。大半の者は何が起きたのか分からず、目で追えていた者はその光景に恐怖を覚えたようだ。マティアスの放った風魔法はあまりに素早く、何より正確だった。

 以前とは違う息子に、ラゴル侯爵は息を呑んだ。そして目の前に跪いた息子は、訓練から逃げ回るでき損ないでもなければ、魔物に怯える臆病者でもなかった。

「──ただいま戻りました、父上」

「ああ……っ、よく戻ってきてくれた、我が息子よ」

 突然の成長に驚いたが、ラゴル侯爵は感極まって震える唇を噛んだ。掟から無事に戻ってきたマティアスに周囲から歓声が上がる。ヨルクは泣きながら、一気に英雄となったマティアスを抱き上げて喜んだ。

 だが、彼らはのちに知ることになる。魔物に対して容赦のない、れいこくの怪物を作ってしまったことを。

 第二次覚醒をしたマティアスの魔力は歴代の長を凌駕りょうがしていた。圧倒的な力を前に、彼の陰口を叩く者はいなくなり、後継者としてマティアス以外の名を挙げる者はなくなった。

 そして、マティアスの名声は西の城壁のみならず王国中に轟き、後継者教育の一環で入団した王国騎士団で、さらに広がっていくことになる。