ヘルミーナは
でも、黄金の瞳で真っ直ぐに見つめてくるルドルフから目を背けることはできなかった。もう後ろに下がれないなら、前を向くしかない。ヘルミーナは一歩近づき、ルドルフの握りしめるロングソードの柄頭に右手を置いた。
「──ルドルフ王太子殿下の誓い、この私ヘルミーナ・テイトが聞き入れました。光の神エルネス様の祝福がありますように」
ヘルミーナが触れた途端、柄頭の魔法石が光り出した。ルドルフの誓いが光の神エルネスまで届いたようだった。
その
ルドルフが手にしている剣はのちに「光の聖剣」と呼ばれるようになり、エルメイト王室の
◆◇◆◇◆
心臓に悪い──。ルドルフの誓いを聞き入れてからすぐに、ヘルミーナは宮殿に戻ってきた。練武場までと思っていた護衛は、引き続きマティアスが担当してくれている。
「ルドルフ殿下の剣はヘルミーナ様が贈られたのですか?」
じっとしていられずに中庭に出て、
「はい。剣そのものはレイブロン公爵様からいただいたものですが、魔法石は私が加工しました。団長様が身につけていたペンダントのおかげで、光属性の魔力も魔法石に流し込めることが分かりました。とても感謝していますが、ペンダントのことを誰にも言わずにいたため私の功績のようになってしまい、団長様には申し訳なく……」
「いいえ、私は気にしておりません。ヘルミーナ様のお役に立てて嬉しく思います」
ふと足を止めると、花の香りがより強く漂ってきた。神聖魔法を浴びた花壇の花は、見頃を過ぎても枯れずに咲き残っていた。
ヘルミーナが振り返ると、マティアスも同時に立ち止まり、2人の視線が重なった。
「ありがとうございます。ですが、お礼はさせていただきたいです。私のできる範囲になってしまうのですが……」
「それでしたら、名前を呼んでいただけませんか?」
「……名前、ですか?」
「団長ではなく、私のこともマティアスと呼んでいただきたいのです」
宝石のように美しい緑色の双眸に見つめられると、落ち着かなくなる。風の民は全てを見通せる目を持つと言われているが、それだけ洞察力も優れているのだろう。
そんなお礼でいいのかという表情も読み取られてしまったのか、マティアスはもう一度「名前でお呼びください」と言った。断る理由がなかったヘルミーナは、頷いたあと、顔を上げてマティアスを見た。
「分かりました──マティアス様」
ヘルミーナの知る「団長」はマティアスしかいなかったが、団長の肩書を持つ騎士は他にもいて、今日の実戦訓練には各部隊の団長が揃っていたと聞かされた。そんな場所で「団長様」と呼んだら、マティアス以外の団長も振り向いてしまう。
それなら、名前で呼んだ方が問題は起きない。そう1人納得するヘルミーナに、マティアスは突然口元を押さえた。
「
名前を呼んだだけなのに、いつも淡々としているマティアスが耳まで真っ赤にしているのを見てしまい、ヘルミーナは咄嗟に視線を逸らした。前回と似た状況に、余計なことまで浮かんできてしまいそうだ。
必死で頭の中をクリアにするものの、マティアスの方を振り返ることはできなかった。
その時、近づいてくる赤い団服が視界に映って、ヘルミーナは視線を上げた。
「……カイザー様?」
やってきたのはカイザーだった。どんどん近づいてくるが、その顔に笑顔はなかった。
いつもと違う様子に、ヘルミーナの方は近づけなかった。カイザーの目は真っ直ぐマティアスに向けられ、「交代です、団長」と冷たい口調で言ってきた。
なぜか張り詰めた緊張感に背筋がぞわりとする。一体、何があったのか。ヘルミーナはカイザーとマティアスを見つめ、胸がざわついた。
3人の間を強い風が吹き抜け、いくつかの花弁が舞い上がった。
◆◇◆◇◆
練武場から上機嫌で王宮の執務室に戻ってきたルドルフは、紐で
差出人を確認してから封を切り、読み始めると、一瞬だけルドルフの表情が曇った。侍従のフィンが現れ、全て知っているような顔で「お読みになりましたか?」と訊ねてきた。
「謝罪の手紙というより、これは
「燃やしましょうか?」
真顔で言うフィンに、「私もそうしたいところだけど」とルドルフは肩を竦め、
宛先はヘルミーナ。差出人は彼女の婚約者であるエーリッヒだった。
彼は何通も、何通も、ヘルミーナに手紙を送り続けていた。それを、ヘルミーナの父親がルドルフに知らせてきたのだ。
──エーリッヒはまだヘルミーナを諦めていない、と。
ルドルフは前髪を掻き上げ、触れるのも躊躇してしまうほど厚い手紙の束を見下ろした。
「婚約解消の同意は得られず、か。さて、どうしようかな──」